第百四十二話 欲する規格外の情報
結果から言うと、女神降臨祭は完全に中止になった。
女神深教を名乗った襲撃犯によって、フィレイアの町は三分の一が破壊され、同時に攻撃を受けて住民たちにも多数の死傷者が出た。
不幸中の幸いは、女神降臨祭で乗り気だった住民は噴水広場に集まっていたことだ。
女神深教の攻撃は噴水広場を逸れていたため、女神降臨祭に参加していたシマス国や他国の王侯貴族、魔法科の面々もなんとか被害に遭わずに済んだ。
それでも怯えたまま参加せず、住居に籠っていた住民は攻撃の被害に遭って消し飛び死亡。
攻撃からなんとか逃れても、崩れた住居の瓦礫に潰されたり、挟まれたり、崩れた建物による火災など。
二次被害で更にフィレイアの住民は被害が増えた。
被害のほとんどが、降臨祭に参加せずに怯えたままだったフィレイアの住民ばかり。
警備を担当していた魔導士や、降臨祭に参加していた王侯貴族は無事だった。
そのせいでフィレイアだけでなく、周辺のヨナマミヤの住民から、とうとう不満が爆発し始めた。
上層民は普段偉そうに差別していたくせに、肝心の時に役に立たずに、自分たちの身だけ守って逃げた卑怯者だと。
派遣されていたシマス国の魔導士たちが、シマス上層や他国の王侯貴族を庇って、さっさとフィレイアの町から去ってしまったのが更に不味かった。
その現場に居た他国の王侯貴族にも、何よりの証拠だとして、魔力差別の実態がそれで広まってしまった。
他国の王侯貴族から、シマス国の自国民に対する対応の悪さが原因だと、正式に発表される形を取られ、魔力差別問題の存在を後押しする形を取られた。
そうしてヨナマミヤをはじめとした不満の爆発は、シマス国の他の下層民の間に燻っていた魔力差別に対する不満にも焚き付け始め、とうとう上層にも制御できず、内乱状態に発展し始めている。
「はぁ、九死に一生だ。カイムあの時ホント助かった」
「俺に言われたって知らねぇよ、無我夢中だっただけだ」
「こういう時は素直に受け取っとけばいいんだって」
『近場の全員守り切ったんだ、誇っていいんだぞ』
「……うるせぇよ」
女神深教の攻撃の際、ルドー達はすぐ近くで攻撃が発生したせいで余波をくらった。
フィレイアの三分の一がそのまま消し飛ぶ威力の魔法攻撃。
そんな規模のものがすぐ傍で放たれて、本来ならその場にいた周囲の人間ももっと被害に遭う所だった。
そんな中、カイムとライアがその場で魔力伝達を発生させた。
お互いがお互いを守りたいという、強い思いによる魔力伝達。
魔人族で元々並みの魔導士より魔力が多く、且つライアは勇者になったことで、さらにそれが増量された形。
守りたいという強い思いの魔力伝達は、二人の無意識に近くの人間に、強力な防御魔法を張った。
あの場に居たルドー達も、本来ならただでは済まなかった。
だがカイムとライアの魔力伝達のお陰で、あの場に居た半数が強力な防御魔法を張られたために、なんとか無事で済んだのだった。
反対側の残り半分は、イシュトワール先輩とジルニスカイ先輩が、なんとか余波から周囲を守っていた。
ジルニスカイ先輩が得意とするのも、魔力伝達。
咄嗟にイシュトワール先輩と魔力伝達を発生させることで、その場に大量の魔力のドラゴンを発生させ、それを盾に残りの半分の人員をなんとか守った形だった。
それでも女神深教という存在は規格外過ぎた。
あの時向けられた魔法攻撃に、古代魔道具を模した青緑の大鎌に跨って、飛行魔法のように飛び逃げていった女神像破壊犯のあの女性を、強烈な余波の中、女神深教の女性は追いかける。
しかしその際、通り過ぎ様に気絶して倒れていた、シマス国の魔導士に複数触れていったらしい。
つまり、シマス国の魔導士が多数、魔力を奪取された。
一撃でフィレイアの三分の一が消し飛ぶほどの魔力を保持していながら、それでも足りないとでもいうのだろうか。
なんにしても、ルドー達はあの場でもう出来ることは何もなかった。
なんとか被害から逃れたものの、攻撃の余波でその場の全員が気絶していた。
その為噴水広場から現場に駆け付けたシマス国の魔導士や、ヘーヴ先生を筆頭とした魔法科の面々によって、回復魔法を施されつつ、なんとかルドー達はエレイーネーに戻った。
外傷もなかったためそれぞれが寮の自室に寝かされ、回復して授業に戻った翌日、ルドーはカイムに廊下で会い次第、即座に礼を言おうと声を掛けたのだった。
「あのクロノさんが怖がるわけだよね、ほんとなにあれ」
「剣の男だけでも面倒だってのに、あれもなのかよ」
『瘴気痘振りまいてきた奴もそうだとか言わねぇで欲しいぜ』
「だがクロノが様相を知っていた男だ、可能性は高いだろう」
廊下で合流したリリアとエリンジも、クロノが何に怯えて逃げているのか、ルドー同様ようやく理解したようだ。
攻撃がまるで通じない、死なない相手。
フィレイアを平気で三分の一消し飛ばすような、規格外過ぎる攻撃。
そして人が死ぬ可能性も分かっているだろうに、それを平気な顔をして行う、倫理観の欠如。
誰だってそんなもの相手にしたくない。
ライアたちが真先にやつらに狙われる可能性が高いなら尚の事。
一人だって相手をするのも厄介だというのに、それが複数いるのだ。
あれだけ強いクロノが怯えて逃げるのは当然だった。
「あの時倒せりゃぜってぇあいつは戻って来れたってのに……くそが」
「そう落ち込むなってカイム、あれはどうしようもなかったって」
「助かっただけ御の字だ」
横を歩きつつ悔しそうに顔を歪めて唸ったカイムを、ルドー達全員で慰める。
ルドー達が助かったのは、女神深教のあの女性の目的が、あくまで最初から女神像破壊犯だったからだ。
倒れたルドー達にはもはや興味も失ったのか、女神深教の女性は、飛行して逃げた女神像破壊犯の方を追った。
そもそもあの時、女神深教の女性は、最初から女神像破壊犯しか眼中になく、周囲を包囲していた魔導士たちにも全く反応がなかった。
強者故の余裕か何かか、なんにせよそれでルドー達を放置してくれたために助かった形だった。
「カイにぃ! カイにぃ! 私お役に立てたー?」
「めちゃくちゃ役に立ったわ……はぁ、もう付いてくんなって言えねぇ……」
「やったー!」
「いやマジで助かったよライア」
「ありがとうライアちゃん」
「将来有望すぎる、礼を言う」
魔法を使うための基礎訓練を共にする為、ライア、レイル、ロイズも一緒に、てこてことカイムの後に続いている。
カイムの足をベシベシ叩いて、朝から今日何度目になるかわからない、同じ質問を繰り返したライア。
ルドー達も、そんなライアを眺めながら、同じように助けてもらった礼を口にした。
カイムはあの時ライアと魔力伝達で、その場の半数を守り切ったことに、未だに混乱している。
余波とはいえ、あの規格外の攻撃から半数を防ぐことが出来たために、もうライアに危険だからと遠ざける事は難しくなった。
カイムがライアと一緒にいて、魔力伝達を行う事で、同じ規模の強力な魔法攻撃が出来る可能性が出てきたためだ。
咄嗟にあれだけの規模の攻撃の余波から、半数を無意識で防ぎきるだけの魔力伝達による防御魔法。
魔力伝達を更に鍛えて、攻撃に転じる事が出来るようになれば、カイムはライアと一緒に歩く災害を、二人で討伐することも夢ではない。
カイムもそれだけ強力なライアのサポートに、危険に連れて行くこととの狭間で揺れ動いているようだ。
もっとも、ルドー達の礼を聞いて、えっへんと誇らしそうに胸を張ったライアは、きっと何を言ってももう絶対に付いて来るだろうけれど。
カイムもライアの様相を見て察したのか、低く長い大きな溜息を吐く。
そのまま両手を腰に当てて、鼻高々にしているライアの額に、デコピンするかのように髪でパチンと一撃を入れる。
ライアの横で話を聞いて、自分事のように同じ姿勢で、鼻高々になっていたレイルとロイズにも、ビチンビチンとカイムがデコピンを髪でくらわせた。
三人並んで額に両手を当てながら、ぷるぷるとその場に蹲る。
「だが勝手についてくんのはダメだライア。レイルとロイズもそんな自慢そうな顔してんじゃねぇ」
「えぇー!? カイにぃお守りしたのにー!」
「だって僕たちも頑張ったのにー!?」
「レイルと二人でいっぱい逃げたんだよー!?」
「それが悪いっつってんだよチビども! はぁ、ちゃんと訓練しろ。自力で戦えるようになったんなら連れてくのも考えてやる」
今回と同じように、毎度毎度キャビンとクランベリー先生を足止めして、ライアが透明化魔法で付いて来るようになったのではたまらない。
自身の知らぬ間に付いてきて、危険に巻き込まれない様にと、カイムはライアたち三人に釘を刺した。
せっかく役に立ったのに、また禁止されたと三人は抗議の声を上げようとする。
だが続けられたカイムの言葉に、三人全員聞き間違いではないかとでもいうような反応できょとんと廊下で立ち止まった。
立ち止まった三つ子に、ルドー達もまた立ち止まって振り返る。
三人ともきょとんとして顔を見合わせた後、呆れたように首を振っているカイムを再度見上げた。
「連れてってくれるのカイにぃ?」
「僕も?」
「俺も?」
「戦えるようになったんならだ。ライアはともかく、レイルとロイズはすぐじゃねぇぞ、役職もねぇんだ、何年か後だろうよ。分かったら俺の見えねぇところであぶねぇことするんじゃねぇ」
あれだけ戦いから三つ子を遠ざけていたカイムが、三つ子に対してようやく戦う事に肯定的な意見を述べた。
ルドーはそんなカイムの様子に、驚くままにリリアとエリンジと顔を見合わせて、またカイムの顔を三人で凝視する。
また勝手な行動をして、カイムが知らない所で三つ子が危険行動をするよりは、あえて許可を出して目の届くところに置く方がまだ安全だ。
三つ子はずっと禁止されていた戦いに、ようやく許可が貰えたと、うれしさを噛み締める様に両手を握って震えたと思ったら、きゃいきゃい大きくはしゃぎ始めた。
「やったぁ!!!」
「カイにぃ僕がんばるー!」
「ライアに追いつけるようにいっぱい訓練する!」
「……はぁ、無理しねぇ程度にしろよ」
悩みが増えたように、眉間の皺を揉み込みながら唸るカイム。
ルドーはその複雑な兄としての心情を深く理解して、慰めるように無言でカイムの肩をポンと小さく叩いた。
「……いいのか?」
「どっちにしろ魔人族なら魔物対処出来ねぇと生きてけねぇよ。確かに訓練させるにゃ早えが、ここなら安全に力付けれる。もう避けれねぇならやらせる、それだけだ」
カイムの判断にエリンジが心配そうな無表情で声を掛ける。
だが魔人族は元々魔物が跋扈する中央魔森林で暮らしている。
今はカイムがエレイーネーに所属しているから、それに追従する形で三つ子もエレイーネーにいるが、将来的にはまた三人とも中央魔森林に戻ることになる。
今まではきっとカイムが三人を魔物から守っていたのだろうが、どんどん成長する三人に、守るだけではきっと難しくなるだろう。
エレイーネー内に居れば、魔物の脅威は発生しない。
中央魔森林で実際に魔物と戦うよりも、三つ子が安全に力を付けられるのならばと、カイムはそう判断したようだ。
「なんにしても、俺たちももっと強くならねぇとな。あれ程までとは思ってなかったわ」
「鍛えるだけではだめだ」
はしゃぐ三つ子を脇に見ながら、ルドー達はまた廊下を歩きだす。
訓練にまた力を入れないとと、どうすれば聖剣の威力が上がるかと考えていたルドー。
だがエリンジは、それだけでは足りないというように否定する。
朝日の射しこむ廊下を、近付く運動場に足を進めつつ、リリアと一緒にエリンジの方を向いた。
「うん? なんか他に方法あるか?」
「あいつらの攻撃が効かんカラクリをなんとか解明せねばどうにもならんだろう」
悩むように顎に手を当てながら、眉間に皺を寄せて考え込んでいたエリンジ。
確かにエリンジの言う通り、そもそも攻撃が通らなければ倒しようがなかった。
エリンジの意見を聞いたルドーは、リリアと一緒に悩み始める。
「うーん、確かに今のままだと、どれだけ強くなっても勝てるイメージが思いつかないね」
「つっても魔法じゃねぇんだよなぁあれ。聖剣はこの件どうせ協力してくれねぇんだろ?」
『知らんでいいんだ、相手にすんなほっとけ』
「ホラやっぱり」
「それじゃあいつが戻って来ねぇんだよくそがぁ」
どうにも女神深教に関することには協力する気がまるでない聖剣。
おおよそルドー達よりも詳しく知っているからだろうが、未だに危険性から話してくれる様子はまるでなかった。
だが女神深教の脅威から逃げているクロノを連れ戻したいカイムは、危険から接触しない様にするだけでは、永久にクロノを連れ戻すことが叶わない。
カイムは逃げ続けているクロノを今でも心配して、安心して戻ってきてもらうために、ずっと鍛え続けているのだろうから。
「俺もそうも言ってられん。逃げるだけではいつまでも魔力が戻らん」
「聖剣、これくらいは答えてくれよ。あいつエリンジの残りの七割の魔力持ってたのか?」
『……あぁ、持ってたぞ。最も、それですら霞むぐらい恐ろしい魔力保持してやがったが。近寄らねぇ方がいいぞあれ』
エリンジも理不尽に奪われた魔力を取り戻すためには、どうしてもあの女神深教の女性と戦わなければならないだろう。
心配するようパチパチ小さく火花を散らす聖剣の意見も分かる。
あれだけ規格外な攻撃が出来る相手だとは、ルドーも思っていなかった。
だがエリンジは諦めない、そういう奴だ。
魔力を奪った相手と対峙して、そして聖剣が答えてくれた残り七割の魔力の所在。
やはりあの女神深教の女性が、エリンジの残りの魔力を保持していたままだったようだ。
聖剣の返答に希望が持てたように、エリンジの無表情が明るくなる。
「この間のように、意味も分からず歩く災害が俺の魔力を持っているよりずっといい」
「あれも結局わからず仕舞いのままか。あいつもその事に関しては何も言ってなかったしなぁ」
女神深教の女性は、歩く災害がなぜエリンジの魔力を三割持っていたかについて、全く言及しなかった。
その為歩く災害がなぜエリンジの魔力を三割保持していたかは、未だわからず仕舞いだ。
歩く災害を倒したことで、その所持していた三割の魔力はエリンジに戻った。
だが女神深教の女性はその可能性は考えていなかったのか、エリンジの魔力が戻っている事に驚いた様子を示していた。
「なんにせよ、あれらと戦うためには情報が必要だ」
「情報かぁ」
『やめといたほうがいいってのに。安易に探るんじゃねぇぞ、あの町みたい平気で周囲攻撃してくるだろうよ』
警告するようバチンと弾けた聖剣に、ルドーはエリンジと共にクロノの警告も思い出して顔を見合わせる。
エリンジとネルテ先生から魔力を奪ったカラクリと、殺しても死なないという、こちらの攻撃がまるで通じないカラクリ。
この二つをどうにか判明させないと、女神深教のあの女性とまともに戦うことが出来ない。
途方もない情報を欲しているのに、安易に行動できないせいで、調べる方法も限られてくる。
運動場を目前にする中、カイムも交えて何かカラクリが分かる情報が何かないかと、四人全員で首を傾げる。
「カラクリ、カラクリかぁ。今のところ何もわからねぇし、攻撃の前になんか宣誓するように呟いてたことくらいしか……あ」
「どうした」
フィレイアでの戦闘を思い出そうと、ルドーが腕を組んでうんうん唸っていると、あることを思い出した。
何事かと横からエリンジが声を掛ける。
「……そういやさ、そもそも女神教に話聞いてねぇよな。あの時イスレさん、なんか知ってそうな反応してたような……」
「……なに?」
「そう言われてみればそうだよね、名前似てるのに」
女神深教と女神教。
名前がよく似ているのに、ルドー達は安易に情報を探るなと言われたために、一番簡単な女神教にそれを聞くという方法を思いつけていなかった。
あの時、女神深教の女性が攻撃してくる直前に呟いた言葉に、イスレ神父が何やら反応を示していた。
名前が似ていたために反応したというならどうしようもないが、それ以上のことを知っていて反応したというなら、なにかしら手掛かりになる情報はないだろうか。
「あぁ全く、遅いよルドー達。ちょっと話したいことがあったって言うのに」
ルドー達が悩みながら話していると、とうとう運動場に辿り着く。
三つ子が張り切って腕輪の指示通りアスレチックをクリアしようと、確認作業をしながら準備運動をし始めた所で、ネルテ先生がボンブを引き連れてルドー達の前に来た。
遅刻した訳でもなく、まだ基礎訓練開始時間までは余裕がある。
一体何事だろうかと、ルドー達はネルテ先生を見え上げた。
「改めて依頼をしたいって、イスレ神父が来てるんだよ。ちょっと込み入った話もしたい。全員校長室まで来な」
噂をすれば影。
話を聞きたいと思っていたイスレ神父が、わざわざエレイーネーにまで訪れていた。
その上ルドー達に依頼をしたいという。
校長室での込み入った話。
どうやらネルテ先生も報告を聞いて、女神深教に関してイスレ神父に話を聞きたいようだった。
ルドー達はお互いに顔を見合わせ、新しい情報がなにか手に入らないかと可能性に胸を膨らませ、様子を見に来たキャビンに三つ子を任せて、足早に校長室へと向かった。




