第百十八話 それぞれの相談事
「カイムくん、ちょっとクロノさんの事で相談いい?」
「あぁ?」
ルドーが新しく雷の盾を魔法訓練で作った翌日早朝、運動場手前にて基礎訓練の前に各々が準備運動に励む中、唐突にリリアがカイムに声を掛けた。
カイムもリリアからそんな言葉をかけられると思っていなかったのか、怪訝そうに振り向いて顔を顰めている。
その様子にリリアは違う違うと両手を振った。
「あっ! 別に重たい内容とか突っ込んだ内容じゃないの。普段一緒にいたなら、クロノさんがどうやって身体鍛えてたか見てないかなーって」
「なんだリリ急にそんなこと聞き出して」
「うーん、お兄ちゃん怒らないで聞いてくれる?」
話の意図が分からずカイムが顔を顰めながら大量の疑問符を浮かべているので、ついついルドーも近寄って聞き返す。
エリンジも不思議そうに近寄って様子を伺い始めた。
「ほら、シマスのクバヘクソであっさり攫われちゃったじゃない。結界魔法を張るよりも先に気絶させられたから、結界張らない間は無防備かなって思って。でも私デメリットで攻撃魔法使えないから、それなら身体鍛えるしかないかなぁって」
だから同じ体格のクロノさんの鍛え方を参考にしたいなって、そう続けたリリアにエリンジとカイムがかなり気まずそうな表情に変わる。
リリアは攫われた事に関して二人に責任があるとは全く思っていないようだが、多分二人はそれなりに罪悪感を覚えている。
居心地悪そうに二人がもぞもぞ動き始めたので、ルドーは二人をちらりと一瞥した後、再びリリアに向き直る。
「安全な所に居ればいいだけだろリリ」
「やだよ私お兄ちゃんの傍にいるもん。それに私がある程度自衛出来たほうがお兄ちゃんも安心でしょ?」
「んまぁそりゃあそうだけどさぁ……」
最もな正論をリリアに返されてルドーも困ったようにガシガシ頭をかいた。
確かにいつどんな奴が襲ってくるかわからない現状、リリアが自衛するための力はある程度必要かもしれない。
しかしクロノはそれの参考になるのだろうか。
参考になるならば戦闘力強化に大いに期待できるが、ルドーがクロノを見ていた限りいつもあまり参考になるような事はしていない気がする。
同じ疑問を持ったらしいエリンジと二人、ルドーは実際のところどうなのかとカイムに視線を向ける。
リリアも含めた三人の視線に、カイムは物凄く面倒くさそうに唸りながら項垂れ始めた。
「聞いたこたあらぁが、あんま参考になりゃしねぇぞ」
「あ、聞いたことはあるんだ。どんな感じ?」
「そのバカ力はどうやって手に入れたっつったら、物心ついてからずっと鍛えているとよ。いつ鍛えてんだよっつったら、常時鍛えてるとよ。わけがわからねぇよ」
「えぇ……」
『なんだそりゃ意味が分からねぇな』
カイムの話にルドーはつい口から変な声が出た。
物心を覚えてから鍛えている、そこまではまだわかる。
だがクロノはルドー達が見ている限り飄々とした日常生活を送っているようにしか見えなかったのに、常時鍛えているってなんだ。
鍛えている所なんかルドー達は誰一人見た覚えがない。
確かにクロノは基礎訓練はいつも涼しい顔で真先に終わらせてはいたが、カイムの話を聞く限りどういう鍛え方をしているのか、その場の全員全く理解が出来なかった。
「うーん、やっぱりだめかぁ。別の方法考えたほうが良さそうかも。ありがとうカイムくん」
「いいならいいけどよ」
「あ、エリンジくん後で腕輪の再設定のやり方教えて?」
「構わんが、それ以前に基準を達成できたのか?」
「うぅん。でもクロノさんみたいに強くなるなら、やったほうがいいでしょ?」
エリンジの疑問にリリアは首を振りつつもニッコリ答える。
思ったよりも強いリリアの上昇志向に、その場の三人が面食らって困惑する。
ひょっとしてリリアもクロノの話を聞いて、本気状態のクロノと事を構える事を想定しているのだろうか。
つい最近襲われて攫われたばかりなので警戒心があるというならルドーも納得しかないが。
クロノの威力になったリリアの平手打ちはくらいたくないなと、ルドーは明後日の方向に考えを向ける。
そのまま予鈴が鳴ったために全員がとりあえずその日の基礎訓練を開始した。
基礎訓練が終わって各々がまた運動場に倒れるようにしている中、カイムに水とタオルが差し出された。
例の頭に白い羽の生えた魔人族の少女だ。
腕輪を再設定して訓練に全力投入したため、息も絶え絶えになっていたカイムに無言で差し出されたそれを、カイムは怪訝な表情をしながらも、同胞からのものの為か特に警戒せずぶっきらぼうに礼を言いながら受け取っている。
そのままカイムが名前を聞こうと口を開いたが、話をするよりも先に羽の生えた少女はぴゅーっと走り去っていってしまった。
なんなんだろうか、妙に顔が赤くなっていたような気がするけど。
「これやっぱあれだよね」
「どうしますの? クロノさんがいない時にあのような」
「うーん、面白そうだからこれはこれで放置で!」
「メロン、そういう楽しみ方は、良くない」
「痛い痛いごめんごめん許して!」
走り去った魔人族の少女を完全に困惑状態で見ながら水を飲んでいるカイムの方を、キシアとメロンとイエディが眺めながらなにやら訳あり顔でヒソヒソ話している。
またイエディにみよんと頬を引っ張られてブンブン両手を振り回しているメロンを、ルドーは怪訝な様子で遠くから眺めた。
「あんらぁもう! 元気そうにしてるじゃなぁいカイム!」
「ゲェッ! なんでいんだよキャビン! 前線終わって森に戻ってるはずだろ!」
「ゲェとはなによゲェとは、久しぶりだってのに傷付くわぁ」
座学が終わった後の食堂、カイムの大声が聞こえてルドー達がそちらを向いた瞬間、きゃいきゃいはしゃぐ三つ子に連れられた人物のその姿に圧倒されてその場の全員が目が点になった。
ボンブと同じほど大柄の、どう見ても茶色いジャージー牛にしか見えない、しかしその頬に当てた手は人の形をした、二足歩行の魔人族がそこに立っている。
見上げるような二足歩行のとても立派なジャージー牛の容姿の頭に、金色のピアスのようなものまで両耳につけ、体型は人間的で、目に映えるカラフルな色とりどりの放牧民の民族衣装のような、花の刺繍が見事に施された派手なドレスを身に纏っている。
大柄に笑いつつもどこか品のある笑い方、口調や仕草、胸の大きな服装から察するにどうやら女性のようだ。
「キャビねぇはねー、ごえいなんだって!」
「はぁ!?」
「三つ子ちゃんにしばらくついてくれって、ボンブとアーゲストから言われたから来たのよぉ。色々物騒だから念のためにって頼まれちゃってねぇ、お姉さん張り切っちゃうわよぉ」
見上げるようなジャージー牛の女性、キャビン曰く、ボンブとアーゲストに呼び付けられたらしい。
確かにライアたちが狙われる可能性が高くなった今、魔人族側が三つ子の身を危険視して護衛を付けるのは当然と言えば当然。
三つ子とも面識がある様子なので、その女性にしては筋骨隆々の逞しい見た目から頼もしい限りだ。
「ところでいつも一緒にいたあの気のいい帽子の子はどこよカイム」
「そっちは何にも聞いてねぇのかよ! あいつ今ここにいねぇっつーの!」
「あらあらいつも頼りないからってとうとう逃げられちゃったのぉ? ほんとどうしようもないわねぇ」
図星でもつかれたかのように、キャビンに言われたことにカイムが頭を抱えながら大声で唸り始める。
その反応にキャビンがあれだけ世話焼かせて仕方ないわねぇと続けた。
聞こえる話からどうやらキャビンはクロノとも面識があるようだ。
ライアたちの手前挨拶でもした方がいいのだろうかと、まだ食事を取っていないルドーが、同じようにしているリリアとエリンジと一緒に様子を伺っていると、唸っているカイムの目の前にバスケットが差し出された。
ルドー達のいる場所からも見える、バスケットに入っている複数の綺麗にセットされたサンドイッチと瓶に入った牛乳、明らかに食堂で用意されたものではない。
無言で横から差し出されたそれに、カイムが訳が分からなさそうに固まっているのが見える。
ルドー達がその差し出された先を見れば、やはり頭から羽が生えた例の魔人族の少女だ。
顔を伏せて薄紅色の髪に隠れたその表情は周囲から見えないが、若干震えながらも両手をしっかり伸ばしてカイムにバスケットを差し出している。
どうやら手作りサンドイッチを用意していたらしい。
「あらまぁカイム、逃げられたからってもう別の子に乗り換える気?」
「何の話してんだよ!? そっちもいい加減名前くらい言えや!」
同胞から差し出された手前受け取らない気はないようで、カイムが叫びながらバスケットを掴んだ瞬間、羽の生えた少女はまた顔を真っ赤にさせて脱兎のごとく逃げ出した。
その様子にカイムは完全に困惑したまま叫び散らし、離れた場所から見ていたルドーもエリンジと共に頭に疑問符を浮かべた。
「うーん、変に期待させるのも可愛そうな気がするんだけど……」
「ん? リリ、何の話だ?」
「お兄ちゃんもこの手の機敏には疎いもんね……」
「訳が分からん」
「エリンジ君にはもう期待してないよ」
『まーたややこしいことになってんなぁ……』
心配そうな表情で、逃げていった魔人族の少女の方向とカイムの方を交互に見比べているリリア。
分かってなさそうだなぁとカイムの方を見ながら心配そうに言葉を呟く。
俺にも教えてくれ、わけがわからない。
そのまま三つ子と一緒にキャビンが積もる話もしたいと、嫌がるカイムがガシっと掴まれてそのままズルズル連れて行かれたので、ルドー達はとりあえず様子見した後各々がトレーに食事を盛り付け始める。
「姫様! 姫様! こちら召し上がってくださいませ!」
「お飲み物もご用意しております!」
「お手をどうぞお姫様」
「アルスさん! 二人に何を吹き込みましたの!? どういう機嫌の取り方をしておりますのよ!?」
オムレツカレーを食べ始めた所でまた大きな声が聞こえたのでルドーがそちらを向けば、少し離れた所でキシアがまたザックとマイルズに捕まっている。
二人が指し示した机の上には、先程カイムが差し出されたような、それでいてどこかいびつな形をしたサンドイッチが置かれ、頑張った感じにセッティングされた紅茶が淹れられている。
どうやら魔人族の少女を見よう見まねで同じような事をしようと作ったらしい。
アルスも一緒になっているので多分食べる分には大丈夫そうだ。
機嫌の取り方、どうやら昨日の魔法訓練の会話から察するに、キシアはパートナーのアルスにシマス救出の際に置いて行かれた事をかなり根に持っている様子だ。
そのせいかアルスが戻ってからいつも以上にキシアに構っているのだが、そのせいでキシアもいつも以上に真っ赤になる頻度が増えている気がする。
アルスに大袈裟に使用人のように椅子を引かれてのお姫様扱いに、キシアは全身真っ赤になって口がわなわな、身体が恥ずかしそうにプルプル震えていた。
「あーちょいちょいルドー君たちちょっといい?」
「ん? ヘルシュじゃん。珍しいな、一人でどうした?」
「いやちょーっと聞きたいことがさ」
いつもフランゲル一行と一緒に昼食を囲っているヘルシュが、珍しくルドー達の方に一人歩いてきている。
黒酢野菜炒めを食べていたリリアと、チキンステーキを食べていたエリンジも一緒になって一旦食べるのを止めて不思議そうにヘルシュに視線を送った。
「問題発生か?」
「いや違う違う、いやーあのー……。フランゲルとアリアさん、救出の際になんかあった?」
怪訝そうに眉を潜めて尋ねたエリンジにヘルシュは手を振って、周囲をチラチラと伺った後、言いにくそうに声を落としながら手を口の横に持ってきて、ルドー達にだけ聞こえるようにヒソヒソと声を掛ける。
「いやー、あのね? 戻ってからどうにも二人の態度がなんかいつもと違うというか。アリアさんいつもはフランゲルが女子に突っ込んでいっても気にしなかったのに、急に機嫌悪くなって僕やウォポンに当たり散らすようになったし。フランゲルもフランゲルで、アリアさんのその様子見て楽しそうにゲハゲハ笑い始めるし……」
『うわ、ガキかよ』
「そういう反応するんだ、サイテー」
話を聞いて呆れたようにパチンと小さく弾けた聖剣に、一気に機嫌が悪くなったリリア。
救出の際にアリアとフランゲルに何かあったかと言えばあのキス騒動しかないが、ルドーから言うのは気まずくて思わずうーんと変に顔に力が入る。
エリンジは訳が分からなさそうに疑問符を浮かべた無表情のままだ。
「皆さんその反応は確実に何かあったね!?」
「あったっちゃぁあったけどさぁ、俺達からだと言いにくいな」
「えぇっ!? 一体何があったんです!?」
「二人からは聞いてないの?」
「いやアリアさんは戻ってからさっき言った通り機嫌悪い時が多いし、聞いても知らないってなぜか真っ赤になって叫ぶし。フランゲルは聞くたびにアリアさんの方に向かってもう一回どうだと大声で声掛けるし、その度にアリアさんまた機嫌悪くなるし、それで毎度毎度僕たちに当たり散らされて……」
どうしたものかと片手で頭を抱えながら話を続けるヘルシュ。
話が進むほどにリリアが危険なニコニコ笑顔に変わり始めて、ルドーはエリンジと二人冷汗をかきながらそっと椅子を引いて離れた。
「アリアさん、雰囲気大事にしてそうなのに。ほんとサイテー」
「だから一体何があったんです!?」
『そのうちどでかく喧嘩しそうだなそれ、まぁ知らんが』
「いや多分こっち盛大に巻き込まれるから被害甚大になる前に教えてほしいんですけど!?」
「うーん、勝手に教えていいのか?」
「でも話聞く限り多分フォローいると思う。ヘルシュくんちょっと耳かして」
リリアが未だに訳が分からない無表情のままのエリンジをちらりと眺めて大きく溜息を吐いた後、声を掛けられて近寄ったヘルシュにこしょこしょと耳打ちし始める。
最初こそリリアに近寄られての耳打ちに少しヘルシュが顔を赤くしたので、ルドーは無言で強烈に睨み付けて威圧を掛けたが、ヘルシュはルドーから掛けられた威圧による青い顔から、リリアから耳打ちされる話にどんどん緑に顔色を変えていく。
要はキスするまでアリアとフランゲルの関係が進展したのに、エレイーネーに戻ってからフランゲルはアリアが明らかにやきもちをするような反応に変わったため、それを楽しんでいる様子だという事だ。
確かに雰囲気を気にしていた様子のアリアが、フランゲルのその様相に苛つくのは容易に想像が付く。
自分からアリアにキスしておいてフランゲルはなにをしているのだか。
リリアの耳打ちにようやくどういう状況か分かったヘルシュが、項垂れるように気分が悪そうな表情で大きく溜息を吐いた。
「あー、フランゲルが全面的に悪い……というかアリアさん的にルートはこれで確定しちゃった感じかなぁ、こっちも粉かけられてたのになんだかなぁ」
「ルートってなに?」
「あぁいやこっちの話。にしてもフランゲルをどうにかしないと……」
「そうしてあげてよ、じゃないとアリアさん流石に可哀想だよ」
危険な笑顔から一変、困ったような心配そうな顔でリリアが頬に手を当てながら呟く。
フランゲルがやきもちを焼かせるためだけに他の女子に突撃するようになっているなら、流石にアリアが浮かばれない。
しかしリリアの話にもヘルシュは悩むような表情で腕を組み始めた。
「でもフランゲルは僕たちのヨイショは聞くけど、この手の助言はあんまり聞かないからなぁ。俺様の方が正しいぞ、とか言って。良くも悪くも実際王子だから、フランゲルの方がモテてる経験圧倒的に多いんだよね、悔しい事に。うーんどうしたものか」
「何が問題かわからん」
「うんうん、わかってるよもう。黙っててエリンジくん」
声を上げたエリンジの頭にすかさずスパンとリリアが叩き入れた。
叩かれた理由も分からず、もはや叩かれ慣れ始めてきたエリンジが反応もなく未だ疑問符を浮かべ続けるのを無視して、ルドーもヘルシュの話を聞いて考え、指を立てて指摘してみる。
「逆にフランゲルは誰の話なら聞くんだ?」
「ん? うぅーん、そうだなぁ、お兄さんたちの話なら聞くかも」
ルドーの指摘にヘルシュがそういえばと上を見上げて思案顔になって答える。
「お兄さんたちってシュミックの王子様達?」
「うん、仲いいから毎日マメに色々手紙魔道具で報告してる」
『あれがぁ!?』
「あー、それで誘拐騒動の時、即座に本国と連絡取れた訳か……」
聖女連続誘拐事件の際、本国の聖女に即座に調査を依頼して、その情報をかなり素早く手に入れる事が出来ていたフランゲル。
普段からこまめに連絡を取っていたのならその情報の速さには納得だ。
手紙魔道具は用紙に書いた文字に魔力を込めれば、対になっている用紙にその文字が現れる遠距離連絡用の魔道具だ。
フランゲルの豪快な性格からの思ったより筆まめな様子に、ルドー達は驚きを隠せない。
「お兄さんたちに恋愛相談するよう声掛けてみれば?」
「いやでもリリ、その兄貴たちがフランゲルと同じような奴らだと悪化しないかそれ?」
「あーいや大丈夫。シュミック本国の第一王子と第二王子はかなりまともだから。会った事あるからお墨付きだよ」
「会った事あるんだ」
「というかフランゲルとも付き合い長いんだよ。グルアテリアの食料品の主な輸出先はシュミックだから。僕も生まれつきの勇者で同い年でしょ、国ぐるみで昔から色々付き合いあってさ」
幼馴染ってやつかな、と続けたヘルシュにルドー達は目を見開いた。
道理で最初からフランゲルとヘルシュはグループを作って一緒にいた訳だ。
「黒歴史は忘れてくれないけど、フランゲルはあんまり気にしてないから幸いだよホント。お兄さんたちにはバッチリ覚えられてるから次会ったら絶対揶揄われる、やだなぁ……」
「揶揄われるって、ヘルシュ何の話だ?」
「あぁいやなんでもないなんでもない! とりあえずお兄さんたちに詳しく相談するようフランゲルに伝えてみるよありがとう!」
ルドーの疑問に何か思い出したくない事でもあったのか、ヘルシュは大慌てで逃げるようにバタバタと食事もとらずに駆け出していった。
その様子にルドー達三人とも怪訝に眺めていたが、食事を再開しようと口を開いた瞬間机にドスンと大きなものが置かれて衝撃に食事が揺れる。
「エリンジさんお待たせしましたや! 一通り揃えてきましたや!」
何か大きな荷物を机に置いて、カゲツがエリンジにビシッと敬礼する。
ルドー達が食事をしている机の空いている場所に荷物を包んでいた布を広げ、その中に入っていた攻撃型魔道具、所謂武器をズラッと並べ始めた。
基本的な武器である剣に、弓矢、槍に斧に、ハンマーにメイス、トンファーに鞭、果てにはこん棒など、様々なものが広げられたそれに、エリンジが目移りするように一通り眺めた後、得意げにしているカゲツに向き直った。
「助かる、とりあえず次の魔法訓練で全て試す。支払いをしよう」
「あややや!? 一回の訓練で一つ選んで毎日順番に試す想定をしていましたや!? それだと破格になってしまいますや! オリーブさんに流石に怒られますやご勘弁を!」
並べられた攻撃型魔道具を全て買い取る勢いでエリンジが小切手を取り出し始めて、カゲツがバタバタ猛烈に慌てだす。
どうやらカゲツは毎日試して一番いいものを買い取る想定として動いていたらしく、全て買い取られるとは想定していなかったらしい。
「使わない分は領民に配る、気にする必要はない」
「報酬としてでもなくその配分の仕方はそれはそれで領民に争いの種まき散らしますや! 領地の争いの種になるのは商会としてもいただけませんや!」
「うちとしても気に入ってくれた分に支払ってもらえたらそれでええんやけどねぇ、エリっちゃん」
慌てるカゲツの背後からいつの間にか、オリーブがサンザカを連れて現れた。
軽く声を掛けている様子から、オリーブ達はどうやらカゲツからエリンジの話を聞いて、気になって様子を見に来たらしい。
「それに、それぞれの攻撃型魔道具の職人さんたちが購入されたって知ったら、上機嫌になって商品開発にまた気合い入れるんよ。次買われることも無いかもしれんのにそんなことさせるのは、流石に忍びないやろ? それなら気に入ったやつを一つ買ってもろて、職人さんと相談しつつまた新しいもの開発してくれた方が、うちらとしても助かるんやけども」
困ったような表情をしたオリーブが、頬に手を当てて首を傾げながら、その薄水色の瞳を物憂げにエリンジに向けた。
オリーブ曰く攻撃型魔道具は受注販売することが一般的らしい。
一気に全種類購入すると、自分の作品を気に入ってくれたと職人たちが大喜びして、次はどんなものなら更に気に入るのかと日々研究開発に力を注ぎ始めるそうだ。
それぞれの攻撃型魔道具にそれぞれの職人が付いている。
一斉に全種類購入すると、それぞれの職人にいらぬ期待を抱かせてしまうから出来れば控えてほしいという事だ。
話を聞いたエリンジも、攻撃型魔導を購入する初めての経験。
金を払えばいいという貴族特有の価値観に凝り固まっていたと、エリンジは猛省するような無表情でオリーブとカゲツを見据えた。
「……了承した。一つ選んでからの購入でいいか」
「最初からそのつもりですから問題ないですや!」
「まぁ攻撃型魔道具との相性を探るんは時間かかるから、そんな急がんでも構わんのよ。こっちは慣れとるけんね」
「どちらかというとこれは護衛科の本分です。助言がいりましたらお伝えしますのでご遠慮なくどうぞ」
「協力感謝する」
ほっとしたような表情に変わったカゲツに、オリーブとサンザカがそれぞれ続ける。
攻撃型魔道具は、その使用用途から魔法科よりも護衛科の方が使う人間は多い。
オリーブの後ろに控えたまま目も開かずに、サンザカが腰に差した剣に手を掛けたまま淡々とエリンジに告げる。
エリンジが礼を言ったところで魔法訓練の時間まで残り僅かになっていることに気付いたルドーは、リリアとエリンジに声を掛けて三人大慌てで残りの食事を平らげた。