第百十九話 奥底に沈んでいた記憶と課題
魔法訓練の為に運動場に向かったルドーは、訓練開始前に近寄ってきたネルテ先生から魔力伝達訓練の再開を言い渡された。
本当は昨日から言い渡して再開するつもりだったものの、聖剣の雷の盾を見てそちらを優先したそうだ。
雷の盾の性能をある程度理解できたため、魔力伝達を行いながらその性能を新たに試してみたり、またエリンジとの魔力伝達による魔力補充も可能かどうか試すようにと説明を受ける。
古代魔道具の聖剣の魔力でエリンジに魔力補充が可能ならば、エリンジは以前のような威力が出せるかもしれない。
その為にはまず魔力相性の良いリリアと実際に魔力伝達が出来るようになってからだ。
心理鏡でリリアと向き合う事が出来たルドーは、カゲツが食堂から運んできて地面に広げた攻撃型魔道具のどれから試そうかと、思案顔で眺めているエリンジの隣にいるリリアに歩み寄って声を掛ける。
「魔力伝達の訓練またやってもいいってネルテ先生から言われたんだ。リリ、試してみてもいいか?」
「あぁそっか、今ならお兄ちゃんとも出来るかもしれないんだね。それが出来たらエリンジくんにも渡せる魔力が増やせるかも」
心理教の中で見た出来事にリリアも心当たりがあるためか、ルドーに微笑んで顔を輝かせる。
隣でリリアとルドーの話を聞いていたエリンジが、期待する無表情でこちらを向く。
「可能なのか」
「いやまだやってねぇからわかんねぇって。多分エリンジに俺が直接魔力伝達で魔力送れれば早いんだろうけど、古代魔道具の聖剣の魔力じゃどうなるのか分からないからなぁ。わかるか聖剣」
『前にも言ったろ、やった事ねぇよ』
「だよなぁ。うーん、そうなるととりあえず試すところからかぁ」
「それじゃエリンジくん、私お兄ちゃんといるから魔力補充がいるなら言ってね」
「了承した。こちらも色々試しておくので必要なら声を掛ける」
エリンジはそう言ってまた攻撃型魔道具に視線を戻した。
とりあえずといった形で剣をまず掴んでいるが、魔道具に対する魔力の補充と、戦闘による魔力の使用、この二つが上手くいかないと攻撃型魔道具は上手く扱いきれないだろう。
エリンジは今まで空中から魔力を練り上げて発射する直接攻撃ばかり使ってきた。
今までと勝手がかなり違う攻撃型魔道具で、戦いやすい相性のいいものが見つかればいいが。
ルドーは改めてリリアと向き直り、とりあえずといった形で両手を握ってみる。
リリアをじっと見つめるようにしながら、その握った手から魔力を送るイメージでルドーは目を瞑った。
――――っていうのか、なんだそっくりだな!
ぼやけた視界に、見慣れたよく遊んだ公園が見えるような。
なんだろう、とても懐かしい、温かい様な心地がする。
「――――いちゃん! お兄ちゃんしっかりして!」
「うぅん?」
『気が付いた! おい大丈夫か!?』
リリアと聖剣の大声に、ルドーは地面に仰向けに倒れていることに気が付いた。
周囲を見れば、リリアが倒れたルドーのすぐ横にしゃがみこんで回復魔法をかけており、ネルテ先生とボンブとエリンジが、それぞれ心配そうな表情でこちらを覗き込んでいた。
「えぇ? 何がどうなった?」
「魔力伝達の練習しようとしたら、なんかお兄ちゃん急に意識無くなったように倒れたんだよ!」
『魔力暴走は今回はしなかったが……おい、大丈夫か?』
「なんか変な夢見てた気がする……」
「変な夢?」
頭を抱えるようにしながら起き上がったルドーに、周囲から未だに心配そうな視線が投げられる。
頭を振って周囲の遠くを見れば、他の魔力伝達の練習をしていた魔法科の面々も、心配そうな表情で手を止めてこちらを眺めていた。
その様子からどうやらルドーが倒れていたのはそこまで長くない短時間らしい。
『あれだな、魔力伝達で魂に引っ込んでる魔力もどうにも引っ張られてやがるな』
「ウェンユーが言ってた魂がひび割れてるっていうあれかい?」
『あぁ、どうにも動きが深部過ぎて俺にも測り切れんが、俺の魔力と連動するように奥の方で微妙に動いた』
「……それ、つまり忘れてるトラウマ思い出しかけてるって事?」
聖剣の分析に、回復魔法を終えたリリアが一気に不安そうな表情に変わってルドーを見つめた。
話を聞いたエリンジも、思案する無表情でルドーを眺めはじめる。
「心理鏡の影響か」
「えぇ? なにが? なんでそうなるんだ?」
「おおよそだが、リリアに対するルドーの無意識の拒絶が、魔力伝達そのものの妨げになっていたのだろう。心理鏡で無意識の拒絶が無くなった今、リリアに対する魔力伝達の妨げが消えた」
『そんで魔力伝達できそうになったから、ルドーの魔力と一緒にトラウマの記憶も引っ張り出されそうになって倒れたと』
続けた聖剣とエリンジの分析で、何となくルドーも状況が理解出来てくる。
リリアに転生の秘密を知られたくないとずっとルドーが無意識に拒絶していたせいで、リリアに対する魔力伝達が上手くいっていなかった。
そのせいでどこかで止まっていたルドーの魔力の動きが、心理鏡でリリアと向き合ったことで拒絶も消えて、無意識に止まっていた動きが正常に動き出したのだ。
この状態でリリアとの魔力伝達を試そうとした結果、その正常な動きによって、聖剣の魔力ではなくルドー本来の魔力が、魔力伝達しようと補強していた魂から引っ張り出され始めた。
ひび割れた魂を補強するための魔力。
トラウマを克服しなければ更に魂がひび割れて悪化すると語ったウェンユーの話を思い出したのか、リリアが真っ青な顔でルドーに飛びついた。
「やっぱりやめようお兄ちゃん! まだ危ないよ!」
「えぇ? でもトラウマになるような悪い夢見てた感じじゃねぇんだけど……」
「魔力暴走もしていない。問題ないかもしれんが……」
『そもそも何が魔力暴走の引き金かわからん。何とも言えん』
「実際気絶してるしねぇ。ルドー、今日はもう休みな。無理しない方がいい」
「えぇ……?」
ネルテ先生が解析魔法でもかけてくれたのか、ルドーに赤黒い魔法円が浮かび上がって、ネルテ先生の左手にも同じように魔法円が現れて確認するようにしている。
体調は問題なし、と呟いてから魔法円を消したネルテ先生だが、念には念をという形でルドーはこの日の魔法訓練はそのまま見学するよう言い渡される。
「なにしてんだてめぇら」
「遅いぞカイム、遅刻だ」
「うるせぇよボンブ、アーゲストと二人で呼び付けたキャビンのせいだっつの。いつもいつも話長ぇんだよあいつ」
遅れてやってきたカイムが、倒れたルドーの周辺に集まっている様子を見て怪訝な声を上げた。
カイムに気付いたボンブが注意するように指摘すれば、顔を顰めてそちらのせいだとでも言わんばかりの唸り声で言い返している。
どうやらカイムはキャビンに長時間捕まった挙句一方的に長い話を延々と聞かされ続けたらしい。
どうにもやつれた顔でボンブに文句を言い続けている。
「そんでそこで寝っ転がって何してんだよてめぇ」
「さっき突然倒れた」
「はぁ? アホか何してんだよ」
「いや俺もよくわかんねぇよ……」
エリンジの説明にカイムが眉をしかめてルドーを睨み付ける。
突然睨み付けられてルドーも横になったままいやいやと手を振った。
「昨日の続き試してぇのに、それじゃなにも出来ねぇじゃねぇか、くそが」
「あー、盾で試したいことあったのか。悪い」
「ケッ、動けねぇ奴は引っ込んでろよ」
「心配ありがとなカイム、脇に退いとくよ」
「心配してるなんて言ってねぇ!」
叫ぶカイムの髪にルドーは引き起こされて、座ってろといわんばかりにグルグル巻きに拘束される。
仕方がないので切り落されたぐるぐる巻きの髪に拘束されたまま運動場の脇に座って、そのままエリンジの攻撃型魔道具の様子を観察することにした。
エリンジはまずはスタンダードにと剣を手にしてみていたが、魔力を流して貯蔵は上手く行きそうだと確認し、試しに振ってみた瞬間大きく刃の部分が爆発した。
ルドーが傍で見ていたリリアと一緒にその様子に呆気にとられ、他の魔法科の面々もなんだなんだとそちらに向く中、エリンジはブスブスと焼け焦げた状態に、ノースターの回復薬を頭から被り始める。
『典型的な合わない反応だな、力任せに武器を振るから爆発する』
「えぇ? 俺の時は特に何もなかったじゃん」
『古代魔道具と魔道具を一緒にするな。作りが違うからお前の経験は該当しないんだよルドー』
「そういうもんなのか、しかしエリンジならどんな武器でも卒なくこなすと思ったけど……」
剣とは相性が悪いと判断したエリンジが次はどれにするかとまた並べられた魔道具を思案する表情で眺めている。
ネルテ先生にも事前に許可を得て試しているその様子に、他の魔法科の面子も興味深そうに集まり始めた。
「なるほど、強化の為の魔道具ですわね。私も検討したほうがよろしいかしら……」
「そういえば魔道具の所持は許可されてるけど、あんま推奨されてないな。なんでかわかるかなトラスト」
単独での戦闘にあまり自信がないのか、魔力伝達の訓練をしていたキシアがエリンジと同じように武器型魔道具を眺めはじめたので、アルスがふと疑問に思ったっ事を近くにいたトラストに投げかけている。
「魔力量の少ない護衛科と違って、魔法科では魔力の訓練を主としてますので、魔道具に頼り切る状態になることを危惧してあまり推奨されていないんです」
「要は持っているものを訓練してものにしなさいという事ですわよ。エリンジさんは現状例外だから構わないでしょうが、私たちまで真似していてはいつまで経っても魔力による戦闘が身につきませんわよ、考えたらわかる事でしょう」
全くもうと、トラストの説明にビタが続けば、キシアが反省したようにしょんぼりし始めて、それに気付いたビタが言い過ぎたかと慌てだした。
「まぁそういう事だね。魔道具による補助や、そもそもの戦闘方法による攻撃型魔道具の許可はされてるけど、魔法科が目指す魔導士はそもそも魔法による対処を求められることが多い。魔道具は壊れる事もあるから、肝心な時に戦えないと困るしね」
私も一応飛行魔法は補助使ってるしねと、ネルテ先生がキシア達の方に歩いてきて補足するように説明する。
確かに魔力を全て奪われて弱体化しているエリンジだからこそ、攻撃型魔道具による強化は必要だろうが、基礎魔力もまばらで魔道具に頼り切って戦う護衛科と違い、魔法科の生徒はあくまで補助として使う事が目的とされている訳だ。
ルドーも古代魔道具の聖剣という壊れない魔道具だからこそ例外的な扱いなのだろう。
「フランゲルとウォポンも武器持ってるけど、あれはどうなんだろ」
『炎魔法に特化したかなりいいやつ使ってるぞアイツは。古代魔道具でこそないが、国宝とかそんな類じゃないのか?』
「えっ確かになんかゴテゴテした感じしてたけど、そんな貴重で高価な奴使ってたって!?」
「ふはははははは! この豪魔火炎剣は王族にしか使う事を許可されていないシュミックに代々伝わる貴重な秘宝だ! 精々崇め奉るがよい!」
ルドーと聖剣の会話を逃さず聞いていたのか、フランゲルが例のゴテゴテとした両手剣を高らかと掲げながら自慢するように大声をあげた。
経年劣化する魔道具で王族に代々伝わっているとなれば、確かに古代魔道具でないにしてもかなり質の良いものなのかもしれない。
周囲もそこまで思っていなかったようで、掲げられた両手剣におぉーと感嘆の声が漏れ、カゲツがすかさず値段計算をパチパチし始めている。
「ウォポンはどうなんだ? その剣良い奴使ってるのか?」
「ハイハイハイ剣は壊れません! 剣は壊れません!」
「あぁ洗脳魔法で壊れない様に制御してんのか……いや効果あるのかそれ?」
『無意識に剣に対するダメージ抑えたり、修繕魔法かけたりするようになるから物持ちはよくなるだろうな』
自己洗脳魔法で剣が壊れないと思い込むことによって、なるべく壊れない様に無意識に剣に向かって色々と魔法をかけるようになっている形らしい。
ひょっとしたら剣の切る威力が強いのも、同様に剣の威力が強いとでも自己洗脳魔法をかけて強化しているからかもしれない。
ルドーがフランゲルとウォポンの方を見ながら思考に耽っていると、エリンジが次の魔道具を試している様子が見えてそちらに視線を戻した。
遠距離攻撃を考慮して弓矢を手にしていたが、今度は魔道具への魔力の補充が上手くいかないのか、エリンジの手が何度か光っているものの怪訝そうに首を傾げている。
「……珍しいな、大分苦戦してる」
『いや、あいつ基本ゴリ押し戦法だ。多分元々大分不器用なんじゃねぇのか?』
「えぇ? あのエリンジが?」
『そもそも器用なら睡眠時間一時間なんて方法取らないでなんでも卒なくこなすだろ』
聖剣に指摘されて、ルドーも言われて見れば確かにとエリンジの事を思い起こす。
回復魔法による睡眠時間一時間の、詰め込み過ぎている勉強方法。
当たるほうが悪いと日常的に攻撃を受け続ける魔法訓練方法。
不器用だからこそのゴリ押し法で、エリンジは今の状態まで成り上がっていたという事だ。
それなら確かに魔道具に対しても相性を見るのは苦戦するのも納得だった。
「……ってことはこれ魔道具選び大分苦戦する可能性あるか?」
『だろうな、ただでさえ攻撃用魔道具は相性良くないと致命傷になりうる。慎重に選ばざるを得ない分野だ』
「でもムーワ団はみんな同じハルバード使ってたぞ」
『あっちは集団の元の魔力がかなり低い。どれ使ったって変わらねぇからいっそ規格統一してる感じだ』
それに魔力が切れてもハルバードならぶん殴れるしなと続けた聖剣に、ルドーは首を傾げる。
エリンジも今でこそ魔力が無くリリアに補充してもらっている形だが、元々は魔力量がかなり多く、その感覚で攻撃型魔道具を使おうとしているために上手くいっていない形らしい。
元々魔力が少なくその状態に慣れているムーワ団とはまた勝手が違うという事だ。
「あー、違うな。これじゃまだ効率わりぃ。そうじゃねぇんだよなぁ……」
ルドーが考えているとブツブツ唸る声が聞こえて、今度はカイムの方に視線を向けた。
髪でまた様々な属性の光る球体を六つほど作り出して、片っ端から投げている様子が見えるが、地面に当たった瞬間それなりの威力で爆発して抉れているそれに、頭をガシガシかいて唸っているカイムはあまり納得していないようだ。
見るからに中規模魔物なら一撃粉砕しそうなかなりの威力だが、カイムにはそれでも足りないのだろうか。
「うーん、見てる分には威力としては十分そうだけど、何が不満なんだろ」
『魔力効率だろうな。確かにあれだと髪での直接攻撃より消耗激しいせいであんま連打に向いてねぇな』
「あのままだと長期戦出来ないって事か?」
『それもあるが、多分威力も小さくなってるな。あいつの魔力ならもっと効率よくすりゃ威力上がりそうなもんだが、ひょっとして遠距離だと何かデメリットでもあんのか』
「えぇ? カイムって役職持ちだっけ?」
『冷静に考えろよルドー、髪で魔法使うなんて普通じゃねぇし、魔人族もそれなりに見てきた限りそっちとしても違う様子だろ』
聖剣の話にルドーは普通に受け入れていたカイムの髪の魔法について改めて考えた。
確かに髪で魔法を使うなんて話今まで聞いたことも無いし、ボンブやアーゲスト、ライアたちの様子も見るに、髪で魔法を使うのは魔人族でも一般的な方法ではない。
つまりカイムの髪を使っての魔法の使用は、カイム独特の方法、そうなれば役職に関連したものである方が説明が付きやすいのだ。
勇者や聖女の役職についてリンソウで話した時、俺は関係ないとカイムが言っていたのも、既に役職を持っていたからだとしたら確かに関係のない話だ。
役職は女神によって授けられ、複数持つことは出来ないのだから。
「なーるほど、でもあれ見る限り完全に遠距離魔法が使えないデメリットって訳でもなさそうだけど」
『使えないなら使えないって言うだろうしなあいつは。色々試している様子を見るに何かしらのデメリットが引っかかってるからそこを探ってるんだろうな』
「デメリットで魔力効率が悪くなってるって事か。うーん、なんだろうなデメリット」
「おい全部聞こえてんぞ、いちいちうるせぇよ黙ってろくそが!」
カイムをじっと見つめながらルドーが聖剣と一緒にブツブツ呟き続けたためか、不快そうな怒声が飛んでくる。
だがカイムの怒りにも大分慣れてきたルドーは、ならもういっそのことと声を掛けた。
「なぁカイム、お前役職なに持ってんだ?」
「はぁ!? んなもん聞いてどうすんだよ!?」
「あ、その反応はやっぱ持ってんだな。いや役職分かればある程度デメリットの予測も出来るかなって、力になれるかと思ってさ」
「同じ役職でも違うデメリットもあるだろうがクソが!」
「確かに勇者とか聖女とかあるけどさぁ、でも髪使う魔法なんて役職大分絞れると思うんだけど」
「カイムの役職はよくわからんからな、だから恥ずかしいのは分かるが」
「バラしてんじゃねぇよボンブ!」
ルドーとカイムの会話を聞いたボンブが、腕組みをしながらうんうん頷いて言った言葉にカイムが噛みつく。
どうやら先程からやたらカイムがルドーに突っかかって来ていたのは、役職名を知られるのが恥ずかしかったかららしい。
役職によるメリットデメリットは、なんとなくで分かるものもあるが、詳しくは解析魔法で本人を解析しないと分からない。
実際ルドーもモネアネ魔導士長に解析されるまで、攻撃魔法以外の魔法が使えなくなるデメリットに気付けていなかった。
なのでカイムはひょっとしたらデメリットが分かっていないから苦戦している可能性があるだろう。
周囲で話を聞いていた面子もチラチラとカイムの方を興味深そうに見る中、一人カイムにおずおずと近寄ってくる。
「解析魔法がいるならお手伝いしましょうか?」
「トラスト。そうだな、色々知ってること多いし、頼んだらいいんじゃないかカイム」
「はぁ!? こっちの弱味わざわざ晒せってか!?」
「強くなるためにいるなら必要だろ」
「カイムくん、強くなってクロノさん連れ戻したいんでしょ?」
話を聞いていたリリアがカイムに言えば、カイムはうっと唸った後黙り込んだ。
ルドー達の後ろの方で話が聞こえた女子たちからきゃあとはしゃぐ黄色い歓声が聞こえる。
やめてやれ。
「ゴチャゴチャ弱味とか言ってるのは俺の方かよ……くそが、頼めるか」
「はい! 僕のデメリットで少し気持ち悪い感じになりますが、すぐ終わるのですみません……」
そう言ってトラストが目を黄色く光らせてカイムの方をじっと見つめ始める。
カイムは視線だけで周囲を探るように見まわした後、トラストの方をじっと見つめ返した。
「えーっと、役職名、市松人形? 初めて見ますね……メリットは魔力がある限り髪がいくらでも伸ばせる……デメリットは、魔法は髪にしか反映されない、と」
一通り解析し終わって、トラストの目が茶色に戻って思案するように手を顎に当てていた。
市松人形、なんだその意味不明な役職名は。
「多分魔法が髪にしか反映しないんです。だから空中に魔法を出すと、若干の転移魔法に似た状態になるので、一気に魔力が消耗しているんだと思います」
「あの短距離なのに転移魔法使ってる状態になってるって? カイム転移は使えないんじゃなかったのか?」
「知るかよ、転移しようと思って使ってねぇっつの」
トラストが説明した解析に、ルドーが使えないと聞いていた転移魔法が発動していたことに驚いてカイムを見たが、カイムの方も訳が分からなさそうに首を振っている。
「おおよそ魔力そのものな上、すぐ傍だから本人が感知できない程の微量の転移なんですよ。でも消耗としては大きい、だから効率悪くなってたんだと思います」
『転移魔法で魔力の塊髪から空中に転移させて、それを更に髪から別の魔力で押し出して無理矢理発射か、そりゃ効率悪いわ』
トラストと聖剣の分析にルドーも納得する。
カイムの使っていた遠距離攻撃魔法、その攻撃に対する魔力と同じくらい、攻撃を発生させるために転移魔法や攻撃を押し出すための魔力など、無駄な魔力が発生していた。
攻撃するだけで髪の攻撃の二倍以上の消耗、それは確かに効率が悪過ぎた。
「なーるほどねぇ。そのデメリットなら答えは簡単だ、髪で遠距離攻撃魔法を使えばいいんだよカイム」
「はぁ?」
話を聞いていたネルテ先生がボンブの隣で両手を腰に当ててニカニカ笑いながら告げる。
意味が分からずカイムが吠え始めた。
「どういう事だよ!」
「要は今の使い方が悪いって事だよ。髪でしか上手く魔法が使えないデメリットなら、髪を使えば問題ないってことだ」
「結局どうすりゃいいんだよ!?」
「そこは自分で考えるとこだよ。本人が一番分かる事だからね」
使い方も色々あるから試してみないとねぇと、ネルテ先生が笑いながら告げて、カイムは訳が分からなさそうに困惑した表情を浮かべていた。
でも確かに髪で魔力を使うようなカイム本人にしか使えない方法、カイム本人が模索していくしか良い方法は見つからないだろう。
ルドーはちらりとエリンジの方も見てみる。
弓矢も諦めて、今度はムーワ団たちと同じような槍に手を出して見ていたが、今度は魔力を込めた瞬間槍の先がボカンと爆発している。
エリンジも攻撃型魔道具を選ぶのにこれは長期戦が予想された。
ルドーは魔力伝達が出来ない。
エリンジは攻撃型魔道具との相性。
カイムは遠距離攻撃魔法の方法。
リリアは自衛のための身体を鍛え方。
それぞれが抱えた課題に頭を悩ませて、その日の魔法訓練は時間が過ぎていった。




