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第九十七話 愚か者の焦燥

 

「エリンジくん、前とは違うんだからちゃんと寝ないとダメだよ」


 行動を共にするようになったリリアから心配そうな声が上がるが、エリンジはそれどころではないと首を横に振った。

 情報が何も手に入らない上に以前のように戦えなくなったならば、以前以上に鍛錬して力を付けなければ到底追いつけない。

 ルドーの魔力暴走の原因を探ろうと使用申請していた古代魔道具が盗まれた今、犯行組織を追う為にも魔力を早急に取り戻さなければならない。

 無理に話を聞きだそうとしてルドーを魔力暴走に追い込んだことを後悔していたエリンジは、その事ばかり考えていた。

 以前は回復魔法で一時間の睡眠のみという無理矢理の休息を取っていたエリンジは、それが出来なくなってどんどん遅くなる魔法鍛錬の進捗に更に没頭する。


「エリンジくん、やり過ぎだって、そんなんじゃ身体がもたないよ」


「こんなところで立ち止まっている暇はない」


「でも……」


「ルドーの記憶を調べるためにも、王都襲撃犯を追わねばならん」


「……どういうこと?」


 未だジュエリにて情報規制されているため、古代魔道具が盗まれたことはまだリリアには話せなかった。

 詳しく話せないと首を振ったエリンジに不安そうな顔が返される。

 ただルドーの状態を調べるために魔力を取り戻さなければならないという事だけは伝わったのか、リリアからそれ以来強く引き留められることは無くなった。


「エリンジ、そんなに焦るな。焦りはミスを生みやすい。らしくないじゃないか、いつもみたいにどっしり構えな」


「しかし古代魔道具が盗まれたなら捜索しなければ」


「あれは情報を漏らした王族のせいだ、エリンジの責任じゃない。そんな全部背負い込まなくていいんだよ」


「先生、シマスの犯人の情報がいる。せめて聞き込みだけでも」


「……だめだ、シマスは今のエリンジには危険だ。最近は特に」


 復帰したネルテ先生を捕まえては、エリンジは何度も何度も訴えるが、答えは変わらなかった。

 魔力を奪われたなら、奪った奴を突き止めて取り返すのが一番手っ取り早い。

 情報を持ったまま逃走したクロノはもうどこにいるかわからない。

 ならばまだ場所が割れているシマスでの魔力奪取連続犯を探したほうが情報は入るはずだった。

 それなのに誰に訴えても行くべきではないから待てと押し留められる。

 資格はまだあるままなのに、魔力が無くなったからと。

 自分の力の無さに弱い扱いをされているようで、エリンジはどんどん不満ばかりが大きくなっていった。


 こんなことでは最強の魔導士など夢のまた夢だ。


 遠距離攻撃魔法がどれだけ魔力伝達を鍛錬しても上手くいかない。

 魔法を飛ばしている途中で魔力が切れて消えてなくなる。

 大規模魔物は目の前で攻撃を加えることで何とか倒すことが出来る様にこそなったものの、それは注がれた魔力をすべて攻撃に回すことでやっと、防御魔法を同時展開するだけの魔力が超越者のデメリットで足りない。

 攻撃を外せば魔力が切れて攻撃を防げず死ぬだろうが、一撃で倒せばいいだけの話だ。

 いつだってそうやって毎日鍛えてきたのだから。


 持っていない人間がどんな思いをするか、どんな目に遭って生きているか、何一つ分かってないのよ! 傲慢すぎるわ!


 眠ればあの女の高らかな笑い声と、薄ら笑いを浮かべながら手を伸ばしてくるその姿をエリンジは夢に見るようになった。

 冷汗をかきながら毎日飛び起きる。怯えているのか、この自分が。

 ただでさえ少なかった睡眠時間が、どんどんうなされてまともに眠れなくなる、ならば鍛錬している方が夢を忘れていくらかマシだった。

 回復魔法は使えない、だから身体に疲労は溜まる。

 精神の摩耗と睡眠不足、無理な鍛錬で身体がどんどんおかしくなっていることに、必死になっていたエリンジは気付けていなかった。


「エリンジくん、ちょっとー……」


 情報がないまま、エリンジはがむしゃらに鍛錬を積み上げて、何か情報がないかと図書室に向かうのを繰り返すようになったころ、魔法訓練の後の放課後、エリンジが一人なんの情報も得られず下を向いて図書室から寮に戻ろうとしていたところでメロンに声を掛けられた。


「なんだ、何かわかったか」


「あっ、いや、わかったわけじゃないんだけどー……」


 エリンジがその普段よりずっと鋭い目を向ければ、メロンが声を掛けた姿勢のままびくりと身を震わせた。

 焦燥に駆られたエリンジを見たことで心配と恐怖に揺れ動いている元気のなさそうなメロンに、エリンジ本人が気付けるほど余裕はなかった。


「ホラ、週末って別に外出禁止されてるわけじゃないからねー? 今度の週末、一緒にシマスのクバヘクソの私の家に戻ってみるのはどうかなー、なんて……」


「……助かる」


 言いにくそうに人差し指を胸の前でつつきながらメロンが話す。

 依頼を遮断され、理由なくシマスに行くことが出来なかったエリンジに、メロンは依頼以外でのシマスに向かう方法を提案してきていた。

 情報が何も進展せず、藁にも縋る思いでいたエリンジがその提案を断るわけがなかった。


「はぁ? なに言ってんだよお前が行ってもまたやられるだけだっつの」


 廊下でメロンの提案に承諾する旨をエリンジが返した瞬間、保護科の寮から歩いてきたカイムが話が聞こえたのか近付いて来る。

 足取りは荒く、顔は苛つきで顰められていた。


「しかし情報が何も進展せん以上動く必要はある」


「ケッ、一人で動くんじゃねぇよ。魔力のねぇ今のてめぇに何ができるってんだ」


「だっだったら、リリアちゃんも一緒に誘おうよ!」


「なんでこいつにそんな肩入れすんだよ」


「だ、だって、いつもの調子じゃないから心配だしー……」


 魔力が無くなって上手く戦えなくなり、情報も進展しないエリンジがどんどん焦っていく様子をメロンは純粋に心配していた。

 まるでいたずらをした子どもが反省するかのように頬を膨らませながら下を向くメロン。

 その様子から心配しているのが分かったのか、カイムは大きく天を仰いだ後長い溜息を吐く。


「くそが、俺も行くわ」


「えっ? カイムくんもー?」


「どっちにしろあいつの居場所が掴めねぇ、なら逃げてる元凶叩き潰しゃ出てくんだろ」


「あー! なるほど! そんなに戻ってきて欲しいんだねクロノちゃんに!」


「うるせぇわ黙ってろ!」


 メロンの大きな声にカイムが更に大きく噛み付く。どうやら彼も付いてくる気らしい。

 今のエリンジ一人だと戦闘力が乏しい、リリアが一緒に来たとしても魔力伝達で魔力を補充するため二人では全力が出せず、メロンはまだ攻撃魔法が覚束ない。

 戦力としては十分のカイムについて来てもらったほうがエリンジとしてはありがたかった。


「ルドーくんも誘おうよ! ねっ!」


「いや、あいつには言うな」


「えっなんでー?」


「言えば止めに来る。言うな」


「ケッ、反対されんの目に見えてて説得できねぇから黙ってとけってかよ」


 カイムの皮肉めいた言葉に図星をつかれたエリンジは黙り込んで顔を背けた。

 ルドーはイシュトワール先輩の話を聞いてから、その指示に従って危険だからとエリンジとカイムがシマスに行くことに難色を示している。

 ルドーの為だといえばリリアは付いて来るだろうが、ルドー本人を説得するだけの材料を持ち合わせていなかったエリンジは無言を貫いた。


 カイムも皮肉を言ったものの、クロノがここまで見つからずに手詰まりになったせいか、シマスで発生している魔力奪取連続犯を倒せば、同一犯ならクロノが怯えて逃げる理由もなくなると踏んで同行しようとしている。

 その為同じように止めに来るであろうルドーにカイムも話をする気はさらさらない様子だった。


 そうしてエリンジ、カイム、リリア、メロンの四人で、週末早朝に正門から外に出た後、メロンの呼んだ辻馬車でシマスのクバヘクソに向かった。


「お兄ちゃんに言ったほうがいいと思うんだけど……」


「だよねー?」


 未だ心配そうに辻馬車の中で語る二人を、エリンジとカイムは無視した。

 早く奪われた魔力を取り戻して、古代魔道具窃盗犯の捜索に加わらなければならない。

 自分が申請したせいで情報が王家から漏れてその結果盗まれたという経緯から、エリンジは古代魔道具が盗まれたことに対する責任感も抱え込んでいた。


 シマス国内に設置されている辻馬車用の移動転移門を何度か経過してクバヘクソに辿り着いた後、エリンジはリリアにメロンの家で彼女と二人待機するように伝える。

 一緒にいたほうがいいという彼女に対して、何かあった時に今の魔力では守り切る自信がないとエリンジは正直に告げた。

 ルドー本人に黙って出てきた今、もしルドーのいない間にリリアに何かあったら、今度こそエリンジは、自分を信頼しきっている大事な友人に対して顔向けできなくなる。

 メロンと同じ親切そうな彼女の両親に頭を下げ、心配そうな顔をしているリリアとメロンを残して、カイムと二人外に出て探索を始めた。


「いざとなったら戦闘は任せる」


「チッ、てめぇ転移使えんのか?」


「一回だけならなんとかなる」


「じゃあ無理そうだったら逃走は任せんぞくそが」


 家を出る前に改めて魔力伝達でリリアから魔力を補充したが、それでもいざとなった際の戦闘に不安が残るエリンジがカイムに伝えれば、仕方ないと言わんばかりの舌打ちを返される。

 相手の力量が分からないため撤退することも視野に入れたカイムの発言にエリンジは無言で頷いた。


 エリンジもカイムも、魔力奪取連続犯との戦闘ばかりを想定していた。

 クロノが怯えて逃げるくらいなので、同一犯ならよほどの脅威だと警戒していたからだ。

 エリンジが目撃した女性の特徴をカイムに一通り説明した後、いざ接触した際に一人ではエリンジもカイムも何も出来ない可能性があるため二人で一緒に行動する。


 領地の屋敷からほとんど出たことがなかったエリンジと、魔の森の中でしか生活してこなかったカイムでは、それぞれの国がどういった社会性を取っているのか、そういったことに頭が働く社会的経験が乏しかった。

 カイムも情報収集を人間社会に詳しいクロノにばかり任せていたので、街の事前情報を探るという考えに至らなかった。

 そんな焦燥に駆られていた二人は、リンソウの時の比ではないかなり横暴な視線が、白い家々の中からひっそりとカイムに注がれている事に気付けていなかった。


 目撃情報を求めて近場の路地にいる相手に聞き込みをしようとエリンジは声を掛けるが、冷ややかな視線を受けて話も碌に出来ずにそそくさと立ち去られる。

 襲撃を立て続けに受けているから住民も知らない相手に警戒しているのだろうとエリンジとカイムは結論付けていたが、このままでは情報収集すらままならない。


「あっ、あんたらエレイーネーの生徒か? 助けに来てくれたのか?」


 何度も聞き込みが不発に終わり、見かけるだけで人が避けるようになって声すらかけられなくなってきた頃、薄暗い路地の方から男が一人、おどおどとした様子で声を掛けてきた。

 その言葉と様子から何か知っている相手かとエリンジとカイムは男の方を向いて、ここでは話しにくいからこっちに来てくれという男の言葉に素直に従って薄暗い路地の方に歩を進める。


「一体何があった、この街で何が……」


 しばらく歩いて人がいなくなった辺りで話をしようとエリンジが声を掛けた瞬間、後ろから頭部に強烈な打撃による衝撃を受けて勢いに前に倒れた。

 同じように攻撃を受けたのか、カイムの方からも打撃音がしたが、そちらは髪を強化して盾にしたのか、何とか防いで顔を顰めながら背後を振り返っている。


「くそが、変な殺気がするかと思えば……」


「魔人族がこの街に何の用だよ」


「また俺たちの職場ぶっ壊しに来たってのか」


「急に仕事が無くなってこっちがどれだけ苦労したと思ってんだよ、ふざけんじゃねぇ」


「危うく損害押し付けられて借金まみれになるとこだったんだぞ、養う家族もいるのにどうしてくれるんだよ」


 次々と疎むように投げかけられる人の声を聞きながら、痛みに頭を押さえつつエリンジが立ち上がれば、薄暗い路地にぞろぞろと、三十人ほどの男が逃げ道を塞ぐように集まっている。


 良いように罠に嵌められたと気付いた時には遅かった。


 袋小路の路地に追い込まれている事に気付いたエリンジだが、今ここで安易に一回しか使えない転移魔法を使って逃げるわけにもいかない、逃げた先で魔力奪取連続犯に出くわせばもう逃げ切ることが出来ないからだ。

 男達が話している会話を聞いて、カイムが目を見開いた後、心乱される様に後ずさりながら歯軋りしている。

 どうやら過去に襲撃した施設の関係者らしい、恨みのこもった目がカイムに沢山向けられていた。


「なんだよそいつ、エレイーネーの制服着てるくせに防御魔法すらしないぞ」


「……そういや同じように襲われて魔力が無くなった生徒がいるとかいう話がなかったか?」


「だから未練がましくこの街の事件の情報聞きに来たって訳かよ」


「なんだよ魔力が無いならなんでまだ在学してるんだ、何の価値もないじゃないかそんなやつ」


 痛む頭を押さえるエリンジの方にも、指差して蔑むような視線が向けられ始めた。

 口々に投げかけられる罵倒は、ここ最近自分が思っていたことを真正面から指摘されたようで、エリンジは動転するかのように心臓が嫌な音を立てて身体が重く動かなくなる。


「……襲撃犯の情報が無いなら解放してくれ」


「魔力もないやつが偉そうに言うんじゃねぇよ」


「魔人族一緒に連れて喧嘩売ってきたのそっちじゃねぇか」


 焦りをなんとか隠すように冷静を装って、エリンジはこの状況から逃れるために説得を試みたが、憤怨するように怒りが煮えたぎった男達には話が通じない。

 じりじりと詰め寄るようにこちらに近付いて来る男達から逃げる様に後ろに下がるが、数歩下がったところでドスンと背中が壁に当たった。


「カイム、攻撃は……」


「わぁーってら、こいつら攻撃したら本物の悪もんだ……」


 エリンジがカイムに声を掛ければ、同じように横で後退って壁に追い詰められていたカイムは警戒するように顔を顰めた表情のままこちらを向きもせず小さく言い放った。


 今囲んでいる男達をカイムが返り討ちにするのは容易い。

 しかしそれをすれば、施設を襲撃した上に街の住人に手を出したとしてカイムが街から糾弾されることは目に見えている。

 いや、下手をしたら街どころではない、シマス国からエレイーネーにまで糾弾される可能性さえあった。


 エリンジはその場にいなかったので知らないが、クロノがリンソウで語った施設で働いていた従業員も被害者だという話を、カイムは覚えている。

 この場にいる男達も被害者であったからこそ、カイムも安易に反撃することが出来なかった。

 説得もダメならもう逃げるしかない。


「カイム、上だ!」


「くそが!」


 金属棒やバットやら、明らかに武器になりそうな得物を取り出し始めて迫ってくる男達から逃げようとエリンジがカイムに叫んだ。

 袋小路の唯一の逃げ道、建物の上へと逃げようと、カイムはエリンジの腕を掴んだ後髪を伸ばして屋上を狙い、そのまま屋上に向かって二人跳び上がった。


 バチッ


 屋上方面に上がる瞬間、二人ともなにかに弾かれたように身体に衝撃と痛みが走った。

 叩き返されるかのように袋小路の路地に落下して、周囲をぐるりと男達が囲って塞がれる。

 どうやら動きは読まれていたらしい、衝撃が発生する結界魔法に似たような魔法で上も既に塞がれていた。

 二人揃って地面に叩き付けられて呻く。


 逃げ道など最初からなかった。


「馬鹿じゃねぇの、この街の住民が魔法使えないわけないだろ」


「ここまで追い込んであんな逃げ道残すかよ」


「今の様子、やっぱこっち魔法使えねぇぞ」


「魔人族に魔力がないやつなんて、もうこいつらエレイーネーにいられない様にしてやれ」


 囲んでいる男達の顔は真っ黒で、目だけが怨嗟に爛々と輝いていた。

 なんとか立ち上がったエリンジは僅かな魔力で防御魔法を張ろうとしたが、後ろから肩を引っ張られて仰向けに転ぶ。

 庇われる形でカイムが前に出てなんとか髪を広げて防御するように広げたが、相手の数が多すぎた。

 そのまま得物を持った住民たちに、カイムはエリンジの目の前で袋叩きにされる様に一斉に殴り掛かられる。


 シマスに行くのが危険だと必死に語っていた先生や先輩たちの話を、今になってようやく理解する。

 ずっと守ろうとしてくれていたのだと。


 近寄ってきた男達に防いでいた髪も手で掴まれたため、攻撃を防ぎきれずに得物でボコボコに殴られて、反撃できないがゆえに抵抗出来ずに倒れていくカイムに必死に手を伸ばしながら、エリンジ自身も周囲を住民に包囲されて同じように殴られ始める。


 リリアを連れてこなくてよかった、一緒に巻き込まなくて本当に良かった。


 自身の未熟さ故にカイムを巻き込んだ激しい後悔に襲われる中、エリンジはそれだけに安堵して血飛沫を上げながら浴びせられる暴力の痛みに意識を手放した。


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