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第百二十六話 取り戻した魔力と中央魔森林の恐怖

 シャーティフの街の上空を跳躍していた時とは比較にならない距離を、一気に飛び上がって中央魔森林にまで届くほどかなり跳んでいた歩く災害。

 空中でルドーの放った竜型の雷魔法攻撃が両目に命中した時点で既に落下に入っていたものの、それでもかなりの上空でルドーは空中に放り出された。


 落下に慌てて悲鳴を叫びながら、なんとか咄嗟に聖剣(レギア)を振り下ろして雷閃を放ち、その衝撃を地面に当てて落下スピードを殺す。

 アシュで塔から落下した際の経験からだが、それでも塔よりもはるか上空からの落下。

 雷閃を放ち続けながら両手で雷魔法の盾を前面に移動させ、放り投げられたために斜めに落下する中、大量の木々をなぎ倒しながら、雷魔法の盾をクッションにすることでなんとか森の中に落下した。


「いってててて……なんだよさっきの威力……」


『やっと十割の一部出たか。あれなら効くようだな、いけるぜ?』


「十割の一部ぅ?」


 バラバラになった木の枝や葉を振り落としつつ、バチバチと激しく弾ける静電気の中、痛みに身体を押さえながらもなんとかルドーは起き上がった。

 見たことも無い威力の雷魔法にルドーが起き上がりつつ聖剣(レギア)に問いかければ、十割出たという意味不明な言葉で返されて頭に疑問符が浮かぶ。


「十割って何の十割だよ?」


『全体の十割だよ。さっき最大出力っつったろ、それで出たんだよあの威力が』


 今までが自制しすぎてたしなぁと、クツクツ笑い始めた聖剣(レギア)にルドーは呆気にとられた。


 自制しすぎていた。


 聖剣(レギア)の語る通りなら、ルドーは今までの雷魔法でさえも、一度も全力での攻撃を出せていなかったことになる。

 それが先程の歩く災害への攻撃の際、最大出力と叫んだために、初めてその威力を叩き出したのだと、聖剣(レギア)に笑いながら語られた。


「今までだって全力でやってきたつもりだったのに! 全く威力出せてなかったのかよ!?」


『雀の涙程度だあんなの。思うにお前のイメージする攻撃威力がどうにもショボ過ぎたんだろうな』


 叫ぶ言葉に返ってくる返事にルドーは閉口した。

 ルドーのイメージしていた雷魔法の威力が、そのまま攻撃に反映されていたという。


 魔力を持たない人間でも扱うことが出来る、規格外の力を持つ古代魔道具。

 その実態がよくわからないせいで、一般的な魔法攻撃しか知らなかったルドーの想像した攻撃は、全て一般的な魔法による攻撃程度の威力に押し留められていたという事だ。


 魔法とは想像。

 その想像していたルドーのイメージが、実態が分からない故に攻撃の威力があまりにも一般的過ぎたという事だ。


「いや分かってたんなら言えよ! これだけ出来るならトルポの時とかもっと楽だったろ!」


『だから感覚でやれって言ってるだろ』


「お前ホントそればっかだな畜生!」


 ゲラゲラ笑い始めた聖剣(レギア)にルドーが抗議しようとしたが、大きな咆哮が聞こえて聖剣(レギア)と一緒に黙り込んだ。

 声の聞こえた方向を未だ恐怖しつつ、警戒しながらゆっくりと構えながら向き、ルドーは聖剣(レギア)に話しかける。


「本来ならこのまま逃げんのが正解なんだろうけど、エリンジの魔力見ちまったら、あれあのまま放置できねぇな。どうする?」


『攻撃が通る威力出せるようになったんだ、どういう理屈であいつの魔力があれから出てきたか知らんが、倒せるなら倒したほうがいい』


 エリンジの魔力を発していた歩く災害。

 一体何がどうやってそのようになったのか全く分からないが、あのまま放置出来るわけがない。


 中央魔森林の中にしかいなかった、歩く災害が人のいる街中に出てきた。

 エリンジの魔力を有したままのこいつを放置したら、また知らない間に人のいる場所に現れる可能性がある。


 距離の離れた今なら逃げることは簡単だし、そうすることが正しいだろう。

 だがこの場で逃げた後に、ルドー達のあずかり知らぬ間に、あの歩く災害が人のいる町にまた現れて暴れたら。

 魔人族の話の通り、その町の住民を手あたり次第殺戮して、あのラグンセンの連中のように原形もとどめない程に一般人が変えられてしまったら。


 エリンジの魔力で、それだけはさせるわけにはいかない。


『それに確かにあいつの魔力だったが、全部じゃねぇな』 


「全部じゃない?」


『おおよそ一部だけだ、精々三割ってとこか。それにあの化け物の魔力も桁違いにでかい、あの動きからおおよそ跳躍する際の補助程度にしか使われてないんだろうよ』


「エリンジの魔力で、三割でも補助かよ。どんだけだって」


 聖剣(レギア)が歩く災害の持つ魔力について分析でもしたのか、あの歩く災害が持っているエリンジの魔力は、エリンジ元来の三割程度しかないらしい。

 残りの七割はどこに行ったのか、未だエリンジとネルテ先生を襲った犯人がまだ所持したままなのだろうか。


 歩く災害はそのエリンジの爆発的な魔力を、あくまで跳躍する際の補助としてしか使っていないらしい。

 攻撃に使えば恐ろしい威力になるエリンジの魔力を跳躍にのみ、随分贅沢な使い方をする。

 それだけ歩く災害が元々持っている魔力量が多すぎるのだろう。


 ルドーと聖剣(レギア)が話していれば、歩く災害が落下しただろう中央魔森林の方角から、爆発するような大きな音が聞こえた。

 遥か上空に薙ぎ払われる大量の樹木、迫りくる大きな衝撃と音から、歩く災害がこちらにどんどん迫ってきているのがわかる。

 そう思った瞬間中央魔森林の木地の隙間からルドーが視認した、こちらに向かってくる歩く災害は、両目からまるで血のように黒い液体をダラダラ流し続けていた。


 負傷している。



「やっぱさっきの攻撃通ったんだ! 最大出力だな! もう一発ぶち当ててやる!」


『来るぞ、構えろ!』


 掛け声と共にルドーは聖剣(レギア)を高らかに振り上げ、合図するように振り下ろす。

 途端にまた上空に真っ黒な雷雲が発生した。

 こちらに向かって四足歩行で走り寄ってくる歩く災害を見据えると同時に、その上空からまた超規模魔物と同規模の、巨大な雷の竜が大きく口を開いて牙を覗かせる様に落雷する。

 

 しかし歩く災害も負傷するような攻撃を受けたせいか、急に物凄く加速して見えなくなり、巨大な竜の落雷は何もない魔の森の中に、強烈な雷の光を発しながら、周囲に轟音をとどろかせて地響きをあげながら落雷して外してしまった。


「消えた!? どこ行った!?」


『いや正面だ! 避けろ!』


 バチンと弾けて警告した聖剣(レギア)に、ルドーが咄嗟に横に飛びのこうとしたが、動くのが遅すぎた。


 負傷したルドーの上半身に更に衝撃が加わる。


 再び歩く災害の右手に捕まれ、そのまま恐ろしい勢いで地面に叩き付けられて、あまりの衝撃に口からまた血を吐き、ルドーは一瞬意識が飛びそうになった。

 回復もせずに受け続けた負傷に、身体が徐々に動きにくく成る中、落ちる黒い液体が顔にボタボタ降りかかってくる。


 まただ、その手で叩きつけるだけで、ラグンセンと同じように肉塊に出来るだろうに、ルドーに対してだけなぜかそうしてこない。


 ルドーを叩いた歩く災害の右手の指に力が加わる。

 今度は両腕ごと掴まれたせいで、ルドーはまるで身動きが取れなかった。

 歩く災害はまたその手でルドーを掴み始めた。

 また先程の様にどこかに移動させようとしているのだろうか。


「ルドー!」


 大きな声で叫ばれると同時に、ぼたぼたと黒い液体が垂れる歩く災害に左目に、巨大な何かがガツンとぶち当たった。

 負傷したところからは攻撃が通るのか、何かがぶち当たった左目から更に激しく黒い液体が噴き出す。

 周囲の木々が大きく震えるほどの衝撃の走る咆哮が、歩く災害から発せられる。


 歩く災害の左目に命中していたのは、かなりの大きさの金属。

 金槌部分をかなり大きくつられたハンマーアックスの頭、鋭い刃のついた斧部分が、歩く災害の負傷した左目に深く刺さっていた。


 新たな攻撃に歩く災害が掴んでいた右手をルドーから放して身を起こし、刺さったハンマーアックスの頭を外そうと手を伸ばした瞬間、その頭部分が虹色に光る。

 歩く災害が手で掴むより先に、ハンマーアックスの頭がズボッと肉から剥がれる嫌な音をたて、そのまま虹色に光りながら回転するようにどこかに飛来していく。

 傷口から刃物が抜かれ、更に左目から黒い液体を噴き出させて、空気を震わせるように歩く災害が大きく咆哮する。


 ルドーがその下で飛んでいったハンマーアックスの頭を目で追えば、少し離れた森の木々の中で、ガキンと頭部分が太い金属の柄に装着される。


 巨大なハンマーアックスを回すように振り下ろしながら構え、エリンジが歩く災害を恐ろしい顔で睨み付けていた。


「エリンジ!」


『へぇ、思ったより早く出来たもんだな』


「よりにもよって試運転がこいつか」


「お兄ちゃん!」


「まだ調整半端だろうが! 無理して前に出張ってんじゃねぇ!」


 エリンジの背後から叫び声が聞こえ、リリアを背負ったカイムも走り寄ってきた。

 光を発しているリリカの目がまっすぐルドーの方を見ている。

 どうやら負傷したままのルドーを、リリアの怪我人探知で的確に場所を把握して、ここまでカイムがエリンジを誘導してきたらしい。


 黒い液体をまき散らして喚くように吠える歩く災害から、倒れたままのルドーはなんとか身をよじって離れようとするが、立て続けに受けた負傷のせいで、思ったように身体が動かせない。

 動けない様子のルドーに聖剣(レギア)がエリンジ達に叫ぶ。


『ダメージがでかい! 回復に一旦こいつ引き離してくれ!』


「ちっ動き止めるのはその後か、おい合わせろ!」


「了承した」


 カイムが視線をエリンジに向けて叫んだ直後、伸ばした髪がドリルのようにぐるりと鋭く捻じ曲がった。

 難十本もの髪のドリルは、その一つ一つに魔力でも込めているのか、様々な光で激しく光った後、まるで鉱石の様にガキンと硬質化して固まる。


『両目を狙え! 負傷させて攻撃が通る!』


「前ん時と同じか、おらくらいやがれ!」


 鉱石の様に硬質化した髪のドリルが、激しく回転しながら魔力の火花をあげて髪から切り離されて発射された。


 カイムが試行錯誤していた遠距離攻撃魔法だ。


 エリンジがその硬質化した髪のドリルの後を追うように、ハンマーアックスを構えたまま走り出す。

 聖剣(レギア)の助言に両目に狙い定めて発射された髪の硬質ドリルは、黒い液体を噴き出しながら狼狽えていた歩く災害の左目に更に命中して、ドスドスとその大きな瞳に突き刺さっていく。

 次々左目に突き刺さる髪の硬質ドリルに、歩く災害が更に大きく悲鳴をあげる様に吠える。


 そこにエリンジがまるで釘打つように、歩く災害の眼球に更に深く突き刺さるように、ハンマーアックスの金槌部分でその髪の硬質ドリルを叩き入れた。

 エリンジが叩き入れて目の奥に更に入った瞬間、魔法が発動するようにその目の中で髪の硬質ドリルが次々と大きく爆発する。

 目の中で発生した爆発に、歩く災害は大きく衝撃を発しながらまた咆哮して、爆発する衝撃に後退する様によろよろと後ろに下がっていく。


「お兄ちゃん!」


「くっそ、流石にあれ二回はいってぇ、リリ回復頼んだ……」


 歩く災害が後ずさりして距離が出来た隙を見逃さずに、カイムの背から降りたリリアが即座にルドーの横に駆け寄った。

 そのままリリアに回復魔法を施され、軋む身体が徐々に動けるようになると同時にすぐにルドーは起き上がり、回復を掛け続けられながらもリリアの肩を抱いて、歩く災害からエリンジと共に距離を取るように急いで離れる。


「リリ、助かった! エリンジ、あいつお前の魔力使ってやがった」


「なんだと!?」


『俺も確認した、間違いねぇ』


 ルドーが目撃した事実をエリンジに伝えれば、驚愕の声をあげてエリンジは大きく目を見開いて歩く災害を凝視する。

 度重なる左目に対する攻撃に、歩く災害は抉れるように開いた左目の傷口から溢れる黒い液体をまき散らし、周囲に衝撃の走る咆哮を上げ続けている。

 リリアとカイムも同じように目撃したとエリンジに向かって頷き、その場の全員が戦闘を続行するように身構えた。


「だから倒せるならここで倒す、あれの動き止められるか?」


「ケッ、動き止めんのは最初からするつもりだ」


「でもあんなの、倒せるの?」


「アーゲストとボンブと一緒に一度倒したことあらぁ。あいつの目、あの時と同じように魔力の層にヒビ入ってやがる。そこ集中的に狙えばいけらぁ」


「どのみち俺の魔力が使われているなら放置できん、悪用される前に倒す」


 カイムはどうやら歩く災害を一度戦闘で倒したことがあるようだ。

 指摘された魔力のヒビにルドー達が改めて歩く災害の両目を見直す。

 目の境界の為分かりにくいが、歩く災害から強烈に発せられる魔力が、目のあたりだけかなり弱くなっている気がした。


 一度倒したカイムがそういうのなら、きっと倒せる。


 左目から黒い液体を大量に巻き散らしながら、歩く災害がこちらにそのいびつな顔を向けてまた動こうとし始める。

 カイムがその動きに瞬時に大量に髪の毛を伸ばした。

 伸ばしながらも髪を魔法でどんどん強化して、周囲の木々に大量に絡みつくように巻きつけた後、そのまま蜘蛛の巣の様に張り巡らせた髪が、こちらに向かってきた歩く災害を罠にかける様に捕えて動きを封じ込めた。


 止められた動きに歩く災害が抗議するように大きく衝撃を発して咆哮する。

 エリンジがハンマーアックスを大きく振り下ろし、また先程と同じように頭部分が回転するようにその柄から発射された。

 カイムが強化した髪で歩く災害の動きを押さえつつ、余った髪で硬質ドリルを大量に形成して、エリンジとは別の方の目を狙うかのように発射される。

 エリンジの放ったハンマーアックスの頭と、カイムが放った髪の硬質ドリルがほぼ同時に、それぞれの目に命中して、歩く災害が更なる負傷に黒い液体をまき散らす。


「おっし! 動けないしあれなら、二人共避雷針にさせてもらうぞ!」


『でかいの当てるぜ! そのまま下がってろ!』


 リリアの回復魔法によってようやくまともに動けるようになったルドーが、その背にリリアを庇いながら右手をあげる。

 空中に浮遊した聖剣(レギア)を、合図するように振り下ろせば、薄暗い魔の森の中ゴロゴロと上空に雷雲が集まる音が響き、ほどなくして巨大な竜の姿をした雷が二つ、上空から落雷する。


雷竜落(らいりゅうらく)!』


「もはやお決まりかよ!」


 またしてもレギアが必殺技名を叫び、ルドーもなんとなくそんな気がして叫ぶ中、巨大な竜の姿をした落雷は、薄暗い魔の森を一瞬にして見えなくなるほど強烈に照らし出す。

 大きな腹の底から響くような衝撃に、その場の全員が耳を貫かれる。


 巨大な竜の姿をした落雷が二つ、それぞれエリンジのハンマーアックスの頭と、カイムの硬質化した髪のドリルに引き寄せられるように直撃していた。

 辺り一帯が落雷の光る白で埋め尽くされ、負傷した両目への雷竜落で体内にダメージを加えられたのか、ビリビリと雷に焼かれる歩く災害の身体のあちこちから黒い液体が噴き出し始める。


「これでもういけただろ!」


『油断すんな!』


「アホ! まだ動けらぁよ! おいトドメだ合わせろ!」


 やったかとルドーが声をあげたが、聖剣(レギア)から非難の声があがる。

 規格外の攻撃、雷竜落の衝撃にもまだ動けそうな手応えを感じたのか、カイムが更に歩く災害を抑え続けようと、髪を大量に強化して歩く災害に再び巻きつけながら叫ぶ。


 そのままカイムはまた髪をドリルのように渦巻かせ、硬質化した髪のドリルを大量に形成する。

 エリンジが左目に刺さったままのハンマーアックスの頭に向かって手を向ければ、またハンマーアックスの頭が虹色に光り輝いて、ぐるりと回転してズボンと抜けて、走り始めたエリンジの持つ金属性の柄にまたバシンと嵌まった。


 そのままカイムの硬質化した髪のドリルが発射され、歩く災害の右目にドスドスと命中すると同時に、エリンジが今度は斧の部分に持ち超えて大きくハンマーアックスを振り上げ、その左目を割れ砕かん勢いで強烈に振り下ろした。


 眼球がもう分からなくなるほど深く深く、その左目がハンマーアックスによって貫かれ、同時に右目は、刺さった髪の硬質化したドリルが魔力で爆発して吹き飛ばした。

 全身から煙をあげながら、抉れて原形をとどめなくなった両目に、そのいびつに不揃いな歯が生えた口で、大きく周囲が震える程の咆哮をあげた後、ようやくゆっくりと身体が傾いて、その場に大きな振動をズシンとあたえて歩く災害は動かなくなった。

 黒い液体が歩く災害の全身から、迸るように流れていく。


「今度こそ行けたか?」


『あぁ、生きてる反応なくなった』


「よかったぁー……」


「あーくそが、もうあれ相手したくねぇ」


「試運転としては悪くない」


 歩く災害をようやく倒せたことに、全員で項垂れながも安心するように大きく息を吐き出す中、エリンジが投げたハンマーアックスの頭を回収しようとゆっくりとそれに向かって歩み寄る。

 歩く災害の左目に刺さったそれにエリンジが手を向けて意識を集中した瞬間――――



 ――――歩く災害からエリンジの魔力がブワリと抜け出し、手をあげたままのエリンジに向かって大量に流れ込んだ。



 誰も見たことのないその光景に目を奪われる中、歩く災害から抜け出たエリンジの魔力の行方を凝視する。


 しばらくして歩く災害からエリンジの魔力は全て抜け出たのか、その虹色に光り輝く魔力の移動は吸収されきったように途絶えた。

 信じられないものを見る様にエリンジは、あげていた掌を自分の方に向けてしばらく凝視した後、念じる様に手に力を込めた瞬間、魔力伝達の補充時よりも大きな虹魔法の爆発がその掌の中で弾け飛んだ。


『よくわからんが戻ったようだな』


「マジか!? エリンジ、魔力戻ったのか!?」


「半分にも満たんが、戻ったのは確かだ」


「あぁクソが、ほんっと訳わかんねぇ」


「でも取り戻せたなら一歩前進だよ!」


「ああアああアアあああアあああアああああアアアああアあ!!!」


 エリンジの魔力が戻ったことに、全員が駆け寄って喜び始めた中、突然大きな獣のような恐ろしい叫び声が、激しい衝撃と共に魔の森の木々に響く。

 その場の全員が戦慄して叫び声の方に視線を向けた。


 トルポでの鉄線との戦闘時、歩く災害と一緒にいた、あの小さな少年のようなものが、こちらに向かって獣のような大声で叫び続けている。

 大きくボコボコと角張った背中をゆらりゆらりと揺らし、焦点の定まらない目をギョロギョロと動かして、ズルズルと大きな本を引き摺りながら、こちらに向かってよたよたと歩いてきている。


「あぁ……あァ……テ、る……、ブ……ぶロ……コ、ろシ……」


 明らかに常軌を逸した空気、ゆらりゆらりと動くその姿からは、真っ黒でどす黒い魔力が渦巻き始めていた。

 その得体の知れない何かに呼ばれる前世の名前、ルドーは恐怖と嫌悪感に大きく目を見開いて動揺した。


 歩く災害とは比較にもならないおぞましい魔力量。


 先程倒した歩く災害よりも、この迫ってきている少年のようななにかの方が圧倒的に強いことを、この場の全員が戦慄しながら理解した。

 ガキンという音ともにルドーが視線を向ければ、エリンジが慌ててハンマーアックスの頭を金属の柄に戻して身構えた所だった。

 カイムも警戒するように髪の刃を大量に形成し、ルドーもリリアをその背に庇いながらレギアを構えるが、全員に流れ続ける大量の冷汗。


 その威圧されるような圧倒的なおぞましい魔力量に、こいつは倒せないんじゃないかと誰もが考え始めていた。



「テ、る……キ……テ……る……」


「……なんなんだよお前! なんでその名前知ってんだよ!?」


 その少年のような化け物から発せられ続ける前世の名前に、ルドーはとうとう恐怖に耐えきれなくなるように叫んだ。


 ルドーの恐怖の叫びに、少年のような化け物はビタリと動きを止める。


「……あ、アぁ? あ、アアあぁ? ……ああアああアアあああアあああアああああアアアああアあ!!!」


 止まった少年のような化け物は、小さく声をあげたと思ったら、耳に不快な音を立てる様に大きく絶叫し始める。


「うソつき」


「うそつキ」


「ウそつきうソつきうそつきうそツキうそつきうそつきうそツキウそつきうそツキウそつきうそつきうそつきうそつきうソツキうそつきうそツキウソツきうそつきうそツきうそつきうそつキうそつきうそツキウソつきうソツきうそつきああアああアアあああアあああアああああアアアああアあ!!!」


『まずいまずいまずいなんか知らんが逆鱗触れたっぽいぞ逃げろ!』



 バチンと大きくレギアが弾けると同時に、辺り一帯がおぞましい真っ黒な魔力に包まれた。


 少年のような化け物の絶叫と共に、大量の魔力と共におぞましい殺気が解き放たれ、その場の全員が闇に飲み込まれるようにその魔力に飲み込まれる。


 なんの抵抗も出来ずルドー達はその場に倒れ、恐怖に頭がおかしくなりそうになった。


 バチンと聖剣(レギア)から全員に雷が走り、恐怖に発狂しそうなところからギリギリ正気を取り戻すも、全員が倒れた身体が恐怖にすくんだまま動けなかった。

 声を発することもできない、ゆらゆらと近付いて来る強烈なおぞましい魔力と殺気に、全員がただただ恐怖に支配されていた。


「全く! 撤退方法をきちんと考えてから動かないか!」


 バチンと大きな音がして、ルドーが恐怖に身体を支配される中目だけ動かせば、金属片をだらりと右手から垂らしたギラン先生が立っていた。

 そのまま近寄ってくる少年のような化け物に一瞬瞳型魔道具の目を向けた後、ギラン先生は即座に転移魔法を発動させる。


 ルドー達全員が当てられた殺気に恐怖したまま、ギラン先生の転移魔法で、得体の知れない化け物から逃げおおせて何とか中央魔森林からエレイーネーに脱出した。


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