第百四十四話 厨房でのお菓子作り
フィレイアの一件から数日が経過したが、未だに女神像が新たに破壊されたという情報は入ってこない。
フィレイアも混乱がどんどん悪化しているらしく、シマス国はまた以前の差別が悪化した状況と同じように、依頼の渡航制限が入った。
フィレイアの現場にいるタナンタ先生とヘーヴ先生もエレイーネーに戻ってきていない。
今は情報を待つ段階だ、ルドー達はネルテ先生の指示に従ってそれぞれ鍛えながら、次に動くための準備をしている。
週末に入って、朝食をゆったり過ごしてから自主練でもしようかと、食堂にリリアと一緒にいた所だった。
廊下でたまたま合流したリリアと一緒に、今日の朝食は何を食べようかと食堂に入る。
既に机に大量に並べられた朝食にがっついているメロンと、その向かいに座ってトーストを食べているイエディ。
ゆったりと優雅に紅茶を味わいながら、クレープを食べているビタと、その横でコーヒー片手に本を読んでいるトラスト。
他の面子は休日の為、ゆっくり起きているのか見当たらない。
キーマカレーを大量に盛り付けたエリンジを見かけて声を掛け、ルドーも卵かけごはんを、リリアがフレンチトーストを選んだところで、妙な臭いに気付く。
「……うん? なんか焦げ臭くね?」
「言われてみれば確かに、なんだろう」
「何か調理に失敗したか」
調理された料理が並べられている、バイキング形式の食堂。
それぞれの科目が大まかに分かれて集まる、衝立が設置された奥に、食事を調理する厨房がある。
厨房の中が見えるわけでもない、扉で仕切られた空間から、どうにも何か焦げ臭いにおいが漂ってきていた。
ルドー達が机に座って、それぞれ朝食を食べながら厨房の扉の方を見つめていると、同じように臭いに気付いた連中も声を掛けてくる。
「ルドー君たちも気付いたー? なんかさっきから漂ってきてたんだよね」
「メロン、食べながら、話さない」
「珍しいね、扉分厚いからあんまり調理中の臭い漂ってこないのに」
「あのあの、ここまで臭いが漂ってきてると、かなりひどい状態では?」
「全く、雇われでも失敗することもあるでしょうが、こうなる前に対処するべきでしょう!」
「……いや、ここまで酷いとひょっとして中で倒れてんじゃねぇの?」
漂ってくる焦げ臭い臭いに、それぞれが何事かと声を上げる。
他の科目の生徒達も、週末休暇のためまばらではあるものの、漂う臭いに首を傾げている様子だ
扉で隔てた食堂でこれだけ漂ってきているなら、扉の先の厨房は当然臭いが充満しているはず。
しかしそれに対処するでもなく、なおも漂ってくる臭いに、ルドーはひょっとして、臭いが充満するほど対処できない状態なのではと心配になった。
ルドーの意見にリリアとエリンジが不安になるように顔を見合わせる。
「なるほど! っていうかそれ一大事じゃない!?」
「全くもう! 中を確認しますわよ!」
ルドーの意見を聞いたビタの合図に、メロンが残った大量の朝食を両手に抱えると、もぐっと恐ろしい大口で一気に平らげる。
人の動きではない、怖い。
中で誰かが倒れて火事にでもなっていないかと、ビタを先頭にルドー達もガタガタと席を立って続いて、勢いよくバタンと厨房のドアが開かれる。
途端にモクモクと黒い煙は周囲を充満した。
扉から中に入ろうとした全員が、思わずその場でむせて咳込む。
『なんだなんだ?』
「緊急事か」
「だあああああ! だから言ったろうが! 目ぇ放した隙に火力上げてんじゃねぇよチビども!」
「だってぇー!」
「待ち切れないんだもん!」
「強くすれば早くなるかと思ってぇー」
「キャビンもキャビンだ! なんで見とかねぇんだよ!」
「あらあら、ごめんなさいねぇ、いつもはもっとちゃんと大人しく待ってるのにねぇ」
モクモクと漂う煙の奥で、ゲホゴホと咳込みならも、聞き慣れた怒鳴り声が響いて来る。
その様子に、調理中の料理人が倒れた訳ではないと、厨房に突撃した面々が安堵する。
だが続く三つ子とキャビンの声に、煙の奥で一体何をしているのかと、全員疑問符を浮かべた。
『火災が起きてるわけではなさそうだな』
ガミガミと続く説教の声に、ルドーは声を張り上げて、煙で姿の見えない相手に呼び掛けた。
「カイムか? なにしてんだ?」
「……別になんでもねぇよ」
「うわぁー、カイにぃだめだぁー真っ黒こげ!」
「見てた通りにしたのに!」
「これじゃ食べれないよぉ、へたっぴ!」
「うるせぇ! そもそもできるわけねぇだろこんなの!」
「あぁもういい加減煙をどうにかなさい! これだから全く!」
開いた扉にカイム達の声を聞くものの、もくもくと続く黒い煙に厨房の中が見えない。
もう辛抱ならないと、ビタがダンと大きく左足を踏み鳴らすと、にょきっとその場に人と同じサイズの大きな扇風機が地面から生えてきた。
ブオンと回される扇風機の四枚羽から発せられる風に、煙が霧散するように周囲が開けていった。
扉から中の様子がようやく確認できる。
調理台のような机が四つ程間隔を開けて並ぶ奥、大きな業務用のオーブンの前。
カイムと三つ子、それからキャビンが、たった今オーブンから引っ張り出した鉄板を眺めている。
ブスブスと煙がその鉄板から上がっている様子から、どうやら何か調理に失敗した様子だ。
厨房に充満していた煙は、どうやらそれが原因らしい。
一体何をしていたのだろうか。
「いやだから、なんだよこれカイム」
「……別になんでもねぇよ」
「わぁ! 真っ黒こげだね! 何作ろうとしてたの?」
「急にこっちくんじゃねぇよ!」
「メロン、危ないから、近寄り過ぎない」
中の様子がようやく確認できるようになったからか、いつの間にやらメロンが、カイム達が眺めている鉄板の真横まで移動して覗き込んでいた。
黒焦げの何かを乗せた、熱せられて熱々の鉄板に、メロンはほうほうと顔を近づけたので、イエディが制服の後ろを引っ張って強引に引き剥がす。
「食べたいものがあるなら調理人に頼めばいい」
「そうですわよ、わざわざ真似事しなくても。素人はこれだから」
「それがねぇ、やり方が違うのか同じものが出来なくてねぇ」
厨房を煙まみれにして一体何をやっているのかと、エリンジとビタが非難の声をあげた。
だが助言に対してそれでは解決しないのか、困ったわねぇとキャビンがジャージー牛の頬に手を当てる。
キャビンの話にリリアがきょとんと首を傾げる。
「え? 同じものって?」
「カイムならなんとかなるかと思って頼んでみたんだけど、この有様でねぇ」
「うるせぇよ! 元はと言えば勝手に全部食い尽くしたそっちが悪いんだろが!」
「いや、だからカイムなにやってんだよ」
説明を求めたのにまたキャビンと言合い始めて、リリアが困惑している。
リリアの困惑に、ルドーはどうにも濁して話そうとしないカイムに、一歩前に出て改めて聞く。
「カイム、どうしたんだ?」
「ルドにぃ! クロねぇのクッキー教えて!」
「えぇ?」
「クロノさんのクッキー?」
ルドーがカイムに近寄って話を聞こうとしたら、足元にライアがパタパタ走り寄ってきて答えた。
ライアの発した言葉に、その場の全員がきょとんと眼を点にする。
クロノのクッキー、なんだそれは。
「まってまって? クロノちゃんのクッキーってなにそれ!?」
「一体どういうことですの?」
「クッキーってあのクッキーか? 焼き菓子の?」
『あいつが? つくってたってのか?』
「調理室のオーブンで作るクッキーに、それ以外同名のものは該当がありませんね」
「わけがわからん」
ライアの言葉に一旦全員が言葉を失った後、矢継ぎ早に次々声が上がる。
ルドーの質問に対応するトラスト、同意するように三つ子が揃ってコクコクと頷いた。
話を聞かれるのが嫌だったのか、カイムが天を仰いで唸りながら大きく揺れ動いている。
リリアが驚いた表情で、近寄りしゃがんで目線を合わせたライアに聞き返す。
「クロノさん、クッキーなんて作ってたの?」
「うん! サクサクなの!」
「美味しかった! また食べたい!」
「前まであったけど無くなっちゃった!」
三つ子の返答に、全員が無言でカイムの方に視線を向ける。
唸りながら天を仰いでいたカイムは、まるで知られるのが恥ずかしい様に、項垂れて近場の調理台にどすっと頭をぶつけた。
「……俺の知らねぇ間に、物凄くねだって作らせてたんだとよ」
大きく溜め息を吐いて、顔を上げないままカイムが説明し始めた。
「作るのが面倒だから、たまにしか作らねぇとか言ってたらしくてよ。そんで生地だかなんかだけ作って、後は好きなときに焼けとよ」
「焼き方教えてもらったの! 危ないからベリー先生と一緒にって言われてた!」
「私が来てからやり方教えてもらって焼いてたのよねぇ」
なんだかよく分からないが、クロノはカイムすら知らない間に、三つ子にクッキーを作っていたらしい。
クロノは面倒ごとはとことん避けていたように見えたが、そんなことはしていたのか。
しかし生地があるなら焼けばいいだけのこと。
だがそういえば先程、食い尽くしたとか言い合っていたような。
そう思ってルドーがリリアとキャビンの方を見上げれば、困ったわねぇとジャージー牛の口から溜息が吐かれた。
「私が来てからも焼いてくれってせがまれてねぇ。それで何度か焼いてたら生地がなくなっちゃったのよぉ」
「カイにぃクッキー作れない」
「見てみてこれまっ黒こげ!」
「へたっぴで面白かった!」
「知るかよ! 俺の知ってる料理なんか森のもん焼くか煮るだけだっつのに! ないんだから諦めろよ!」
三つ子にせがまれて、カイムは一度分からないなりに、クッキーを作ろうとしたようだ。
それでどうやら盛大に失敗してしまい、この鉄板の上の真っ黒こげの何かが出来上がった。
一体何をどうしたらそうなるのだ。
その様相に聖剣がゲラゲラ笑い出して、カイムが恥辱に震えはじめた。
やめてやれ。
「……つくり方かなんか聞いてなかったのか?」
「俺の居ねぇところでやってたのに知るかよ!」
「あれ、カイムくんなんか凄い機嫌悪い?」
「なにそれなにそれ! クロノちゃんのクッキーとか食べてみたかった!」
「メロン、見境ない」
「せめて現物があれば観測者で材料分析出来たんですけど」
「ないものはない、諦めろ」
「それで諦めるような子たちじゃないでしょう、全く考えが足りませんわね」
ビタの意見にルドーも賛成した。
ものが無いので諦めろと言い聞かせて、聞くような三つ子ではないことは、それなりに接してきたルドーでもわかる。
案の定三つ子は駄々をこね始めた。
「ダメなの! クロねぇのクッキーじゃないとダメなの!」
「だぁらもうねぇんだから諦めろよ!」
「えー食べたいー!」
「サクサク美味しいあれがいいー!」
「だああああもう! 味なんか知るかよくそが!」
「ほっほーう? さては自分の知らない所で作られてて、食べられなかったから悔しがってる?」
「うるせぇ!」
ニヤニヤしながら顎に指を添えたメロンの指摘に、カイムが真っ赤になって一際大きく吠えた。
どうやら図星らしい。
真っ赤になってそっぽを向いたカイムを、メロンがニヤニヤしながら眺めていたため、イエディにまた頬をみよんと引っ張られてブンブン両手を振り回す。
なるほどというような反応をした後、リリアが三つ子の方に振り返る。
「でも確かに、もう現物無いんじゃ作れないよね」
「全くこれだから。クッキーのレシピなんてそこまで多くないでしょう」
「うーん、確か図書室にお菓子作りの本も何冊かありましたね」
「えぇ、まさか今から作るのか?」
「作って! ルドにぃリリねぇ!」
「えぇ……?」
『あーりゃま、ちびっこちゃんのご指名だぜルドー」
ライアがルドーの足にへばりついて揺すり始める。
カイムは一度盛大に失敗しているため、任せる事は厳しい。
なによりあの失敗から、カイム本人が作りたがっている様子がなかった。
しかしルドーも最低限の料理が出来るくらいで、お菓子作りなどやった試しがない。
思わずリリアの方に助けを求める視線を向ければ、しょうがないなぁというような苦笑いが返される。
そうして三つ子の為の、クロノのクッキー再現作戦が開始された。
図書室に詳しいトラストが、さっと走っていって、お菓子作りの本を数冊抱えて戻ってくる。
ビタとリリアの二人掛かりで、どういった形状のクッキーを焼いていたのか、三つ子たちとキャビンから聞き出していた。
そこから推察した形状のクッキーを、トラストとエリンジが本をパラパラとめくってそれらしいレシピを探り出す。
「作った生地を冷凍しておけば日持ちすると。ふむふむ、となるとやっぱりアイスボックスクッキーかなぁ」
「アイスボックス?」
「メロン、わかるの?」
「へっへーん、お菓子作りも料理のうちってね! ほらこれ! 生地を箱みたいな形に整えて冷凍して、同じ厚さに切って焼くんだよ!」
メロンも一緒になって三つ子から話を聞きだし、そこから該当するレシピの部分を開けば、本に書かれた絵に三つ子が反応する。
「これこれ! 白と黒のグルグル!」
「こっちの四角い模様みたいなやつも!」
「白と黒い真ん丸!」
三人が揃って指さし始めた挿絵に、ふむふむとビタとトラストが覗き込んだ。
「当たりみたいですわね」
「じゃあこれ作ってみます?」
相談するようにレシピを確認し始める一同。
本に書かれている材料を確認する中、ルドーがふと疑問に思った。
「今更だけど勝手に使っていいのか?」
「材料代だけ払ってくれれば問題ないって話よぉ」
クッキーを作る気満々で準備を始めた一同に、ルドーが今更な疑問を呈したが、キャビンが安心させるように言う。
既にカイムが材料を使って作っているのだ、今更だった。
その場に居合わせた全員の協力の元、なんとかアイスボックスクッキーを完成させた。
今度は三つ子が勝手にオーブンの火力を弄らない様に、遠ざけながら。
三つ子が焼けていくクッキーの様子を見ようと、オーブンの窓にへばりついている隙に、使った道具を洗って片付け始める。
材料費は全部カイムが支払った形だ。
シャーティフでの依頼報酬で、お菓子の材料くらいなら、買える金額は充分持ち合わせているようだ。
ブツブツ言いながら洗い物をしているカイムに、ルドーは道具を運びながら労う。
「にしても急にクッキーねだるなんてな。カイムお疲れ」
「くそが、なんなんだよ全く……」
「これで同じ味なら疑似的に食べられるんじゃなーい?」
「一々うるせぇわほっとけ!」
オーブンの温度を確認していたメロンが、カイムに振り返ってニヤニヤしながら言えば、また顔を真っ赤にさせて大きく吠え始める。
ニヤつくメロンにイエディが頬をみよんと抓って苦言を呈する。
「メロン、程々にしてあげて」
「痛い痛いごめんごめん許して!」
「でも調理人さんも、上手く作れなかったんですよね?」
「そこが分かりませんわね。分かりやすいつくり方でしたけれど」
開いたお菓子作りの本を閉じて戻しつつ、一息ついた様子のトラストとビタも話し合う。
確かにレシピを見る限り、あまり失敗するような作りではなかった気がする。
それでもカイムがクッキーづくりに失敗したのは、クロノのつくり方を見ていた三つ子からの指示で、言われるがままやった結果らしい。
分量も測れず、粉っぽいものだの、色が付いた粉など、三つ子の口頭に聞くだけで、よくわからないつくり方になっていた。
似ても似つかない生地が出来上がり、失敗するだろうとカイムは内心で確信しつつ、それでもせがむ三つ子に渋々オーブンにつっこんで、結果あの惨状だ。
それでは出来るものも出来ない。
話を聞いた聖剣がバチバチ大爆笑していた。
やめてやれって。
「次からは作る前に声を掛けろ」
「……はぁ、くそが、わぁったよ」
流石に厨房を煙まみれにしたことに、エリンジが眉間に皺を寄せて苦言を呈したので、カイムも渋々迷惑をかけたと反省しているようだ。
「あの子の作ったものだから言い出しにくかったのぉ? 嫌ねぇ、小さいこと気にして」
「うるせぇんだよキャビン! そっちが全部食わなきゃこんななってねぇだろうが!」
カイムが話しにくそうにしていたことに、キャビンが茶化している。
「美味しいけど、クロねぇのじゃない」
「もっとサクサクしてた」
「うーん、何か違う」
「なんていうのかしらねぇ、食感と風味が違うかしら」
焼き上がったクッキーを試食する一同。
普通に美味しいクッキーが焼き上がったが、クロノが作っていたのとは違うらしい。
見た目はそっくりらしいが、どうにも味が違うようだ。
「うむむむ、何か追加で入れてたのかな……」
「基本レシピ、応用、色々入れれる」
「ライアちゃん作り方見てたんだよね、何か知らない?」
「白いお粉入れてた!」
「分かりませんわねそれじゃ、これだから全く」
「卑怯者ねーちゃんのも美味しいよ」
「その呼び方やめなさいと何度言えば! 慰めるように撫でないでくれます!?」
「ま、まぁまぁ……」
どうにもクッキーのレシピを再現しようと話し合っているが、基本のレシピにクロノが何を追加したのか、これ以上はよくわからないと、女子たちが話している。
そんな中、クッキーを食べながら、少しずつしょんぼりし始めたライアに気付いて、ルドーは声を掛けた。
「ライア、またクロノが戻ってきたら作ってもらおう、な?」
「……でもこれじゃ、おれい、渡せない」
「お礼?」
「あぁ? 何の話だライア」
クッキーを食べながらしょんぼりと頭を下げたライアの話を聞いていると、どうやらただクッキーを食べたくてせがんでいたわけではなかったようだ。
ルドーはそれを聞いて何か知っているかとカイムを見たが、カイムも初めて聞いたように聞き返している。
「ライア、お礼ってなんだ? 誰にしようとしてたんだ?」
「あのね、この間の、黒い髪の大きい人、クロねぇのお兄ちゃん? なんだよね?」
「イシュトワール先輩? そうだけどどうした?」
「カイにぃのこと、助けてくれたんでしょ? だからお礼したかったの」
クロねぇのクッキー渡したら、喜ぶかなって、そう続けたライアに、ルドーはカイムと一緒に驚いて固まる。
カイムが助けてもらった出来事、この間のフィレイアでの出来事は該当しない。
ひょっとしてライアは、クバヘクソでのことを言っているのだろうか。
だがカイムもエリンジも、ライアにクバヘクソの件は絶対に話さないだろう。
目を見開いて驚いた様子のカイムとエリンジを見ても、それは間違いがなさそうだ。
ライアはどこからその話を知った。
詳細は知らずとも、クバヘクソでの一件の大まかを知っているメロン、イエディ、ビタ、トラストも、途端に困惑の表情を浮かべる。
不可解なように、聖剣からピリピリと小さく雷が走った。
警戒する表情に変わったカイムが、ゆっくりとライアに問いかける。
「……ライア、それ、誰から聞いたよ」
「誰かはわかんない! いつも名前書いてない!」
「名前書いてない? 何のことだライア?」
「お手紙くれるの! いつもお部屋のドアの下に挟まってる!」
「手紙?」
ルドーも続いて聞いた質問に、ライアは元気よく答えた。
「なんか毎日ドアの下に挟まってる!」
「色々書いてあるけど、難しい文字もあってちょっとしかわかなんない!」
「名前も書いてないの! 誰が書いてるんだろうね?」
その人が、この間カイにぃが危ないって教えてくれたの、と三つ子が元気よく話した。
この間、つまりフィレイアにライアたちが付いてきたのは、その名前も知らない手紙の相手が知らせてきたから。
怪しい手紙に、ライアたち三人は危険行動をとった。
途端に一同は険しい顔に変わる。
「キャビン! どういうことだよ!?」
「個室の中までは見てないから知らないわ! 私も初めて知ったわよ!」
護衛として三人の傍にいるキャビンは、保護科の寮では近くの部屋で待機しているらしく、プライバシーの観点から、中まで四六時中監視してはいなかったようだ。
その隙に三つ子に誰かが手紙を届け続けていた。
知らない間に迫っていた三つ子に対する危険に、ルドーはカイムと共に立ち上がる。
「ライア、その手紙まだあるか?」
「全部あるよ! 大事にしまってるの!」
「ライアちゃん、私達もお手紙読んでみたい、見せてもらえる?」
「え? うーん、いいのかなぁ……」
「お願い、お相手の人探したいの」
「そうなの? わかった!」
リリアの説得に、ライアは了承した。
ルドーはそのまま、何も知らずに笑うライアを、不安な表情で見つめる。
苛つくように舌打ちしたカイムと共に、全員で保護科の寮の方へと向かった。




