第百四十一話 目の当たりにする女神深教の脅威
エレイーネーにて手配されていたリンソウの襲撃犯。
エリンジとネルテ先生から魔力を奪った、女神深教と思われる女性。
目撃次第逃走指示で手配されていたために、その場にいたエレイーネーの生徒と先生たちが驚愕の表情を示した後、警戒するように一斉に身構えている。
リンソウの襲撃犯が落下してくる際に周囲よりも先に気付いていた、金髪青眼の青緑の大鎌を持っていた女性も、かなり警戒するような睨み付ける視線で、リンソウ襲撃犯を凝視している。
一方エレイーネーの魔導士たちと一緒に周辺を囲っていたシマス国の魔導士たちは、突如落下してきた女性に対して猜疑的な視線を向けていた。
その足元で破壊された、教会から出てきた敵対者を倒した様子に、どちら側の人間であるか判別がつかず、それぞれがいつでも攻撃出来るよう両手を構えたまま、様子見するように制止している。
女神深教と相対するならば、本気のクロノと善戦するだけの実力がなければ、歩く災害を単独撃破出来なければならない。
ルドー達はまだ誰もその域に達していなかった。
つまりまだこいつと戦うのは早すぎるかもしれない。
女性が落下してきてから、警戒し続けるように、聖剣がバチバチと弾け続ける。
こいつは接触によって魔力を奪取してくる。
するとすれば遠距離攻撃だと、ルドーは近付かれない様に細心の注意を払う。
冷汗をかきながら、負傷したカイムと回復魔法をかけ終わったリリアを庇うように、教会の壁の穴からじっと、ルドーはエリンジと二人武器を構えつつ様子を伺う。
その場にいる全員が警戒して構え続ける異様な空気の中、当の落下してきた女性はそんなことは全く意に介していない。
周囲を確認するようにニコニコと、やたら美しい顔に微笑みを携えていた。
足者に破壊された巨大な岩の人形の破片も、岩の人形が破壊されたために落下した、鉄線の元幹部二人組も倒れたまま全く意に介していない様子の女性。
落下した後の状況確認か、周囲を見渡し終わった後、じっと見据えるように、女神像連続破壊犯の方を凝視している。
「ねぇ、わざわざ私と同じ特徴の見た目で、女神像を破壊して回っていたんでしょう? そこまでして私と縁を繋ごうとされたのは初めてだわ。ねぇどうして?」
「……」
「あら、そのマスクで喋れない形かしら?」
警戒して構えたままの周囲も全く眼中にない様子で、リンソウ襲撃犯は女神像連続破壊犯に声を掛けている。
声を掛けられた女神像連続破壊犯は、かけられた疑問の声に警戒するようにスッと青眼の目を細めるだけで、全く返事をする様子が見られない。
どうやら口と鼻を覆うように付けている金属性のマスクのせいか、声を発することが出来ないようだ。
リンソウ襲撃犯はひらりと純白のドレスを翻しながら、誰もが見とれるような仕草で、胸が強調されるように腕を組みつつ、悩むように頬に手を当てた。
「マスクで拒絶して話してくれないなんて、悲しいわ。せっかくわざわざ縁を作ってくれようと動いてくれていたんですもの。なら直接記憶を確認して縁を繋ぐわね?」
記憶を確認、つまり記憶魔法を使って、相手の頭の中を強制的に確認すると、リンソウ襲撃犯は断言した。
つまりこいつは記憶魔法を使って、頭の中を勝手に確認することが出来る。
万一ルドー達が記憶魔法を使って襲われれば、女神深教と相対するために力を付けようと鍛えているのが、本人にバレてしまうかもしれない。
その発言にルドー達が危険性を理解するよりも早く、中心にいたリンソウ襲撃犯が残像を残して瞬時に消える。
リンソウ襲撃犯がどこに消えたかとルドー達が首を回すよりも先に、大きな衝撃音と衝撃波が発生した。
誰もが目で捉えられなかった攻撃音に全員が音の先に振り向くと、女神像連続破壊犯を襲うような姿勢で手を振りかぶって、青緑の大鎌になんとか防がれているリンソウ襲撃犯が見えた。
青緑の大鎌で、振りかぶられた攻撃をなんとか防いでいる様子の女神像破壊犯だが、受けるその素手の攻撃が恐ろしく重たいのか、冷汗を垂らしながらギリギリと押され始める。
「あらいやだ。その武器、古代魔道具を模して作られてるわね? ねぇなんで? どこからその情報を手に入れたの? どうやってそれを作ったの? それともあなたは手に入れただけ?」
『古代魔道具を模して作っただと……?』
攻撃を防ぐ青緑の大鎌に、手を振りかぶったままのリンソウ襲撃犯。
一通り見まわすようにその武器型魔道具に視線を動かした後、ニッコリと微笑みながらも、どこかその笑顔に裏があるような表情で、女神像破壊犯に声を掛けた。
その話のあまりの内容に、聖剣が信じられない様に低い声でバチンと大きく弾ける。
タナンタ先生の役職効果を叩き切ったあの武器は、どうやら製造方法が知られていないはずの古代魔道具を模して作られた、規格外の攻撃型魔道具らしい。
「あら、そこのあなたと、そこの子も、古代魔道具使っているわね?」
リンソウ襲撃犯が、手を女神像破壊犯に向けていながら、バチンと弾けた聖剣の音に反応して、ルドーの方に振り向いた。
ルドーの持つ聖剣と、同じく教会の壁の穴から顔を覗かせて様子を伺っていたチェンパスに、グルリとそのどこまで真っ青な深海のような青い瞳を向ける。
向けられた視線に、その青い瞳に、何故かルドーは恐怖した。
見た目はどこまでも親切そうな普通の女性なのに、その深海のように底が見えない青い瞳に、得体の知れなさを感じて。
リンソウ襲撃犯が、青緑の大鎌から手を放してまた瞬時に残像のように横にブレて消える。
ルドーはその動きに本能的に咄嗟に聖剣を構えた。
刹那、その一瞬の判断が功を奏して、ルドーの目の前に移動してきたリンソウ襲撃犯から、ドスンと聖剣に掌打が与えられる。
聖剣がその得体の知れない動きの速さに怯えるように、剣の男に対してし続けたように、大量の雷魔法を瞬時に放出する。
バリバリビリビリと、雷魔法が周囲を明るく照らすが、直撃を受けているはずのリンソウ襲撃犯は全く効いてないのか反応がない。
こいつは接触攻撃すると魔力を奪取される。
古代魔道具の聖剣からは流石に魔力を奪っている様子は見られないものの、警戒していたはずの接触をあっさりと突破されそうになって、ルドーは攻撃を受けつつも慌てて雷の盾を形成して、そのすぐ横と背後に居た、エリンジとリリア達を遠ざけようとした。
ルドーが攻撃されたことに、教会に一緒にいたタナンタ先生が大きく声を上げる。
「生徒に手出しするとか舐めてんじゃねぇぞ! 支配者命令、止まれ!」
タナンタ先生が、支配者の役職を使ってリンソウ襲撃犯の動きを止めようと指を差した。
だがリンソウ襲撃犯は全く止まる様子がない。
先程の役職効果を叩き切った女神像破壊犯ともまた違う。
どうやらこいつには、何故か支配者の役職がそもそも効いていない様子だった。
まるで通じない支配者の役職に、タナンタ先生が指を向けたまま、その規格外さに驚愕に固まる。
「やっぱり古代魔道具使いはね、例外だものね。それとも周囲のお仲間さんを相手したほうが早いかしら?」
「ルドー!」
エリンジの叫びと共に、バシュンとハンマーアックスの頭が発射される。
雷の盾の隙間から発射されたそれが、ルドーの目前に居たリンソウ襲撃犯の腹部を確実にとらえて、距離を開けるように放たれたその攻撃に、背後に大きく吹き飛ばされる。
ハンマーアックスの頭の直撃、かなり重たい攻撃のはずなのに、リンソウ襲撃犯はその軽々しい身で踏ん張りもせず立ったまま、足から土煙を上げつつ距離を開けて押し戻されていた。
「あら? あらあらあら? おかしいわね、貴方はその縁を断ち切ったはずよ。どうしてその縁を取り戻しているの?」
攻撃されたここにきてリンソウ襲撃犯は、エリンジに初めて気づいたようにその視線を向けた。
先程からやたら縁を連呼しているこいつは、発言からやはりエリンジから意図的に魔力を奪取したようだ。
エリンジが自身の魔力を使って、リンソウ襲撃犯に当てたハンマーアックスの頭を回転させながら引き戻している様子を見て、魔力が三割戻っている様子を不思議そうに眺めている。
ガチンとハンマーアックスの頭を柄に戻しながら、エリンジが忌々しそうにリンソウ襲撃犯を睨み付けた。
「リリア、魔力伝達だ」
「えっ!? 今するのエリンジくん!?」
警戒した視線でリンソウ襲撃犯を睨み付けたまま、エリンジがリリアに攻撃するために魔力伝達で魔力のブーストをしようと声を掛けたため、リリアから驚愕の声が上がる。
「おいエリンジ落ち着け! まだ鍛え足りてないのに相手になるかどうか定かじゃねぇぞ!」
「鍛えが足りてなくとも無理だ。あの視線、前に俺の魔力を奪う直前のものと同じだ」
『襲ってくる気満々って事か』
まだクロノの警告通りに出来ていないとルドーがエリンジに制止を掛けるものの、どうやらエリンジは一度襲われた経験から、戦うことがもう避けられない状況だと瞬時に察した様子だった。
エリンジの言葉に聖剣も覚悟するようにパチパチと雷が弾ける。
戦うのはまだ危険だが、向こうが戦わない状況を許してくれないということだ。
エリンジの言葉を聞いて察したリリアが、唇を噛んで決意を固めた表情で、エリンジに向かって魔力伝達し始める。
「カイにぃ……」
「ライア、最初にこいつが言ってたろうがよ、言う事聞くんだ。俺から離れんじゃねぇぞ」
「……わかった」
「カイム、行けるか?」
「ケッ回復は効いた。助かったわ、礼言っとくぞ」
回復魔法で全快し、意識を取り戻したカイムも様子を見ていて察したのか、しがみ付いていたライアを再びその背に背負って、集中するように頭を振った後身構える。
警戒するように身体を向けたまま、魔力伝達しているリリアに視線だけ向けて、回復に礼の言葉を投げかけていた。
「ちょっと待ってあれと戦うって言うの!?」
「資格持ってるからって調子乗んな一年、あれはどう見ても規格外だ。頃合い見て脱出しろ」
「逃げられるなら逃げます、だがおおよそ逃がしてくれない」
ルドー達の会話を傍で聞いていたタナンタ先生が非難の声を上げたが、エリンジはそもそも逃げられないと察して自衛行動だと逆に視線を向けた。
その反応にタナンタ先生も大きく溜息を吐いた後、役職なしで戦うために、リンソウ襲撃犯を強烈に睨み付ける。
横で一緒に話を聞いていたチェンパスも、その様子を聞いて覚悟を決めたように、バシュンと薄緑の魔力の矢を作り上げて弓を構えた。
ルドーに攻撃されたために、周囲で警戒して様子を見ていたエレイーネー側も、タナンタ先生の動きを見て一斉に攻撃魔法を展開する。
シマス国の魔導士たちも、その様子に追従するように攻撃魔法を続けて展開した。
立ったまま動く様子のない、たった一人のリンソウ襲撃犯に対して、今にも大量攻撃が仕掛けられようとしている。
――――だがその場の全員が攻撃を始めるより先に、バシュバシュンと大きな弾ける音がして、リンソウ襲撃犯の身体が大量に弾けて血を滴らせて穴をあけた。
一体何が攻撃したのかと、騒めく周囲がリンソウ襲撃犯の視線を辿れば、女神像破壊犯が、煙を上げる青緑の大鎌の柄で、リンソウ襲撃犯に狙いを定めていた。
どうやらあの古代魔道具を模した攻撃型魔道具で、リンソウ襲撃犯を狙って攻撃魔法を放ったらしい。
こいつは魔力が無かったはずなのに、どこからそんな魔力を引っ張ってきた。
女神像破壊犯は恐ろしく鋭い青い瞳で、リンソウ襲撃犯を睨み付けている。
女神像破壊犯はリンソウ襲撃犯と敵対でもしているのか。
「あらあら、容赦ないのね」
身体中に、心臓部分にすら弾けた穴をあけて、血をダラダラと滴らせているリンソウ襲撃犯。
誰が見ても致命傷にしか見えないのに、その攻撃にも負傷した傷にも、全く意に介していない。
「待てよ……そんな、そんな嘘だろ……?」
驚愕につい声を上げた。
リンソウ襲撃犯のその様子は、ルドーにも見覚えがあった。
剣の男を攻撃したときと全く同じ反応。
「今の動き、やっぱり、そんな、そうなのか……?」
「え……やだ……そんな……」
「……冗談ではない、なんだこれは……」
「おい、待てよ……ふざけてんじゃねぇぞ……」
ルドー達がリンソウ襲撃犯に再び視線を戻せば、その景色に恐怖して動きが固まる。
そこには剣の男の時と同じ光景。
魔力が全く使用されていないのに、痛みも感じない様に全く意に介さず、その弾けた穴から肉が再生して、スルスルと皮膚が戻って傷口が再生していく。
その異様じみた状態に、その場の全員が釘付けになって、恐怖に支配されるように立ち尽くす。
そんなまさか、こいつも殺しても死なないのか。
『冗談じゃねぇ……あいつみたいな文字通りのバケモンがそんなポンポンいてたまるか……』
その光景に信じられないと、パチパチと怯えるように呟いた聖剣の反応に、ルドーは気を取り直すようにハッとして身体が動くようになった。
殺しても死なない文字通りのバケモノ。
ただでさえ魔力を奪取してくるような厄介な相手。
こちらに攻撃してくるつもりがあるのに、そんなものどうやって対処すればいい。
「……っ、ここは、何が……?」
「うっ……いたたた……もうなんなんですかぁ……」
「あらあら、忘れてたわ。可哀想な子たち、貴方たちは私が縁を繋いであげましょうか?」
その場の全員が見た光景に動揺して動けない中、落下して気を失っていた鉄線元幹部の二人が、ようやく気付いたように起き上がって来ていた。
ルドーからエリンジがハンマーアックスの頭で引き離したことで、リンソウ襲撃犯のすぐ傍で意識を取り戻した二人。
それに気付いたリンソウ襲撃犯は二人に向かって、彼女はまるで救いの手を差し伸べるかのように、微笑みながら近付いてゆっくりと掌を差し出す。
声を掛けられたことに、鉄線元幹部二人が怪訝な表情をして顔を見合わせる。
だが同時にまたしてもバシュバシュンと音がして、女神像破壊犯から狙撃魔法の攻撃を受けて、リンソウ襲撃犯の全身が弾けて大きく穴があく。
「あらあら、よそ見しないで欲しいって事かしら? でも私今この二人と話してるのよ? それにさっきから酷いじゃない、私何もしてないのに、どうしてこんなに酷い事をするの? ほんとひどい、ひどいわ。どうして力を持っている人は、そうやって傲慢に振舞うのかしら?」
なんの警告も威嚇もなく、確実に致命傷となる攻撃をリンソウ襲撃犯に当て続けている、女神像破壊犯。
その行動にどうやら業を煮やしたのか、リンソウ襲撃犯は非難するように大声を上げ始める。
その様子に覚えでもあるのか、エリンジが危険だと発してより警戒し始める。
「会う人会う人みんな傲慢よ! どうしてそうやって身勝手に振舞えるのかしら! 私は何もしてないのに、どうしてみんなそうやって私に敵対心を向けるの? やはり試練を与えないと、人は変わらないのよ! その身に対する幸運を、傍受するだけで理解しない! そうよ! 試練を与えないとだわ! 人は絶望から立ち直ってこそ、真にその受けていた幸福を理解するのだから!」
突然叫びはじめたリンソウ襲撃犯に、その場の全員が警戒心を上げようとしたが、その動きは目にも止まらない。
リンソウ襲撃犯は女神像破壊犯を指差したと思ったら、その指を少し右に逸らす。
聖剣の警告する叫びとほとんど同時だった。
「――――女神深教、縁祈願」
「女神深教、ですって……?」
呟かれた女性の声に、イスレ神父から信じられない様に目が見開かれたのをルドーは目撃した。
瞬時にその指から、誰も見たことがない膨大な魔力が発射された。
余りの威力に、余波だけでその場の全員が吹き飛ばされる。
轟音と竜巻のような、目も開けていられない突風。
誰のものかもわからない、大量に響き渡る悲鳴。
ルドーが衝撃に薄ら目を開けて確認できたのは、突然の攻撃に恐怖して転移魔法で逃げる、鉄線元幹部の二人組だけだった。
この瞬間、フィレイアの町の三分の一が吹き飛んだ。




