第九十九話 空賊ムーワ団
バナスコスに指示されるままエレイーネーの制服に着替え直し、ルドーはムーワ団の連中に押収されていた聖剣を、保管されていた魔道具から取り出して腕輪をはめて背にかけ直す。
その様子をバナスコスが興味深そうにしげしげ眺めていた。
「へーん、持ち主のあんたにはあれが効かないって話は本当かぁ」
「……雷浴びたやつは?」
「うちらは回復魔法使えるやついないんでね、そっちの持ってた回復薬使わせてもらったよ。知らなかったんだし被害者こっちなんだからそれくらいいいだろ?」
不敵に笑うバナスコスにルドーはつい睨み返す。
バチリと背中の聖剣が脅すように弾けた。
『おい、ここ全部吹き飛ばすか』
「ダメだ、契約魔道具使われた。逆らえば二人がまたあっちに戻っちまう」
聖剣も相当ブチギレているのか、背中にかけ直した瞬間聞いたことも無いようなドスの効いた声を出したが、イシュトワール先輩が押し留めた。
満身創痍の二人に向かって回復魔法をかけている先輩の顔はかなり厳しい。
エリンジとカイムは戻ってきたものの、あの契約書通りに動かなければ人質としてまた連れ戻されるという話だった。
「……謝罪してもしきれん」
「くそが、なにしてんだ俺は」
「頼むからもう二度とこんな事しないでくれ」
「警告は素直に聞くもんだぞ、反省しろ二人とも」
無言を貫いていた二人が、怪我が治ってきてようやく下を向いたまま言葉を発する。
思わずルドーは懇願し、イシュトワール先輩が厳しい声を掛ける。
少し離れた場所で様子を見ていたアルスも呆れたように溜息を吐いていた。
「悪いけどブチギレてた住民がそこの魔人族ちゃんの手とかに付けたやつはこっちじゃどうにもできなくてね、そっちでなんとかしてくんねーかな」
「うるせぇよ、言われなくてもやるって。聖剣」
『あぁ、壊すくらい目じゃねぇ』
「じっとしてろよカイム」
ルドーはそういってカイムの両手と首に嵌められた魔封じに向かって、粉々に砕けろと念じながら聖剣を振り下ろした。
一瞬にして雷が走り、怒りが魔法に乗ったのか見たことも無い速度で粉々に砕け散る。
カイムは魔封じが繋がれていた両手首と首を撫でさすった後、魔法を確認するように髪を一周ぶん回した。
様子を見ていたバナスコスからさらに感心するような声を上げられるが、その様子にルドー達は余計に神経を逆撫でされた。
「これに懲りたらシマスに来るときはもっとちゃんと確認してから来るんだね。そんじゃ準備できたみたいだから従ってもらうよ」
だみ声で嘲笑われながらバナスコスに付いて来るように促され、距離を取るようにしながらもルドー達は後に続いた。
先を進むバナスコスに聞こえない様に声を落として話し始める。
「アルス、なんなんだよムーア団って」
「シマスの下層じゃ知らない奴いないよ。上層に逆らってる義賊集団だ」
「義賊?」
「魔力差別で不正に手に入れた金を上層から強奪してばら撒いたり、上層からの理不尽な暴力から下層民を守ったりしてる集団だよ、だから地下で遭遇したときひょっとしたらと思ったんだ」
「……エリンジとカイムが保護されてるかもって?」
「それであんな素直に情報吐いたのか、だが迂闊だぞ」
「すんません、つい必死だったもんで……」
イシュトワール先輩の厳しい指摘にアルスは眉を下げながら頭を下げる。
実際エリンジとカイムが保護されていたのは事実なのでアルスの勘は当たっていたが、確かに武器を向けてきて何をするかわからない集団に話すべき内容ではなかった。
しかし武器を使って脅してきたきたり契約魔道具で強制してきたりと、最初にバナスコスが言った通り慈善事業でやっている組織ではない様子だ。油断しない方がいいだろう。
改めて無事だったエリンジとカイムの方にルドーは視線を向ける。
イシュトワール先輩の回復魔法で怪我は完治したものの、二人は最近の焦っていた顔から思い詰める様な表情に変わって下を向いてルドー達の横に続いている。
危険だと止められていたのに勝手に先行した為に暴行を受けて、その挙句人質だ、本人たちが一番やりきれないだろう。
だが住民に攻撃されて二人とも焦りからようやく我に返ったようだ。
こんな思いは二度と御免だが、ルドーは暴力を受けた二人をこれ以上責める気にもなれなかった。
『どうだぁ? 先行した甲斐あってなんか手掛かりあったか?』
「聖剣」
『別にいいだろこのぐらいの皮肉。そんで実際どうよ? それとも骨折り損か?』
「……情報どころか聞き込みも出来なかった」
『だろうなぁ、この街の襲撃犯はお二人さん襲った奴とは別人みたいだしよ』
「はぁ? 一体どういうことだよ?」
「……ここに来る前に襲われたんだよ、鼻の尖った丸眼鏡の変な奴に攻撃されて、地面破壊されて落下したから逃げれたけど」
「あぁパピンクックディビションねぇ、頭イカレちまってるから近寄らない方が吉だよ」
いつから話を聞いていたのか、バナスコスが会話に割り込んできた。
思わずルドー達は警戒する視線を向けたが、先行する彼女はこちらを振り向きもせず頭の横で指をくるくる回し続けている。
警戒しながらもルドーがイシュトワール先輩に視線を向ければ、その意図を汲み取る様に会話を引き受けてくれた。
「パピンクックディビションだと? 襲撃犯が誰かわかってるのか?」
「このシマスから生まれたイカレた犯罪者さ。どっから仕入れたんだか、見たことも無い変な魔道具使ってる。抑圧された差別のせいであぁなっちまって上層見境なく襲いまくってるから、下層側のこっちとしては害がないから放置してるってわけ」
『確かに頭おかしい感じではあったが』
「要するにエリンジ、お前を襲った奴とは違うってことだな」
「……文字通り骨折り損かよ、くそが……」
アルスが首を振りながらエリンジに言えば、結局目的の情報収集に何の進展もないことが分かってエリンジは落胆するように俯き、カイムが唸るように続けた。
しばらく通路をバナスコスに先行されて歩いた後、少し開けた、小さな模型の様な同じ魔道具がズラッと天井に吊るされて並んだ室内車庫のような場所に辿り着く。
既にラモジや他の人員も多数集まっていた。
ルドー達がこの場に来る前にラモジ団長が語った作戦はこうだ。
本日決起が予定されているユランシエル復権を掲げている主犯人物の元に強襲して、カプセルに入れられた魔人族の保護、マー国の王族強奪をそれぞれ手助けしろという話だ。
要はユランシエル復権の既成事実を作る前に建前を取っ払ってしまえばいいという事。
ある種のテロ行為を事前に防ぐという事にはなるものの、ニン先生もいた依頼の延長からの当事国勇者ヘルシュが同行していたグルアテリアの時と違って、シマスからその手の要請もなく勝手に動くことになるので、脅されているとはいえあまりいい行動とは言えない。
しかし契約魔道具を使われた以上逆らうことが出来ない為言う通りにするしかない。
カプセルの件もある、今できる最善は被害を出さずにさっさと終わらせて帰ることだけだ。
壁に設置されたレバーを一味がガチャリと動かせば、吊るしていた機械が作動して天井に吊るされた魔道具が瞬時に巨大化して移動し、次々と大きな扉に続く線路の様なレールがついた場所に設置されていく。
前輪が展開するように二つに開いたかと思ったら、四つ羽が中心から伸びてそれが水平に前方二つ並んで、まるでドローンの羽の様になる。
大型バイクの座席の様な部分からエンジンの様な大きな機械が付いてその横から昆虫の羽のようなものが見る見るうちに全長の二倍ほどの大きさに伸びていく。
「ベクチニセンスの城の様子は?」
「人がどんどん集まってるってよ、例のブツは城の塔か屋上広間あたりにあるとさ」
「強奪対象とカプセルは」
「それも例のブツの近く、対象は監禁されてるってさっき偵察隊から報告来てるよ」
「人数が多いなら一々相手してられん、やはり上空からの強襲が最適だな。正義! 全員向かうぞ乗り込め!」
ラモジの合図とともに一斉に人員が大型魔道具に乗り始める。
ルドー達も指示されるまま、ルドーがバナスコスの後ろ、カイムがラモジの後ろに乗せられ、アルス、エリンジ、イシュトワール先輩がまた別々のフルフェイスヘルメットの人員の後ろに言われるがまま乗せられる。
「後発部隊は脱出援護、作戦通り指定場所で待機してな!」
「空賊ムーワ団! ジャスティイイイイイイス!」
ラモジの掛け声と共に、大型魔道具が爆音とともに一斉に起動する。
正面の大きな鉄の扉が開いたと思ったら、魔道具前側の水平に並んだ円形プロペラがブオンと回転し始め、物凄い勢いで魔道具が前進して一気に視界が開けた。
薄暗かった地下からいきなり輝く太陽の元に戻されて、ルドーは思わず目を細める。
クバヘクソの下方、どこか山の抉れた建物が設置できない崖の様な場所から空賊ムーワ団は一斉に飛び出した。
飛び出した後、乗り込んでいた飛行魔道具の横から生えていた虫の羽のようなものが羽音を立てて羽ばたき始めて進路を定める様に一斉に旋回し始め、物凄い重力が襲ってきてルドーは思わず座席にしがみ付く。
そのままエンジンのような場所から強烈な魔力が渦巻いたと思ったら、爆音と共に青い魔力の炎を噴出してただでさえ早かったのが一気に加速して上空を流れ星のように恐ろしい速さで飛び始めた。
あまりにも速過ぎてルドーは口から変な悲鳴が漏れた。
「イッヒヒヒヒ! 舌噛むんじゃないよいい子ちゃんたち!」
色の違う緑のゴーグルヘルメットを被ったバナスコスが、まるでバイクの運転をするかのようにハンドルを握りながらルドーの悲鳴を聞いて笑いあげる。
言葉を返すこともできない程の豪速の中、クバヘクソも遥か彼方、どんどん上昇して行って足元の更にずっと下を街が小さく通り過ぎていく。
あまりの速度にただただ座席にしがみ付き、風圧に目から涙が噴き出す。
ハルバードを片手に、上空を恐ろしい速さの飛行魔道具で飛び進む空賊ムーワ団。
一体どこを目指しているのかと重力に耐えるルドー達が訝しみ始めた頃、唐突に巨大なレーザーが狙いを外したかのようにピシュンと横を通り過ぎた。
「なんだ!?」
『遠くから魔力反応、デカいぞこいつは!』
「ねぇ! いい加減もっと詳しく状況教えて欲しいんだけど!?」
ルドーの後ろで同じように隊列の座席にしがみ付いていたアルスがバナスコスに叫ぶ。
隊列を組んで飛んでいたラモジの後ろにいたカイムと、隊員の後ろにいるエリンジも抗議の声を上げ始めた。
「おい! んな攻撃飛んでくるなんて聞いてねぇぞ!」
「対処出来るものと出来んものがある! 答えろ!」
ラモジとバナスコスの話で城を強襲するとは聞いたものの、どこに向かってどうやって強襲するか、また相手が何者なのかルドー達は伝えられていなかった。
先程二人が話していた例のブツとやらも、全員何も聞かされていない。
何と対峙しているのか全く分からない状況だった。
未だ狙われているのか、極太のレーザーのようなものがビシュンビシュンと次々飛んできて、ムーワが一斉にハンドルを捌いてその攻撃を上空で華麗に躱している。
のしかかってくる重力にルドー達は身体を振り回されていた。
次々上がる訴えに、ラモジが攻撃を躱しながらようやく口を開く。
「正義! どうやって見つけたか知らんが、行方不明のマー国王族が所持していた古代魔道具がこの先の城に置かれている!」
「古代魔道具ぅ!?」
『マジかよ!?』
「それがほんとなら決起始まっちまったら内戦どころじゃすまねぇぞ!」
ラモジの話に驚愕の声を上げたルドー達に続いてイシュトワール先輩も信じられないように叫んだ。
ラモジが続けた話によると、どうやら滅んだユランシエルを訪れて行方不明になっているマー国王族は、その古代魔道具も一緒に持ち込んでいたようだ。
その古代魔道具の行方も王族と共に分からなくなっていたのだが、それをどうやってか見つけたこの先の城主、ベクチニセンスが内乱を思いついてしまった。
先程の魔法のレーザーがそれなら、武器として使える古代魔道具の威力なら下手したら内乱どころか周辺の国をも巻き込みかねない。
さらに言えば行方不明だった国の古代魔道具が使われたとマー国も問答無用で巻き込まれるはずだ。
「どんな形状か知らないけどねぇ、本来マー国王族の役職持ちしか動かせないストッパーのついたその古代魔道具を、例のカプセルの膨大な魔力で無理矢理動かそうって話だよ!」
「おい! この攻撃が言ってたそのブツなら、動いてんならもうカプセル起動させてんじゃねーか!」
「そーゆ―ことだからさっさと助けてやんなよ!」
話を聞いたカイムが怒りのままに叫んで、バナスコスが大声で返している。
ようやく説明されたラモジとバナスコスの話に、ルドー達はただただ叫びながら驚愕した。
確かに本来王族しか使えない古代魔道具を動かしたとなれば、王族としての証明には十分だろう。
伝説級の歌姫像を暴走させるほどの規模の魔力を強引に引き出すカプセルだからこそ可能な方法だった。
「おら見えてきたぞ! あの天辺だよ!」
「ジャスティイース! 突撃部隊用意!」
バナスコスの叫びにルドー達が風圧に耐えながら涙目で前を向けば、色が経年劣化で剥がれたような、かなり古い造りのレンガ調の大きな城が見えてきた。
城壁のように四方を囲まれた先で円形の塔が立ち並び、その中心に四角い大きな本殿と、その横に高い円柱の塔がそびえ立っている。
ルドー達が目の前の迫る城に注視していると、下の方から魔法攻撃がバスバス飛んできて隊列がまた散開するように動いてつい悲鳴を上げる。
一体何に攻撃されているのかと眼下を見れば、どう見ても明らかに一般人の風貌をした集団が何十人も四方を囲む城壁の外の地面に集まって、攻撃魔道具を使ってこちらに狙いを定めているのが見えた。
『国の名前が変わったところで上層の扱いが変わるとでも思っているのか! 生まれ故郷を変えたいなら中から変えろ! 差別と戦う前から諦めてどうする! 受けた理不尽を同じように返して差別したやつらと同類に自分を貶めようというのか!』
『シマスの名が嫌ならさっさと国から出ていきな! 別の国ならまだマシだろうよ! 生まれ故郷の理不尽な暴力に抵抗する気があるなら打倒決起なんてアホなことしてないで国の中から訴えろ! シマスを打倒したところで国の名前が変わるだけで地に根付いた差別は消えちゃくれないよ!』
攻撃を躱しながら城の中央に爆速で向かっている中、ラモジとバナスコスが拡声魔法で攻撃が放たれている方向に向かって大声で訴えた。
訴えに動揺したのか、下方向からの魔法攻撃の勢いが減って狙いも逸れていく中、ぐんぐんと城の中央の塔へと向かって行けば、塔の天辺からバシュンと大きな魔法のレーザー飛んできた。
どうやら話に聞く古代魔道具はあの塔の屋上にあるらしい。
「ジャスティイース! 全員投下ぁー!!!」
次々と魔法のレーザーが狙い撃ちする中、ラモジの掛け声と共に隊員が乗っていた飛行魔道具がぐるんと一斉に縦回転し、支えを失い空中に放り出されてルドー達は全員悲鳴を上げた。
乗っていた飛行魔道具は出立前のまるで小さな模型のように一瞬で縮んで隊員たちの手の中に収まり、そのまま全員が塔の横、本殿の四角い屋上に落下する。
ラモジとバナスコスを筆頭にムーワたちが慣れた様子でスタッと着地している中、ルドー達は何とかギリギリ体制を整えて着地するも、慣れない飛行からの落下に衝撃が足を伝ってイシュトワール先輩以外がよろけて呻いていた。
ルドー達がかなり無理をした着地から体勢を立て直している間に、ラモジとバナスコスを筆頭にムーワたちがハルバードを装備しなおして、先陣を切って塔に続く本殿から塔への扉に向かって走り始め、ムーワたちも続くように走り始める。
先頭を走るラモジがハルバードをそのまま振り上げたと思ったら、その刃に油色の魔力が宿って、振り下ろしたハルバードが古い鉄製の扉を瞬時に切り開くと同時に、中で待機していたのか、先程眼下で見た一般人とはまた別の、明らかに同じ服装をした組織立った相手が出てきて一斉に魔法攻撃を放ち始めたためムーワの一味との戦闘が開始された。
「あんたらはカプセルの方を何とかしな! 例の強奪の方はこっちでやっからよ!」
「くそが! 言われねぇでも同胞の救助するっつーの!」
「古代魔道具はどうすんだよ!?」
「ジャスティイース! 手を出すんじゃない! マー国の重要物だ、お前たちがマー本国を敵に回す気があるなら知らんがな!」
ハルバードの柄を振って大量の相手を殴り飛ばして中に突撃したバナスコスの叫ぶ指示にカイムが噛みつく中、ルドーが叫べばすでに奥に走り込むラモジが叫び返してくる。
マー国の古代魔道具というのはどうやら本当らしい、それなら確かに破壊すればマー国に喧嘩を売るようなものだ、無暗に攻撃出来ない。
他に道がないためルドー達も続くように扉に向かって走り始めた。




