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第百五十六話 魔力差別問題の根幹

 

「うーん、なんか豪華絢爛たる面子に混じってていいのか、不安になんなぁ」


『なーに言ってんだか。勇者になるんだからその内顔になるだろ、ほらコネでも作って来いよ』


「お前そうやって楽しんでるな?」


 レペレル辺境伯が立ち去ってから、時間が惜しいから早くしろとチェンパスに急かされ、ルドー達魔法科の面々は、シマス王宮内の待機室とされる来賓室の一つに案内された。


 そこには既にシマス国によって招待されていた王侯貴族が数人待機していた。

 ルドーはチェンパスにここで待機は間違いではないのかと問い質したが、来賓を一括で護衛するにはこの方が効率がいいと返される。


 魔法科の王侯貴族と同列扱いに、前回のフィレイアの騒動がかなり響いている事だけ理解できた。


 白い大理石でできた広い来賓室は、それぞれ訪れた王国貴族がゆっくりと休めるようにと、ふかふかの赤い革張りに細かい装飾が施された大きなソファがいくつも設置されている。

 それぞれの国から招かれた王侯貴族が座ったり高い窓から外を眺めたりと、待機時間を各々ゆっくり過ごしている様子だった。


 この場に一緒に通された魔法科の面々は、一人ずっとしゃべり続けているスペキュラー先生を置いて、庶民出身者が特に居心地が悪そうに、立ったままもぞもぞと動いていた。


「確かに聖剣の言う通り、将来チュニ王国の顔として、勇者や聖女が外交に向かう場合もあります。今から慣れておく体験はしておくべきですよ」


「えぇー、マジっすか?」


「お兄ちゃんに外交なんて難しいこと出来ると思わないんだけど……」


「やめてくれよリリ……否定できねぇけどさぁ」


 カチャリとかけ直された丸眼鏡、ルドーはリリアの話に項垂れていたが、話を聞いた藍白色の三つ編みの男性が、鋭くこちらに視線を向けてきたため、思わず姿勢をビシッと正す。


 ルドーとリリアはエリンジとカイムと一緒に、その場で居合わせたチュニ王国のジャーフェモニカ宰相に軽く挨拶をして、降臨式までの待機時間を周囲を見つつ談笑していた。


「今のところ魔物暴走(スタンピード)はチュニ王国独自で対処出来ますが、ランタルテリアのように自国だけで対処できなくならないとも言えないですし、トルポのようにまた疫病が流行った時対処がまた遅れる可能性もあります。そういった時にエレイーネーだけでなく、情報を持つ他国に援助を申請する場合もある。そういった協力申請を円滑にするために、普段からの外交は重要ですよ」


「あー、他国と共同戦線ってパターンもあるって事か……」


『おう、楽しそうだなそれ』


「どこがだよ」


「まぁ疫病に関しては耳が痛い話だもんね」


「国は通さんが個人としては協力する」


「お手伝いするよルドにぃ!」


「ケッ、めんどくせぇことは抜きにしろよ」


「……まだ何かあったわけじゃねぇけど、まぁありがとな三人とも」


 ジャーフェモニカ宰相との話に、ルドーとリリアに対しては個人協力すると、エリンジとカイム、そしてカイムに背負われたままのライアがそれぞれ返す。


 ルドーはリリアと目を合わせつつ気恥ずかしく頭をかきながら軽く答えたが、様子を見ていたジャーフェモニカ宰相は感心したように眉をあげた。


「ジュエリのクレイブ家次期当主のご子息に、魔人族の方々ですか。外交として役目は十分果たせてますよ」


「いや、ただのダチっすけど。そういうの考えたことも無いんですけど……」


「普通は考える、まぁお前はそうだろうな」


「褒めてんのかそれ、エリンジ」


「ごめんエリンジくん、お兄ちゃん自分の事にはとことん疎いの」


「承知の上だ」


「えぇ?」


「ケッ、知ってらぁ」


「えぇー?」


 リリアとカイムが呆れたような反応を示し、エリンジは無表情ながらもどこかさっぱりした受け答えをされてルドーは困惑する。


 リリア達が一体何に呆れているのか、ルドーにはさっぱりわからない。


『他意なく他人に接するってのは中々難しいもんだっつーのに、素でやるからなこいつ』


「前々から思ってたが、得にもならねぇのにお節介がすぎらぁ」


「美徳でもあり、欠点でもある」


「昔からなんだよね、他の人のために自分の事そっちのけで動くの」


「ふむ、そうなるとやはり単独での外交は厳しいですかね……」


「おーい、俺除いて何の話してんだよー?」


 聖剣(レギア)がぼそりと吐いた一言に、同意するようにリリア達が頷きつつ、顔を寄せてひそひそと話し始められて、ルドーは疎外感を感じてまた声をあげた。


 いやだから何の話をしているのだ、わかるように説明してくれ。


 ルドーそっちのけでヒソヒソと話し始めたリリア達に、疎外感を感じながらルドーは周囲を見渡す。


 視線の先にはフランゲルがヘルシュと一緒に、楽しそうに二人の年上の若い男性と話していた。


 二人とも似たような顔つき、一人は薄花色のさらりと手入れが施された短髪に、白地に金の装飾が施された絢爛とした服装の男と、もう一人は聴色の同じようにさらりとした短髪、色違いのように黒地に金の装飾が施された服装の男。


 あの二人が聞いていたシュミックの兄王子二人なのだろうかと、ルドーは見当を付ける。


「兄上たちが来るとは! 連絡があれば土産でも用意したのだが!」


「そこはシマスに頼むところだからね、それ以前に手土産持ってたらシマスに示しが付かない。だから今回はいいよフランゲル」


「そうか! ならば良しだな! ヘルガンデル兄上!」


「こらこら、公の場だから兄上はやめなさい」


「そうだったなヘルガンデル王太子!」


「あれ、ヘルシュくんあのポーズとセリフ辞めたの? 次はどんなのが来るかヘルガンデル王太子と一緒に楽しみにしてたのに」


「あー……あは、あはははははは、いやそれは、ちょっとー……」


「こうかっこいいポーズをさ、ビシッと決めてさ! 決め台詞毎回違うから、次あった時何を言うか色々想像してたのになぁー」


「勘弁してくださいよホルフィメル第二王子ぃ……」


 楽しそうに話すフランゲルとは対照的に、滑稽に揶揄われている様子のヘルシュは項垂れている。

 聞こえてくる会話から、やはりシュミックのフランゲルの兄王子たちで間違いはなさそうだった。


 フランゲルが母親が違う妾腹との話だったが、会話の雰囲気からはその様子は全く感じられず、むしろ末っ子とその友人を存分に甘やかす兄のような空気が醸し出されている。


 あれか、頭の悪い年下の弟は可愛くてついつい甘やかしてしまうようなやつか。


 フランゲルとヘルシュの後ろで、アリアとウォポンが緊張しているのか、そわそわと落ち着きなくその様子を見ていた。


 兄王子がその様子に気付いて指摘したため、ヘルシュとフランゲルが後ろの二人を紹介し始める。


「こいつはウォポン、俺のパートナーで気の良いやつです」


「ハイハイハイよろしくお願いします!」


「わぁすっごい元気。面白い子だな」


「あ、そっちの子は手紙に書いてた例のファブの聖女ちゃん? 紹介してよフランゲル」


「もちろんだとも兄上! アリア、大丈夫か?」


「え、えっと、ファブ聖女、アリア・バハマです。救出の際の尽力感謝します。フランゲルとは仲良くさせていただいてるわ」


「おや、こっちに媚び売ってこない。これはいいかも」


「やっぱそう思う? 俺もかなりいい感じだと思う」


「ふははははははは! 俺が選んだのだ! 間違いはない!」


「ちょっとフランゲルやめてよ大声で……」


 少し離れているルドーのところにも聞こえてくる会話内容から、どうやら聖女連続誘拐の際のお礼をアリアは二人に対してしている様子だ。

 気の強いアリアのかなり珍しい緊張している様子にルドーは目を疑うものの、どうやらフランゲルの兄二人のお眼鏡には叶ったらしい。


 自慢そうに笑うフランゲルの横で、アリアはまた可愛らしく顔を赤らめて恥ずかしそうにしていた。


 アリアの様子に何となく気まずくなったルドーは、周囲をさらに観察するように顔を回して、様子に疑問を感じて一人呟く。


「あれ? ファブのレペレル辺境伯が先に帰ったのは知ってるけど、それでも王侯貴族はまだ全部そろってないのか、少ない様な……」


「あぁ、今回は欠席がそれなりにいますからね」


「欠席?」


 ルドーの呟きに気付いたジャーフェモニカ宰相が話す。

 ヒソヒソと会話していたリリア、エリンジ、カイムも話を聞くように顔を上げた。


「トルポは悪化してきた疫病対策で、マーはこの間のスレイプサス監獄の様子見でそれぞれ来られない為祝いの手紙のみ。ソラウはまだ他国からの警戒態勢が解けていないので、シマス国側が招待を見送っているとの話です」


 丸眼鏡に指をあてながら説明したジャーフェモニカ宰相の話に、ルドーは周囲を見渡した後納得の表情を浮かべる。


 ここ最近の問題でいまはそれどころではないトルポとマーは欠席、ソラウは逆に聖女連続誘拐とか言う面倒を起こしたために、そもそも招待していなかった形のようだ。


 ジャーフェモニカ宰相の話に、人数が少ない事について理解はできるが、あることに気付いてリリアが疑問の声をあげる。


「あれ、でもソラウはエレイーネーの生徒を降臨祭に行かせる後押しをしたって聞いたような……」


「どうせ歌姫を見つけたら即座に情報を引き渡すとでも言って協力だけ取り付けたのでしょう。女神教信者の多いシマスでは、歌姫は放置できないものの、どちらかというと邪魔なだけですから」


 さらに続けたジャーフェモニカ宰相の説明に、ルドー達はまた納得する。

 各国の聖女が連続誘拐されたソラウ、その後の動きも何もないが、歌姫に関してシマス国からはどうやら交渉材料にされた形だ。


 聞いた話にルドーはまた周囲を見合わせた後、またジャーフェモニカ宰相の方を向いた。


「んー、三か国は来てないのは分かったけど、それでも人数少ない様な……」


「ランタルテリアは勇者が来ていましたね、先程までいたのですが。あとジュエリも来ているはずですが」


「俺は無力だ……」


「うわぁムスク! いたならいたで立ってろよ! 地面にめり込まないでくれあぶねぇから!」


「あははは、ごめんね?」


「あの時のおねぇちゃん!」


「あの時だぁ? どの時だよライア」


 周囲を見渡し人の頭ばかり気にしていたルドーは、下の方から発せられた声に視線を下げて、ジュエリ王国勇者ムスクが、窓際の床にめり込んだ状態で見つかってつい大きな声をあげてしまった。


 つい間違えて指でも踏み潰しそうになったルドーは、冷汗をかきつつカイムに答える。


「あれだよ、リンソウでロイズと一緒にちょっとはぐれた時」


『色々あってこいつらに風呂貸してもらってたんだな』


「はぁ? 果てしなく訳がわからねぇわ」


「訳が分からない存在ですまない……すまない……」


「いやムスク誰も言ってねぇよ。起きろってほら」


 しくしく泣きながら地面に突っ伏して動かないムスクを、ルドーはピナと一緒になんとか立ち上がらせる。

 ジュエリの勇者という事でエリンジは最初から知っていた様子で、カイムもリンソウの弩級魔物の大蛇を倒した勇者だと気が付いたのか、眉をあげていた。


「ムスク、正式に王族に戻ったから今度の戴冠式の前に他国にも周知しようって話なんだから、寝てちゃダメだよ」


「幸先が不安だ、もう少ししっかりしろ」


「すまない……すまない……」


 ピナの話からムスクがジュエリの国王になる話がどうやら進んでいるようだ。

 後は戴冠式が控えているだけだが、肝心のムスクがどうにもこの様子なので日程が決まっておらず、とりあえず働かせようと外交に行かせていたと語った。


 エリンジが自国の事なのに情けないと、イライラと無表情に眉間に皺を寄せていた。


 隣国ジュエリの情勢に、話を聞いたジャーフェモニカ宰相がすかさずムスクに丁寧に挨拶し始め、ルドーが不安に眺めていたが、ムスクは突然シャキッとした様子に変わって、丁寧に受け答えし返していた。


 どうやらムスクは外交は問題なくこなせるらしい。


 一通り挨拶を終えたムスクがまた窓の方に行ってドスッと埋まったので、どうしようもないとルドーが諦めて眺めていたら、挨拶し終えたジャーフェモニカ宰相が話を戻した。


「ランタルテリアは先程まで勇者がいたのですが、ファブのレペレル辺境伯の名を聞いた後どこかに行ってしまいましたかね」


「えぇ? もうすぐ始まるのに、自由だなランタルテリアの勇者……」


「あ、ちなみにグルアテリアはソラウの次に一番遠いから、俺が代わりについでに代表しといてくれって言われたんだ」


「マジかよ、二役大変だなヘルシュ」


 ルドー達の会話が聞こえたのか、それともシュミックの王子に揶揄われて逃げたいのか、ヘルシュがこちらを向いて補足するように伝えてきた。


 ルドー達の会話も向こうに聞こえていたのか、フランゲルの兄王子二人が別の話題を話し始める。


「レペレル辺境伯本人が来てたって聞いたけど本当?」


「そうだとも兄上! ちょうど帰っていくところに出くわしたからな!」


「そうか、出来れば会って挨拶したかったんだが」


「レペレル辺境伯本人は滅多に領地から出て来ないからね、でも帰ったなら仕方ないよ」


 それぞれの国の外交でもあるのか、挨拶回りが欠かせない様子だ。

 ただフランゲルの兄二人の様子は、化け物辺境伯と名高いレペレル辺境伯本人がどういう人物なのか、興味があってワクワクしていたのが会えなくて残念だという反応に見えるが。


 様子を見ていたフランゲル一行以外の他の魔法科の面々も、ようやく空気に慣れてきたのか、会話を聞きながらその様子に話し始める。


「な、なんだか今回は王族の方と代表の方の数が拮抗しているようですね……」


「全く考えればわかるでしょう。フィレイアであの状態でしたもの、二度目の開催に皆警戒されているのではなくて?」


「言われてみれば勇者に若い王太子にと、自力で戦えそうな人を今回どの国も派遣してる感じだよね」


「それでレペレル辺境伯本人が来られていたのですわね。なんだか逆に何か起きそうで不安になってきますわ」


「うーん、お祝いの料理でもあるかと思ったんだけど、なんにも出されないねー」


「メロン、それは流石にないと思う」


「王族相手ですとまともに商売交渉出来そうなものが今はありませんね、ノースターさん今こそ魔法薬を!」


『だからいやだってば( ˘•ω•˘ )』


 魔法科の面々もようやくリラックスしてきたところで入ってきたドアがノックされ、全員がそちらに注目すると同時に扉が開かれる。


「皆様、お待たせしております。間もなく開始となりますので、簡単な流れの説明をさせていただきにまいりました。よろしくお願いいたします」


 そう言って優雅にドレスを摘まんで膝を下げて挨拶して中に入ってきた人物に、ルドーは確かに見覚えがあった。


 前はエレイーネーの制服を着ていたが、流石に自国での式典、王族特有の煌びやかに光沢光るドレスを身に纏った、シマス国聖女ケリアノンがそこに立っていた。


 淡いプラチナに、毛先に薄水色と薄紫が混じった髪をふんわりと靡かせて頭をあげながら、ケリアノンはまずといった様子でルドー達の方に近寄ってきたので、なんだろうと全員思わず身構えた。


「すみません、魔人族さんの、カイムさん、でしょうか」


「あぁ? なんだよ?」


「貴様ケリアノン様に失礼だぞ!」


「あーあー、ちょっと待ってくれ待ってくれ。カイムも王族相手だからもうちょっと丁寧にさぁ」


「知るかよ」


 ケリアノンがカイムに声を掛けたが、カイムのぶっきらぼうな返答に、チェンパスが即座に弓に手を掛ける。

 思わずルドーが慌てて仲裁しようと二人の間に入って手をあげ、双方に声を掛けるが、カイムは全く意に介している様子がなくて冷汗をかいた。


「構いませんよチェンパス。それで話を戻しますね」


 だがケリアノンはそんなカイムに気にする素振りを見せず、ニコリと笑った後チェンパスに視線を向け、また視線を戻して話を続けた。


「今回行われる降臨式は、王宮前の謁見広場にてたくさんの国民に見てもらう形を取っています。降臨式の前に軽く王族による挨拶があるのですが、フィレイアの際に迷惑をかけたと、カイムさんにも前に出てもらって、王族の私が謝罪するその様子を国民に見ていただきたいのですわ」


「はぁ?」


「いやいやいやちょっと待て待て待て待て」


『マジで言ってんのかよ』


「何を考えている正気か?」


 ルドーは今度は慌ててカイムとケリアノンの間に入った。


 ケリアノンの提案する話はあまりにも危険すぎた。


 魔力差別の酷いシマスで、国の頂点に立つ王族が、差別対象になるカイムに向かって頭を下げ、それを謁見広場にいる国民に見せる形をとる。


 それを見て国民から歓声が湧くとでも思っているのだろうか。

 確実にカイムがシマス国上層のウガラシの住民に反感を買って、顔を覚えられる形になる。


 ケリアノンは一体何を考えてこの提案をしてきたのだ。


 話を一緒に聞いていた聖剣(レギア)もパチパチ困惑して弾け、エリンジも意図が理解できていない。

 リリアですら非難するような難しい顔をしている。


 ルドーが今度は提案してきたケリアノンに向かって、やめようと言わんばかりに両手を前に出して振るが、当のケリアノンはルドー達の拒絶反応の意味が分からないのか、牡丹色の目を大きく開いてきょとんとしている様子。


 あまりにもその問題が何か分かっていないケリアノンの様子に不審に思い、ルドーがチェンパスの方に視線を向ける。

 すると喋るなと言わんばかりに口に人差し指を当てて歯をむき出しにしたので、あまりのことにルドーは驚愕し、チェンパスの意向を敢えて無視して大声で叫んだ。


「まってくれ! まさかシマス国の王族が魔力差別問題を認識できてないのか!?」


「はぁ!?」


「なんだと!?」


「えっ!? いくらなんでもそれはないよ!」


「おまえ! ケリアノン様には黙ってろって今指示したろ!」


 大声で叫んだルドー達の言葉に、その場の全員が説明を聞いていたのも相まって鋭く視線を集中させる。

 特に当事者のアルスからはかなり厳しい表情が向けられていた。


 だがチェンパスの抗議するようなこの反応から、ルドーの推測は事実であると裏付けられる。

 そしてそれは次のケリアノンの台詞で決定づけられた。


「魔力差別? 何の話ですか?」


 ケリアノンのその表情は、王族特有のポーカーフェイスで誤魔化している様子が全く見られない、本当に初耳だといった様子が伺い知れた。


 魔力差別が酷いはずのシマス国で、国を治める王族がその問題を認識していない。


 そんなことがあり得るのだろうか。


 ルドーはつい抗議をあげてきた、事情を知ってそうなチェンパスをキッと睨み付けた。


「どういう事だよチェンパス! あんなに酷い差別状態だってのに、なんで王族がその事実を全く把握できてないんだ!」


「ケリアノン様になに汚らわしい話題をあげているんだ! 黙ってろお前は!」


『……はぁー、神聖視してて情報遮断してるのか』


「なるほど、道理でいつまで経っても噂が消えないわけですか」


 ルドーに叫び返したチェンパスに、聖剣(レギア)が呆れたようにパチパチと弾ける。

 話を聞いたジャーフェモニカ宰相も、やれやれと溜息を吐いた。


「情報遮断? どいうことだ聖剣」


『あれだろ、魔力が多ければ多いほど偉い、役職があればさらにだ。王族なんてその最上位しか残らん。だから女神のように神聖視しちまって、差別なんて聞くだけで嫌になる話題なんか聞かせて気を損ねないようにと、誰も報告してねぇんだ』


「なんだと! 国を統べる者としてどうなのだそれは!」


「うーん、軽蔑するねぇ」


「そりゃ問題解決しないわけだねぇ」


 エリンジの疑問に対する聖剣(レギア)の返答を聞いたフランゲルが叫び、その兄二人が薄笑いしながらも、言葉の通り嘲るような色がその顔に浮かぶ。


 同じ王族からの非難の視線。

 流石にケリアノンもおかしいと感じたのか、チェンパスに向かって怪訝な視線を投げかけた。


「チェンパス? 何の話です? 私達王族に話していないことでもあるのですか?」


「聞かなくていいんですケリアノン様! こちらで解決しますから!」


「国の下っ端だけで解決できる問題ならここまでややこしくなってないだろ! どういうつもりなんだよ!」


 差別被害の当事者であろう下層出身のアルスがとうとう大声をあげた。


 その横でキシアとビタとトラストがなんとか抑えようとアルスにそれぞれ声を掛けているが、色々と抱え込んでいたことがあるのか、見たことも無いほどに激昂している。


「肝心の王族が問題を認識していないって、いったい今まで国の何を見てきたんだ! どれだけの人間が苦しめられてると思ってるんだよ! なんで女神降臨祭がフィレイアで開催になったのか、その意味も分かってないのか!?」


「ア、アルスさん!」


「お、落ち着いてくださいまし!」


「喚いたってなにも解決しませんわよ」


 自国の王族に向かっての抗議。

 下層のアルスがするそれが何を意味するか、この場の誰もが理解している。

 不敬罪で酷い事にならないようにと、キシア、トラスト、ビタが必死に押さえて引き離そうとしているが、アルスはこの間のレモコという少女の一件もあったせいか、かなり激怒していた。


 さらにフランゲルも声をあげる。


「他国の王族の俺様でさえ、フィレイアの様相は異常だと感じだぞ! 見ればわかる事だろう、貴様王族の癖に今まで一体何を見ていたのだ!」


「お前! いくらなんでも不敬が過ぎるぞ!」


「いくらでも言いたまえ! こちらもシュミック第三王子、同じ王族であるぞ!」


「熱血漢だからねー、フランゲルは」


「国民の安心第一だしね、鼻高いよ俺達」


「いやいやいや止めてくださいよお兄さん方!」


「お、落ち着きましょうよフランゲル」


「ハイハイハイやるなら協力しますよ!」


「やめようね!?」


 フランゲルの抗議にチェンパスが叫んだが、同じ王族だと忘れていたようで、悔しそうに歯を食いしばっている。

 一方で散々大きな声で怒鳴られ続けたケリアノンは、ただただ牡丹色の目をぱちくりさせて、抗議の声に信じられないように呆然と佇んでいた。


 シマス国の魔力差別問題がいつまで経っても解決しないのは当然だった。


 問題を一番認識しなければいけない王族が、王宮に詰めていたために、配下たちが情報を遮断して差別問題を一切報告していなかったからだ。


 報告がなければ問題は認識できない。

 差別を受けない最上位の王族では尚更の事だ。


 先程のカイムに対するケリアノンの提案も、魔力差別問題がない前提で考えれば、他国の人間に招待しながら危険に晒した自国のけじめを、王族として国民に見せようとしているだけの提案にしかならない。


 しかし知らなかったからといって、その提案をカイムに受けさせることはルドーには許せなかった。


「すんません、さっきの提案は受け入れられません」


 黙って呆然と佇むケリアノンに、ルドーは業を煮やしつつも、落ち着くように深呼吸した後、低い声でケリアノンに向き直った。


 ルドーの返答にチェンパスがまたしても大声をあげる。


「何を勝手に! ケリアノン様の提案を蹴るつもりか!」


「ここに居るカイムとエリンジは、クバヘクソで既に魔力差別で暴行を加えられてます。友人として、それ以上の脅威にカイムがまた晒されるような状況が作り出されるのを、はいそうですかと受け入れられるはずがありません」


 横で喚くチェンパスを無視して、ルドーはじっと佇むケリアノンの牡丹色の瞳を見つめながら低い声で訴えた。


 ルドーの低い声に、チェンパス以外の叫んでいた周囲がしんと静かになる。


 しばらくしてケリアノンは、ゆっくりと目を閉じて大きく息を吐いた。


「……私たちシマス国王族は、我々を強く慕う配下たちを信じ、王宮外の事については全て一任してきました。しかしそれが間違っていたというのなら、この場にて配下たちの失態を恥じ、上の人間として謝罪いたします」


 そう言ったケリアノンは、その場で両膝を折って、頭を大きく下げて謝罪の姿勢を取った。


 王族が頭を下げる、それはとても重い意味を持つ。

 他国の王族も見ているこの公式の場では尚更だった。


 ケリアノンの動きに、チェンパスが顔を真っ青にして今にも倒れそうになる。


「たった今の提案は撤回させていただきますわ、思っていたよりもずっと浅はかな事をしていたと。この件に関しての謝罪の場も改めてもうけさせていただきます」


「俺は当事者じゃありません、なので謝罪はいいです。それよりもちゃんと現地に行って、直接見てその様相を知ってください。シマスがどのような状態になっているのか、王宮からだけで分かないことをきちんと調べてください」


 頭を下げて謝罪をされても、それがどれだけ重い意味を持っていても、今は何も変わらない。

 ルドーの意図を汲んだのか、ケリアノンは硬い表情で顔を上げて立ち上がって答えた。


「分かりました。必ず実行いたします」


 そして次に真っ青な顔のままのチェンパスに、厳しい視線を向ける。


「私たちは聞こえの良い声だけを伝えろと命じた覚えはありません。あなたたち王宮に仕える配下が我々王族を敬い従ってくれている事に日々感謝しておりますが、それと同じだけ厳しい意見で律することも求めてきたと私は思っておりました」


 ケリアノンの話は、自分たち王族を敬い慕う配下たちを信じていたことが痛いほどに分かった。

 そしてそれと同時に、信じていた相手に裏切られていたのだと、悲痛そうな表情からも察せられる。


 相手を神聖視して慕っているからと、心を痛めないように、耳障りのいい事だけを報告するのは忠誠とは言わない。


 チェンパスの言動に、ケリアノンにとても強く敬い慕っている様子は理解できたが、きっとそのやり方をずっと間違え続けていたのだ。


 それはきっとこの王宮に仕える他の人間も同じように。


「国民のために何ができるのか、私が日々考えていたことをあなたは知っていたはずです。お互い学生の身です故、今回は大目の処分になりましょう。ですがあなたは勇者の立場です、次はありませんよチェンパス」


 ケリアノンの厳しい言葉に、チェンパスは真っ青な顔で震えあがった。


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