1-24 男の娘だって恋がしたい! 〜異世界アイドル創始録〜
「みんなー! 今日もミラクルハッピーでゴーだよ。まずはボクのデビュー曲『男の娘アイドル☆極めます』から歌います。ノッていってね!」
聖女として召喚された僕は、異世界アイドルとして活躍する。魔王も僕の虜になり、観客と一緒にノリノリだ。
「我は魔王だ。そして、お主を敬愛する者だ。お主がいる限り互いの国の平和のために尽くそう。だが、もし可能ならば──」
魔王が真の正体を現した。それはいつもの姿とは似ても似つかず──。
「私、実はこんな見た目なんです! 威厳がないから魔王っぽくしていたけど、ほんとは生身の手で握手がしたかったの。もう一度っ、握手してください!」
僕と彼女の物語はこうして始まった。
仲は次第に深まり、
「これからもずっと、平和のために私に頑張ってほしいですよねっ。それならあのぉ……こ、子づくりしませんか!」
これは、魔王と聖女兼男の娘アイドルの恋の話である。
「みんなー! 今日もミラクルハッピーでゴーだよ。まずはボクのデビュー曲『男の娘アイドル☆極めます』から歌います。ノッていってね!」
どうして僕は男の娘として異世界でアイドルをしているのか。理由は簡単だ。男の娘アイドルとして活動していたら、突然聖女として異世界に召喚されたからだ。女ではないのに聖女とはこれいかにと思ったけれど、桁外れの治癒や浄化ができてしまったのだからもうどうしようもない。
あれは、召喚された時のことだ。
「なんて可愛らしい……! おほん、取り乱してしまったな。あー、いきなりのことで戸惑っていると思う。突然、召喚して申し訳ない。実は、あなた様にこの世界を魔王の手から救っていただきたい。聖女となり、人々の希望になってもらいたいのです」
国王陛下やその息子の王子やら王女やら召喚者やら騎士やらなんやらご立派な人がたくさんいる大聖堂のようなところにいきなり召喚された僕は、ひらっひらの白いレースがたくさんあしらわれた赤いアイドル用の衣装を身にまとっていた。誰がどう見ても……女の子だ。
それというのも元の世界で「男の娘アイドル」として活動していたからにほかならない。ちょうど一仕事終わったところで、この世界に攫われた。
「魔王を倒した暁には、我が息子の誰と結婚してもよい。親のワシが言うのもあれじゃが、美男が揃っておるだろう。欲しいものも、なんでも与えよう。頼むから――」
「待ってください!」
確かに非の打ち所のないイケメンが数人、いかにも王子な出で立ちで並んでいた。このままでは前世で流行っていた漫画や小説よろしく婚約まで進みかねないと思った僕は、すかさずもっとも大事なことを伝えた。
「僕は男です!」
「……へ?」
「こんな格好をしていますが、正真正銘の男です! い、今すぐ脱ぎますね!」
僕は急いでひらひらファンシーな衣装を上だけ脱いだ。大聖堂で裸になるのは気が引けたものの誤解されてはこのあと大変なことになる。
……なぜか下まで脱ぐのを期待するような目をされていたのは気にしない。
「い……異世界では、男はそのような服を着るのか?」
誰もが呆然としている。
僕の住んでいた場所をそんな変な世界だと思われたくはない。
「違います」
「では、お主だけそういうその……趣味なのか?」
そんな扱いもされたくはない。
「違います! これはそう、職業です。男が女の子の姿をして歌って踊り、報酬としてお金をいただく男の娘アイドルという職業があるんです」
「職業……それは、好きでやっているのか」
なんとも答えにくいことを聞かれた。本当はイケメンアイドルになりたかった。オーディションで可愛い顔をしているからと、「男の娘としてなら売り出してやる」と言われ、確実にデビューできるという誘惑に負けた。
ただ、スタートは仕方なくだったかもしれないけど、多くの人に応援してもらい支えてもらう中で、男の娘アイドルとしての自負と自覚はもっている。
「僕はみんなの癒し、みんなの光になるために男の娘アイドルをやっている。これが僕の生き方なんだ。誰にも真似できない僕なりの頂点への歩みだ。聖女だかなんだか知らないが、僕を元の世界へ返してくれ。僕は夢を叶える。アイドルのトップに立つんだ。その邪魔は誰にもさせない!」
僕の言葉に一人二人と拍手をし始め、しだいに拍手は大きくなり「君が元の世界に戻る方法を必ずや探してみせよう。そして、ここでもアイドルたることができるよう全力を注ぐ。皆の癒しであり光であろうとする君ならば、魔王を屈服することも容易いだろう」と言われ――。
そして、どうなったか。
僕の言葉に感銘を受けてファンになってしまった皆さんの手によって、一人アイドルというものが確立した。治癒魔法で皆の負った傷を癒し、元気づけるために歌と踊りを披露する。
それだけでなく、定期的なコンサートまで催される。
映像技術はすごいもので空にまで投影されるし音声も垂れ流しだ。魔法によって拡散される音声は、魔法によって消すこともできるし大きくすることもできる。便利すぎる魔導具により、ご迷惑もかからない。
そうして僕を歌って踊れる聖女様として知らない者はいなくなり――魔王には僕のビデオレターが届けられた。こちらの世界の映像機器で、内容はといえば歌って踊って最後に魔王宛のメッセージ付きだ。
『どうも、聖女です! 魔王ちゃん、初めまして。そして、誕生おめでとう! あのね、最近魔獣ちゃんの活動が活発になって、悲しんでる人がいっぱいいるの。みんなが悲しいとボクも悲しい。魔王ちゃんお願い、なんとかして! 泣いてるより笑ってる顔のが好きなんだ。あなたもだよ、魔王ちゃん! あなたの心にボクの愛が届きますように☆ ドッキュンズッキュンミラクルハッピーでゴウ! だよ。えへへ。ところでボクのこと、どう思う? 可愛い女の子だと思う? ざーんねん、ボクは男の娘なんだ。ボクの秘密、見せちゃうよ! ほらね。あ、期待しちゃった? それならごめんね。ちょっぴり小悪魔な聖女ちゃんより仲よくしようなお願いでした☆ また会おうね。あなたのアイドル、聖女より愛をこめて!』
と、上半身をチラ見せしたアレな映像を届けたら魔王からもビデオレターが届いた。
『な、仲よくしてください! ゴホンゴホン。ただし、条件がある』
魔王は千年に一度、魔王の木の実からポーンと生まれ出てくるらしい。そうして魔獣が活気づき魔の者が住む魔国から人間の国へと下等生物が侵入してくる。今はその対応に各国が追われている。
千年前は魔国が侵略しようと攻めてきたらしく、たくさんの被害があったとか。倒すのが手っ取り早いものの、魔の者は強い。僕の魅力で言うことを聞かせちゃおう大作戦から始めることになった。
『男の娘アイドルの話は既に耳に入っている』
黒い肌に突き出た大きなツノ。威圧感のある赤い瞳。いかついフェイスガード。見た目はいかにもな魔王だ。声は低くて重々しいものの変声機を使っているような機械音が混ざっていた。
『我は生まれたばかりだ。統率に不備もあるだろう。人間の国に悪い影響がないよう、互いの国の平和のために連携したい。その話し合いに応じる用意はある。条件は一つ、聖女のコンサートに観客として入場し、応援することを許せ。我が和平を望んでいること、一ファンとして参加をすることを周知せよ。以上だ』
――そうして、色々あってこうなった。
広場の上の空中に浮かんだ舞台の上でボクが歌って踊る。
夢いっぱい!(キラキラ)
恋したい!(ふわふわ)
極めちゃお!(イケイケ)
男の娘アイドル(ゴーゴー)
オンリーワン!(ギュンギュン)
あなたのハートを(ドキドキ)
狙い撃ち!(ズッキュン)
魔王が舞台の最前列の地上で聖女命と書かれたハチマキを巻き、僕の歌に合わせて完璧な合いの手を入れ、まるで観客の指揮をとるかのように一緒になって振りを入れる。
もう、魔王を怖がる者はいない。これがデフォルトになってしまった。
――世界には平和が訪れた。異世界から召喚された男の娘アイドルによって。
事前に予告されていた通り、突然アナウンスが入る。内容までは知らされていない。僕のよく知る女性が、リボンをつけたバックダンサーの護衛騎士の皆さんの後ろの舞台袖から現れた。
「みなさぁん、今日もコンサートを見に来てくれてありがとう! 私はこの国の王女ビバリー・テイラーです。本日は皆さんにお知らせしたいニュースがありまぁす。魔王さん、舞台まで来てくださ〜い!」
魔王が浮く。待機させておいた黒い飛竜に乗り舞台に降り立ち、僕と視線を交わす。
「我は魔王だ。そして、お主を敬愛する者だ」
ハチマキだけでなく服にも聖女命とハデハデに書かれている。もはや存在がギャグだ。
「お主がいる限り互いの国の平和のために尽くそう。だが、もし可能ならば――」
魔王が突然、聖女命の服を脱ぎ、背中に手をやりおかしな音が響き渡る。
ベリッバリッベリベリベリッバリッ。
中からは薄紫のショートボブの、不思議な魅力のある少女が現れた。小さなツノも可愛らしい。
「私、実はこんな見た目なんです! 威厳がないから魔王っぽくしていたけど、ほんとは生身の手で握手がしたかったの。もう一度っ、握手してください!」
魔王の抜け殻がびよんびよん揺れている。確かに、握手会に魔王も来ていたが……皮越しだったのか。
「彼女の名は魔王エリカテール」
王女が驚く僕に余裕のある笑みを向ける。
「あなたの衣装のデザインをいくつか持ち込んでくれたわ。とても見所があるの。ドッキリを仕掛けたことは謝るけれど、どうかしら」
前の世界のドッキリの話までしたのは間違いだったかもしれない。
ふと思う。
もしかしたら……魔王の皮をかぶる彼女は、女の子の皮をかぶる僕の理解者になってくれるかもしれない、なんて。
世界は可能性に満ちている。アイドルは偶像だ。芸名は置いてきた。元の世界の僕には誰かの願望の数だけ未来があっていい――。
これは僕の人生だ。本名は星野晶。ここでは聖女アキラ・ルミナとして活動している。
聖女として、そして男の娘アイドルとして僕は彼女へと最上級の笑みを向ける。魔王に可能性を感じたから。
「よかったら、一緒にアイドルをしませんか? ライバルがいなくて寂しかったの」
蕾が花開くような眩しさで、魔王の表情が輝きに満ちる。
――異世界の熱狂的なアイドル文化は、ここから始まった。





