第百三十三話 想定外の勇者
モネアネ魔導士長が教会に飛行魔法で到着し、雷魔法で気絶したままのデファレナ姫を肩に担いで、無事飛行魔法で搬送した。
その事によってルドーとリリアは、チュニ王国での問題は解決したとプムラ陛下からの労い報告の元エレイーネーに戻った。
「お前たち一体何をしたんだ?」
「何って何が?」
ヤヒスの町外れにある転移門からルドー達がエレイーネーに戻るとほぼ同時に、シャーティフに訪れていたエリンジも転移門からエレイーネーに戻った。
転移門の並ぶ中央ロビーの外れで顔を会わせるや否や、エリンジに怪訝な視線を向けられ、ルドーはリリアと一緒に顔を見合わせた後同時に首を傾げる。
「あれだけ解放しろと暴れていた元王族の三人が急に大人しくなった。迷惑をかけた手前、好きなようにしていいとは言ったが、あれだけ我儘放題で国内で手を焼いていたというのに」
どうやらエリンジは通信魔法か何かで、モネアネ魔導士長が飛行魔法でジュエリまで届けた元王族三名の様子を、ジュエリ本国から報告されたらしい。
報告を受けた三名の様子が明らかに変化しているようで、それで何があったか詳しく知りたかった様子だ。
エリンジの話にルドーは怪訝な声を上げる。
「えぇ? デファレナ姫、いや元姫か? は聖剣で軽く気絶させただけだぞ。他の二人は、モネアネ魔導士長とトットル近衛騎士隊長が捕まえた。だからなにしたか知らねーけど」
「うん、知らない方がいいと思う」
「……わけがわからん」
ルドーとリリア、二人揃って目を瞑って首を振る返答に、エリンジはますます怪訝そうな視線を向ける。
トットル近衛騎士隊長が捕まえたアンティナ前王妃と、モネアネ魔導士長が捕まえたチューベ前国王がそれぞれ何をされたのか、飛行魔法でジュエリまで運ぶ様子を見ていないルドーとリリアは知らない。
ただエリンジの話では、王族故に贅沢三昧の我儘放題で生きてきたはずのその三人が、本来なら抗議して大暴れするであろう地下牢に入れられたのに、三人とも魂が抜けたような放心状態でいる為、一体どう改心させたのかエリンジは気になっている様子だった。
デファレナ姫を引き渡す際のモネアネ魔導士長は、いつも以上にあっけらかんと上機嫌に笑っていた。
逃げていたらしいチューベ前国王をどうやって捕まえたかルドーも聞いてみたが、人の尊厳を破壊して逃げられなくしたとあっけらかんと告げられ、なにをしたかわからないものの、これ以上聞かない方がいいと本能で悟った。
ぶっ飛ばすことには相変わらず抗議するが、モネアネ魔導士長を敵に回すような事はやめておこうと、ルドーはこの時何となく思ったのだ。
「あとエリンジ、ちょっと話がある」
「なんだ」
「例の襲撃者についてだ、リンソウのやつ」
「なんだと?」
ルドーの言葉にエリンジの表情が一気に険しくなった。
そのエリンジの様子に、ルドーは意味深にリリアと目配せする。
チュニで起こった出来事を話すにしても、誰に聞かれるかわからない中央ホールで話すわけにはいかない。
クロノの忠告通り、ライアたちの安全を考えて慎重に動かなければ。
「ここだとちょっと話しにくいな、どっかいい場所ねぇかな」
周りに聞こえない様に、ルドーが声を落として視線で周囲の様子を伺う。
平日の夕方であるため、それぞれの科目で授業を終えた生徒が夕食に食堂に向かっていたり、既に夕食を終えた、食堂から寮に向かう生徒がまばらに歩いていて人が多い。
ルドーやエリンジと同じように、転移門から何かしらの用事で戻ってきている他学年の魔法科の生徒もちらほらいる。
周囲を伺うルドーの様子に、情報の統制を考えたエリンジが提案してくる。
「また校長室か」
「いや、確証ねぇからそこまでは……あの副校長? は、捜査の方は協力しねぇって言うし」
女神深教について話したければ校長室を利用しろと、ネイバー校長には情報統制の際に気軽に言われた。
だが情報提供については協力しないと、あの時フェザー副校長には宣言されてしまっている。
まだ確定事項も少ない情報、助言を求めても仕方のない相手の居る場所で相談するにも気が引けた。
相談するにしてももっと情報が確定してからにしたいルドーの曖昧な言葉に、バチンと聖剣が苛つくように弾ける。
『おい下手に動く気じゃねぇだろうな』
「確証ねぇって言ってんだろ。それに動くに動けねぇよ現状」
「わけがわからんが、とりあえず相談できる場所か」
「じゃあ魔法科の二階にある依頼用の応接室は?」
校長室でもなく、他の魔法科の面々が訪れる可能性のある教室で話すわけにもいかない。
ルドーとエリンジが悩んでいると、リリアが思いついたように提案してきた。
「……確かに、依頼用応接室なら、依頼情報の機密のために、室内の会話は外に聞こえない様になっている」
「そこなら話しやすいか、でも勝手に使っていいのか?」
「申請が必要なのは他の科の生徒やエレイーネーに招く部外者がいた場合のみだ。魔法科の生徒だけなら問題ないだろう」
要は使用申請に必要な前提が、校舎間を移動する簡易転移門を使う場合のみという事だそうだ。
簡易転移門を通った相手を把握する必要があるためだろう。
科目ごとの校舎移動が出来なくなった、聖女暗殺未遂の影響で、簡易転移門を潜る科目外の相手は把握されるようになっている。
この間の聖女連続誘拐事件の後なら尚更だった。
だが魔法科の校舎に魔法科の生徒がいることは全く問題ない。
依頼もない生徒が依頼用の応接室を使う事はまずないので、その辺りの校則は想定されていないのだ。
校則の抜け穴を使うように気がして少々気に掛かるが、他にいい案も浮かばないので、スタスタと先を歩き始めたエリンジの後を追うように、ルドーもリリアと一緒に歩いて魔法科二階の依頼用応接室に向かった。
二階は基本依頼の際にしか使わず、またエレイーネーにわざわざ来て依頼するような人はあまりいない。
依頼状でやり取りしたほうが手っ取り早いからだ。
ただルドーも受けたオリーブの依頼のように、基礎科や護衛科など、他の科目からの依頼が無いわけでもない。
そういったエレイーネー内部の依頼や、依頼状では書けない機密な内容の場合利用されるこの応接室だが、基本的にその仕組みから利用されるのは午前中の方が多い。
日も傾いた夕方の時間帯、二階の依頼用応接室が並ぶ廊下には人気はまるでなかった。
エリンジが適当に選んでドアを開けて入っていくのに続き、リリアを先に入れた後、ドアを閉めると同時に鍵がかかることに気付いたルドーは、他の生徒が間違えて入ってこない様にと、念の為そのカギをガチャリと締めた。
「それでなんだ、襲撃者について、確証の持てない話とは」
簡素な木製の椅子と机しかない、応接室にしては狭い室内。
椅子にも座らず単刀直入に聞き始めたエリンジに、ルドーは結論から答える。
「前に聞いてた特徴の奴と今日たまたま遭遇したんだ」
「なんだと!? 襲われなかったのか!?」
驚愕に目を見開いたエリンジが掴み掛ってきたので、ぐらぐらと揺られながらも、ルドーは安心させるようにその肩を叩いた。
「落ち着けエリンジ、襲われてたらもっと大事になってるって。遭遇してそのままこっちに興味もなくあっという間に逃げてったんだ。特徴としては似てたんだけどさ、どうにも見たことはないから同一人物かどうか定かじゃないんだ」
「金髪青眼の人は結構いるもんね。見た目がいいから王族とかにも多いって聞くよ」
ルドーに同意するようにリリアも考え込むように顎に指を添えた。
確証がないとルドーが考えたのはこれだ。
襲撃犯の人相はエリンジとネルテ先生、あとはおおよそクロノしか知らない。
似たような特徴の人物が多い中、ルドーとリリアがヤヒスの女神教の教会で遭遇した相手は、口と鼻元が隠れる金属製のマスクを被っていたため、余計はっきりしない。
「どこで見た、何があった?」
「ほら、チュニでジュエリの王族が亡命してたって話じゃん。それで王族の一人が女神教の教会に逃げ込んでてさ、それを捕まえに行ったら、教会で襲撃されたんだ」
「襲撃された!? 無事ではなかったのか!?」
チュニ王国で起こった話をルドーから聞いていたエリンジがまた慌て始める。
しまった、勘違いするような言葉を使うべきじゃなかった。
「落ち着けって! だから襲われたら大事になってるって!」
「しかしたった今襲撃されたと!」
「襲撃されたのは俺とリリじゃなくて、女神教の教会の方なんだって!」
エリンジに襟首を掴まれてガクガク揺すられつつも、ルドーはなんとか声をあげて説明した。
ルドーの説明に二人が問題ないと分かったエリンジは、今度は教会が襲われたことに意味が分からず怪訝な無表情で疑問符を浮かべ始める。
「女神教の教会が襲撃されたと? なぜだ」
「えーっとエリンジくんはシャーティフに行ってて、教室にいなかったからカゲツさんの話知らないよね。最近女神教の教会の女神像が次々壊されてるらしいの」
ルドーの襟首を掴んだままのエリンジは、リリアからの説明に首だけそちらを向けた。
「あちこちの国で立て続けに起きているあれか。ジュエリにも報告は上がっている……まさかそれでか」
「そういうこと、王族を聖剣の雷魔法で気絶させた後回収待ってたら、突然天井ぶち破ってきたんだ。そんでそのまま女神像をあっという間に破壊して逃げてった。だから俺達には被害ないから安心しろって」
ルドーが落ち着かせるようにエリンジの肩をポンポンと叩けば、エリンジはようやく納得したようにルドーの襟首から手を放した。
落ち着いてきたエリンジに、ルドーは改めて目撃した相手の様相を説明する。
「金髪に青眼してたけど、服装が聞いてたのとの違ったけど着替えた可能性も十分あるし、リリの言う通りその見た目の奴も多いしなぁ。エリンジやネルテ先生を襲った時と違って、女神像をぶっ壊して逃げたってのもよくわからねぇし……」
「それで一応の報告と相談という訳か」
「そういう話には察しいいよね」
納得したような無表情に変わったエリンジを、リリアがジト目で見つめていた。
エリンジとネルテ先生から魔力を奪った、女神深教なる相手。
今回ルドー達がいたチュニのヤマスで遭遇したのは、確かに髪色と瞳の色、それと胸部が大きめだったという話から、同一のものである可能性がある。
ルドーが相談したいのはここだった。
カゲツが情報を欲していた相手が、もし女神深教の相手だとしたら、その情報を探ろうとしているカゲツは危険な状態になっているのではないだろうか。
確定している相手ではない。
だがもしそうだとしたら、カゲツが狙われる可能性もあるし、カゲツ経由でサンフラウ商会そのものが狙われる可能性もあった。
だからこそその危険性を伝えるための相談をしたかったというわけだ。
「似た見た目の別人の可能性もあるけどさ、もしビンゴだとしたらあぶねぇじゃん。まだクロノの言ってた基準に誰も達することが出来てないから、このままだと蹂躙される可能性があるかなって」
女神深教がライアたちを狙うだろうとクロノに断言されたのは、クロノやルドー達が安易な行動をして女神深教にその動きがバレた場合、一番狙われたくない相手だからだ。
カゲツや女神教が犯人を捜して、もし女神像破壊の犯人が女神深教の相手だった場合、クロノの話から狙われる可能性があるのは何もライアたちだけではなくなる。
女神教の関係者がそれになった場合、狙われる相手がかなり広がる。
しかし女神教は女神像が破壊されている実質的な被害者、もし犯人が女神深教だった場合、被害者である女神教に、どのようにして危険だからと伝えて捜索を辞める様に納得させて説得できるか。
ルドーにはまるで考え付かなかった。
「まだ確定している訳ではないと」
「見た目が似てたってだけだな。それでどうしようかと思ってよ」
「カゲツさんにもなんて説明したらいいんだろう。オリーブさんから頼まれたのなら、きっと犯人探してるだろうし」
冷静になったエリンジは、ルドーが何を危惧してここに呼んだのか察した様子だ。
女神深教について詳しい事情が説明できるのは、ここに居る三人を覗いて、カイムとその場に居合わせたアリアとフランゲル、それとネルテ先生とヘーヴ先生にボンブだ。
ルドー達と同じくエリンジは顎に手を添えて悩み始める。
「例の連中ならば、女神教が調べるために動けばかなりの人数が危険に晒されるだろうが、どうにもまだ犯人が連中と同じかわからん。現状どうしよもない」
「だよなぁ、でももしそうなら危ないって知らせたいんだけど、どうしたもんかなぁ」
ルドーとリリアもたまたま、まだ襲撃の無かったヤヒスの女神教の教会に居合わせたために襲われただけで、女神像破壊の犯人を狙って探して動いてなかったからこそ無事だったのかもしれない。
ふとルドーは同じ場に居合わせていて、リンソウでの反応もあった事から聖剣に問いかける。
「聖剣、あれリンソウの時のとおんなじ奴だったか?」
『悪いがあの時点で魔力反応も無けりゃ、あの距離でもどうにもよくわからん』
リンソウで襲撃された際、エリンジの魔力を使った相手と今回の相手が合致するかとルドーは聖剣に訊ねたが、どうやらわからないそうだ。
確かにいつも事前に危険を察知していた聖剣が、今回はまるで急な襲撃にでもなるかのように、まるで反応していなかった。
そのせいで聖剣も同一人物かどうか、判別材料が足りないと言った様子だった。
「女神像破壊の理由もわからず、犯人が連中だった場合もまだ力不足で止められん。安易にこちらから辞める様に言っても情報を求められるだろう」
「現状としては女神像が破壊されない様に祈るしかねぇな……」
エリンジからもそれ以上どうしようもないという無表情が返されて、ルドーはがっくりと項垂れた。
「一応カゲツに例の襲撃者関連の可能性があるから、警戒するように言っとくか?」
「現状それくらいしか対策出来んだろうな。ルドー」
「ん? なんだエリンジ」
「明日また組手を頼む」
「組手な、りょーかい。がむしゃらに力付けてくしかないわな」
話を聞いてから考え込んでいる様子のエリンジが、顔を上げつつルドーに頼み込んできたので、いつもの調子でルドーは答えた。
これ以上は解決策も思いつかなくなったので、エリンジへのとりあえずの報告は終えたこととして、ルドー達は依頼用応接室を後にする。
「お兄ちゃん、ネルテ先生にも一応報告しとかないと」
「あ、そうだな忘れてたわ。エリンジ、そういうわけだからちょっと職員室行ってくる」
「俺も調整報告がある、向かう」
謎の女神像破壊の襲撃者にばかり気を取られて、ルドーは肝心のチュニ王国の報告がまだだとリリアの指摘に気が付いた。
エリンジもシャーティフでの報告があるので、そのまま職員室まで同行することになる。
「そういやシャーティフの町の方は結局何か分かったのか?」
「エリンジ君今日も行ってたよね、何かあった?」
「いや、進展はなにもない。歩く災害が暴れていたのがラグンセンの拠点と思われる場所だというだけだ。歩く災害の搬送方法も不明なまま、これ以上はわからんだろうな」
「おい! てめぇらちょっとツラ貸してくれ!」
ルドーがリリアとエリンジと一緒に職員室を目指しながら中央ロビーについた辺りで、カイムがかなり慌てた様子でこちらに走ってきていた。
ライアをその肩に座らせるように抱えて、後ろからレイルとロイズがかなり不機嫌顔で文句をあげている。
一体何事だろうかとルドー達三人は足を止めた。
『なんだなんだ? 何があったんだ』
「カイムどうした、顔貸してくれってなんだ?」
「さっきキャビンから人間と相談したほうがいいってよ、もうほんとわけわからねぇわ!」
「だからどうした」
「前に言ってたやつだよ! 役職の、あー、勇者とか聖女とか!」
「えっ、ひょっとして出てきたの?」
慌てた様子のカイムが話す内容、どうやら魔人族が国として認められたせいか聖女なり勇者なりの役職持ちが出たのだろうか。
リリアが驚いた声をあげて聞き返すと、ライアが手を叩いて喜び始める。
「なった! 勇者なった!」
「ライアずるい! ライアばっかり!」
「僕もなりたかった! ずるい!」
「えっ!?」
「はっ!?」
「なんだと!?」
『マジか!?』
「キャビンが三人の体調管理に毎日鑑定魔法使ってたんだよ! そしたら今日急に役職が付きやがった! どうすりゃいいんだよ!?」
誇らしげに胸を張って手を叩くライアとは対照的に、カイムは不安と困惑が入り混じったような表情でライアを見上げていた。
カイムの足元でレイルとロイズがライアに抗議の声をあげている。
国を守るために女神によって最低一人授けられる役職、その一つの勇者。
ルドーと同じ、魔人族の国を守るための役職が突如として、本日ライアに授けられたのだった。




