第百三十八話 発生し続ける問題
開けた石畳の中央に、古めかしい噴水が一つポツリと置かれていた。
昔は青々と茂っていただろう、広場を囲むように植えられた樹木も、倒れた後植え直されてもいないのか、枯れた木々がぐるりと広場を囲っていて、どうにも寂れた空気がより強調されている。
女神降臨祭の影響で、噴水広場の周辺には即席の観覧席が設置されているが、それは最後の女神降臨再現式の際に使われるようで、今は立ち入り禁止となっている。
広場周辺は既にヘーヴ先生の言っていた、プレイセラピーというものが既に行われている。
独特な画風の絵画が地面に置かれた画架に設置されてたくさん置かれて、中には招待された芸術家らしい人たちが、実際に絵画を描いて住民の注目を集めていた。
粘土細工や木製や石製の彫像など、芸術家が作ったであろう立派なものの隣で、実際に彫像を体験して作ってみる企画区画も設置されており、住民が既に何人か、設置された椅子に座って、机の上にある石材や木材を、思い思いのままに鑿と金槌で削り出している。
住民や女神教の信者たちで広場が賑わう中、ルドー達魔法科の生徒が集まって、まだ時間のある降臨再現式までどう過ごそうかとヘーヴ先生が顎に手を当てて悩み始めた所、噴水広場の入り口から、仰々しい集団が入ってくるのが見えた。
魔力を持った魔導士であることを強調するような、白いヒラヒラとしたローブを制服のように纏った集団が、護衛をする為に囲むように、黒いローブを纏った高貴そうな男性が二人、物々しく威厳を放ちながら歩いている。
集団の中心にいる男性二人が目に入ったのか、アルスからげぇっと嫌そうな声が聞こえる。
「あれはシマス国王のアルジノン・パンガンサス・シマスですね、後ろにいるのはシマスのサジヒグ・ナイル公爵ですね」
「国王と公爵ってことは国のトップって事かトラスト」
「えぇ、おおよそ降臨祭の出席で訪れたのかと」
情報に詳しいトラストの解説で、国のトップ二人が降臨祭の為に現地であるフィレイアの町に訪れたのだと分かった。
仰々しい集団も、王族と公爵の護衛というなら納得であるし、護衛にしては数も少ない気がする。
これもある種の安全性のアピールの一環なのだろうか。
ルドー達が物々しいその集団を遠目に眺めていたら、トラストが言っていたナイル公爵がこちらに気付いたように視線を向けて、背後の国王に一言声を掛けた後、険しい表情をしながら、護衛の魔導士たちを引き連れてこちらに歩いて来るのが見える。
何事かとルドー達魔法科の生徒が訝しんで顔を見合わせる中、こちらに近付くナイル公爵にヘーヴ先生が前に出て頭を下げて挨拶の姿勢を取った。
「ご依頼により参加させていただいております、ナイル公爵」
「エレイーネー、ご苦労といいたいところだが、なぜそのように集団で怯えるように集まっているのだ」
頭を下げてあくまで依頼の姿勢を伝えようとしたヘーヴ先生だが、ルドー達魔法科の生徒が集団で集まっている様子が気に食わない様に、ナイル公爵は非難するような視線を浴びせた。
魔法科の生徒は女神降臨祭に参加することが依頼条件であるため、集団で居ることに何の問題があるのだろうかとルドー達がナイル公爵に怪訝な視線を向け、不躾な言葉を吐かれたヘーヴ先生も頭を上げながら眉間に皺を寄せる。
「今回はあくまで降臨祭参加が目的です。これで問題ないかと思われましたが」
「何を言う、生徒が普通に過ごしても安全な町だと女神教に示すことで、女神降臨祭を有意義にさせたいと要求したはずだが。これではこの町に問題でもあると逆に住民を不安にさせるようなものではないか」
あくまで女神教に示すと言い含めているナイル公爵だが、その本音は、ルドー達魔法科の生徒、特に魔人族のカイムも怯えるように集団でいる為に、シマス国の差別問題が諸外国に伝わるのを危惧しているのだろう。
魔力差別による被害や、フィレイアの住民たちからの不用意な接触を危惧してルドー達はなるべく離れない様に集団でいた訳だが、それでは逆にフィレイアの町が危険だとその身で示している様なもの。
ルドー達のその行動が、ナイル公爵には気に入らない様子だった。
「そうは言いましても、大体の催しがここで行われていますし、女神降臨再現式もあります。集団でいたほうが効率はいいのですが」
「降臨再現式まではまだたっぷり時間があるではないか。その間に一旦解散して町の様子を見て散策するのも降臨祭の醍醐味の一つだとは思わないのかね」
あくまで降臨祭の為に集団でいたと主張するヘーヴ先生だが、ナイル公爵は自由時間に生徒達にフィレイアの町を散策させるようにと提案してくる。
雲行きの怪しくなってきた話に、ルドー達は不安に顔を見合わせる。
どうやらナイル公爵は、同盟国連盟にフィレイアの町が安全であると示そうと、魔法科の生徒を自由に散策させたがっている様子だ。
あくまで生徒達が降臨祭を楽しめていないと言って、一見魔法科の全員を配慮しているように装って、フィレイアの町を散策させようとしている。
建前としては問題ないので、ヘーヴ先生はどう返したものかと渋い表情をし始めた。
「それではこの噴水広場の催しに参加する許可を出します。それで構いませんか?」
「妥協するように言っても無駄だぞ、集団でいる今とあまり大差ないではないか」
魔力差別を警戒するヘーヴ先生が、苦肉の策として出した妥協案も、それでは意味がないとばかりにナイル公爵に突っぱねられる。
ヘーヴ先生の狙いも分かっていると、ナイル公爵はじろりとヘーヴ先生を睨み付けたが、そのまま不躾な視線を、今度はルドー達魔法科の生徒の方に向ける。
「それならこちらも話を変えよう、チュニ王国の勇者か聖女はいるかね?」
「えっ?」
なんの前触れもなく突然指名されて、ルドーはリリアと共に狼狽えて顔を見合わせる。
周囲もルドー達に不安そうな視線を向ける中、ルドーの上げた声と周囲の様子に、ナイル公爵がこちらに顔を向けた。
反応のあったルドーとリリアを、話のチュニ王国の勇者と聖女だと断定する視線のナイル公爵は、命令口調のように更に話を続ける。
「女神教からのわざわざのご指名だ。なんでも急を要する依頼をしたいから、今日来ているなら教会まで来てほしいと。全く、この私にこんな小間使いのような伝言を頼みおってからに」
ナイル公爵はその立場から、女神教に伝言を頼まれたことに不快そうに顔を歪めている。
女神教からの依頼。
心当たりと言えば、最近話題の女神像の連続破壊事件だ。
ルドーとリリアはその犯人を目撃しているが、女神教からその事が情報としてこのシマスの方にも流れているのだろうか。
ルドーはリリアと顔を見合わせつつ、さっさと行けとばかりに言い切ったナイル公爵の方を見た後、ヘーヴ先生の方に向き直る。
「依頼ですって? あくまで我々は降臨祭の参加のために来ているのですよ」
「だからその降臨祭の降臨再現式まで時間があると言っているだろう。それとも何かね、このフィレイアは教会に行くことすら憚られるような危険な町だとでも言いたいのかね」
なんとかルドーとリリアを引き留められないかとヘーヴ先生は声をあげたが、逆にその行動自体が不自然だとでもいうように、ナイル公爵から非難の声が上がった。
女神教からの伝言に不服に思いながらも、フィレイアの町の安全性をアピールするためにルドー達を体よく利用しようとしているのだ。
この調子ではルドーとリリアが件の教会に行くことは避けられそうにない。
「あー、エリンジ、カイム、戦力が必要になる可能性もあるから一緒に来てくれるか」
「了承した」
「ケッ、さっさと終わらせろよ」
ルドーはリリアと視線を合わせて頷き、エリンジとカイムに、あくまで不自然に見られない様に同行するよう提案した。
エリンジもカイムもルドーの意図を察して、端的に話を合わせている。
他の魔法科の面々も不安そうな視線を送る中、教会に行く姿勢を見せたルドー達に、ヘーヴ先生も暗い表情に変わる。
「君たち……」
「先生、行かないとどうにもなりそうにないっすよ」
「なるべく早く戻ってきます。あの、場所はどこでしょうか?」
「分かればよろしい。そこの大通りを右に真直ぐ行けば見えるだろう」
魔人族のカイムを指名したからだろうか、ナイル公爵は満足そうな表情で大きく頷いて、場所を聞くリリアに答える。
そのまま魔人族のカイムを町の散策に参加させて、フィレイアの安全性をアピールして来いという事だろう。
体よく使われたことにルドーは不服に思いながらも、女神教からの依頼も気になるので、なるべく早く戻ると改めてヘーヴ先生に伝えた後、場所を聞いた女神教の教会を目指して四人で歩き出した。
「くそ人間が、うだうだ言いがかりつけやがって……」
「カイム、気持ちはわかるけど今は抑えろって」
しばらく歩いてヘーヴ先生達もナイル公爵も見えなくなったところで、カイムが唸りながら悪態をつき始めた。
指名依頼をされてただでさえ機嫌が悪いのに、更に依頼の形でこのように分断されたので、カイムは相当腹に据えかねている様子だった。
カイムが背中に背負ったライアは、幸いナイル公爵に見えない様にルドー達が囲っていたので、気付かれていないようだ。
しかし結局ライアを連れて来る形になってしまったため、危険に一歩近づいてしまったために、ライアの身をカイムが危惧しているのもあるのだろう。
「例の女神像連続破壊の件だと思うか」
「わざわざチュニの勇者と聖女って指名が入ったから多分……」
エリンジとリリアも、ルドーと同じように依頼内容の推測をしている。
しかしあくまで目撃しただけで、ネルテ先生がエレイーネー伝手に女神教に教えた情報以上のことはルドーもリリアも持ち合わせていない。
一体どういう依頼内容なのかと、降臨祭に人が増えてきた道を歩きながら考えていると、気が付けば女神教の教会の前に辿り着いていた。
「へー、教会は立派ででかいんだな」
「誰が依頼したんだろうね、お兄ちゃん」
『変な依頼じゃなきゃいいが』
「話聞くまでわかんねぇだろ、ほら行くぞ」
女神教の教会は降臨祭のために慌ただしいのか、神父や信者らしく人たちがいつも以上に数が多く出入りが激しかった。
どこから寂れた印象を抱くフィレイアの町の情景と合わせようとしたのか、周囲の建物の同じような古ぼけた石と煉瓦で建てられた教会。
人の出入りが激しいその木造のドアをギィッと音を立てながらゆっくりと中に入っていく。
催しの追加の物資を運んでいるのか、箱を抱えた集団が入れ替わるように立ち去っていく中、ルドー達に気付いたように、中で誰かと話していた神父が一人、こちらに向かって走り寄ってくる。
「君たちまた会いましたね、どうしました?」
「イスレさん」
「なんかもはやお馴染みになりつつあるなぁ」
教会指定ではない派遣型、おかっぱ頭のイスレ神父だった。
流石に女神教の女神降臨祭に駆り出されている様子のイスレ神父に、ルドーは女神教からの依頼があると伝言を伝えられたために来たのだと説明する。
「えっ、てことは、君たちがチュニ王国の勇者と聖女なのですか?」
「はい、依頼があるから早めに来てくれって話だと思ったんですけど」
「つまりお前が犯人か!」
指名を受けたルドーが一歩前に出て説明していると、奥の方でイスレ神父と話していたであろう誰かが、恐ろしい勢いで迫ってきたと思ったら、ルドーは胸ぐらを掴まれてそのまま地面に叩き付けられた。
突然の事にリリアとエリンジとカイムも目が点になって見つめている。
「いっでぇ! なんなんだよ! 犯人ってなんだ!?」
「これだけ事が起こっているのに、目撃者がチュニ王国の勇者と聖女だけっておかしいだろ! 目撃があったのもチュニ王国だし、現地の女神教の人抱き込んで言いくるめて、実際は犯人なんじゃないのか!?」
余りにも一方的過ぎる発言に、ルドーは苛つきを隠せない様にしながら目前の相手を見上げる。
同じエレイーネーの制服を着ている事から、警備を頼まれた上級生の生徒だと思われた。
薄緑の長髪を後ろに縛った、紫苑色のやたら気の強そうな瞳をした女性だ。
背中に背負うようにしている弓矢のような魔道具を持ち、ルドーに馬乗りになって勝ち誇った表情で見下ろしているその女子生徒。
リリアとエリンジとカイムの三人から、訳が分からないような視線を向けられていた。
どうでもいいけど短いスカートで馬乗りになるのは色々と際どいので、別の意味で退いてもらえないだろうか。
まさか上級生とはいえ女子に馬乗りにされていると思っていなかったため、気まずく小さく身じろいだルドーに、リリアから危険な笑顔が飛んでくる。
不可抗力だ、やめてくれ。
「あのー、チェンパスさん。彼とはそれなりに会っているので面識ありますので、それは多分違うと思うのですが……」
おおよそ会話内容から、例の女神像連続破壊の犯人だと断言されているルドーだが、イスレ神父も流石に違うと困惑の表情を浮かべていた。
「ルドにぃ悪い人じゃないもん!」
「子どもまで抱き込んでいるのか!?」
「ちげぇって! ってか一旦退いてくれ! この格好はその、色々な意味であぶねぇから!」
カイムの後ろに背負われて縛られたままのライアが抗議の声を上げるが、ルドーに馬乗りになった女性は変な方向に考えが飛躍している。
とりあえず捕まえたままでもいいので別の体勢になってくれとルドーが大声で訴えると、女性はルドーの上に馬乗りになっていることにようやく客観的に認識することが出来たようだ。
急に大きく目を見開いて耳まで顔を真っ赤にさせた後、慌ててルドーの上から飛びのいたと思ったら、破廉恥なと叫ばれてルドーは思いっきり蹴り付けられた。
なんでだ、馬乗りになってきたのはそっちだろ。
女性が退いてくれたことでなんとか立ち上がったルドーだが、危険な笑顔で歩み寄ってきたリリアにこれまたスパンと叩かれた。
解せぬ、もっとお兄ちゃんに優しくしてくれ。
「えーっと、まず紹介しますね。こちらはシマス国勇者のチェンパスさんと言います」
「えぇ……シマスの勇者なのかよ……」
「早とちりがすぎらぁ」
「証拠もなく犯人扱いとは」
「うるさいな! 目撃証言から怪しいと思っただけだろ! 悪いか!」
「悪いわ!」
イスレ神父に紹介された、シマス国勇者のチェンパス。
そのあまりにも一方的な短絡思考にカイムとエリンジが抗議するが、逆に開き直るような態度のチェンパスに、ルドーもつい声を荒げる。
「それでこちらは先程話していたチュニ王国勇者のルドーさんと聖女のリリアさんです。そちらのお三方は同行されているのですね」
「おじちゃんこんにちは!」
「お、おじちゃん……」
困惑しつつもイスレ神父がチェンパスにルドー達を紹介していると、イスレ神父とリンソウで面識のあったライアがひょこっと顔を出して元気に挨拶した。
しかしその挨拶の内容に、イスレ神父はダメージを受けたような引き攣った笑みを浮かべている。
「……あの、それで依頼ってのは、やっぱり女神像を連続破壊してる奴についてですか?」
「はい、流石に困っています。つい先日チュニの教会から目撃情報が寄せられて、チュニの勇者と聖女も同じく目撃したとの情報でしたので、個別に詳しく聞きたいと思って依頼させていただいたのですが……」
まさかあなた達の事だったとはと、イスレ神父はルドー達に微笑みを向ける。
どうやらシマス国の現地勇者として、チェンパスはイスレ神父と一緒にこの教会が被害に遭わない様にと対策のために話していたようだ。
ルドーとリリア、チュニ王国の女神教教会にて女神像連続破壊犯を目撃したルドー達に話を聞こうと、ナイル公爵に伝言を頼んだ形だった。
「犯人の証拠もないが、犯人でない証拠もないだろう!」
『なんだこいつ言ってることめちゃくちゃだぜ』
「だからちげぇって言ってるだろ!」
未だにルドーに怪しい視線を向けるチェンパス。
ジト目でその視線に返しながらも、ルドーはリリアと一緒に、チュニ王国の女神教教会にて目撃した犯人の様相を事細かくイスレ神父に説明した。
「魔法も使わず大鎌で一振りですか。痕跡が残らないやり方をされていますね。捕まえられればいいのですが」
「私がいるこの国で勝手はさせない。そいつが来たらこれで射抜いてやる。まぁ、本当にそんな奴がいればだけどな!」
「いましたよ! 私も見たから間違いありません!」
「いい加減にしろって全く……」
ルドーが一通り説明した後も、チェンパスは疑いの視線を向けてくるので、流石にリリアも抗議の声をあげて、ルドーも首を振りながら苛立つように肩を落とす。
イスレ神父は流石に女神降臨祭で女神像が破壊されては縁起でもないと、この教会の女神像を守るためにその対策をしたくて情報を欲しているようだった。
だがルドーとリリアが目撃したチュニでは、相手は魔法を使っておらず、現れたのも一瞬だった為に、魔法での事前予測は難しいかもしれない。
話を聞いたカイムとエリンジも疑惑の視線をチェンパスに向ける。
「ここに来る確証あんのかよ」
「それはないが、来ない確証もない!」
「来るかどうかも分からんのに対策をしているのか」
「まぁ、一応念のためですね。今ここで女神像が破壊されては流石に」
『……おい、別件の厄介事が紛れ込んだぞ』
バチリと警告するように、聖剣から大きな雷が散った。
それに反応するように、ルドーとエリンジとカイムが咄嗟に振り返った。
「あっちゃー、流石に教会だと思ったより人数多いですねぇ」
「分かってて来たんだ。さっさと片付けてここ吹っ飛ばすよレモコ」
「……あいつらサクマの時の!」
教会の奥に転移魔法で出現した、かつて女性保護施設サクマで、リリアとアリアを攫った、鉄線元幹部二人組。
想定外の相手との会敵に、ルドー達は大きく身構えたのだった。




