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第百五十九話 壊滅する王都ウガラシ

※そこまでガッツリではありませんが、津波のような描写があるためご注意ください。

 先程まで過ごしていた王宮の内部から、引き裂かれるような恐怖の断末魔が、大量に、連続的に響く。


 魔法で応戦するような攻撃音に、金属が破壊されるような音も聞こえるが、間もなくしてそれは強烈な痛みによる絶叫に変わり、ほどなくしてガチャガチャと、金属に飲み込まれるように掻き消えていく。


 逃げ場所を求めた王宮内部の人間が、窓に手を伸ばし、一瞬にして大量の剣に串刺しになっていくのが、王宮の外側からルドー達に見えた。


「なん……はっ? え?」


 剣に埋め尽くされて血に染まっていく王宮に、ルドーは理解が追いつかなかった。


 王宮の天辺、遥か上空に佇んで、ぶち抜いた穴から腕から変化させた剣を大量に注ぎ込んでいる男は、そんな様子に歓喜するようにその顔いっぱいの笑顔を浮かべていた。


「もっろい城だなぁ! 一体何を偉そうにふんぞり返っていたんだか。崩れる時はいつだって呆気ないってのに! 砂の城で偉そうに王族貴族ごっこしてた気分は一体どうなのかね?」


 バチバチと聖剣(レギア)が激しく震えながら大量の雷を周囲に発生させる中、落下を防いでルドーの上にいるままのリリアとアリアも、その様子に恐怖に縛り付けられたかのように動けなくなっている。


 背後からナイル公爵の錯乱するような声が響いた。


「なにを、おまえ! 一体何をして、は? 歴史ある最古のシマス国王宮を! シマス国の権力の最頂点だ! それを、魔法で最大級に強固で絶対の安全を誇るその城に、中にいる高貴な身分の者たちに、何様のつもりだ!?」


「何様って、俺達の方が強くて偉いだけだけど?」


 錯乱するような非難する声に、グルンと振り返った剣の男の顔が一瞬真顔になった。


 かと思ったら突然ニヤッと不気味に笑い、左腕をシュっと振ると同時に、一本の剣が素早くその腕から発射された。


 咄嗟にナイル公爵が防御魔法を張ったが、その防御魔法は紙のように脆くあっけなく破壊され、剣が腹部を貫通して血しぶきをあげた。


 傍に居たチェンパスとケリアノンが、その様子に恐怖して声にならない悲鳴をあげて後ろに下がる。


「上には上がいるってだけの話だって。自分が一番魔力が多いとふんぞり返る前に、その事実を認識しようぜ」


「おーい、俺もうあっちの方に行っていいか?」


「ぶっ壊れた街の方な。おうおう好きに行ってこいや」


 謁見広間の傍の建物の上に立っていた、片手で頭を押さえたままのグルグル巻きの包帯男が、剣の男に向かって呼び掛けている。


 その姿を視認したアリアが、ルドーの上で小さくヒッと悲鳴をあげてリリアにしがみつくように身を縮めた。


 呼び掛けられた剣の男は、まるで分担作業の確認のように至極普通の反応を示して、承諾の笑顔で答えている。


『美しく変わった町を、思う存分観光されてください! その美しさを傍受してください!』


「頭痛い言ってんだから通信で叫ぶな……」


 はるか遠くにいるガリガリ女が、歩き出した包帯男に向かって手を振りながら通信魔法で大きく呼びかけ、包帯男はその音が頭に響くような反応をしている。


 包帯の隙間からブシュリブシュリと、今度は紫と黒色が混じったような霧を大量に噴き出し纏わせながら、包帯男は今もなお黒く濁った水が大量に噴き出し続けている、悲鳴があがり続けていく方向へとその霧を大量に巻き散らしながら飛び上がって消えていった。


『私も行きますわ! もっともっとこの町を本来の美しさに取り戻さなければ!』


 上空で少ない髪をたなびかせながら、ガリガリ女が使命感に駆られたような声をあげる。

 そのまま飛行魔法で素早く上空を移動すれば、その移動に合わせたように、周囲の建物がまたドカンと大きく衝き上げられて破壊されていく。


 建物と一緒に、たくさんの人も巻き上げられて。


 そのまま噴き出すように真っ黒な土石流が建物の下から吹き出し、巻き上げられた人達があっという間に飲み込まれていく。


 その一方で、王宮はあちこちの窓や壁がとうとう剣に突き破られ、剣に貫かれた血が大量に噴き出しながら、まるで針の筵の様相に変わり果ててしまっていた。


「よーっし、お仕事終了! これで王宮は剣の刃でパンパンの缶詰め状態! 生き残ってる奴がいればいいねぇ」


「あらあらあらあら、しばらく暴れられてなかったからって張り切って、素晴らしいわね?」


「こんなん序の口だろ。そっちもさっさと終わらせろよ?」


「あらあら、これは一本取られたかしら?」


 ニッコリ微笑んだ女性は、その右手に女神像破壊犯の首を掴んで吊り上げたまま、ギリギリとその首を今にもへし折らんとするほどに強く握りしめつつ、剣の男に世間話のように返す。


 剣の男はニヤリと笑って、ブチンと右手を振り払って、大量の剣の放出を止めた。


 そのまま一瞬にして転移魔法で剣の男が消えていた様子に、ルドーはようやく冷静になって両手に力を込めた。


 先程のガリガリ女と包帯男はまだそれぞれがウガラシを襲っているのか、轟音と地響きに悲鳴があちこちから響き渡り、吹き上がる巨大な霧が不気味に周囲に立ち込めている。


 住民が魔法攻撃でなんとか抵抗しようとしているのか、色とりどりの魔法攻撃があちこち飛び交っていた。


「えぇい、訳とか疑問は後回しだ! フランゲル、動けるか!?」


「俺様を舐めるな! まだ十分飛べるわ!」


「そんじゃアリア頼んだ! おらよ!」


「ちょっと私荷物じゃないわよ!」


 火事場の馬鹿力でルドーはリリアとアリアを抱えたまま強引に立ち上がると、倒れて様子を呆然と見つめていた魔法科の面々の方向に走りながら叫んだ。


 衝撃に地面に落下していたフランゲルの方に、ルドーはアリアを放り投げた。


 フランゲルが放り投げられたアリアをなんとか受け止めて二人立ち上がるのを横目で見ながら、はっとした面々が呻いて立ち上がる様子を確認する。


「ちょっとちょっと流石にとんでもないよ!」


「早く住民の避難誘導を!」


「ハイハイハイ行きます行きます!」


「待って待ってそうは言ってもあの速度の飛行魔法で移動してるのにどこに誘導するのさ!」


「その上あの規模の攻撃、どこに誘導しても危険すぎます!」


「逃げ遅れた住民の救助もしないと!」


「あんな規模どうやって救助すればいいというのです! 全くこれだから!」


「でも、早くしないと、被害、増える」


「サンフラウ商会の支店……ダメです全壊ですや!」


『そもそも規模が大きすぎて動けなくない?』


 余りの攻撃規模にどう動けばいいのかわからず全員が狼狽える中、ルドーは聖剣(レギア)に手を伸ばし、腕輪から雷が飛んでバシッとその手に握り締める。


『悪い、やっぱり俺にあれは無理だ』


「今は考えんな聖剣(レギア)。リリ、ライアの様子とカイムの回復頼んだ!」


「うん! ライアちゃん大丈夫だから!」


「リリねぇ! カイにぃ! カイにぃが!!!」


 女神像破壊犯に一番近かったせいか、カイムは未だに倒れたままだった。


 ライアがしがみ付いて泣きながら必死に呼び掛けている様子を見るに、攻撃にライアを庇ったせいでカイムは全身に衝撃を浴びたようだ。


 区画回復(エリアヒール)は全体回復する分、一人一人に対する回復の総量は少ない。


 ルドーの指示にリリアが駆け寄って、ライアに声を掛けつつ気絶したカイムに回復を施す。


 魔法科の面々が動くに動けず警戒するように構え直す中、ルドーは周囲を見回して状況を確認した。


 先程剣が大量に放出されたためか、王宮のバルコニーは剣山のように剣が外側に大量に突き出た状態で止まっていた。


 そこにいた他国の王侯貴族が見当たらないとルドーが首を振っていると、ケリアノンとチェンパスの方に走り寄るスペキュラー先生が見えた。


「王族が全ていなくなるという事はそれすなわち国の上が無くなり万一この状況を打開できたとしても復興の混乱は必須でそうなれば魔物も大量発生するわけですからあなただけは絶対に死守しなければならないわけでそう言う事ですので問答無用で転移魔法で避難していただきます質問も疑問も受け付けませんのでそのつもりで文句は後でいくらでも聞きますからそれでは!」


「そんな! 私には国民を守る義務が……」


「ケリアノン様!」


 スペキュラー先生が転移魔法を発動させて、チェンパスの前でケリアノンが一瞬にして消えた。


 女神降臨式で発動していたはずの転移魔法対策が無効化されている。


 ずらずらと並べていた内容から、どうやら先程までいた他国の王侯貴族も、同じ理由から転移魔法で安全圏に飛ばしたようだ。


 ムスクやランタルテリアの勇者といった、戦力になるはずの人物もいたが、魔力を奪取する相手に彼らがやられてしまえば、ジュエリやランタルテリアも危険に晒す。

 下手を打てないためにどうやら問答無用で転移で飛ばした様子だった。 


 腹部を剣で刺されて倒れているナイル公爵が、私も飛ばせと口から血を撒き散らしながら叫ぶ。


 シマス国王宮があのような、内部が剣にはち切れんばかりに埋め尽くされた状態では、中にいたであろう国王や王妃がどうなっているか不明だ。


 そんな中生き残っている王族のケリアノンまで何かあれば、シマス国は立ち行かなくなる。


 スペキュラー先生が呆然とするチェンパスの前で振り返って、短く叫ぶ。


「解析! ……おやまぁ、効きませんか」


「あらあらあらあら、私を理解したいだなんて、()()()()を欲しているのかしら?」


 スペキュラー先生が上空に浮かぶ女性に向かって指さしながら叫んだが、タナンタ先生の時と同様、観測者による解析が効かない様子だ。


 しかし観測者の解析魔法の動きに、上空の女性が反応した。


 グルリとこちらに視線を向けたと思ったら、自由の効く左手を広げて、まるで狙いを定めるようにこちらに向けた。


 まさかフィレイアを吹っ飛ばしたあの攻撃か。


 カイムが気絶したままの状態では、まだ魔法が上手く扱いきれないライア一人ではあの攻撃は防げない。


 女性の左手に魔力が一気に集まるのが、まるで走馬灯のようにやけにゆっくりに見える中――――



 ――――ルドーの右手の契約魔法が緑と紫に光り輝いた。



 轟音と共に女性から魔法が放出される。


 真白な光の中で誰もがなす術もなく眩しさに顔を顰めている中、ルドーの右腕がガチャガチャと強烈な痛みと共に自由が利かなくなる。


 ルドーの右手に大量の鎖が巻き付いて、手の甲についていた黒い蛇の紋様が強烈に光る。

 そのまま右手が勝手に動いて前に手を伸ばした。


 伸ばされた鎖に巻き付かれた手が上に向かって行くと同時に、女性から放出されたとんでもない規模の攻撃魔法が、渦巻くように収束されて丸まっていく。


 右腕から発する締め付けるような強烈な痛みに、ルドーはとうとう声をあげた。


「いっでぇ! いっで、いででででででで!!! なんだよ急に!?」


『契約魔法がこのタイミングだと!? 何がどうなってる!?』


『あーあーあー、まったく厄介な事をしてくれますね』


「ゲリック!?」


 頭の中に響く声に、ルドーは自由が効かない右手を左手で押さえながら叫んだ。


 鎖に巻かれた右手が勝手に動き、まるで操られるかのように目の前の攻撃魔法をどんどん圧縮させて、とうとうバチンと小さく弾けさせて周囲に衝撃を逃がし、攻撃を無効化した。


 目の前で起こった事象に、女性は目を丸くしてきょとんとしている。


「なんだよ、ゲリック! 急に何だ!?」


『一番厄介な事をしてくれたと言ってるんですよ。現状彼女が連中に殺されるのが一番まずい。あなた達が下手打ったんですからさっさと救出してくれます?』


「いやそのつもりだけどよ! どうしろってんだよ!?」


「お兄ちゃん!?」


「急にどうした!」


「おい、誰と喋ってんだよ!」


『ダメだ、俺にも会話が聞こえん』


 鎖に巻かれたままの右手に向かってルドーが叫び続ける中、回復魔法を終えたリリアが叫んで走り寄り、背中に泣きじゃくったライアを背負った復活したカイム、そしてエリンジもルドーの様子に声をあげる。


 様子を解説するかのようにスペキュラー先生が話し始める。


「この鎖に紋様は契約魔法が発動した状態を示しておりまして契約魔法の契約主は相手がどれだけ遠くにいようともこの契約魔法によって通信魔法のように相手に連絡を取ることが出来また相手の様子を常に把握することもできるとの情報もありますので今現在彼はその契約魔法の相手に絶賛指示されて動きを強制させている状態であると推察できるわけでしかし先程の恐ろしい攻撃をなんとか対処してくれたのも見るからにその契約魔法の相手であることがわかるのでおおよそ」


『とりあえずあの武器を返しなさい。彼女なら多少は自力対処できるはずです』


「あの大鎌か! 終わったらこれ解けよゲリック! エリンジ!」


 頭の中に不気味に笑う悪魔の笑顔が思い浮かぶ中、ゲリックの指示にルドーは足で青緑の大鎌を押さえたままのエリンジに叫んだ。


 ルドーの右手の様子に戸惑っていたエリンジは、ルドーの叫びに即座に理解したように大鎌に手を伸ばしたが、思ったより重量があるようで、持ち上げるのがやっとな様子でとても女神像破壊犯のところに届けられる様子ではない。


「ねぇ、今、あなた。あなた今、なにしたの?」


 すぐ横から声が消えて、ルドーは咄嗟に傍に来ていたリリアをカイムの方に押し倒した。


 同じようにルドーの首元をガシっと掴まれて吊り上げられ、ギリギリと締め上げられるその強烈な力に必死に抵抗する。


「何をしたの? あの規模の魔法を、古代魔道具も使わずに? やっぱりあなたの縁は全て切って取り上げるべきよ。そうよ、その方がいいわ」


「魔力を奪う気か!? やめろ!」


『ルドー!』


「おいふざけんな!」


「お兄ちゃん!」


 ギリギリと首を絞めつけている金髪青眼の女性の顔が、恐ろしい真顔になってルドーをじっと見つめていた。


 青緑の大鎌を何とかしようとしていたエリンジが気付いて叫び、その内容にカイムとリリアが焦り大声をあげる。

 魔法科の面々からも悲鳴が響き渡った。


 ルドーの魔力は魂のひび割れに引っ込んでいる。


 トラウマの影響でそうなっている今、魔力を奪われれば強制的にルドーは廃人になるだろう。


 恐怖したルドーが手の中の聖剣(レギア)を必死に切り付けて腕を振りほどこうとするが、攻撃に全く反応がない女性は、腕を切り付けられても顔の一部を切り落されてブシャリと血が舞い散っても、まったく気にせず微動だにしない。


 カイムが同じように引き留めようと髪をドリル状に変化させて射出するが、それが当たって爆発しても、内臓をだらりと垂らす威力にも、女性は全く意に介さない。


 もごもごと魔力もなく傷が治っていく様子に、後ろで止めようと攻撃魔法を放とうとしていた魔法科の面々から、得体の知れない恐怖の悲鳴があがった。


 すぐ横に女神像破壊犯が同じように捕まっているため、雷魔法は使えない。


 首を掴まれた腕から、何か引っ張られるような感覚が走り始めてルドーが更に恐怖したが――――



 ――――唐突に、ガキンと硬い音がしてその動きが止まった。



「……あらいやだ、魂に強固にくっついているわ。それはザミオクルカス様の領域、私には手出しできない。やだ、この子天敵じゃないの」


 呟かれた言葉にルドーは目を見開いた。


 まるで汚い虫でも触っていたかのように、女性は顔を顰めてルドーを放り投げた。


 地面を転がりながらも体制を整え、喉を通る空気にゼイゼイと必死に息を吸う。


『ルドー! 無事か!?』


「なんとかな、それに今の話……」


 トラウマで割れた魂に引っ込んでいるルドーの勇者の魔力は、こいつには手出しできない。


 つまりこいつはルドーの魔力は奪えない。


 聖剣(レギア)の魔力もどうやら同様の様子だったので、こいつは文字通りルドーに対して魔法攻撃こそ出来るものの、それ以上の対処ができないようだ。


 魔力伝達できない欠陥でしかなかったこの魔力状況が、こういった形で作用するとは。


「お兄ちゃん!」


「ルドにぃ!」


「おい、無事かよ!?」


「あぁ、どうやら俺のは魔力の状態のせいであいつには奪えないみたいだ。エリンジ! それ早くあいつにぶん投げてくれ!」


 リリアとカイムが即座に駆け寄る中、ルドーがエリンジに向かって大声で叫ぶ。


 叫びを聞いたエリンジは腕で持ち上げる事は諦めて、ハンマーアックスを構えて、青緑の大鎌に向かって魔力を放出しながら強烈にぶっ叩いた。


 爆発するような魔力の射出に、青緑の大鎌が回転しながら大きく吹っ飛ぶ。


 エリンジの的確な狙いに、青緑の大鎌は女神像破壊犯を縛っていたカイムの髪を一部ザクっと切り落し、金髪青眼の女性の胸にドスッと突き刺さる。



 バラっと舞い散った拘束に、女神像破壊犯が即座に動く。



 女性に突き刺さった青緑の大鎌を手に取り、容赦なく切り裂いて胸から外すと、女性が対応するよりも素早くその顔に狙いを定めた。


 強烈な魔力攻撃が青緑の大鎌から発射され、女性の頭を首から上全て一瞬にして吹っ飛ばす。



 頭が無くなった首から血が大量に噴き出していた。



 その状態に魔法科の面々からまた悲鳴があがる中、女神像破壊犯はぐるりと大鎌を振って、首を掴んでいた腕をごっそり切り落し、その場から大きく後退して女性から離れる。


「おい! いい加減保護するからこっち来いって! あぶねぇから!」


 ルドー達魔法科からも離れた女神像破壊犯に、いい加減にしろとルドーは声を荒げたが、彼女は細めた青い目の視線を向けるだけで、こちらの要求に応える様子がまるでない。


 その様子にルドーはさらに苛立ちながら、右手に巻かれた鎖に向かって叫んだ。


「ゲリック! あいつ知り合いなんじゃないのか!? なんとか言ってくれよ!」


『あぁそれは無理なので諦めてください』


「救出しろって言ったのゲリックだろ!」


『連中から救出しろといっただけです。後のことは知りません』


 お手上げだと言わんばかりの返答が返ってきて、それを肯定するかのように、女神像破壊犯が逃げるように青緑の大鎌に跨り始めた。


「だからちょっと待てって!」


『もう逃走劇やってる場合じゃねぇだろ!』


 またしてもルドーが聖剣(レギア)を大きく振って、逃走を図った女神像破壊犯の前方に雷雲を発生させる。


「保護するって言ってんだよ! 牢屋とかに入れるとか言ってねぇ! いい加減にしろ!」


 さっさと逃がせと言わんばかりの細めた視線を投げられて、ルドーは更に苛立って叫んだ。


 魔法科の面々が彼女を保護しようと走り寄るが、こちらに来るなと言わんばかりに青緑の大鎌を構えてバシュンと魔力を飛ばしたため、牽制されて全員がその場に留まっている。


 剣の男が顔を焼き切っても復活していた様子に、ルドーはこの状態でも不安を拭い切れず警戒し続けていた。


 実際その警戒は正解だったようで、スペキュラー先生が全員に警告するように声をあげた。


「一般的に首から上を吹き飛ばされたら人間は死ぬのが通常ですがどういう事でしょうこの方は観測者の解析が全く効きませんが死亡している状態でないことだけは魔力の動きから何となく判断することが出来ます故しかし頭がないせいか周囲の確認ができないようでこの状態ではろくに動けないようなので皆さん一旦退避を」


『もうウガラシの対処は無理だ! 全員一旦離脱しなさい!』


 スペキュラー先生の言葉を肯定するように、ネルテ先生の通信魔法が被せられる。

 シマス国の住民であるアルスとメロンから悲鳴のような声が返された。


「この状況で離脱だって!?」


「住民を置いて逃げろって言うんですか!?」


『君たちに対処できる相手でも、状況でもない! 街の住民を下手に助けようとして、君たちまで犠牲になったらどうするって言うんだ!』


 ウガラシは既にガリガリ女と包帯男の続く攻撃で、霧と一緒に大量の真っ黒な土砂水にまみれて見る影もない形だった。


 まだルドー達がいるこの謁見広場が無事なのは、単にあの二人がこの近辺には攻撃を行っていなかっただけ。

 それにしたっておおよそ、剣の男とこの魔力奪取犯が行動していたための形で、状況がいいからとはとても言えなかった。


 現時点で被害に遭い、死亡しているウガラシの住民は山のようにいるだろう。


 しかしネルテ先生の指摘通り、ウガラシを攻撃しているあの二人に対して、ルドー達は戦いを挑んだとしても、あの二人も同じように死なないなら勝てるビジョンが何も浮かばない。


 下手に戦線を広げれば、待つのは死のみだ。


 アルスとメロンもネルテ先生の言う事は分かっているのだろう。

 悔しそうに両手を握りしめて俯いたアルスの肩にキシアが手を添えて、瞳いっぱいに涙を浮かべて口を覆ったメロンをイエディが抱きしめる。


 ウガラシ出身のチェンパスは、変わり果てた生まれ故郷に、呆然と佇んだまま。


 他の面々もどうしようもない現状に、沈痛な表情を浮かべていた。


 現状転移魔法が使える魔法科の人間はエリンジのみで、後はスペキュラー先生だけ。


 エリンジは魔力を奪われた影響で、まだ転移魔法が使える程魔力に自由が効かない。

 スペキュラー先生には、この場の全員を一気に転移魔法で運ぶことは不可能だった。


 動く様子がない女神像破壊犯をどうすることも出来ず、全員が諦めてネルテ先生の指示に従おうと走り始めた中、ルドーは動かない彼女を睨み付けるようにじっと見つめた。


 フランゲルがアリアを抱えて飛行魔法で飛び上がったが、間もなくして二人が大声で叫んだ。


「ダメだぞ! 転移門があった場所が、大量の水で沈んでいる!」


「さっきのやつの攻撃だわ! 水があそこまで流れてるのよ!」


「うぇっ!?」


「逃げ道もないんですの!?」


「どどどどうしましょうネルテ先生!」


 フランゲルとアリアの叫びに、逃げ道を失って全員がとうとう狼狽え始めた。


 転移門は土砂水に沈んだ。


 スペキュラー先生が一人一人転移魔法で飛ばすのは、時間がかかり過ぎる上魔力が足りるか怪しい。


 謁見広場と王宮周囲は無事だが、その周辺も既に瓦礫に所々水で沈んでいて道がないと、上空からフランゲルとアリアが更に叫ぶ。


 退路は断たれた。


 ルドーがまだ警戒して女神像破壊犯に向き直ったまま、頭が吹き飛んでも立ったままだった女性の方に視線を向ければ、既にもごもごと下顎辺りまで再生している。


 やはりこいつは頭を吹っ飛ばしても死なない。


 こいつが女神像破壊犯をどうにかした後、フィレイアのようにルドー達にも攻撃してこないとは限らない。


 狼狽える魔法科の面々の様子を見ていた女神像破壊犯が、唐突に溜息を吐くように大きく息を吐く音を発し、大きく項垂れる。


 その音と反応にルドーはまた彼女に視線を戻して怪訝な表情を浮かべたが、明らかに面倒くさそうに青い瞳を細めた後、唐突に横にあった大きな建物に向かって青緑の大鎌を大きく振った。


 即座に建物に大量の線が入り、大きな塊になってバラバラと降りかかってくる瓦礫に面々が悲鳴をあげたが、女神像破壊犯はそのまま大鎌を握り返すと、バキンとまた大鎌の刃がスライドして薙刀の状態に変わり、峰の部分で次々と落下してきた巨大な塊を吹っ飛ばす。


 すると建物が切り刻まれて開けた、瓦礫に大量の土砂が巻き起こるウガラシの状態の中、ドスドスと吹っ飛ばした建物の瓦礫が真直ぐ列を作って、濁流の川のようになった土砂の上に落下して道を作り始めた。


 状況に狼狽えていた全員が、動き始めた女神像破壊犯の行動に、目を丸くして顔を見合わせる。


「……あいつ、避難経路作ってくれてんのか?」


『敵なのか味方なのかどっちなんだよ』


「やっぱり悪い人じゃないの?」


「とにかくこれで道は出来た。全員退避するぞ!」


 少しずつ頭が復活していく女性を警戒の視線で見ながら、エリンジが全員に大声で号令をかけた。


 動けない今の状態の女性に攻撃するのも手ではあるが、見えない状態で闇雲にフィレイアを吹っ飛ばした攻撃魔法を放たれては、ルドー達は今度こそ全滅する。


 今はあれとまともに戦闘するだけの力量が足りない。

 エリンジは悔しそうにしながらも、冷静にそう判断して対処していた。


「ハハハハッハハァーン! だから魔力を持つのは良くないって言ったんですよ!」


「げっ!? 今あいつが来るのか!?」


 一定の距離を保ちつつもまるで先導するかのように、女神像破壊犯が作り上げた避難経路の先でこちらを振り返ったので、ルドー達魔法科の面々が従うようにぞろぞろ動き出したところで、唐突に上空から聞き覚えしかない特徴的な笑い声が響いた。


 声が聞こえた方向に全員がバッと顔を上げると、小さな丸眼鏡をかけた、青と紫の目立つ髪をした尖った鼻の男。


 パピンクックディビションが、例の飛行する丸い演説台に乗ったまま、針の筵状態の王宮に向かってドカンと突っ込んでいったところだった。


「……なんだあれは」


「例のシマスの魔力奪取連続犯だよ」


「パピンクックディビション? まさかクバヘクソからウガラシまで来ていたのか?」


『今更何しに来たんだよあいつ』


「追われると面倒だからさっさと行くに限るぞ」


 はるか遠くでまだ攻撃が続く地鳴りを身体で感じ取る。

 土砂の濁流が周囲を覆う中、作られた道をルドー達は急いで走る。


 破壊された瓦礫や、わずかに残った陸地に、なんとか生き延びた生存者が、ボロボロの状態で泣きながら身を寄り添っている。


 所々犠牲になったウガラシの住民の、変わり果てた身体の一部がのぞいていたり、浮かんでいたり。


 生存者たちから向けられる非難するような視線に、傍を走っていたチェンパスが、真っ青な表情で俯いて震えていた。


 全員が恐怖するようにその地獄の光景を無言で歩き続けていたら、今度はまた背後の謁見広場の方から声が上がった。


 とうとう頭が吹っ飛ばされたあの女性が復活したようだ。


「あらあら、あらあらあらあら。どうしてそう私が()()()()()としているのにみんな拒絶するの? こちらは話をしようとしているだけじゃない。それなのに無視するどころか頭を吹っ飛ばすなんて、酷い、酷過ぎるわ! そんな冷たい人たちには、()()()()をプレゼントしないとね!」


 前方を歩いていた女神像破壊犯が、何かに気付いたように、振り返って謁見広場の方向を見ていたルドー達の方に、女性との間に入るように大きく跳んで降り立った。


「あぁ? 今の……」


「カイにぃ! あれ!」


 恐怖に怯えてカイムの背にしがみ付きながら、ライアが叫ぶように指差した。


 両手を広げて高々に掲げた女性の両脇に、転移魔法で何かが連れてこられる。


 ルドー達もそれに気付いて、新たな敵に警戒するようにそれぞれ武器を構えたが、徐々に姿を現していくその相手に比例して恐怖を浮かべた。


 ギョロギョロと周囲を見回す、ありえない程の大きな瞳。

 人よりも五倍もある巨大な、尋常ではない魔力に当てられた真っ黒な身体。

 大きく割かれるように横に引かれた口に、ボロボロで不規則の歯並び。



 歩く災害が二体、この場に転移魔法で連れてこられていた。


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