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第九十四話 進まぬ調査、制止される探索

 リンソウの一件から二週間が経過した。

 少しずつ魔力伝達に慣れ、ようやく大規模魔物を一体なんとか倒せるようになったエリンジと魔力伝達の都合で同行するリリア、それに魔力伝達が出来るアルスとキシア、トラストとビタもルドーとカイムに合流して、中央魔森林の中をお互い連絡しながら手掛かりはないかと探すが、廃棄されて久しい建物は見かけるものの、中はどれも文字通りの廃墟で生活感は残っておらず、手掛かりはまるで掴めなかった。


 二週間も経つと逃走相手であるクロノの移動範囲はかなり広がる。

 広がる地図のバツ印に、襲撃犯の方も何の進展もないまま、情報が掴めない焦りばかりが募っていく。


「うーん、実はもう既に森から出ててどこかの国に潜伏してたり?」


「それは目撃情報、ないから、可能性低い」


「いっそ逆に海の上に逃げている可能性はありませんこと?」


「海をなめるな! 慣れておらんものが一人で安易に出れば奈落に飲み込まれるぞ!」


「島国出身のフランゲルが言うのは説得力違うなぁ」


「海とか奈落ってなんだよ」


「えーっと、ほらこれだよカイム、学習本の世界地図、海はこの広いとこ、全部塩水になってて、海の端が永久奈落になってるんだ」


 メロン、イエディ、キシア、フランゲル、アルスの話を聞いたカイムの疑問にルドーは学習本を引っ張り出して見せながら説明する。

 この世界は球体だった前世と違い平坦だ。

 大陸を囲む海は円形に途切れていて、海の端は海水が落下し続ける奈落になっている。

 奈落から戻ってきた者は誰もないのでその先がどうなっているのか誰も知らない。


「海の上は基本どこも危険ですから慣れた漁師でなければ近寄りませんわ、常識ですわよ全く」


「どの魔法にも引っかからないのが厄介ですよね、こうも何も情報が掴めないなんて」


『(魔法が使えないなら透明化魔法が使えるわけでもないのにね)』


 ビタとトラストとノースターが続ける。

 実際魔法が使えないなら人のいる場所で隠れ続けることは目撃もあるはずで難しい。

 だからこそ逃走を予測した魔の森の中では目撃情報が無いにしても、予測した範囲周辺をこれだけ探しても全く痕跡もないと、逃走範囲が広がった今手掛かりもなしに広い中央魔森林の中では探しようもない。


「元々半年近く失踪してた実績あるのよ、本気で隠れられたら簡単じゃないわよ」


「探知以外に探す魔法ってないのかな」


 そんなに簡単に見つかるわけがないとアリアが呆れたように言えば、ヘルシュが手段を変えてみてはと思いつくまま発言した。

 確かに今まで探知魔法しか思いつかなかったルドーはエリンジに問いかけるように顔を向ければ、同じことを考えていたのか頷きながら返答が返ってきた。


「遠くを見る遠視魔法と、それの応用で遠くの位置を大量監視する千里眼魔法がある」


「あー、そういや遠視はアシュでモネアネ魔導士長が使ってたっけな。エリンジ使ったことあるか?」


「悪いがない、身体強化よりも目だけに集中する分俺には難易度が高い。ちょうど訓練しようと思っていたところにこれだ」


『同時発動のデメリットで今は上手く出来ねぇか』


 エリンジの説明に聖剣(レギア)が長い溜息を吐いた。

 座学前の教室の休み時間、魔法科で集まって何か情報はないかと話し合うのがここ最近のルーティンになっていた。

 なにか見逃しはないかとお互い疑問に思ったことや可能性を口々に言い合うが、最近は情報がなさ過ぎてほぼ堂々巡りかありもしない可能性を言い始める様な状態になっている。


「ねーねー、そもそもの話なんだけど、なんでクロノちゃん逃げてるの?」


 考えても何もわからないと一人先に机に突っ伏していたメロンが顔を上げて疑問を呈した。

 その質問にルドーは溜息を吐きながら答える。


「言っただろ、エリンジとネルテ先生襲った奴に多分一度襲われてて怯えてたって。だから逃げたんだよ」


「うん、だからさー、なんで怯えてるのかなって。魔法使えなくても入学したてのエリンジ君が敵わなかったくらい強いのに」


 更なる質問にその場の全員が確かにと頷きながら顔を見合わせる。

 メロンの言う通り、素であれだけ強いクロノがあそこまで怯えて逃げる理由はそもそもなんだ。

 そこにあの魔力を奪った奴の情報のヒントがあるのだろうか。

 メロンの疑問に面々が色々と憶測を話し出す中、ルドー達も自分なりに考え始める。


「確かにクロノさん、魔法使えないからってエリンジ君みたいに戦えないわけじゃないよね」


「むしろ逆で今のところ誰も勝てた事ねぇんだよな、カイムなんか怯える心当たりあるか?」


「あ? ……あぁー……」


 クロノの事を今のところ一番知っているカイムにルドーが振れば、顔をこちらに向けた後考え込むように上を見上げた。

 その反応にルドー達は注視する。

 カイムは分からないことは即座に噛み付き返してきていたからだ。


『その反応はなんかあるな?』


「……いや、あいつが話したわけじゃねぇ。森の奥見てた時一瞬様子変になりやがった」


「森の奥?」


「一度だけだ。自分の事も弱虫だとか言ってよ」


『弱虫? あのバケモンが?』


「……なんかいつだったか、エレイーネーに戻った後も一回だけそんなこと言ってたような……」


 カイムの言葉と聖剣(レギア)の疑問にルドーもそういえばと思い起こす。

 いつだったかまでは覚えていないが、あの強さで臆病人間ってなんだとルドーが疑問に感じた記憶がある。

 カイムの話とルドーが思い起こした事から、クロノはエリンジ達が襲撃されたから急に怯えた訳ではなく、ずっと何かに怯え続けていたという事だろうか。

 誰にも何も言わないクロノなので可能性としてはあり得る。

 鉄線の件の後やたらすぐに退学届を出そうとしていたのもそれが原因なのだろうか。

 でも肝心のあの身体能力であれだけ怯えていた理由がさっぱりわからない。


「つまり森の奥に何かあるのか?」


「森の奥に? クロノさんが怯える様な何かが?」


「えぇ? それだと森にはクロノが怯える様な何かがあるってことになるから、そもそも隠れてなくてこの二週間骨折り損ってことか?」


 カイムの発言からのエリンジの推測、続くリリアの発言から、ここにきてクロノが森にいない可能性が浮上し始めて、ルドーは頭を抱える気持ちでいたがそれはないとカイムが首を振って否定した。


「森が怖ぇならそもそも俺たちと一緒にいねぇっつの」


「あ、そりゃそうか。じゃあ結局怯えてる理由ってなんだよ」


「そういえばエリンジとネルテ先生はその襲撃犯に触られた瞬間倒れたんだよな、つまり接触がダメってことか。接触、接触……うーん、ひょっとして物理攻撃効かないとか?」


 ルドー達の話を横で聞いていたアルスが考え込みながら飛躍した考えを言えば、途端に周囲が静かになる。


「……物理攻撃効かねぇんじゃあいつは何も出来ねぇよ」


 アルスの意見を聞いたカイムも低く唸るように続いた。

 あれだけ攻撃力が高くても、クロノは魔法攻撃が一切できない。

 物理攻撃が効かない相手には逃げるしかない、実際逃げている以上可能性は高い。

 つまりエリンジとネルテ先生を襲った相手は物理攻撃が通じないのだろうか。

 魔法を使えなくされた上に物理攻撃が効かない、確かにクロノが怯えるのに十分な理由だといえる。


「えっとつまり、魔力奪ってくるのに、魔法攻撃しか通用しないって事?」


『いやあくまで可能性の話だろ、まだ確定したわけじゃねぇ』


「うん、俺も憶測で言ったことだし何も証拠がないからねぇ」


「結局対面しないと分かんねぇか。かといって魔力奪われるなら迂闊に接触するわけにもいかねぇし」


「そもそもそいつがどこにいるかわからん」


「うーん、結局何もわかんないって事?」


「緊急事態発生ですや! 緊急事態発生ですや!」


 魔法科の面々が誰も答えに辿り着かずにそれぞれが頭を抱えて唸っていると、教室の扉が乱暴に開かれて、オリーブに呼び出されて一人基礎訓練の後共通区画に行っていたカゲツが血相を変えて教室に飛び込んできた。

 新たな情報でもあったかと教室内に緊張が走る中、エリンジが険しい無表情でカゲツに声を掛ける。


「カゲツ、目撃情報でも入ったか?」


「違いますやエリンジさん! クロノさんの情報は相変わらずさっぱりですが、シマスの方で魔力奪取事件が発生ですや!」


「なんだって!?」


 カゲツの発表にざわりと教室が騒ぎ始める。

 クロノを見つけて情報を手に入れる前に次の事件が発生した。

 詳しい話を聞こうと全員が椅子からガタガタ立ち上がってカゲツの方に群がり始める。


「サンフラウ商会からの独自ルート情報ですや! なんでもシマスのクバヘクソで、魔力が無くなる事件が連続発生してますや!」


「連続発生!?」


「犯人の詳細は!?」


「詳細まだ上がってきておりませんや! とりあえずの速報なのですや!」


 騒めく周囲にカゲツが続けた説明に更に騒めきが大きくなる。

 今回はエリンジやネルテ先生の時の様な単発事件ではなく、連続事件として次々発生しているらしい。

 サンフラウ商会からの独自速報の為まだ詳細が分からないようだ。


「えぇい、シマス出身だれかおらんのか貴様ら!」


「一応シマス出身だけど郊外の孤児院育ちだよ」


「はいはーい! 私は生まれも育ちもクバヘクソだよ!」


 フランゲルの号令にアルスとメロンが反応する。

 自信のなさそうなアルスと対照的にメロンは両手を上げて元気に答える。


「クバヘクソはすっごい大きな町でー、白い四角い建物ばっかなんだ! 山の斜面に沿うように建物が建ってて物凄く迷路みたいになってるから初めての人は絶対迷子になるよ! 私も未だに迷うし!」


「メロン、多分、聞きたいことそこじゃない」


「そうなの?」


「出身者なら情報は入っとらんのかと聞いておるのだ戯けが!」


「そっか! ごめんわかんない!」


 元気に答えたメロンにフランゲルはだんだんと地団駄を踏んだ。

 だがカゲツがオリーブ経由のサンフラウ商会の元で手に入れた速報、出身者であってもまだそこまで情報が回ってきていないのだろう。

 アリアとヘルシュがどうどうとフランゲルと落ち着かせている中、話を聞いたルドーは今後の相談の為に振り返る。


「エリンジ、どうする?」


「クロノの情報が進展しない。ならばシマスに出向いた方がなにか掴める可能性がある」


「おい対策まだ何も考えてねぇだろが、さっきの話も本当だってなら……」


「……ひょっとして心配してる?」


「んな事言ってねぇ」


「でもカイムの心配通り同じ犯人なら対策必須だぞどうする」


「言ってねぇっつってんだろが!」


『触っての魔力奪取か、要は触られなきゃいいんじゃねぇか?』


「簡単に言うけどそれ一番難しいやつじゃんかよ」


「はいはーい、盛り上がってるとこ悪いけど、依頼でもないのに危険地帯に行かせるわけにはいかないよー」


 教室がざわめく中、ネルテ先生がボンブを引き連れて入ってきた。

 カゲツの速報にそれぞれがシマスについて色々言っていた中で、ネルテ先生は物のついでとばかりに説明を始める。


「シマスの件はこっちにも情報が入ってる。まだ犯人の詳細は分かっていないが、連続して魔力が奪われる事件が続いているのは確かだ。でもそれを調べるのは大人の仕事、君たち学生は学んで訓練する段階、わかるかい?」


 ネルテ先生が騒ぐ教室内を落ち着かせるように低い声で言った説明に一同は黙り込む。

 ネルテ先生とエリンジの二人掛かりで手も足も出なかった相手だ、確かに安易に近づいたら更なる被害者を生み出しかねない。


 しかし情報がないのもまた事実。

 開始された座学に教室が静かになる中ルドーは考える。

 依頼でないなら行けない、なら依頼があるなら行けるかもしれない。


「ってことでなんか良い感じの依頼がないか探したいんだけど、そもそも依頼が来てないからどうするか相談したいんだよな」


 座学が終わった後、ネルテ先生に聞かれないよう食堂に移動して、ルドーはリリアとエリンジ、それとカイムと一緒に話し始める。

 食事をとらなければまたライアに突撃されて食事を喉に突っ込まれるので全員なるべく食べるようにしている。

 適当にトレーに盛ったサンドイッチを全員で頬張りながらルドーに続くようにリリアが話を進めた。


「確かにオリーブさんと村長さんからのしか受けたことないもんね」


「まぁ知名度もない例外的な一年にそんなポンポン依頼来るわけないしな」


 ルドー達一年が魔導士資格を持っているのは、あくまで歌姫の情報を欲した同盟国連盟による意図的な物だ。

 あれから期間が経った今、情報を欲していた依頼は無くなりほとんど形骸化してしまっているが、資格があるのは事実。

 ちなみにカイムは同胞の救出活動に必要なのでエレイーネーに入る際に強引に資格をねじ込んだらしい。

 しかし資格があっても理由もなく関係のないシマスには行けない、だからこそ理由付けに依頼が欲しいのだが、そうルドーが考えているとエリンジが提案してきた。


「公募依頼はどうだ」


「公募依頼?」


「依頼相手を指定していない依頼だ」


『解決できるならだれでもいいっていう奴か、それなら確かにあるかもな』


 指名式の依頼の他に、公募の依頼というものもあるらしい。

 数が多いがそこまで緊急性が高いものは少なく、ペットを探してくださいとか、失くした私物を見つけてくださいとか、要は前世の交番に頼るような小さいものが公募依頼だ。

 確かにそれを受ければシマスに行くことは可能かもしれない。

 エリンジの提案にルドー達がそう考えて公募依頼を確認しようとサンドイッチを一気に食べた後、依頼掲示板のある中央ロビーを目指していると横を歩くカイムがエリンジに噛みついてきた。


「だぁらてめぇ結局対策どうすんだよ」


「それを言うならお前はどうする、髪の攻撃が接触になるぞ」


「ケッ、遠距離魔法攻撃ぶつけらぁ、それで無理なら撤退だっつの」


「えっ、髪以外でも魔法攻撃できんのかカイム」


「髪が一番魔力効率いいだけだ、出来ねぇなんて言ってねぇよ」


 接触されるのがご法度ならば、接触されない距離から攻撃すればいいという事だろう。

 カイムに髪以外の魔法の攻撃方法があったとこにルドーは驚くが、そういえば遺跡で会った時髪で作った光魔法をぶん投げていたことを思い出す。

 その要領で髪で作り上げた魔法攻撃を投げることが出来るそうだ。

 話を聞いていたエリンジとリリアも考え込むような表情に変わる。


「エリンジ君、遠距離攻撃だと魔力どれくらいいる?」


「攻撃の規模と距離に依存する、何とも言えん」


「とりあえず近距離とは比べ物にならないくらいいるって事?」


「それは確かだ」


 魔力の補充について二人が話しているのを横で聞きながら、ルドー達は中央ホールの依頼掲示板の前に辿り着いた。

 四人でシマスからの公募依頼がないか、ベタベタ貼られて規則性が無い掲示板で間違い探しをするように目を凝らして探す。


「シマスからの公募ならもうねぇぞ、昨日先公たちが慌てて剥がしてたからよ」


 後ろからの低い声にルドー達は身を固くして振り返る。

 イシュトワール先輩が両腕を組んで、その高身長から見下ろすようにルドー達に視線を向けていた。


「せ、先輩……」


「こないだは悪かったよ、急に攻撃して。怪我してねぇか?」


 イシュトワール先輩は歩み寄ってくると、心配するような表情でカイムに言葉をかけた。

 キャサリベールが襲来した翌日に、ルドーはリリアとエリンジと一緒にクロノの件の報告で一応謝罪には向かったが、イシュトワール先輩はキャサリベールにこってり絞られたらしく、反省したような顔で謝罪を受けた後詳しい話を聞いてくれた。

 ただカイムとは顔を合わせておらず、ここで会うのはあの日以来となる。


 カイムを謝罪に同行させなかったのはルドーの判断だ。

 警戒心の強いカイムに、落ち着いているかどうかわからなかったイシュトワール先輩と会わせて、最悪また機嫌を損ねて戦闘に発展するのを恐れたためだ。

 イシュトワール先輩の存在を知っていたルドー達と違って、クロノが説明しなかった上に接触もなかったためカイムはそもそもイシュトワール先輩の事を全く知らなかった。

 結果的に謝罪に同行しない形になってしまったカイムについて落ち着いた先輩にそう説明すれば、実の妹に説明すらされなかった事実に苦々しい顔をしながらも納得はしてくれた。


「……なんでそっちが謝ってんだよ、攻撃するのに十分理由あるだろが」


「理不尽に慣れたっていいことねぇぞ。うちの妹が俺を嫌って説明してなかったんだろ? お前は俺を知らなかったし、しかも今回はあいつが自分で勝手に逃げた。つまりお前が攻撃される謂れはない、だから謝ってるんだ」


 逃げた直後に丸一日必死に探してくれてたみたいだしなと続けたイシュトワール先輩に、カイムは信じられない様に驚愕に目を見開いた後、ゆっくりと視線を床に落とした。

 まるで謝罪される方が心が痛むとでもいうようなその反応に、不安そうな視線を向けるリリアとエリンジと一緒にルドーがどう声を掛けようかと迷っていたが、イシュトワール先輩はその反応に小さく溜息を吐いた後、謝罪に対する反応の無いカイムに仕方がないというようにルドー達に視線を向けて話を変えた。


「シマスにゃ行かねぇ方がいいよ、特にそこの二人」


「え?」


 イシュトワール先輩がエリンジとカイムの二人を顎でさしていった言葉に、ルドー達は顔を見合わせるように全員一緒に狼狽える。


「魔力奪われて、その上情報がなくて焦る気持ちは俺も痛いほどわかるがな、いきなり攻撃した俺が言えた義理じゃねぇが、お前ら少し冷静になれ。シマスは今のお前ら二人には危険だ」


「……魔力奪取している奴のせいか」


 名指しするようにして危険と言われたエリンジが歯噛みするようにイシュトワール先輩に返す。

 再び対峙しても勝てやしないと言われたとエリンジは感じているようだ。

 俯いたままのカイムも、クロノの失踪を止められなかった力不足を責められていると感じているのか、うつむいたまま歯を食いしばりはじめる。

 しかしイシュトワール先輩は違うとばかりに首を振った。


「学習本ばかりが国のすべてじゃねぇ、あの国は学習本に書かれないような複雑な情勢がある。魔力が無くなったお前と、施設襲撃してた、誰が見てもわかる魔人族のお前ら二人が行くのは危険なんだよ。だから先公たちも先手を打って公募依頼を剥がした、この意味が分かるか?」


 そう語ったイシュトワール先輩をルドーが見れば、エリンジとカイム二人を見るその顔に明らかに心配の色が浮かんでいて、エリンジの隣で同じように先輩を見たリリアもそれが分かったのか、ルドーに不安そうな視線を投げてきていた。


「お前たちは俺の妹を探してくれ。普通に会話できるくらい仲良かったんだろ? 俺とは全く会話すら成り立たねぇくらい距離があったせいで手掛かりなんてまるで分らねぇ。だからシマスの方は大人が調べる、お前たちは情報を待て。焦って突っ走るな、ひどい目に遭ってからじゃ遅いんだよ」


 イシュトワール先輩はそういうとまた小さく息を吐いて、エリンジとカイムの肩を慰めるようにポンと手を置いた後立ち去っていた。

 動くための情報を完全に遮断されたルドー達は、それぞれがどうにもならない不安を抱えたまましばらく掲示板の前で立ち尽くしていた。


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