第百三十九話 女神教教会内の攻防
ルドー達が訪れた女神教の教会。
教会の内装は大体造りが同じで、入ってすぐに玄関口のような小さな部屋がある。
そこからさらに中に入れば、横長の椅子が立ち並ぶ、二階建ての側廊に沿って柱が続いた聖堂、そしてその奥の正面に台座が置かれて、祈るような姿勢の女神像が、ステンドグラスのすぐ前に静かに佇んでいる。
そんな教会の奥、女神像のすぐ下に、転移魔法で現れた鉄線元幹部二名。
ここを吹っ飛ばすという明らかに攻撃的な発言に、聖堂入口近くにいたルドーは聖剣を構えつつ叫ぶ。
「リリ! カイム! 下がってヘーヴ先生に連絡してくれ!」
「……だめ! 通信が出来ない!」
「くそが、妨害入りやがった!」
リリアとカイムの焦る声に、ルドーはついそちらに振り返る。
どうやらあの二人組が転移してきたと同時に、この教会内に妨害魔法を既に仕込まれていたらしい。
「援軍なんか呼ばせるわけないじゃないですか、戦いのセオリーすら知らないんですか、聖女ちゃんのお仲間さん?」
「ルドー!」
振り返ったルドーのすぐ背後から声が聞こえて、エリンジの叫びと同時に咄嗟に背後に雷の盾を展開した。
想像以上の重い衝撃が雷の盾に走るも、両手で防ぐように構えながら展開する雷の盾に、その場の全員を守るようにしながら、押される攻撃になんとか踏ん張ることが出来た。
聖堂内に見上げるような、巨大な白い石の人形が、アッパーをかますような姿勢でルドーの雷の盾に殴り掛かって、なんとか押し留められている状況だった。
バチバチと弾ける雷の盾に、守られるようにルドーの背後に居たエリンジ達も押されている。
『岩の人形か、破壊しろ! 半端じゃそのまま地面に雷が逃げて効かねぇぞ!』
「相性最悪かよ!」
そのまま正面から更に振りかぶられる巨大な石人形の攻撃に耐えつつ、ルドーが聖剣と叫ぶ。
ルドーの脇からハンマーアックスを構えたエリンジが踏み込んで、大きく攻撃を振り下ろした。
ハンマーアックスが当たるよりも先に、巨大な石人形は飛び上がって大きく後退し、聖堂に響く大きな衝撃音を立てながら、破片を跳び散らして水色の少女の横に舞い戻る。
「レモコ、いたぶって遊んでる暇はないよ、警備のせいでこの辺りも魔導士は多いんだ」
「はいはーい。どうにもあの聖女ちゃん周り気に食わなくって」
巨大な岩の人形を従えた、身体中のあちこちに魔道具が埋め込まれている水色のツインテールの少女は、そのあちこちパチパチピカピカ光る魔道具まみれの身体に似つかわしくない、黒と白のゴスロリちっくなレースとリボンのフリフリワンピースをたなびかせて応えている。
一方レモコと声を掛けた臙脂色の髪と瞳の女性の方は、もはや肩から胸の上部まで露出し、帯から下も足を露出するように着崩した、赤い牡丹の刺繍が飾られた蘇芳色の着物を翻しながら、どこから取り出したのか、唐突に一升瓶をラッパ飲みし始めた。
なにか動きをさせては不味いと、ルドーがすかさず空中に聖剣を放って雷閃を放出する。
即座に巨大な石人形が、攻撃から庇うように動いて、雷閃が石人形の右肩に当たって砕け落ちる。
破壊できると手応えから確信したルドーだが、それを嘲笑うように巨大な石人形に向かってガタガタと瓦礫となった岩が戻って行き、修繕魔法のように即座にくっついて元に戻ってしまう。
同時に、口元からボタボタとこぼれるのも気にせず豪快に液体飲んでいた女性は、一通り飲み終わって満足したのか瓶を下げて口元をぐいっと拭ったかと思ったら、唐突にエリンジの方に恐ろしい速度で突っ込んだ。
かなりの距離があったはずなのに、女性は恐ろしい速度で一瞬にしてエリンジの目の前まで移動してきた。
軌道上にその臙脂色の瞳が、残像のように怪しく光っている。
対応しきれなかったエリンジの腹部に、そのまま女性の突き上げるような足技が入って、バキバキと嫌な音が響く。
そのまま大きく吹っ飛ばされたエリンジが唾と血を吐きながら長椅子に巻き込まれて、爆発するように破片をまき散らしながら、大きな音を立てて壁に衝突した。
「エリンジ!」
「なんなんですかあなた達は! ここは今降臨祭の為の準備で使用されているだけなんですよ!」
ルドー達が突然攻撃されたことに、この教会の関係者であるイスレ神父が二人組に叫び声をあげる。
二人組の攻撃がリリアとライアに届かない様に、ルドーはリリアとカイムを後ろに下げてまた警戒するように聖剣を構え直す中、エリンジの方にもちらりと視線を向けた。
口から垂れた血を拭いつつも、腹を押さえてなんとか瓦礫の中から立ち上がったエリンジを視界の端に捉えつつ、エリンジを蹴り上げた女性に距離を取らせるように聖剣を空中で振り上げれば、振り回される着物に掠りもせず、恐ろしい跳躍で飛び上がって後ろに下がった。
「その降臨祭が邪魔なんだよねぇ。だから潰させてもらうよ」
「シマスは今まで通り差別してりゃいいんですよ。降臨祭でそれがどうにかなるきっかけ作られたら、私らせっかく再建してきたのに商売あがったりですって」
「降臨祭を妨害して滅茶苦茶にするということですか。でしたらさせませんよ!」
二人の話を聞いたイスレ神父が、即座に構えて防御魔法を張った。
鉄線元幹部二人組の狙いは、どうやら降臨祭そのものを潰すことらしい。
裏組織の連中にとっては、シマス国の魔力差別が横行している方が、色々と裏組織にとって都合がいい、なのでそれを正そうとする動き自体が邪魔になるようだ。
しかし降臨再現式が開催される中央の噴水広場では、シマス国の王族や各国王侯貴族も観覧に訪れるために、警備が厳重過ぎて妨害は通ることが厳しい。
だからこそ最近女神像が連続破壊されている教会に目を付けて、そちらを爆破して降臨祭を滅茶苦茶にしようというつもりのようだ。
女神像の連続破壊事件は、犯人こそ捕まっていないものの、被害に遭っているのは女神像のみで人の被害はまるでなかった。
その為器物破損の犯罪行為でこそあるものの、危険性そのものは一般人からは低く見積もられている。
結果降臨祭での警備も、魔物に対する対処や、シマス国の上層、各国から招待された王侯貴族に比べてかなり軽いものにされているのが、その場にいたルドー達にも見て取れていた。
また女神教は降臨祭の準備で教会はいつも以上に人の出入りが多く、その為礼拝を降臨祭時に一時中断している。
最終的に信者や神父も降臨祭のために教会から出払ってしまう、一番手薄になる教会の爆破を狙われた形だった。
女神降臨祭の最中に、その主軸として動いていた教会が爆破されてしまっては、流石に降臨祭は中止になり、せっかく落ち着こうとしていたフィレイアの住民にも更に不安が広がるだろう。
女神教の立場からも、イスレ神父はそんなことにさせるわけにはいかないと、二人に対して戦闘態勢に入ったのだ。
「あーやだやだ。正義感に駆られた連中はこれだから」
「面倒な。レモコ、さっさと設置しておしまい」
「はいはーい」
イスレ神父の叫びに、冷めた様子で見ていた二人組。
声を掛けられてツインテールの少女の方が、従える岩の人形が大きななにかを抱え始める。
それを見た瞬間、いつの間にかエリンジの傍に走り寄っていたリリアに肩を貸されつつ回復されている、負傷したエリンジが口から血を飛ばしながら叫んだ。
「爆弾だ! 使わせるな!」
「はぁ!? ここら一帯吹き飛ばす気かよ!?」
「聖剣! ぶっ壊せるか!?」
『ダメだ! 攻撃当てりゃ逆に吹き飛ぶぞ!』
「あぁもうめんどくせぇ!」
岩の人形の抱える大きな爆弾。
先程二人組が話していた通り、教会ごとこの辺り一帯を吹き飛ばすに十分な威力を出せるその量の爆弾を設置しようとしている様子だった。
爆弾に防御魔法を貫通する雷魔法が当たってしまえば、即座に爆発するだろう。
ルドーは安易に攻撃魔法を放つことが出来なくなった。
「爆弾を仕掛けている本体を狙えばいいだけだろう!」
チェンパスが素早い動きで背中にぶら下げていた弓を構えると、なにもない空間からバシュンと魔力の塊が現れた。
その魔力の塊は渦巻きながら練り上がって、即座に薄緑に光る魔力の矢へと変化する。
「自分だけが古代魔道具を使ってると思わないことだね!」
「でぇっ!? それも古代魔道具!?」
『マジかよ!?』
「ケリアノン王女から拝受した代物だ! 絶対に外さないからね!」
驚きの声を上げるルドーと聖剣にそう言ってチェンパスは、即座に弓を放った。
こちらの会話を聞いていたらしいツインテールの少女は、焦りを見せて岩の人形の影に隠れる。
真っすぐ軌道を走っていた魔力の矢は、急に空中にピタリと止まったと思ったら、グルリとその向きを変えた。
そのままだと隠れた場所に当たらない軌道の矢は、まるで追尾するかのようにグネグネと弓矢らしくない軌道をした後、岩の人形の影に隠れていたツインテールの少女に背後から直撃。
大きな魔力の矢に貫かれて、ツインテールの少女は大きく悲鳴をあげる。
「なぁーんちゃって!」
一瞬貫かれた魔力の弓に、そのままよろめくような動きをしたツインテールの少女だが、大きく下を出して両手を広げ、攻撃してきたチェンパスに向かって煽るように大きく舌を出した。
攻撃が当たったと一瞬笑ったチェンパスが、その様子に驚愕の表情に変わる。
「誰かさんのせいであちこち魔道具まみれですからねぇ! もう逆に並みの魔力攻撃なんて効きやしませんよ!」
「よそ見しすぎだよ」
ツインテールの少女に気を取られたチェンパスのすぐ上に、臙脂色の残像を放ちながら女性が大きく足を振りかぶっていた。
それに気付いたルドーが咄嗟にチェンパスに体当たりし、その身を挺しながら雷の盾を展開すれば、重い衝撃に足元の地面が大きく砕けてひび割れる。
雷魔法の盾に当たってビリビリと痺れているのに動きも衰えず、足を当てた衝撃を利用して女性は大きく飛び上がると、そのまま前方に回転するようにぐるんぐるんと回り始め、回転の勢いを利用した踵落としが飛んで来て、ルドーはまた衝撃に思わず呻く。
「要はあの爆弾なんとかすりゃいいって事だろ!」
ルドーが着物を着た女性を相手している隙にと、カイムが髪を伸ばして、岩の人形が未だに持っている爆弾をなんとしようとしたが、その瞬間何かに引っ張られるように足を取られた。
「カイにぃ! あしもと!」
ライアの叫びにカイムが足元を見下ろせば、膝より小さな岩の人形が足元を埋め尽くすように大量にひしめいている。
それを見たカイムが舌打ちしつつ、周辺の岩の人形を薙ぎ払うように、強化した髪を振り回す。
カイムの髪に振り払われた小さな岩の人形が、地面や壁に激突して、バキバキと小さく砕け散るが、同じように小さな岩の人形に襲われたイスレ神父とチェンパスから悲鳴があがった。
「動きさえ止めればこっちのもんですからねー!」
ツインテールの少女は大きな岩の人形の傍で、意地汚く笑っている。
カイムが砕いても砕いても、地面が新しく生えるように、小さな岩の人形が次々押し寄せ始めていた。
ライアを庇ってカイムは左手をライアに沿えながら、小さな岩人形を何度も薙ぎ払いつつ、焦りの表情を見せて少しずつ後ろに後退していく。
先程の攻撃に思ったより大きなダメージ負ったのか、回復魔法に時間を取られていたエリンジとリリアも、同じように小さな岩人形がその周辺で壁を作るように積み上がり始めて、回復しきっていなかったせいで、攻撃出来ずに身動きが取れなくなっていた。
その間にもツインテールの少女は大きな岩の人形を動かして、すべてが吹き飛ぶ良い位置に、爆弾を設置しようとしていた。
着物の女性はルドーに対して、どんどん攻撃速度を増していく。
攻撃に雷の盾を構えて防ぎながら、ルドーは時折空中の聖剣を振って、この近距離なら爆弾への誤爆もないだろうと、なんとか女性に距離を取ってもらおうと雷閃を放つ。
だが女性はその動きも読んでいるのか、フラリと身体を揺らして雷閃を難なく避けて、その動きのままルドーに重い追撃を入れてくる。
「何も援軍を呼ぶ方法は通信魔法だけではありません!」
足元に群がる小さな岩の人形を、バシバシと魔力の矢で必死に撃ち落とすチェンパスの横で、足を取られて動けなくなっていたイスレ神父が、両手に何やら赤い魔力を練り上げて、圧縮するようにその魔力に力を込めて縮めた後、上に向かって大きく投げ上げた。
天井の彫刻や古いシャンデリアを突き破っていったと思ったら、その魔力は突き破った天井の遥か上の上空で爆発したのか、破裂するような大きな音が聞こえる。
それをルドーに対処しつつ、横目で見た女性が小さく舌打ちをする。
「救難信号魔法……面倒な事をしてくれた。レモコ急ぎな! さっさと設置して逃げるよ!」
「逃がすと思ってんのか舐めてんじゃねぇぞゴラァ!!!」
転移魔法で即座に誰かが駆け付けると同時に、聖堂内で大きく反響するような絶叫が響く。
その場の全員が余りの音響に歯を食いしばって顔を顰める中、救難信号魔法を見て即座に駆け付けた援軍、タナンタ先生の声量で聖堂の窓ガラスがバリンと割れて、足元の岩人形も一斉に砕け散った。
大きな岩人形にもバキッと割れるようにヒビが入り、それが持ち上げていた爆弾がミシリと圧縮される。
「厄介なもん持ってやがんな! 支配者命令! 動くんじゃねぇ!」
転移して即座に周囲を見渡して状況を把握したタナンタ先生が、ツインテールの少女を指差して、耳を貫く大音量で指差しながら命令する。
するとビシッと、ツインテールの少女は驚愕に目を見開いたまま、その場にまるで岩にでもなったかのように動かなくなった。
「支配者! よりにもよって一番厄介な役職持ちかい!」
「またてめぇらか一年! 厄介な奴は止めた! そっちもさっさととっ捕まえろ!」
ツインテールの少女の動きが止められたことに、着物を着た女性が頭だけ振り返って厄介そうに叫ぶ。
タナンタ先生がツインテールの少女を指差したままルドー達に指示した。
どうやら支配者という役職を使って相手の動きを止めているらしい。
爆弾の脅威が一気に下がったために、ルドーも誤爆を恐れて抑えていた雷魔法を放出し始める。
「はっはい! カイム! 動き止めてくれ!」
「ライア動くんじゃねぇぞ!」
「やっちゃえカイにぃ!」
どうにもフラフラと動かれて狙いが定まらない為、ルドーがカイムに援護を大きく叫ぶ。
背中にライアを抱えたままのカイムが、即座に大量に髪を伸ばし、着物の女性はフラフラと身を翻してなんとか逃れようとする。
「これはどうだ!」
エリンジの叫びと共に、回転するハンマーアックスの頭が着物の女性に向かって飛び込んでくる。
女性はその大きな攻撃になんとか咄嗟に気付いてふらりと避けたものの、即座にエリンジが腕を伸ばしてハンマーアックスの頭が魔力に光り、まるで追い込み漁の様に更に空中でぐるりと着物の女性の方に何度も何度も追撃を仕掛けて、フラフラと必死に避け始める。
「逃げ場所もうねぇぞ!」
エリンジのハンマーアックスの攻撃に、良いようにカイムが大量展開していた強化した髪の網に追い込まれた女性が、逃げ場所を失くしてその髪にビシッと拘束された。
それでも肝の女性は腕力でなんとか逃れようと力を込めているものの、カイムの強化した髪にはビクともしない様子。
「ケッ、あいつと比べもんにならねぇほど弱ぇ!」
「もう避けれねぇぞ! くらえ雷閃!」
拘束された着物の女性に、ルドーは空中で聖剣を振るう。
即座に女性の上から雷閃が複数大量放出され、ドオンと巨大な落雷のような音が聖堂に響く。
強力な雷魔法に女性は大きく悲鳴をあげて、辺り一帯が白く照らされた。
しばらくしてバシュンと雷閃は弾けて消え、バチバチビリビリと余波を発しながら、大量の雷閃の直撃を受けた女性は、とっくに意識を失っていたようで、カイムの髪に捕らえられたままぐったりと動かなくなる。
「あっ、あの、あれ爆弾らしいです! 何とかしてもらえませんか!」
「本当に厄介なもんを……おい一年! その二人拘束しとけ! これで逃げてた鉄線の幹部は全部だ、もうおしまいだろ!」
イスレ神父に指摘されて、タナンタ先生が爆弾の様子を見ようと近寄りながらルドー達に指示する。
指示を聞いたルドーがカイムに声を掛ければ、カイムは頷いて髪を即座に伸ばし、動けないまま固まっているツインテールの少女と、雷閃を受けて黒焦げでぐったりしている着物を着た女性を更にぐるぐる巻きの動けない様に拘束する。
「エリンジ、大丈夫か?」
「なんとか全快した」
「ごめん、回復に時間かかっちゃった」
「魔力伝達の補充の影響だ、仕方ない」
『あのかなり重めの攻撃まともにくらってたんだからまぁ無事で御の字だろ』
「お守りできなかった……」
「怪我してねぇんだから十分だっつのライア」
鉄線元幹部二人を拘束し、そのままタナンタ先生が爆弾の様子を確認するのを見守りながら、ルドー達は集まってお互いの様子を確認する。
全員がそれぞれ別のことに気を取られていた瞬間、更にそれは起こった。
ガシャアンと大きな音共に、聖堂の奥のステンドグラスが割られて何者かが侵入してくる。
ギラリと光る緑青色の大鎌が、まるで木の葉のようにひらりと宙を舞った。
バツンと瞬時に、聖堂の奥にあった大きな女神像が粉々に破壊される。
「あいつ! この間の!」
ルドーがその姿を見て瞬時に大きく叫ぶ。
粉々になった女神像の破片を通り越して聖堂に着地した、金髪青眼の女性。
ルドーとリリアがチュニ王国で目撃した女神像破壊犯に、教会の女神像はまんまと破壊された。




