第百五十一話 内省と知恵熱
「うーん、なんも思いつかねぇ……」
文字だけがびっしりと羅列された本が相変わらず苦手故に、ルドーは滅多に訪れない図書室。
分からないなりにそれらしい本を、図書室中心の円形の中央受付にいる、相変わらず人の良さそうな初老の受付管理の女性に頼み、はたまた慣れないなりにルドー自身でそれらしい本を、遥か高い壁一面にびっしり並んでいる本棚から探し出す。
囲まれるように机の上に大量に並べては、慣れない読書作業に目が文字を泳ぐ中、なんとか情報はないかとルドーは一人頭を抱えていた。
『デメリットで飛行魔法は使えないんだ、諦めろって』
「いやなんか抜け道はあるだろ」
複数の本を開いて机に並べつつ、滑っていく目を必死になんとか動かして、文字の上を追いかけるルドーに、聖剣が退屈だとでもいうような声でパチリと小さく弾けた。
女神像破壊犯は、あの青緑の大鎌を使って飛行して逃げていった。
またルドー達が保護しようと相対したとしても、同じように上空に逃げられてはルドー達には捕まえる事が出来ない。
ランティベリの町から戻った後、それぞれが飛行魔法について検討し始めた。
だが攻撃魔法しか使えないルドーでは、どうやらただの空中への雷魔法の放出は攻撃に該当されないらしく、攻撃魔法以外が使えないデメリットのせいでまるで出来る様子がなかった。
飛行魔法はネルテ先生曰く、二年か三年になって習得する上級魔法。
早く習得するに越したことはないが、個々人の魔法の性質によっては習得自体が難しい、場合によっては魔道具で補助をしたり、習得そのものを諦める必要がある魔法になる。
ネルテ先生ですら使用する魔法の相性から自力習得できず、魔道具の補助を使って飛行する形を取っている。
一人前の魔導士でも習得が難しい場合のある魔法だが、ルドー達はそれで諦めていては依頼のあったあの女神像破壊犯を保護できない。
なにかデメリットに対する抜け道はないかと、ルドーは雷魔法を使う聖剣の性質、雷そのものについて図書室で調べ始めたが、文字の羅列にただただ目が滑って、役に立つ情報が得られていない現状だった。
こんなことならランティベリの古本祭りで、何か手掛かりになりそうな本でも見ておけば良かったと、ルドーは少し後悔している。
「雷転斬では普通に空中移動できるじゃん、連続で雷転斬使ったりとか、その応用で行けねぇのか?」
『あれは攻撃に伴う移動だろ。攻撃対象がなきゃそもそも移動できねぇぞ』
今できる事から応用できないかとも考えるが、それが出来るなら最初から出来ているだろうと聖剣に全否定された。
確かにあれは攻撃対象へ接近するための移動、聖剣の言う通り飛行魔法として使えるなら、そもそも攻撃の際も空中に浮遊できるはずだが、ルドーにはそれが出来た試しがない。
空中を攻撃対象にひたすら雷転斬で攻撃しての移動は、それこそ魔物暴走のような、魔物が大量闊歩するような状況でもなければ厳しいし、空中がそのような状態になっていたら、飛行魔法以前に危険な状況だ。
また磁力を使った移動も、鉄の含まれる物体に対する魔法攻撃によって行われる、副次的なもの。
大きな町中でもない限り、空中にそんな大きな鉄製の物は存在しないし、女神像破壊犯の付けている金属製のマスクを狙っても、ルドーがそこに移動するよりもマスクがこちらに引っ張られる可能性の方が高かった。
「エリンジは飛行魔法には魔力が現状足りねぇし、カイムは髪を使う影響で放出系が得意じゃねぇし。現状一番出来そうなのがリリとか、はぁ……」
『なんだ珍しく溜息なんかついて』
「いや、ランティベリのもそうだけどさ、そもそも俺敗戦の方が多くて、役に立ててんのかなって……」
ついこの間起こったランティベリの出来事を筆頭に、ルドーは次々と巻き込まれ続けている厄介事を思い起こす。
古代魔道具聖剣という強力な武器がありながら、ルドーは厄介事で発生した戦闘で、あまり問題を解決できていた自覚がなかった。
たまたまの偶然や、その場に居合わせた人員でなんとか対処出来てきてはいたが、今思い返せばどれもこれも綱渡りが過ぎる気がする。
ここ最近でまともに事を成し得たのは、チュニ王国の教会で、ジュエリの元王族を捕まえたくらいだ。
それだって相手が攻撃魔法も使えないド素人だったわけで、既に教会に逃げ込んで保護されていた状況からも、あまり誇れるようなものではなかった。
力を付けても、新しい技を作り出しても、厄介事はその想定を遥か上を行く規模で発生してくる。
『ははーん、さてはこの間の突発瘴気の魔物暴走、瘴気そのものは何もできなかったって落ち込んでんな?』
小さく笑うように弾けた聖剣に、ルドーは否定できずにどんよりと重い空気を漂わせる。
「だって魔物は攻撃出来るけどよ、瘴気は攻撃出来ねぇじゃん」
『まぁ瘴気に対しては昔から聖女の専売特許だしな』
「それにあいつもせっかく見つけて捕まえようと張り切ってたってのに、捕まえるどころかいい様にあしらわれてただろあれ……」
『まぁあれはちと規格外が過ぎるわ』
読めば読むほどよくわからなくなる積み上げた本の情報に、ルドーが机に突っ伏すれば、聖剣から流石に仕方ないというような意見をあげられる。
飛行魔法だけではない、攻撃魔法を魔力ごと吸収するあの古代魔道具を模した攻撃型魔道具も規格外過ぎた。
古代魔道具故に防御魔法を貫通する雷魔法、今まで恩恵しかなかったそれが、吸収されることであれ程までに牙を剥いた攻撃魔法に変換された。
またあの女神像破壊犯に相対したとき、ルドーは安易に雷魔法を放つことは得策ではない。
あの青緑の大鎌は、聖剣ではあまりにも相性が悪過ぎた。
攻撃を封じられ、飛行魔法で追いつくことも出来ない。
説得にもまるで応じる様子がなかった彼女をどうすれば保護できるのか、ルドーにはなにも良い案が思いつかず、どん詰まり状態に陥っていたのだ。
「やっぱあの攻撃型魔道具引き離すしかねぇじゃん。古代魔道具を模してるって言うならある程度仕組みわかるんじゃねぇの? なんかないのかよ弱点」
『弱点なんてわかってたら最初に伝える。それにほんとに模してるなんて信じたくねぇな』
ルドーの質問に対し、最もな返答をしつつも、信じられないというより、信じたくないというような反応をして聖剣が小さく弾けた。
そういえば、古代魔道具に関しては聖剣そのものが詳しくないと、以前ゲリックが話していたような。
反応から聖剣があの青緑の大鎌が模してる構造について、どこまで知っているのか定かではない。
模すことが可能ならば、古代魔道具の量産も可能なのだろうか。
あの女神像破壊犯だけではない、前例が出来てしまった以上、同じような武器を持つ相手との戦闘も考えなければなかった。
「クロノが言ってたことも出来てねぇし、そもそもクロノに聖剣の攻撃効かねぇし。剣の男や魔力奪ったやつはそもそも攻撃そのものが効果出してねぇし……歩く災害は倒せたけど、それも俺一人でやったわけじゃねぇし……魔物暴走もまともに対処できる気がしねぇし、こんなんで俺やってけんのかよ勇者……」
『あれま、マジで大分落ち込んでる感じか』
今までは降りかかってくる問題に、只必死に頭を働かせながら、聖剣を振って対処し続けていた。
だが戦闘での成功体験が少ないせいで、ルドーには勇者としての未来像が上手く思い描けない。
リリアは順調に力を付けていって、魔力伝達もあってだが、ランティベリの突発瘴気の魔物暴走を見事に鎮静化させた。
魔力伝達も相変わらずルドーには出来ないまま。
チュニ王国を守らなければならない勇者であるはずなのに、魔物しか倒せないのにこんなことで大丈夫なのかと、ルドーは少し自信を喪失していた。
『あいつもあのバケモンどももどれも例外だとは思うが、その例外ばっかにぶち当たったせいであんまり自信付いてねぇのか。まぁ本来防御魔法も貫通して、大抵の問題は対処できる火力なのに、ちっと規格外と相手しすぎてるな』
「規格外だっつったってそれで納得してちゃなんも解決しねぇじゃん。はぁ……」
剣の男は未だ行方をくらませ、エリンジの魔力もフィレイアでの女性に奪われたまま。
歩く災害の脅威は相変わらず中央魔森林の中にあるし、女神像破壊犯は保護出来ていない。
問題は何も片付いていない。
頭を抱えたまま目の滑る本を眺め続けていたが、チャイムの音と共に図書室の利用時間を過ぎてしまったため、取り出していた本を何とか片付けて後にする。
食欲もどうにもわかないので、溜息を吐きながら寮の自室に戻ろうと共有区の廊下を歩いていると、後頭部からポコンと軽く誰かに殴られた。
「しけた面してんなぁ、どうした?」
「あ、先輩」
学習本を丸めてルドーを叩いたイシュトワール先輩が、遅い夕食を済ませたのか、小さく笑いながら腰に手を当てて学習本で首を叩きながらルドーを眺めていた。
その横にはフィレイアで一緒に行動していた、ジルニスカイ先輩も物珍しくルドーの方を向いている。
「この間の礼の品美味かったぜ。あいつ元気にしてるか?」
「気に入ってくれたんならよかったっす。カイムなら相変わらずっすよ」
ニタリと笑ったイシュトワール先輩に、ルドーは向き直って答えた。
ランティベリの一件からルドー達が戻った後、間もなくして三年の魔法科の生徒達もエレイーネーに戻ってきた。
キシアからお礼の品としてトルポの特産の果物と花束を貰ったルドーは、戻ってきたイシュトワール先輩に、果物をルドーから、花束をリリアからお礼の品として渡している。
イシュトワール先輩はお礼の品を渡されて驚いた表情をしていたが、謹慎二週間という長い期間にルドー達に罪悪感を感じさせまいと、あえてルドー達が差し出したそれを受け取ってくれた。
エリンジも言っていた通りリンソウの温泉饅頭を渡し、カイムも使ってくれと焼き物グラスを渡していた。
カイムがそれを一体どこで手に入れたのかとルドーが問えば、どうにも古本祭りで古本と一緒にバザーのように雑貨が売られていた区画があったらしく、そこで良さそうなものを見繕って一緒に買い込んでいたようだ。
食べ物の好みがわからなかったのでと、これで好きな物でも飲んでくれと、カイムは焼き物グラスをお礼の品として渡し、イシュトワール先輩は礼は受け取らねぇって言ってたのになぁと、茶化しながらも受け取っていた。
イシュトワール先輩はなんだかんだ相当カイムを気に入ったようだった。
その後三つ子たち三人から、兄を助けてくれてありがとうと口々に言われた後、お礼の手紙を手渡され、驚いた表情になったイシュトワール先輩は笑顔で笑う三人にキュンと心を射抜かれたようで、カイムに向かって妹の入り婿になるなら相談にのると突然言い出して場を混乱させた。
カイムは真っ赤になって喚き散らすし、三つ子は意味が分からなさそうにキョトンするし、イシュトワール先輩は優良物件だから可愛らしい三つ子ごと家族にして手放したくないと、真っ赤になって喚くカイムの肩を掴んで必死の形相で叫ぶし。
リリアは事態を諦めて静観するわ、居合わせたエリンジは見事に混乱するわで大騒ぎだった。
実の妹のクロノに避けられ続けているせいか、イシュトワール先輩はその辺り大分拗らせている。
「そんでなんで落ち込んでたんだよ、後ろからも分かるくらいどんよりしてたぞ」
「先輩だし悩みがあるなら相談のるよ?」
おおよそ初対面に近く、お互い名前も名乗っていない状態なのに、ジルニスカイ先輩はバチンとウィンクしながら頼りがいのある言葉を口にするので、当てられたルドーはまた変な扉を開きそうになる。
ルドーは改めて名前を名乗ってジルニスカイ先輩とお互い自己紹介をした後、どうせならと思ってそのまま相談にのってもらった。
「……いやその、この所の戦闘で、色々上手くいってる気がしねぇなぁって」
「えー? 噂聞く限りかなり高度な戦闘してると思ってたけど」
「まだエレイーネーに来てから一年も経ってねぇってのに、大分志向高い悩みしてんな」
甘えるように吐露したルドーに、ジルニスカイ先輩は驚いたように声をあげて、腕を組んで話を聞いていたイシュトワール先輩は、ルドーの肩を労わるようにポンポンと軽く叩く。
確かにルドーは本来まだ資格すら持つことも無かったはずの一年、戦闘経験をここまでしていること事態が想定外だった。
先生方でも対処しきれない問題を、同じように抱えて対処しようとしても、未熟者のルドーでは当然うまくいくはずもない。
その事を指摘するようにイシュトワール先輩は話すが、それでは良くないとルドーは首を振った。
「そうはいってもどうにも周囲で問題ばっか起きるんすよ。それになんか規格外の相手にどうにも狙われやすいっつーか……」
『確かに最近あれだが、気にしすぎだぞお前』
首を振りつつガックシと肩を下げたルドーに、聖剣がパチリと反応する。
ルドーの反応に、イシュトワール先輩はジルニスカイ先輩と顔を見合わせた後、がしがしと頭をかいた。
「色々噂になってっから聞いてはいるが、それでもあんま抱えすぎてもよくねぇぞ」
「志が高いのはいいけど、高すぎると押し潰されちゃうよ」
「誰よりも志高いやつが言うのもどうかと思うぞそれ」
イシュトワール先輩が呆れた表情で指摘すれば、ジルニスカイ先輩はそうだっけとにこりと笑って返事していた。
そう言えばジルニスカイ先輩は、魔法科のトップだとアリアが言っていたのを思い出した。
何かうまく行くコツでもないかと、ルドーは落としていた肩を戻して身を正して質問する。
「今まで起こった問題に対処するのに手一杯で、あんま先の事考えてなかったんすよ。それで振り返ってみたらやられてばっかだなって思って、なんかいい方法ないっすかね」
「いい方法ねぇ。俺は結局力業のゴリ押しばっかだからな」
「うーんそうだな、対処で手一杯だって言うけど、出来ないなりになんとか対処して生還してるなら、次は相手をよく観察するところかな」
「観察?」
ジルニスカイ先輩も、ルドー達の異様な状況の噂はそれなりに聞いているらしい。
明らかに大人の魔導士が対処するような事態からなんとか生還しているならば、今の一年の状態ならば十分すぎると太鼓判を押される。
それでもなお先を目指すというならばと、ジルニスカイ先輩は続けた。
「相手をよく見て、相手の事をよく理解することから、突破口は生まれる。やられちゃったら元も子もないから、適宜撤退しながらね。厄介な相手を一回でなんとかしようと考えるからドツボに嵌まってるんだよ。何度も何度も対峙して生還して、相手の特徴や法則を探る。そうすることで見えてくることもあるんだ」
だから生還出来ている今の状況は悪い事ではないよと、ジルニスカイ先輩はまたバチンとウィンクで星を飛ばした。
相手をよく見て理解する。
敗走は恥ではない。
目から鱗の助言に、ルドーは目が点になって固まった。
確かに女神深教の連中や歩く災害など、規格外だと決めつけて、ルドー達は結局のところ何も知らない。
何も知らないから対処できないと決めつけていたが、それではまた襲われた時に困るのはルドー達の方だ。
安易な行動をするなと警告されたために、相手から直接情報を探るという方法を、ルドー達は全く考えていなかった。
敗走しても相手の情報を持ち帰ることも大事だと、ジルニスカイ先輩は語る。
「おーおー、さっすが初対面でも魔力伝達しちまう理解力。さらには敵と魔力伝達して魔力抑え込んで制圧しちまう奴は言う事が違うわ」
「おだてたってなにも出ないよイシュ」
「そういやジルニスカイ先輩は魔力伝達が得意なんでしたっけ」
思い出したようにルドーがそう質問すれば、ジルニスカイ先輩はにこりと笑ってルドーに返す。
「相手を理解すれば、自然と出来るようになるのが魔力伝達だ。その様子だと苦戦してる感じ?」
「いやあの、俺の場合なんかトラウマかなんかが原因で、魔力伝達そのものが上手く動かなくて……」
ルドーの話にイシュトワール先輩とジルニスカイ先輩の表情に少し影が差した。
だが心配させたくて話している訳ではないと、ルドーは慌てて魔力伝達が失敗する経緯を二人に説明する。
「……うーん、確かにたまに魔力伝達が上手くいかない事例はあるかな。ルドー君の心配通り、トラウマが大体原因だったりするけど。あ、君の妹は例外だよイシュ」
「は!? え!? クロノと魔力伝達しようとしたのかジル!?」
「君がいつも話してるから興味出てね、イシュ。そんで話しかけて問答無用でやってみたら、物凄い拒絶されて弾かれた。あんまり妹だからって甘やかすのはどうかと思うよあれ」
ジルニスカイ先輩の話にルドーも目を丸くする。
確かクロノはエレイーネーにまだいた頃、確かにエリンジとの魔力伝達の訓練も拒絶してやろうとしていなかった。
魔力伝達は互いの理解を深める行為も含まれる。
イシュトワール先輩と仲も良く、話をよく聞いていたジルニスカイ先輩は、クロノの事も理解してみようと魔力伝達を試したそうだ。
それの完全の拒絶。
クロノは誰とも理解し合うことを拒んでいるのか、その事がジルニスカイ先輩にはあまりよく映っていないらしい。
避けられ拒まれ続けているイシュトワール先輩は、それでもクロノに強く出られないために甘やかしている自覚があるのか、ジルニスカイ先輩の苦言にたじろいで黙り込んでいた。
他人だけでなく家族も拒むクロノに対するイシュトワール先輩の様相を、ジルニスカイ先輩は心配している。
ジルニスカイ先輩は苦言を呈した後、目線を下げて黙り込んでしまったイシュトワール先輩に、困ったものだと首を傾げた後、話を戻してとルドーの方を向く。
「それでトラウマが原因で魔力伝達が上手くいかない場合、トラウマが解消されると嘘みたいにコロッと使えるようになることが多いよ」
「マジっすか!? 悪化したら不味いかもっていわれてたんですけどいけますか!?」
「悪化すると魔力伝達どころか本人に影響出ちゃうからね。廃人になるか出来るようになるかの二択だからみんな心配してるんだと思うよ」
「えぇ……廃人……?」
『あんまり状態良くないってこった、ルドー』
やるなら気を付けるようにと警告したジルニスカイ先輩は、冗談で言っているようには見えなかった。
リリアやエリンジのやたら必死に心配する様子に、気絶ばかりしていて何も覚えていなかったルドーは、ここにきてようやく自分の抱えた状態を自覚した。
トラウマが悪化すると言われていたが、ルドー自身は覚えもないせいもあってかなり軽く考えていたのだ。
トラウマが治るか、トラウマが悪化して廃人になるか。
ルドーの今の状態はどうやらその二極の中間に位置している。
あまり気にしていなかったが、思ったよりもずっとルドーの状態は良くなかった。
だからリリアもエリンジもあれ程心配していたのだ。
「自分自身をよく理解することも必要かな。なにが出来て何が出来ないか理解するのもとても大切だからさ」
「……言われてみりゃあんま自分の事考えた事ねぇや」
「その場凌ぎだけじゃそれじゃその内やられちまうな。まぁ自分見つめ直すのもたまには必要だって」
『周りの事ばっかで肝心のとこ見えてなかったなお前』
ジルニスカイ先輩の指摘に、ルドーは自分がどうしたいのか、何一つ考えていなかったことに思い至った。
自分がどうなりたいかもわからないのに、その場凌ぎばかり気にしていたので、どういった勇者になっていくのかイメージできなくて当たり前だ。
言われた助言にルドーは考え込みながら、今後自分がどうするべきかを改めて考えるように言葉に出してまとめていく。
「相手をよく観察して情報を手に入れて、自分に何が出来るか考える、か。地道で長そうだけど、言われてみればやることは思ったより単純なのか」
「戦ってばっかだと必死になり過ぎてこの辺り見失いがちになるんだけどね。基本的なことで且つ大事な事だよ」
「その延長で魔力伝達が伸びたのがこいつだ。実際に力になってくと思うぞ」
自分と相手をよく理解しようと努力する、その結果ジルニスカイ先輩は魔力伝達の扱いが人一倍強力になったという。
ルドー自身はまだ魔力伝達が出来ないが、そのやり方は魔力伝達出来なくとも、確実に力になる方法になるだろう。
「……出来ねぇことばっか考えてたからよくなかったんだな。よし、なんかちょっと元気出てきた」
『悩んでんのらしくねぇからな。感謝しとくぜ先輩さんよ』
「うん、それもあるけど君、ちょっと熱出てるよ。風邪ひいてるっぽいから寝たほうがいいよ」
「えっ!?」
ジルニスカイ先輩が頭を指差してトントンと叩き、ルドーの体調そのものが悪いと伝えられる。
ルドーは言われるまで全くその自覚がなかったが、言われてみれば確かにどうにも調子が変な気がした。
ずっと頭痛が続いていたのは、苦手な本を読んでいたからではなかったのか。
「話を聞いて試しにとやってみたけど、やっぱり魔力伝達は出来なかったよ。でもなんか顔が赤いから原因見ようと思って軽く解析かけてね。多分悪い方に考えるのもそれじゃないかな」
「色々あり過ぎて疲れたまってたんじゃねぇの、必死になるのもいいけどたまには休めよ」
イシュトワール先輩がジルニスカイ先輩の指摘に、ルドーの熱を測るように額に手を当てたあと首を振っていた。
どうやら悪い方向にばかり考えていたのは、体調が悪かったのも影響があったようだ。
力を付けようとがむしゃらに訓練を続け、その上行く先々で厄介ごとに巻き込まれ続けたせいで、ルドーは身体を酷使し続けていたらしい。
リリアに程々に回復魔法をかけてもらっていたせいで、ルドーにはその自覚がなく風邪をひいている事に気付かなかった。
「あー、道理で身体だるいわけだ……」
『変な事考えてたらまず体調疑ったほうがいいようだなお前』
呆れたようにバチンと呟く聖剣。
風邪をひいていたと自覚した途端、ルドーはどんどん体調が悪くなるような感覚に襲われた。
体調が悪いのならばさっさと寝とけと言わんばかりに、ルドーは先輩方二人にズルズルと寮の自室まで連行されて、そのまま部屋に押し込まれる。
見事に風邪をひいてしまったルドーは翌日丸一日寝込み、話を聞いた魔法科一同から見舞い品だと寮部屋に色々置かれて部屋がゴチャついてしまった。




