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第百五十八話 女神像破壊犯捕獲作戦

 

「逃がすかああああああああああああ!!!」


 女神像破壊犯がまた青緑の大鎌に跨ったのが見えたルドーは、即座に聖剣(レギア)を振り上げた。


 聖剣(レギア)から放たれた、雷閃とはまた違う、上に向かって伸びる雷は、狙った上空に到達した瞬間、一気に大量の雷雲を広げさせた。


 女神像破壊犯が青緑の大鎌でまた飛行して逃げようとした先の上空に広がった雷雲は、バリバリと雷を帯びて謁見広間の上空に広がり行く手を塞ぐ。


 謁見広間周辺の建物から空間に蓋をするように、かなりの範囲に広がった、雷を大量に帯びた雷雲。

 突っ込むだけ大量の雷を浴びるそれに、流石に女神像破壊犯は躊躇したようで、雷雲の前で飛行が止まる。


 その様子にルドーは明らかな手ごたえを感じて、思わずその場でグッとガッツポーズを決めた。


「飛んで追えねぇならまず逃がさないってな! リリ、怪我人の方はどうだ!?」


「大丈夫! みんな魔力を急激に吸われて気絶してるけど、ギリギリ生きてる!」


『破壊が早かったお陰か。全く助ける気なら最初から味方になりゃいいもんを』


 謁見広場に倒れた住民をリリアが両手を広げて魔法で確認していた。

 探知魔法と似たような、怪我や病気の状態を詳しく調べる診察魔法を新しく習得したばかりだ。


「よくやったぞエレイーネー! 総員あいつをひっ捕らえろ!」


 ルドーとリリアの叫びに、周囲の魔法科の面々が死人が出なかったとほっと一息ついた中、バルコニーの下、謁見広場の方から大きな怒鳴る声が聞こえて声の方向に視線を落とす。


 フィレイアで見かけたナイル公爵が、上空の女神像破壊犯を指差しながら怒鳴りつけていた。


「私があちこち手を回して用意した女神像だぞ! よくも粉々に破壊してくれたな! 先程の騒ぎも破壊を正当化するためにお前がなにか仕組んだんだろう! 全員あの犯罪者を捕らえろ!」


「いやまだそれはっきりわかってねぇだろ!」


「あのくそ人間が」


「女神像を用意したのがあの男か。後から糾弾されるのを恐れて、責任逃れにあいつを全ての犯人に仕立て上げるつもりか」


「今はそれどころじゃないのに! 区域回復(エリアヒール)!」


 リリアがバルコニーから両手を伸ばして範囲を指定し、倒れている住民を回復させていく。


 気絶していた住民は意識を取り戻して動けるようになると、謁見広間の様相に異常を感じて大慌てで逃げ出し始めた。


 様子を見たアリアも同じように続いて住民を回復させる中、ナイル公爵の指示で白いローブを着たシマス国魔導士が次々と女神像破壊犯に飛び上がっていく。


 戦闘が開始されそうな様子に、ルドーはバルコニーから叫びあげた。


「待てって! そいつは女神教からエレイーネーに保護するよう依頼が来てるんだって!」


「なんだそうなのか!? そうならそうと早く言いたまえ!」


「まずいまずいよ! 今捕まったらもう保護とかできなくなっちゃう!」


「明らかに悪さしてたのあの女神像の方じゃん! 助けてくれた相手に恩義もないの!?」


「皆様一旦落ち着いてくださいまし!」


 話を聞いたフランゲルが叫び、メロンが慌てて上空を見上げ、ヘルシュがナイル公爵に非難の叫びをあげる。


 しかしシマス国内で行動するための大義がないせいで、どうすればいいかわからず狼狽えていると、キシアが大きな声をあげて全員を制した。


 同時にルドー達に通信魔法が入る。


『たった今キシアから通信魔法で全て聞いた! スペキュラーが記録魔法を付けている、全員ナイル公爵より先にあの女性を保護してくれ!』


 ネルテ先生の通信魔法が入り、行動指示に全員が待ってましたとばかりに叫んで身構えた。

 騒動が起こっても一人饒舌にしゃべり続けていたスペキュラー先生だが、珍しく服の胸元についたエレイーネーの校章ブローチに、記録魔道具が仕込まれていた。


 エレイーネーとナイル公爵、どちらが正しく行動したかは、これで証明できる。


 更に通信魔法は続く。


『シマス国王女ケリアノンが命じます! その者は逮捕ではなく保護するのです! 明らかに異常だった女神像から住民を救った相手を害することは私が認めません!』


 シマス国王女ケリアノンが、王侯貴族の区画のバルコニーから通信魔法を飛ばしていた。


 キシアから通信魔法を聞いたネルテ先生が、その場にいたケリアノンにさらに通信魔法を送って援護を頼んだ形だった。


 ナイル公爵は女神像の事で糾弾されたらただでは済まない、だから都合の良い犯人に全ての責任を押し付けようとさらに叫び続ける。


「聞くんじゃない! どうせあいつと手を組んで、女神像になにか仕掛けたのだ! 王族でもなければあれ程の規模のあの鉱石は用意できまい! あいつは保護ではなく捕まえるべき危険人物だ!」


 ケリアノンの通信魔法を聞いて、空中で止まって狼狽えていたシマス国魔導士が、ナイル公爵の叫びに更に混乱し始める。


 ケリアノンの王族に付くべきか、それともナイル公爵の話を聞くべきか。


 ケリアノン王女の命令を聞くべきだが、彼らは元々ナイル公爵が引き連れてきていたシマス国の魔導士。


 一瞬躊躇したものの、また統制されたかのように動き始める。


『エレイーネーの皆様にもシマス国より依頼します! あの人物を早急に保護してください!』


「シマスの許可が出た! 全員動くぞ!」


 動ける連中がエリンジの号令と共にバルコニーから飛び出して謁見広場に向かう中、リリアとアリアが王侯貴族に被害が及ばぬようにと即座にバルコニーに結界魔法を張った。


『戦闘が開始されます! 動けるようになった住民はただちに避難してください!』


「上空なら任せたまえ!」


 リリアが通信魔法で周囲の住民に避難誘導を始める中、フランゲルがそう叫ぶとともに走り始め、大きく跳び上がる。


 飛び上がった両足から大きな火柱が上がり、そのまま両足にジェットエンジンでもついたかのように、空中に黒い煙を残しながら猛烈な速さで飛び上がっていく。


「ふはははははは! 飛行魔法を手に入れたこの俺様にひれ伏すがよい!」


 上空のシマス国魔導士の間を縫うように飛行魔法で移動したフランゲルが、両手剣を振りかぶって女神像破壊犯を狙う。


 青緑の大鎌に跨って雷雲の前で動きを止めていた女神像破壊犯は、フランゲルの攻撃を咄嗟に大鎌の柄を回して防いだものの、その動きで飛行魔法が切れた。


 攻撃を防ぐ動きにそのまま勢いを乗せ、グルリと回転しながら謁見広間に再び着地し、青緑の大鎌を地面に突き刺すことで落下の衝撃を殺していた。


「今度こそ大人しく投降してくれ! 俺達はお前を傷つける気は更々ないんだ!」


 バルコニーから謁見広間に着地したルドーは、フランゲルの攻撃に落下した女神像破壊犯に走り近寄り、距離を取って立ち止まって訴える。


 だが女神像破壊犯は全く事らの話を聞く気はないというように、即座に身を翻して青緑の大鎌を地面から抜き取ると、グルリとそのままこちらに向かって構えた。


「やっぱ聞く気はねぇか! ならしゃーねー! 弱らせてあの大鎌あいつから取り上げろ!」


「魔法攻撃に注意しろ! あの大鎌は攻撃ごと魔力を吸収するぞ!」


 ケリアノンの命令もあった為か、バルコニーの方角からチェンパスが叫んだ。


 バシュンバシュンと薄緑の魔力の矢を次々放ち、女神像破壊犯を捕まえようと攻撃に向かっていたシマス国魔導士を的確に狙い落していた。


 どうやらシマス国魔導士は完全にナイル公爵側についたらしい。


「えぇい! 一番上に誰がいるのかわかってない連中め!」


「魔法攻撃が吸収されるなんて、どう止めればいいのです!」


「物理的な攻撃を与えてください! それなら吸収しきれないはずです!」


「ハイハイハイそれなら得意です任せてください!」


 チェンパスの助言にキシアがやりようがないと叫んだが、トラストが観測者を使ったのか、眼鏡の奥で両目を黄色く光らせながら叫び、即座にウォポンが剣を構えて走り込んだ。


「ハイハイハイ威力は重い! 風のように早い! 綿のように軽い!」


 走りながらビカビカと自己洗脳魔法をかけたウォポンが、大きく振りかぶる。


 すると構えていた女神像破壊犯の青緑の大鎌が、バキバキと刃の部分だけが割れてスライドし、大鎌から薙刀のような形状に変化する。


 そのままウォポンの剣と、薙刀に変わった青緑の大鎌が即座に交差した。


 バキンと周囲に衝撃が走り、恐ろしい威力に二人の周辺の石畳が大量に亀裂を入れて割れる。


 入学時よりも格段に威力のあがっているウォポンの攻撃だが、女神像破壊犯は涼しい目でその攻撃を防いでいる様子だ。


「あの攻撃型魔道具、特殊過ぎて全て解析しきれない……皆さん! 攻撃を続けてください!」


「物理が効くというのなら、岩も当然効きますわね!」


 ビタが叫んだトラストの横で足をズサリと大きく横にずらす。

 すると前方に大きな大砲が石畳からバキンと変化魔法で出現した。


「攻撃の衝撃に武器ごと吹き飛びなさい!」


 大砲からドオンと巨大な鋭い岩の弾が発射されて女神像破壊犯を狙う。


 それに気付いた女神像破壊犯は、即座に大鎌の柄でウォポンを大きく振り払う。


 吹っ飛ばされたウォポンが大勢を整える中、女神像破壊犯はそのまま薙刀形態の大鎌を大きく振って、向かってきた鋭い岩の弾が瞬時に二つに切り落された。


「えぇい何をしている! さっさとそいつを捕まえないか!」


 ナイル公爵が喚くように命令して、上空に浮かんでいたシマス国魔導士も地上付近の空中まで戻った後、即座に一斉に構えてバスバスと魔法攻撃を繰り出す。


 またバキンと刃が割れるように動いて、薙刀の形状から元に戻った青緑の大鎌。


 既にチェンパスが警告した通り、魔導士たちが放った魔力の弾はまたも、ぐるりと縦回転させた青緑の大鎌の刃に当たって次々吸収されていった。


 シマス国魔導士たちがその状況に驚愕に目を見開いている。


 その隙をついてチェンパスがまたバシュバシュッと、薄緑の魔力矢を魔導士たちに浴びせまくった。


「今の攻撃の防ぎ方……誰か! 別方向から同時に魔法攻撃してみてください!」


「同時!?」


 エリンジがまた逃走しないように押さえようと、ハンマーアックスを振りかぶって女神像破壊犯に振り下ろす。

 青緑の大鎌の刃の背に当たってつばぜり合いを始めた中、シマス国魔導士の攻撃を見ていたトラストが叫ぶ。


 そう言えば前回はずっとそれぞれが一回ずつ攻撃を与えていた。

 魔法による多方面からの同時攻撃はまだ試していない。


 魔道具によって魔力を吸収するなら、こいつはひょっとすると同時攻撃を防ぐことは難しいのかもしれない。


「はいはーい! それじゃあ一発かましてみるから誰か合わせてー!」


「アルスさん! 行きますわよ!」


「一旦気持ち切り替えないとね!」


「メロン、いつでもいける!」


「そう言う事ならこっちもやるぞー!」


「ふはははははは! くらえ落下爆撃!」


 魔力伝達でメロンがドカンと女神像破壊犯に向かって突っ込み、それに合わせるようにアルスとキシアも魔力伝達を発動させる。


 話を聞いていたヘルシュが合わせるように剣を振りかぶって風魔法を放出し、上空を飛んでいたフランゲルも、落下するような勢いで火炎魔法を放出する。


 同時に四方向からの強力な魔力攻撃。


 エリンジがタイミングよく素早く下がって避けた瞬間、女神像破壊犯を中心に攻撃が全て命中してドカンと大きく爆発し、魔力の余波で大きな黒い爆炎が発生する。


 攻撃した全員が後ろに下がって煙に様子を伺う中、カイムの背中にいたライアが叫んだ。


「攻撃全部ぎゅんって吸われなかった! 当たった当たった!」


「防がれましたが効いています! 全員同時攻撃を心がけて畳みかけてください!」


 ライアの叫びに観測者を使っていたトラストも肯定するように叫んで、即座にビタと手を繋いで魔力伝達を発生させた。

 女神像破壊犯の周囲の石畳を、渦巻き伸びるように変化させて両足を掴んで動きを止めようとしたが、変化魔法で魔力がのっていたのか、青緑の大鎌即座に切り付けられて防がれる。


「要は魔力がついてなければ攻撃防げないってことですやね! ノースターさん魔法薬を!」


『動きを制限する!』


 カゲツがぐいっと両手を横に引き伸ばせば、石畳の下から大量の緑の蔦が、まるで森が発生するかのように生えてくる。


 女神像破壊犯が素早く首を動かしてその状況を確認する中、ノースターが懐から大量の魔法薬の瓶を蔦に投げつければ、ガシャンと割れた魔法薬の中身の効果で、蔦が岩のように硬くなって、更に逃げにくいようにその周囲を覆った。


「森みたい! カイにぃ!」


「ケッ、更に動き制限してやる!」


 カゲツとノースターの植物の動きを見たカイムが即座に髪を大量に伸ばす。


 植物に絡みついてあちこちに蜘蛛の巣を張り巡らせるように散開した髪は、近付いたそれを切り落しても全てを切り落すことが出来ず、女神像破壊犯の行動範囲を確実に削っていた。


「これで攻撃を防ぐ動きに大分制限が入ったはずだ! 一気に畳みかけろ!」


 エリンジの号令で、女神像破壊犯を囲うようにしていた全員が一斉に攻撃を開始する。


 エリンジとウォポンの二人が、魔力を吸い取る動きを止めるように、剣とハンマーアックスで振り被って青緑の大鎌の動きを止め、魔力伝達の時間を稼ぐ。


 メロンが最初の合図をするようにドカンと走り突っ込み、その音にエリンジとウォポンが女神像破壊犯から離れる。


 それに合わせてアルスとキシアが拡散の氷魔法を放出し、トラストとビタが石畳を伸ばす変化魔法を叩き込み、上空からフランゲルが火炎魔法を降り注ぎ、横からヘルシュが風魔法でそれを更に風魔法で仰ぎ範囲を拡大させる。



 一斉に放たれた、全方位からの攻撃魔法。



 またしても魔力の衝撃に、先程よりも大きい魔力の爆発が発生して黒煙が周囲を覆う中、ルドーはじっとその様子を観察して隙を伺い続けた効果が出た。



「今だ! 雷転斬!」



 敵対相手に対する視認魔法。


 黒煙の中その相手を認識するようじっと目を凝らしていたルドーは、魔力の反応のない相手の手から、魔力が膨大に収まって光っている青緑の大鎌が、衝撃に離れた一瞬の隙を狙った。


 即座に女神像破壊犯の目の前まで移動したルドーは、聖剣(レギア)の黒く鋭い刃で相手を切り付けぬように、握り持つ柄で女神像破壊犯本人に一撃を入れる。



 ガキンとどこかで聞いたような、金属のような手応えと音を感じた。



 ルドーの攻撃に吹っ飛ばされた女神像破壊犯が、黒煙から攻撃型魔道具を手放した状態で放り出される。


 それを見たカイムが即座に動いた。


「武器が無けりゃこっちのもんだ!」


 散々切り落された髪を大量に伸ばし、今度こそ女神像破壊犯をカイムがグルグル巻きに拘束する。


 ガラガラと大きな音を立てて石畳を滑る青緑の大鎌を、エリンジが即座に駆け寄って、ダンとその足で抑えた。


「カイム!」


「今度は切り落されねぇ! この通りだ手間取らせやがって!」


「おっしゃあ! 確保ぉ!!!」


 風に晴れてきた爆発の黒煙の下で、カイムが女神像破壊犯を今度こそグルグル巻きにて、逃げられないように上から押さえつけていた。


 それを見たルドーは確信して、聖剣(レギア)を握る右手を高く天に衝き上げながら叫び、上空の雷雲を解除すれば、明るくなった視界に眩しく手を額に当てる。


 魔法科の面々も同調するように一斉に歓声をあげた。


「はぁー、今度こそなんとかなったな。住民の避難もリリアとアリアの結界と通信魔法の誘導で終わってるし」


『あの鬱陶しい公爵も見ろよ、あのザマだぜ』


 パチッと弾けた聖剣(レギア)の雷を追うよに視線を向ければ、謁見広間に降りてきたケリアノンが、チェンパスと共に、ナイル公爵と攻撃を加えたシマス国魔導士たちを拘束していたところだった。


 ケリアノンはまだ学生ではあるが、シマス国の王族には違いない。


 その命令を無視して別途攻撃を加えようとしたナイル公爵と、その指示に従ったシマス国魔導士たちは、命令違反として今後処罰を受けることだろう。


 ようやく一件落着したと、ルドーは大きく安堵の息を吐いた。




「あらあら。あらあらあらあら。やっぱり良い縁よね? 私が手間を掛けずとも捕まえてくれたんだもの」




 背後から聞き覚えのある声が聞こえて、ルドーは恐怖で引き攣りながら大慌てで振り返るが、それよりも早く背後から強烈な衝撃派が飛んで来て大きく吹っ飛ばされる。


「カイム! ライア!」


 石畳の上をゴロゴロと転がりながら、女神像破壊犯の一番近くにいた二人の名前を叫ぶ。


 衝撃に白い煙が周囲を充満する中、ライアの泣き叫ぶような悲鳴と、カイムの呻くような声を遠くに聞いた。


区画回復(エリアヒール)!」


 バルコニー方面から即座に聞こえたリリアの叫びに、ルドーは立ち上がりながら目を凝らしてその場を見れば、今の衝撃に倒れた魔法科の面々が呻きながらも、全員無事な様子でなんとか安堵した。


「貴方とは事を構えてじっくり話したほうがいいのかしら? それとも私とはもう話してくれる気もないのかしら?」


 上空から更に声が聞こえて、ルドーは戦慄しながらもその視線を上に向ける。


 カイムの髪に依然グルグルに巻かれて明らかに抵抗出来ない状態の女神像破壊犯が、エリンジとネルテ先生から魔力を奪った、空中に浮かぶあの金髪青眼の美しい女性に、片手で首を強く掴まれていたところだった。


 まさかこいつ、自力で捕まえることが出来ないから、俺たちがこいつを捕まえるタイミングを見計らっていたとでもいうのか。


「あれだけ素敵だった女神降臨式を、めちゃくちゃにして女神像を完膚なきまでに破壊しちゃったじゃない? 流石にどうかと思って、今回は()()で出張ってきたの」


 上空で抵抗出来ずに動けない女神像破壊犯の青い瞳が、その言葉を聞いて恐怖の色に染まったのが、下にいたルドー達に見えた。



 全員で出張ってきた。

 一体何を言っている。



『あぁ、なんということでしょう! 美しかった川を、汚い人の手で、適当な土くれで埋め立てて! 何の価値もない人の家をずらずらと並べて! なんて悲壮な事なんでしょう! なんて勝手な事なのでしょう! 人が自然の上にでも立っているかのような傲慢さ! 人が自然の上に立っているのではありません! 自然が人の上に立っているのです! さぁ今こそその杭を解き放って、本来あるべき姿に戻ったこの町を美しさを傍受するのです!』



 まるで地震でも起こったかのように地面が大きく揺れた。

 バコバコと地面が大きく吹き飛ばされて巨大な瓦礫が周囲に吹き飛び、その下から土砂のような真っ黒な水が吹き上がってきたのが、高い建物が並ぶ住宅街の向こう側からでもはっきり見えるほど広範囲に広がった。


 一度だけ聞いたことのある通信魔法の声。


 まさかと思って上空を見渡せば、そこにはリンソウで一度だけ遭遇した相手が上空に佇んでいた。


 飾り気のない深淵のチュニックワンピースをひらひらと靡かせ、浮き出るガリガリの身体の上で、恐ろしくガリガリにやせ細った顔に、少ない銀髪がひらひらと靡いている。



 リンソウでレフォイル山脈から大蛇の魔物を解き放ったやつだ。



「あーやだやだ、頭痛いんだっつの。どいつもこいつも病気と無縁の涼しい顔しやがって腹が立つ。そんなんだから人に優しく出来ないんだよ。苦しみ呻いて痛みに伏せて、体中掻き毟って穴という穴から汁を溢して。それくらいしないと人間は人に優しく出来ないってもんですかねぇ?」


 今度は反対方向から、また爆発するかのような衝撃と、黒い霧のような、瘴気とはまた違う何かが大量発生した。


 上がる悲鳴にバタバタと倒れていく人の音。


 ルドーが今度は声が聞こえた方向を振り向けば、謁見広場の建物の上に、ルドーよりも小さな身なりの男が立っている。


 赤黒かったり茶色かったり、薄汚れて穴だらけの、緑に近い古い包帯で全身グルグル巻きにされているが、その隙間から覗く血色の悪い黄土色の肌は、膿が噴き出すイボに覆われ、真白に濁り切った、瞳孔も分からない瞳で眼下を見下ろしながら、薄ら笑いを浮かべていた。


 頭痛がするのか片手で頭を抑え続けているその小柄な男の身体からは、まるで噴き出すかのように黒い霧が大量に噴き出し続けている。


 バルコニーの方向から、アリアの大きな悲鳴が響いた。


「なんだぁー? もう暴れちまって良いって事かぁー?」


 何度も聞いた声に、手の中の聖剣(レギア)が怯えて大きく震えだした。


 王宮の真上から聞こえてきた声に視線を向ければ、ドカンと王宮の天辺がちょうど破壊されたところだった。


 ガチャガチャと金属音を鳴り響かせながら、大量の剣がとぐろを巻いた、巨大な太さで蛇のように動いて、その開いた穴から王宮の中に大量に剣を突っ込みまくっている。


 バルコニーにいた王侯貴族が、建物内から襲い掛かる大量の剣に慌てて飛び降り始め、ルドーは怯えるアリアを掴んで飛び降りてきたリリアの下に慌てて走り寄って、ドスンと二人の下敷きになった。


 手から離れた聖剣(レギア)から変わらず大量の雷が発生する中、ルドーは痛みに呻きつつも、その声がした相手を見上げる。


 上空に佇んで右腕を大量の剣に変え続けている黒髪の男が、その邪悪しかない青い瞳に愉悦の色を浮かべながら、謁見広間をニヤニヤと見下ろしていた。


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