第百四十話 別人と本物
粉々に破壊された女神像に、イスレ神父が頭を抱えて悲鳴のような声をあげた。
青緑の大鎌に付いた埃を振り払うように、着地したまま大きく振り下ろした金髪青眼の女性。
前回ルドーとリリアが目撃した通り、口と鼻を覆う鉄製のマスクを付けたまま、正面にいる全員を睨み付けるようにその青い瞳を細めつつ、周囲を見渡しながら立ち上がる。
チュニ王国で目撃したときとは違い、即座に逃げる様子のないその女性を指差して、ルドーが振り返りながら叫ぶ。
「エリンジあいつだ! どうだ!?」
「……違う、俺の魔力を奪ったあの女ではない」
教会聖堂奥に現れた女神像破壊犯に睨み返すようにしながらも、ルドーの叫びにエリンジは違うと首を振った。
てっきり例のリンソウ襲撃犯、つまり女神深教関連の相手だと思って警戒態勢に入っていたルドー達。
しかしエリンジの様子から、特徴こそ合致する金髪青眼に胸の大きな容姿をしているものの、全くの別人だという。
エリンジのその発言に驚愕して確認するようにルドー、リリア、カイムはエリンジに振り返り、改めて女神像破壊犯を見据え直す。
佇んだままの女神像破壊犯を指差したまま、訳が分からずルドーが叫ぶ。
「違うって!? じゃあ似た見た目してるだけの関係ない別人って事か!?」
「特徴は確かにそうだ、だがあんな顔つきではなかった。別人だ」
『魔力もまるで反応がねぇ、こいつひょっとして魔力ないのか?』
「それで攻撃に反応できなかったの、聖剣さん?」
目の前の相手に対して聖剣がその魔力を分析している。
確かにチュニ王国の時もまるで魔法を使う様子がなかった。
リリアの問いかけに、言いにくい様にパチパチと反応する聖剣。
どうやら相手の魔力が無いせいで、聖剣は事前の攻撃が予測できなかったようだ。
リンソウでエリンジとネルテ先生を襲った犯人は、エリンジの魔力を使用して温泉宿を破壊している。
シャーティフの歩く災害の時のように持っていた魔力を、何らかの方法で魔力全てを譲渡したために今は魔力がないにしても、そもそも顔つきが違うなら別人であることに変わりはない。
つまりこいつは現時点で女神深教と関連性がない。
目的も正体も分からない意味不明の破壊犯に、カイムも困惑して叫ぶ。
「はぁ!? じゃああいつだれだよ!?」
「誰でもいい! 私の国でよくもやってくれたな、とっ捕まえさせてもらう!」
ルドー達の少し前方、イスレ神父の横に居たチェンパスが咄嗟に弓を構えた。
まんまとこの場の女神像を破壊されたことに怒り心頭の表情のチェンパスは、ギリッと歯を食いしばり、バシュンと薄緑に光る矢を即座に形成した。
そのままその前方で、爆弾の様子を見ていたために、爆弾の前でしゃがみ込んでいたタナンタ先生の傍をかすめるように放たれた魔力の矢。
しかしその魔力の矢は、まるでバトンのように片手で振り回された青緑の大鎌にバシュンとかき消された。
「うあぁーもう! どんな相手だろうと確実に当てるシマス国古代魔道具のマワの弓矢なのに! 当たっても効かないってさっきから例外が多すぎる!」
攻撃こそ相手の武器に当てているものの、まるで効かない様子にチェンパスが怒りの声を上げる。
どうやら彼女の使う古代魔道具は、絶対必中効果のある魔力の矢を放つ物らしい。
しかし確実に当たるにしても、相手にダメージを与えられなければ意味はない。
古代魔道具の攻撃がかき消されたことに、聖剣がバチンと反応する。
『今の攻撃に対するあの鎌の魔力の動き、あいつ自身には魔力はないのに厄介だぞ』
「えぇ? 普通に攻撃かき消したんじゃないのか?」
「一体なんの目的で女神像を破壊しているのですか! 壊す前にまず話を聞かせてください! 我々女神教は助けを求める相手には誰であろうと話を聞きます!」
ルドーと聖剣が話している間に、片手を自身の胸に当て、反対の手で女神像破壊犯に手を差し伸べるように伸ばすイスレ神父。
何の前触れもなく破壊された女神像、それに抗議するでも恨み言を言うでもなく、イスレ神父は目の前の破壊犯にその目的を話すよう大声で訴える。
連続して女神像を破壊し続ける相手、女神教に何か不満でもあるのか、恨みでもあるのかと、何か問題を抱えているなら一緒に解決しようと歩み寄ろうとしている。
だが女神像破壊犯は、そんなイスレ神父の言葉もまるで響かない様に、何の反応もなく佇んだまま。
「はぁ!? 明らかに狙われてんのにどこまでお人よし集団なんだよ!」
「こちらの落ち度で攻撃させているなら、話をきちんと聞くのが道理というものでしょう!」
対話を訴えるイスレ神父に、カイムがもはやその段階ではないと警告するように叫ぶ。
だがイスレ神父はあくまで女神教に何らかの原因がある可能性も考えて、対話で済むならそれで解決したいと真剣に訴えていた。
金髪青眼の女性はそんなイスレ神父の訴えにまるで反応がなく、そのまま屈んだと思ったら恐ろしい勢いで突っ込み始めた。
「正面から!? 舐めてんのか、あぁ!? 支配者命令、止まれ!」
真正面から突っ込んできた破壊犯に、一番近い位置に居たタナンタ先生が立ち上がって指差しながら叫ぶ。
向かってくる女神像破壊犯を指差して、役職効果でその動きを止めようとしていた。
走り込んできた女神像破壊犯は、フラフープを回すような動きで青緑の大鎌を身体の周辺で回す。
青緑の大鎌の動きに、空中で見えない何かがパリィンとガラスの様に割れる音が響く。
タナンタ先生は目の前の女神像破壊犯が、役職を発動したのに全く止まる事なくそのまま動いている様子に驚愕に目を見開いた。
『役職効果を叩き切った!? なんだあの武器は、古代魔道具か!?』
「なんだそれ!? そんなこと可能なのか!?」
「なにがどうなってんだよ!?」
青緑の大鎌が空中で叩き切った何かに、聖剣が驚愕の声をあげて雷を大きくバチンと弾けさせる。
役職効果を叩き切ってその効果を打ち消す。
聞いたこともない、可能かどうかも分からない規格外の攻撃に、聖剣が古代魔道具の可能性を挙げて、ルドー達は更に混乱して顔を見合わせる。
「先生を援護しろ! 攻撃されるぞ!」
聖剣の話にルドー達が信じられない顔で目を見開きつつ、エリンジの警戒の声に、タナンタ先生に近付く大鎌を持った金髪青眼の女性に視線を戻して慌てて構えた。
タナンタ先生は役職効果が効かなかったことに一瞬遅れたもののすぐに立て直し、向かってくる金髪青眼の女性に向かって、空中に魔力を練り上げて攻撃魔法を放つ。
薄黒く光る魔力の塊が女性に向かって発射されたが、金髪青眼の女性はまたフラフープの様に身体の周りで青緑の大鎌を回すと、その刃に次々と攻撃が当たって防がれている。
そのまま振り回される青緑の大鎌に、距離を詰められたタナンタ先生が咄嗟に防御魔法を張るのが見えたが、金髪青眼の女性はそのままタナンタ先生には全く攻撃もせず、そのままその脇を通り過ぎた。
「っ!?」
両手で身を守るように防御魔法を張ったタナンタ先生が、攻撃もされず脇を素通りされて、背後のイスレ神父や生徒達を狙われたかと焦りの表情に変わる。
しかし金髪青眼の女性はそのままタナンタ先生の横にあった、放置されたままの巨大な爆弾を即座に青緑の大鎌で掬い上げ、そのまま大鎌を振り回す勢いのまま、爆弾を恐ろしい勢いで上に向かって叩き上げた。
女神像破壊犯のその行動に、警戒していたその場の全員が呆気に取られて固まる。
恐ろしい勢いで叩き上げられた爆弾は、その勢いに天井を突破して砕き、遥か上空にあっという間に飛び上がっていく。
ドガアアアアアアアアアアアアン!
大きく空いたその天井の穴から、ルドー達が食い入るように見上げる爆弾は、遥か上空の何もない空間で、唐突に激しく大きく爆発して上空に巨大な黒煙を作り出した。
あのまま爆弾を放置していれば、この教会ごとルドー達全員も巻き込まれて重傷、爆弾の傍にいたタナンタ先生も下手したら即死するような強力な威力の爆発。
何が起こったのかと呆然としつつ、ルドー達は発生した爆発の衝撃派を咄嗟に手で防いでいた。
「まさか、今の爆発から全員を庇った……?」
「あぁー!? 捕まっても問題ない様に時限式にしてたって言うのに! なにしてくれてるんですかね!」
イスレ神父が信じられない様に呟く中、立ち淀むルドー達の足元で叫ばれた声。
カイムの髪に拘束されていた水色ツインテールの少女が倒れたまま、顔を歪めて叫んでいた。
どうやらあの爆弾は、二人の元幹部がたとえ捕まったとしても教会の破壊は失敗しない様に、最初から時限式で勝手に爆発するように仕掛けられていたようだ。
爆弾の設置はあくまで確実性を上げるためのもの。
鉄線元幹部二人の用意周到さに、全滅していた可能性を連想してその場の全員が恐怖していた。
「ムカつくムカつくムカつく! 何がエレイーネーだ、なんでいつも思い通りにやられてくれないんですか! そっちの女神像破壊犯も、人がせっかく実行犯に仕立ててやろうと思ってたのに! あぁもうユウスゲいつまで寝てるんですか!? 私転移魔法使えませんよ、こうなったらさっさと逃げないと!」
叫ばれる声に、ルドーが振り返りながら咄嗟に雷魔法の盾を構えた。
カイムの髪で拘束していたはずの、全身魔道具まみれのゴスロリ水色ツインテールの少女。
どうやらタナンタ先生の役職効果が切れたせいで、縛られたままでも魔法が使えるらしい。
カイムの髪に拘束されたままの少女と着物姿の女性を持ち上げるように、ツインテールの少女が倒れていた教会の床から、新たに巨大な岩の人形がドカンと爆発するような恐ろしい勢いで生える。
新たな岩の人形の出現に、拘束していた為に、教会の入り口付近ですぐ周囲に居たルドー、エリンジ、リリアが吹っ飛ばされて三人悲鳴を上げる。
そんな中髪を切り落していなかったカイムが、そのまま出現した巨大な岩の人形がその肩に抱くようにツインテールの少女と着物姿の女性を持ち上げたので、元幹部二人を拘束したままだった髪に引っ張られて吊り下げられた。
「カイム! 髪切り落して逃げろ!」
「いやですよ逃げられたら集中砲火じゃないですかぁー!」
吹っ飛ばされて地面に転がりつつも、受け身を取って身を起こすルドーが咄嗟に叫ぶ。
だがツインテールの少女は最初からカイムを狙っていた。
見上げるほどの巨大な岩の人形の手が、吊り下げられたカイムとライアにふっと影を落とす。
「くそが! ライア逃げとけ!」
「やだ! カイにぃ!」
カイムは巻き込むまいと、即座に背負っていたライアをルドーに向かって放り投げ、目の前に飛び込んできた悲鳴を上げる紫髪に、受け止めたため激突されてルドーはまた倒れ込む。
「いっでぇ!」
『おい不味いぞ!』
「カイにぃ! カイにぃ!!!」
「カイム!」
「カイムくん!」
カイムを呼んでライアがルドーの上で暴れる。
岩の人形に吹き飛ばされたエリンジとリリアが、倒れたルドーとライアを庇おうと傍に走り寄りながら叫ぶ。
ライアを逃がしたために動きが遅れたカイムが、髪を切り落すよりも先に巨大な岩の人形にガシッと捕まってしまった。
「クッソがぁ! 放せ!」
「だからあなたがいないとこっち集中砲火で逃げれませんって! こっちも嫌ですけど御同行お願いしますぅー!」
髪の刃を展開して、その捕まった腕を切り落そうとカイムは叩き込む。
だがどうやら岩の人形は魔力によって動いているのか、髪の刃に貫かれて岩が離れても、空中を浮遊するように動いて、切り落してもまるで効果がなかった。
自力脱出が出来ない様子に、ライアを抱えたままルドーとエリンジがカイムを助け出そうと咄嗟に構える。
だがその動きを見たツインテールの少女は、カイムを人質にするように、ルドー達の前に掴んだ岩の人形の腕を押し出してきた。
その動きにルドーとエリンジは躊躇して、構えたまま攻撃出来なくなった。
聖剣から苛立つようにバチバチと雷が走る。
今攻撃すればカイムに当たるように動かれる、どうすればいい。
「攻撃やめてくださいねー! これで防ぐんでこいつが全部くらっちゃいますよ!」
「ふざけたことしてんじゃねぇぞ! 支配者命令……」
「だからやめてくださいって!」
タナンタ先生の叫びと同時に、カイムからバキッと大きく嫌な音が響いた。
「ぐっ……くそが……」
「カイにぃ!!!」
ライアの悲鳴、役職を使おうとしていたタナンタ先生の動きが止まる。
タナンタ先生がまた役職でツインテールの少女を止めようとしたが、その瞬間カイムを掴む岩の人形が、カイムを強力に握り締めた。
頑丈な魔人族でも、圧迫される攻撃は防ぎきれない。
岩の人形に抵抗出来ずに強力に握り締められたカイムから、骨が折れるような嫌な音がして、苦しそうに呻きながら口から血を吐いて、岩の人形に握られたままぐったりし始める。
「攻撃はやめてくださいよぉー、私のお人形がこいつを真っ二つに握り潰しちゃいますから」
「人質なんで馬鹿な真似はやめてください! 彼を解放してください!」
「五月蠅いですよ女神教! 説得でなんとか出来るなら世の中もっとマシでしょうよ! あぁもうユスウゲ起きてくださいって!」
カイムを解放しようとイスレ神父が説得を試みるも、ツインテールの少女は当然そんな要求は聞くはずもない。
どうやら教会の爆破に失敗したため、ツインテールの少女は着物姿の女性を連れて逃走を図るつもりだ。
どこに逃げるべきかと、ツインテールの少女は周囲を見渡し始めている。
「カイムしっかりしろ! おいどこ連れてく気だよ!?」
「意識を失いそうだ、気を保て!」
「わぁってらぁ……くそが……」
「そっちは付いて来ないでくださいよ! ベキッといっちゃいますよ!?」
「カイにぃ! カイにぃ!」
カイムを握りしめたまま動き出した岩の人形に、ルドーはライアを抱えたまま、エリンジと共に咄嗟に追いかけようとする。
だがツインテールの少女は追手が邪魔だというように、ギリギリ意識を保ちつつも、ぐったりとしたカイムを掲げて脅しをかけてきた。
既にカイムを握り締めて攻撃された後、脅しでもどこまで本気で追撃されるかわからない状況に、リリアが息を飲む音を後ろで聞きながら、ルドーとエリンジも歯を食いしばって怒りに肩を震わせる。
「全員この場から動かないで! 追って来ないでくださいねぇ、じゃないとこいつがぺキッと二つになっちゃいますから!」
「誰が聞くか! あなた本体を倒せば済む話だろう!」
イスレ神父の横で焦る表情で居たチェンパスが、逃げる動きをし始めたツインテールの少女に向かってバシュンと即座に薄緑の魔力の弓矢を放った。
全員の気を引くように、穴のあいた天井付近まで昇るように放たれた薄緑に光る魔力の矢は、ジェットコースターが急降下するように直角に曲がってツインテールの少女に一直線に飛ぶ。
「だからそれ私には効きませんって!」
ツインテールの少女が叫ぶと同時に巨大な岩の人形が動く。
口から血を垂らしながらもなんとか脱出しようと岩の手の中でもがいていたカイムを、ツインテールの少女とぴとりとくっつける様に動かすと、ツインテールの少女は突然カイムに抱き付いて魔力の矢をわざと浴びた。
魔力の矢がツインテールの少女と一緒にカイムも貫く。
バチバチパチパチと魔力の矢の攻撃は、ツインテールの少女の身体の魔道具に吸収されるように無効化されるが、一緒に貫かれたカイムは逃げる事も出来ずに攻撃の直撃を浴びる。
巨大な岩の人形に握り締められたダメージもあって朦朧としていたカイムが、その直撃にとうとう意識を失い、岩の人形の手の中でぐったりと動かなくなった。
想定外の結果に、チェンパスが狼狽え、ライアが悲鳴に叫ぶ中ルドーは非難の怒声をあげる。
「えっ!? そんなのってないだろ!」
「カイム! おい何してくれてんだよ!?」
「助けるつもりでやったんだ! わ、悪いと思ってるよ!」
「おい逃げられるぞ!」
ルドー達が言い合っている中、エリンジの叫びと共に大きな破壊音が教会に響いた。
気絶して抵抗しなくなったカイムを握りしめたまま、巨大な岩の人形がとうとう教会の壁を破壊して外に脱出し始めた。
それを追おうとしたルドー達は、追ってくるなと言わんばかりに、気絶したカイムを更に握り締めようとした大きな岩の人形の動きに、その場に縫い付けられるように動けなくなる。
しかし外にはすでに、先程のイスレ神父の救難信号魔法と、上空で爆発した爆弾のお陰か、既にシマス国の白いローブを纏った魔導士と、依頼で警備を行っていたエレイーネーの制服を着た生徒や先生方が多数押し寄せていた。
教会の壁を破壊して出てきた巨大な岩の人形に、周囲を包囲していた魔導士たちが構えて一斉に攻撃しようとした。
だが巨大な岩の人形が高く掲げるように気絶したカイムを見せびらかしたために、それに一番に気付いたイシュトワール先輩が周囲に警告を上げる。
「攻撃待て! 生徒が捕まっている!」
「そうです攻撃やめてくださいねぇ! なんの非もないこの魔人族ちゃんに当たっちまいますよぉ!」
叫ばれた警告に便乗するように、ツインテールの少女が叫んだ。
エレイーネーの制服を着ている魔人族のカイムが、気絶して捕まっている状態。
当然エレイーネーの関係者は、人質状態のカイムに攻撃が放てなくなった。
また魔人族と聞いて、シマス国側の魔導士たちも躊躇するように構えたまま動揺する。
カイムを指名してわざわざフィレイアに呼び付けたのはシマス国側だ。
フィレイアの安全性をアピールするためにわざわざ指名したカイムが、人質という一番危険な状態にされてしまい、シマス国の責任問題に発展する事態。
差別意識の強いシマス国の魔導士でも、今の状態のカイムに当たる攻撃を放つことは出来なくなった。
「そいつは妹の大事なダチなんだよ! 人質を解放しろ!」
「言われなくても事が終わったら解放しますよぉ! 中央魔森林に逃げ込ませていただいたら適当に放り投げますからぁ! 森育ちなんだから怪我して気絶してても大丈夫でしょう?」
叫ばれる会話に、ツインテールの少女はどうやら、このまま巨大な岩の人形に徒歩で歩かせて中央魔森林に逃げる算段らしい。
そのまま周囲を包囲している魔導士たちに動かない様に大声で告げる。
ぐったりと動かないカイムの様子に、イシュトワール先輩が焦りながら叫んでいるが、どうやらツインテールの少女は中央魔森林にまで追手のないまま逃げた後、カイムを森の中に放り捨てるつもりのようだ。
魔物の跋扈する中央魔森林に、怪我をして気絶した状態のカイムでは、一人放置されては流石にただでは済まない。
「大丈夫なわけあるか!」
逃走した後必要がなくなった人質のカイムを森に放置すると言われて、ルドーは我慢ならずに教会内のその場から動いて、巨大な岩の人形の後を追おうと動く。
ツインテールの少女が中央魔森林を目指して、逃げる方向を定めようと、寂れたフィレイアの街道の中心で、魔導士たちから視線を逸らして周囲を見渡した瞬間。
大きな衝撃派が飛んでいって、岩の人形の腕を、スパンと綺麗に切り落した。
衝撃波に切り落された岩の腕から、放り出されたカイムが落下していく。
「カイム!」
「カイにぃちゃあ!」
ルドーはそれを見た瞬間ライアを抱えたまま走り出し、カイムが地面に激突する前になんとか下敷きになって受け止める。
受け止めた痛みにルドーが呻く中、抱えたライアが大泣きしながら、意識を失ったカイムにしがみ付いた。
「なに!? ちょっと! 腕が繋がらない!? 何がどうなってるの!? なんでこんなことになるの!? 何してくれてるんですかあなたさっきから!」
岩の人形の切り落された腕が修復できないことに、明らかに焦りの表情をしたツインテールの少女。
焦った様子で振り返ったツインテールの少女の視線の先。
いつの間にか視線に入らない様にとその背後に回り込んでいた、青緑の大鎌で攻撃してきていた金髪青眼の女性に、岩の人形ごと向き直って、ギリギリと歯を食いしばりながら睨み付けている。
金髪青眼の女性は目を細めたまま、青緑の大鎌を構えて、ツインテールの少女に敵対行動を取っていた。
気絶したカイムをライアごと背負いながら、ルドーがリリアのいる教会の壁の穴に掛け戻る。
即座にカイムに向かって回復魔法をリリアが施し始めるのを背に庇いつつ、ルドーは聖剣を構えて、ハンマーアックスを構えたエリンジと共に、壁の穴から外に出て様子を伺う。
「おいそいつ無事かゴラァッ!」
「大丈夫です! 回復いけます!」
『人形の魔力だけ叩き切りやがった。やっぱあの攻撃魔道具変だぞ』
「さっきからなんなんだよあいつ、味方してくれてるのか?」
「わからん、だが警戒したほうがいい」
魔力が無いのに、動きのよくわからない攻撃を続ける金髪青眼の女性。
先程役職が効かなかったタナンタ先生も、その女性と、巨大な岩の人形に警戒の視線を投げつつ、気絶したカイムの様子を見ようとルドー達に駆け寄った。
人質が解放されて、エレイーネーとシマス国の魔導士たちが一斉に攻撃態勢に入る。
全員が次の動きを読み取ろうと、痛いほどの緊張が走っていた。
その緊張に張り詰めた空気の中、最初に何かに気付いたような動きで、金髪青眼の女性が、まるで避けるように大きく後退した。
『っ!? この魔力、嘘だろこのタイミングで!? 伏せろぉ!!!』
本日何度目の爆発音だろうか。
バチンと大きく聖剣が弾けるとともに、ツインテールの少女が大きく悲鳴を上げて、その操る岩の人形が爆発するように弾けて大きく破壊された。
突然の衝撃に踏ん張りながら、飛び散る岩の破片からルドーは雷の盾を展開して、ルドー自身と横に居るエリンジと、背後にいるリリアとカイム達を守る。
ルドーの背でリリアの回復魔法を受けたカイムが、衝撃に意識が戻ったように唸り声を上げた。
遥か上空から、何かが強烈なスピードで巨大な岩の人形の上から落下してきていた。
まるで落下の着地に巻き込まれたかのように粉々に砕かれた岩の人形。
人形が破壊されたことで、ツインテールの少女と着物姿の女性が床に落下したのか、ドスドスと地面に転がる音が続く。
岩の人形と街道、石材の地面が破壊された衝撃で周囲に砂塵が舞う中、その中心に墜落してきた人物が立ち上がるような音が、警戒状態のルドー達と、周囲の魔導士たちの耳に入った。
「あらあら、あらあらあらあら。そんなに私との縁を結びたかったなんて。嬉しくて張り切って出張ってきたわ」
「この声……まさか、あの女!」
エリンジがあげた驚愕の声に、ルドーとリリアが目を見開いて振り返った後、フィレイアの町に降りて来た相手を凝視する。
砂塵の中なのに、天空からの日の光を浴びて、まるで黄金のようにきらめくサラサラとした金髪。
周囲を包み込むように見つめる、パチパチと長いまつ毛の青い瞳。
華奢な身体に一部だけ極端に盛り上がった大きな胸部に、体型に合わせたようなコルセットが付いた、砂塵の中でも汚れもしない、純白のドレス。
ぷっくりと膨らんだ唇をなぞりながら、いかにも親切そうな表情で周囲を眺めている女性。
女神深教と思われる、エリンジとネルテ先生から魔力を奪った女性が、唐突にフィレイアの町に出現した。




