第百一話 危惧していたはずの更なる代償
「いやぁ、うちらもいつもはここまで強引な手は使わないんだけど、魔力の少ないうちらだけじゃ、ベクチニセンスもカプセルも古代魔道具もどうにもなんなくてよ」
「説明不足は謝罪しよう、しかし時間も迫っていたのとテナンの身の心配で常軌を逸していた。出来れば許してもらいたい」
バナスコスにべしべしと笑われながら背中を叩かれて、ルドーはジト目でその様子を見ながら大きく溜息を吐いて肩を落とした。
あの後空賊ムーワ団は我に返ったベクチニセンスとその部下たちに追撃されたが、空賊を名乗るだけあってこちらの魔道具の方が圧倒的に速く、またバナスコスが最初に話していた脱出援護の後発部隊が出てきたため数でも圧倒して難なく逃げることに成功し、こっそり追手が来ない様にとあちこちわざと拠点になりそうなそれらしい場所を通ってからクバヘクソ地下の空賊ムーワ団アジトに辿り着いた。
ラモジが救出したテナンはようやく安心できる場所に戻ってきたかのように、色々なクッションが大量に置かれた専用ベッドの様な場所で寛いでいる。
「テナンはな、両親がマーの王族使用人関係者だったようなんだ。どういう経緯で亡くなって孤児院に入ったか知らんが、魔力が多いせいその魔力を狙った上層の気色悪い貴族に無理矢理養子にされそうになって、嫌がったテナン本人が自力で逃げ出していたところを我々ムーワ団が見つけたんだ」
「ベクチニセンスはその王族使用人関係者の娘って部分を利用して、実は関係者がこっそり匿ってた忘れ形見の王族って形にしたかったってわけ。まぁガチモンの王族ならそもそもカプセルいらねーから、テナンはこっちの知ってる通り本当に王族使用人関係者の娘ってだけで王家の血なんか全く入ってなかったんだけどな」
「それでも大義名分には十分と、ムーワ団の活動中に勝手についてきたために危険だと部隊を分けて遠ざけていたところを襲撃されて捕らわれた訳だ」
ムーワ団アジトに戻ったルドー達は、ようやっと安心したかのように団員たちが息を吐いて休憩し始めた中、ラモジとバナスコスに今更な事情説明をされてそれぞれが複雑な表情をしながらその話を聞いていた。
「最初から身内助けに行くって言えばよかったじゃんかよ……」
『変な脅しのせいで余計な警戒だぜ』
「ほんとのエレイーネーかどうか、シマスからの正式依頼もないのに判別つかなくてね。下層保護活動がメインのうちらには嘘を見破る手段なんてないんだよ、騙して潰そうとしてくる上層関係の奴らもごまんといるからね。時間も迫ってたしなら脅したほうが早いってねーん」
「いや脅しが本気過ぎて逆に警戒度上がったって……」
「まぁまぁ、脅すだけならそもそも怪我した二人の治療なんてしないよね、下層にとっちゃ医薬品も無駄になんか出来ないんだから」
そう言ってアルスが視線を向ければ、ルドーもつられるようにそちらを振り向く。
簡易布団の様なものの上に、カイムが目に濡れタオルをのせられて仰向けに寝かされていた。
カイムはまだ気絶したままだが、イシュトワール先輩の回復魔法によってなんとか危険な状態からは脱した。
エリンジがカプセルから取り出した、頭に白い羽を生やした魔人族の女性は意識を取り戻しており、助けてくれたカイムの方を心配そうに見ている。
ルドーも黒焦げに負傷した右腕をアルスに回復してもらい、ようやく全員一息付けた所だった。
「なーんだ、わかってる奴もいたんだ、つまんねぇの」
「一応シマスの、しかも下層の孤児院出身だからね。噂は色々聞いてるんだよ」
「なーるほど、目立ちすぎんのも考えもんだねぇ。みんな揃ってあのビビった表情、滅茶苦茶笑えたってのに」
「バナスコス、そうやって人をおちょくるのはお前の悪い癖だぞ」
「へいへい団長、気を付けまーす」
アルスも交えたラモジとバナスコスの会話から、どうやら最初の脅しはルドー達をムーワ団に都合よく動かす実用面の他に、バナスコスの揶揄いも含まれていたらしい。
反省を口にしつつもイヒヒヒヒとだみ声で薄ら笑いをしているバナスコスにルドーは呆れ果てた。
「……俺のせいでカイムに余計な怪我ばかりさせた」
ルドーが声のした方に顔を向ければ、エリンジの物凄く反省しているしょげた無表情がカイムに向けられていた。
先行した手前話しにくいのか、クバヘクソの住民に攻撃された詳しい経緯はエリンジもカイムも話さなかったが、二人を見つけたバナスコス曰く、カイムがエリンジを庇ったのか負傷はカイムの方が多かったらしい。
その上人質にされて巻き込まれたベクチニセンスの城で、カイムが同胞の救出の為とはいえあんな行動をとったものだから、エリンジは言葉では言い表せない後悔に苛まれている様子だった。
そんなエリンジの様子を見たルドーは、大きく溜息を空いた後、二人が無事で済んだことに心底安心しながらその肩を優しく叩いた。
「カイムもだけど、お前のことも心配したんだぞエリンジ」
「面目も立たん……」
「反省してんならもういいって、無事でよかったよほんと」
「こっちはもうちょっと反省して欲しいもんだがな、全く放って置けねぇ質してら」
回復魔法を終えたイシュトワール先輩が寝かせているカイムの横で胡坐をかきながらカイムの頬をつんつんとつつく。
ボンブが以前言っていた、ストッパーがいないと危ないという言葉をルドーも理解した。
城でのカプセルの対処法や、以前見たアシュでの塔の様子、エレイーネーに来てからの三つ子を守る姿から、どうやらカイムは独断させるとかなり無茶をする質らしい。
目的の為なら自身の身も顧みないその動きは確かに誰かが傍にいないと危険だった。
「後でちびっ子たちにショックにならない程度に報告してお灸据えてもらうか」
『いいねぇそりゃ。なにされるか見物だわ』
「チビどもに話すんじゃねぇ……くそがぁ」
「お、ようやっと目ぇ覚ましたか」
ルドー達の話し声に気が付いたのか、カイムが唸りながら目に乗ったタオルをどけて起き上がろうとしたが、まだ本調子でないのか唸った後また枕に頭をボスンと戻す。
そんなカイムの様子を見たエリンジが、痛ましそうな無表情でカイムに近寄る。
「……すまん、無茶をさせた」
「……俺がやりたくて勝手しただけだ、謝罪される謂れはねぇ」
「しかしここに連れてきたのは俺だ」
「うるせぇ、てめぇの事がなくてもその内自分で来てたっつの」
「じゃあ俺がお前たち助けに来たのもこっちの勝手だから礼は受け取らねぇぞ」
やれやれといった形で濡れタオルでべしべしとカイムの顔を叩いたイシュトワール先輩が目に入ったカイムが、驚愕するように目を見開いた後、居心地悪そうに顔を背けた。
「なんでだよ、あいつの兄貴なんだろ、お前は俺恨んでもいいだろが」
「前にも言ったろ、お前を恨むのは筋違いだったって。妹のこと気にしてんだったらもっと自分労わってくれよ。あいつが戻った時仲良くしてたお前に何かあって、しかも俺が助けられたはずなのに間に合わなかったなんてなっちまったら、あいつに知られたらそれこそ完全に絶縁されちまう」
イシュトワール先輩がカイムを助けたのはきっと純粋に心配してだったからだろうが、そこにはクロノがエレイーネーに戻った時にカイムが無事であるようにとの思いも込められていた。
いつも何を考えているか分からないクロノではあるが、戻った時にカイムの身に何かあれば多分一番気にすることだけはルドーにもなんとなく察しが付く。
その事を指摘されたカイムはイシュトワール先輩の方に恐る恐るといった様子でゆっくり振り向いて、先輩から向けられる表情に怒りや恨みが全く無いことに驚愕するように目を見開いている。
イシュトワール先輩はそんな様子のカイムに優しくフッと笑いかけた後、居心地悪そうに身じろぐその頭をポンポンと叩いて、椅子代わりに座っていた荷箱から立ち上がるとラモジとバナスコスの方を向いて胸元のポケットから小さな何かを取り出すとラモジに向かってヒュッと投げ渡した。
「おらよ、これ渡しとく」
「これは?」
「記録魔道具の予備用の複製だよ、本体はエレイーネーに報告が必要だからこっちで預かるが、城のあいつとっ捕まえずに放置してんならお前らも一応持っとけ」
イシュトワール先輩がラモジに投げ渡した小さなものは、記録魔道具の複製らしい。
どうやら今回の一件は先輩によって全て記録されていたようで、一体いつから記録されていたのかとルドーは驚愕に目を見張った。
「せっ先輩!? 記録っていつから!? どこに仕込んで!?」
「一応依頼の名目で来てんだから報告いるだろ。話で伝えるより記録魔道具渡したほうが先公もこっちの見落とし気付けるから確認には良いんだよ」
基本中の基本だぞ覚えとけよと先輩に言われて、ルドーは頭を抱える。
資格のある魔導士として学ぶ基本的なことが色々と抜けている。
学習本に書かれている一般常識とはまた別の為、色々確認したほうがいいかもしれない。
「そんなものをなぜこちらに渡すんだ?」
「だーから、捕まえてねぇだろ城のあいつ。あの様子じゃシマスのどっかの貴族だろ? マーの古代魔道具もそのままだし、また同じような事しようとしたり、お前たち逆恨みして変な情報流したりしても、その記録がありゃ対処も楽だろ」
疑問を呈したラモジにイシュトワール先輩が答える。
ベクチニセンスも古代魔道具もあの城に放置したままだ。
しかし城での様子を記録していたのなら、下層は都合よく支配されるだけいいと語ったベクチニセンスの本性もばっちり記録されている。
エレイーネーに報告して記録される記録魔道具と同じ内容の複製を持つならば、その内容の信憑性はかなり高くなるだろう。
下層を助けるムーワ団がこれを持てば、また下層を都合よく先導しようと情報操作するベクチニセンスの本性を晒して未然に防ぐことが可能だ。
嫌がる小さな女の子を無理矢理抱えて、悲鳴のあがるカプセルを使い、王族を騙るために古代魔道具を強引に動かしていた様子が全て記録されているそれがあれば、口伝の情報操作よりその記録魔道具を持つほうが圧倒的に有利だった。
「これがあればベクチニセンスはもう同じことは出来んという事か。しかしいいのか? そんなものをこのムーワ団に渡して」
「脅しが得意なんだろ? お得意の脅しに屈して渡したって報告しとくよ」
両腕を組んで不敵に笑ったイシュトワール先輩の言葉に、ラモジとバナスコスは一瞬呆気にとられたように呆然とした後、視線を合わせて二人とも高らかに笑い出した。
映像で記録を取っていると話していたのに脅されたと報告すると先輩は言う、要するにエレイーネーに知らせても特に問題ないと遠回りに伝えていた。
「イッヒヒヒヒ! でかい借り作っちまったねぇ、団長。空でなんか入り用があったら言いなよ、飛んでって助けてやるから」
「バナスコスの脅しに助けらる日が来るとは……協力感謝する平和維持機関。必要ならいつでも声を掛けてくれ」
「あーそれならこいつ見かけたら教えてくれ」
笑いながら礼を言うラモジに向かって、イシュトワール先輩がガシガシと頭をかきながら懐から紙を取り出すとまたラモジに向かって放り投げる。
「写真? 人探しか?」
「妹だよ、こいつもエレイーネーにいたんだけど急にいなくなっちまって探してんだ」
「なんだい、このガキ二人と言いこいつと言い、エレイーネーなのに勝手に行動する奴が多いねぇ」
「いやなんつーか、そいつはちょっと訳ありで特殊っていうかなんて言うか……」
イシュトワール先輩がラモジに投げたのはクロノが映った写真の様だった。
ラモジとバナスコスが写真を覗き込むようにまじまじと見つめた後、バナスコスがカイムとエリンジを揶揄う様にだみ声で笑うので、気まずそうにしている二人を庇うようにルドーは呟いた。
「へーん、訳ありねぇ。そういや魔人族で騒動になってた時に見たような顔だね」
「同じ奴だよ」
「……二度も失踪を許す上にエレイーネーでも探し切れんという事か、分かった。何か分かれば連絡しよう」
イシュトワール先輩の言葉にラモジが神妙な顔で写真を再度見た後、真剣な視線をイシュトワール先輩に向けた。
カイムがようやく動けるように起き上がってきた頃、まだ情報操作されたままのクバヘクソに全員が戻るのはカプセルの犠牲になっていた魔人族もいるので危険なため、クバヘクソの郊外でリリアとメロンと合流してエレイーネーに戻ろうという話になった。
「情報操作の方は大丈夫なのか?」
「大元のベクチニセンス叩いたからしばらくは潜むだろ、ただ情報の出回り方からちっとばかし警戒はしとくべきかね」
話を聞くに、クバヘクソの差別が過激になったのはここ数ヶ月らしい。
先生たちが最近は特に危険だと語っていたのも急に差別意識が更に高まったからだとこの話から予想できる。
地下通路を案内されながら歩き始めたルドー達の先頭を行くイシュトワール先輩とバナスコスの会話が通路に響いていた。
「出回り方?」
「さっきも言ったが数ヶ月で上層と下層が分断されたんだよ、領地でもないベクチニセンスの部下だけにしては上層のが多いクバヘクソでそれは早すぎる」
元々差別する地盤があったにしても、確かに領地でもない場所で情報を流したにしては分断までされる程差別が過激になるのは数ヶ月程度の短期間では本来無理がある話だ。
バナスコスの話にイシュトワール先輩も警戒するように顔を顰める。
「なんか別件でも絡んでるってか?」
「多分な。まぁこっから先は地元民の仕事だ、でも手に負えなくなったらまた手ぇ貸してくれよ」
指をくるくる回しながら不敵な笑みを浮かべたバナスコスに、イシュトワール先輩は大きく溜息を吐いて呆れた視線を向けた。
「今度はちゃんと依頼してくれ、個別なら融通効くからよ」
「イッヒヒヒ、肝に銘じておくよ」
クバヘクソの郊外に地下から案内されながら、イシュトワール先輩とバナスコスの会話を聞いていた。
「うーん、変だなぁ……」
郊外に出る道に近付いてきたとバナスコスに言われたので、アルスが合流しようと通信魔法をかけ始めたが、何かあったかのように首を捻りはじめてルドー達はそちらに視線を向ける。
「なんだアルス、どうした?」
「いや、さっきから合流しようとリリアちゃんに通信かけてるのに全然繋がらない」
「え?」
アルスに言われた言葉が理解できず、ルドーは力が抜けるようにその場に足を止めた。
アルスの言葉を聞いたエリンジとカイムも同時に足を止めて、愕然とするようにひきつらせた顔でゆっくりと振り返る。
リリアはメロンと一緒に彼女の実家で両親と共に待機していたはずだ。
この街を拠点にしているという魔力奪取連続犯のパピンクックディビションも、聞くところによると上層ばかり狙っており、ラモジやバナスコスの話から上層でも下の方らしいメロンの実家が狙われる心配は今のところ無かったはずだった。
それに魔力奪取連続犯に襲われたなら、リリアからでも流石に通信魔法が入るはず、それすらなく連絡が繋がらないのはどう考えてもおかしい。
「うわっ!? 待て待て待ってくれタナンタ! 声抑えてくれデカすぎて聞こえねぇ!」
ルドーとエリンジとカイムの三人で立ち止まって呆然とアルスを見つめていると、突然イシュトワール先輩が叫びはじめた、どうやら通信魔法を受け取っている様子だった。
「勝手に救出に行ったのはわかってる! 処罰は受ける覚悟だって! だから声がでけぇよ! 一体何が……え?」
イシュトワール先輩が何を聞いたのか、驚愕した表情に変わってゆっくりとルドー達の方を振り返って見ている。
誰に何の報告を受けたのか、先輩はこちらをじっと見つめたまま冷汗を流しはじめた。
「まて、待て待て! マーでも? は? うちのファブからも報告がきただと? ここシマスでもだと!? あいつはあれでも王族のはずだろ! なんでそんなことになってる!?」
かつてないほどの焦りようでイシュトワール先輩が通信相手に叫んでいる。
つい通信をすべて口に出して叫ぶほどの焦り様に、先に進んでいたバナスコスでさえシマスの名前と王族の単語が出て何事かと振り返ってこちらに近寄りながら凝視していた。
「……わかった、一旦こちらは全員連れて戻る。わかってるよ、処罰はそのあといくらでも受ける。こちらの報告も全部上げるって……え? いやしかし……わかった、先に伝える」
一通り通信を終えたのか、イシュトワール先輩は焦りを落ち着けるように深呼吸している。
ただならぬ様子の通信に全員が何事かと沈黙する中、意を決した顔をしたイシュトワール先輩が、ルドーの方を真直ぐ見つめる。
『何事だよ』
「王族がどうしたって?」
「……落ち着いて聞いてくれ」
聖剣やバナスコスの声も無視して、イシュトワール先輩が歩み寄ってルドーの両肩に手を置く。
真直ぐ見つめられる赤く鋭い切れ長の瞳が、焦燥と狼狽が混じったように揺れ動いていた。
ルドーにのみ告げられる只事ではない事案、リリアとの通信が繋がらない、ルドーは腹の底からどっと押し寄せる嫌な予感に全身からぶわりと冷汗が噴き出した。
「お前の妹、聖女リリアが、何らかの集団に攫われた」




