第百二十四話 ラグンセンの痕跡
ケマンの話した魔道具の材料を販売している鉄鋼販売所は、仕入れ物を搬入する影響か、街のほとりの外街道に近い場所に位置していた。
転移門のあった建物とケマンの製造所とまた中間位の位置に、ルドーは歩くたびに囲まれる職人たちから時折逃げながらその販売所に向かった。
街道に近いので街の鉄鋼販売所がその辺りに密集しているのか、似たような店が立ち並ぶ中、ケマンから教えられた目印の看板標識が見えたためにその販売店へとルドーは足を運ぶ。
「すみませーん、納品の品が届いてないから確認に来たんですけどー……」
目印のその看板を再度確認し、店頭から中に向かってルドーが声を掛ければ、店員らしいエプロン姿の若い男性が作業を止めてこちらを向いた。
「えーと、見ない顔ですね、どちら様で?」
「あーっと、ケマンさんが手を放せないので代わりっす。これ一応伝言です」
ルドーだけで訪れても不審に思われる可能性もあって、ケマンは鋼鉄販売所宛の伝言を書いた紙をルドーに持たせていた。
手渡したその伝言を開いて店員が確認すれば、その筆跡署名に納得したようにルドーを見て頷いた後、奥の方に向いて大きな声を上げ始める。
「親方ぁー! ケマンさん宛の納品ってもう行ってますよねー?」
「大分前に行ったぞー、あの新人また時間かけてやがるな、戻ったら鉄製造追加でやらせとけー!」
奥の工房で作業でもしているのか、親方と呼ばれた相手は出てこなかったが、その叫び返される男の声の返事にどうやらケマン宛の納品は大分前に向かっているらしい。
そのやりとりからどうやらルドーは納品担当者とすれ違ってしまったようだ。
「申し訳ないね。配達は新人の仕事なんだけど、まだ入ったばかりのせいか納品の数え間違いやら配達に時間が掛かったりやらでミスが多くて。ちょっとクレームが増えてたところだから、きつく言って注意するようにこちらも気を配らせてもらうってケマンさんに伝えてもらえるかな」
困ったような表情で店員に謝罪され、代わりを頼まれただけのルドーも頭を下げる。
どうやら話によると、つい二週間ほど前に新しく採用した新人に納品配達を任せているそうだ。
だが数え間違いで数が足りなかったり、配達に迷子にでもなっているのかやたら時間がかかって、結果ルドーのように直接店まで注文した発注者が様子を見に来たりと、鉄鋼販売所の方も少し困っている様子だった。
まだ慣れていない新人ならば仕方のない事だし、現物がないならどうしようもないので、店員にぎこちなく礼を言って頭を下げた後、来た道を引き返すようにルドーはまた歩き始めた。
「うーん、あそこに行くまでにそれっぽい荷物持ってたやつ見かけたか聖剣?」
『それっぽい大荷物抱えたやつは見た覚えねぇな、荷車でも使ってりゃ一目瞭然だろうが、そもそも道が俺達が通った場所だけとも限らねぇだろ』
「あー、確かに。配達用の荷車専用の道とか、地元民しか知らない道とかあるからなぁ。ちょっと一応探してみるか」
鉄鋼販売所までの道のりでそれらしいものを見かけた覚えのなかったルドーは、店員たちの心配通り迷子にでもなっていないかと、一応今度は別の道を使って見渡しながら来た方向に戻り始める。
しばらく歩けば、魔道具の材料やら依頼された商品のような魔道具やら、中が見えない様に布の被せられた荷車や、配達を終えた空の荷車を押している人が通っている、街の裏道のような場所に辿り着く。
ガラガラと重そうに荷物を荷車で運んでいるガタイのいい男達の中から、先程の店員と同じような服装の相手がいないかと、ルドーは額に手を当てて遠くを見るように周囲を見渡し始めた。
「うーん、この辺りにあの店員さんと同じ服装の奴は見当たらねぇなぁ」
『そもそも同じ服装で配達してんのか?』
「してる可能性のが高いと思うけど、確かに配達だけなら別の服着てやってる可能性もあるか。えぇ、それだと探せねぇじゃん……」
聖剣の指摘にそもそも店員の特徴が分からないことを思い出したルドーは、戻って特徴を聞くのもなんだか鉄鋼販売所に気を使わせるような気がして、そのまますれ違ってケマンの魔道具製造施設に材料が納品されている可能性もあり、一旦戻って報告しようとそのまま裏道を歩きだした。
表通りの魔道具製造施設が立ち並んだ場所と違って職人の数が少ないからか、それとも荷車の方に集中して気付かれていないのか、今度は古代魔道具を見ようと引き留められることも無いのでスムーズに歩くことが出来る。
「にしても迷子になるとか地元民じゃないのかねぇ」
『魔道具製造の職人に弟子入りしに来たとかならまだ分かるが、どこにでもある鉄鋼販売所に街の外から新人ってなるとあんま聞かねぇが、まぁ世界は広いしな』
「職人になろうとして結果諦めたパターンかねぇ……」
「ふぃー、大量大量。さっさと支払しないと、ラグンセン様様だねぇ」
両手を組んで頭を抱え、聖剣と雑談しながらルドーが道を戻っていたら、すぐ横をすれ違った人物からある単語が突然耳に入ってきてその足が止まった。
驚愕に固まる身体をぎこちなく、ゆっくりと声がした方向に首を向ければ、翠色の長髪をひらひらとさせた男が、機嫌良さそうにスキップしながら路地裏の方に入っていくところだった。
「……聖剣、今の」
『あぁ、聞き間違いじゃねぇ。今の奴だ』
「俺じゃ通信魔法でみんなに連絡できねぇな、どうする?」
『とっ捕まえて聞き出しゃいいんじゃねぇか?』
警戒するように男が入っていった路地裏の方を見ているルドーとは対照的に、かなり軽い感じで後を追おうと提案してきた聖剣。
しかし今はルドー一人しかいない、安易に追いかけていいものかどうかルドーは躊躇する。
要警戒とクロノから伝言のあった一つ、ラグンセン。
女神深教との繋がりがあるかどうか分からないが、少なくとも女神深教について話したがらなかったクロノが伝えてきた情報のためにその可能性は低いはず。
しかし何に対して要警戒と伝えようとしたのかもはっきりしない中、何が待ち受けているかもわからないのに追いかけていいものか。
『ほら、さっさとしねぇと見失っちまうぜ?』
「あぁもう! とっ捕まえねぇぞ! こっそり追いかけて潜伏先見つけてからみんなと合流だ!」
聖剣がパチリと雷を弾けさせた方を向けば、路地裏に入っていった男がその先の角を曲がっていったところだった。
このまま見失ってしまえば、せっかく偶然見つけることが出来たラグンセンの情報がまた分からなくなってしまう。
あの男がどこか建物に入るなら、そこを見つけ出してからケマンの魔道具製造施設に戻り、エリンジとカイムに合流してから改めて建物まで戻ってこようとルドーは考える。
後ろ姿しか見かけていない男の詳細も分からないまま、しかし見かけてしまったからにはとルドーは追いかけ始めた。
路地裏に入って、追われている事も認識できていないのか、ルンルンとスキップし続ける翠色の髪の男は、その長い髪をひらひらとさせながら陽気に先に進んでいる。
ルドーの事は先を行く男にはバレていない様子なので、そっとその背後から曲がり角に身を潜ませつつ、息を殺して妙に入り組んでいる路地裏の通路を尾行し続けた。
「なんか妙じゃねぇか? 表通りからはこんな入り組んでる様な街並みに見えなかったぞ」
『建物もなんだか表と違って古臭いな、旧市街ってところか?』
視線の先でまた角を曲がった男をそっと追いかけながら、ルドーはヒソヒソと聖剣と話す。
活気溢れていた表の街並みと違って、路地裏のせいかもしれないが、それにしてもこの辺りは妙に静まり返っている気がした。
ルドーがしばらく追い続けると、男はようやくある建物の前で立ち止まった。
周囲と見渡しても何の変哲もない白い一般的な住居、勝手口だろうか、傍に生活用のゴミ箱が置かれている。
翠色の髪の男は木製の小さな開く窓が付いた扉がある場所の前に立つと、そのままコンコンとドアをノックする。
そのままルドーが遠目の通路の角から観察すれば、男は扉の窓部分に顔を近づけ、手を口の横に当てて何やら話している様子だったが、あまり長くは話さなかったのか、間もなくして扉が開いて中に入っていった。
バタンとドアの閉まる音が静まり返った路地裏に響く。
「あそこが怪しい場所って訳か、一見普通の家に見えるけど」
『いや確実に怪しい、妨害魔法張ってやがるぞ』
パチリと弾けた聖剣の言葉にルドーは確信に至る、何か良からぬ動きをしている何かがいると。
こんな一般的な家庭が暮らすような家に、妨害魔法なんて張らない。
「よし、そんじゃとにかくなんか怪しい場所ってことで、エリンジ達のところに戻るとして……」
「おい、そこの奴なにしてやがる」
男が入っていった建物を確認してルドーが引き返そうと振り返った瞬間、その通路を塞ぐようにぞろぞろと男達がこちらに歩いてきていた。
聖剣がいれば大抵の脅威は事前に察知してくれていたが、明らかに距離を取られている。
魔法を使わず退路を確実に潰すために距離を取られたせいで聖剣にも感知出来なかったようだ。
『悪い、あの距離じゃ流石に気付けん』
「いや、後ろも確認してなかった俺が悪い」
先を進む男を追うのに必死で、ルドーは背後にまで気を配っていなかった。
己の不注意を呪いながらも、ルドーはこれからどうするべきか必死に頭を巡らせる。
「攻撃型魔道具持ってやがるな、この街じゃ珍しくもねぇが、ちょっと取り上げさせてもらう」
「えっ、いや、これ取られるのは困るんだけど……」
「地元民はこの辺りには近寄らねぇんだよ。それにその制服エレイーネーだろ、何してるか知らねぇが、変な依頼で動いてるならそのふざけた大元叩かねぇとな。恨むなら自分の不幸と依頼主恨みな」
ルドーが正面から通路を塞ぎながら近寄ってくる男を見ながら、しかし背後からも足音が聞こえ始めて首だけそちらを向けば、同じような男達がぞろぞろとこちらに歩いて来るのが見えた。
狭い通路に挟み撃ちにされたらしい、逃げる道は完全に塞がれた。
「いや、依頼じゃねぇんだけど。マジでこれ取るのだけはやめてくれよ」
「それを判断するのはこっちだ、痛い目見たくなきゃ大人しくその武器さっさと寄越せ、おら大人しくし……」
男達に囲まれて、聖剣を奪おうと男達がその柄に手を掛けた瞬間、猛烈な雷の柱が発生した。
辺り一帯を支配する耳を貫く轟音と目もくらむような雷光。
流石に目を開けていられなくなったルドーがしばらく続くその轟音と光に耳を塞ぎながら両目を瞑って、パチパチと小さく弾けて収まる頃に目を開ければ、雷で激しく焼け焦げて黒くなった周囲に、周辺に集まっていた男達は軒並み黒焦げになって倒れていた。
想定通りに事が運んで、思わずルドーはニヤリと笑う。
「だーから言ったろ、やめろってよ」
『ヘッ、分かっててやってただろ』
「それよりいつもより威力でかくねぇか?」
『さっきの今だ、同じ威力じゃまた職人が触ったと思って気にも止めねぇと思ってよ。それにここからじゃまだ距離あるしな』
「なーるほど。これでエリンジ達が何事かと思ってこっちに向かってくれるってか」
『お前一応先公もいたのに勘定に入れてねぇな』
「きっ君! ここでなにしてるんだい!?」
先程の雷魔法にエリンジ達が気付いてここに向かってくれるにしても、これからどうしようかとルドーが聖剣と話しつつ焼け焦げのついた木製の扉を凝視する中、また背後から大きな声が聞こえて警戒した状態で振り返る。
どうにもどこかで聞いたような声の気がしたが、振り返って目に飛び込んできたその人物像にルドーはあっと声を上げた。
「あーえーっと、バー、バー、あっそうだバベナさん!」
「出てくるまでに大分かかったな、いやかなり久しいから仕方ないと言えばそうだけども……」
かつてボンブと初めて邂逅したとき、魔道具製造施設の地下でイスレ神父と一緒にいた現地の魔導士、バベナがそこにいた。
相変わらずのそれっぽいとんがり帽子にローブを纏ったまま、怪訝そうな表情を浮かべてルドーに歩み寄ってきていた。
「ていうかバベナさんこそなにしてんすかこんなとこで」
「何って普通に国からの依頼だが、一応国専属の魔導士だからな」
「あれ? でも前会った魔道具製造施設って……いやあれどこだっけ?」
「君、前に会ったのもランタルテリアだという事に気付いてないのか?」
「えっ? あれ? あの魔道具製造施設ってランタルテリアだったっけ!?」
入学最初の週末休暇に行われた課外補習。
ルドーは当時リリアと一緒にエリンジとクロノの険悪な雰囲気にのまれて二人をどうにかすることで精一杯な上にその後のボンブの襲撃で、あの補習がどの国であった事がきれいさっぱり頭から抜け落ちていた。
どうやらランタルテリアにルドーが来たのはこれが初めてではなかったらしい。
呆れた様子のバベナさんの視線に笑ってごまかしながら、話題を逸らすように先程話された事を再度聞き返す。
「国の依頼ってなんすか?」
「どうにも最近このシャーティフで妙な動きがあるから調べて欲しいとな、詳しくは国の情報になるので話せないが。というか君こそ何をしているんだ」
「あーえーっと、なんか怪しい男がいたから後を追ってたら囲まれたんで反撃したというかなんというか……ラグンセンがどうのって……」
「……なんで君がラグンセンを知っているんだ?」
「え?」
再び問いかけられてしどろもどろに話すルドーに怪訝な表情を浮かべたままのバベナは、ラグンセンの単語が出てきた瞬間険しい顔に変わった。
明らかに何か知っているその反応に、ルドーは思わず聞き返す。
「いや、気を付けろって言われてて、ラグンセンが何かまでは知らねぇんですけど……知ってるんですか?」
「……はぁ、迂闊だったのはこちらというわけか。ランタルテリアで最近名前を聞くようになったマフィア組織だ」
「マフィア組織?」
困ったようにパチンと手を目に当てたバベナの答えに、ようやくルドーは合点がいった。
クロノが要警戒と伝言した単語、それは新しく出来たマフィア組織の名前だった。
この調子ならもう一つの単語、線連も別のマフィア組織の名前の可能性がある。
かつての鉄線の時と同じように、魔人族が魔力源として人攫いに遭う可能性を考慮して、気を付けろと警告を発したのだろう。
伝言が置かれていたのが魔人族の移動拠点だったのも十分繋がる。
そしてルドーは今、そのラグンセンについて口にした男が入っていった建物のすぐ傍にいる。
妙な動きがあるので調べてほしいという国からの依頼を受けたバベナもここに居るというのなら、彼が調べていたのはおおよそその新たなマフィア組織、ラグンセンについてだ。
「あの、さっきラグンセンについて口にしてた男が、そこの扉に入っていったんすけど……」
「廃棄された旧市街に最近人が出入りしていると聞いて見に来てみれば、当りという訳か。しかしこれだけ入り口で派手に暴れたなら裏から逃げられたかもな」
「あっ……」
エリンジ達に異常性が伝わるようにと聖剣が威力をあげて放った雷魔法。
確かに出入り口でこの威力の攻撃を放たれたら、普通の人間ならまだしも裏社会の人間ならばまず別口から逃げようとするだろう。
バベナの当然の指摘にルドーが慌てる中、突然聖剣が大きくバチンと弾けた。
『!? おいおいおい!? なんでだ!? さっきまで反応なかったぞ、あれはダメだ逃げろ!』
聖剣が大声で叫んだ瞬間、地面が壮絶な勢いで揺れた。
ルドーもバベナも激しい衝撃に立っていられず、咄嗟に片膝をついて地面に手を付ける中、地中からどんどんと大きな爆発でもしているかのような衝撃が迫ってくる。
近付いて来る衝撃に更に激しく地面が揺られてルドーもバベナも動けなくなる中、剣の男の時ともまた違う焦りように、一体何事かとルドーが聖剣に口を開こうとした瞬間、足元の地面が爆発した。
爆発した地面の穴から、真っ黒な巨大な掌が、ルドーに向かって伸ばされている。
バチンと弾ける聖剣、そのままルドーは聖剣に引っ張られて物凄い勢いで背後にぶっ飛ばされ、狭い路地裏にガツンと背中から壁にぶつかるものの、その巨大な掌からなんとか脱することが出来た。
「いってぇ……いきなりなん……え?」
聖剣に雷魔法の磁力によって突然移動させられたと気付いて、痛む背中を抑えつつルドーが立ち上がったら、その目に飛び込んできたのは文字通りの化け物。
穴からムクリと這い出してくる、全身真っ黒な巨大な姿。
小さく見積もっても人の三倍ほどの大きさ、筋骨隆々だが動物的な動きで、その頭の横にある、魚のような大きな不気味な瞳をギョロギョロと動かし、いびつに生えたボロボロの歯を見せながら、まるで叫ぶように辺り一帯を振動させながら大きく咆哮する。
「嘘だろ……なんでここに居んだよ!? 中央魔森林から出て来ないんじゃなかったのか!?」
咆哮に向けられる恐ろしい魔力の量に、威圧されるようにルドーは身体が震えた。
身体が恐怖ですくみ上ってその場に縫い付けられたかのように動けなくなる。
歩く災害。
中央魔森林の中にいたはずの脅威が、シャーティフの街のど真ん中に突如として出現していた。




