第百十三話 死んだときの記憶
やめろ! やめてくれ! 生まれてからまだ一ヶ月も経ってねぇんだ!
やめろ! 言われた通りにしたじゃないか!
やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!
大きな叫び声が聞こえてルドーは目を覚ました。
周囲は真っ暗で何も見えない。
それなのに何故だろうか、物凄く懐かしい匂いを感じた。
なにか大事な事が起こっていたはずなのに、唐突に物凄く眠くなった。
温かな微睡みの中、二度寝するように抗う事が出来ずそのまま重い瞼を閉じて意識が深く沈んでいった。
あの時あのまま眠っていれば、起きることがなければ、今頃こんなことになっていなかっただろうに。
夢も見ない深い眠りの中、唐突にそんなことを考える。
あの時起きなければ、苦しまなければ、今も続く嫌われるかもしれないという恐怖を抱え込まなくて済んだのに。
嫌われるかもしれない? だれに?
窓を叩く激しい雨音にルドーは唐突に目を覚ました。
あの時と同じだった、激しい雨音、同じように目を覚ました。
あの時? いつのことだ?
ビカリと大きく雷が光り、辺り一帯を照らす。
小さな六畳ほどの部屋に、雑魚寝するように布団が敷かれていた。
あぁ、またこの夢だ。
ここ最近は長いこともう見る事も無かったのに。
思い出すのはいつもこの光景だ。
ビシャアンと大きく雷が鳴る。
近くに落雷でもあったのか、床が揺れるほど激しく周囲が震えた。
その瞬間、部屋が雷光に激しく照らし出される。
ワンルームの安アパート。
台所には昨日、妹の三歳の誕生日を祝った際のごちそうとケーキの洗い物が水に浸けられたまま。
折り紙すら買う余裕がなく、古新聞で作った紙の飾りはもう使わないというようにゴミ箱に投げ捨てられて。
かつての父親と母親、その追い詰められたようなやつれた顔は、何度も何度も思い出したせいで頭にこびりついている。
起きてしまったことに気付かれて、父親がゆっくりとこちらに歩み寄ってきた。
逃げなければいけなかったのに、微睡む身体は布団に重く押し付けられるように動かない。
唐突に思い付く。
今なら妹を助けられるのではないかと。
夢の中でだけでも、助けることは出来ないのか。
動かない身体、視線すら父親に釘付けになって、隣ですやすや眠っているはずの妹の様子すら確認することが出来ない。
何の抵抗も出来ないまま、いつものようにその男が上にのしかかってきて首に手を掛ける。
ビシャアアンと大きな雷鳴が轟いて、また辺り一帯が真白に照らし出される。
いつも見る光景。
息の根を止める様に首に手を掛けられる。
今になってようやく首を動かすことが出来た。
横を見ればいつもと同じ、妹が同じように母に首に手を掛けられてバタバタともがき苦しんでいる。
今からでも助けられないのか、たとえ夢であっても助けることは叶わないのか。
ボタボタと、妹の顔や周囲の布団に涙をまき散らしながら。
それでも母は力を込めるのをやめない。
ブツブツと呟くように何か語り掛けている父がルドーの目の前にはっきり見えるのに、轟く雷鳴にかき消されて何を言われているかわからない。
首が痛い、血が溜まっていく感覚、息が吸えない、瞬きできずに目が乾く。
必死に息を吸いたくて舌を出すのに、いつまでたっても空気は入ってこない。
視界が暗くなる、目が充血しているのか、薄ら赤い様な気がする。
隣でバタバタ暴れていた幼い妹が、少しずつ暴れていくのが収まって、どんどん静かになっていく。
また助けられなかった。俺のせいだ。
視線を目の前の父に向けたまま、必死に妹に手を伸ばした。五歳の小さな腕と指では、すぐ隣にいるはずの妹に届かない。
ボソボソ父がなにか言おうとしている。
何を言っているんだ、いつも分からないままだ。
苦しみから解放されることだけを願うようになって、ようやく視界は黒一色になった。
微睡みの中、ルドーは再び目覚める。
遊ぶだけ遊んで、食べるだけ食べて、誕生日のお祝いのケーキまで腹いっぱいに平らげて。
あぁ、まただ。また繰り返している。
窓を激しく打ち付ける雨音。
激しい雷光によって照らし出される室内。
また同じ夢を見ている。
なんだろうか、あの時妹を助けられなかったルドーへの罰か何かなのだろうか。
また同じように、目が覚めたルドーに両親が迫ってくる。
大の男にのしかかられる、また身体は金縛りにでもあったかのように動かないまま。
首に手が伸びる、また雷光が部屋を照らし出した。
照らし出された部屋に、エレイーネーの制服を着たリリアが浮かび上がった。
ルドーは驚愕と恐怖に目を見開いた。
「もう生活していくことが出来ない、酷い目に遭ったのに、許してくれ……」
パクパクと目の前で何かを呟いている父にゆっくりと、痛ましい表情で歩み寄ったリリアが呟き始めて、ルドーは息が出来ないまま恐怖にすくみ上った。
なんだこれは、こんなものは知らない。
リリアは前世の記憶がなかったはず、何も覚えていなかったはずだ。
だからこそルドーはグルアテリアでニン先生から話を聞いて、少なからず安堵したのだ。
リリアが少しでも覚えていたら、あの時のことを思い出したら、前世で傍にいたのに助けられなかったルドーを知ってどう思うのか。
女神に懇願してリリア本人に確認もなくまた一緒に転生した事を、どう感じてしまうのだろうか。
怖くて聞けなかった。
だから前世の話は誰にも詳しく話すことが出来なかった。
それなのになんでリリアは親父があの時呟いた言葉を覚えている。
「治療費が足りない。もうこうするしかない。酷い目に遭ったのは輝季なのに、こんな事しか出来ない、不甲斐無いお父さんを許してくれ……」
父のすぐ横までゆっくりと歩いてきたリリアが、痛ましい表情のまま、ブツブツ呟き続けている父の言葉を代弁する。
治療費、そうだ。
朧気ながら、ルドーは前世で病院に通っていたような記憶がある。
特にこれといった病気をしていたような記憶はないし、外で遊ぶことを咎められたことも無い様な。
いや、いつからか外で遊ぶときは一人で遊ぶなと制限されたような気がする。
リリアによって呟かれた言葉に、忘れていた詳細にルドーは驚愕に目を大きく見開く。
つまり、両親が無理心中したのは前世のルドーのせいだった。
前世の妹が、リリアが死んだのはルドーのせいだった。
辿り着いた真実にルドーは激しく打ちのめされる。
なんで転生なんて願った。
リリアがあの時死んだのは俺のせいじゃないか。
本来ならこの時死んで終わりだったはずだ。
リリアがゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。
いやだ、嫌われたくない、失望されたくない。
自分のせいで巻き込まれてリリアは前世で死んだんだ、三歳の誕生日だったのに。
早くこの首を絞めてくれ。
暗転して、真っ暗になって、もう終わりにしてくれ。
「……お兄ちゃん?」
痛ましい表情のまま、ゆっくりと父の横で腰を下ろしたリリアが、五歳の輝季の姿をしたルドーにそう問いかけていた。
ビタリと映像が止まるかのように周囲の動きが止まる。
なんでだ、いつもそうじゃないか、いつもみたいに首を絞めて暗転してくれ。
これは悪い夢だ、リリアがこの記憶を覚えているはずがない。
「お兄ちゃんだよね?」
ルドーの願いに反して、いつものように視界が暗転することは決してなく、目の前に座るリリアは確信を持ったようにルドーに告げてくる。
今目の前にいるのは夢でも幻でもなんでもない。
間違いなくリリア本人だ。
知られた。
リリアに知られた。
知られた知られた知られた知られた知られた知られた知られた知られた。
前世で死んだときの姿、五歳の輝季の姿でいたルドーは、その小さな身体の感情に引っ張られる様に、動揺してボロボロ泣き始めた。
リリアが前世で死んだのは俺のせいだ。
俺がリリアを巻き込んだ。
こんな魔物や瘴気に他にも沢山危険ばかりが蔓延る世界に、俺がリリアを引っ張り込んだ。
その事実に五歳の身体が耐えきれない様に嗚咽してボロボロ泣き崩れる。
「たっ、たす、助けられ、なかっ……」
「……大丈夫、お兄ちゃん、大丈夫」
動転して嗚咽した、纏まらない声が喉から飛び出してくる。
首から上しか身体が動かない。
涙で濡れたぼやける視界に映るリリアは、そんなルドーを落ち着かせるように声を掛けてくる。
やはり他でもない、どうしてか知らないが、リリア本人がここに居る。
一番知られたくなかった秘密を知られて気が動転していたルドーはリリアにばかり視線を取られ、リリアの背後で見たことも無い小さな少年の姿からルドーの声が発せられて、目を大きく見開いて唖然と口を開いて立ち尽くしていたエリンジとカイムに気付いていなかった。
知られた罪悪感に、ドクドクと心臓が激しく鼓動して胸を叩く。
首を絞められて息が出来ないはずなのに、呼吸が激しくなった。
とめどなく溢れる涙を止めることが出来ない。
「う、恨んで、お、おれのせいで、死んでっ……」
一番恐れていた事だ。
リリアに知られて、なぜ助けられなかったのかと糾弾されるのを。
どうして巻き込んだのだと問い詰められるのを。
なんとか必死に言い訳をするように、嗚咽したまま言葉を発する。
「恨んでない、お兄ちゃんのせいじゃない」
つっかえながら発した言葉に、リリアは五歳の輝季の傍にしゃがんだままそう優しく語り掛けてくる。
「転生させた、俺が、願って、勝手にっ……、ま、巻き込んで、お、おれのせいで……」
女神に妹を傍で守りたいと願ったのはルドーだ。
後先を何も考えず、リリア本人の意思も確認しないまま。
転生にリリアを巻き込んだのはルドーだ。
この世界にリリアを引き摺り込んだのはルドーだ。
罪悪感からボロボロと涙が落ちるのが止まらない。
「迷惑だなんて思ってないよ。私こそごめんね、ずっと忘れてて……」
リリアはそういってゆっくりと両手を伸ばして、首を絞められたまま横たわっている五歳の輝季の姿のルドーに近寄り、首を絞める男の手をゆっくりと外す。
そのままボロボロと泣き崩れている輝季の小さな姿をしたルドーを、安心させるようにリリアはそっと引き優しく起こして抱きしめた。
リリアに優しく抱きしめられた輝季の姿のままのルドーは、起こっている出来事が理解できないかのようにしばらく呆ける。
何故抱きしめられているかルドーは分からない、責められこそすれ、謝られる事なんて何もなかったはずだから。
だが優しく撫でるその背中のリリアの掌に、とうとう堪え切れなくなったかのように、ルドーのしゃくりあげるような泣き声が小さな少年から発せられ始めた。
「……つまりどういうことだよ」
見たことも無い少年に向かって行ったリリアに、カイムはただひたすら混乱していた。
「ニン先生が前に言っていた、前世の記憶とかいう奴だろう」
「んだよそれ」
「先生の話では、この世界で生まれる前、別の世界で生まれて生きて、死んだまでの記憶が保持されているという話らしい」
「死んだときの記憶だぁ? ……さっき見えた首絞めてたあれか?」
「あぁ、見る限りおおよそ無理心中。生活が出来なくなって、前世のルドーは実の両親にあの年齢で殺された。しかも聖剣の話から、同じように前世のリリアも殺されている。つまりあの隣にいる小さな女の子が……」
皆まで言わずともエリンジが何を言いたいか、流石にカイムも口を歪めて苦々しそうに理解した様子だった。
これは確かにルドーが話したがらないのも納得だとエリンジは歯噛みした。
実の両親に殺されて、しかも目の前で前世のリリアが先に死んでいくのを目撃している。
ルドーがリリアの身に対してあれ程異常に執着するのもこれを見れば仕方のない事だった。
無意識にルドーがリリアをずっと拒絶していたのも、前世のリリアが先に死んでしまったことで、あの時救えたのではという考えがずっとルドーの中で過っていたために、罪悪感から向き合う事を恐れ続けていたのだろうとエリンジは推測する。
授業の合間に安易に聞き出すような、そんな軽い内容ではなかった。
エリンジとカイムはお互いを見合わせる様に話した後、改めて正面を向く。
そこにはもう小さな見慣れない少年はおらず、優しく抱きしめるリリアに背を撫でられているルドーが、震える息を吐き出しながら強くリリアを抱きしめている所だった。
ずっと恐れていた事だったのに、事実を知れば恨まれても仕方ないとすら考えていたのに、リリアはなんでもない事だとでもいうように、ルドーに優しく寄り添っていた。
「お兄ちゃん、私ね、今すっごく嬉しいの」
「嬉しいってなんでだよ、俺はリリの事……」
「私はお兄ちゃんに殺されたなんて思ってないよ。でも、やっとわかったの。お兄ちゃんがなんでそんなに私を大事にしてくれるか。ずっと分からなくて不安だったけど、それがわかったから、だから、嬉しいの」
「……不安だったのか?」
抱きしめていた腕を放して、ルドーは正面からリリアを見つめた。
その顔には嘘偽りのない、優しい笑顔がルドーに向けられていた。
「だってお兄ちゃん、いつも自分の事二の次なんだもの。死んでも守るって気迫で、しかも何か理由があるみたいに意味深な顔するんだもの、訳が分からなくてずっと不安だったの」
「い、意味深な顔してたか?」
「凄い申し訳なさそうな目で私の事見てたもん、ずっと傍にいたのに分からないわけないよ」
全くしょうがないんだからと笑ったリリア、ルドーは長い間避け続けていたその顔をようやく真正面からじっと見つめ直した。
エリンジがずっと伝え続けていた、リリアが強いという意味を、ルドーもこの時ようやく理解する。
何を恐れていたんだろうか、こんなに強い緑の瞳をしたリリアが、ルドーのことを恨んで憎むなんてことは決してないだろうに。
「リリ、悪かったよ。今まで色々」
「いいよお兄ちゃん、私お兄ちゃんの傍にいられれば幸せだから」
だからあんまり無茶しないでねとリリアにニッコリ笑って伝えられて、ルドーは心底敵わない様に同じ笑顔で笑い返した。
生まれてからずっと隠し続けていた転生した秘密。
それを生まれてからずっと傍にいたリリアにようやくルドーは全て説明した。
おおよそ両親によって無理心中を図られた事、その後女神と思しき相手に転生させられ、その際に妹を傍で守りたいと願ったためにリリアも双子として一緒に転生した事、無理心中の際に助けられなかったから、恨まれるのが怖くてずっと話すことが出来ないでいた事。
リリアはずっとルドーが黙っていた秘密を話してもらったことでかなり上機嫌な様子だった。
「にしてもリリは覚えてたんだな、前世の親父が何言ってたのか。雷鳴が酷くて聞き取れなかったのに」
「すっかり忘れてたのにね。なんだろう、あの光景見た瞬間一言一句思い出せたの」
「ショック療法の類か」
「なんでもいいからさっさとあいつ見つけてこんなとことっとと出るぞてめぇら」
苛つくようなカイムに促されて全員で歩き始める。
周囲はまた真っ黒な空間に戻っていた。
ルドーは両手に嵌まったままの黒い腕輪に視線を向ける。
古代魔道具の中にいるせいか、背中に担いだままの聖剣が全く反応しない。
この空間に入った直後、何か大きく叫ぶような声をルドーは聞いた気がする。
しかしリリアやエリンジ、カイムに聞いても覚えがないと首を振られた。
気のせいだったかと思わず首を傾げたが、今は早く外に出る事を優先しなければならない。
フランゲルとアリアは巻き込まれなかったようでおおよそ外にいるだろうが、それでもゲンタイン・マデビラが動けるようになったのは確かだった。
あの変態をあの状態でも放置しておくわけにはいかない。
後見つかっていないのはクロノだけだった。
こういう時にいつもクロノは最後になっているのは気のせいだろうか。
「にしても心の問題ねぇ。エリンジ、いつから俺に、心理鏡だっけ? 使おうと思ってたんだ?」
「後期に入ってからすぐだ」
「思ったより用意周到に計画してんじゃん……そんな心配だったのか?」
「魔力暴走の様子は見ている。そして思うに、多分まだ解決しきれていない」
「え?」
クロノを探して四人歩く中、エリンジの言葉にリリアが機嫌の良さそうな顔を引っ込めて振り返る。
ルドーも思い当たることがなく首を傾げる中、エリンジは無表情にルドーに視線を向けた。
「本人が覚えていないことを、心の問題として認識できると思うか?」
「え? うーん……言われてみりゃ微妙なような……」
「魔力暴走の際にルドーが言っていた言葉にはいくつか、先程見たルドーが転生する際の前世の記憶だけでは説明がつかん部分がある」
「お兄ちゃんが魔力暴走して忘れてる部分って事?」
エリンジの話に、リリアが不安そうな表情に変わる。
ルドーは何も覚えていないので自分が何を言ったかもわからないのでエリンジの説明を聞いても良くわからないが、エリンジが違和感を持ったのならばそうなのだろうと考える。
しかしゲンタインに心理鏡を使われた今の状態ではそこまで調べることは出来ない。
「それを探るために本来の使い方をしなければならなかった。早く外に戻って心理鏡をゲンタインから取り返さなければならない」
「要は外に出てそいつぶっ叩きゃいいって事だろ、いいからさっさとあいつ探せよてめぇら」
周囲を見渡すように顔を動かしていたカイムが、イライラするように告げる。
見つけた所でクロノが心の問題を抱えていて、それを解決できていなければどちらにせよ出られない。
そう考えていたルドーは苛つくカイムに溜息を吐いた。
「やっとクロノが見つかったからってそんな焦るなよカイム」
「連れ戻したいならば協力する」
「うるせぇ! 自分でやるわ!」
「にしてもまだ出られないってなるとまだクロノさんの悩みは解決してないんだよね、どういう事に悩んでるのか全然見当つかないんだけど……」
歩きながらリリアが悩むように顎に手を当ててうーんと上を向いた。
クロノが悩んでいる事が何なのか、ルドーにも該当が多すぎて逆に見当がつかなかった。
口を滑らせていた女神深教のことか、それとも口封じされていた契約魔法に関してのことか、家族を徹底的に避け続けている事か、よくわからないままの逃げ続けている理由のことか。
多分クロノがまだ話していないことは山ほどあるだろう。
話さないし態度にもあまり出さないので分からないことだらけだが、どれもこれも悩むには十分な要素な気がして、もし解決しないでここから出られなかったらどうしようとルドーは気が滅入った。
「……いざとなったらカイム、頼んだ」
「はぁ?」
「なぜカイムなんだ」
「いやだってクロノ、俺達にはだんまりでもカイムには会話返すじゃん。あいつが話聞くなら多分カイムだと思うぞ」
ルドーが項垂れながらもそうカイムに指摘すれば、初めて気付いたようにカイムは目を見開く。
クロノはエリンジとはどこまでも相性が悪いが、逆にカイムの言葉には、嫌われていると勘違いしていても気を使いつつ返すくらいには反応があった。
ルドーやリリアを含めた他の魔法科の面子とは一定の距離を保っているが、カイムにだけは揶揄していたり、他とは距離のある壁がルドーには見る限り感じられなかった。
そう説明したルドーに、カイムは考える様に視線を下に向ける。
驚くように目を見開いたまま思案顔で下を向いたカイムを見たリリアが、きょとんとしたように首を傾げた。
「ひょっとしていつも一緒にいたから、他の人との違いに気付いてなかった?」
「うるせぇ、つか頼むっつわれても俺にもあいつの悩みなんかわかんねぇよ」
「うーん、契約魔法で喋れない内容で悩んでたらどうしようお兄ちゃん」
「それやられたら解決方法分かんねぇな、そこまで非道な相手でなければ……いやそれも分かんねぇなあの脅し方の様子じゃ……」
「契約魔法が古代魔道具を上回るかどうかは前例がないせいでわからん」
一番クロノと行動を共にしていたカイムでも、クロノのことは理解しきれない様子だった。
リリアの疑問にエリンジが補足した事で全員が頭を悩ませ始める。
黙らせるためだけに腕に攻撃してくるような契約相手、都合が悪いことを話させないために何をしてくるかわからない為安易にクロノに話を聞き出すことも出来ない。
これは骨が折れるかもしれないとルドーが考えていた時、強烈な打撃音が聞こえて全員そちらを向いた。
良く聞いた魔物を倒す際の蹴撃の打撃音に顔を見合わせた後、また聞えたその音に走り始めたカイムを追うようにルドー達も早歩きでそちらの方に向かった。




