第百二話 謹慎と絶望に続いた善意
ルドーは見慣れた寮の自室ベッドに横たわっている事に気付いた。
どうやってここまで来た、何が起こった。
確かイシュトワール先輩に両肩を掴まれて、リリアが何らかの集団に攫われたって――――
「――――リリ! どわああああああああああああああああ!」
『あ、ようやく喋れるようになったか。悪い』
叫んで起き上がった瞬間聖剣から強烈な雷魔法が飛んできて全身撃ち抜かれた。
プスプスと煙を上げながら軽く焼け焦げた状態で突然の攻撃に大声をあげる。
「なんだよ急に! てかなんで寮にいんだよ!?」
『お前あの後正気じゃ無くなって暴走したんだよ、ルドー。しゃーないから雷ぶっ放して気絶させたが、起きるたびに暴走するからその度に雷当てて気絶させてたわけだ』
リリアが何らかの集団に攫われたというイシュトワール先輩の話を聞いて、ルドーは正気を失った。
そのままリリアについて大声で喚き散らしながら魔力暴走を起こしかけたため、周囲が危険だと雷魔法をぶち当てられて気絶させられてここまで運び込まれたらしい。
聖剣の説明に改めて自分の身体を見返して見れば、何度も何度も雷をぶち当てられたのか、軽傷でこそあるものの重ね掛けされた焼け焦げが全身に広がっていた。
だが今はそれどころではない。
「リリは!? あれからどうなった!? いってぇ!」
『落ち着けよ、お前今謹慎くらってんだからどっちにしろ動けねぇぜ』
状況を確認するために外に出ようと、ルドーが寮の扉から体当たりする勢いでドアを開いて飛び出そうとしたら、ドアの先のなにもない空間をバチンと大きく弾かれて部屋に押し戻され、バタンと扉が勝手に閉まった。
聖剣の雷魔法ではない、何らかの魔法で部屋に閉じ込められている。
謹慎なんて冗談じゃない、リリアが今攫われているというのに。
「謹慎って、んな悠長な場合じゃねぇだろ!」
『生徒だけで勝手に救出に行った罰だとよ、これでも今日一日だけっていうかなり軽い方だぜ。あの先輩さんに感謝するんだな、全部おっ被ってくれたんだから』
呆れたように笑い飛ばす聖剣の言葉に、ルドーはようやく少し冷静になれた。
その言葉からイシュトワール先輩が庇ってくれたことだけは伝わったからだ。
「……先輩は?」
『お前とピンク髪の奴先導して三年の先公に報告もなしに勝手に救出に行ったってんで、全責任被って二週間の謹慎だとよ。おおよそ今回の件はもう動けねぇさ』
聖剣が話した説明にルドーは自責の念に駆られる。
イシュトワール先輩に頼ったのはルドーだ、確かに戻る前も通信魔法で処罰を受ける覚悟だと大声で話していたのを聞いている。
先輩は最初から処罰覚悟で協力してくれていたのだ。
二週間の謹慎、かなり重い処分だろう。本当に申し訳ない。
でもまだ終わってない。
「今回の件、リリについて何が起こったかわかるか?」
『只事じゃねぇぞ、あちこちの国の聖女が同時に掻っ攫われてる。おかげで先公ども大慌てだ、あのクラスのうるせぇもう一人の聖女もやられたらしいからな』
多数の国の聖女が同時に攫われた、そんなことは前代未聞だった。
その上エレイーネー所属の生徒である聖女はリリアだけではない。
もう一人の聖女も攫われたという聖剣の話にルドーは目を大きく見開いた。
「アリアも?」
『灯台下暗しと、あいつがこっそり自国の実家付近に戻ってねぇかといつもの四人組誘って一緒に行ってたらしいぜ。あんま接点なかったと思ってたが同郷だったらしい。んで結局不発でこっちに戻ろうとしてたら急に襲われて攫われたとよ』
聖剣が先生たちから聞いた話によると、アリアは目下捜索中のクロノと同郷のファブ出身だった。その為こっそり国に戻ってレペレル辺境付近に潜伏しているのではないかと、いつものフランゲル一行を誘ってファブを訪れていたそうだ。
目撃情報や周辺を探索したものの不発に終わった為、全員でがっかりしながら戻ろうとしたら、徒党を組んだ連中が突然襲ってきてアリアが攫われたそうだ。
なんだ一体、何が起こっている。
『それだけじゃねぇ、先公が奪われた魔力について調べようとしてた例のマーの聖女も訪れた先で既に掻っ攫われた後で、俺たちが向かってたシマスの聖女もやられたらしいぞ。シマスの聖女は三年に在学してたらしいが、例の襲撃調べようと国に戻ってたとこを襲われたとよ、王族なのにわざわざ王宮で』
「王宮にいたのに襲われて掻っ攫われたって!?」
砂漠地帯のマー国ならまだ隠れるところも多いから不意打ちでウェンユーさんが攫われるのもギリギリ頷けるが、シマスの王宮にいた王族の聖女が攫われたなんてどういうことだ。
というか三年にシマスの王族がいたのか、そっちから情報探せばよかった。
情報規制されて話してくれない可能性もあったが、少なくともエリンジとカイムが暴走して現地入りするなんてことにはならなかったはずで――――
「……エリンジとカイムは?」
『そっちは流石に庇いきれねぇ、散々止められてたのに勝手に行った挙句暴行受けて、さらに同行者攫われたんだからよ。監視対象に入って今あの女先公と一緒にいる』
エリンジとカイムはイシュトワール先輩でも流石に庇いきれなかった。
先輩からの報告や、トラストやイエディからの話から流石に放置できないと、監視対象の罰則に入って行動制限されているらしい。
まぁ仕方ない、実際に二人が安易な行動をして危険な目に遭ったのは確かだ。暴行を受けたことでようやく冷静になった様子だったが、二人がリリアを連れ出したせいで攫われて。
二人を責めたくないのにどうしても因果を付けてしまっていた事に気付いてルドーは首を振った。
今二人と真正面から会っても冷静でいられる自信がない、謹慎処分に助けられた。
「……そんで結局リリはどうやって攫われたんだ」
『あんまりにも戻ってくるのが遅いってんで、流石に様子でも見ようかと家を出た瞬間に集団が襲ってきたんだとよ。一緒にいた大食い女も襲われたが、相手は最初から聖女狙いだったらしい。襲われて倒れた時に「双子の聖女の方だけ」って言ってたのを聞いたらしいぜ』
トラストと連絡をした後も随分長い事待ち続けたが何の連絡も続報もなく、エリンジとカイムが戻ってくる様子が相変わらずなかったため、リリアはメロンと共に周囲の確認だけでもしようと家から外に出たらしい。
その瞬間徒党を組んだ、明らかにクバヘクソの住民ではない相手に囲まれて襲われ、デメリットで攻撃魔法が使えないリリアと、攻撃魔法が未だ覚束なかったメロンでは太刀打ちできなかった。
自衛のための結界魔法を張る前にリリアが気絶させられて、メロンはそのまま放置されたという。
たまたまじゃない、明らかに聖女であるリリア狙いでの行動だ。
「国を守るための聖女を狙うなんて何が目的だよ」
『聖女っつーのはなんというかな、昔から変な連中にどうにも狙われやすい。攻撃性の高い勇者と違って、聖女は瘴気や魔物に特化しやすい分人に対して自衛しにくい性質を持ちやすいんだ。所属してる国に対していい思いしてねぇ連中が、国にダメージ与えるためにやることの一つの内だわな』
聖女は確かに学習本の歴史学でも度々狙われた結果戦争に発展した経緯がちらほらある。
エレイーネーでも聖女が狙われたために他学科の校舎との行き来が出来なくなった経緯から、他の役職持ちより狙われやすいのは確かだった。
「でも今回はいろんな国の聖女が狙われたんだろ?」
『そこなんだよなぁ、引っかかんのは。一つの国に対して脅しで掻っ攫うならまだしも、同時に様々な国から掻っ攫うのは、明らかにリスクの方がでかい。普通はそんなことすりゃ碌な末路にならねぇことはわかり切ってるからな。今回の動きから別々の組織が同時に掻っ攫ったとかそんな偶然も考えられねぇし、同一組織がそれをやったってなると――――』
「――――リスクを押してまでのメリットが存在すると」
同時に多数の国から聖女を攫う、大きなリスクを補って余りあるメリット、そこからリリア達を攫った連中の目的や、そこからの動きや潜伏場所を予測できないだろうか。
リリアやアリアだけでなく、聖女として活動の長いウェンユーや、王宮にいたシマスの聖女まで攫っているとなると、相手はかなりの手練れの上、国を跨いで攫っている為かなりの組織規模だと考えていい。
そんな大きな組織、まるで鉄線の時のようだ。
しかし鉄線はもう既に壊滅しているからない、確か鉄線はトルポが後ろで支援していたためにここまで大きな組織になって――――。
「――――どっかの国が、聖女を一斉に攫っているってことか?」
『まぁ、この規模だと国が後ろにでもいねぇと説明つかねぇな』
鉄線の時の様に後ろにいる国が聖女を欲して謎の集団が一斉に攫っている、ルドーはその可能性に思い至る。
そこからどこの国が聖女を攫っているのか、推測できないだろうか。
現時点で攫われている聖女が居る国は、ルドー達のチュニ、アリアの出身ファブ、それからシマスとマーだ。
トルポはまだ貴族共和制になったばかりでそこまでやる国力はないから除外するとして、今あげた被害国以外の国が後ろにいる可能性を考える。
リスクを負ってまで聖女を同時に攫う、国にとって大きなメリットになるもの、それは一体なんだ。
そこが分かればリリアの行方を掴むヒントにきっとなり得る。
「これだけ同時の国に脅しをかける目的で攫うってのはあるか?」
『どうだろうな。国のことは俺はよくわからんが、そんないっぺんに国に脅しかけてもバレれば後がなくなるのは聖女攫った国の方だろ。これだけの規模でやってバレねぇなんてことは絶対ないだろうし、脅しとしてはあんまり有効的な手段じゃねぇな』
「つまり脅しが目的じゃねぇと、となると聖女そのものが目的ってことか。でも聖女って国に今のところ大体いるし、不在といえばそれこそ魔人族のとこくらいだけど、あそこは元からいないで成り立ってたから今更な気もする」
『あの狐目からもそんな話聞いてねぇし、なりよりあいつはリリアと接点があるから聖女が必要ならあっちから言ってくるだろ。カイムもいるし、ねぇんじゃねぇか』
まだ国として認められたばかりの魔人族の国には、勇者も聖女も存在しない。
しかしあの国は同盟国連盟に国として認められる前から元々勇者も聖女もいないので、その二つに頼り切っていた既存の国とは認識そのものが違う。
聖女が居ないからといって他国から攫うようなことはしないだろうし、同胞を攫われていたために救出活動をしていた魔人族がそんなことをするとも思えない。
「そもそも聖女が必要なら国に要請すればいい話だしなぁ、要請しにくい理由でもあれば……あ」
『どうした?』
「ソラウの聖女って、確かアシュの時の奴だよな、まだ見つかってないよな確か」
アシュでコロバと共謀していたのが、ソラウ王国での聖女ナナニラだ。
確か逃走してから影も形もなくまだ両方とも見つかっていないはず。
国に最低一人いるとされる聖女の役職を与えるのは女神だ。
その為采配も分からなければ、世代交代で複数いることはあっても、現存している聖女が国外に出た際に新たに聖女を設けるのか、それも女神次第のためこちらからは何一つ動きが分からない。
逃走したままのナナニラがソラウの聖女のままなら、ソラウ王国は今聖女不在の状態になっている。
『……そういやそうだな。死んだって話も聞いてねぇし、聖女のままならその国は今聖女不在か』
「アシュで他国の王侯貴族が捕まったのもあって、ソラウは聖女不在な上経緯から他国からの聖女派遣の要請出しにくいか?」
『アシュでのアレの後じゃな。聖女が洗脳されてたって話もあるし、こっちの聖女も洗脳されちゃ敵わねぇってんで要請出しても突っぱねられるんじゃねぇか』
アシュでの塔の様子から、洗脳されている可能性が高いとされているナナニラ。
エレイーネーに勇者や聖女が義務で入学するのは、基礎水準を上げる以外に、外の世界を知ることで国に洗脳されて良いように傀儡にされるのを防ぐ目的もある。
規定から外れたために国にとって都合よく洗脳したはずのナナニラが国を離れ、生存しているせいで新しい聖女も国内に生まれず、アシュでの一件のせいで他国に聖女派遣の申請も出来ない。
ならばいっそ他国の聖女を捕らえて洗脳し直した方がいいと考えたりしないだろうか。
しかしそれでも一人で十分なはず、複数聖女を誘拐するメリットよりリスクの方が勝る。
「今んとこ一番国として怪しいのはソラウか、でも目的がいまいち掴めねぇな……でもソラウにリリがいる可能性が高いか?」
『推測が合ってればだがな。しかしそれにしたって謹慎受けた後じゃ救出なんて行かせてくれねぇと思うぜ?』
エリンジとカイムを連れ戻すために勝手に行動した結果の謹慎処分、その後でリリアを救出したいから可能性の高いソラウに行きたいというのはいくら何でも虫が良すぎた。
動けない歯痒さにルドーが何か手はないかとその場をぐるぐる歩き回り始めると、寮部屋の扉がトントンとノックされる音が聞こえて足を止める。
「ルドー君、落ち着いた? 今、話せる?」
「イエディ?」
聞き覚えのある声にルドーが扉を開けると、イエディがそこにポツンと佇んでいた。
周囲をきょろきょろと見まわしてみたが、メロンは見当たらない。
改めてなんだろうとイエディの方を向く。
イエディはまた猫毛が顔にかかるように俯いており、話しにくいことを話そうと緊張しているように、制服の裾を摘まんで動かしている。
小さく深呼吸するように息を吐いたイエディに、ルドーは少し戸惑いながらも声を掛けた。
「どうしたんだ?」
「……こんなこと言うの、勝手だって、わかってるんだけど。お願い、メロンのこと、責めないであげて」
いつもよりもずっと言いにくそうに、しかし顔を上げてこちらをじっと見つめながら絞り出した言葉にルドーは更に戸惑う。
「……メロンは?」
「メロンから誘ったから、同じように謹慎で部屋にいるけど、戻ってから、ずっと泣いてる」
「泣いてる?」
「旅行のきっかけ、作ったのは自分だって、責めてる。エリンジ君とネルテ先生の、魔力が無くなって、クロノさんも、いなくなって、自分のせいだって、ずっと気に病んでた。だから、エリンジ君とカイム君が、立ち直れればって、そう思って二人を誘ったら、今度はリリアさんが攫われて、しかも自分は何もできなかったって、すごく自分を責めて、泣いてる」
目を伏せながら言いにくそうに話すイエディに、ルドーは今回の一件でエリンジやカイムの他にも、責任を感じて思い詰めていた人物がいたのだと思い知った。
てっきりルドーはエリンジとカイムがメロンに頼み込んで無理矢理クバヘクソに向かったものだと思っていたが、教室ではずっと元気そうにしていたメロンが、実は旅行のきっかけになったことにずっと思い悩んでいた事に、イエディに話されるまで全く気付かないでいた。
馴染んでいなかったカイムが心開けるようにと、最初にみんなにアイディアを聞いて回っていたのはメロンで、そのアイディアを聞いたネルテ先生が旅行を計画した。
その旅行で結果的にあんなことになって、きっかけを作ったことを気に病まない事はないだろう。
その上メロンはアルスのようにシマス国内での差別について本人は全く知らなかったから、二人がシマスに向かう事を先生たちに禁止されていた理由もおおよそわかっていなかった。
きっとエリンジやカイムの認識のように、魔力が無いから戦うことが危険だと言われていたと思って、それでも二人が焦りを募らせていく様子はクラスからも見ていて分かっただろうから声を掛けたのだと予測できる。
その結果二人はクバヘクソの住民から酷い暴行を加えられ、一緒にいたはずのリリアも共に襲われて攫われてしまった。
きっと今一番傷付いているのは、二人の為を思っての行動がここまで酷い結果をもたらしてしまったメロン自身だ。
例えリリアが謎の集団に攫われるきっかけになっていたとしても、どうしてメロンを責めることが出来る。
悪いのはメロンでも、エリンジでもカイムでもない。リリアを攫った連中だ。
とても気まずそうに、何なら怒鳴られる事も覚悟で来たであろう様子で下を向いて口を苦しそうにつぐんでいるイエディも、きっとそんなメロンを心配して、わざわざルドーに直談判しに来たのだ。
そんな様子のイエディに、ルドーは気まずげに視線を逸らす。
「……悪い、全然考えてなかった」
「なんで、ルドー君が謝る? 被害者、そっちなのに、ひどい事言ってるの、こっちなのに」
「メロンはみんなを助けようとしてやった事だろ、傷付けようとしてやったわけじゃない。悪いのはリリを攫った連中だ、メロンじゃない」
ルドーがそうイエディに返して視線を向ければ、口を噛み締める様にしながらも、真直ぐこちらを向いて頷いていた。
「メロンの為にも、リリアさんを見つけるの、協力させて」
「うーん、そうはいっても俺今謹慎中だし、明日謹慎とかれるとしても、謹慎直後じゃリリがいそうな可能性高いソラウに行く理由見つからねぇし……」
「ソラウに?」
「ナナニラが逃げてから、あそこ聖女いないだろ。もし聖女そのものが目的なら、ソラウが怪しいかと思ってよ、まぁ憶測でなんも手掛かりないんだけど」
聖女が目的であるならば、リリアはきっと酷い目には遭っていないはず。
そう信じているものの、ルドーは胸のあたりがぐじぐじと煮える様な、得体の知れない不安を抱えたまま。
ルドーの話を聞いたイエディは思案するように手を口に当てて視線を下げていたが、思い詰めるような表情のまま顔を上げる。
「ソラウの方は、私が何とかする。だから、ルドー君は、国の方を何とかして」
「国? 国ってどこの」
「聖女が攫われた。それは国にとっては大問題。だから、エレイーネーじゃない、国として動くべき」
国として動く。
イエディの言葉をゆっくりと噛み砕いて、ルドーはようやくその意図を理解する。
エレイーネー所属生徒ではない、チュニ王国勇者として、チュニ王国聖女の奪還をエレイーネーに要請しろという事。
国からの要請ならば、平和維持機関のエレイーネーが動かないわけにはいかない。
国所属の聖女が誘拐されたという一大事なら尚更。
動くための理由付けがようやく出来たルドーは、モネアネ魔導士長に緊急連絡を取ろうと、入学時に渡された連絡先を探し始めた。




