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1-11 星咲き誇る園を翔ぶ

 人間の帝国エデルキアと魔族との戦争は、魔族の全滅により終結したかに見えた。しかし、賞金稼ぎルーは最後の魔族である子どもを秘密裏に自分の奴隷として育てていた。

 時は流れ十年後。ルーはすっかり彼に懐いた魔族の子と賞金稼ぎを続けていた。二人は祭りのために百年ぶりに目覚めるというドラゴンを見に大都市ウルヤに向かう。だがドラゴンは友であった魔族が全滅させられたと聞き大激怒し「帝国に災いをもたらす」と言い残して飛び去ってしまう。

 ルーと魔族の子、戦闘狂の皇女とその護衛、へたれな吟遊詩人はドラゴン探索のために手を組む。しかしドラゴンの首を討ち取らんと息巻く皇女と平和的な解決を探るルー、余計なことしか言わない吟遊詩人の足並みはなかなか揃わない。さらに魔族の子は秘密の行動を取り始め──。

 果たして彼らは帝国を危機から救うことができるのか?


「これで終わりか……」


 ルルズィムは呟いた。その声は魔族の都ガイェラ、崩れたばかりの聖堂に響き渡ることもなく宙に浮いた。彼の握る長剣は魔族のスミレ色の血で汚れ、切先は地面に向かって俯いている。


 五年続いた人間の帝国エデルキアと魔族の戦いは、人間の勝利で幕を閉じようとしていた。

 ルルズィムは高貴な生まれでも勇者でもない。路地で育ち傭兵となった後に賞金稼ぎとして生活していたが、報酬が良いと聞き魔族討伐隊に加わった──彼には守る家族も信条もなかった。戦の理由も敵が何者かも関係なく、ただ生きるために剣を振るうのみ。


 魔族と戦って判明したのは、彼はやつらの呪術を跳ね返す特殊な体質を持っているということだった。剣や弓矢だと負傷するため万能ではないが、知られれば面倒な目に遭うと考えた彼はこの能力を必死で隠していた。

 

「ルー! 生きてるか?」


 後ろから声が声がして、瓦礫を乗り越えながら大柄な男が近づいてきた。名をソネルというこの傭兵は唯一ルーの秘密を知る者だ。二年前の戦いでルーが彼を魔族の攻撃から庇って以来、いつも運良く(・・・)生き延びる(・・・・・)ことの口裏合わせをしていた。


 ルーは呼びかけに応えなかった。彼の緑色の目は魔族の最後の一人に注がれている。それは割れた大理石の上に横たわっていた。

 ソネルはルーの隣に立ち、視線の先を追って顔をしかめた。


「角がない……子どもか」ソネルは自分の戦斧を振り上げた。「まったく後味が悪い──俺がやるか? それともお前が?」

「待て」


 ルーは剣をゆっくりと鞘に納めた。それから屈みこんで魔族の子どもの頬に触れ、真珠色の涙を拭った。


「ルー!」ソネルは苛ついたように戦斧を瓦礫に打ちつけた。「今さら何をためらう?」

「……これほど力のある者を殺すのは惜しい」


 それがただの言い訳に過ぎないと、ソネルには分かった。


「俺たちは散々こいつらを殺してきた──子どもだって! 今さら何も変わらん、むしろたった一人で残された先にこいつの平安があると思うか? 情けをかけるなら一思いに殺すべきだ」


 ルーは黙ったままぎゅっと目を閉じた。


「ルー」ソネルはいくらか優しい口調で言った。「俺たちは英雄じゃない、ただのごろつきだ。俺たちは間違ったことをして生き延びてきた。でなけりゃ自分が死ぬ。今さら傷付くな」


 これまで自分がしてきたことくらい分かっていたが、ここ数年の戦いはあまりに惨かった。ルーにはこの、最後の一人を殺すことができなかった──これを完結してしまえば、自分はさらに悍ましくなる……今ですら耐えがたい己が、罪も罰も分からなくなる予感がした。

 彼は己が罰されるという希望が欲しかった。自分も、自分にこの運命を強いた者たちも。


 ルーは目を開いた。

 魔族の子は柘榴石のような赤い目で彼を見上げていた。しばらく見つめ合った後、彼は結論を出した。


「こいつは殺さない」


 ルーは背負っていた革袋から何か取り出した。

 それは首輪だった。独特な輝きを持つ金属の台座に魔導石がいくつもはめこまれた、魔族の力を封じ服従させるためのもので、ガイェラに到達した日に宝物庫で見つけた。


「おい」ソネルが言いかけた。

「手出しするな。殺すぞ」

「おかしいだろそれは……」


 ルーは片腕で子どもを抱き起こし、反対の手で首輪を見せた。


「ここで死ぬか、俺の奴隷となるか。お前が選べ」


 子どもは瞬きをしてから、象牙色の爪の生えた手で首輪を掴んだ。

 その後ろでソネルが呻いた。


「どうなっても知らんぞ……」



*****



 十年後。

 帝国の大都市ウルヤでは百年に一度の祭が始まろうとしていた。満月が闇に喰われ、星々は特別な場所に座す。古の歌と踊り、それが最高潮となる時、ドラゴンが現れて月は力を取り戻すのだ。

 この祭事に参加すべく、各地から大勢が集まっていた。


 ここぞとばかりに見せ物屋のひしめく広場を二人の賞金稼ぎが進んでいる。


「ねぇ、ルー」

「なんだ」

「揚げ菓子屋がある」

「……」


 イェリと名付けられた魔族の子は、力を抑えられているせいか角も牙も翼もなく、黒髪に黒い目の平凡な見た目をしていた。首輪は有名な魔具のためスカーフで覆い隠している。

 ルーは優しくはなかったが、イェリを奴隷というより普通の弟子のように扱い、野宿や戦いの基礎を教え、同じものを食べ隣同士で眠った。実際どう感じていたのであれ、子どもは同族を滅ぼされた恨みなど一度も見せず、この頃ではすっかり懐いて腕を組んできたりする。


「ルーってば」


 イェリがねだると、ルーは黙って硬貨を渡した。


「やった!」


 子どもはスキップで屋台に向かい、ルーは何とも言えない表情でそれを見送った。


「おばさん、これで買えるだけちょうだい!」


 イェリはすっからかんになるまで金を使う主義で、ルーはそれに気づいてから必要な金しか渡さなくなった。金を使うのは楽しかったが特に欲しいものもなかったし、宿代や防具の修理代はルーが出しているのでイェリに不満はない。


「気前のいい客だね! はいよ」

「ありがとう」


 ルーの元に戻ろうとした彼は見覚えのある背中を見つけ、そちらに駆け寄って軽く体当たりした。


「ソネル!」

「うおっ──イェリ!」


 魔族退治の英雄と呼ばれる無骨な大男──イェリを連れたルーから世間の目を逸らすため、魔族の都を壊滅させたのはソネルということになっていた。この十年でその黒髪には白いものが増えたが、噂通りなら腕っぷしの強さは翳りがない。イェリはこの男が自分を「殺すべき」と言ったのを覚えていたが、当然だという以上の感情はなかった。男の方は未だに後ろめたさを覚えているようだったけれど。


「久しぶり」

「そうだな。お前そんなに揚げ菓子を持って、腹壊すなよ──ルーは?」

「あそこに。ソネルも祭を見に来たの?」

「いや」男はうんざりした表情になった。「護衛だ」


 誰の、とイェリが尋ねる前に、鈴を振るような声がした。


「ソネル! その子どもは何ですの!」


 現れたのはかなり金のかかった鎧帷子を身につけた若い女だった。並の男より背が高く肩幅もしっかりしていたが、顔立ちは彫刻のように美しく、豊かな髪を邪魔にならないように編み、煌めく瞳は琥珀のようだった。鎧も腰から下げた剣も飾りではなく使いこまれ手入れされているのが分かる。


「何ですのって、子どもですよ殿下」男は面倒そうに答えた。

「そう!」女は納得したらしかった。

「どちらさまですか?」イェリは丁寧に尋ねた。

「彼女は皇帝アギムの第三皇女アイラ殿下」ソネルが雑に答えた。

「へえ……お姫様って、こんなとこほっつき歩いてていいんだ──あ、お菓子をどうぞ」

「わたくしの強さは一生を宮殿で過ごすには惜しいと、父から許可をいただきましたの」アイラは誇らしげに答えつつ揚げ菓子をつまんだ。

「すごいですね!」

「鵜呑みにするな」とソネル。「英雄譚に憧れて好きに訓練させてたら手に負えなくなっただけだ」

「ひどい言い様だこと!」皇女は愉快そうに続けた。「ともかく、英雄と連れ立って遍歴の旅なんて血湧き肉躍るでしょう?」

「巻きこまれる身にもなってくれ……」ソネルは唸った。


 イェリがルーの方を確認すると、早く戻ってこいという顔をしていたが、とりあえず無視して会話を続けた。


「殿下はどうしてウルヤに?」

「もちろんドラゴンに会うためですわ!」

「会う?」

「最強で完璧なこのわたくしを知れば、きっと相棒になりたいと思うはず!」アイラは威勢よく答え、もう一つ菓子をつまんだ。

「ドラゴンによるんじゃないですか」ソネルは諦めたように爪のゴミを眺め始めた。

「きっと殿下にぴったりですよ」イェリは話を合わせておいた。

「当然!」皇女は気を良くした。「子ども、あなたはなぜここに?」

「ドラゴンを見たいって言ったら、ルーが連れてきてくれた──あ、ルー」


 なかなか話が終わらず痺れを切らしたのか、ルーがイェリを回収しに来た。


「ソネル」ルーは旧友に頷いた。

「お前もずいぶん甘くなったもんだな」とソネル。


(皇女は自分が紹介されるのを待っていたが、ソネルは知らんぷりした。)

 ルーは目を逸らし、イェリの肩を叩いた。


「俺は少し用事がある。宿を探してくれ──二刻後に市庁舎前で落ち合おう」




 一刻後。旅行客でごった返す宿屋街で、イェリはなんとか部屋を取ることができた。暗く狭いが屋根があるのは大事だ……彼は床に荷物を投げ捨ててふうと一息ついた。

 それから首に巻いたスカーフを外した。

 さらに、誰もいないのは分かっていたが、少し周りを気にしてから──パチリ(・・・)と首輪を外して伸びをした。長年身につけていて馴染んではいるものの、力を抑制されるのはやはり疲れる。

 イェリは頭蓋骨がミシミシと鳴ってこめかみから角が伸び、瞳孔が広がって視界がぐっと鮮やかになるのを感じた。肩甲骨のあたりがむずむずするので、その気になれば翼も生えるのだろう……。


 魔族が滅んだのは弱かったせいだ、とイェリは考えていた。生き延びたいなら強くならなければならない──誰よりも。

 イェリは故郷を覚えていた。空を覆う黒い雲の下、輝く花々が咲き乱れ、火を纏う蝶たちが舞う。美しいところだった。

 だが、あの場所はもう存在しない。


 ルーの弱さによって、自分は生かされた。

 イェリは首輪の魔導石をつついた。もはやこの魔具は彼を封じる役には立っていない。それをルーに教えたらどんな顔をするだろうか。

 子どもはにやりとし、再び首輪をはめた。


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