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第百三十七話 影の差すフィレイアの町

 エレイーネーにライアの報告を済ませたヘーヴ先生の指示で、ルドー達魔法科の面々は女神降臨祭に参加するために、ライアも連れてフィレイアの町へと歩き始める。


 フィレイアの町では既に女神降臨祭の準備がかなり進んでいるのか、神父らしき人たちがあわただしく行き交い、信者らしき人たちが町の住民に参加の声掛けをしている。


 一方主催の町となった肝心のフィレイアの住民の顔は、依然どこかしら影が差して暗いままだ。

 熱心な信者たちの説得に、少し気が向いたのか、前向きな表情でゆっくりと歩き出しているものの、不安そうな視線はどうにも染み付いているのか隠せていない。


 魔物は人の不安に敏感だ。

 中央魔森林もそれなりに近いこのフィレイアで、あんな調子でいれば魔物が森から出てきて襲われそうだが、大丈夫なのだろうか。


「おや、警備ご苦労様です。問題ありませんか」


「うぃーっす、今のところ辛気臭い顔があるだけだ、怪しい連中は町に入ってない」


「ヘーヴ先生も生徒の引率ご苦労様です」


 ヘーヴ先生の先導で歩いていると、同じエレイーネーの制服姿で町中の警備をしているらしい上級生の生徒を見かけたのか、声を掛けてフィレイア付近の状況確認をしている。


「警備前から町に潜伏している可能性もあります、怠らない様に」


「りょーかい、他の奴らにも警告しとくわ」


「シマス上層もそろそろ到着予定です、戻りますね」


 ルドー達がそちらを見ると、謹慎が解かれたのか、イシュトワール先輩と、同じく三年の魔法科のクラスで見かけたような、顔だけ見覚えのある先輩が見えた。


 瑠璃色の短い髪に、露草色の瞳をした、親しみやすそうな微笑みを携えた三年、イシュトワール先輩と一緒に警備を担当している様子から、依頼の同行なのか。

 ヘーヴ先生と話していたその男子生徒は、イシュトワール先輩と一緒にいる所を見つめるルドー達に気付いて、こちらにもパチンと親し気にウィンクしてきた。


「シマスからの指名頑張ってね、後輩君たち」


「これ以上ファン増やしてどうする気だよジル」


 パチンと飛ばされたウィンクに、女子たちからきゃあと黄色い声が聞こえ、その親しみやすいウィンクに、男子数名からも、うっと射抜かれたような声があがる。

 直撃したらルドーも何やら変な扉を開きそうで、つい数歩後ろに無意識に下がった。


「三年のジルニスカイ様ね、魔法科のトップよ。前にお茶でもご一緒しようと声掛けたけど華麗に躱されちゃったわ」


「あぁ、攻略しようとしてた黒歴史時代のあれの時ね」


「一々言わなくていいのよ!」


 余計な一言を言ったヘルシュが、アリアにどつかれながら声をあげられている。


 ウィンクされたことに一番の黄色い声をあげたアリアが、ヘルシュの言葉を紛らわせるように更に詳しく説明し始めた。


 なんでも魔法科三年のジルニスカイと呼ばれるあの先輩は、実力と知識、その両方を最上位の成績で納めている、現魔法科の頂点に君臨していると言っても過言ではない人らしい。

 イシュトワール先輩は座学の方が少し劣っているそうだが、親しそうにしているあの様子から、あまり気にしているようではなさそうだ。


「様付けとはどういうことだアリア!?」


「あ、この間の意趣返しされてる」


 ウィンクを当てられたアリアが、説明しながら思い出すように頬に両手を当てて、ほう、と頬を赤らめる様子に、フランゲルが焦りの姿勢を見せている。

 またどつかれない様にとヘルシュとウォポンが一歩引くようにしている中、何を察したのか、様子を見ていたアルスが変な事を言っていた。意趣返しってなんだ。


 呆れた様子のイシュトワール先輩が、ルドー達に気付いてニヤリと視線を向けて小さく手を振る。

 今は警備依頼があるのだろう、そのままヘーヴ先生に笑顔で別れの挨拶をするジルニスカイ先輩の襟首を掴んで、笑いながら手を振る彼をそのままズルズルと引き摺って行った。

 なんだろう、周囲の暗い表情をしていたおばさん住民たちからも、熱い視線を送られている様な。


 先輩二人が報告を軽く終えて立ち去って行ったため、ヘーヴ先生もまたルドー達魔法科を引率して歩き出す。

 足にへばりつかれて歩きにくかったのか、カイムの背中に髪で縛り付けられたライアから声が上がる。


「今の人知ってる人―?」


「うん、ちょっとな。よかった、先輩謹慎解かれたんだな」


「迷惑ばかりかけた」


「……なんか礼したほうがいいかよ」


「今は警備の依頼中だろ、戻ってからだって」


「改めて謹慎解除のお祝いに何か贈るのもいいかもね」


 クバヘクソでの一件で、ルドーがエリンジとカイムの救助を頼み込んだためにイシュトワール先輩は謹慎を受けた。

 自分たちのせいでの謹慎なので、エリンジとカイムが気にするような視線を先輩に送っていたので、ルドーはとりあえずフィレイアの降臨祭が終わってからだと、二人に注意を促す。


 リリアの提案に、エリンジとカイムが贈るなら何を贈るべきかと、それぞれ思案するように顎に手を当てて考え込みながら歩く。

 イシュトワール先輩に声を掛けたのはルドーなので、自分も何か贈ったほうがいいだろうかと、ルドーもしばらく考え込んだ。


 古い建物が立ち並ぶ石畳の町を歩けば、降臨祭で人が集まっているのか、どんどん人混みの多い場所に近付いていた。

 今のところ下層の町であるフィレイアに、エレイーネーの制服を着たまま集団で歩いているからか、差別らしい差別には遭っていない。


 チラチラとフィレイアの住民から向けられる視線は、羨望なのか、期待なのか、どうにも差別的な視線とはまた違う、好意的ではあるようなものが向けられているのを感じる。

 数日前にアルスが警告するように話していた、安全を求めている様な視線。

 エレイーネーの魔法科の生徒だとフィレイアの住民がわかっているのなら、魔物に怯える彼らから安全性を期待されているのだろうか。


 思っていたよりも、フィレイアの住民の魔物に対する恐怖心は大きいようだ。


 ヘーヴ先生が先頭で、その視線に逆に警戒するような表情をしている。

 魔法科の面々も、そのフィレイアの住民から向けられる視線に、応えるような誇らしげな表情よりも、不安そうに視線で見合わせている人数の方が多かった。


『町が普段からこんな調子じゃ、逆に魔物呼び付けちまうな』


「だなぁ、降臨祭がなくても大丈夫かよこれ」


「普段はシマスから派遣された魔導士が警備してるから、魔物は大丈夫なんだけどねぇ」


「その警備してる魔導士も、あれなんでしょう?」


「うん、魔物に怯えるか魔導士に怯えるかの違いしかないね」


 フィレイアの住民の様子に、ルドー達もヒソヒソと声を落として話し始める。

 下層の町の情報に詳しいのか、アルスがルドー達の疑問に答えるが、キシアが遠回しに言う差別に対する疑問にも、小さく溜息を吐きながら答える。


 普段から魔物に対処するために派遣されている警備の魔導士も、シマス上層民の為差別意識は強い。

 魔物の脅威から守られている住民は、そんな魔導士たちにはきっとあまり強く出ることは出来ない。


 魔物に対する脅威か、差別による被害か。


 フィレイアの町の住民の怯えようも、その境遇から仕方のない事だとルドー達も察することが出来た。


 アルスの語る警備の魔導士は、今日はどうやら降臨祭の影響でフィレイアの周辺に魔物が来ない様に、更にその索敵範囲を広げているようだ。

 あそこだよと指し示すアルスの指の先を見れば、ルドー達が潜った転移門のある建物の更に外周の上空を、何人かの魔導士が飛行魔法で飛び回っているのが見えた。

 上空からの索敵なら、魔物の発見も早いだろう。


 アルスの話に、トラストが納得したような表情になる。


「それで降臨祭にこの町が選ばれたんですかね」


「問題に対する支援をしやすくする、でしたかしら? 嫌ですわ、最初から普通に支援すればいいだけではありませんの」


「あれじゃない? こうでもしないと国の上の人が町の方に来ないから現状把握できないとか?」


「シマスはサンフラウ商会の発祥地でもありますが、実際下層の方にはあまり上の人は来ないので廃れたままの町は多いと聞いていますや」


 女神教が降臨祭にフィレイアの町を指定したのは、町の住民の表情からも察せられる。

 生活こそ出来ているものの、常に怯え続けるような毎日に、魔物の脅威はどんどん強まる。

 十年前に一度魔物暴走(スタンピード)があったからこそ、同じような被害を出さない様にと、町の状況を訴えて変えようとすることで、フィレイアの状況の打開を目指しているのだ。


 しかし差別意識の強いシマス国上層が、その訴えを素直に聞いてくれるだろうか。


 今でさえ差別はないと同盟国連盟にアピールするために、カイムをわざわざ指名して、魔法科の面々も呼び付けているというのに。


「なんだこの国の王族は、王宮に引き篭もっていても国は発展せんぞ!」


「それが発展してるから、この町は困ってるんだと思うわよフランゲル」


『(けどここまで酷いと事が起こると被害甚大だよ、本当に把握できてないんじゃない?)』


 国を管理する王族の立場だからか、フランゲルがフィレイアの状況に憤って地団太を踏んだ。

 実際魔力差別がここまで酷いシマス国だが、アリアの言う通りその魔力に対する意識の高さから、この国は発展してきたのは学習本からも把握できる。

 だからこそシマス国上層は現状維持して体面だけ保とうとしているのだろうが、フィレイアを見ればそれも限界が近いことがわかる。


「なんにしろ結局はクソ人間どもの国の問題だって事だろ、だったら俺らに出来ることなんてねぇだろが。こんなアホみたいな祭りさっさとやり過ごして戻るぞ」


「そうだけどさぁ、そこまで酷い言い方しなくてもいいじゃん……」


 わざわざ個人指名されて呼び付けられたため機嫌が悪いのか、ボロクソに言うカイムに、ルドーは呆れつつも宥めるように声を掛けた。


 それぞれが色々考えたり思う事はあるものの、結局のところはシマス国の問題で、国の問題である以上、エレイーネーは関与できないし、解決するにはシマス国が動くしかない。

 カイムの言う通りルドー達に出来ることはないのだ。

 今は降臨祭が終わるまで全員で見守る以外に方法はない。


 気持ちを切り替えるようにと、ルドーは降臨祭の方に意識を向けた。


「降臨祭って確か、開催都市ごとに問題が違うから、やること毎回違うんだっけ?」


「最後の降臨再現式は統一されているが、その前の開催都市の催しは毎回異なる」


「へー、それは初めて知ったかも。なにするんだろう」


「チュニでやったやつは流石に覚えてねぇからなぁ、なんだろうな」


 ルドーの話に答えたエリンジによると、女神教の降臨祭は、開催都市ごとに毎回違う催しが開催されるらしい。

 最後の女神が降臨する話を再現する再現式は同じものの、その開催都市で抱え込んでいる問題は毎回異なるため、こういう支援が必要ですと訴えやすくなるような催しを開催するのだ。


 例えば魔物暴走(スタンピード)に遭ったばかりなので、復興の為の支援物資が必要ですとか、自然災害で農作物が不足したので、食料の支援が必要ですとか、病気が流行って人が沢山亡くなったので、人手がいるので移住をお願いできませんかとか。

 女神教だけでもそれなりに支援はしているものの、それだけではとても足りないというような支援が必要なので降臨祭で支援している訳なので、そういった支援が必要だと催しによって訴えるのだ。


 支援物資が必要ならバザーを開いたり、食料が必要なら各地からの特産屋台を招待したり、人手が必要なら移住を希望している人員を集めた説明会を開催したり。

 その場しのぎにならない様に、国にもわかりやすい催しを開催して、その後国の許可を取りやすくしてから定期開催して支援していく。


 そうした催しを開催した後、最後に女神降臨の再現式をして降臨祭は終了となるのだ。


「この場合フィレイアの催しは何になるのかねぇ」


「プレイセラピーだそうですよ」


 先導していたヘーヴ先生がルドー達の話をずっと聞いていたのか、開催される催しを知っていたようで振り返って告げる。


「プレイセラピー?」


『なんだそりゃ』


「遊戯療法、まぁつまり娯楽で気持ちを安心させるんですよ。フィレイアは十年前の魔物暴走(スタンピード)から、町こそ立ち直れても住民の心情が立ち直れていないという事です。それを払拭するため、芸術品を持ち込んで鑑賞してもらったり、あえて絵本を読ませて心の整理の手伝いをしたり、芸術品に逆に挑戦してもらって気分を落ち着かせてもらったり」


「なるほど、住民の不安が払拭されればそれだけ魔物の脅威も減りますからね」


 ヘーヴ先生の説明を聞いて、トラストが納得して頷いていた。

 つまるところ一番問題になっているのは、フィレイアの住民の魔物に対する恐怖心だ。

 恐怖心を抱えたまま不安に毎日過ごしているため、その不安が魔物を呼び込むし、魔物を呼び込むために警備の為の魔導士が通常以上に必要になって、数が増える為差別被害も遭いやすくなる。


 プレイセラピー、その遊戯療法によってフィレイアの住民の不安を和らげれば、その分魔物の脅威は減るだろう。

 魔物の脅威も減れば、警備する魔導士の数も減らせるから差別被害も、完全になくすことは出来なくても少なくすることは出来る。


 女神教も問題解決のために色々考えるものだなぁと、ルドーはその手法に感心を抱いた。

 そんな方法もあるのかと、同じように魔法科のみんなも頷いている。


『なるほど、面白そうなことしてそうだな』


「遊びに来たんじゃねぇぞ聖剣(レギア)


「でもそれならライアちゃんも楽しめそうなことあるんじゃない?」


「やめろや、これ以上勝手されちゃたまらねぇよ」


「カイムを守りに来ているのだろう、離れはしない、違うか?」


「あ、う、は、離れないもん!」


 パチンと笑うように弾けた聖剣(レギア)に、リリアも追従するように周囲を見渡し始める。

 エリンジの言葉に、思ったより面白そうな事があるかもしれないと、話に揺らぐも約束を守ろうと必死なライア。


 決意を揺らがさぬようにと、カイムの背中に縛られたライアは、そのカイムの後頭部に突っ込むように強く抱き付いて、我慢、我慢と呟きながら、ぐりぐりと頭を押し付け始める。

 楽しめそうなことを頑張って我慢しようとしているそのライアの姿勢に、申し訳なさからか逆にカイムが悶え苦しみ始めた。


「あぁーくっそがぁ……だが危険だっつのに……」


『こいつぁ傑作だぜ』


「うわぁ、新手の拷問だぁ」


「我慢出来て偉いよライアちゃん」


 ライアに直接ねだられるよりも、頑張って我慢される姿勢の方がカイムには応えている様子だった。

 危険だから近付けたくない気持ちと、我慢しているライアに楽しめる事をさせたい兄心に揺らぐように、カイムが呻き声を上げている。


 ゲラゲラ笑い出した聖剣(レギア)を無視しながら、その兄心も何となくわかるルドーはカイムの心情を察して共感を抱いて引いてしまい、リリアがポンポンと我慢し続けるライアの頭を撫でて褒め始める。


「それならこれはどうですや? 話だけ聞いて戻ってから、他のお二方もお誘いして再現してみるのですや」


「ナイスアイディアカゲツ! その方が安全だ!」


「レイルさんとロイズさんも誘ったほうが平等ですしいいですわね」


 様子を見ていたカゲツが、この町でライアが楽しむことの危険性を考えて、安全な方法を考え出した。

 カイムの様子に己を投影してしまったルドーも、ついカイムより先に大声をあげてしまい、カイム本人に怪訝な視線を向けられる。

 キシアの意見に、話を聞いていたアルスがそういえばと声をあげた。


「そういやこっちに来たのライアちゃんだけなんだな、戻って喧嘩しなきゃいいけど」


「あのね、レイルはキャビねぇ、ロイズはベリー先生の足止めするって言ってくれたの!」


「あぁ、通りで……」


「共犯してたのかよ……」


「帰ったら説教だチビどもがぁ……」


 アルスがライア一人が抜け駆けしたことに、レイルとロイズが腹を立てるのではと示した懸念に、ライアがカイムの後頭部から顔を上げて元気に答えた。

 通りでクランベリー先生が来なかったと、ヘーヴ先生の呻く声が聞こえた。


 警報魔法が鳴ったのに、クランベリー先生は即座に駆け付けなかったし、護衛を任されていたはずのキャビンも駆け付けなかったことに確かに違和感があった。

 だがどうやらカイムの身の危険を優先して、レイルとロイズが透明化魔法を使えるライアを優先的に転移門から脱走させたようだ。


 肝心の護衛対象が警報魔法に駆け付けようとしたところを妨害してきては、確かにクランベリー先生もキャビンも即座に駆け付けることが出来ない。

 思ったより強力だった三つ子の連携に、カイムと一緒にルドーも呆れ果てる。


 話を聞いてやれやれと、魔法科の一同が肩を落としながら、催しが開催されているフィレイアの町の中心、噴水広場に辿り着く。


 どうかもうこれ以上面倒事は起こりませんようにと、ルドーは祈るような気持ちで女神教の降臨祭が始まるのを待ち続けた。


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