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1-16 天使よ、終末の鐘を鳴らせ ―幻想の蒼空に白き羽根は散る―

フルダイブ型RPG「パラディソス・オンライン」。サービス開始以来11年を数えるロングヒットVRMMOで、秋坂一哉あきさかかずやはユーザーサポート要員を務めている。頭上に光輪、背に白翼を着けた美麗アバターで顕現するサポートスタッフは、プレイヤーから「天使」と呼ばれる畏怖の対象だ。たとえ、内実が薄給長時間労働の契約社員だとしても――


問い合わせやトラブル対応に日々奔走する一哉。だがある時、レベル1新規登録プレイヤーの集団に襲撃され、光輪と白翼を奪われる。

スタッフが持つ管理者特権=無敵モードはなぜ破られたのか。

「天使」の象徴を奪ったのは何者か、狙いは何か。


「パラディソス・オンライン利用規約第9条5項『サービス妨害行為の禁止』および8項『犯罪行為の禁止』――運営権限に基づき、違反者をここに断罪する!」


一対の翼は、呼び起こす。

すべての仮想空間、さらには現実世界をも巻き込む戦乱を。

 水晶洞窟の袋小路で、少女がひとり震えている。青い瞳に涙を溜め、目の前を塞ぐ大男ふたりを見上げて、しきりに首を振っている。


「こんど返すから。青宝玉も赤宝玉も、借りた分はちゃんと」

「そう言って何ヶ月経ってる」


 大剣を持った男が地面を踏み鳴らす。縮こまる少女の胸倉を、魔導士風の男が掴んだ。


「返しなさい、耳を揃えて今すぐ全部。できないなら――」


 もがく少女に浴びせられる、口汚い罵り。それら一部始終を、俺は「天上」で確認した。

 既に知っている。双方の素性も、貸し借りされたモノとカネの流れも。

 だが事情はどうでもいい。犯された罪に相応の制裁を――俺の仕事はそれだけだ。

 行先を定め、転送を開始すれば、視界はすぐさま闇に呑まれた。



 視界が真っ赤だ。

 顕現先は、空間を埋める炎の壁の真ん中だった。だがこの世界の何物も、俺の身を傷つけることはありえない。白い指先をひと振りすれば、炎は瞬時にかき消える。

 少女が破顔し、大男ふたりがうろたえ始めた。

 薄青の水晶壁に、俺の姿が映り込む。ギリシャ彫刻然とした彫りの深い顔、ひと筋の乱れもない黄金の長髪、純白の法衣、同色の翼、頭上で輝くまばゆい光輪――神々しく輝かしい、完全無欠の「天使」。


「天使Kazuya、参じました」


 決まりの挨拶と一礼の後、俺は男ふたりへ厳かに告げた。


「あなたがたの行為はサービス利用規約に違反します。パラディソス・オンライン利用規約第9条13項『ハラスメント行為の禁止』に基づき、アカウント制限24時間の――」

「待ってくれ天使さん!」


 大剣の男が叫んだ。


「この女は詐欺師だ! ギルドのメンバーからアイテムをむしり取って、リアルマネーで流してやがった!」

「現金取引は厳罰ですよね。俺たちはただ――」


 俺は静かに首を振った。水晶壁に映った長い金髪が揺れる。


「他プレイヤーの規約違反は、あなた方の罪状に影響を与えません。制裁を実行します」


 なおも抗弁する男たちへ、俺は手をかざした。

 強い光が満ち、消えれば、ふたりの姿は既にそこにない。


「ありがとう……ございます」


 白い肌着姿の少女が微笑んだ。周りの地面には、革鎧のパーツや短剣が散らばっている。彼女の装備品だ。炎の壁で行き止まりへ追い込まれ、死亡と強制復活を繰り返させられていたのだろう。立派なハラスメント行為だ。

 だが、それは免罪にならない。


「あなたのアカウントで、ゲーム内アイテムの現金販売が確認されています。パラディソス・オンライン利用規約第9条21項『サービス利用に伴い発生した権利の転売禁止』に基づき、アカウントは無期限凍結されます」


 事務的に告げれば、少女の表情は見る間に歪んだ。


「嘘! 私は何もやってない!」


 大きな目に涙を溜め、美少女が見上げてくる。

 可愛い。だが中身は54歳の中年男性で、複数ギルドでトラブルを繰り返している問題ユーザーだと、登録データからわかっている。

 俺はふたたび右手を上げた。


「今回の裁定に疑義がございましたら、問い合わせフォームより反証の提出をお願いします。それでは」


 閃光と共に、少女の姿がかき消える。

 見届けた後、人差し指で空中に円を描けば、目の前に半透明のウィンドウが現れた。「サポート案件:34820/対応中」と記されたテキストに触れれば、末尾が「解決済」へと変化した。



 割り振られた全サポート案件を片付け終え、俺はようやく現実へ帰還した。

 ヘルメット型のギアを外せば「天使Kazuya」は「ユーザーサポート課契約社員秋坂一哉(あきさかかずや)」に戻る。くたびれたゲーミングチェアから身を起こせば、PCに表示された時刻は22時近い。リモートワークで通勤時間がゼロとはいえ、それなりに堪える残業だ。

 LEDライトを点ければ、傷だらけのPCデスクが浮かび上がる。上にはコーヒーの空き缶ふたつ、食べ終えたコンビニ弁当のトレイ、乱雑に積まれた書類の山、そして社の管理番号が貼られたデスクトップPC。両脇にそびえる、通販サイトのロゴ入り段ボールの山。溜息が出た。

 脱ぎ散らされたジーンズと下着を踏みつつ、俺は夜食を買いに安アパートを出た。


 フルダイブ型RPG「パラディソス・オンライン」。サービスが開始されたのは11年前――俺が高校2年の頃だ。当時不登校だった俺は、家族の白い目を浴びつつ、朝から晩まで美麗な仮想空間に入り浸った。そして憧れた。細部まで作り込まれた世界を、作り出す側の人々に。

 当時の俺に伝えたら、どんな反応をするだろうか。未来の自分が「天使」――ゲーム世界の管理者になったと聞いたら、驚くだろうか。喜ぶだろうか。

 それとも幻滅するだろうか。世界の管理者が、実際には正社員ですらない末端スタッフだと知ったなら。


 コンビニの棚は今夜もスカスカだった。おにぎりは半分以上が欠品で、目当てのツナマヨもない。仕方なく、20円引シール付きの昆布と梅を買い物かごに入れた。が、あと少し油っ気が欲しい。

 迷った末、デラックス炭火焼肉の最後のひとつに手を伸ばす。他より70円も高いが、今は脂肪欲が勝った。

 掴んだ瞬間、誰かの指が手の甲に当たった。見れば、日焼けした強面の筋肉ダルマが、何か言いたげに俺を睨んでいる。


「俺が先だ」


 言い捨てて、逃げるようにセルフレジへ向かう。

 おにぎり3個をスキャンし、最後にICカードをタッチすれば、チャージ残高は8437円に減った。明日が給料日とはいえ、天使様の懐はあまりに寂しい。儲けてるんだから、少しは給料上げてくれ――内心の愚痴を声には出さず、手早く購入物をエコバッグに詰める。

 入口の自動ドアを出ると、不意に何かがぶつかってきた。

 左側面からまともに喰らい、駐車場のアスファルトに倒された。身体をしたたかに打つ。

 起き上がろうとすれば、見覚えある日焼けした強面が俺を見下ろしていた。厚い唇を歪め、にやにや笑っている。


「なんだよ」


 身体を起こすと頬を張られた。また、アスファルトへ転がされた。

 強面は俺のエコバッグを悠然と探り、何かを高く掲げた。デラックス炭火焼肉おにぎりだった。

 白い歯を見せ、奴は笑った。そして大股に歩き去っていった。

 気がつけば俺は、呟きつつ右手を上げていた。


「制裁を……実行します」


 くっくっと嘲りめいた声を漏らしつつ、強面が去った方角へ手を振り下ろす。虚しく何度も、上げては下ろす。

 何も起きない。白い光は現れない。盗られた物も戻らない。

 俺の乾いた笑いだけが、誰もいない夜中のコンビニ駐車場へ響いていた。



 アラームと共に目覚めれば、幸い身体に痛みは残っていない。昨夜は食べる気になれなかった、昆布と梅のおにぎりを胃に詰め込み、俺はくたびれたゲーミングチェアに身を沈めた。

 ギアを装着すれば、ログインと同時に未対応サポート案件の一覧が表示される。上から対応しようとすると、不意に緊急度の高い案件が割り込んできた。


「サポート案件:34991/未対応」


 レベル1プレイヤーからのコールだった。運営内で、新規プレイヤーからの呼び出しは最優先扱いになっている。対応が遅れて印象を悪化させた場合、プレイ休止と悪評の拡散に繋がる可能性が特に高いからだ。運営11年目ともなれば新規の顧客は減る。貴重な種を優良ユーザーへ育てるため、ケアを怠ってはならない。

 座標を確認すれば、呼び出し元のプレイヤーは、5人ほどのレベル1プレイヤーに囲まれていた。珍しく新規登録者同士のトラブルらしい。

 力を揮う機会はなさそうだ。とはいえ、登場演出で威厳を見せつけることはできる。今は、多少なりとも気分を晴らしたかった。


 転送完了、視界が開ける。

 緑あふれる「始まりの村」の最奥に、初期装備に身を包んだ三つ編みの少女が立っている。周りにはトラブル相手と思しき、やはり初期装備の男女が計5人。皆が期待めいた表情で俺を見た。

 ならば応えてやろう。俺は翼を大きく広げ、軽く頭を下げた。


「天使Kazuya、参じ――」


 言い終わる前に、身体に衝撃が走った。

 突き飛ばされたと気付いた時には、仰向けに倒されていた。

 重い何かがのしかかる。

 視界に広がる青空を、大きな影が遮った。逆光に縁取られた、三つ編みの少女が微笑む。


「言った通りでしょ。新規が呼べばすぐに来るって」


 言葉と共に、腹に衝撃が走った。


「っ、ぐ……!」


 殴られている。何度も、執拗に。

 内臓がひしゃげそうな、立て続けの痛み。

 命の危険を感じた。逃れようとすると、頭と腕とを抑え込まれた。

 顔に、脚に、衝撃と痛み。蹴られている。踏まれている。


「さっさと、やっちまえ」


 口々の嘲り。「殺っちまえ」なのだと、本能的に判った。

 意識が飛びそうな痛みの中、俺の思考はどこか冷静だった。アバターの皮を通しているから、なのか。


 ――天使を含む全運営スタッフは、管理者特権で守られている。一切の攻撃は無効のはずだ。

 ――特権のない一般プレイヤーにも、痛覚伝達は極小レベルに抑えられている。ゲーム内の致死ダメージでも、現実のかすり傷より痛みは少ない。

 ――ありうる可能性は?


 不正改造(チート)――単語が脳裏に浮かんだ瞬間、特大の一撃が腹にめり込んだ。空のはずの仮想胃から、昆布と梅のおにぎりが逆流してくる、ように感じた。

 背に鋭い痛みが走る。動けない俺の上で、三つ編みの少女が何かを高く掲げた。

 天使の白翼、そして光輪だった。

 白い歯を見せ、あどけない顔が笑った。


「これで、私たちは神になる」

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