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第百四十六話 夢見るかつての平和

 三つ子に対する危険はなかったと、一旦話は落ち着いた。


 例の頭に羽の生えた魔人族の少女は、相変わらず見かけても声を掛けても、跳びあがって走り去ってしまう。

 その為カイムに協力したルドーも、彼女に手紙の件で話しかけることが出来なかった。


 カイムもかなり一方的な彼女のやり方にどんどん嫌気がさしているようで、いい加減引き取ってくれと、アーゲストにちょくちょく連絡するようになり始めている。


 少女と接触できない以上、手紙を辞めさせることが出来ないのでどうしようもない。


 結局聖剣(レギア)にやり方を大まかに教えてもらいながら、遠距離魔法を対策する為の妨害魔法を覚えていく方針に落ち着いた。

 あの少女がカイムの情報を探ることが出来なくなれば、危険に巻き込むことも無いだろう。


 話が一通り落ち着いた後、ライアはまた何度かルドー達にクロノのクッキーをせがんできたが、追加材料が結局のところ分からないので、色々試してみたが再現できなかった。


 ライアはカイムを助けてもらったイシュトワール先輩に、純粋にお礼がしたかっただけらしい。


 だがイシュトワール先輩は、そもそもシマス国のフィレイアの対応に追われていて、エレイーネーにまだ戻ってきていなかった。


 フィレイアはまだ混乱しているものの、先輩たち上級生や、タナンタ先生たちの尽力の甲斐あってか、少しずつ落ち着き始めている。


 クロノはいつ連れ戻せるかわからないし、なにより本人の知らない間に避け続けている家族に、クロノが作ったものを再現したクッキーをお礼として渡すのもなんだか違う気がする。

 その為イシュトワール先輩が戻ってくるまでに別の方法を考えようと、ルドーはしょんぼりしていたライアを説得した。


「謹慎明けのお礼の品もなんか渡さねぇとだし、俺も考えねぇとな。なーんかねぇかなぁ」


『この間普通に作ったクッキー渡せばいいんじゃねぇのか?』


「いやそれで先輩がクロノがクッキー作ること知ってて連想してもあれだし、それに男の手作りクッキーってのもなんか重いじゃん」


『そういうもんかねぇ』


「でもこういうのってお菓子とか食べ物しか思いつかないね、エリンジくんどうするの?」


「リンソウの温泉饅頭を渡す」


「なんかそれはそれで貴族外交みたいだな……」


「私とレイルとロイズはお礼のお手紙渡すの!」


「文字の勉強になるからいいってキャビねぇが言ってた!」


「ライアもロイズも文字の勉強へたっぴ!」


「くそが、手紙から連想しやがって。しばらくは思い出すってのに……」


「カイムくんは何か考えた?」


「食いもん渡すにしてもあいつの好み知らねぇよ」


「おわぁ、そこら辺ちゃんと考えんだな。確かに言われた通りだわ」


 座学後に食堂に集まって、昼食を囲みつつわいわいと、イシュトワール先輩へのお詫びの品を考えるルドー達。


 イシュトワール先輩とはそれなりに仲良くさせてもらってはいるが、そういえば食事の好みがどういうものかはルドー達も良く知らない。

 渡したものが苦手なものだと良くないだろうが、周辺や本人に聞こうにも、そもそも三年がまだエレイーネーに戻ってきていないので聞きようがない。


 こういう時、ルドーとリリアにはゲッシ村で取れる野菜ぐらいしか渡すものがない。

 しかしお礼の品として野菜を渡すのも何か違う気がするし、そもそもまだ育ち切っていないので渡す品そのものがなかった。


「ルドーさん、リリアさん、ちょっとご相談がありますの。今お時間よろしいでしょうか?」


「キシア? あれ、ザックとマイルズはいるのにアルスはいないのか」


「……アルスさんは今はいらっしゃいませんわ」


 昼食を一通り平らげた後、机を囲ってルドー達が悩んでいると、ザックとマイルズに追われているキシアが声を掛けてくる。


 いつも一緒にいるパートナーのアルスが見当たらないのでルドーが指摘したが、キシアは目線を下げて少し暗い表情をした後首を振って、今は関係ないとばかりに話題を終わらせた。


「姫様姫様! 落ち込まないで!」


「だいじょぶだいじょぶ! 白馬の王子さまはきっと戻ってくるから!」


「アルスさんは白馬でも王子さまでもありませんわよ! お二人共一旦戻ってくれません!? ちょっと込み入った話をするので気を使いますわ!」


 キシアが一瞬暗い顔をしたためか、ザックとマイルズが青白くピカピカと点滅発光しながら、慰めるようにキシアの横に顔を出す。


 何だろうその慰め方、キシアは珍しくアルスと喧嘩でもしているのだろうか。


 それにしてもザックとマイルズにとって、キシアはお姫様で、アルスは白馬の王子様なのか。

 なんでそうなっているのか、ルドーにはよくわからない。


 ちょっと事情のある話がしたいと、さらりと深緋色の髪を靡かせながら、キシアがザックとマイルズにやんわりと、しかし大声で命令すると、二人はビシッと敬礼して足早に走り去っていった。


『あいつら最近退屈そうにしてるな』


「……そういや魔人族の救助活動も出来てねぇから、搬送がなくてあの二人暇なのか」


「……そこら辺の情報収集も任せっきりだった。あいつがいねぇとなにも動けねぇ」


「あぁ悪い悪い気にしないでくれカイム。それでキシア、相談事ってなんだ?」


 今は魔道具製造施設で魔人族を奴隷にしている様な場所もないので、まだ行方不明のままの魔人族は詳細がはっきりしていない。


 どうにも攫われた魔人族の情報収集は、ほとんどクロノが一人でしていたらしい。

 人間の国の情報も必要になるため当然と言えば当然だが、カイムは自分一人では同胞も助けられない不甲斐無さがあるようだ。


 カイムが少し落ち込み始めたので、ルドーは話を逸らすようにキシアに続きを促す。


「私の故郷、トルポで最近疫病が発生し始めたみたいなのです。それがどうにも、チュニ王国で流行ったものと症状が酷似しておりまして。以前お二人はフィレイアでその流行り病についての話をしておりましたでしょう? 詳細がわかるなら教えてほしいと思いまして」


 深刻な表情で語ったキシアの話は、確かに込み入った内容だった。


 やっと貴族共和制の体制に移行が終わり、諸々の手続きが終わってトルポ国が安定してきた頃合いで、大型魔物暴走(ビッグスタンピード)の疲弊もあったせいか、疫病が発生し始めた。


 キシアから聞いた話に、ルドーはリリアと不安な表情で顔を見合わせる。


 まず小さな咳から始まり、それが次第に酷くなって、喉の痛みと共に食事が取れなくなる頃、動くことも出来ないような、頭の割れるほどの頭痛に苛まれる。

 頭痛が続くと眩暈と嘔吐の症状が出始め、咳と喉も悪化して血痰も激しくなる。

 最終的にベッドに横たわったまま動けなくなり、食事もとれないせいで衰弱していき、身体の痛みに苦しむまま、最悪死に至る。


 それがチュニ王国で一昔前に流行した、流行り病ケイソ病だ。


 今は特効薬が開発されたため何の問題もなくなったが、それが開発されるまで、症状を抑える類の薬が何一つ効かなかったという。


 痛みが緩和することも無く、どんどん衰弱していくその病気に、チュニ王国の住民は皆恐怖していたと、ルドーとリリアは大人たちからよく聞かされたものだった。


「たしか特効薬は同盟国連盟にも、詳細伝えて他国で流行っても大丈夫なようにしてなかったか?」


「そうだったはずだよ、その話村長さんから何度も聞かされたもの」


 ルドーとリリアの知っている流行り病の症状を一通りキシアに説明した後、特効薬の存在について言及する。


 病気の流行は、他国でも経済状況に打撃を与える。


 自国で苦労したチュニ王国は、その可能性も考慮して、特効薬が開発され次第、成分や製造方法を即座に同盟国連盟に連絡していた。


 そうすれば特効薬を作ることのできる製造場所も増え、独占されないので、庶民も安価で薬を手に入れることが出来るようになると踏んでの事だ。


「チュニ王国のケイソ病は警戒していた。特効薬の情報は確かに伝わっている」


 チュニ王国の隣国ジュエリも、いつケイソ病が国内で発生してもおかしくない状況。

 特効薬の情報にはかなり敏感になっていたとエリンジは語る。


 エリンジの言葉からも、特効薬の情報は、間違いなく同盟国連盟に伝えられていたことがわかる。


 しかしエリンジの言葉にルドーとリリアがキシアの方を向いても、唇を噛むような、重苦しい表情が返されていた。


「それが、そのケイソ病の特効薬がまるで効かないのですわ」


「特効薬が効かない!?」


「え、じゃあ罹患した人たちは……?」


「今はまだ軽症の段階ですの。しかしこのまま症状が悪化したら、チュニ王国の時よりも酷いことになりますわ」


 キシアの話によると、まだ病気による重傷者や死者は出ていない、軽症者のみだという。

 しかし薬も効かず回復の傾向がなければ、病気は時間の経過と共に悪化していく。


 当然トルポでも今必死の対策がなされ、トルポ国の聖女を筆頭に、トルポ所属の魔導士が回復魔法で罹患者を回って何とか立ち回っている。

 だがこのまま罹患者の人数が増えれば、チュニ王国の時と同様に、対応しきれなくなってパンクする。


 そのため軽症の今の段階でなんとか事態を収めたいと、キシアもトルポ国からの要請で、チュニ王国の情報があるルドーとリリアに声を掛けてきたのだ。


『なるほど、そのチュニ王国で流行ってた病気が、特効薬に耐性を持ってそっちで流行り始めたってところか』


「特効薬に耐性? 病気にそんなものがあるのか!?」


『病気だって大元辿れば生き物だ。人間も毒に耐性がある程度できるように、病気だって薬に耐性が付く』


「うへぇ、マジかよ」


「そうなるとまた特効薬の開発から?」


「その通りですわ。ですが、一から作るのと、ある程度情報のノウハウがあるのとではまた進みが違うでしょう?」


 全くわからないものを一から作るより、ある程度ノウハウのある情報から作ったほうが時間も短縮され、より効果的なものが生まれる。

 その為のケイソ病の情報を、小さくともなんでもいいのでトルポ国は求めていたようだ。


 理由を理解して納得するルドーだが、トルポ国が求めるような情報などあっただろうか。


「つっても俺もリリもそっち全然わかんねぇけど」


「特効薬の開発をしたところとは繋がりないもんね」


「フィレイアの話では、お二人のご両親はお医者様だったのでしょう? 診察していた資料などございませんの?」


「お父さんとお母さんのカルテならまだ残ってるけど……」


「え、マジか。残ってたのか?」


「……誰かさんは文字が読めなかったから、わかんなかったもんねぇ?」


 リリアにジト目で返されて、ルドーは冷汗をかきながら椅子の上で後ろに下がった。


 ゲッシ村の家にある両親の遺品は、今も両親の部屋に残されたままだ。

 ルドーはその時点で文字の勉強をサボっていたため、遺品の書類は何一つ読めていない。


 なので両親の私室にカルテが残っている事に、ルドーはリリアの様に気付けなかった。


「お医者様でしょうから、守秘義務もあるでしょう。トルポ国に伝えて正式依頼を作らせますので、そのカルテ見せていただけませんこと? 私からもお礼は弾みますわ」


「あーいや、俺は見てねぇからわかんねぇけど……っていうかお礼?」


「申し訳ありませんが、先程ルドーさん達が話していた会話が聞こえてしまいましたの。どうやらお礼の品をご検討中だとか。でしたらトルポの特産の花束と果物などどうでしょうか?」


 頼み込むように両手を合わせて口に当て、不安そうな顔をしたキシアの提案に、ルドーは目を丸くしてリリアと顔を見合わせた。


 確かに無難な選択肢ではあるが、トルポの特産ならばそれなりに箔が付く。

 イシュトワール先輩にはかなり迷惑をかけた形にはなっているので、お詫びとお礼の品としてはいいかもしれない。


 医者の仕事なので、確かに遺品でも患者に対する守秘義務はあるだろう。

 だがトルポ国でケイソ病が特効薬に耐性を持ってまた猛威を振るおうというのなら、きっとチュニ王国側からも閲覧許可は出るはずだ。


 ルドーはのほほんとしたプムラ陛下の顔を思い出しつつ、こちらからも事前に伺いを立てておいた方がいいかと検討した。


「わかったキシア、こっちからもチュニ王国側に連絡取ってみるわ」


「多分大丈夫だと思うよ」


「本当ですか! ありがとうございますわ!」


 ルドーとリリアの返答に、ほっとした表情で小さく跳ねるように喜ぶキシア。

 母国の疫病だ、不安は相当だろう。


「あー! お姉ちゃん、トルポってあれ? ねぇこれ!?」


「あらレイルさんどうかなさいまして?」


「これこれ! トラにぃに前に教えてもらってたの!」


 一通り話終わったところで、食堂の机を一緒に囲んでいたレイルが、一拍遅れて気づいたようにキシアに何か紙を差し出してきた。


 長いことかなり大事に持っていたのか、かなり皺くちゃになったその紙。

 ルドーも横から覗き込んでみると、トルポ国で開催される古本祭りについて書かれてあったチラシの様だった。


「あら、そういえばそうでしたわ。どうしましょう、これ」


「はぁ? なんでそんな外出するようなもん渡してんだよ!」


 ついこの間のフィレイアの一件もある。

 エレイーネーから外に出る危険性を高めるそのチラシに、カイムは渡した相手に難色を示した。


 だがルドーはレイルが大事そうに持つ、その皺くちゃのチラシのボロボロ感に日焼け跡、トラストがそんな安易な事はしないだろうとレイルに確認を取った。


「レイル、これトラストにいつ貰ったんだ?」


「びっくりパーティーのとき!」


「うへぇ、相当前だなそりゃ」


「その時点では確かに危険はなかった」


「くそが」


「うーん、困ったね……」


 どうやらカイムをエレイーネーに馴染ませようと開催した、三つ子に対するサプライズパーティーの際に、本に興味を抱くレイルに、トラストが好意でこのチラシを渡していたようだ。


 あの時点でリンソウよりも以前の出来事、今ある脅威など想像もしていなかった時だ。


『疫病が流行り始めてんなら中止になるんじゃねぇか?』


「それがこれの開催地域はまだ疫病の範囲外なのですのよ。それで中止にしたら経済効果にも影響が出ますので、疫病対策に注意しつつ開催する予定なのですわ」


 まだ疫病が流行っていない地域が、疫病を警戒して引き篭もってしまっては、あるはずの商売が停滞して、生活している住民が苦しくなる。


 感染地域以外とはいえイベント事なので、疫病が持ち込まれる可能性もあるが、まだ疫病の発生している場所が割り出せている段階なので、水際対策もしやすいという事なのだろう。


 疫病の蔓延と住民の生活を天秤にかけた苦肉の策だ。


 レイルがチラシのイベントが問題なく開催されると知って、行きたそうに顔を輝かせ始める。

 イベント事を感じたロイズも、レイルの様子から同じように外に行きたそうにカイムを見上げていた。


 しかし襲われる可能性を考慮すれば、二人共まだ外に連れ出すことはできない。


 カイムが顔を顰めつつ、しかし二人に不安にならない様にどう説明しようかと唸り始めた。

 その様子を見てルドーは、期待顔のレイルとロイズの方をじっと見据えて声を掛ける。


「うーん、でもレイルもロイズもまだ戦えないだろ?」


「「えー!?」」


「二人とも、せっかく頑張って戦えるようになったら連れてってくれるってカイムに言われたのに、わがまま言ってたらそれもなくなっちまうぞ?」


 ルドーは椅子から立ち上がると、レイルとロイズの傍に行ってしゃがみ込み、二人の瞳をそれぞれじっと見つめながら言い聞かせる。

 二人共この間カイムに戦う訓練を許可されてから、その期待に応えようと一生懸命頑張っていたところだ。


 ルドーの指摘に、レイルの小さな眼鏡越しの黄土色の瞳と、ロイズの薄緑色の瞳が、動揺するように揺らぐ。


「……やだ」


「……カイにぃの傍で戦いたい」


「よし、なら今は我慢だ。戦えるようになってからだ、な?」


 レイルとロイズは椅子に座ったまま胸の前でぎゅっと拳を握り、視線を落としたまま唇をキュッと結んだ。

 何とか説得に成功したルドーは、二人を慰めるようにそれぞれの頭を両手でぽんぽんと優しく撫でる。


 リリアもガタリと席を立って、キシアと二人を慰めるように、偉い偉いと傍に駆け寄ってそれぞれ頭を撫で始める。


 二人の前で立ち上がったルドーに、説得の様子を見ていたカイムも、複雑そうに視線を彷徨わせながら頭をぼりぼりかきつつ小さく溜息を吐く。


「……わりぃ、助かる」


「こういうのはカイムが言うより他の奴から言ったほうが効くからな。いいって」


「そもそもそこに行くとは最初から言ってない」


『まぁ本くらいは買ってきてもいいじゃねぇか』


 ライアはカイムとの魔力伝達の影響で、どこかに行くならどのみち連れ出すことになるだろう。


 勇者の役職のために扱いの差が出始めてしまい、二人がその差に不満を覚えて負担にならないよう、全員で様子を見ていかなければならない。


 レイルとロイズの二人を連れて、またライアと三人一緒にエレイーネーの外に連れ出しても大丈夫な日を夢見ながら、ルドーは聖剣(レギア)の声を聞いて本の希望を言い始めたレイルとロイズを、カイム達と一緒に宥め続けた。


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