第百ニ十二話 かくれんぼと秘密の友達
カイムは思ったよりも早く依頼主に連絡を取った。
どうやら週末のルドーとリリアがエリンジと共に魔道具製造施設に向かうのに合わせて依頼にあった希少鉱物を持って行こうとしているようで、週半ばにネルテ先生に許可を取ってアーゲストと共に中央魔森林に向かっている。
今度はきちんと事前に事情を三つ子に伝えてから。
希少鉱石を手に入れてリリアの魔力伝達の様子を職人に見てもらえれば、即座にエリンジの攻撃型魔道具の製作に取り組めるだろうと踏んでのことだろう。
エレイーネーに来た最初期では考えられなかったようなカイムの協力ぶり、魔道具製造施設に対する思いもあるだろう、ルドーは感心しっぱなしだ。
一方クロノの伝言はカイムも肯定的だったため、ルドー達が魔法科の面々に、ラグンセンと線連について何か知っている事があれば教えてほしいと伝えた。
皆それについて知っている者はおらず、情報に詳しいトラストですら初耳のものらしく、それでも何かあれば報告すると、各々が伝手を使って調べてくれる様子だ。
あれだけクロノが話そうとしなかった女神深教の時と違って自分から情報を渡してきたのだ、警戒は怠らないが、きっと危険性はそこまでないだろうと祈っている。
「ラグンセンに線連ねぇ、せめて何か調べるとっかかりくらい残してくれりゃいいのに」
『まず何から手を付けりゃいいか分からねぇからな。調べようもねぇ』
「お兄ちゃん、それよりライアちゃんたち見つけないと」
「はぁ、カイムがいないからなぁ、更に骨が折れるぞこれ」
「透明化魔法が特に厄介だが、良い訓練にはなる」
『魔力の残滓の追い方探すにはまぁうってつけだわな』
カイムの不在中、魔法科の面々はライアたちの面倒を頼むと、とうとうカイム本人から頼まれた。
ようやく信頼を勝ち取れたのだと、その期待に応えようとした魔法科の面々は、最近かくれんぼがマイブームとなった三つ子に校内に徹底的に隠れられ、良いようにおちょくられている。
座学が終わった昼食時、保護科の授業も終わったと昼食に誘おうと面々がぞろぞろと保護科の方面に向かえば、ものの見事に隠れられてしまい、現在魔法科の面々総出で目下捜索中なのである。
クスクスきゃいきゃい声は聞こえるのにその姿は全然視認できない。
魔法科の校舎だけでも厄介なのに、普段勉強している保護科の校舎や共通部の中央ホールや食堂など、三つ子の行動範囲はそれなり広い。
早く見つけないとこのままでは魔法科の面々全員昼食にあり付けない為必死に探し続けている。
「トラストさん! 探知魔法はどうなんですの!」
「探知出来たと思ったら物凄い速さで移動してまた隠れてるんです! すみません追い切れません!」
「あなたも体力付けるべきですわよ全く!」
「メロン、残滓の方は」
「あぁーんごめん! 移動が早すぎて追えるには追えるけど私も追いつけない!」
「アリア! 結界魔法で捕まえられんのか!?」
「結界作ってる間に逃げられるわ! せめて動かない様に追い込んでよ!」
「いやあのすばしっこさにそれは無理だよ!」
「ハイハイハイ今見つけ、あっ、ハイハイハイまた逃げていきました!」
「ライアさん! ライアさん! 透明化魔法はやめてくださいまし!」
「弱ったなぁ、レイルくんとロイズくんはちらちら見えるのにライアちゃんだけ全然見えないよ」
「おもちゃ攻撃もこれで三連敗ですや。このままではこちらが大赤字ですや」
『(魔法薬も当たらない。当たりさえすれば捕まえられるのに)』
アスレチックとはまた違った、隠れられつつも逃げられる校内かくれんぼ。
見つけたと思ったら向こうもそれに気付いてものすごい勢いで逃げていき、また新しい場所に隠れられる。
「聖剣、魔法を使わずに魔力の残滓を追うにはどれだけ鍛えればいい」
『いやあのバケモンの基準値はわからん』
エリンジは自身の為にカイムが依頼を受け、更に三つ子をとうとう任されたこともあってか、かなり気合の入った無表情で探す気満々だ。
クロノのように魔法を使わず魔力の残滓を見る方法を何とか取得しようと聖剣に声を掛けるが、クロノがどれだけ鍛えてそれを習得したのか、聖剣ですら測り切れないようだ。
魔法科の面々が今度は手分けをして探そうとそれぞれが各校舎を散り散りになる中、ルドーは見えもしなくなった三つ子を探してクスクス聞こえる声だけを頼りに首を振りつつ項垂れる。
「つーか残滓も見えねぇし探知も出来ねぇのにあの素早さどうやって探せばいいんだよ……」
『お前は一回出来ただろルドー、あれを感覚でやればいいだよ』
「えぇ? 出来たっていつの話だよ聖剣」
『大分前だから忘れてんのか? 遺跡で落っこちて見えなくなった時に魔力を探っただろ』
聖剣の話にルドーは記憶を引っ張り出すように思い起こせば、そういえば遺跡探索の際、襲い掛かってきていたボンブを何とかしようと、真っ暗闇の中魔力を探っていたことを思い出した。
そんなこともあったなぁと、ルドーはもはや懐かしさすら覚えつつも、今更な疑問を抱いた。
「あー、そういやあれなんで出来たんだっけな。デメリットも効かなかったし、どうなってんだ?」
『敵を認識するのは攻撃行動に入るって事だろ、だからあの時敵と味方を区別しようと見えたんだ』
攻撃するべき敵を探す。
仲間を見つけたり対象を見つけるのとはまた違う認識という事だろう。
おおよそリリアが使っているような、怪我人探知の別分類のようなものだ。
要は攻撃対象だと敵意を持って探せばデメリットには反映されないので、ルドーにもそれは可能だという事。
しかしそれは今の状況には当てはめることはできない。
「いやそれだとライアたち見つけるのに役に立たねぇじゃん……流石に敵意持てねぇよ」
『あぁそりゃそうか。難儀なもんだな』
「私もそういう意味では今は役に立てないや」
「やはり残滓を追う方法を鍛えるしかない」
『だからあのバケモンの基準値は鍛え方も鍛え加減もわからん』
エリンジがクロノの真似事でもしようとしているのか、周囲をじっと目を凝らして見渡し始める中、それがどれだけかかるかわからないぞと聖剣が忠告する。
クロノがどれだけ鍛えてどれほどでそれを習得したのか分からないのだ、参考になるかすら怪しいが、前例がある以上やるべきだとエリンジは考えている様子だ。
「まぁなんにせよライアたち見つけねぇとな。昼食食べさせられなかったってなると流石にカイムに申し訳立たねぇし」
「うーん、ライアちゃーん! レイルくーん! ロイズくーん! ご飯一緒に食べようよー!」
悩んだ結果クスクス声のしている方にリリアが口に手を当てて呼んでみるが、しんとして反応はない。
出てくる気はない様子だ。
「うーんエリンジ、少しは見えるか?」
「流石に魔法を使わねばまだ見えんか。少し探知する、待て」
周囲を必死に見渡して眉間に皺の寄ったエリンジにルドーが声を掛けるも、流石に初手からは出来ないようだ。
三つ子が見つからないままなのも良くないので諦めてエリンジが探知魔法を使い始めるのをルドーはリリアと一緒に眺めている。
「ロイズは食堂にいる、トラストとビタが探知で捕獲しようとしているのだろう、近付いている。レイルもいる、保護科の校舎の方だ。こちらはアルスとキシアが近い」
「となるとこっちに近いのはライアか? 透明化魔法使って一番見えない奴じゃん、おーい出てきてくれよー」
探知魔法を使って様子を確認するエリンジの話を聞いて、一番厄介なのが残ったぞとルドーは降参気味に口に手を当てて大声を出すが、しんと静まり返る魔法科校舎の廊下、やはり出てくる気配がない。
先程まで聞こえていたクスクスの笑い声も聞こえなくなった。どこかに移動したのだろうか。
「うーん、反応がないしなんだか静かになったような?」
『確かに近場からおチビちゃんの魔力は反応ねぇな』
「……」
ルドーが項垂れつつライアの居場所を聞こうと、探知を使うエリンジの方を向いたが、無表情がみるみる曇り始める。
何か問題でも発生したのかと怪訝な視線を向ければ、深刻な顔でエリンジはこちらを向いた。
「ライアが探知に引っかからない」
「え?」
「魔法科の校舎にも、保護科の校舎にも、共有部にも反応がない」
「え? えっ!? いやそこ以外にライアが行ける場所ないだろ!?」
「探知が効かないって、消えちゃったって事!?」
『何がどうなってんだ?』
エリンジが重苦しい無表情で告げた言葉に、ルドーはリリアと一緒に混乱した。
エレイーネーの校舎は他の科とは転移門で繋がっており、許可なく通ることはできない。
なのでライアが行ける範囲は普段生活している保護科の校舎と共有部に、クランベリー先生が許可を出した魔法科の校舎だけだ。
「まさか中央ホールの正門から外に出たのか!?」
「もしそうなら保護科のクランベリー先生が即座に気付く。保護科の生徒はその特殊性からエレイーネー内から外に出れば担任に伝わるようになっていると、前にカイムに説明していたのを聞いた」
まさかカイムを追いかけて外に出たのかとルドーは懸念したが、エリンジは違うだろうと首を振る。
クランベリー先生がカイムに説明していた場面に出くわしていたらしいエリンジによると、保護科生徒はその特殊性から狙われる機会も多く、エレイーネー外に不用意に出ることがない様に、外に出ようとすればその生徒の周囲と保護科担任に警報魔法が作動して即座に分かるらしい。
それらしい警報魔法は発動しなかったので、エレイーネーの中にライアがいることだけは確かだった。
ならなぜ探知魔法で見つけることが出来ない。
「転移門は先生がいないと起動しないし、エレイーネー内はそもそも転移魔法効かねぇし……警報魔法が鳴らなかったならエレイーネー内にはいるはずだろ、えぇ? なにがどうなってんだ?」
「他の科の生徒がその校舎に連れて行ったとか?」
「流石にそれはないだろう、ライアも知らん相手にはそうやすやすと付いていくと思わん」
リリアが可能性を考えたが、エリンジは首を振って否定する。
最初期のライアはルドーの足にへばりついて誰に声を掛けられても絶対に離れなかった。
慣れている魔法科の面々ならともかく、知らない他の科の生徒に声を掛けられても付いていくとは考えにくい。
さらに言えばライアは魔力も高いので、魔力の高い魔法科の面子でない魔法による何らかの危害を与えることが、他の科の生徒に出来る可能性も考えにくかった。
「校長室はどうだ!? 情報統制されるくらいだ、そこなら探知が効かなくなるんじゃないか!?」
「可能性はある」
「ライアちゃん! お願いだから出てきて!」
『またあの古代魔道具のとこ行くのか』
慌てるルドーが最近起こった出来事から、情報統制された状態の校長室を思い出して叫び、リリアとエリンジと三人で、ライアを大声で呼びながら校長室に向かう。
慌てた様子でライアを呼びながら走る三人を、他の科の生徒が怪訝な表情で見る中、中央ホールから校長室の扉をバタンと開けば、相変わらず空中に浮遊する銀の羽ペン、フェザー・シルバーが浮かぶ書類を次々書き連ねていた。
「すみません、ライア見ませんでしたか!?」
『“あら、例の件で非協力しようと身構えましたら。いえ、ここには今日誰も訪れておりません”』
光り輝く魔法円の中を必死に三人グルグルと見渡しながらルドーが叫ぶが、そこにライアは見当たらず、フェザーからも該当はないと空中に文字で答えられる。
情報統制が出来る校長室でもない。
であればどこにライアは消えてしまったんだ。
「にゃひー、人探しっぽ? 多分ハングリーしたらずっぽしずっぽし!」
また脱走されないようにか、以前見たようにロープでグルグル巻きにされたネイバー校長が奥の机のあたりに転がりながら、ルドー達に向かって声を上げた。
しかし何を言っているかわからずルドー達は焦りの混乱もあって、訳が分からずお互い顔を見合わせる。
「えっ?」
『“お気になさらず、ここにはいないので他を探してください。今エレイーネー内に脅威はありませんので”』
ネイバー校長に意味不明な事を言われてルドー達が戸惑っていると、フェザーがサラサラと空中に文字を書き答える。
エレイーネー内に脅威はない、つまり危険はないので落ち着いて探せという事だろう。
ネイバー校長もフェザー副校長もあまり気にする様子は見せず、それ以上協力してもらえそうにないので、ルドー達は肩を落としながら校長室を後にした。
『あーりゃりゃ。危険はないっつっても、カイムはブチギレるだろうな』
「お、お兄ちゃんどうしよう……」
「どうするったって、ライアを見つけて、ありのまま説明するしかないだろ……」
「不服だ。任されて置きながら……」
「ルドにぃ! リリねぇ! エリにぃ! おなかすいた!」
「うわぁ! ライア今までどこいたんだよ!?」
ロイズとレイルにも正直に声を掛けて協力を頼もうとルドーが考えていたら、背後からベシベシと足を叩かれながらあげられた声に、ルドーは仰天して大声をあげる。
仰天しつつこれ以上隠れられてなるものかとルドーがライアを即座に抱き上げれば、高い高いでもされたと錯覚したのか、ライアはルドーの腕の中できゃいきゃい上機嫌にはしゃぎ始めた。
「ライア、すごく心配して探したんだぞ。どこ行ってたんだ?」
「ルドにぃ聞いて聞いて! 新しいお友達出来た!」
「新しいお友達?」
ライアの言葉にルドーは怪訝に返し、リリアとエリンジもその横で顔を見合わせている。
抱き上げたルドーの腕の中で両手をばたばた振り回しながらきゃいきゃい上機嫌のライアは、ルドー達三人の心配も露知らず、輝く笑顔で報告してきた。
「新しいお友達って何だライア、どこか別の科の生徒か?」
「えへへー、秘密!」
楽しそうにきゃいきゃいルドーの腕の中でバタバタはしゃぎ続けるライア。
ルドーはリリアとエリンジと訳が分からず終始困惑しながらも、迫っている魔法訓練の時間に、とりあえずライアに昼食を食べさせようとそのまま食堂に向かった。
「はぁ? 秘密の友達だぁ? だれだよそいつ」
「秘密だもーん、教えないもーん」
「えーライアずるいー!」
「僕も秘密の友達ほしいー!}
あの後食堂に向かえば、ロイズはビタとトラストが捕まえ、レイルはキシアとアルスが何とか捕まえて同じ食堂にて合流した。
なんとか残りの少ない時間で食事を終えようとしたが、もりもりと昼食を食べる三つ子に結局手が掛かって、全員魔法訓練の時間に遅刻してしまい、ネルテ先生から反省文を書くように通達が下る。
ルドー達はライアの身に何が起こったのか分からないままだが、隠すことも良くないと思って一部始終を全て依頼から戻ってきたカイムに伝えた。
頼まれておいてライアを見失って申し訳なくルドー達は謝り、案の定カイムはかなり怒り散らしたが、最近のかくれんぼの様相とライアが無事だった事、校長と副校長の様子の説明から、少なくともクロノの危惧した女神深教の影響ではないことが分かったのか、一時間ほど怒り散らした後ようやく冷静になった。
「せっかく信頼して頼んでくれたのに、ほんと悪かったよカイム」
「信頼してるなんて言ってねぇよ!」
『しかし訳が分からねぇな、たまたま探知が上手くいかなかったのか?』
「わからん、確かにあの時反応はなかったが……」
「ライアちゃん本当に教えてくれないの?」
「秘密! えへへーまた会えるといいなぁ」
「ずるいー!」
「教えてライアー!」
ウキウキ笑顔で思い返しているのか、上を見上げながら答えたライアに、ロイズとレイルがブーブー文句を垂れ始める。
そのまま喧嘩になりそうな勢いになり始めたのを、カイムは溜息を吐きながらも慣れた様子で三人髪で巻き上げて引き離し、そのまま持ち上げられたために三人きゃいきゃいはしゃぎ始めた。
「キャビンのせいだぞ、この調子じゃしばらく続けやがる、くそが」
「なるべく目を離さないようにする」
「つってもライアは透明化魔法使えるしなぁ、ずっと見てても流石に対策しきれねぇな」
『近くにいりゃ俺が分かる、なるべく離れんなルドー』
「うーん、今はそれしかないかなぁ」
三つ子はあくまで脅威に備えての戦い方としてかくれんぼをしているため、あまり強く禁止することもできない。
結局ルドー達で気を付ける以外に対処方法がないので、魔法科の面々で更に三つ子に気を配る方面で落ち着いた。
はしゃぐ三つ子を保護科の寮に送り届けた後、魔法科の寮に戻るために廊下を歩く中、ルドーはカイムに振り返った。
「そんでカイムどうだった? 依頼の方は」
「聞いてた特徴のそれらしいもんはいくつか手に入ったが、俺にはどれにも同じに見えらぁ」
そう言ってカイムは羽織っている制服上着の懐から少し大きめの布袋をジャラッと取り出す。
ゴツゴツとしたその見た目から、鉱石と思われるものが多数入っているのがその見た目からも分かった。
鉱物の為か重量のありそうなそれを、カイムはボリボリ頭をかきながら顰め面で眺めた。
「あとは持ってって依頼してきたやつに見てもらうしかねぇ。俺もよくわからねぇんだ、あんま期待すんな」
「いや、助かる」
『これでようやく進展しそうだな』
「あとは製造にどれくらいかかるかってところかねぇ」
「いいものが出来るといいね」
四人で寮の方に戻って行く中、校長室の銀の羽ペンがそんなルドー達の様子を遠視魔法で眺めていることは、気付きつつ黙ったままでいた聖剣にしかわかっていなかった。
『“説明しなくてよろしかったのですか?”』
「んにゃぴ! 危険はナッシン問題ナッシン!」
遠視魔法で様子を見ながら問うたフェザーに、ネイバー校長は元気よく答える。
エレイーネー内には校長と副校長でも未開の地があることを、ルドー達は知らない。




