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第百十二話 目を背けていた本心

 真っ暗な空間に、罵倒が頭の上から響き続ける。

 反論する余地などなかった、今まで行ってきた行為が牙を剥いて襲い掛かってきた。


「自分達だけが助かればよかったのかよ」


「他に方法があったはずだろ」


「こっちの生活は何も考えてくれないんだな」


「おかげで家族と離れ離れになったんだぞ」


「そっちはいいよな、家族と一緒にいられるんだからよ」


 顔の見えない黒い男達に囲まれて、カイムは一人頭を抱えて蹲る。


「うるせぇ! だったらどうすればよかったんだよ!」


 魔道具製造施設の襲撃。

 攫われた同胞たちの行方を追って、ボンブが役職の臭いからその後を追い、アーゲストが一人危険を冒してあちこちひっそりと潜り込んで、ようやく施設の奥に攫われた同胞が隠されるように拘束されているその場所に辿り着いた。

 身を潜めたまま様子を伺ったアーゲストに、人間たちの都合のいい様に同胞が酷使されていると聞いて腸が煮えくり返った。


 そんなことのために同胞たちを、ライアを、レイルを、ロイズを連れ去っていったのかと。


 怒りのままに攻撃した。

 冷静でなどいられなかった。


 同胞を、家族を攫って、鞭打ち、暴行を浴びせ、魔封じまで付けて。

 そんな悪人連中に気を使う必要などないと、諭すアーゲストやボンブにそう叫び続けて、救出の傍ら怒りのまま、三人が見つからない虚しさをぶつける様に攻撃を加えていた。

 冷静さを欠くなと、アーゲストやボンブに止められることもあったが、なぜ止められるのかと逆に憤り続けた。


 だからリンソウの街についたときクロノから話を聞いて、相手も被害者であるなど露程考えも及ばなかったために、ゆっくりとその言葉を飲み込んでカイムは今更後悔していた。


 攻撃した魔道具製造関連施設は多い。

 施設を完全に破壊していたのは最初期、クロノが合流して来る前だ。

 同胞を救出した後怒りのままに攻撃していれば、施設の最奥を攻撃したからか、気が付いたら施設そのものが崩壊していた。


 こちらの正当な主張を通せと、被害はなるべく最小限にしろと、そう提案してきたのはクロノだ。


 まだ合流して日が浅く、納得できなかったカイムはその後アーゲストとボンブに詳しく事情を話していたクロノの説明を、怒りからその場を立ち去って聞かなかった。

 きっとクロノはあの時点でわかっていたのだ、製造施設そのものにいる従業員は何も知らされていない、一般人の方が多かったのだと。


 いつだってそうだ、感情のままに行動して、後でそのことを強く後悔する。


「助ける方法が他にあったってんなら教えてくれよ! 三人しかいない少人数であれ以外にどうやって同胞を助けられたってんだよ!?」


 頭上からの罵倒に必死に大声で叫び返した。

 分かっている、理不尽を受けたからと感情に走って、結果同じように理不尽を返してしまっていたことに。

 リンソウで家族を引き裂かれたのだと、三つ子と同じくらいの小さな子どもにそう叫ばれて、同じ境遇に陥らせてしまった事実をどう受け止めればいいかわからなかった。

 あの時は結果的にあの家族自体が加害者側だと分かったものの、叫びあげていた子どもからすればそんなものは関係ない。


 何より本当に家族を引き裂かれた文字通りの被害者だっているはずなのだ。



「本当はただ破壊することが楽しかっただけなんじゃないのか?」


 上から降り注いでくる罵倒に、頭を抱えたまま目を見開く。

 動揺に呼吸が荒くなって息がしづらくなった。


 同胞を攫う悪人連中に感情のままに攻撃して、ざまぁみろと思わなかったと言えば嘘になる。

 三つ子が延々と見つからないことに虚しさが大半を占めていたが、その感情がなかったかと言われればほんのわずかに存在していた。

 少しでもそう考えなければやっていられなかった。

 だからこそリンソウで囁かれた大きな声に動揺した。

 クロノの話を聞いてから、心の奥底で眠っていた罪悪感に図星をつかれて。


「やった事はもう変えられねぇだろうが! わかってる! 今更蒸し返してんじゃねぇよ!」


「なにがわかってんだよ」


「俺たちになにしたか本当にわかってんのか?」


「感情に任せて悪い事してたって、今更なのはわかってる! 出来る限りのことはする! 気が済むだけ好きなだけ殴れよ! だけどライアとレイルとロイズは関係ねぇ! やるなら俺だけにしてくれ!」


 頭を抱えながらカイムは必死に叫んだ。


 もう終わってしまった事、今更何も変えられはしない。

 襲撃して破壊してしまった魔道具製造関連施設はもう戻らない。

 だからせめて被害に遭った従業員たちには気が済むまで殴られても構わなかった。

 クバヘクソの住民たちに怒りのまま殴られ続けたように。

 かつての自分が怒りのままそうしていたように。


 だからこそ受け入れられるものは受け入れようと、暴行を受けて、魔封じを付けられながらぼんやりとした意識の中そう思ったのだ。


「三人は助けてくれって? 何偉そうに言ってんだよ、三人だって助け出したのはお前じゃないだろ」


 頭上からさらに告げられた言葉にカイムは目を見開いたまま固まった。


 そうだ、ライアとレイルとロイズ、三つ子を連れてきたのは、捕まっていた三人を助け出したのはカイムではない。


「自分一人では何もできなかったじゃないかよ」


「その癖俺たちには自分一人で出来る限りなんでもするって?」


「三人助けられなかったんだろ、なにもできやしない」


「それとこれとは関係ねぇだろうが!」


 大声をあげて顔を上げれば、もう周囲に見下ろしてきていた男達はいなくなっていた。


 真暗な空間が広がる。


 訳が分からず、ただ息を切らすようにカイムはその場に座り込んだまま荒く呼吸していた。


「カイにぃ……」


 怯える様な小さな声、三つ子の声が聞こえて胸が締め付けられた。


 カイムが素早くそちらの方に向けば、怯えた表情の三人の後ろに、大きな黒い塊が見えた。

 かつてライアとレイルとロイズと再会したときに遭遇した、歩く災害。

 立ち上がったカイムが大声を出して手を伸ばした瞬間、化け物が両手を握って拳を大きく振り上げて、ぐしゃっという音と共に三つ子がぐちゃぐちゃに潰される。

 飛び散った肉片に赤い液体が丸く足元に広がっていった。


 もうどれが誰だか分からない程に三人がぐちゃぐちゃに混ざり合ってすりつぶされる。


 カイムは何が起こったかわからなかった。

 目の前で起こった事にただただ涙を流して絶叫した。


「一人じゃどうやったって間に合わなかったくせに」


 絶望した表情で声も出さずにボロボロ涙を流し始めたカイムの後ろに、帽子だけ被った黒い何かが立っている。

 黒い何かは口もないのにカイムを責める様にクロノの声を発し始めた。


「ライアも、レイルも、ロイズも。誰一人自分じゃ助けられなかったくせに。その癖偉そうに私には説教するんだ? 一人で動くのは危ないって忠告したのに、結局焦って先走って。あれだけリンソウで気に掛けてくれたエリンジを巻き込んで、ライアたち三人をよく見てくれたリリアもあっさり攫われて、ライアをカプセルから助けてくれたルドーにも迷惑ばかりかけて。そうやってこの先も関係ないやつたくさん巻き込むんだ? 自分勝手なのはどっちだって」


「うるせぇ! そもそも勝手に逃げたのはそっちじゃねぇかよ!」


 後ろから聞こえる声に振り向かないままカイムは叫んだ。

 そもそもの話、リンソウの襲撃の際にクロノが一人逃げなければ、こんなにややこしい事にはならなかった。

 カイムも初めて見る、クロノが震えるほどに怯えていたあの時、自分を頼って残ってくれていれば、ここまで面倒な事にはならなかった。

 それなのにカイム自身を責めるような口調に、なぜ責められる謂れがあるのかと泣きながら叫ぶ。


「おめぇが逃げなきゃよかったんだよ! そんなに信用できなかったのか!?」


「信用されないから逃げたって? 信用される程カイムになにか出来た試しがあったの?」


 帽子を被ったなにかに告げられた言葉に、カイムが大きく目を見開いて涙が止まる。

 突き付けられた事実に呆然とするように。

 そうだ、クロノにはいつも助けられてばかりで、気を使わせてばかりで。


 カイムからなにか返せた試しが一度もなかった。



「結局そっちが困ってるだけじゃない、自分一人じゃ不安だから。自分の我儘のせいで攫われたから、また三人に何かあった時守り切れる自信がないから、そうやって私を頼る。私のこと何も知らないくせに、信用だなんて笑わせないでよ」


「喋らねぇじゃねぇかよおまえ!」


 カイムは背を向けたまま、背後の帽子を被った黒い何かに叫びかける。


 いつだって疑問は投げかけていた。

 クロノに何の得になるのかと、不利益を被るだけなのに、なぜそんなことをするのかと。

 疑問の答えはいつも同じ返答だった、私の都合だと。

 その都合が何なのか、いつだってクロノは詳しく話そうとしなかった。


 話さないことを非難するようにカイムは叫ぶが、同時に思い出した。

 契約魔法でクロノは縛られている、話したくても話せなかったのだと。


 背後にいる者がクロノではないことに、カイムは気付いていなかった。

 帽子を被った黒い何かが、口もないのにクロノの声を発し続ける。


「ライアが泣くから連れ戻すの? 本当にそれだけ?」


「……ちげぇ」


「じゃあなんでほっといてくれないの?」


「……俺がてめぇに戻ってきて欲しいからだよクロノ!」


 カイムが大声で叫んで振り返り、ようやく帽子を被った黒い何かに気付いた。

 話していた相手がクロノではない何かだと気付いて、カイムが驚愕に目を見開いて、後退って肩を震わせる。

 その何かはグニャグニャと形を変えていき、落ち窪んだ目でカイムを睨み付けるカイム本人に変わる。


「本人に言うんだな。じゃないと何か抱え込んでるあいつは戻って来ねぇ」


「……だれだよてめぇ」


「分かってるはずだろ、あいつが戻って来ねぇのはおめぇが弱ぇからだって」


「っ……」


 自分と同じ容姿をした何かに事実を告げられて、カイムは動揺して歯を食いしばって黙り込む。


 クロノがリンソウの街で逃げたのは、自分が傍にいてもどうにもならないからだと、カイムは心の奥底で気付いていた。

 ようやく見つけたと思ったら、動くこともままならない身体で激しく攻撃してきてまでまた逃げようとする。

 引き留めるために髪で首を縛り上げても何の反応もなかったことがただただ虚しかった。

 最初から何も期待していないと言われたように感じて。



 本当は分かっていた。

 あの時クロノが逃げたのは、カイムがいても絶望してしまったからだと。




「結局頼ってばっかだ。自分の不安が解消されればあいつの都合なんてどうでもいいわな」


「最低だって、わかってらぁ……それでも戻ってきて欲しいんだよ……」


 頭を抱えたまま、カイムは嗚咽するような声をあげる。

 腹の底から出した声が震える、感情を押し殺そうと思わず唇を噛んだ。


「分かってんだよ、俺一人じゃ何も出来ねぇ……知らねぇ間にあいつがずっと気ぃ回してたって、ずっと前から気付いてたのに目ぇつぶってたって……」


 気を使われていた事に、本当はとっくの昔に気付いていて、無視して甘えていた。


 クロノがいなくなって、本当に不安に思っていたのはカイム自身だ。


 カイムより圧倒的に強くて、ライアもレイルもロイズも三人とも見つけ出して、それでいて人間の情報を事細かく伝えて危険がない様にと気を配ってきて。


 カイムが一番疑っていた相手は、気が付けば一番頼っている相手に変わっていた。


 だがカイムが頼るばかりで弱いからクロノは逃げた。

 ずっと見ない様にしていたその事実にカイムはようやくたどり着く。


 それでも。



 頼ってばかりで情けなくても、傍にいて欲しいと願っていたと、カイムはようやく自覚した。





「あいつはどうせお前には頼らねぇ。何も喋らねぇよ」


「いいんだよもう、喋らなくても……戻ってくるだけで構わねぇ」


「だぁらそれは本人に言えよ」


「うるせぇ! 分かってらぁよそんなこと! 自分でやるわ引っ込んでろよてめぇは!」


 カイムの前にいたカイムのような何かは、呆れたような声を出した後、水が弾ける様にバシャンと弾けて消えた。

 耳鳴りが響くような長い沈黙、心の奥底に抱え込んでいたものを吐き出すように、カイムは長く大きく息を吐きだす。


「……てめぇらこの事誰にも言うんじゃねぇぞ……特にあいつには……」


「……気付いていたのか」


「えっと、クロノさんには戻ってきて欲しいって直接言ったほうがいいと思うよ?」


「うるせぇわ! いいから黙ってろよ!」


 憔悴したように座り込んで手で顔を抱えたカイムが、傍で佇んでいたエリンジとリリアに向かって吠える様に叫んだ。




 エリンジとリリアにカイムが合流した。

 周囲は相変わらず何もない真っ黒な空間のまま、明かりもないのに三人がお互いに視認できる。

 明らかに魔法か何かで出来た空間であることは、三人とも先程見聞きした異様な様子から嫌でも察することは出来ていた。

 カイムはまだ少し憔悴したように手で顔を抱えながら唸り声をあげる。


「胸糞悪ぃ……なんだよここは……」


「ジュエリ国の古代魔道具、心理鏡の中だ」


「え? 古代魔道具? ジュエリ国の?」


 エリンジの返答にリリアが口に手を当てて驚きの声を上げ、カイムがさらに機嫌が悪くなるように顔を顰めて睨み上げたあと、確認するように周囲を見渡した。


「どういうことだよ?」


「王都プテアが襲撃された話の続きだ。王都が襲われたそもそもの理由だが、相手は王宮に保管されていた古代魔道具を狙っていて、まんまと盗まれた」


「砂漠で話してた人狩りしてたくそ人間連中のことか?」


「え? それって……鉄線の話? 壊滅したんじゃなかったの? それがなんでここに?」


 攫われていたために事情を聞いていなかったリリアに、エリンジが簡潔に説明する。

 王都プテアに鉄線の連中が潜んでいて、殲滅戦前だったため逃れられていたと。


「その潜伏していた鉄線の人たちが、ジュエリ国の古代魔道具を盗んでたって事?」


「そういう事だ、なぜかゲンタイン・マデビラが持っていたが」


 ルドーとフランゲルの激しい攻撃で瀕死の重傷だったはずのゲンタイン・マデビラ。

 そいつがなぜかジュエリ国から盗まれた古代魔道具を持ち、あまつさえこちらに使用してきた。

 鉄線の残党と繋がりがあったのは確実だったろうが、何をどういった経緯で彼に古代魔道具の一つが渡ったのか。

 ただ鉄線の残党がジュエリ国の古代魔道具を盗んだことは事実、そこと繋がりがあったゲンタインならば、出資者でもあり交渉して手に入れるのは容易ではあるはず。

 意識を取り戻したゲンタインが攻撃のためにそれを使ったのか、それとも時間稼ぎが目的かは不明だが、それによってあの場にいた五人が巻き込まれたという事だった。


「さっきの光ったやつか?」


「そうだ」


「中に吸い込まれたって事? え? どういう魔道具なの?」


 ここに来る前の事をそれぞれが思い返しながら話す。

 ゲンタインがかざすように使った何かが一瞬大きく光って、まるで空間が捻じ曲がるようにそこに全員吸い込まれた。

 つまり今いるこの真っ黒なこの空間は、その吸い込んだ古代魔道具の中という事だ。


「ゲンタインが持っていたジュエリの古代魔道具の一つ、心理鏡は古代魔道具でも特殊な使い方をする。名前の通り、心の内を探って映す」


「……さっき言ってた乗り越えたとかなんとかも、それ?」


「まぁ、そういうことだな」


 リリアの疑問にエリンジは言いにくそうに視線を逸らしながら答える。

 心理鏡は古代魔道具の中でも特殊なもので、人の精神的な成長を促すものとして古くからジュエリ国にて度々王家に申請して使用されてきた。

 本人も気付かないような心の奥底に抱える不安やトラウマを映し出し、それを乗り越えることで成長を促す。


 エリンジがルドーの為に使用申請していたのもこの古代魔道具だった。


 最も今はゲンタインによって使われたために、その本来の使用目的で使われているのか定かではない。

 ひょっとしたら精神攻撃による無力化を図っていたかもしれないとエリンジが二人に伝えた。


「それで今の奴かよ、くそが。おいどうやってこっから出んだよ」


「入れられた全員を見つけ出さねばならん。あとはルドーとクロノだ」


「見つけ出してどうするの?」


「心理教は本来鏡に映して使う。中に入るのは試練として使う時だけだ」


「試練?」


「強制的に精神の成長を促す。本人が抱えた心の問題を、何らかの形で本人が納得する形で納めなければ出られん」


 この古代魔道具心理鏡は本来、精神面の安定化を図るために使われるため、相手を鏡に映して使用者が映した相手に質問し、映し出された心の中のものを見る事で、その解決を図るという使い方をする。

 ただ、何らかの壁に突き当たって精神的に強く成長する必要がある場合のみ、鏡の中に入り込んで、本人が心の奥底に眠る問題と向き合う方法がある。

 本人がその心の問題を解決したと納得しない限り出ることが出来ないかなり危険な使い方の為、長い間伝聞こそ残っていたが使われていなかった方法だった。

 それでも使用する際は一人まで、複数吸い込まれている今の状況は前例がなかった。


「えっと、つまり、全員が心の問題を解決したって感じないと出られないって事?」


「……あいつの心の問題とか、なにも分かる気がしねぇ」


 エリンジの説明にたどたどしくリリアがまとめ、肯定の頷きがエリンジから返される。

 同じく巻き込まれたであろうまだ見掛けていないクロノの事を考えて、契約魔法のこともありカイムは大きく仰け反るように項垂れた。

 しかしエリンジは全く別のを事を考えていた。


「ルドーの方も気がかりだ。もっと慎重に使う予定をしていた」


「前に伝手を使うって言ってたのって、それ?」


「あぁ、リンソウの旅行三日目にルドーに使う手はずになっていた」


 ジュエリ王国王族にエリンジが使用申請していた心理鏡。

 ネルテ先生がそもそもジュエリ王国に旅行を計画したのも、エリンジがルドーに旅行の三日目に同行するよう声を掛けていたのも、この心理鏡をリンソウの温泉宿に運び込んでルドーに使うためだった。

 魔力暴走をしたルドーのトラウマを、なるべく本人の負担が無い様に慎重に調べるために。

 その為に事前に温泉宿を貸し切りにし、万一が無い様に徹底的に様々な魔法を施していた。

 もっとも心理鏡をルドーに試す前に王都が襲われたことで心理鏡そのものが盗まれ、温泉宿も襲撃に寄って破壊されてしまったわけだが。


 エリンジがエリンジなりにルドーの魔力暴走の件を何とかしようと動いていたとようやくわかり、リリアはまじまじとエリンジを見つめた。

 リリアにそんな反応をされたエリンジは、訳が分からず怪訝な無表情を返す。


「なんだ、なぜそんなに見てくる」


「いや、エリンジくんひょっとして、最近焦ってた理由って、そのお兄ちゃんに使うはずだった古代魔道具が盗まれたから?」


「……否定はしない」


「そっか……でももうあんな風に焦っちゃだめだよ」


「……肝に銘じておく」


 リリアはエリンジの返答ににっこり笑顔を返してきた。

 ルドーの為に懸命を尽くしていたと分かって、ようやくエリンジのその焦りように納得した様子だった。

 ついでとばかりに釘も刺されて、抜かりないとエリンジは敵わない様に首を振った。


「……前に暴走してたやつか、確かにこの状況、また暴走しかねねぇな」


「いや、いい機会かもしれん。どのみちルドーの抱えた内情は理解したほうがいい」


「お兄ちゃん……」


 それぞれが不安そうにしながらも話していると、少し遠くでビカッと大きく雷が光る。

 ゴロゴロと雷鳴が轟き、大雨が降るような雨音が走り出した。

 それを見たリリアが疑問に思うように口に手を当てる。


「……あれ、お兄ちゃんかと思ったけど、聖剣さんとなんか微妙に違うような……」


「そもそもあいつ暴走したときもっと黒い魔力だろ、これ違くねぇか」


「……行ってみるぞ」


 エリンジの呼びかけに、リリアとカイムも無言で顔を見合わせた後、頷いてゆっくり並んで歩きだす。


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