第百五十五話 シマス国王都ウガラシ
それぞれが思う所や考えがあって、魔法訓練や放課後の飛行魔法訓練に打ち込んでいたら、あっという間にシマス国王都ウガラシで再開催される、降臨祭の日がやってきた。
シャーティフで行われた目的も何もなくなり、ただシマス国の女神教への信仰のみで行われる降臨祭。
女神教の本来の目的が失われてしまったが、女神教も降臨祭を開催しないわけにもいかず、またお詫びという名目での開催の為断れないとのこと。
女神教への信者が世界で一番多いというシマス国の王都開催とあって、今回の王都ウガラシでの開催は、シャーティフとは打って変わってかなり大々的に行われる。
下層のシャーティフで女神降臨祭が開催されるのは、信者の多いシマス国では上層がかなり不服だったとでもいうように。
また差別が助長されそうな情報が追加されて、ルドー達魔法科は現場にいながらげんなりとしていた。
「にしても知らなかったな、シマスは女神教が盛んだったなんて」
「魔力がどれくらい身につくかは結局のところ女神頼みだからね」
「あーそれで上層も下層も女神頼みになって、結果女神教の信者が増えると」
ルドーの呟きを聞いたアルスが後ろから補足してくれたため、ルドーは納得の表情を浮かべた。
ルドー達魔法科の面々は今、シマス国王都ウガラシに入ったところだった。
シマス国の住人でさえ入ることが制限されている王都、ウガラシ。
エレイーネーの転移門ですら町の外に設置されており、まるで国境検閲所のような、王都をぐるりと囲む壁に設置された、かなり厳格な通行門からウガラシに入る形で警備がとても厳重だ。
この調子なら魔法に精通しているシマスだから、転移魔法の対策もされているだろう。
集団で集まって、その通行門を担当している二人組の白いローブを着た、シマス国所属魔導士にスペキュラー先生が通行許可証を渡す。
『おい、また喋り出したぞ』
「でぇっ!? このタイミングで!?」
「止めたほうがいいんじゃないの?」
「止めて止まんのかよあいつ」
通行許可証を国所属魔導士が確認している間、スペキュラー先生がいつもの通りに饒舌に話し始めて怪訝な視線を向けられていたので、ルドーを含む魔法科の面々はハラハラして様子を見守る。
だがきちんと話は通されていたようで、問題なく通行門を全員通ることが出来た。
門を通った先の景色に、ルドーはつい見上げてぽかんと口を開いた。
壁に囲まれた通行門から中に入れば、脇に青々と茂った樹木が植えられた、四角く大きな過ごしやすそうな入り口広場が目に入ってくる。
その四方の奥から続くように、高く大きなマンションのような建物ばかりが立ち並んだ都会の街並みは、平地に大きな建物がひたすら続いているのか、入ってきた通行門からは王都の全容が全く把握できないほど広大だ。
人が多く行き交い、同じほどまた白いローブを着込んだシマス国所属の魔導士も行き交っている。
住民らしき人々は、皆高そうなドレスや衣装を身に纏い、明らかに貴族然とした人しか見当たらず、その身のこなしからも高貴さがにじみ出ている。
ルドー達が入ってきた通行門からだいぶ離れた距離に、絢爛たる巨大な洋風の城がドカンと生えているので、おおよそあれがシマス国の王宮だろう。
「うっひゃあ。わかってたけど直接目にしてみると、フィレイアとの比じゃねぇな」
「うん、でも逆にあんまり良くないかも」
「何か問題か」
「いやだってエリンジ、フィレイアはそこまで力入れてませんでしたって言ってるようなもんだろこれ」
「ひたすらに胸糞悪ぃわ。くそ人間どもが」
「えー? 綺麗だよカイにぃ」
歓声と紙吹雪が舞い、女神教のシンボルが入った緑の旗があちこちに大量に飾られ、王都をあげての見たことも無いほど大規模になった女神降臨祭。
だが魔法科の面々は、カイムの背中で事情がわからずはしゃぐライアと、一人饒舌にしゃべり続けているスペキュラー先生を置いて、これからどうしようと項垂れていた。
流石にフィレイアでの一件があるので、女神降臨式にだけ出席で自由時間は設けないと、ネルテ先生はシマス国に参加する条件を叩きつけた。
そのためルドーたち魔法科の面々は、降臨式に間に合うように現地につけばよかったのでそこまで時間を取られる心配はないが、こう広いとどこに向かえばいいのかわからない。
住民の入場制限が入っている王都ウガラシなので、アルスもメロンも当てにならなかった。
攻撃型魔道具を携え、更にエリンジの魔力が三割戻った今、一番狙われやすいのはライアとカイムだろうと、ルドーはリリアとエリンジと共に守るように二人を囲みつつ、警戒しながら慎重に歩を進める。
スペキュラー先生が、なにやらシマスの歴史やらウガラシについて説明しているのだろうが、話が長すぎて誰も何も入ってこず、ただ続くように歩いて行く。
「そこの魔法科一年全員! 止まりなさい!」
「ん? げっ、チェンパス……」
とりあえずどこに行けばいいのかわからない魔法科一同は、しゃべり続けるスペキュラー先生の話を無視しつつ続いていたのだが、前方から大きな声で呼びかけられて全員足を止めた。
一体なんだろうと面々が顔を見合わせたり首を伸ばして先を覗く中、ズンズン進んでくるエレイーネーの制服の女子生徒を見かけて、ルドーはつい厭うような声をあげてしまった。
「開口一番最低な声をあげたな、チュニ王国勇者! 何が不満だ!」
「いや今までの事考えてくれよ……」
シマス国の勇者チェンパスが、ズンズンとルドー達の前まで歩いてきた後、ルドーの上げた声にビシッと指差しつつ非難の声をあげる。
証拠もなく犯人呼ばわりされるわ、カイムに当たる攻撃を加えるわ、病人のルドーに説教するわ。
今のところチェンパスに良い印象を抱いていないルドーは、察してくれと言わんばかりにジト目で見ながら肩を落とす。
ルドーのその反応が気に入らないのか、チェンパスはキッとルドーを睨み付けた。
「大体私は二年なんだぞ! 先輩なんだからもっと敬え!」
「なら敬うような言動してくださいよ先輩……」
「えぇい生意気な! 今回は迎えに来たんだぞ私は!」
「えぇ? 迎え?」
「そうだとも! ケリアノン様のご命令でな、感謝したまえよ一年ども!」
そう言って振り返ったチェンパスが、手を合図するように上げれば、ガラガラパカパカと大きな音が響いてこちらに向かってくる。
明らかに高級そうな、手入れのよく届いた毛並みの良い馬に引かれた、高位貴族が使うような金ぴか塗装の馬車が四台、魔法科一年の方に向かって近付いて止まり、御者が扉に近寄ってバタンとその高級そうな扉が開いて、乗るための階段が即座にシュっと伸びてきた。
「今回の降臨祭、警備の都合で王宮広場ですることになっている。エレイーネーの生徒は前回のフィレイアの件も踏まえて、お詫びとして王宮に招待してそこで降臨式の見学となっている」
「でぇっ!? シマスの王宮で降臨式の見学ぅ!?」
「確かにそれなら警備も楽か」
チェンパスの説明にルドーは驚愕の大声をあげるが、横に居たエリンジは逆に納得の声をあげた。
話を聞いていた他の面々も驚愕の声をあげたり固まったりしている中、そういうわけだからさっさと乗れと、チェンパスは馬車の方をビシッと指差した。
チェンパスの指示に誰一人同調せず、様子を見るようにお互い顔を見合わせていた魔法科の面々。
だがチェンパスの話に思い出したかのように、頷きながらも話し続けるスペキュラー先生が馬車に乗り込んだ為、ババは引きたくないと全員が慌てて一斉にそれぞれの馬車に乗り込んだ。
ルドーもいつものようにリリアとエリンジとカイムと一緒に乗り込んだが、なぜかチェンパスも一緒に入ってきたかと思うと、ライアを膝に乗せたカイムの横にドスンと座ったために、カイムが引き攣った顔で遠のくように身を寄せていた。
そのままチェンパスが背後の小さな窓を開けて御者に合図すれば、ガタンと馬車が一斉に走り出したので、立ったままだったルドーはリリアと一緒に慌てて座席に座った。
窓際に座ったカイムの膝の上でライアが窓にへばりつき、外の様子をきゃいきゃいはしゃいで眺める中、チェンパスはエリンジとカイムの間で苛立つように腕を組んで足を鳴らしているためとても気まずい沈黙が流れる。
そんなに嫌ならなぜわざわざこの馬車に一緒に入ってきたのだ。
ふかふかの赤い革張りの椅子の上で、揺れもほとんど感じないような造りの良い馬車に乗っているのに、あまりの居心地の悪さにルドーは耐え切れずつい声をあげた。
「先輩、嫌なら無理して乗らなくてもいいのに」
「そうも言ってられん! 私はこいつも連れてくるように言われているんだ!」
「はぁ!? つかこいつとかいうんじゃねぇよ!」
ルドーの指摘にチェンパスはカイムに向かって腕を組みながら指差し、指名されたカイムが振り返りながら食って掛かる。
エリンジも意味が分からないとばかりに片眉をあげ、リリアも不安顔でおずおずと声をあげた。
「カイムくんにシマス国側がなにか用事があるってことですか?」
「ケリアノン様からの命令だ。降臨祭の前にフィレイアで巻き込んだため謝罪したいので代表して連れてくるようにと」
「なんで俺が代表してんだよわけわかんねぇわ!」
「知らん! そこら辺の采配は私の管轄ではない! ナイル公爵に聞いてくれ!」
「フィレイアでイチャモン付けてきたあの公爵かよ……」
チェンパスの説明に喚くカイムに、更にチェンパスは叫び返す。
フィレイアでルドー達に女神教の教会に向かうよう仕向けてきた、あのナイル公爵がどうやら一枚噛んでいるようだ。
大方個人指名して招待した魔人族のカイムに代表をやらせて、フィレイアでの一件は問題なかったと周囲にアピールしたいといったところか。
「貴族のやる事ってどうしてこうもめんどくせぇんだよ」
「それが貴族というものだ」
「お前こういう回りくどいこと出来ねぇだろエリンジ」
状況を理解したルドーが溜息を吐きながら言えば、納得の表情を浮かべたエリンジに、お前は違うと抗議した。
しかし王宮への送迎でこのように馬車を使ってくれるのならば、町中でクバヘクソのように差別の被害には遭わないだろう。
とりあえず問題は王宮についてからだと、ルドーも不服そうに喚くカイムを無視して、はしゃぐライアと一緒に王宮に着くまで窓の外を眺め続けた。
しばらくして馬車が王宮の敷地内に入り、馬車が止まってノックと共にまた扉が開かれる。
案内役のチェンパスが続けとばかりに手を振りながら先に降りたので、ルドー達も後に続いた。
王宮の正面からではなく、どうやら脇から中に入ったのか、芝生の生えそろった中庭のような場所で、奥に廊下のような白い石で出来た柱の外通路が王宮に向かって続いている。
全員が間違いなく馬車から降りたことを確認したチェンパスが、御者に労いの声を掛けた後、また全員に続くようにと声を掛けて先頭を歩きだした。
尚も一人しゃべり続けるスペキュラー先生と距離を取りつつ、全員がそれぞれ会話もなく、白い外通路を歩きだしたチェンパスの後に続く。
庭園を歩く遊歩道のように曲がりくねったその道をしばらく行くと、護衛のように白いローブを着た国の魔導士が扉の両脇に控えていた。
チェンパスが慣れた様子で制服のポケットから書状を手渡し、確認作業が終わって頷いた国所属魔導士が扉を開けて中に入るように脇に控える。
ここから先は王宮の本殿、万一差別されても対応できるようにと、ルドーはリリアとエリンジと目配せして頷いた後、カイムとライアを守るように取り囲んでチェンパスの後に続く。
白い大理石に映えるような赤い絨毯が敷かれた王宮の廊下をしばらく歩いていると、王宮の中の方で問題でも発生したのか、大きな声とバタバタと走るような音が聞こえてきて、ルドー達は全員警戒するように身構える。
「――――伯! 辺境伯! どうかお戻りを! 降臨式はこれからの開催なんです!」
「顔出しだけで十分との書簡だ。義務は果たした、帰らせてもらう」
「うわぁ! フェンネリエル・レペレル辺境伯!!!」
なにやら揉めているのか、こちらに向かってくる中年男性と、引き留めようとしている白いローブの国所属魔導士が言い争っていた。
なんだろうとルドー達が足を止めて様子を見ていたが、中年男性が目に入った瞬間トラストが叫んだ。
その場の全員がトラストの叫びに驚愕してそちらを向き、同じように叫びに気付いた男性もこちらに歩いて来る。
フェンネリエル・レペレル辺境伯。
チュニ王国の片田舎ゲッシ村にですらその名をとどろかせる、世界最多魔物暴走阻止の実力を誇る化け物辺境伯。
クロノやイシュトワール先輩と同じ黒髪だが白髪だが大分混じっており、さっぱりと短い。
赤い瞳は鋭く切れ長で、イシュトワール先輩とどことなく同じような雰囲気を醸し出していた。
その痩せた細身からは噂の化け物っぷりの実力が想像しがたく、むしろ洒落に着こなした濃紺のケープスリープスーツからは、紳士的な印象を抱く。
イシュトワール先輩とクロノの父親でもあるその人も、どうやら今回の降臨祭に招待されていたが、最低限の義務は果たしたと開催前に戻ろうとしている所だったようだ。
トラストの叫びに気付いた様子のフェンネリエル・レペレル辺境伯は、シマス国所属魔導士に対して苛立つような応対とは打って変わり、驚いた様子でこちらに歩み寄ってきていた。
「ん? キュラか? なにをしている」
「なにをしているかといわれると現在進行形で色々ありますので説明させていただきますと――――」
「簡潔に、四十文字以内で話せ」
「私以外に適任がいなかったので、エレイーネーの生徒を引率している所ですよ、ネリエル」
またも饒舌に話そうとし始めたスペキュラー先生に、レペレル辺境伯は慣れた様子で指摘して、スペキュラー先生がその通りに返したために魔法科の一同全員が絶句した。
どういうことだ、スペキュラー先生がかなり短く話をまとめ上げた。
驚愕の表情を浮かべて声も出せない様子の一同を見たレペレル辺境伯は、可哀想にという様子で、ルドー達とスペキュラー先生を交互に見比べた。
「こいつに苦労しているようだな。こいつのおしゃべりは観測者の役職デメリットだ。だが文字数を指定されるとデメリットの抜け穴で簡潔に返す。覚えておくように」
「えぇ!? そんな方法あったんですか!?」
「非常事態の時だけ使いなさい。役職デメリットによる効果だ、本人にはどうにもできない。あまり使い過ぎるとストレスで普段の喋りが悪化する、気を付けなさい」
スペキュラー先生の長話にそういうものだと諦めていたルドー達だが、レペレル辺境伯の話を聞く限り、どうやら観測者の役職デメリットでこうなっているらしい。
どうやっても会話が長くなるよう変換されてしまうデメリットだが、会話相手に文字数指定されるとそのデメリットの穴を抜けるそうだ。
相性でお互い呼び合っている様子から、レペレル辺境伯はスペキュラー先生とどうやら親しい知り合いの様子。
状況を聞いた後は好きなだけ喋れと言わんばかりに続けろと言って、また饒舌に話し始めたスペキュラー先生の話を慣れた様子で聞き流していた。
「魔法科一年か、話に聞く娘のクラスメイトだね?」
スペキュラー先生の話からか、行方不明のクロノの話題になって、全員が気まずく、うっと声をあげる。
保護者なのでクロノの様子は当然気になるだろう、ルドーがついカイムの方を見れば、罰が悪そうに下を向いていた。
「……俺が逃がしちまった」
全員を見定めるように眺めていたレペレル辺境伯に向かって、謝罪するかのようにカイムが話し始める。
話し始めたカイムの方にレペレル辺境伯は視線を向ける。
ルドーはリリアと目配せした後、首を振られたためカイムに視線を戻してその様子をじっと見守る。
「俺が一番近くにいた。止められなかった。俺が弱ぇからあいつは逃げた」
「私からも逃げる子だ。無事に戻ってくるならそれでいい」
下を向いていたカイムに掛けられたレペレル辺境伯の声に、全員が驚愕するように目を見開く。
大型魔物暴走を何度も収め、化け物と呼ばれるレペレル辺境伯からも、クロノは逃げている。
それほどまでに女神深教の脅威は恐ろしいのか、それとも何か別の理由でもあるのか、ルドーにはわからない。
ただ気にする必要はないというように、レペレル辺境伯は下を向くカイムの肩を優しくポンと叩いた。
信じられないようにカイムがガバッと視線を上げる。
「イシュからいくらか報告は受けている。あの子にまともに話せる相手がいると知れただけでも私はありがたい。家族の誰とも会話が出来んからな」
そう言ったレペレル辺境伯は、悩むようにはぁと小さく溜息を吐き、その様相は年相応の父親の顔をしていた。
引き留めようとしていた国所属魔導士が、話し込んだためにどうしようかと狼狽えている中、レペレル辺境伯は急に人が変わったように険しい顔つきに変わって耳に指を置いた。
「イシュ、至急だ。領地に戻れ。またデカいのが来る」
「えっ!?」
後ろにいた国所属魔導士と一緒に、その場にいたルドー達全員も大きな声をあげた。
どうやらレペレル辺境伯はイシュトワール先輩に通信魔法を使ったようだ。
デカいのが来る。
休暇中もイシュトワール先輩を呼び戻していたレペレル辺境伯。
つまりファブでまた大型魔物暴走が起こる。
そう言う事だから戻ると、狼狽える国所属魔導士に告げた後、レペレル辺境伯は最後にというようにルドー達の方を向いた。
「君たちも、降臨祭が終わったらさっさと帰りなさい。どうにも嫌な予感がする」
スペキュラー先生に軽く別れの挨拶をして、レペレル辺境伯は立ち去っていく。
大型魔物暴走を勘で当てる化け物、レペレル辺境伯。
不気味な警告を残されたルドー達は、別れの挨拶をしゃべり続けるスペキュラー先生の傍で、不安にその場に立ち尽くしていた。




