番外編・ネルテ先生の生徒観察記録.10
ランタルテリアのシャーティフで、エリンジの攻撃型魔道具の製造に向かっていたルドー達が歩く災害に襲われたとギランから連絡を貰い、実際にその様子を確認して一通り説明を受けた後、ネルテはボンブと二人職員室にて、他の担任達が調査を終えて戻ってくるのを待っていた。
クランベリーは三つ子の様子見があるため保護科の方に残ってこそいるものの、調査特化した三年護衛科のラナムパにも協力要請を出しての現地調査。
戻ってくるまで優に三時間以上を要し、ネルテが戻ってきたヘーヴ達から説明を受けたのは十一時を過ぎた頃だった。
戻ってきたヘーヴにネルテはルドー達から聞いた話も一通り報告した後、現地の調査はどうだったかと、ボンブと共に話を聞き始める。
「かなりかかったな、いつもこれくらいか?」
「いえ、想定外が多すぎました」
職員室に戻ってきたヘーヴはかなり疲れた様子だった。
スペキュラーは観測者を使用してまだ調査しているラナムパの補助に回り、マルスはランタルテリア本国への報告、ニンも同盟国連盟への報告に向かっており、レッドスパイダ―は他学年の護衛科と交代で現場保存のために、現地の国専属魔導士と協力して見張りに立っている。
「想定外が多すぎたって?」
「当初想定していた、怪しい動きをしていた人物の活動拠点の一つとして、ゴースト区画の居住区の一つに突入したのですが、地下に想定以上に広い空間が広がっており、かなりの規模の拠点だと判明したため、応援要請してから改めて中に入って調べたんです」
放心状態だったルドー達が回復するまで、ネルテ達は聖剣からシャーティフのゴースト区画に怪しい場所があったから調べたほうがいいとの進言を貰っていた。
その進言を元に、ヘーヴ達一年担任がゴースト区画にあった、偽装されていた建物の中に入った。
一見普通の民家に偽装していたものの、スペキュラーの観測者でかかっていた妨害魔法を突破すれば、地下にゴースト区画がまるまま入るほどの、巨大な空間が広がっていることが分かった。
あくまで数人程度の隠れ家を想定していたヘーヴ達は、それだけ大きな施設が地下にあったと想定していなかったため、慌てて応援を要請して調査したためにここまで時間がかかったのだ。
説明しつつもヘーヴはかなり疲れた様子で、机の椅子をガラガラと引いた後、静かに座って机の上で報告書を作成しようと書類とボールペンを引き寄せた。
「まだ全体を調べ切れていません。しかも見つかった資料から察するに、あの規模でさえ拠点の一つとして使用されていたと判別できます」
「そんなデカい規模の拠点を構える組織が地下に居たって事かい? 歩く災害もそいつらが組織的に連れてきたのかい?」
「いえ、その辺りも調査中ではあるのですが……どうにも活動拠点に良さそうな場所を調べていた時に、偶然地下深くに魔封じを付けて動かない状態の歩く災害を発見し、そのまま生物兵器として利用できないかと居座ったようです」
応援を待ってから改めてヘーヴ達が地下深くにあった拠点を調査した際、内部からかなり強い力であちこち破壊された形跡があった。
それと同時に、逃げ遅れたのか、裏組織の人物であっただろう、ぐちゃぐちゃに潰れた大量の肉片も発見され、中は見るのも憚れるような凄惨な状態だった。
元を追うようにその破壊されたところを進んでいき、一番奥深くにかなり分厚い合鋼の壁と、巨大な引き千切られた魔封じの腕輪と首輪が転がっていたという。
その周辺で情報はないかと調べた結果、歩く災害の観察でもしていたのか記録書類が見つかり、その書類を詳しく読んだ結果、歩く災害は元からその場所に安置されていたことが分かった。
しかし一体誰がどのようにして歩く災害をそこまで運んだのか、その記録書類からも分からなかった。
「安置されていた歩く災害は記録からみて一体。先程の話から、ルドーさんたちが倒したのならばもう脅威はないとみていいと思われます。生物的なものは」
深い溜息を吐きつつ、恐ろしい速さでサラサラと報告書を書き上げながら説明するヘーヴ。
しかし別の点で懸念事項があるというようなその言い方に、ネルテはボンブと顔を見合わせた後、話を促すようにヘーヴに視線を向けた。
「なんだ、生物的なもの以外に脅威でもあったのか」
「えぇ、恐ろしい量の攻撃型魔道具を製造していた形跡が出きました。歩く災害が外に出る際に破壊したらしいものもありましたが、大多数の現物が見当たらなかった。この事から売り捌いたか搬送したかは定かではありませんが、かなりの量が裏ルートで流通した可能性があるかと」
ヘーヴの話にネルテは参ったように顔を半分手で覆った。
グルアテリアと定期的に戦争を引き起こし、統合することで安全地帯を確保する事に必死なランタルテリア。
脅威的な魔物暴走が発生するファブと隣接し、中央魔森林の接触範囲も広いために、定期的な魔物暴走の被害に遭いやすく、その為攻撃型魔道具が発展してきた歴史のある国だが、あまりに数が流通しすぎれば戦争準備をしていると十分捉えられる。
その為攻撃型魔道具の製造販売は、数を魔物暴走から自衛できる一定数にするように、同盟国連盟から通達されていたのだ。
定期的に発生する魔物暴走の為に、完全に製造を止めることは出来なかったが、この実態を知ったランタルテリアは捜査に協力してくれなくなる可能性がある。
表向きは捜査に協力しつつ、情報を出し渋ったり、誤魔化されることを考慮しなければならなくなった。
「新しく出てきたマフィア組織、ラグンセンだったかな。それがランタルテリアと組んで攻撃型魔道具を大量生産していたって事かい?」
「どちらかというとラグンセンがランタルテリアを狙ったとみていいでしょう、まだ調査中の為はっきり断定できませんが。自国での武器の製造販売を制限されている所に、秘密裏に武器をちらつかせる。表に出て来ない武器を、そのまま表に出て来ない様に管理する方法と一緒に売り出せば、戦争したがっているランタルテリア側は飛び付くでしょうね」
「いい様にカモにされるって事か。しかし国の魔導士とやらが調べていたんじゃなかったのか?」
疲れ切った表情のヘーヴが報告書を二枚目に突入させる中、話を聞いていたボンブが疑問を呈するように指を向けた。
当然の疑問だというようにヘーヴもボンブに頷き返す。
「治療しているバベナさんから開示可能の範囲で聞きましたが、ラグンセンの武器の一つである攻撃型魔道具の材料に、どうやらシャーティフのものが横流しされている可能性があって調べていたとのことです。他国や裏ルートからの材料ならまだしも、自国の攻撃型魔道具の材料に手出しされては、自国の攻撃型魔道具の生産に影響を与えて流石に困るという事でしょうね」
「ラグンセンとしては現地で材料を調達しつつ、魔道具製造に影響を与えることで、徐々に自分たちの作る武器に依存させていきたかったってところか」
バベナがラグンセンについてランタルテリアから依頼されて調べていたのは、シャーティフでここ最近魔道具製造の材料が少しずつ減っているという報告を受けたからだった。
製造所一つ一つからしてみれば数え間違いかと思えるような微々たる量だが、魔道具製造施設ばかりが立ち並ぶシャーティフで、その全ての魔道具製造施設から同じ数だけ減ったとなれば、その総量はかなりの数になり、魔道具を秘密裏に作る分には十分な材料数となる。
そう言えばとネルテは思い出す。
ルドー達が訪れた魔道具製造施設でも、材料を運ぶ担当が新人だったばかりに、数え間違いで数が合わないことがあったと。
「まずったな、もしラグンセンの人員が既にシャーティフに多数入られていたとしても、今回の歩く災害の騒動で十分逃げ出すきっかけを作ってしまった。あんな化け物がいた街には怖くて居られませんなんて、新人には都合の良すぎる退職理由だ」
二週間ほど前に入ったばかりの新人配達員。
それが実はラグンセンの人員だったとしたらどうだろう。
やたら迷子になって時間がかかるのも、配達以外に別の場所に寄り道していたとしたら。
数がいつも合わないのも数え間違いなどではなく、その別の場所に密かに材料を横流ししていたからだとしたら。
同じような新人が、怪しまれない様に次期を変えつつ各所施設に潜り込んでいたとしたら。
憶測でしかない。
その上証拠をつかむ前にその潜り込んでいた連中は今回の事件をきっかけに姿をくらますだろう。
拠点としていた建物が破壊されて中が割れたのだ、彼らとしては逃げる他ない。
ルドーの話からのネルテの憶測を二人に話せば、途切れた情報に二人も大きく溜息を吐いた。
「そういえば地下にいた人員は全て歩く災害にやられたのか?」
「いえ、それが歩く災害が動き出す直前に、入口付近で大きな攻撃。先程のルドー君たちの話からルドー君の自衛行動の事ですが、それが発生したために居場所が割れたと、別口から多数逃げおおせているだろうとラナムパから判定されました」
逃げ切れなかったために、歩く災害の被害にもかなりやられてあのような形になったのでしょうがと、ヘーヴはその惨状を思い出すのも拒むように強く目を瞑って眉間を揉んだ。
現場に行かなかったネルテも、そのヘーヴの様子からかなり凄惨な状態だったのだと理解することが出来る。
その脅威と常に隣りあわせだったボンブも尚更だった。
周辺の魔力残滓をラナムパが魔法で確認し、更にどの方向に移動したかをスペキュラーが解析魔法である程度割り出した。
歩く災害が通りすぎたせいか、尋常ではない魔力残滓にかなりかき消されていたものの、その断片から、七割ほどの人員はルドーの自衛行動で施設から逃げ出していたことが判明していた。
「そもそもなんで裏組織が拠点にするような、人が近寄らない地下深くに、中央魔森林に居たはずの歩く災害が放置されていたのか。そこが分からないとまた同じような事が起きる」
「そこの情報だけがきれいさっぱり無いんですよね、あれだけ暴れ回る怪物が、人の多い街の中心付近で、自力で魔封じを外すことが出来るのに大人しくしていた理由も分からない」
「例のあれが絡んでいるんじゃないか。奪われていたあの少年の魔力が歩く災害が持っていたのもそれで繋がる」
例のあれ、ボンブが発したそれが、女神深教の事を示唆している事を、ネルテもヘーヴも暗に理解している。
エリンジの奪われていた魔力。
その一部を宿して使用してきた、本来中央魔森林にいるはずの歩く災害。
どうやってシャーティフの中心近くの地下深くまで歩く災害を運んだかは知らないが、魔力を奪う規格外の相手があの歩く災害相手に魔力を弄ったのなら、出来ない話ではない。
ヘーヴも読み解いたラグンセンの歩く災害に対する観察記録にも、どうやってここにそれが安置されていたのか、疑問しか書かれていなかった。
その記録からラグンセンが女神深教と関りがある様には見えないが、例のエリンジとネルテの二人から魔力を奪った相手が、何らかの理由で歩く災害を中央魔森林からシャーティフの地下深くに幽閉し、そしてそのまま放置したという姿が浮かび上がる。
そこまでしたのに放置した理由がまた何もわからないが。
情報統制されて下手に調べられず、考えてもなにも分からない女神深教の事は一旦落ちておくようにと、知らぬ間に報告書を書き終え、書類をトントンと整えていたヘーヴは話を変えた。
「歩く災害と言えば、さっき話してた群れのボス、そちらは中央魔森林に居たままなんですよね。ルドー君大丈夫ですか?」
「トルポの時も接触してきたからねぇ。ただ見る限りルドー本人はなんで絡まれてるか心底わからない感じだったよ」
ネルテとヘーヴもトルポでの戦闘で、歩く災害のボスと思しき少年のような姿の化け物と遭遇している。
その際もあの化け物はルドーに対して接触し、その結果ルドーは魔力暴走を起こした。
ルドー本人は前世にて化け物と邂逅した覚えはないと語るが、その化け物はリリア曰く、魔力暴走と起因していると思われる、ルドーの前世の名前を呼び続けていたらしい。
魂がひび割れ、記憶を改ざんするほどの酷いトラウマを抱えているルドー。
あの化け物はそのルドーの忘れている記憶に関連している可能性はないだろうか。
「群れのボスが、たまたま中央魔森林の外に居た歩く災害に、ルドー君を連れてくるように指示を出した可能性はありますかね」
「中央魔森林から遠隔指示か、それが可能ならシャーティフからの距離から考えてもかなり厄介だ。実際ギランからの報告でも、ルドーだけを狙って、殺さない様に連れ去っている」
ギランの瞳型魔道具は、過去の負傷にて抉れた左目とその肉周辺を補うように合体しており、通常肉眼では見えない、周辺一帯を透視して危険がないか常時確認できるようになっている。
今回の歩く災害やラグンセンの拠点は、ゴースト区画の地下にあった為に、その確認の範囲外にあった為に見逃されてしまっていた。
だがルドーの自衛のための雷魔法に異変を察知して、観察範囲を絞ってルドー周辺にだけすることでその観察範囲を伸ばし、遠くからルドー達が歩く災害に襲われていた場面を確認していた。
歩く災害についての事前報告は、他学年の担任副担任も受けている。
本来無差別攻撃して殺戮してくるそれが、殺戮もしないでルドー本人を狙い続けていた場面を、ギランは遠距離から魔道具越しに目撃。
その後ギランはルドーを歩く災害から救出するために戦闘を仕掛けるも歯が立たず、一旦離されて場所が分からなくなったところで、怪我人探知でルドーの場所に急行していたリリア達を瞳型魔道具で視認、そのまままた範囲を絞って先を行く三人の後を追う事で、歩く災害のボスと思われる少年に全員が襲われている場面になんとか間に合って転移魔法をつかったわけだ。
歩く災害に襲われている間、物理的な力の差からルドーは負傷こそ負っていたものの、歩く災害は明らかに死なない様に手加減をしていた。
死なない様に連れて来いと、歩く災害のボスに命じられたためにこのような結果に落ち着いているなら。
様相が変わって殺気を向けるようになった今、ルドーはかなり危険な状態になったとみてよかった。
「歩く災害が今回と同じように町の地下に配置されていないとも限らなくなったか。はぁ、安易にルドーをエレイーネーの外に出せなくなったじゃないか」
「一応各国に歩く災害が森から出たため危険性を知らせる必要はありますが……エレイーネーに直接来ないとも限らない。厳戒態勢上げます。フェザーに対する申請書を出しなさいネルテ」
今すぐここで、というようにヘーヴが右手を差し出しながら机をボールペンでコンコンと叩く。
今の今まで無視していたが、申請書とついでにネルテの報告書も仕上げる様にと無言で促している。
その意図が分かったネルテは大きく天を仰ぐように低い声を出しながら身体を揺らした後、早くしろと言わんばかりのヘーヴのボールペンの音に、渋々机に近付いて椅子に座った。
「襲われた生徒達、酷い放心状態だったと聞きましたが、大丈夫でしたか?」
「クランベリーの回復魔法が効いたみたいだ、恐慌状態ってやつかな。襲われたみんな精神的にはかなり強い方なのに、それでも即座に倒れるほど強烈な魔力と殺気を向けられたらしい」
「魔力が少なくなって抵抗の少なくなったエリンジくんや、本人の魔力が魂に潜っているせいで防御出来ないルドーくんならまだわかりますが、聖女の為にその手の攻撃に耐性の強いはずのリリアさんや、魔人族であるゆえに魔力がかなり多いカイムくんでもですか。殺気だけでそこまでとは、歩く災害を統べるだけありますかね」
「中央魔森林から出てきた歩く災害だけでも厄介だってのに、そんな桁違いの群れのボスまで相手したんじゃ倒れても仕方ない。歩く災害を倒せたって言うのには驚いたけど。倒せたならつまり方法が確立できるわけだね」
ルドー達の話では、歩く災害を倒す際、カイムが以前戦い倒したことがあった為に、即座にルドーの攻撃によって魔力層のひび割れに気付くことが出来たという。
膨大な魔力層のひび割れ、そのやり方に何か心当たりはないかと、ネルテはボンブの方に向いた。
「歩く災害に倒された同胞は何も戦闘が出来ない奴だけじゃない、それなりに名の知れた戦える奴の居た場所も壊滅している。俺たちがライアたちを見つけた際に倒した時は、既にかなりの攻撃を与えられていたのか、魔力の層にヒビが割れていた。今回のカイムたちの話も、あの古代魔道具とかやらの攻撃で歩く災害の魔力の層にひびが入ったから攻撃が通るようになって倒せたのだろう」
「要は古代魔道具での攻撃か、それと同等威力の攻撃で、ようやくあの分厚い魔力の層にヒビが入って攻撃が通るようになるという事ですね。話を聞く限りかなり規格外規模、校長でないと厳しそうです」
ルドー達だけでの歩く災害の討伐、それだけでもかなり偉業ではあるが、それは聖剣という古代魔道具があってこそだった。
ボンブからの話で歩く災害を討伐した例がこれで二度目になったわけだが、ボンブは何故歩く災害の魔力の層にヒビが入っていたかまではわからず、ルドー達の討伐も古代魔道具の十割という本来の威力が引き出されたからこその成果。
現状ではネイバー校長以外に同じように出来る者がいない、あまり参考にならない話だった。
「はぁ、結局進展があったようでないようなものか」
「歩く災害はラナムパに千里眼魔法で監視してもらうよりほかありません。その歩く災害を運んだと思われる例の連中も、今回はあくまで憶測で姿すら確認できていないので何とも言えない。出来る対策と言えばラグンセンについて更に調べていくことぐらいですね」
「クロノの警告にはもうひとつあったな、線連、それも何か組織の名前か」
「調べる事が山積みになってきたね。でもうちの生徒が持ってきた情報だ、可能な限りは調べてみるさ」
魔力が無くても出来ることはある。
エリンジと同じようにネルテの魔力も分割譲渡される可能性もあるが、それは今考えても仕方ない事。
ラグンセンはランタルテリアに目を付けたその動きから、どうやら武器に関して強いマフィア組織と考えられるだろう。
線連の方は同じマフィア組織であるという予測しかできない、どこの国を根城にしているか定かではないが、クロノが魔人族の身を危惧して警告してくるほど、鉄線同様かなりの組織規模とみていいので、調べようはあるはずだ。
力を付けようと必死になっている生徒達と同じように、自分に今できる事をしようと、ネルテはラグンセンと線連に付いて調べ始めた。




