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1-18 万理華ちゃんが帰ってこない

万理華ちゃんは今年で6歳。

よく笑う子で、左頬にできる笑窪が印象的。

ピンクの花柄のダウンがお気に入りで、水色のスニーカーを履いては駆け回ってる。

おしゃべりが大好きで、人見知りさず、誰とでも仲良くできる女の子。

 一九七九年の二月三日。ことの始まりはひとつの電話。


「はい。もしもし…」


 美濃部町の交番に一本の連絡が。つい二時間ほど前に、娘の万理華がいなくなったとのこと。この町は狭い。電話を受けた巡査部長の見吉も万理華のことは知っていた。

 年齢は六歳のいつも笑顔でしっかり者の万理華ちゃん。

 話を聞くと、こうであった。

 万理華は父親の栄二と母親の菜美恵と一緒にスーパーに出掛けた。


「そのスーパーって羽柴さんのとこの?」


 受話器越しで栄二は答える。


「ええ。そうです」


 美濃部町には羽柴が経営している個人スーパーしかない。

 そのスーパーに向かっている道中で、後部座席に座る万理華が栄二に声を掛ける。


「ちょっと停まって」


 栄二は後方を確認してからハザードを焚き、路肩に車を停める。


「どうしたんだ? 万理華」


 振り返ると、万理華は茂みを指差す。


「手を振ってる…」


 そのときの様子を聞いていた見吉は思わず確認した。


「今から二時間前ですよね。ってことは十八時過ぎ…羽柴さんとこに向かったのは、小裏道ですか?」

「はい。その通りです」


 小裏道とは町人が補整した砂利道であり、照明設備は整っていない。茂みがあるとすれば、道中にある大鋸寺辺りであろう。普段は子供たちが遊び回っている場所であるが、十八時になってしまうと辺りは暗くなり、無人と化す。


「その時間に万理華ちゃんはそう言ったんですか?」

「そうなんです。私も妻も…」


 栄二は万理華の言う方へと視線を向ける。菜美恵も栄二の顔を見た後、同じように視線を向けた。菜美恵の瞳に映ったのは、窓に反射する自分の顔。窓の向こうは暗闇に包まれ、その先を確認することはできない。

 それは栄二も同じであった。菜美恵は栄二の方をもう一度向き、二人は困惑した表情で顔を合わせる。


「何も見えないけど…」


 栄二は後部座席を振り返り、万理華にそう伝えたが、万理華の様子は明らかにおかしかった。

 見吉はその様子を詳細に知るために質問をする。



「明らかにおかしいとは?」

「その…そのときは急なことだったんで思わなかったんですが…万理華が必死な表情で、何かを助けに行こうとしてたように思うんです…」

「助けようと? その万理華ちゃんが言ってた手を振る誰かを…?」

「けど私と妻にはそのような姿は見えなくて…」


 万理華は栄二の方を見ることはなく、視線は外へと向けられたままだ。そしてシートベルトを勝手に外すと、勢いよく車から降りてしまった。


「ま、万理華!?」


 栄二は菜美恵の方を一瞥してから、急いで万理華の後を追った。すぐに追いつく。栄二はそう思っていたが、現在まで万理華は見つかっていない。

 そして栄二は不可解なことを見吉に言う。


「その…おかしなことが起きたんですが…」

「おかしなこと?」

「はい。後部座席は基本万理華しか座らず、勝手にドアが開かないようにチャイルドロックがかかっているんです…」

「…えっ? 」


 普段なら後部座席のドアは内側から開けることは不可能であったが、なぜかこのときだけは開けることができたのだ。

 これは実際に起きた『万理華ちゃん行方不明事件』である。


 事情を知った見吉は町役場の職員と協力し、大鋸寺周辺を捜索したのは万理華がいなくなってから三時間後の二十一時。

 草を掻き分ける竹棒と懐中電灯を装備し、


「万理華ちゃーん! いるなら返事してー!」


 と言いながら捜索は続いていく。栄二と菜美恵も一緒に万理華を探していたが、約二時間に及ぶ捜索も結果は得られなかった。


「どこに行ったんだ…」

「栄二さんもすぐに追ったんだろ?」

「六歳でこの暗闇の中、そう遠くに行くのは無理あるだろ…」


 どこか茂みに倒れている可能性を予想していたが、万理華はどこにもいない。栄二が後を追ってから五分もかからずに、万理華はどこに消えてしまったのか。


「誰か怪しい人は見てないのか?」


 一人が栄二にそう尋ねたが、首を振る。


「いや…見ていない。菜美恵は? 他に誰か見たか?」


 車で待機していた菜美恵であったが、万理華と栄二が大鋸寺に行ってから人を見た記憶はなかった。

 年長者の明石が神妙な表情で口を開く。


「…これは大鋸 友康様の神隠しかもしれない」


 大鋸 友康は平安時代末期の武将であり、木曽義仲に仕えていた。木曽義仲が源 頼朝と義経に殺害された後、ここ美濃部町を隠れ家にしていた友康は頼朝の追っ手により殺害されている。

 その無念を浄化するためにこの寺が建てられ、祀られている。


「どういうことですか…神隠しって…」


 その発言に栄二は困惑しながら尋ねる。


「まだ私が小さい頃…そうだ、万理華ちゃんと同じ六歳のときだ。同じ歳の里佳子っていう女の子がいなくなったんだ…」


 過去にも万理華のようにいなくなってしまった女の子がいる。栄二はその話を聞いたことがなかった。明石と同年代である数人が頷く。


「ああ。そんなことがあったな…」

「里佳子ちゃんな…本当に明るくて、いい子だったな…」


 まるで万理華も里佳子のように神隠しにあってしまったかのような雰囲気が漂う。見吉はそれを払拭するかのように声を張る。


「皆さん! もう少しだけ一緒に捜してもらえませんか? きっと万理華ちゃんはいます。この近くに!」


 その言葉に、明石は申し訳なさそうに謝る。


「すまない。栄二さん。不安を扇ぐようなことを言って」

「い、いえ…すみません。皆さんもご協力お願いします」


 そして捜索は再開するも、万理華はどこにもいなかった。


 翌朝も捜査は続けられる。懐中電灯を頼りに手探りで捜索するよりも、見つかる可能性は高く感じた。また朝ということもあり、昨日よりも協力してくれる人は多く、見吉や職員だけではなく、美濃部町の住民たちも参加する。

 菜美恵の周りには万理華と同級生の母親たちが心配そうに声を掛けていた。


「大丈夫? 菜美恵さん?」

「きっと万理華ちゃんなら大丈夫よ」

「すぐに見つかるって」


 その励ましに堪えるかのように、菜美恵は憔悴しきった顔で無理やり笑みを浮かべる。


「ありがとう…うんと叱って…うんと抱きしめてあげるわ…」


 捜査を開始してから二時間が経過したが、未だに万理華の足取りさえつかめない。見吉は栄二から聞いた話を思い出し、捜索中の住民を集める。


「すみません! 万理華ちゃんですが、昨日の十八時ごろ! 誰かがここで手を振っているのを見て、心配した表情で駆け寄ったそうです! 誰かその時間帯付近でここにいた、もしくは通ったって人はいませんか!?」


 その発言に数人がざわつく。そして誰かが言った。


「里佳子ちゃんのときと同じだ…」

「ああ…そう言えばそうだ…」

「誰かが呼んでるって言って…里佳子ちゃんの親父さんが同じこと言ってたっけな」


 どよめきが渦巻く中、一人の男が手を挙げる。農家の家入であった。


「昨日の十七時と、その三十分後ぐらいにここら辺通ったぞ。俺」


 見吉が何かを言う前に、栄二は家入のもとに駆け寄る。


「本当ですか!? 何か、その、誰か見ませんでしたか!?」

「すまねぇ。通っただけで、誰かを見てはいないんだ。ただ通ってだけなんだ」

「そうですか…あっ、す、すみません…」


 栄二は無意識に家入の肩を掴んでいた。見吉は羽柴に確認をする。


「十八時あたりでスーパーに来たお客さんはいましたか?」

「いや、それがなぁ。家入さんがその時間に来てから、その日は誰も来なかったんだ」

「え…? 誰もですか?」

「ああ。いつも二十時まで開店してるんだけど、家入さんが最後の客だった。たまにそんな日もあるけど…何かなぁ」

「そうですか…」


 手掛かりはなかった。本当に神隠しかもしれない。それでも栄二と菜美恵は諦めなかった。しかし捜索も一週間が過ぎたところで、次第に町全体が神隠しであることを受け入れようとしていた。


 それから栄二は大鋸寺だけではなく、美濃部町全体を捜し歩いた。見吉や一部住民も協力していたが、見つかることはなかった。それでも栄二は捜索を続けていたが、今も見つかることはない。

 あの日以来、菜美恵は自室から出ることはなく、布団で寝たきりである。

 しかし、この日だけは違った。二月三日。不可解にも万理華がいなくなった日と同じである。

 いつものよう栄二は仕事終わりに万理華を捜し歩いた後、日付が変わる前に帰宅した。


「ただいま…」


 万理華は見つからない。もう万理華は帰ってこないかもしれない。そう思いながらも、栄二は爪先が薄くなっている靴を脱ぐ。ふと気づく。なぜかリビングの照明が点いていることに。

 栄二はゆっくりとリビングに近づき、静かにドアを開けると、そこには菜美恵が椅子に座りながら正面を見つめている。


「どうしたんだ…?」


 菜美恵が自室から出てくるのはたまにの風呂かトイレぐらい。リビングにいること自体が久々であり、栄二は驚きと困惑を覚える。

 菜美恵は栄二の方を向かず、そのまま真っすぐ正面を見ながら言う。


「万理華が…万理華が帰ってきたの…」


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