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1-25 可愛い可愛い聖女は死にました。二度目の人生は復讐に捧げますので、お覚悟を。

「可愛い可愛い私のリリー」


そう言われ、父に溺愛されながら育った伯爵令嬢リリー・オブ・ザヴァリー。

彼女は聖女であり、王太子の婚約者となり――そして戦争に巻き込まれ、王家の贄のような形で処刑されることになった。


純真無垢な少女は死んだ。女神に蘇らせられ、幼少期から二度目の人生を始めたリリーは決意する。


己を裏切った父に、救われておきながら手を差し伸べなかった貴族たちに、犠牲になると知りながら黙っていた元婚約者に、そして国王に復讐することを――。

 ――ああ、どうしてこんなことに。


 眼前に広がるのは赤々と燃え盛る炎。

 帝国の民たちがわたくしの哀れな姿を嘲笑い、早く死んでしまえと叫び立てる。


 女神様の加護を受けたわたくしでもさすがに火には抗えない。

 足がすくむ。前に踏み出したくない。けれどもわたくしは兵たちに押され、火の中に身を投じた。


 直後に襲いかかってくるのはとんでもない灼熱だった。

 熱くて熱くて、痛みなんてわからなくなるくらいに熱くて、涙が溢れる。


「お父、様っ」


 可愛い可愛い自慢の娘だと、誰よりも愛していると、いつも言っていたくせに。


 なぜ、娘が死にそうになっているのに駆けつけてもくれないのだろう。

 王家の贄になるとわかっていながら、『国のために身を捧げるのが聖女の仕事だろう?』と満面の笑みで言って、死地に送り出したのはどうして?


 わかっている。わたくしは裏切られたのだ。

 父に、婚約者に、今まで助けてきた人々に、そして――祖国たるワーカス王国そのものに。


 どうせわたくしは聖女という名の使い勝手のいい道具でしかなかった。そう思うと絶望よりも静かな怒りが湧き上がる。

 だが、今更どんな感情を抱いたところで悲しいまでに無意味だ。


 美しいと言われていた髪に火が燃え広がり、ちりちりに焼き焦がされた。

 お母様譲りの新緑の瞳も、顔面も……全て全て。

 喉が焼けてしまったのだろうか、もう叫び声も漏らせない。


 やがてあれほど激しく感じていた熱の感覚すら失われ、全身がすぅっと冷たくなっていった。


 異国の地でわたくしは、命尽きるその時まで炎に炙られ続ける。

 かつて誰からも愛され慕われた聖女、リリー・オブ・ザヴァリーの最期――。


 そのはずだった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「……っ!!」


 小さな悲鳴を上げながら飛び起きた。

 背中は嫌な汗で濡れている。体が小刻みに震え、呼吸も浅い。


 純白のベッドに金の彩りがなされたベッドに可愛らしい鈴蘭が描かれた壁紙……間違いない。ここは生家サヴァりー伯爵家の自室だった。


 悪い夢でも見ていたのだろうか。

 目覚める直前のことを、思い出す。身を激しく焼かれて息絶える瞬間の生々しい記憶が蘇った。


 とても夢とは思えない。でも事実、わたくしはこうして何事もなかったかのように自室のベッドで静かに身を横たえている。帝国に送られたのも父に裏切られたのも、夢だとすれば。


 そこまで考えて違和感に気づく。

 血の気が引いた掌、見下ろす胸。それらが十八歳のものとはとても思えないほど小さく見えるのだ。


 ――わけがわからない。


 ベッドから降り立ち、部屋の鏡の前に駆け込んだ。

 そこに映るのは波打つ白金の髪の少女。間違いなくわたくし自身のものなのに見慣れた姿ではなかった。


 まるで五歳ほど若返ってしまったかのように、記憶にあるものよりずっと幼くなっている……?


「リリーお嬢様。ご起床なさっていますか?」


 部屋の外から声がする。

 老齢を迎えたことでとっくの前に辞したはずの、わたくしの専属侍女の声が。


 あの恐ろしい悪夢。そして唐突に襲いかかっていた意味不明な事態の数々。

 あまりにも理解不能で、わたくしはその場に呆然と立ち尽くしてしまう。


 今ももしかするとまだ夢の中なのかも知れない。そう思って目を瞑ってはみたけれど――もう一度夢から覚めることは、なかった。


「リリーお嬢様?」


 侍女の呼ぶ声がどこか遠くに聞こえる中、わたくしはぽつりと呟いた。


「夢ではないとしたら……」


 あれは悪夢でも何でもなく現実に起きたことということになる。

 もしそうだとすれば当然、わたくしがこうして無事でいるのは筋が通らない。それに間違いなく飛び起きる前は十八歳だった。


 けれどもこうも思う。十三歳以降に確かに過ごしたはずの月日が一夜の夢などであってたまるものかと。


「ねえ、今、何日?」


 扉の外に向かって恐る恐る尋ねてみる。

 そして返ってきた答えは思った通りのもので――。


「ワーカス暦百三十の年、紅の月のはじめでございます」


 それは、わたくしが処刑された日からちょうど五年前の日付だった。


 時を遡った。それ以外に考えられなかった。

 わたくしはあの場で一度、処刑された。その上で舞い戻ってきたのだろう。


 そんなことは普通はあり得ない。だが女神様に愛されし聖女には、人生に一度のみ奇跡が起こせるという。


 先代の聖女はそれをもって故人となった愛する人を蘇らせ、先先代は空から落ちてくる星を跳ね除け世界を救ったという逸話が残っていた。

 それならば一度死んでやり直す機会を女神様に与えられたとて不思議ではない。


 ただ、奇跡であるならば苦痛の末死んだあとにやり直させてくれるのではなく、生きながらえさせてほしかったものだ。

 だって――処刑されなければならない理由なんて一つたりともなかったのだから。




 わたくしはザヴァリー伯爵家の娘として生を受けた。

 癒しの魔法を発動させ、聖女と認められたのが八歳の頃。それからは己の力でひたすらに助けを求める人々を救う毎日を過ごした。

 王太子のベラードン殿下の婚約者に選ばれた時に頷いたのは、妃になればこの国を良くしていけると父に言われたからだ。愚直にその言葉を信じたわたくしは、殿下に愛していただくにはどうすればいいだろうと常に考え、尽くし続け――。


 そして、それまでの努力を何もかも否定された。


 国王の不始末によって起きたその戦を止めるためには贄、すなわち悪事の責任をまとめて引っ被る存在が必要だった。選ばれたのは聖女であり、王太子の婚約者のわたくし。

 処刑場である帝国へ連れられていくわたくしを助けようとする者は誰一人いなかった。


 一度目の人生を思い返し、ぎゅっと唇を噛み締める。

 そんなわたくしを正面から見つめる人物は不安そうに眉を寄せて言った。


「可愛い可愛い私のリリー。どこか具合でも悪いのかい? もしそうなら医者を呼んであげるよ」


「……何でもないわ、お父様」


「リリーが倒れたらと思うと心配で心配で仕方ないんだ」


 わたくしのお父様である彼は、時を巻き戻る前とそっくりに、とても優しげな笑みを浮かべていた。


 わたくしは幼い頃に病気で母を亡くしてからというもの、ずっと父と過ごしている。

 母親からの愛情が受けられない分まで大切にされてきたし、たとえ天地がひっくり返っても父だけは味方でいてくれると信じ続けてきた。

 処刑されたあの時までは。


 今だって何かの間違いではないかと思いたくなる。けれどお父様は確かにわたくしを王家に売り、助けを寄越すこともなかったのだ。

 故に、心から慕っていた父とて許しはしない。


 父だけではない。

 救われておきながら手を差し伸べなかった貴族たち、わたくしが犠牲になると知りながら黙っていた王太子殿下、無実の聖女を罪人に仕立て上げた国王陛下も。


 誰をも慈しみ愛する、純粋無垢な聖女は死んだ。

 奇跡は一度きり。一度目の人生の繰り返しには絶対にならない。


 ――あの処刑を回避するため、そして裏切り者たちにわたくしが味わったのと同じ苦しみを味わせるために生きてやりましょう。



 ◆



 今まで優しい父に裏の顔があるなんて疑いもしなかったけれど、実の娘のわたくしを容易に捨て駒にできるくらいなのだから何か後ろ暗いことがあってもおかしくない。

 その考えは正しかった。


 従順な『可愛いリリー』が自分を疑っているなんて考えもしなかっただろうお父様は、娘が執務室に入り浸っていても全く気にしなかったおかげで調べ放題だった。


 調べれば調べるほど闇は深く、あまりのひどさに顔を覆いたくなる。

 こんな相手と血の繋がりがあり、しかも良き父であると思い込んでいたことにゾッとした。


 でも、おかげで父を追い詰めるのに躊躇が要らなくなった。


「お父様、少しお話があるの」


 わたくしは父に向かってにっこりと可憐な花のような笑顔を向ける。

 その中にわずかに滲ませた毒に、父は勘づきもしないらしい。


「どうしたんだい? 何かお願いがあるなら何でも聞くよ」


「お父様の執務室で見つけたわ。これ、お父様のもので間違いないでしょう?」


 わたくしが見せつけた複数の書類。

 それをしばらく凝視して……それまで穏やかだった父の表情が強張り、歪んでいく。


 書類は全て、彼の不正に関するものだ。

 帳簿を書き換えた痕跡や他貴族家との贈賄、収賄。その他にも聖女であるわたくしを娘に持つからと信頼を集め、下級貴族や商人、挙げ句の果てには民までも騙して金品を巻き上げていた証拠などを取り揃えていた。


「調べはついているのよ。先代ザヴァリー伯が領地運営に失敗して大量にこさえた借金を取り返すためとはいえ、こんな犯罪に手を染めるなんて、貴族の風上にもおけないわ」




 わたくしの逆襲が、今、幕を開けた。

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