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第九十二話 ぶっきらぼうな協力

 翌日の授業で、エリンジとネルテ先生の魔力が無くなっていることは魔法科の全員に伝えられた。


 あまりの事態に全員が言葉を失っているが、ネルテ先生は気にしないかのようにケラケラ笑い続けている。

 魔力が無いせいで魔道具も使えず、授業を見ることが出来ないので副担任のスペキュラー先生が代打となり、ただでさえ生徒達が動揺している所に話が恐ろしく長いスペキュラー先生が入ったことで阿鼻叫喚となった。


 三つ子たちは特に落ち込んでいるライアをレイルとロイズが心配して寮の部屋で寄り添っていたため追いかけっこ方式の基礎訓練は中止になったが、そもそも話が長すぎて基礎訓練を開始していいかどうか皆分からず右往左往して、結局基礎訓練終了までスペキュラー先生はしゃべり続けたので次の授業からはみんなで話は無視しようという結論に達している。


 エリンジの状態も皆が心配していたが、こちらはリリアとの魔力伝達で魔力の補充が出来ると分かったことを伝えると、みな不安そうながらもまだ何とかなりそうだと安堵の表情を浮かべた。


 一方クロノが襲撃者の情報をおそらく知っていたがために怯えて逃走したので、戻ってきた場合や見かけた場合すみやかに報告するように伝えられて、二度目の失踪とその理由にこちらは全員訳が分からず混乱していた。


 中央ホールには朝から手配書が二枚貼られ、例のレフォイル山脈の封印を解いたと思われる薄い銀髪ガリガリな女性と、ネルテ先生とエリンジを襲ったとみられる金髪青眼の女性の似顔絵が貼られていた。

 前者は強力な攻撃魔法、後者は魔力に関する危険な魔法を使うとして、接触または目撃次第戦闘せず即報告撤退するようにと手配されている。

 前者はともかく後者は迂闊に戦えばまた安易に魔力を奪われる可能性があるためだろう。

 常軌を逸した手配書の内容に魔法科の上級生たちはただ事ではないと緊張が張り詰め始めていた。


「カイム、少し話をしたい」


「うるせぇ今話す気はねぇ」


「クロノの事だ、お前の方が詳しい」


「……なんだよ」


 何もしなかった基礎訓練、喋り続けるスペキュラー先生を無視して終えた座学の後、食堂でクロノが失踪した影響かかなり不機嫌な様子のカイムにエリンジが声を掛ける。

 まるでエレイーネーに来たばかりの様な険悪な空気を醸し出して威嚇するようにしていたカイムだが、エリンジが出したクロノの名に唸り声を出しながらもなんとか応対した。

 エリンジがばさりと紙を取り出してカイムが肘をついている何も置かれていない机の上に広げ、エリンジと一緒にいたため様子を見ていたルドーとリリアもなんだろうと近寄った。

 エリンジが広げたのは簡易的な地図のようだが、学習本に載っているのとはまた違って簡易的ながらも細かい地形や町の名前が載ったジュエリの地図だった。


「レフォイル山脈のすぐ下、ここがリンソウだ。ここから逃走するなあいつならどこに逃げる」


 どうやらエリンジは奪われた魔力を取り戻すため、襲撃者の情報を持つクロノの居場所を突き止めようと逃走先を割り出そうとしているらしい。

 意図が分かったカイムも苛つく表情のままだが、片眉を上げてエリンジを見上げた。


「いきなり言われたって、襲撃した施設もねぇ森の外は分かんねぇ、もっと周囲の特徴言えや」


「リンソウから北はレフォイル山脈に阻まれて道がない、つまり大まかに分けて道は三つだ。リンソウから東側はトルポと繋がっているが、飛び地の魔の森がある。南側は閑散とした村が続いていて、その先は海だ。西側は王都のプテアがあるが、そちらは同時期に襲撃を受けたために見張りの目が多い」


 エリンジが地図に書かれた道を指し示しながらカイムに説明する。

 指し示す指を見ながら大人しく説明を聞いていたカイムの横で、ルドーは同時期に襲撃を受けたという情報に驚きの声を上げる。


「王都の方で襲撃!? どういうことだよエリンジ聞いてねぇよ」


「大丈夫なの?」


「俺の時と違ってこっちは組織犯だ。関連性も今のところ無い上機密事項もある、情報規制されているから知る必要はない」


 リリアと二人心配でエリンジに声を掛けるも、今のところ王都襲撃とエリンジ達への襲撃者との関連がないようだ。

 レフォイル山脈麓の封印を破ったリンソウの襲撃が陽動の可能性も少なからずありはするが、今のところ関連性が見られないのであくまで可能性の話でしかない。

 国の機密事項があるからエリンジから話を聞きたいなら関連性を示せという事だろう、今は何もないので話は聞けない。

 エリンジの説明を聞いていたカイムは、流し目に地図を再び見た後不機嫌そうに顔をそむけた。


「……どっちにしろ人のいるところにゃいかねぇよあいつは」


「理由は」


「俺たちと一緒にいた時も人間の癖に森から出るの渋ってた、目立ちたくねぇと。人間のこと分からねぇからアーゲストが頼んでた下見の手伝いもあんま乗り気じゃなかった。こっちも必死だったから強引に連れ出したがよ」


『ほー、逃走するだけあって元から人目気にしてたのか』


「ならいるとしたら森の方か」


「森の中ならそれこそカイムの方が情報入ってくるんじゃないのか?」


「森の中全部に魔人族がいるわけじゃねぇ、あくまで森の中でも魔物の脅威が少ねぇ瘴気が薄い場所だ。あいつは魔物には脅威感じてねぇよ、瘴気濃度気にしねぇなら魔人族からも隠れる場所いくらでもあらぁ」


 カイムの話に改めてルドー達は地図に視線を落とす。

 話の通りクロノが人のいる場所を避けるなら王都の方はまず行かない、閑散としてはいるものの村は点在しているので南側も可能性は低くなるかもしれない。


「トルポ方面はこの間の大型魔物暴走(ビッグスタンピード)で人通り少ないか?」


「民間人の移動は減ったが、王家からの抗議や賠償の使いの通りは増えている、何とも言えん」


「それでも馬車移動になるから民間人より隠れやすそうか、この飛び地の魔の森は?」


「飛び地だが中央魔森林が近い、繋がる危険を考慮して定期的に間引くために人が入っている」


「それってどのくらいの頻度?」


「精々一年に数回だ」


「うーん、それが最近ないならそこから通って中央魔森林か?」


「ていうかてめぇらはあいつじゃなくて犯人探すんじゃねぇのかよ」


 クロノの逃げた場所をルドー達が予測して話し合っていると、カイムが苛つきながら根本的な事を聞いてきた。

 たしかに魔力を奪い返すならエリンジやネルテ先生を襲った犯人を捜す必要はある。


「既に手は打っているが、そちらはまるで何もわからん」


「何度か魔力伝達でエリンジ君に補充して探知したり、私も探してるんだけど何も掴めない」


「見つけたとして対策できなければ同じだ」


 エリンジはリリアと協力して既に魔法を駆使して色々と調べていたらしい。

 しかし話を聞くに襲われた時間も短時間、見た目の特徴しか今のところ分からず、転移魔法でも使われたのか目撃情報もまるでないため何もわからないのが現状だそうだ。

 それにエリンジの言う通り、見つけたとして魔力を奪ったカラクリが分からないと魔力を取り戻すどころかミイラ取りがミイラになる。

 エリンジが魔力伝達の都合でリリアと行動を共にするなら、対策してきたとリリアが次に狙われる可能性もある。

 相手を見つけるだけでその場での対策はあまりにも博打だ。


「ケッ、それでなんか知ってるあいつ探すって? どうせあいつ話さねぇよ、自分の事は特にボカすだけでまともに話さねぇからよ」


「いや確かにクロノは自分の事全然喋んねぇけどさぁ」


「こちらは被害者だ、無理矢理にでも聞きだす」


「自分が殺されても喋らねぇっつってたやつだ、喋んねぇよ」


 フンと鼻息を鳴らしたあと机に肘をついて顔を背けながらカイムが吐き捨て、エリンジが驚くように目を見開いた。

 ルドーも初めて聞く話に困惑するように、不安そうなリリアと目を見合わせる。


「……魔力に関してウェンユーさんに診てもらおうとして泣き出したあの時か?」


「やり過ぎたっつって謝ったら、たとえ殺されようが喋らねぇから二度としないでくれとよ」


『……本気なら情報聞きようがなくねぇかそれ』


 カイムに続いた聖剣(レギア)の低い声に四人に沈黙が下りる。

 例えクロノが見つかったとしても、死んでも話す気がないというならどうやって話を聞き出せばいい。

 エリンジやネルテ先生の状態もあるのに、情報を得るためにも話を聞かないわけにはいかないのに。

 どうすればいいかとルドーがエリンジやリリアと顔を見合わせていると、唐突に集まっていた机からどんと叩き付ける様な音が鳴った。


「たべるの!」


「ラ、ライア?」


「ごはん、たべるの!」


 いつの間にかライアがレイルとロイズを引き連れて、ルドー達が集まっていた机に様々なおにぎりが大量に乗ったトレーを三人掛かりでどすんと置いた所だった。

 カイムがその様子に困惑の声を上げた瞬間、ライアはカイムに近寄ったと思ったらその口におにぎりを物凄い勢いで突っ込んで、喉の奥まで入ったのかカイムが噎せ返ってゲホゲホ苦しそうにし始め、見かねたレイルとロイズが噎せ返るカイムの背中を叩き始める。


「カイにぃ、やくそく!」


「うぇっほっ、げほっ……あぁ?」


「クロねぇ、みつけてくれるよね!」


「はぁ?」


「みつけてくれるよね!」


「お、おぅ……」


「だったらごはん、たべるの!」


 なんとか喉に入ったおにぎりを飲み込んで困惑していたカイムに、ライアが両手におにぎりを持って更に狙い始めたので、ルドーはリリアと二人掛かりで止めようとしたが、持ち上げて止めようとした二人の口にライアが両手のおにぎりを突っ込んだ。

 梅おにぎりが喉の奥まで入って、ルドーは酸っぱさと喉の痛みに噎せ返り、リリアも苦しそうにしていたためエリンジが困惑の無表情で水の入ったコップを二人に差し出し、なんとかそれでルドーもリリアも涙目に噎せ返りながらおにぎりを飲み込む。


「ライアむりやりはだめだよ、くるしそうだよ」


「だってカイにぃ、昨日も今日もごはんたべてないもん! そんなんじゃクロねぇみつかんないもん!」


「なー、みつけてもおなかすいてまたにげられちゃう」


 涙目になりながらなんとかルドーがおにぎりを飲み下したところで、三つ子の話し声を聞く。

 どうやらカイムは一昨日からずっと何も食べてなかったらしい。

 一昨日の事から昨日の朝こそ落ち込んでいたライアだが、自分ではクロノを探せないのでカイムに任せようと考えたが、食事を取ろうとしないカイムに不安を覚えた。

 それで無理にでも食べさせて体力をつけさせようと考えたようだ。

 更におにぎりを握りしめて、あまりの剣幕でにじり寄ってくるライアにカイムはたじたじになっている。


「わ、わぁーったわぁーった! 食うって、食うからやめろ!」


「いっぱいたべるの! みんなと仲良くするの! それでいっぱいお話して探すの!」


「わぁーったよ、わぁーったから……」


 にじり寄るライアにカイムは押されてトレーに載ったおにぎりを一つ掴んで食べ始める。

 確かにクロノを見つけたとして体力お化けのあいつを捕まえるまでが一番大変かもしれない。

 襲撃犯の情報を話す話さないは連れ戻してから考えるべきだろう。

 もそもそおにぎりを食べ始めたカイムにライアがよろしいと言わんばかりにゆっくり頷いた後、今度はルドー達の方にも食べろと言う鋭い視線を向ける。


「わかったライア、食べるから」


「あ、危ないから口に無理矢理突っ込んじゃダメだよ?」


「確かにあいつ相手なら体力はいる」


 実際ルドー達も襲撃に対する悪い考えばかり浮かんで、ここ数日あまり食欲がわかなかったせいかほとんど食事が取れていなかった。

 おにぎりを三人一つずつ手に取って食べ始めた様子を見てライアはようやく溜飲が下がったように大きく息を吐いた。


「ルドにぃ、リリねぇ、エリにぃ、カイにぃちゃを助けて! 一緒にクロねぇ見つけて!」


「大丈夫だってライア、そのつもりだから」


「そのためにお話ししてたところなの」


「ほんと?」


「ほんとほんと、なぁカイム?」


「うっ、くそが、わぁーったよったく……」


『あーりゃま、ちびっこにゃあ敵わねぇな』


 ルドーとリリアが協力するための話をしていたとライアに言ってカイムに振れば、物凄く渋りながらもライアの手前肯定の返事が返ってきた。聖剣(レギア)が思わずといったように軽く笑い飛ばす。

 髪で拘束できるカイムがいればクロノを見つけた後連れ戻すのにきっと活躍する、実際クロノが逃げられなかった様子を見ていたルドーは確信を持てた。

 ライアがようやく安心したように笑って、しかしまだおにぎりを差し出してくる。

 カイムが溜息を吐きつつもライアに心配されていたと分かって、受け取って食べながらエリンジの方を見た。


「あいつを見つけて情報吐かせることが万の一で出来たとしてよ、てめぇ魔力奪われてんだろ、ただでさえ魔力奪ってくるような厄介な相手とどうやって戦う気だ」


「今その為に更に鍛えている」


「魔力伝達って言ってね、カイムくんが最初に受けてた午後の訓練でキシアさん達とトラストくん達がやってたでしょ? あれでエリンジ君に私の魔力が渡せたの」


「それでも全力出せねぇだろ、鍛える為とかいう授業だって変な奴が来てまともじゃ無くなってんのによ」


「ネルテ先生の方は難航してるらしいからなぁ、相性いいやつ見つかればいいんだけど」


「せめてネルテ先生が戻ってきて授業がまともになってくれればねぇ」


 ネルテ先生は同じ一年の担任達と上手く魔力伝達しにくいらしく、他学年の担任達とも連絡を取っているが、授業時間が違うのとそもそもあまり連携が取れていなかったせいでかなり探すのに難航している。

 同じエレイーネーの先生方でそれだ、外部の人間を探すとなるともっと難しいかもしれない。

 スペキュラー先生は延々と話はするが、アドバイスも一応は求めれば対応してくれていた。

 ただ途中で多大に脱線して軌道修正に毎度毎度時間がかかる。

 魔力伝達の訓練は開始されたがまだ始まったばかりで使えない人数の方が多い中、まともな助言もなしに上手くいくわけもなく、その上魔力伝達で魔力を引き渡すという特殊な条件になっているエリンジとリリアも、なんとか魔法こそ使えるものの訓練が難航しているようだった。


「……あの女も魔力伝達とかいうのが出来れば授業に戻ってくんのか?」


「うん、その相手探しが難航してるの。魔力の相性とか色々条件が良い人が見つからないんだって」


「はぁーん、相性ねぇ……あ? いや待てよ……」


 エリンジとリリアの話を聞いたカイムが、おにぎりを食べている途中で止まり、耳の近くの髪が光り始めた。

 しばらく虚空を見つめながらカイムがじっとしていたのをルドー達が不思議に眺めていたら、いきなりカイムがブチギレ始める。


「搬送なんてアーゲストいりゃ事足りるだろうが! 心の準備? 知らねぇよ! 気のきいたセリフ? 柄じゃねぇわ俺に聞くな! 弱味に付け込むのはダサい? さっきからなんなんだよ意味わかんねぇ! つべこべ言ってねぇでいいからとっとと来いや!」


『一人漫才……じゃねぇな。通信魔法か』


「誰と通信してる」


「あーくそが……ボンブだよ、同系統の魔法使うだろあの女」


 カイムの返答にルドー達は驚いて互いに顔を見合わせた後改めてカイムの顔を見つめた。

 確かにボンブは最初に会ったときも遺跡でネルテ先生と対峙したときも、同系統の魔法を使っていた。

 似たような魔法を使う相手なら魔力の相性はいいのかもしれない。

 そう思い至ったカイムがネルテ先生との魔力伝達を試すために通信魔法でボンブを呼び付けていたようだ。

 未だブツブツボンブに文句を言っているカイムにルドーは感慨深く声を掛ける。


「カイム、ネルテ先生の為に?」


「勘違いすんな、あいつを連れ戻すのに俺だけじゃ情報が足りねぇ。おめぇらと協力すんなら全力でなくてもなるべく万全じゃなきゃならねぇ、今日のあの変な奴じゃダメだ。それにこの間街で受けた借りを返してるだけだっての、借りっぱなしは性に合わねぇ」


『ほんと素直じゃねぇなぁ』


「いいじゃんカイムはこれで。助かるってほんと」


「うるせぇ、まだ試してもねぇのに気が早ぇんだよ」


 そう噛み付くように言ってカイムは顔を背けてまたおにぎりをもそもそ食べ始めた。

 その言動にエリンジがよくわからなさそうに怪訝な無表情を浮かべていたが、ルドーはリリアと顔を見合わせて噴き出すように笑い合ったあと、話がよくわからずおにぎりを食べていた三つ子と一緒に座って残りのおにぎりを平らげながらボンブの到着を一緒に待つこととなった。


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