第百四十九話 再び現れた破壊犯
メイデンの隣町、ランティベリ。
メイデンやロドウェミナと同じ、ローゼン公爵領に該当するランティベリは、その二つの町の中間位の規模感の、大きくもなく小さくもない、一般的な街並みをしている。
疫病の影響か、町に入る時に検問のような形で、警備員のような恰好をした人員に呼び止められた。
どの町から来たか尋ねられたので、メイデンの町からだと正直に伝えれば、エレイーネーの制服を着ていたこともあってそこまで深く追及されることも無くランティベリの中に通される。
古本祭りを開催するにあたっての水際対策だろうか、それにしてはどうにも軽い感じだが、エレイーネーであるための例外的措置とも言える気がして判断しきれない。
レイルから受け取った皺くちゃのチラシを頼りに、ランティベリの町を歩く。
住民と混じってルドー達と同じように古本祭りに参加しようとしている様な、ランティベリ外の人が歩いているのはちらほらと見えるものの、歩いている住民も多く、どうやら町を挙げての祭りというわけでもない様子だ。
住居が立ち並ぶ街道を、街路樹が並ぶ石畳の道をしばらく歩けば、小さな垂れ幕がされた、町中の公園広場のような場所に辿り着いた。
建物に囲まれつつも程々に広がった空間に、樹木が立ち並び芝生が敷き詰められた、普段は居心地の良さそうな公園だ。
芝生の上に敷物が敷かれて、直接本が置かれたり、木箱が置いてその中に何冊も入れられていたり、本棚のようなものに大量の古本が仕舞われていたり、一方で積み木のように積み上げられていたり。
それなりの人が本を手に取ったりしながら、それぞれの敷物に一人いる店員のような、それでいて普通の住民のような身なりの人と話している様子から、祭りというよりはバザーのような印象を受ける。
アシュやリンソウ、フィレイアの祭りとは比較しても小さいが、それでも公園いっぱいに敷物を敷いて開催している古本祭り。
その様子を見たカイムが、改めてレイルが書き上げたリストを眺めた後大きく唸り声をあげた。
「どこに何があんのかわかんねぇ……」
「カイにぃこういうお本の探し物苦手」
「手伝う」
レイルの書きだしたリストには、本の題名が書かれている訳ではなく、こういった内容の本があればいいというような書き方をされていた。
古本祭りということで、それぞれが出店している場所もジャンル分けがされている様子もない事から、それぞれの店でそれっぽいものがないか、片っ端から聞き込まないといけない。
レイルのリストに頭痛がし始めるように頭を抱えて唸るカイムに、背負ったライアが労わるように頭をよしよしと撫でている。
エリンジがハンマーアックスの柄でトントンと首を叩きながら、手分けして探そうとリストを覗き込み始めた。
「あー、俺は荷車あるからここで待機しとくわ」
「お兄ちゃんも本買ってもいいんだよ?」
「私もそれではサンフラウ商会の方にちょっと行ってきますや!」
『(僕もちょっと見回りたいかな)』
「ほらリリ、荷車見るやついなくなるじゃん、村の備品だし見とかねぇと」
「お兄ちゃん!」
『都合のいいやつだな』
カゲツとノースターがそれぞれ資料を抱えたまま解散するように歩き出す中、本に今一魅力を感じ出せないルドーは、そのままその場で腕を組んで周囲を観察するように仮面を動かしているレッドスパイダー先生と共に、荷車に残ることを選択する。
呆れるような大きな溜息を吐いて肩を落としたリリアも、カイムを手伝おうと二人の傍に行ってリストを覗き込み、しばらくしてカイムとエリンジとリリアも解散して店の方へそれぞれ歩いて行った。
レッドスパイダー先生と二人、特にやることも無くなったルドーは、時間を潰すように周囲を観察し始める。
古本祭りに参加している人たちの顔には、まだここまで影響がないせいか、疫病に関する憂いは今のところ見受けられない。
学習本を読んだ限り、シュミックを除くどの国でも、中央魔森林や飛び地の魔の森からの魔物の脅威は存在する。
大型魔物暴走があったばかりのトルポで、住民が海のある方向に移住したがるのは、その心理から仕方がない事。
昔から、どの国の住民も中央魔森林を恐れて、森から離れようとする動きは少なくはなかった。
だが中央魔森林の浸食を食い止めるためには、森の近くに駐屯して様子を見張る必要がある。
その為中央魔森林に近い領地では、税率を下げていたり、支援を手厚くしたりして生活しやすいようにすることで、住民の流出を阻止しようとする動きをどの国でもしている。
住民もできるなら生まれ故郷で過ごしたいと考える者もいるが、背に腹は代えられないと、危険から出来るだけ遠ざかろうとする動きもまた理解できる。
ロドウェミナとメイデンではそれなりの人数が大型魔物暴走の影響で移住したとカゲツが言っていたが、このランティベリの町でも移住した人間はいるのだろうか。
キシアから聞いた話では、疫病が流行り始めたのは、中央魔森林からは遠い、海側。
魔物の脅威から逃げるために移住した先で、今度は疫病の脅威に相対する。
安全を求めてもどうにもままならないものだと、ルドーは一人考えに耽っていた。
「――――いや、リストの量もかなりだったけど、マジですげぇ量買ってきたな」
『金足りたのか?』
「ギリギリだ。あーくそが」
「お土産いっぱいでレイル喜ぶよカイにぃ!」
完全に疲れ切った様子のカイムを、その背中でペチペチ労うようにライアが叩く。
カルテを運んでいた荷台に、今度はぎっしりとカイム達が買ってきた本が積まれて、崩れない様に荷台に紐で縛り付けられている。
余り量の購入に加えて、わざわざ荷台に乗せている様子から、古本祭りの参加者たちからでさえも、物珍しい視線がたくさん寄せられていた。
古本の為一冊一冊はそこまで大した額ではないものの、ここまで量がかさばると、かなりの額になるだろう。
カイムはシャーティフの依頼報酬を、ほとんど使い切ってしまったようだ。
ガラガラと、メイデンに来るときよりも重くなった荷車を、力を込めてルドーは引っ張り歩く。
「これ寮の部屋に入るかな……」
「空間拡張魔法でも使うか」
「なんだそれ?」
「名前の通りだ。空間を広げる魔法だ」
「寮に勝手に使っていいの?」
「許可さえ取れれば問題ない」
余りの本の量に、リリアがそもそも置けるのかと不安がっている。
しかしエリンジとレッドスパイダー先生の話から、不自由の多い保護科ではある程度融通が効くらしく、許可さえ取れれば問題なく空間拡張魔法で部屋を広くすることは可能だそうだ。
それに今は三人で一緒の寮部屋で過ごしているが、必要ならば一人一部屋の個室に移動してもいい。
やりようはいくらでもある。
『(僕の本も乗せてもらってありがとう(^^))』
「まぁここまで来たらついでだしな」
ノースターが購入してきた本は数冊だが、その一冊一冊がかなり分厚く重そうだったので、ルドーは声を掛けて荷車に一緒に括りつけてある。
疫病に関する本も入っているので、これからの対策に必要そうだ。
荷台に乗せてもらったお礼にと、ノースターも荷車を運ぶ手伝いをして後ろから押してもらっている。
「カゲツさん、サンフラウ商会の方はどうだった?」
「流石に人気商品が多いので、行った時点でもうほとんど売切れてましたや。それでもお手伝いさせていただきましたので、完売して店を畳む手伝いまでした形ですや」
チャリンとお金の音がカゲツから鳴った。
途中からの手伝い参加のため、一番忙しい時の手伝いは出来なかったと言うが、それでも十分働いてくれたと、日払いで給料をもらったカゲツはホクホク顔で封筒を握りしめている。
後は帰るだけだと、ルドーとノースターで荷車をガラガラと引きながら、ランティベリの転移門を目指す。
「……ん? なんだ騒ぎか?」
行き交う住民からの物珍しい視線を浴びながら、全員で街路樹の並ぶ街道を歩いていると、レッドスパイダー先生がなにかに気付いたように声をあげる。
ルドー達がその声を聞いて、レッドスパイダー先生の見ている場所を確認しようと、黒い仮面の先を辿る。
遠くの建物で、人の悲鳴のような声が小さく聞こえた。
かすかにガラスが割れたような音も聞こえる。
かなり遠い場所で何かあったようだが、この距離で魔法も使わず気付けるのは流石護衛科だ。
「聖剣?」
『魔法攻撃の反応はねぇ』
「……あれ? お兄ちゃん、あれ教会じゃない?」
リリアの声に、ルドーとエリンジとカイムが反応した。
ルドーももう一度目を凝らして確認すると、教会入り口の見慣れた小さな女神像が見える。
それと同時に小さな点で、教会らしき建物から何かが走り出てきたように見えた。
女神教の教会で騒ぎ。
まさかと思ってルドーとエリンジが武器を構え、カイムと共に三人が警戒態勢に入る。
レッドスパイダー先生も、リリアの声を聞いて背中の片刃剣を抜いた。
更にライアがカイムの背中で、ベシベシと頭を叩きながら大声をあげた。
「ルドにぃ! カイにぃ! あの時の! あの時のブンブン回す奴!」
「はぁ!?」
「えっ、わかんのかライア!?」
「あのブンブンするやつ、魔力が面白い動きしてるの!」
「聖剣!?」
『……マジで模してるのか、俺には反応が鈍いが、確かにあの武器だ。だが距離もあって集中しねぇとわからん』
女神像を連続破壊していた犯人が持っていた青緑の、古代魔道具を模して作られたとされている大鎌。
それを持った人物が、女神教の教会で何やら騒ぎを起こしている。
騒ぎのあった遠くの教会から、何かが建物の壁を駆けあがって、街道に沿った建物の上を走り始めたのが遠目に見えた。
「こっちに来るぞ!」
ハンマーアックスを構えたエリンジが警戒するように叫んだ。
街路樹で少し見えにくいが、建物の上を走る人物が、教会から逃げるようにこちらに向かって走ってきていた。
その両手にはあの青緑の大鎌を持っているのが見える。
金髪に青眼、口と鼻を覆う金属製のマスク。
走りにくい黒いヒールを履いているのにものともせずに、屋根の上を走り伝っている。
フィレイアで見たままの、白い胸元の開いたネックタンクトップ、動きやすい黒革のロングパンツ姿。
間違いない、あの時の女神像連続破壊犯だ。
女神深教のあの女性の攻撃と追跡を振り切って、今このランティベリの町で同じように女神像を破壊したのだろう。
ルドー達がいる街道のすぐ傍の建物の屋根を、彼女は軽い足取りで走り通り過ぎていった。
今ここで何か知っている様子の彼女を保護すれば、情報は一気に進展する。
「エリンジ! カイム! 保護するぞ!」
「了解した!」
「無理して追うなよ! あまり遠くに行くなら一旦諦めるように!」
「ライア! しがみ付いてろ! 振り落とされんな!」
「わかった!」
ルドーが咄嗟に叫んで荷車を置いて、レッドスパイダー先生とほぼ同時に走り出せば、後ろからエリンジとカイムが追いかけてくる音が続く。
カイムが叫んでライアを離さないように、ぎゅっとしがみ付くライアをその背に髪でグルグル巻きに固定する。
リリアとカゲツが一拍遅れて、慌てて声をあげながらルドー達を追いかけた。
『(ち、ちょっとどこ行くの!? 置いてかないでよ!?)』
荷車に取り残したまま、音を発しないノースターの魔法文字を、全員が素通りして走り出す。
「止まりなさい! 君にはエレイーネーに保護依頼が来ている! 一旦破壊行動の是非は問わない! 降りてきなさい!」
レッドスパイダー先生が、ルドー達と並走しながら上を向いた黒い仮面の下から叫ぶ。
しかし逃走を続ける女神像破壊犯は、こちらを振り向きもせず走り続ける。
上を見上げて走っていたカイムがルドーの真後ろで叫んだ。
「こっち気付いてらぁ! 顔と視線が一瞬こっち向いたぞ!」
「分かってて逃げる気ってか! 先生! 捕獲行動いいすか!?」
「警告を聞かん以上止むを得ん! あくまで保護だぞ!」
「おっしゃぁ! エリンジ!」
ルドーの合図に答えるように、すぐ後ろに追いついて走っていたエリンジが、ハンマーアックスの頭を狙い定めて発射した。
発射と同時にエリンジがぎゅっと手を握れば、ハンマーアックスの頭が虹色に光り輝いて回転し、そのまま一直線に女神像破壊犯に向かう。
エリンジの攻撃に頭だけ振り向いた女神像破壊犯の青い瞳に、迫り来るハンマーアックスの頭が映る。
攻撃に対する回避行動で、女神像破壊犯が咄嗟に飛び上がるところをルドーは狙っていた。
空中ならば回避行動は出来ない。
ルドーは前方で、エリンジのハンマーアックスの頭を避けて屋根から飛び上がった女神像破壊犯に向かって、即座に聖剣を放り投げる。
バチバチと雷を迸らせながら、高速回転して一直線に飛んでいく聖剣。
空中を落下する彼女にルドーは狙いを定めた。
「先手必勝! 雷転斬!」
雷の速度で、下を向いて落下する女神像破壊犯のすぐ真上にルドーは移動した。
あくまで保護のための捕縛、聖剣で本人ではなく、その手に握る青緑の大鎌に狙いを定めて振り下ろした。
空中でルドーの攻撃を防ぐように、青緑の大鎌の柄が聖剣の黒い刀身をガキンと阻む。
そのまま気絶させようと、落下しながら同時に大量の雷魔法を全身に浴びせるように聖剣から放出する。
バリバリバチバチと迸る雷が、女神像破壊犯ではなく、そのギラリと光る青緑の大鎌の刃に、まるでブラックホールのように吸い込まれていく。
『やっぱりか! この鎌攻撃魔法吸収してるぞ!』
聖剣の叫びに、雷の光の中ルドーは目を見開いた。
攻撃魔法が尽くかき消されていたように見えていたが、実際はこの大鎌の刃に攻撃の魔力ごと吸収されて無効化されていた。
聖剣の攻撃まで効く様子がない当り、古代魔道具を模しているという話は本当のようだ。
「聖剣の攻撃ですらダメなのかよ!」
雷魔法の攻撃がまるで効かない様子に、抑え込むようにしながら、ルドーは女神像破壊犯を下敷きにして街道のど真ん中に大きな音を立てて落下した。
かなりの高さからの、二人武器を持ったままの落下に、石畳が衝撃に抉れて大きく砕け散る。
下敷きにしての落下に、衝撃に気絶してくれればと考えたが、聖剣を押し退かそうとする手応えから、そんな様子は全くなさそうだった。
青い瞳がルドーを睨み付けるように顰められている。
「カイム! 頼んだ!」
逃げないようにとルドーが抑え込みながら大声で叫べば、応えるように大量の髪が女神像破壊犯に向かって伸ばされた。
髪の動きに合わせるように、ギリギリまで粘ってからルドーが後ろに飛びのけば、強化した髪が彼女の武器ごと絡みつくようにグルグル巻きに拘束する。
捕まえた相手が見えないくらいに入念に巻きつけられ、ビシッと締め付けるように更に強く拘束するカイム。
「ルドにぃ! 魔力の動きが変!」
『なんか来るぞ!』
カイムの髪の拘束の下で、ガチッと金属音が鳴った。
ライアと聖剣の叫びと同時に、カイムの髪の拘束の下から、ズボッと何かが発射される。
咄嗟に展開した雷の盾に、何か固いものがガキンと火花を散らして恐ろしい勢いでぶつかる。
間一髪で防いだ形になったルドーが何かを確認するよりも先に、連続する風切り音が聞こえて、カイムの拘束していた髪が切り刻まれて拘束が解かれる。
バラバラと振り落とされていく大量の髪に、カイムと横に並ぶエリンジが、更に警戒するようにその目を細めていた。
『どういう動きだよそりゃあ……』
理解不能というように、聖剣がパチリと困惑の声をあげる。
ジャラジャラと響く音を靡かせて、青緑の大鎌が分解されていた。
それぞれのパーツを繋ぐように、その内部から青緑の鎖が伸びている。
大鎌の刃すらも分割されて、空中でスライドするように動くそれは、まるでパズルが嵌まっていくように、ガチンガチンと音と衝撃を立てて、また大鎌の形に連結されていく。
まるで鎖鎌を振り回すような動きで、女神像破壊犯が手に持ったままの分解した大鎌の柄を振れば、連なった青緑の鎖が巻き取られるように、その手の柄にパーツがガチガチとはまっていって、また大鎌が形成された。
予測不可能な青緑の大鎌の動きに、ルドーは女神像破壊犯の背後に立ったまま、聖剣を両手で構えて、後ろを取ることが出来た彼女を見据える。
聖剣の雷魔法はあの大鎌の刃に吸収される。
カイムの髪の拘束も効かない。
ルドーが後ろを取って挟み込むような状態になったために、均衡状態に何とか持ち込んで逃走を防げていた。
なんとかこいつを捕縛する方法を、ルドーは必死に考える。
「歩く災害は止められただろ、なぜあいつは止められん」
「力任せの歩く災害とはちげぇ、髪の魔力の方切り落しやがった」
「切り落したんじゃないよカイにぃ、全部あの刃にぎゅーんって吸い込まれてった!」
「余計めんどくせぇ方かよ」
正面から女神像破壊犯と対峙しているエリンジとカイムも、視線を相手に向けたまま起こった事を話している。
カイムの背に縛り付けられたライアは魔力の動きがより鮮明に見える様子。
女神像破壊犯の背後にいるルドーにも聞こえるその会話。
どうやら人から魔力を奪取することは出来ないようだが、何らかの形で放出された魔法の魔力が、尽くあの大鎌の刃に吸収されている形のようだ。
「厄介なのはやっぱあの大鎌か。本人に魔力ないみたいだし、あの武器なんとか引き剥がせば行けるか」
『問題はどうやって引き剥がすかだな』
先程からの動きを思い返せば、こいつは魔力が無いせいか、あの大鎌以外の攻撃をしてきていない。
あの青緑の大鎌をあいつの手から引き剥がせば、魔力が無いあいつは何もできない。
拘束するにはまずあの魔道具を何とかしなければ。
ルドーとエリンジとカイム、そしてエリンジとカイムのすぐ後ろで、レッドスパイダー先生と、追ってきていたリリアとカゲツが警戒するようにじっと佇む。
するとルドーが考え付くよりも先に、女神像破壊犯がなにかに気付いたかのように、唐突に横を向いた。
フィレイアでの女神深教の女性が落ちてきた動きが全員つい連想されてしまい、咄嗟に彼女の視線を追うように、街道脇の住居の建物がある横を向いてしまう。
『わかりやすい視線誘導に引っかかってんじゃねぇよお前ら!』
バチンと弾けた聖剣の叫びにルドーがはっとして正面を向くと、青い瞳が残像のように光の尾を引きながら、深緑の大鎌を振りかぶって目の前に迫っている女神像破壊犯が視界に入る。
咄嗟に聖剣と雷の盾を展開して、その範囲の広い大鎌の刃をなんとかガキンと防ぎきる。
思ったよりも強いその攻撃に、なんとか必死に押し返そうとギリギリと足に力を込めて踏ん張ると、不意に相手が力を抜いて大鎌を引いた為に勢いに前のめりになってしまう。
そのまま胴体でフラフープのように回転させた大鎌の柄に、ルドーは前のめりになった背中を重く強打されて勢いに吹っ飛ばされた。
女神像破壊犯の動きに走り近寄っていたエリンジとカイムに、吹っ飛ばされたルドーが激突して巻き込み倒れる。
「いっでぇ!」
「なにしてんだよてめぇ!」
「ライア無事か」
「エリにぃありがと!」
ルドーが巻き込んで倒れた三人。
カイムの背にいるライアを庇って、エリンジがなんとか空間を作りつつ倒れたカイムを支えていた。
「お兄ちゃん逃げちゃう!」
「えぇい一か八かですや! リリアさんあの武器に結界魔法を!」
「えっ!? えっと、えい!」
後ろにいたリリアとカゲツが、倒れた三人に視線を女神像破壊犯に向けていた。
カゲツの突然の指示に、リリアが両手を向けて女神像破壊犯に向かって結界魔法をかける。
動きを止めようと、青緑の大鎌の柄を狙った結界魔法は、たちまちバシュンとまたその大鎌の刃が回転して結界を切り落した。
「一瞬動きを止められれば! えいや全身痺れ草コースですや!」
結界魔法の対処に一瞬立ち止まった女神像破壊犯に、カゲツが両手を握ってぎゅっとその拳に力を込めると、ポンポンと花咲くように、女神像破壊犯の身体に植物が生え始めた。
何やら花粉のような黄色い粉が大量に散布されるその植物。
女神像破壊犯も、流石に植物をその魔道具に吸収することは出来ないようだ。
動きを止めた隙に、レッドスパイダー先生も動く。
「魔法攻撃がダメならば、力技しかあるまい!」
また壁を登られて屋根伝いに逃げられぬようにと、レッドスパイダー先生が壁側に向かってその大きな片刃剣を振り下ろした。
途端に竜巻のような大きな太刀風が、女神像破壊犯の目の前に発生する。
壁に向かって逃げようとしていた女神像破壊犯は、レッドスパイダー先生の攻撃に、大きく後ろに後退して回避行動をとった。
『(お、いたいたやっと追いついた……)』
ガラガラと荷車を引いて、ノースターが合流してきた。
そのまま街道に沿うように女神像破壊犯が走り始めたのを、立ち上がったルドーとエリンジとカイム、リリアとカゲツ、レッドスパイダー先生で追いかける。
『(ちょっと! せっかく追いついたのに! また置いてかないで!(´;ω;`))』
音の発しない魔法文字を空中に浮かべるノースターを、荷車ごと放置して走り始める。
先を走る女神像破壊犯は、青緑の大鎌を持ったまま、街道を歩く住民にも目もくれずに走り続ける。
このままだとランティベリの町の外まで逃げられる。
行き交う住民の横を走り抜けながら、ルドー達は女神像破壊犯の後を必死に追った。
「あー働いた働いた。もうあれは今いいや。あぁー頭いてぇ、戻るか……」
「えっ?」
ルドー達が走り続ける中、最後尾を走っていたリリアが、何かに気付いたように足を止めた。
そのままじっと、街道脇の薄暗い路地裏を見つめる。
いつか見た薄汚れた包帯が、その路地裏に消えていったように、リリアには見えた。
『空気が変だ。この感じ、おい全員一旦止まれ!』
制止するように聖剣が大きな雷を発してバチンと弾ける。
それに驚いて全員が足を止めたとほぼ同時。
目の前を走る女神像破壊犯の前方で、突然瘴気が爆発発生した。




