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1-19 社会の窓を閉めさせたいッ

気になるあの子は精神虚弱少年スーパデリケートボーイ


一年に渡る攻防の末、ようやく登校してきた引きこもり少年・内海光瑠のチャックが全開⁉︎


学級委員の宇津宮円は、頭脳をフル回転させる。

バレたら最後、一年間の努力はゼロに戻る。

失敗は許されない。円の内申点のために。

しかし内海には、特殊な事情があって――。


「社会の窓を開けてないと、学校に来られない?」


なんだその特異体質は。


「そこの窓、閉めさせてくれない?」

「い、ぃいいい嫌です!」


精神虚弱少年・内海光瑠と腹黒学級委員・宇津宮円の戦いは、新しいフェーズへと移行する。


「図太くなったな内海、そこをどけ」

「だめです……これが僕の生きる意味なので」

「内海光瑠を連れ出すまで、私は絶対に諦めない‼︎」

「宇津宮さんが僕を選んでくれるまで諦めません‼︎」


二年目の攻防は、波乱の予感。

 窓際の空席は、ずっと彼のための席だった。


「……来た」


 宇津宮(うつのみや)(まどか)は、息を呑んだ。入学以来、どれだけの時間を費やしただろう。課題を届け、励まし、時に脅し、説得を重ねること早一年。


 ついに、内海(うつみ)光瑠(ひかる)が、教室のドアを開けた。


 細い隙間から、ビクビクと覗き込む影。新品同様のスクールバッグを抱えた少年は、怯えた子犬のようにキョロキョロと教室内を見回している。


「内海! こっちだよ」

「あ……」


 教室の奥から手招く円を見つけて、内海が声を漏らす。ほころんだ口元からは育んできた信頼を感じられた。


「よく頑張ったね、内海」


 円は、にっこりと微笑んで、内海を迎えた。


 よかった。これで日課から解放される。

 と、思って、いたのに。


 それ(﹅﹅)を見た途端、円は固まった。




 ――社会の窓、全開やないかい。




 制服のスラックスの隙間から、赤い布地がコンニチハしていた。なんでよりにもよって赤なんだ。白だろそこは。白だったらシャツっぽく見えて誤魔化せただろ。


「宇津宮さん、……おはよ、ぁ……」


 内海は、恥ずかしげに笑って、あ、とも、う、ともつかない言葉をモゴモゴと続けた。たぶん礼を言おうとしている。内海歴一年の円にはわかる。


 しかし待て。

 待て、内海、それどころじゃない。


 そのスクールバッグを下ろすな。いや下ろせ。抱えたまま、もうすこし下にズラせ。できればそのままトイレに行ってくれ。


 円は思った。バレたら終わる。


 内海にバレても、他のクラスメイトにバレても、円の一年間の努力はゼロに戻る。それどころかマイナスだ。内海は二度と学校に来ない。


 なにせ内海は、入学初日「なんだ光瑠(ひかる)か、光宙(ぴかちゅう)かと思った」という担任の一言で不登校になった、精神虚弱少年スーパーデリケートボーイなのだ。


「あー……あのさぁー、内海?」


 キョトンと内海が小首をかしげる。


「ここまでは一人で?」


 コクコクと頷く動作に合わせて、もじゃもじゃと顔の上半分を覆う巻き毛が揺れる。


「まだ時間あるけど、職員室とか、トイレとか、寄らなくて平気?」

「平気……」

「教室の中、緊張しない? 一旦、外の空気でも吸いに行く?」

「ぅ……宇津宮さんが、……いるから」


 内海の信頼が重たい。

 こんもりした前髪と同じくらい厚くて重たい。

 だめだこりゃ。連れ出すことは諦めよう。


「内海」


 席を立った円は、内海の目の位置をじっと見つめてから、その視線を素早く下にスライドさせた。円の目線を追って内海の顔も下を向く――が、彼の視界は前髪とスクールバッグに遮られていた。


 かくなる上は、最終手段。


 円はバランスをくずしたフリをして内海の肩に手を置き、その耳元に小声で囁きを落とした。


「――赤いの、見えてる」

「へっ……ぁ!」


 日焼けしらずの生白い肌が、首元から耳まで急速に赤く染まっていった。


「ッちが、ぁぁあの、これには事情が! 事情、がぁぁるんですぅ……やっぱり無理だよ僕には『俺』の馬鹿ぁ」


 内海はふにゃりとへたり込み、両手で顔を覆った。え、隠すのそっち?


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい宇津宮さんに嫌われたら僕もう生きてけない」

「内海?」

「ぜんぶ本当のこと言ぅ、言います、から、おこ、怒らないで……!」


 内海の悲痛な叫び声に、遠巻きに様子を伺っていたクラスメイトの間から「いじめ?」という囁きが聞こえた。これはまずい。


「とりあえず場所変えようか、内海」


 円は、いまにも土下座しそうな勢いの内海の肩を掴み、有無を言わせない圧力を込めて、グッと押し留めた。


 立て。立つんだ内海。円の名誉のために。



§


「社会の窓を開けてないと、学校に来られない?」


 校医不在の保健室。神妙な顔をした内海から事情(﹅﹅)を聞き終えた円は、ぽかんと口を開けた。なんだその特異体質は。


「うぅ……かいつまんで言うと、はい……裏ワザみたいなものですけど」


 ソファの座面に余裕はあるのに、内海は「僕なんかが宇津宮さんの隣に座るなんておこがましい」と床に正座していた。


「二重人格、ねぇ。一年の初めに学校に来てた内海は?」

「『俺』です……というか()()で僕が生まれました」


 なんてこった。円は天を仰いだ。


光宙(ぴかちゅう)で……?」

光宙(ぴかちゅう)で……」


 内海は想像以上の精神虚弱少年スーパーデリケートボーイだった。


「いやでも正直、半分わざとっていうか……本当の『俺』は、とにかく面倒くさがりで……プライド高くて……恥をかくの大嫌いで……だからこの裏ワザも効くんですけど」


 裏ワザって、ソレか。社会の窓か。


「一年間も『俺』のサボりに付き合わせて、本ッ当にすみませんでした!」


 内海が勢いよく土下座する。

 円は止めなかった。誰も見ていないので。


「サボり……」


 一年間、円と熱い攻防を繰り広げてきた 精神虚弱少年スーパーデリケートボーイの正体が、究極的な面倒くさがり屋だったとは。


「待って。私が内海の家で話してたのって……いま私と話してる内海、だよね?」

「うぅ……はい……僕です……ずっと僕でした……『俺』は宇津宮さんが来ると引っ込んでたから……ごめんなさい騙してて本当にごめんなさい僕を説得しても意味なかったんです……宇津宮さんの前では僕でいられて嬉しくて言い出せなくて」

「はあ……」

「もうやめようって僕はずっと言ってたんですけど、主導権握ってるのは『俺』なので、そんなに行きたいならお前が行けばって『俺』が言うから、頑張ろうとしたんだけど、僕、人前に出るのが怖くて、こんなに時間かかっちゃって」


 えぐえぐとしゃくり上げながら内海が捲し立てた内容に、円は首をひねった。怖い? 誰が? ちょっと挙動不審なくらいで内海をいじめるやつなんていないのに?


「内海……」


 円は、野良犬に差し出すように、そぅーっと伸ばした手で内海の前髪をかきあげた。あー、やっぱり。


「死ぬほど顔がいい」

「はい?」

「その顔で泣かれるのは反則技にも程がある」

「は、え?」

「大丈夫だよ内海、お前の顔なら。堂々としてれば何でも許される。社会の窓フルオープンでも」

「フルオープンでも⁉︎」

「いける。ファッションにしか見えない。様子のおかしいイケメンを嫌いな人間はいない」

「様子おかしいって言っちゃってますよね⁉︎」

「だから安心して教室においで。私の内申点のために」

「内申点のために⁉︎」


 おっと口を滑らせた。まあいい。

 円は開き直った。


「教師の失言で傷ついた生徒のお世話って美味しい仕事だから。この一年間、恩売りまくり点稼ぎまくり」

「う、宇津宮さん?」

「しかも内海って頭いいよね。課題ぜんぶ解いてくれるから助かった。これからも写していい?」


 あの、もしかして、と気まずそうに内海が切り出す。


「宇津宮さんって、……成績、悪い?」

「あたりまえでしょ。頭脳で戦えないから外面で戦ってんのよ」


 普通に偏差値が手に入るなら、誰が二年連続の学級委員、引きこもり問題児の世話係など引き受けるものか。


 すべては指定校推薦で学歴を手に入れ、優良企業に就職するために。


 貧乏子沢山の宇津宮家。幼い弟妹の将来を切り開くためなら、なんだってするのが長女たる円の使命。なのだが。


「ところで内海」

「はい」

「そこの窓、閉めさせてくれない?」

「寒いですか? あれでも窓なんて開いてな――宇津宮さんんんん⁉︎」

「チッ……」


 内海が保健室の窓に気を取られた隙に、そぅーっと社会の窓へ伸ばした手を見咎められて、円は舌打ちした。


「怖くない怖くない。ちょっとだけ、一瞬だけでいいから!」

「い、ぃいいい嫌です!」


 あの日。馬鹿な担任が馬鹿なことを言うまで、内海光瑠は芸術だった。


 窓際の光を独り占めして、ふわふわと巻き毛を風に遊ばせ、気だるげに頬杖をついた隣席の少年の横顔に、円は見惚れていた。


 あの美しい少年にもう一度会いたい――そう願うのは、至極当然の欲望だろう。


 ドキドキしながら内海の家まで課題を届けに行った円が目にしたのは、まるで別人で。


 顔は一緒なのに、全然ちがった。醸しだす雰囲気というか、なんというか。あのアンニュイさ。息を呑むような色気。どこに隠したんだスラックスの中か?


 あの内海光瑠の正体がチャックひとつで切り替え可能な別人格だというのなら、話は変わる。


「お願い内海。一回試させて」

「嫌ですよ! 戻れなかったらどうするんですか⁉︎」

「え、最高すぎる」

「なんで⁉︎ 僕じゃだめなんですか⁉︎」

「うん、ごめん」

「毎日あんなに優しくしてくれたのに⁉︎」

「あれはほら、内申点のためっていうか」

「宇津宮さんに会いたくて頑張って来たのに……!」

「それはちょっと重いな」


 うなだれても半泣きでも内海は顔がいい。言動が多少おかしくても問題ない。観賞用のイケメンとはそういうものだ。


「ごめんな。内海のこと嫌いじゃないけど、内海じゃない方の内海光瑠のファンなんだ私。とりあえず会わせて? 内海光瑠と同じ部屋の空気を吸わせて?」


 じりじりと距離を詰める円から逃げながら、内海は叫んだ。


「ッだから『俺』は宇津宮さんと話す役目を押しつけたのかぁあああ!」


 それはちょっと傷つく。


 かくして、推しに会いたい円と、意地でも会わせたくない内海との、二年目の攻防が幕を開けた。

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