1-20 タマ姫殿!
それは球だった。見たところステンレスの球のようだがここだけの話実はオリハルコンの球なのだ。因みに織葉さんが離婚するとオリハリコンだねぇ!似てるけどちょっと違うねぇ!いやゴメン話を元に戻そう。この球を男女ニ人のFラン大学生が拾った。Fランって言ってもフリーサイズのランニングじゃないよ!えっ?話を進めろ?はいはい。二人は同じ大学の同じ学部に通う二年生で同じアパートの隣同士の部屋に住んでいる。それは全くの偶然だったんだけどなんだかんだでいつも一緒に行動している。えっ?二人の間に恋愛感情はあるのかって?おいおいお〜い!野暮は言いっこ無・し・だ・ぜ❤︎ヒュ〜ウ!お〜っと!そろそろ俺のトークに付き合うのにも疲れて来た頃かな?とにかくこれから始まるのは現代日本社会にファンタジックに高度な文明を持った奴らが攻め込んで来るのをなんとか防いでやろ〜じゃね〜か!っていう粗方ノリと勢いが主成分の物語だ!
「オワッ!」
今デカい声を上げて盛大に転んだ体格のいい男。彼の名は水戸信明。通称「殿」。太陽系大学経済学部経営学科二年生である。
「あははは」
それを見て大笑いしたショートカットがよく似合うスラリとした女。彼女の名は姫野凜。通称「姫」。太陽系大学経済学部経営学科二年生である。
「笑うなよ!」
殿が恨めしそうに姫を見上げて言う。
「だって殿がなんでもない所でいきなり転ぶから……」
「なんでもなくねーわ! なんか丸っこい物踏んで転けた」
この二人、同じ大学の同じ学部の同じ学科の同じクラスの学生で、偶然同じアパートの隣同士の部屋に住み、なんだかんだいつも一緒に行動している。
殿は精悍な顔付きでガッシリとした身体を持ち身長も一八〇センチある。対する姫も細身ながら身長は一六九センチと女性にしては高い方である。このことは本人も気にしているようで「背が高い」と言われると「でも一七〇はないんですよ」と必ず言う。ついでに言うと、姫は「胸がもう少し欲しい」と言ったりするが、殿は「いや、それで丁度いい! それがジャストサイズなんだ! まだ揉んだことないけど」と思っている。また姫は時々「ダイエットしなくちゃ」とか言い出すが、殿は「いや、むしろもう少し無駄な肉を付けた方が良かないか? いや、今でも十分かなりドストライクなんだけど、贅沢を言わせて貰えるならばもうリロビット……」などと思っている。想いが溢れ出ないように苦労している。
「またそんな言い訳してぇ。丸い物なんてどこにも……」
「……あるな」
二人の視線の先に軟式野球のボールほどの大きさの金属製の球が転がっていた。
「なんだこりゃ?」
殿が拾い上げてしげしげと見る。大きさは直径七センチほど。放つ輝きはステンレスに似ていた。そして、その表面には幾筋もの溝が美しい曲線を描いていた。
「水に沈めてみるか?」
思案顔の殿が言う。
「なんでよ?」
眉を顰めて姫が言う。
「それとも茹でる?」
「もしも精密機械だったら壊れちゃうでしょ?」
「焼いてみる?」
「精密機械だったらどうするの?」
「蒸すか?」
「精密機械かも知れないって言ってんの!」
「油で素揚げにするか?」
「私の声が聞こえんのかなぁ〜? 飾りなのかなぁ〜? この耳は? 『餃子だよ〜ん』って一発ギャグをかますためだけの飾りなのかなぁ〜?」
姫はそう言いながら殿の耳を思い切り引っ張った。
「痛い! 痛い! 痛! 分かった! ごめん! 俺が悪かった!」
「分かればよろしい」
解放された殿は、それでもしばし痛がっていたが突然、
「あー、これあれじゃね? 上手い具合にやって行くと二、三個のパーツに分解できるっていうパズルなんじゃね?」
と言った。
「ああ、めっちゃ難しい輪っかじゃないけど知恵の輪?」
「そうそれ」
「あり得るかもね。試しにどこか押してみたら?」
「そうだな……」
しかし殿はそう言ったまま考え込んでいる。
「どうしたの? どこでもいいから試しに押してみれば?」
姫が促したが。
「いや、いいボケが思い付かなくて」
「無理にボケなくていーんだよっ! さっさとどこか押せよっ!」
五分後。
「一通り押してみたけど動きそうなところはなかったぞ。なんつーの? 破壊せずに動かせる手応えってヤツ」
殿は姫に球を手渡した。
「うーん」
姫は球をよく見ながらいろんな方向に回して見ている。
「何やってんだ?」
殿が聞いた。
「いや、押せないんなら回転はどうかな? って思って」
「なるほど」
「あ、ほら、ここ」
「ん?」
殿は姫の指したところを見た。
「この溝、よく見ると赤道みたいにグルリと球を一周してる」
「つまり、ここがネジになっててパカッと上下に分かれると?」
「そこまで単純とは限んない。少し回転させる事によって押せるようになるのかもね」
「んじゃまぁ回してみますか」
姫から球を受け取った殿は、姫が見付けた赤道が水平になるように球を持ち北半球と南半球をそれぞれ鷲掴みにするとゆっくり慎重に力を込めて行った。
「どう?」
姫に聞かれて殿は腕に込めていた力を抜いた。
「うーん、分からん。単に固いのか? やりすぎると壊れるのか? 手応えじゃなんとも言えない感じだ」
「そっかぁ」
「さて、どうしますか? お姫様」
そのとき二人の近くの空中が裂けた。小さな裂け目が見る間に大きくなり外骨格を思わせる甲冑を身に纏った人型の何かが二人目がけて突進した。
「姫! 危ない!」
殿は反射的に叫んだ。
「殿! 危ない!」
姫も反射的に叫んだ。
それが合図であったかのように二人に散々弄くり回されていた球が息を吹き返したように動き出しす。球はコロコロと甲冑の足元に転がって行く。甲冑も踏んで転けるほど間抜けではなかったが崩れたバランスを立て直すために立ち止まる。それを待っていた球は甲冑の周りを竜巻のように円軌道を描いて飛び回る。軌道が安定すると球は甲冑に体当たりし始める。体当たりの音のリズムはアッと言う間に速さを増し、やがて連続して聞こえるようになり、そして甲冑は地に倒れ伏した。
それを見て取った球は幾つものパーツをクルクルと回転させると丸いボディから短い手足を生やしたロボットに変形した。すると甲冑に向かって、
「盟主ルピナスの慈悲のもと元ある世界に還るがいい!」
と言った。その瞬間ロボットの身体から光が放たれ、その光に包まれた甲冑は消えて行った。
ロボットはゆっくり振り返りながら言うのだった。
「私はこことは異なる平行世界から来た者です。この世界に並行世界からの侵略の魔の手が伸びようとしています」
そして、伏せていた顔を上げながら続ける。
「さぁ、私たちと手を取り合ってこの世界を侵略者の魔の手から守……り、ま……しょう?」
「おまえ、女なんだから大人しく俺に守られとけよっ!」
「男だからとか女だからとか古いのよ! あんたこそ私に守られなさいよ!」
「俺の方が先におまえに覆い被さっただろうがっ!」
「その後やすやすと逃げらてりゃ世話ないわ」
「この状況で逃げるか? 普通」
ロボットは唖然とした。(えっ? なんで喧嘩してるの?)
「あのーっ! 殿さんっ! 姫さんっ!」
ロボットが強制割り込みをかける。
「なんだよっ!」
「邪魔しないでっ!」
殿も姫も殺気立っている。
「ひょっとして何も見てなかったんですか?」
ロボットは不安を口にした。
「何をだよっ!」
と殿。
「それにあんた誰っ?」
と姫。
「えぇ〜? そこから?」
絶望するロボット。
三人は近くの安くて評判のイテャアリャアンレストランのサエズリヤに入ってドリンクバーだけ頼んで話をすることにした。(いやいや、なんかの面接かよ?)ロボットには殿が、
「喋るおもちゃのフリしてろ。余計な動きはすんな」
と言った。
「で? あんたは何なの?」
席に着くなり姫が聞いた。
「私はこちらとは異なる並行世界からやって来たこちらの概念で言うところの高性能ロボットです」
「えっ? 自分で高性能とか言うの?」
殿が言うと、
「今はそーゆーのは目をつぶろ」
姫が言った。
「で? あんた名前は?」
姫が面接のように。
「タマエラ・サリューです」
「タマね」
「タマか」
姫と殿ほぼ同じリアクション。
「何です?」
ロボットは不審気。
「あんたの呼び名」
「おまえの呼び名だよ」
姫と殿ほぼ同時。
「こちらのことは少し調べてあるんですけど『タマ』ってペットの猫に付ける名前なのでは?」
「あら良く知ってるわね」
「偉いぞ、タマ」
姫と殿が褒めるも。
「他の呼び名にしてもらえませんか?」
ロボットは不満なよう。
「じゃあ、あんたの役職とかあるの?」
姫の質問。
「タルク・マールです」
「タマね」
「タマだな」
またしても姫と殿がリエゾン。
「いやだから」
ロボットがトンッと腕を突く。
「じゃあ、あんたの故郷は?」
姫の問い。
「タヌル・マンサ」
ロボットが答えると。
「もうタマでいいじゃん!」
「タマにしようよ!」
姫と殿がズズイと身を乗り出す。
「分かりましたよっ! もうタマでいいですよっ! タマで!」
「で、その私たちの敵っていうのは何がしたいの?」
姫が尋ねた。
「彼らに言わせれば新天地の開拓ですが、あなたたちから見れば侵略に他なりません」
「自分たちの世界が住めないような環境になるとか滅んでしまうとかじゃないのか?」
殿が確かめるように言った。
「いえ、差し迫ってそのような危機はありません」
「迷惑な話ねー」
姫が顔を曇らせる。
「宇宙に行こうとか思わなかったのか?」
殿の疑問には、
「我々の世界は宇宙開発のテクノロジーより他の並行世界に行くテクノロジーの方が進んでいるんです。たまたま得意だったというべきか。宇宙開発のテクノロジーは我々の世界よりこちらの世界の方が進んでいるくらいです」
との答えだった。
「じゃあ、そっちの世界の流れとしては『並行世界に攻めてこうぜ!』ってのが主流なのね?」
姫が聞く。
「はい、そうです」
「ん? なら、なんでタマたちの勢力は俺たちを助けてくれようとするんだ?」
殿の疑問。
「それはですね。この世界の人たちがとても頭が良くてかわいいからです」
これを聞いて殿と姫は顔を見合わせた。
「〇―〇ェパードの話を聞いたクジラってこんな気持ちになるのかなぁ?」
殿が言うと、
「待て、敵に回す相手は良く考えて選ぶんだ」
姫が言った。
「いやあの、そんなのよりもっとヤバい奴らに狙われてるんですってば」