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第百十四話 逃げ続ける恐怖

 不安と後悔、それと恐怖が、身体をどろどろと蝕んでいる。

 押し潰されるようなそれに、身体がそうなっているのか、それもと気持ちの悪いほどのそれがそう錯覚させていたのかわからなかった。


 どろどろと渦巻く気持ちの悪さが身体を循環している。


 クロノはそんなドロドロと渦巻く赤黒い何かに変質して、身体が大きく変わってしまっている事にすら気付けていなかった。


 唐突に大きな衝撃が身体に入った感覚がしたが、痛みが感じられない。

 目の前を向けば、自分と同じ姿をしたなにかが飛び上がっている。

 お前が悪いとでもいうように、それが飛び上がって蹴撃を加えてきた。


 そうだ、悪いのは全部私だ。

 だから攻撃されるのは当然のことだ。

 そう思えば、まるで標的をさらに大きくするかのようにドロドロと流動する身体が衝撃に合わせて肥大する。

 自分自身を責め続ける様に、その攻撃をあっさり受け入れる。


「何を見たんだ!? お前何を知ってるんだよ!?」


 リンソウでの襲撃、女神深教の連中。

 対策や対処をしようと必死な表情で情報を求めている彼らは知らない。



 ()()()()()()()()()()()()()()が存在するだなんて。



 故にクロノは周囲になにも話せなかった。

 話すこと事態が危険だなんて、きっと彼らは考えてもいないだろう。

 知る事そのものが危険だなんて、こんなことどうやって情報を求めている彼らに伝えればいいのだ。


 それなのにカイムに兄のことを引き合いに出されて、つい口が滑って彼らに教えてしまった。


 女神深教、その言葉を知ってしまった彼らはきっとその正体を探るために調べ始めてしまう。

 それがどれほど危険な事か、何も知らないまま、エレイーネーにも報告してしまって。


 女神深教の連中は、人を襲う事に躊躇がない。

 それどころじゃない、あいつらは人を襲う事はいい事であると周囲にそれを振りまいて来る。

 あいつらはそれが幸福な事であると確信を持って人を襲う。

 しかもその思想のせいで周囲の人間を嬉々として巻き込むから尚更質が悪い。


 真先に守りたいと各々が考える、何も知らない家族や一般の友人たちを、連中はいの一番に標的にしてくるのだ。

 情報を知った相手だと連中が気付いたら、情報について調べていた本人たちではなく、彼らが守りたいと願う周囲の人間が襲われる。

 その狂った思想のせいで襲われる人々がどんな目に遭うか、クロノは考えたくもなかった。

 慎重に事を進めても相手が相手、あちこちに潜んでいてどこで露呈するかわからない。


 情報を知って探るだけでもとても危険すぎる相手。


 話せるわけがない、喋れるわけがない。

 非難するような視線ばかり浴びる。

 分かっている、自分が彼らに理不尽な事をしていると。

 彼らには知る権利はある、だが情報を伝えた所で対策なんて存在しない。


 秘密を全て抱えて逃げ切ってしまえば、こんなことにはならなかったのに。


 自分自身に蹴撃される衝撃がドロドロと渦巻く身体に走る。

 流動する身体が衝撃を吸収しているのか、クロノは痛みを感じることが出来なかった。

 痛みを与えてくれた方がもっとずっと気が楽だったのに。


 話せない、喋れない、息苦しい、頼むからもう詮索しないでほしい。

 彼らが知ろうとすることそのものが危険なだけだから話せない。

 何一つ話せないことに、向けられる非難の視線に、罪悪感ばかりが募っていく。


「結局てめぇはあの親切なてめぇの兄貴にするみてぇに何もかも見捨てて逃げるんだろうが!」


 カイムのその言葉にイシュトワールの、兄の姿がクロノの脳裏によぎった。


 グルアテリアでルドーが受けた時と同じように。

 大量の剣に貫かれて、地面に倒れて血を流して動かなくなっていくその兄の姿が。

 その光景が怖くて、罪悪感から真正面から話すことも出来ず逃げ続けているのに。


 助けを求めるなんて安易な真似はしないでください。

 その結果どうなったか忘れた訳ではないでしょう。

 もうやり直すことは出来ない。

 貴方の安易な行動がどういう結末をもたらしたか、常々覚えておきなさい。

 必ず思い出しなさい。


 左手の契約相手から話し過ぎだと言われた後に続けられた言葉に、クロノはまた同じ事をしようとして止められたと気付いて後悔から大きく歯噛みした。

 助けなど求めることは出来ない。逃げる事しか出来ない。


 女神深教の連中にこちらの情報が渡れば、きっと標的にされるのはライアたちだ。


 クロノが逃げることがライアたちを深く傷付けると分かっていながら。

 心配そうにクロノを覗き込んでくるあの黄色い瞳、あの子たちが女神深教の標的にされたら、クロノにも防ぎきれない。

 そんな状況に陥らせてしまったのは、カイムの傍に居続けてしまったクロノ自身だ。


 自分自身から責められるように、目の前に飛び上がった黒い帽子の自分自身から蹴撃が加えられる。

 恐怖からドロドロと身体が崩れる様に、衝撃に身体が流動する。


「ほらな、やっぱりしゃべらねぇよ。結局そんなに信用ならねぇってか。」


 違う、信用していないわけじゃないのに。

 クロノが事情を詳しく話すことが出来ないせいで、カイムはきっとそう思っていない。


 錯乱した攻撃に後悔していたカイムはきっと気付いていない。

 あの攻撃が通ったそもそもが、クロノの心情が原因だったなんて。


 あの時点でクロノがカイムのことを、無自覚に受け入れてしまっていたせいで攻撃が通ったなんて知ったら、攻撃を後悔しているカイムはどんな反応をするだろう。

 詳しく話すことが出来ない、攻撃に後悔しているカイムに、あの攻撃はクロノ自身にも大きな原因があったのだと伝えることが出来ない。


 クロノ自身が思っていたよりもカイムのことを信頼してしまっていたと気付いた時には、一人エレイーネーに連れ戻されていた。

 あの時思ったより大きく育っていたカイムに対する信頼に、捨て置かれたと勘違いしたクロノ自身が大きく衝撃を受けた。


 魔人族は同胞を何より優先する、だからいざとなったら人間であるクロノ自身のことは切り捨てるだろうと、そう割り切って接していたつもりだったのに。


 ライアたちをカイムに引き渡して、もう何もかも終わったと思って危険性から身を引こうとしたのに、今度はカイムがエレイーネーにライアたちとやって来て。

 和解した後のその横に居ることがとても居心地が良くて、もう少し、もう少しと自分を騙し続けて傍に居続けて。



 それがどんなに危険な事であったか、リンソウの襲撃に現実を思い知らされた。



 軽率な自分自身を責める様に、ドロドロと流動する身体に次々と蹴撃の衝撃が加わる。


 私のせいだ、私のせいでカイムやライアたちを巻き込んでしまう。

 でもきっと彼らは事情が分からないせいでそれが危険だと知らずに連れ戻そうとする。

 カイムの髪に巻き取られて、逃げなければいけないのに、このまま連れ戻してくれないかと心のどこかで思ってしまう。

 手加減などせず本気で叩きのめして逃げればいいだけなのに、どうしてもそれが出来ない。

 また逃げればライアが悲しむのは分かっている、でも逃げなければライアたちを危険に晒す。


 話せない。事情なんて、契約魔法がなくてもなにも喋る事なんてできない。


 話せないことで彼らの、カイムの信頼を傷つけていることは分かっている。

 今まで危険を冒すくらいならと他人と距離を取って適当に接してきたはずなのに、ここまで悩んでいる自分に気付いてある事実にクロノは身を震わせた。



 カイムに嫌われたくないと思っている自分に気付いて、クロノは更に自分を責めた。




「弱虫、泣き虫、臆病者、卑怯者、意気地なし、自分勝手、自己中、最低人間、面汚し」


 自分自身が分裂するようにたくさん目の前に飛び上がって蹴撃を与えてくる。

 ブツブツと呟かれる目の前の自分自身への罵倒に、身から出た錆に嗚咽する。


 一人で居るのが怖かったから、その恐怖に耐えられなかったから、だからカイムの傍に居続けてしまった。

 クロノ一人では解決できない、だがクロノより弱い彼らに頼ったところで被害が増えるだけ。


 だからずっと話せなかった。

 なにも喋ることは出来なかった。

 どこまでも自己矛盾している。

 周囲を危険に晒して、恐ろしく自分勝手すぎる。


 本当に彼らのことを思っていたなら、さっさと中央魔森林の奥地にでも一人引き篭もっていれば良かったのに。




「……おい、こっちが本体だろ」


 安易な自分に悲観して、クロノがドロドロと絶望に身体を支配される中、唐突に前方下からカイムの声が聞こえた。

 肥大したドロドロの身体はまるで超規模魔物の様に膨れ上がり、避けもしない身体は目の前で攻撃を加えてくる自分自身のいい標的になっていることだろう。

 自分自身の姿をした複数からの蹴撃を受けて、こんな姿になったクロノが本体であると普通は考えない。

 むしろこの姿の化け物が倒されれば悩みは解決と言わんばかりに、一緒になって攻撃するだろう光景だった。


 しかしカイムの声は間違いなくこのドロドロとした化け物にしか見えないクロノに掛けられていた。


「おい、聞こえてんだろ、なにしてんだよてめぇ」


「……喋れないよ」


 かけられるカイムの声に、何も話せない罪悪感だけが肥大していく。


 クロノからは詳しく説明することはできない。

 きっと彼らは訳がわからないだろう。

 詳しく話せないから、彼らに直接謝罪することもできない。


「喋れない、喋れないよ……」


 嗚咽するように事実だけ伝える。

 今クロノが伝えられることはこれしかない。

 謝罪も口にすることが出来ない罪悪感。


 情報を伝えられないことに、自分を責める様に自分自身の姿で、ドロドロの巨大な化け物になったクロノ本体を攻撃させ続けていた。


「喋れない、喋れない……」


「……喋りたくねぇならもう無理して喋ろうとすんなよ」


 カイムから告げられた言葉にドロドロと流動したまま身体が固まる。

 情報を知りたいはずだろうに、なんでそんなに私にとって都合のいい様なことを言うの。

 思わず耐え切れない様に啜り泣き始める。


「弱虫、泣き虫、臆病者、卑怯者、意気地なし、自分勝手、自己中、最低人間、面汚し」


 自分自身が一斉に罵倒して一斉に蹴撃してくる。

 悪いのは私自身だ、何も話せない私自身だ。

 向けられる攻撃をただ受け続け、罵倒は自身をさらに責め立てたくてより激しさを増す。


「……そういう事かよてめえ」


 悟られたかのようなカイムの言葉が聞こえて、罪悪感と後悔により嗚咽が激しくなる。

 なにかに気付かれてしまっただろうか、これ以上情報を与えたら与えただけ危険が増すだけなのに。

 なんとか誤魔化しを入れないといけない。これ以上彼らを危険に巻き込んではいけない。


「何も喋れない、喋れないよ」


「……わぁーってるよ、だからってそんなに自分で自分傷付けてんじゃねぇよ」


 想定外の言葉をかけられて、ドロドロと蠢いていた身体の流動が止まった。


 なんで?


 悪いのは何も話せない私なのに、なんでそんな私に気に掛けるような言葉をかけてくるの。


「喋れない、喋れない……」


「喋れなくても構わねぇよ」


 カイムが諭すように溜息を吐きながら吐いた言葉に、居心地の良さをまた感じてしまう。

 そうだ、カイムは疑問を呈する事こそすれ、あまり話そうとしないクロノに事情があることを察して、いつも深く追求してこなかった。

 だからこそ、その傍に居心地の良さを感じてクロノはカイムの隣に居続けてしまっていたのだ。


 喋れなくても構わない。


 その一言がクロノにとってどれだけ救いになっているか、カイムは理解して言っているのだろうか。


 渦巻いていた不安は、恐怖は、決して消えはしない。

 でもたった一言の救いの言葉が、罪悪感を和らげていくように、身体のドロドロを溶かしていく。

 肥大したそのドロドロがどんどん小さくなっていく。


 気が付いたらクロノは真っ暗な空間の中、攻撃してきていた沢山の自分自身も消えて、頭を抱えて震えながら小さく蹲っていた。

 目の前にカイムが立っているのが見える。

 罪悪感から思わず謝罪の言葉が口から勝手に出てくる。


「ごめん……ごめん……」


「わぁーったよ、喋れねぇのはもうわぁーったから、もう構わねぇって」


 大きく溜息を吐いたカイムは、そう言ってぶっきらぼうな顔のまま視線を合わせるように、蹲ったクロノの前にしゃがみ込んで慰める様に肩に手を掛ける。

 帽子を被ったままゆっくりと見上げ、その顰めた深緑の瞳の奥に映った憂いの色に、クロノはとうとう堪え切れなくなって身を震わせてカイムに抱き付いて大きく泣いた。

 心の奥底に抱えていた様々な感情が、ごちゃ混ぜになってただただ溢れてくる。

 ずっと押し殺していた感情の波に飲まれるように、ただただカイムにしがみ付いてあらんかぎり泣き続けた。




 カイムに縋るように抱き付いて咽び泣き始めた、ドロドロの化け物から元の姿に戻ったクロノを、ルドー達は少し離れた場所から眺めている。

 最初にドロドロの赤黒い巨大なその化け物を見つけて、周囲にいたクロノが飛び上がって蹴撃を与えているのを目撃した。

 以前アルスたちと推測した、物理攻撃が効かないトラウマか何かかと思ったルドー達は、加勢しようと考えたものの、カイムがそれを否定したのだ。


 クロノはそんなに単純な奴じゃないと。


「わからん、なにがどうなっている」


「このデリカシーなしの朴念仁」


「……要はクロノは、ずっとだんまりで情報喋れなかったことに悩んでたって事だろ」


 その可能性があるなんて、ルドー達は考えたことも無かった。

 クロノが悩んでいたことは、情報を話せない事そのものだった。

 話せないことを責めて、自分自身を罵倒して傷つけていた。


 いつも何も話さず、顔を背けて黙り込んでいたクロノは、その話せない現状に本人が一番傷付いていた。

 話せないのはきっと契約魔法による不可抗力なのだろうが、それでも自分が悪いとずっと胸中で攻め続けていたのだろう。


 何とも言えない気まずい気分になったルドーは、エリンジとリリアと顔を見合わせる。

 ルドーの話にエリンジも理解して、二人とも複雑そうな表情をしてルドーに視線を返してきていた。

 情報を知りたいとずっと話すことをエリンジもルドーも、リリアでさえもクロノに訴え続けていた。

 知らない間にずっとクロノを傷つけ続けていたことに三人とも気付いて、気まずく視線を下に向ける。


 しばらくしてクロノはようやく落ち着いたのか、大きく息を吐き出しながらカイムから離れた。

 カイムは未だ心配そうな表情でクロノの方をジトリと眺めていたが、袖で顔を拭きながらクロノが立ち上がったため、大きく溜息を吐いた後カイムも立ち上がった。


「もういいのかよ」


「うん、泣いてスッキリした。ありがと」


「どわぁ! 貴様らいつ戻ってきていたのだ!?」


「音も立てずに現れるのやめなさいよ心臓に悪いじゃないの!」


 フランゲルとアリアの大声にルドー達が驚いて周囲を見渡せば、心理鏡に吸い込まれる前の廃教会に戻ってきている事に気付く。

 どうやら最後に残っていたクロノの心の問題が解決したために、全員心理鏡の中から外に戻ってきたらしい。


 さらに周囲を確認するように見渡せば、とんでもないものが目に飛び込んでくる。


「うわっ!? なんだよこれ!?」


「……さっき回復かけた所よ、でもこれ以上は無理だわ」


 ルドー達が見たのは、黒焦げになっていたゲンタイン・マデビラが、左腕と左足が吹き飛んで無くなっている状態で倒れていたところだった。

 アリアが言う通り回復魔法をかけられたのか、火傷も大分マシになってはいるが、流石に部位欠損した部分は戻せない様子だった。

 足元の石の床に散らばった血の跡から、まるで爆発ででも吹き飛ばされたかのような光景。


 フランゲルにもアリアにもこんな魔法は使えない。

 ゲンタイン・マデビラがこのような魔法を使えるなら最初にとっくに使っているはず、一体何がどうなっている。


「なぜもっと早く戻らん! 貴様らが遅いせいで戻ってくるのとほぼ同時に転移魔法で逃げられたのだぞ!」


「だれだそれは」


「コロバとナナニラでしょ」


 相手を逃がしてしまったと悔しそうにダンダンと足踏みしたフランゲル。

 戻ってくるのが遅いとばかりにルドー達に指差して大声をあげたため、エリンジが眉間に皺を寄せて聞き返せば、フランゲルが答えるより先にクロノが声を上げた。


「アシュのあの映像の……なぜ知っているのだ貴様!」


「そこで転移したんでしょ、ナナニラの魔力の残滓残ってるじゃん。それに私がここに居たのもそいつら追ってたからだし」


「コロバとナナニラがここに居たって!?」


 聞かされた事実に全員が驚愕の大声をあげる。

 アシュで逃走してから全く情報の無かったコロバとナナニラ、その二人がどうしてかこの中央魔森林のこの廃教会に現れていた。

 クロノの話にエリンジがまた眉間に皺を寄せる。


「探知魔法も使わずに残滓が見えるのか?」


「魔力の残滓なんて慣れれば魔法使わなくても見えるよ、鍛えればどうとでもなる」


「それに二人を追っていただと? どういうことだ」


「……リンソウで逃げた後、中央魔森林でたまたまあの二人見かけたんだよ。あいつらまだカプセル二つ持ってるはずでしょ、どこにあるのか探りたかった」


「……てめぇ、道理でただ逃走経路探しても見つからねぇはずだくそがぁ……」


 クロノはリンソウからやはり中央魔森林に逃げていたようだった。

 ただ途中からコロバとナナニラを偶然目撃したために、二人がまだ所持しているはずの魔人族が攫われたままの二つのカプセルの居場所を探ろうとこっそり後を付けていたために、ここまでたどり着いたらしかった。

 カプセルの情報を知ろうと追っていたと分かったからか、カイムが何とも複雑そうな表情でクロノをわなわな睨み付けている。


「転移で逃げられたんじゃ流石にもう追えない……これ、さっきの古代魔道具持って行かれた?」


「なんだと!?」


「なに、あの変なビカッと光った高そうな鏡の事? 持ってかれたっていうならそうよ、あいつらいきなり現れたと思ったらあの黒焦げ男にナナニラが突然爆発魔法ぶっ飛ばして、コロバがあの変な鏡をそいつからぶんどってたのよ」


 周辺を観察するように顔を動かしていたクロノが出した結論にエリンジが驚愕の大声をあげる。

 クロノの話にアリアがフランゲルと共に見ていたことを事細かく説明した。


 どうやら二人は突然ルドー達が消えてしまい訳も分からず混乱していたが、そのまま迫ってきたゲンタイン・マデビラに抵抗しようとしていたところ、突如としてゲンタインが爆発して身体の一部が吹き飛び、持っていた心理鏡が吹き飛んだ。

 そうして吹き飛んだ先にいたコロバとナナニラがそれを手に入れて、そのままあっさりと転移魔法で逃げられ、このままではゲンタイン・マデビラも自分たちが殺したと疑われる可能性もあるために渋々回復魔法を施したとのことだった。


 ゲンタイン・マデビラの持っていた心理鏡は、コロバたちに奪われてしまった。


「ちょっと待てよ! 妨害魔法で転移できないんじゃなかったか!?」


「……その妨害魔法発してたのがあの心理鏡だったんでしょ、取られたから妨害魔法も消えた。あーやだやだ、探知できなくても妨害切れたんじゃ君たち探してここに来られる」


「また逃げんのかよ!?」


「私だって逃げたくないけど他に方法がないのよ!」


 妨害魔法を展開していたのが古代魔道具の心理鏡だった。

 だからゲンタインは魔法が使える様子がなかったのに、あれだけの範囲に複数の妨害が展開出来ていたのだ。

 妨害の大元である心理鏡がコロバたちに奪われた今、妨害が解かれて探知魔法の範囲内に入ったためにルドー達は探しているであろうエレイーネーの先生方に発見されることが可能だ。


 また逃走を図ったクロノにカイムが髪を巻きつけようとしたが、そのカイムの両肩を掴んでクロノが必死の形相で訴えるように叫んだ。

 あまりの剣幕に周りの全員が黙り込んでクロノをじっと見つめる。


「……一つ警告する。女神深教について調べるなら、下手な行動はしないで。もし安易な行動をすれば、あいつらは最初にライアたちに攻撃してくる」


「はぁ!? なんでそこでチビどもが狙われるんだよ!?」


「そういう連中なんだよ、あいつらは喜んでこっちが一番守りたい相手を攻撃してくる、それも全くの悪意なしで。お願いだから下手を打たないで。関わらないことが一番だったし、知らないまま無視していれば、私が話さなければ良かっただけなんだから……」


 懇願するようにクロノはカイムの両肩を震える両手で強く掴んで頭を下げた。

 その様子から冗談を言っているようには誰も見えず、愕然と立ち尽くした。


 クロノが逃げていた理由、それはライアたちを守るためだった。


 下手な行動をすればライアたちがあの連中に狙われる、その事実にルドーとリリアとエリンジはリンソウの現場を思い出して恐れ慄き、フランゲルやアリアでさえも少なからず恐怖し、カイムは特にその恐ろしい事実に肩を震わせて狼狽えていた。


「で、でも何か対策とか考えれば……」


「私でも勝てる相手じゃないのに、君たちに何が出来るの?」


 なんとか打開策を考えようとしたリリアに、クロノが淡々と事実を突きつける。

 クロノでも勝てない相手、だから逃げるしかなかったと語る。

 この場にいる誰一人、手加減しているクロノに勝てたことはない。

 その事実から相手との圧倒的な力の差を、まじまじと実感させられた。

 告げられた事実に、ルドーはなんとか考えをまとめようと、つっかえながら問いかけた。


「つまり、クロノ、お前が逃げてるのは、ライアたちが狙われる可能性があって、それに、俺たちが弱いからか……?」


「……あいつらと本気で事を構えたいなら、少なくとも、私が手加減しなくても苦戦するくらいには強くなってよ。そうじゃなきゃ私だって相手したくないし、そもそも誰も太刀打ちできない。それに、それくらい強くないと、こいつも私に何も話させてくれない」


 クロノはカイムから両手を放してゆっくりと後ろに下がりながら、忌々しそうにその左手をあげた。

 この場にいるルドー達全員が弱いから、クロノの契約魔法の相手はあんな方法で黙らせてきた。


 突き付けられた弱いという事実に、ルドー達は愕然とただ立ち尽くす。

 だがカイムが両手の拳を握りしめて、一人クロノに歩み寄る。


「……ホントは逃げたくねぇんだな?」


「……」


「俺が、強くなりゃ、戻ってくるんだな?」


「出来るなら、だけど」


 カイムの問いかけに、クロノは気まずそうに顔を逸らした。

 どうせ出来やしないだろうと、諦めきったように。

 だがその言葉にカイムが決心したように強い表情に変わる。


「言ったな、ぜってぇだぞ……ぜってぇ連れ戻すからな!」


 カイムの言葉に、クロノがどんどん後ろに下がっていく。

 何もわからないその帽子の下が、苦悶に満ち溢れるように戦慄いて見えた。


「ぜってぇだ! だから待ってろよクロノ!」


 ルドー達の横に転移魔法で誰かが移動してくるのが見える。

 それと同時にクロノは背後の廃教会の壁を破壊する。

 カイムが未だに叫び続ける中、ルドー達の見ている前で、クロノはまた中央魔森林の薄暗い瘴気の中に走り消えていった。


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