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第九十五話 止められなかった先行

 リンソウの一件から一ヶ月が経過した。

 クロノの行方は相変わらず掴めないまま、シマスでの魔力奪取事件も詳細が分からない。

 犠牲者は増えている様子だが、シマス出身のメロンとアルスの方にも情報が流れてきていないらしく、なにも分からないままただただ時間が過ぎていく。


 ここまで情報が全く出回ってない理由の一つに、シマス国がエレイーネーに対して全く要請を出してきていない点があった。

 エレイーネーからも調べるための申請を何度も出しているものの、一旦自国で出来る限りの調査をしたいと返されては、今のところ国で起こっている問題である以上エレイーネー関係者の被害もないせいでこちらからは強く出られない。

 被害者が尽く背後から狙われて犯人の姿すら分からないらしく、エリンジやネルテ先生を襲った犯人と同一人物かどうかもはっきりしないせいで、調べたくても調べられないのが現状のようだ。

 動きたいのに動けないどうにもならないもどかしさ、前期で喧嘩を吹っかけてきたイシュトワール先輩もこんな気持ちをずっと抱えていたのだろうか。


 新たな情報が入ってすぐに動けるようにと、エリンジはリリアと共に魔力伝達に精を出して、遠距離攻撃魔法を何とかしようと日々鍛錬に励んでいるが、どうにも進捗が著しくない。

 リリアの魔力量では、エリンジの燃費の悪い超越者の役職デメリットを越えることが出来ず、中距離攻撃が限度の様子だった。

 ノースターが回復魔法薬を常時提供してくれるとはいえ、緊急時に回復魔法を使う必要性もある以上、リリアの魔力をすべてエリンジに注ぐわけにもいかない。

 ここにきてエリンジは自身の役職デメリットにかなり苦しめられる形になっている。


「てめぇの古代魔道具、どこまで遠距離いけるんだよ」


『使用者次第だ、感覚でやれ』


「久々に聞いたなそれ、だからそれじゃわかんねぇよ」


「はぁ? そんなんで肝心な時にあいつらのフォローできんのかよ」


 一ヶ月クロノを見つけるどころか情報すら手に入れられないせいで、カイムの機嫌もどんどん悪くなってきていた。

 クロノが失踪してからカイムを心配して様子を見に来ていたアーゲストやボンブ曰く、かつて魔の森でカイムと行動を共にしていた時、クロノは三つ子を攫われて余裕のなかったカイムをかなり手厚くフォローしていたらしい。

 ようやく三つ子が保護出来て余裕が出来てきたと思ったら、その保護する際にかなり一役買っていたという恩義しかない相手が怯え逃げて行方不明になって、自身の不甲斐無さにカイムはかなり歯噛みしている様子だ。


 一ヶ月も行方不明のままだと、クロノの化け物身体能力ではもう大陸の端から端まで逃げることも可能なため本当にどこにいるのかもう皆目見当がつかない。

 ライアも流石に落ち込み始めているとレイルとロイズが溢しているので、その心配もありカイムが焦っているのが丸分かりだった。


「やはりシマスに向かうべきか」


「いやイシュトワール先輩言ってたじゃん、危ないって」


「中距離攻撃もままならねぇ奴は引っ込んでろよ」


「しかし情報があるなら行くべきだ」


「でも私まだ不安しかないよ」


 イシュトワール先輩が言っていたシマスにエリンジとカイムが向かうと危険だという言葉の意味を、ぼかされて伝えられたのもあってルドー達はよくわかっていなかった。

 学習本に載らないシマス国の複雑な情勢、出身者であるメロンに聞いても元気に分からないと告げられ、アルスは何か知っている様子だったが口ごもって話したくなさそうだった。

 アルスも今の状態のエリンジとカイムがシマスに向かうのは危険だというイシュトワール先輩の話と同意見らしく、大人しく鍛錬しながら情報を待った方がいいと言われるが二人は不服な様子だ。

 シマスからの公募依頼も未だないまま、個別の依頼も届いていない以上ルドー達は動けない。

 ただこの二人の焦りようから、耐えられなくなるのは時間の問題だとルドーは肌で感じていた。


「このまま敵が蹂躙して犠牲が増えていくのを黙ってみているだけにもいかん」


「今のてめぇが行ってもまたやられちまうだけだろうが!」


「落ち着けよ二人とも……」


 情報のない焦りと不安のせいか、エリンジとカイムはどんどん不安定になっている。

 そのせいで二人の口論が増え、ルドーとリリアの二人で何とか宥めているもののだんだん厳しくなって、魔法科の教室が二人のせいでギスギスし始めていた。


「情報がないからって焦っても仕方ないけど、焦る気持ちも分かるからなぁ」


「一番魔法が達者だったエリンジさんが使えなくなってますものね、仕方ありませんわ」


「でもあのままだと良くない気がします」


「全く世話の焼ける殿方たちですわね」


 明らかに苛ついているエリンジとカイムは、最近は食事をとる時間も惜しいと、早食いのように口に突っ込んではそのまま魔の森の魔物退治に出かけていってしまう。

 魔力伝達の影響でリリアもエリンジに同行しているものの、少しずつ暴走し始めた二人に流石に抑えが効かなくなってきていた。

 諦めるなと最初に励ました手前リリアからはエリンジを止めにくいようだ。

 ルドーは困った表情のリリアがエリンジについていくのを心配しながらも、一人食事をとりながら、同じく様子を見ていたアルス、キシア、トラスト、ビタと一緒に話の輪に加わった。


「どんどんドツボに嵌まってってる気がしてならねぇんだよな」


『まぁいい状態ではねぇな』


「一旦何か気を紛らわしたほうがよろしいのではなくて?」


「気分転換ね、確かに必要な気がするかな」


「でもあの二人の気を引けるような気分転換何かありますでしょうか」


「全く、カイムさんがいらっしゃるなら一つしかないでしょう?」


「ライアたちか」


 不安そうにしているライアたち三つ子には出来るだけ心配をかけたくはなかったが、あの状態の二人をこのまま放置したら何か悪いことが起きそうな予感がルドーにはあった。

 ライアたちは最近保護科にて基礎教養の勉強が開始されたため、前ほど時間を持て余しておらず、クロノが行方不明のままの為不安なのか、前ほど活発ではなく程々に元気でいる。

 トラスト達との話で、週末にライアたちに声を掛けてエリンジとカイムと一緒に遊んでくれと頼み込もうとルドーは考えた。


「カイにぃとエリにぃと一緒に遊ぶ?」


 食堂で食事を取るため、毎日ライアたちとは顔を会わせている。

 ルドーは週末の朝食で、勉強しているためか少し眠そうなライアたちを見かけてそう声を掛けた。


「ライアとの約束を守りたくてクロノを必死に探してるんだけどさ、二人ともちょっと頑張り過ぎてるんだ。だからライアたちと遊んで励ましたいんだよ、大丈夫だってさ」


「たしかにカイにぃ最近遊んでくれない」


「いっつも怒ってる、いつもより怒ってる」


 ルドーの説明にレイルとロイズも思い当たるように心配そうにしている。


「約束だいじ、でもカイにぃが無理するのはやだ」


「うん、だから大丈夫だって、無理しなくていいって励ましたいんだ」


「分かったルドにぃ、カイにぃとエリにぃと遊ぶ!」


「ありがとな、そんじゃ探しに行くか」


 四人で食事を終えた後、エリンジとカイムを探して魔法科の校舎をうろつく。

 週末は訓練が出来ないので二人とも時間を持て余しているはずだ。

 最近は焦りのせいもあってじっとしていられないのか、週末も図書室で情報を調べていたり、運動場にて魔力伝達や遠距離魔法の練習をしていることが多い。

 寮の自室には既に二人ともいなかったので、とりあえず図書室を覗いてみようかとルドーはライアたち三人を引き連れたままブラブラと歩いて行くが、図書室に二人の姿はなく不発に終わった。


「うーん、運動場の方かねぇ」


「でもルドにぃ、今日いつものすっごい音聞こえてこないよ」


「……言われてみれば確かに」


 ロイズの言葉にルドーは視線を廊下の窓から運動場に向ける。

 週末に運動場で魔法の練習をしていれば、その魔法の攻撃音が魔法科の校舎内によく響いていた。

 授業の際は防音魔法が効いているのか校舎まで音は伝わってこないが、休日は別なのでここ最近は良く響いてきていたのに。

 図書館にも運動場にもエリンジとカイムがいないとなるとどこにいるのだろう。


「ルドー君、メロン、見なかった?」


「メロン? 見てねぇけどどうした?」


 校舎内の廊下で二人を探して三つ子と一緒にうろうろしていると、同じように首を振って人を探している様子のイエディとばったり出くわす。

 いつもメロンの後ろにひっそり佇んでいるイエディが一人でいるのは妙に新鮮で、声を掛けられたのもありルドーはつい周囲を見渡した。

 しかしイエディが探していたのもあり当然メロンは見当たらず、イエディが心配そうな表情で猫毛が顔にかかるように俯きながら告げた。


「朝から、見当たらない、嫌な予感がする」


「……そういや朝飯の時も見てねぇな」


 食い意地の張ったメロンは誰よりも早く朝食に来て、誰よりも多い量の朝食を食べるため後から合流しても食べている場面に出くわすことが多い。

 週末の休日なのもあって、エリンジとカイムの方を気にしていたのもありルドーは全然気が付かなかったが、確かに何か変な気もする。


「通信魔法は?」


「メロン、まだ、自分で使えない」


「イエディ、探知は使えるのか?」


「私はそこまで、練度ない」


「……エリンジとカイムも見つからねぇんだよな、ちょっとトラスト探すか」


 イエディが探していたメロンは件の連続襲撃が発生しているシマスの、しかも現地のクバヘクソ出身だ。

 嫌な予感がしたルドーは探知魔法が特化しているトラストに頼ろうと三つ子を引き連れながらイエディと一緒に探し始めた。


「エリンジくんとカイムくんとメロンさんですね、少々お待ちを」


 あちこち探し回った結果、休日なのもあって食堂で飲み物を飲みながら情報は何かないかと本をリストアップしていたトラストをようやく見つけ、三人が見当たらないから探知魔法で探して欲しいと頼めばトラストは快く引き受けてくれた。

 瞳を黄色く輝かせてどこにいるかと首を回して周囲を見ているトラストを、ルドーとイエディは嫌な予感が外れてくれと念じながら見ていたが、やがてトラストは困ったような顔をしながら首を捻った。


「おかしいですね、校内にいません」


「……トラスト、遠距離の探知ってどこまでいけるんだ」


「遠距離ですか? うーん、精々隣町が限度ですけど」


「エレイーネーからシマスって見れるか?」


「シマスは流石に遠くて……まさか」


『遅かったか』


 クバヘクソ出身のメロンに頼み込んで、エリンジとカイムが独断先行してシマスに向かった可能性、考えたくなかったが三人が校舎内にいないとなればその可能性の方が高い。


「トラスト、リリかエリンジ、カイムでもいい、通信魔法使えるか?」


「えーっと、……あっ」


『反応あったか』


 通信魔法が使えないルドーが懇願するようにトラストに言えば、耳に手を当てたトラストが通信魔法に集中し始める。

 イエディと三つ子と一緒に不安にそれを眺め、ルドーはトラストの通信が終わるのを足踏みするように待つ。


「はい、はい……わかりました、伝えます」


『誰と繋がったんだ?』


「リリアさんです。お二人の予想通り、シマスの、クバヘクソにいるようです。止められなかったと、ルドーさんに謝ってくれと」


「あいつら……!」


 イシュトワール先輩からもネルテ先生からも、危険だからやめるようにと言われていたシマスに、エリンジとカイムはリリアも巻き込んで、現地に詳しいメロンも連れて既に向かったようだ。

 情報がなくて焦っていた二人は、情報を求めて先行してしまった。

 この嫌な予感は当たってほしくなかった。


 最近はすっかりマシになっていたが、元々エリンジはクロノに対して怒りのままに攻撃魔法を放つような、感情のままに突き進むところがあった。

 カイムも怒りに我を忘れて周囲が見えなくなるのも一度や二度ではなかった上、クロノと一緒に何度も報告なしに救出作業に先行していた。


 予測できたはずだ、なぜこうなるまで放置していたんだ俺は。


「リリアさんはクバヘクソのメロンさんの自宅にメロンさんと一緒だそうですが、エリンジさんとカイムさんは既にそこから出ていて通信連絡も取れないようです」


『おいそりゃまずいぞ』


 よりにもよって、イシュトワール先輩やアルスに特に危険だと言われていた二人がシマスで先行している。

 ひどい目に遭う可能性を考慮していたイシュトワール先輩の話を思い出してルドーは不安に押しつぶされそうになった。


「あぁもう畜生! ネルテ先生に報告しねぇと!」


「メロンから、言ったかも、気にしてたから。私も先生に報告、行く」


「僕も行きます!」


 三人は慌ただしく食堂から出て職員室に向かう。

 ライアとレイルとロイズも不安そうな顔で見上げてパタパタ走りながら付いてきていた。

 職員室のドアをガラリと開けるが、灯りこそついているものの週末休日なせいで人が見当たらない。

 早く報告しないといけないのに、ネルテ先生が今どこにいるかわからない。


「トラスト! 通信魔法でネルテ先生に報告いけるか!?」


「ネルテ先生ならボンブさんとクランベリー先生も連れてマーに行っちゃってるよ、ていうかそんな慌ててルドーなにごと?」


 書類の配達でも頼まれていたのか、腕いっぱいの書類を抱えたアルスが後ろの廊下から声を掛けてきていた。

 その伝えられた内容にルドーは呻く。

 おおよそ奪われた魔力の件でウェンユーさんに話を聞きに行ってしまったのだろう。

 転移門を使えたとしても、ネルテ先生は今転移魔法そのものは使えない。


「エリンジとカイムが焦ってシマスに行っちまったんだよ!」


「……やめろって言ったのに、かなり不味いぞそれ」


「アルス、他の、先生たちは」


「ヘーヴ先生とマルス先生は同盟国連盟の会議に行ってる、ついでにシマスの情報聞けないかって。会議だから機密事項もあって通信遮断されてるんだ。ニン先生とレッドスパイダー先生はクロノの捜索で出てる。休みだし動ける時間多いからってかなり遠くまで検討してたから通信届くかどうか……」


 近場の机に持っていた書類をドスンと置いて振り返ったアルスは険しい顔をしていた。

 先生たちも先生たちなりに動いてくれているのに、ルドーは止められなかった申し訳なさでいっぱいになる。

 どうするべきか、スペキュラー先生は話が長すぎて論外だとして、そうなると連絡が取れるのが現状ネルテ先生しかいない。


「トラスト、マーにいる、えーっと、えぇいこの際誰でもでもいい、通信できるか!?」


「……だめです、通信が不安定になってます」


「不安定?」


「マーの気候ですよ、砂嵐が起きているみたいです。あれが発生すると空気中の魔力が飛散移動して通信や探知がまともに通らなくなるんですよ」


「それ、転移も、厳しいはず」


「うん、確か砂嵐だと転移門も使えないってカゲツがこぼしてたな」


 砂漠が国土の六割のマー国では、その気候から定期的に砂嵐が発生するらしい。

 転移門すらも使えない程空気中の魔力が攪拌されるなら、砂嵐が収まってすぐに通信できるかも微妙な所とみていいだろう。


「くそ、この肝心な時に……!」


「落ち着けよルドー、お前まで慌てたらなんにもならないって」


 三人も見てるんだぞと続けたアルスの言葉に、ルドーははっとして下を向いた。

 ライア、レイル、ロイズの三人が不安そうに見上げる顔がそこにあった。

 この三人の前でカイムが危険に晒されるのではと大声で慌てるべきではなかった。

 不安にかられた気持ち悪さを落ち着かせるように胸に手を当てて大きく深呼吸した後、ルドーは改めてこれからどうするべきか考える。


「トラスト、リリとメロンにそこから動かない様に伝えてくれ。そんで砂嵐が落ち着いたらすぐネルテ先生と連絡できるように通信を定期的に送ってくれるか?」


「はい、ヘーヴ先生やマルス先生にも、会議が終わったら連絡取れるようにそちらにも定期的に送ってみます」


「イエディ、三人を頼む。寮の部屋まで送ってってくれ」


「わかった、三人とも、付いて来る、いいね?」


「ルドにぃ……」


「大丈夫だ、カイム達はなんとかするから」


 不安そうに揺れた大きな黄色い瞳を落ち着かせるように、ルドーはライアの前でしゃがんで優しく頭を撫でた。

 イエディに連れられて不安そうに何度も振り返る三つの顔を見送りながら、ルドーは立ち会がってアルスの方に振り返る。


「アルス悪い、シマスのクバヘクソ、地形分かるか」


「えーっと、それなりにはだけど……もしかして行く気?」


『まぁ連れ戻すのが一番手っ取り早いだろな』


 職員室に誰か先生が戻ってくる可能性も考慮してここに残るというトラストの横で、ルドーの話にそれはどうだろうと猜疑的な顔をしたアルスに、聖剣(レギア)の意見も聞きつつルドーは説明する。


「その気ではいるけど、俺だけじゃダメなのはわかってる。だからちょっと判断仰ぎに行こうと思ってな、それでいけそうなら案内頼みたいんだ」


「でも先生たち誰もいないだろ、誰に仰ぎに行くんだ?」


「なにもエレイーネーにいる資格持ちのベテランは先生だけじゃないだろ?」




「あぁー、行っちまったか。何のために警告したと思ってんだよ、全くこっちの気も知らねぇで……」


 話を聞いた後呻くように言ったイシュトワール先輩は片手でガシガシと頭をかいた。

 トラストを一人職員室に残し、ルドーはアルスと共に三年の寮に向かい、イシュトワール先輩の部屋のドアを叩いた。

 ルドー達にシマスに行くのは危険だと最初に警告してきたのはイシュトワール先輩だ。

 だから事情が分かっていて、且つ三年で依頼も多数こなし、領地の大型魔物暴走(ビッグスタンピード)にも一役買った、一人前の魔導士と言って差し支えないイシュトワール先輩にどうするべきか判断を仰ごうと思ったのだ。


「連絡取れなくなってんだよな? はぁ、もっと強く言うべきだったか。攻撃した手前遠慮なんかしてるからこうなる。姉貴にこの間どっちつかずってしごかれたばっかだってのに……」


「先輩、それで二人を出来れば連れ戻したいんですけど」


 ルドーがそう告げればイシュトワール先輩は険しい顔に変わる。


「魔力奪取事件が連発してるシマスのクバヘクソにか?」


「出来れば先生に報告したかったんですけど、ネルテ先生はマーに行ってる上砂嵐で連絡取れないし、他の先生もシマスの情報やらクロノを探しにやらで誰もいないんすよ」


「……元を辿れば俺の妹が情報持ったまま逃げたせいでもあるわな。危険は承知の上か?」


「はい。俺の妹も巻き込まれてるのもあるんすけど、なにより二人とも大事なダチっすから」


 腕を組んで見下ろしてくるイシュトワール先輩に、ルドーは真直ぐ見つめ返しながら素直に答えた。

 その様子にイシュトワール先輩は腕を組んだままルドーの顔をしばらく眺めた後、天を仰いで大きく溜息を吐いた。

 ルドーの隣で話を聞いていたアルスも横で頭をポリポリとかきながら援護するように口を開く。


「二人のフォローが遅れたのもあるしねぇ」


「そっちのピンク髪も行くのか?」


「一応シマス出身なんで案内を頼まれちゃって」


 名前を呼ばれなかったのも気にせず、アルスは仕方ないと言った様子で軽く両手を上げる。

 軽い口調ながらもついていくのが当然というようなアルスの反応に、イシュトワール先輩は溜息を吐き首を振りつつも反対しない様子だった。


「まぁシマスの事情に詳しいのがいたほうがいいわな……わかった、二人とも離れるんじゃねぇぞ」


 そう言ってイシュトワール先輩はがさごそと懐から白い封筒を取り出す。

 掲げられた見覚えのある封筒、まじまじとルドーが見る限りどうやら依頼状のようだった。


「先公たちが依頼掲示板から剥がすより先にちょうどシマスの一つ取ってたんだよ。あれだけど派手に剥がされた後だったから使うつもりはなかったが、こうなった以上仕方がねぇからな」


 依頼状をルドー達の前でひらひらさせながらイシュトワール先輩は言った。

 それでルドー達が依頼掲示板にいた時、先生たちが慌てて剥がしていたのをイシュトワール先輩が知っていたのかとルドーは納得した。

 依頼があるなら資格のあるエレイーネー生徒でもシマスに向かえる。


「依頼は建前だ。あくまで今回は先行しちまった二人を見つけて全員連れて帰るだけ、例の魔力奪取犯の捜索はしない。従えねぇなら即時中止して戻る。いいな?」


 命令に従えと言わんばかりに目を細めてひらひらさせていた依頼状でルドーとアルスそれぞれを指示したイシュトワール先輩。

 両手の拳を握りしめて、ルドーは真直ぐその目を見ながら大きな声で応えた。


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