1-17 桜の下の異世界トラブル
桜満開の商店街で、天見優子は高級ケーキを手に鼻歌気分。だが「全裸に注意」と警告された直後に全裸男にぶつかりケーキがぐちゃぐちゃに。
自称異世界勇者の彼を捕まえ、復讐を誓う優子。家に連れ帰るも友人の来訪でピンチ!
全裸勇者と女子大生の騒動が始まる。
春にしては少し肌寒い三月の終わり。街路樹には桜が満開に咲いている。駅前商店街を一人の女性――天見優子が歩いていた。
新しくおろした白色の春コートを着て、手には先程買ったばかりのケーキの箱。足取りは軽く鼻歌交じりで機嫌が良い。
「――さん、そこのロングコートを着て鼻歌を唄っているお嬢さん」
声が掛かった。
「私?」
見れば商店街の端で『占』と書かれた布。座っているのは丸眼鏡に煙草、茶色のショートヘアの、お洒落だがどこか陰鬱とした――ダウナー系というやつだろうかそんな女性が座っていた。
「そう、貴女。あまりにも機嫌が良さそうだから声掛けちゃった」
「私、占いとか信じてないんで。お金払わないですよ」
「あー、いいよいいよ。これは私の善意……いや、趣味みたいなものだから」
手を振りながら答える占い師の女性に眉を顰めながら、天見はその場を立ち去ろうとする。
「待って、一つだけ言わせて欲しい」
足が止まる。
「何ですか?」
「全裸には気を付けて」
意味が分からなかった。
「全裸? 全裸の何に気を付けろと?」
「そこに立っていると危ないよ」
「?」
首を傾げていると、
ドンッ。
身体がよろめく。寸でのところで足を踏み出し、転ぶのだけは避けることが出来た。
「いった~……誰よ急に!」
「悪い、急いでいて……」
男の声、視線を動かすと全裸の男がいた。
「なっ……!?」
「そこの男待てー!」
遠くから制服を着た警察官が駆け寄ってくる。
「やべっ、」
全裸の男は謝ることなくその場を走り去っていった。
暫く宇宙猫のように呆っとしていた天見は我に返る。
「……ハッ!? 何今の男、全裸!??? え、全裸に気を付けろってそういう――」
占い師の方を見る。だがそこに占い師はいなかった。
「え? え?」
辺りを見回してもその姿はない。代わりに、足元にひっくり返ってやや潰れた箱に目がいく。
「あ~! ケーキが!」
中身は勿論ぐちゃぐちゃだ。
「一個千五百円のしかも今日が最後の期間限定なのに……」
天見の心に怒りの炎が燃え上がる。
「あの男絶対許さない! 必ず見つけ出してやる!」
天見は男が去っていた方向へと歩き出す。
天見優子は失せもの探しが得意だった。鼻が利くというか勘が働くというか。とにかく失くしたものを見つけると直ぐに出てくることが多かった。それは人にも効いた
「見つけた」
男は商店街の路地の路地、室外機やゴミ箱の陰に隠れるように蹲っていた。
男は逃げない。まるで天見が先程の警察官とは異なる存在と理解しているようだ。
「誰だ、あんた」
「あんたにさっきぶつけられてケーキが台無しになったんだけど」
潰れた箱を前に掲げる。
「そうか、それは悪かった。だが生憎俺には手持ちがない」
「それは見れば分るわよ」
天見の父親と兄が裸族だったので全裸には慣れていた。しかし――。
「……そういえばあんた、どうして裸なの」
流石の裸族も街中で全裸にはならない。せいぜいが家の中だけだ。
「俺にも分からない。起きたらこの姿だったのだ。おそらく、寝ている間に身包みを剥がされたらしい」
「寝ている間って、どこで寝ていたのよ……」
まさか屋外じゃ……などと思っていると男が口を開いた。
「俺はもともとこの世界の住人じゃない」
何を言って……。そんなツッコミをする前に声が聞こえた。
「クソッ、あの全裸男どこ行きやがった……!」
ここに居てはまずいと二人は察する。
「それじゃあ俺はここで……」
「待って」
逃げようとする男の手を掴む。
「いいから来て!」
天見はコートを脱いで男に渡した。
「それ着て、私に着いてきて」
「いや、しかし……」
男は迷うも、天見の逃がさない、とでも言うかのような強い視線にたじろぎコートを着る。
若干、丈の心配をしていた天見だったが、大事なところはギリギリ隠れたようでホッとした。
堂々と歩く天見の後ろを、男は前かがみになるようにして歩いていった。
天見の家は商店街からほど近い十五階建てマンションの一室だ。家賃は少し高いが、駅近、オートロック、南向き、部屋も広め綺麗で文句はない。平日の昼間とはいえ、ロビーやエレベーターで人とすれ違わなかったのはこれ幸いとした。天見の部屋は六階の真ん中にあった。鍵をドアに差し込み部屋に入る。
「ちょっと待ってて」
男には玄関で待つよう指示。荷物を部屋に置いてから、脱衣所へタオルを取りに行く。
「これで足拭いて。あとこっちで下隠して。コート脱いでいいから」
タオルを二枚渡して、コートを受け取る。
――まだ一回しか着てないけどクリーニング出すか……。
そんなことを考えていると足を拭き終え腰にタオルを巻いた男が部屋に入ってきた。
「危ないところを助けていただきありがとう」
「べ、別に助けた訳じゃないわよ。あんたにはケーキの恨みがある。それだけ」
「そうか……しかし先程も言ったが俺には何もない」
「それは……」
ケーキの恨みと勢いだけで連れてきたことに瞬時に後悔する。だがここで引き下がる天見でもない。
「あんた名前と住所は?」
「名前はアーレ・ハイランド。家はイェカルタ区アゾン三十五のゾェンだ」
「外国人なのね、流暢な日本語じゃない。職業は?」
「勇者だ」
耳を疑った。
「は? 中二病なのあんた?」
「中二病が何かは知らんが、勇者は勇者だ。そうだ、魔王城を目指す途中の森で敵に遭遇し、閃光に包まれたかと思うと見知らぬこの街に居たってわけだ」
――頭が痛い。アーレの話を嘘と捉えれば話の通じない厄介な男を連れ込んだわけで、真実と捉えれば俗にいう異世界転移というものが発生しているということで。天見の頭はなんのこっちゃと困惑する。
「あんたは異世界の勇者って認識でいいわけ……? 他に仲間とかはいないの?」
「3人仲間がいる。だが目が覚めた時には俺一人だった」
「ふーん……」
天見のアニメや漫画知識はそこそこだったが、まさか現実に起こるとは思ってもいなかった。だが目の前のアーレが嘘をついているとは彼女は思えなかった。姿こそ残念なものの、勇者の人望というやつだろうか。
インターホンが鳴った。モニターには友人である久道の姿が映っている。
「しまったあああぁぁぁ」
「急に大きな声をだしてどうした」
元はといえば友人と家で遊ぶためにケーキを買ったのである。だがケーキは潰れた。それは仕方ない。それよりも今重大な問題なのは――。天見はアーレを見る。全裸の見ず知らずの男が家にいるということだった。