番外編 ひとりぼっちの少女 (前編)
今回は番外編という事でアンリの過去です。思ったよりも長くなったので前後編でお送りします。
3年前
魔王軍によるアルヒの町への大規模侵攻が起こる。
その際、現場での救急活動をしていたレカルカ夫妻が魔王軍による襲撃を受け、命を落とした。
その後、隠れていた夫妻の娘を冒険者達が救出し冒険者ギルドに運び込まれ今に至る。
「アンリさん?…アンリ・レカルカさん?」
「…………………………………」
そう語りかける声、だが反応が無い。
「分かりますか?プレテです。何度かお会いした事がありましたよね?」
「…………………………………」
そう語りかけながらプレテが顔を覗かせるが、少女は虚な目をしたまま虚空を見つめている。
「……駄目ですか」
プレテが溜息と共にこう漏らした。
「無理もありませんね。実の両親の死を間近で見ていることしか出来なかったのですから」
それは12歳の少女にとっては、いや、誰にとっても心を壊すには十分過ぎる出来事だった。
すると、その場にいたもう一人の男、アンリを救い出した冒険者が悔しそうに床を踏み締めた。
「クソッ!クソッ!!俺が間に合っていれば!!俺がこの汚い命を差し出せば!!あの人達は死なせずにすんだのに!」
そう地団駄を踏んでいたのはゲロンだった。
「ゲロンさん、それ以上はいけません。あなたはアンリさんを救ったのです。」
プレテはそう言ってアンリの方を見た。依然として魂の抜け殻の様な状態となっており、とても意思疎通が通じるとは思えなかった。
「ですが、今は時間が必要ですね。」
すると少し落ち着きを取り戻したゲロンがプレテに質問をした。
「これから、この子はどうなるんですか?」
それは両親を失い、齢十二にして天涯孤独となってしまったアンリの今後についてだった。ゲロンは更に続けた。
「もちろん俺に出来ることなら何だってする」
プレテは少し考えた後、ゲロンにこう告げた。
「彼女は15の成人まで教会で預かります。今一人にする事は出来ない。ゲロンさん、あなたは私と共にレカルカ邸の管理をお願い出来ますか?良からぬ輩が近づくかもしれません」
「分かりました。この子が正式に受け継ぐまで賊どもには指一本触れさせません」
その後、しばらく打ち合わせた後ゲロンは帰宅した。
「私達も移動しましょう、教会で温かい食事を用意してもらっています。」
「………………。」
依然としてアンリの顔に僅かな綻びが生じ、そしてその綻びは言葉を発した。
「…………………お父様とお母様のした事は間違いだったの?」
アンリはプレテにそう尋ねた。プレテは少し驚いた表情を見せたがすぐに言葉を返した。
「それだけは絶対にあり得ません。絶対にです」
力のこもった声でそう強く否定した。すると、アンリの虚な目から大粒の涙が溢れ出した。
「じゃ、じゃあ!何で殺されなきゃいけなかったの!?」
そう言った瞬間アンリの感情が結界した。
「ゔ、ゔっ…お父様お母様!なんで!?なんで!?置いてかないで!…独りに、しないで……」
アンリの嗚咽にも似た悲痛な叫びが静かに響く。
家族を失ったひとりぼっちの少女の声が
「行きましょうアンリさん。今は休養が必要です。教会にいる他の子達も紹介しましょう、皆良い子達です。」
アンリは手を引かれ無気力にプレテに連れられて教会に向かう。他に行く場所なんて無かった。
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教会に引き取られて数ヶ月経ったある日の事
「アンリさん。少し用事を頼まれてくれませんか?」
「……はい」
プレテはアンリにお使いを頼んでいた。なんて事のない簡単な用事だ、町の外れのパン屋まで行って今月分の決済を済ませると言った内容だった。
「これがお渡しする分です。」
そう言ってプレテはアンリに硬貨の入った袋を手渡す。アンリは黙ってそれを受け取った。
「念の為お金は少し余裕を持たせています。お駄賃として、余った分は焼きたてのパンでも買ってください」
プレテはそうアンリに優しく語りかけた。だがアンリは特に反応を見せない。
「必要ありません、それでは向かいます」
そう言ってそそくさと教会を後にした。
両親を失ったあの日からアンリは何かに取り憑かれた様に治癒魔法を練習していた。
両親を目の前で死なせた後悔からか、意思を受け継ぐ為か、あるいは彼らとの繋がりを風化させない為なのか、それは本人にしか分からない。
周囲の人たちとも馴染めていない。そして何より心配なのが、癒す術を学んでいる本人がとても辛そうにしている事だった。
それを見てプレテは少し溜息を吐きながら呟く。
「道のりは長いですね」
◇◇
あの日からそれなりの時間が経ったがまだアンリの心の傷は癒えてはいない。あの日に吐き出した激情は枯れはてたように今の彼女は氷のようになっていた。
アンリは町を歩いていた。
「薬草〜!薬草はどうですか〜!?」
すると道のど真ん中で大声で薬草を売り歩く少女がいた。随分と図太そうな少女に目をつけられぬよう、アンリは目を逸らして足早に通り過ぎようとする。
「そこの立ち去ろうとするお嬢さん!?薬草いりませんか!?」
「!?」
避けようとした相手から突然ロックオンされアンリはギョッとする。
「薬草、薬草いかがですか!?」
「いりません…」
アンリはそうキッパリと突っぱねその場を離れようとする。だがその少女はなぜか付いてきた。
「付いてこないでください」
「ね〜買ってよ!怪我や病気、何でも効く薬草だよ!」
悪質な路上営業にアンリは急ぎ足でその場を離れようとするが少女は完全にアンリにマークしている。痺れを切らしたアンリは言い返した。
「私の服装を見て分かりませんか!?」
「えっ、シスター服だけど…」
少女はポカンとした表情をする。それに対してアンリは察しが悪いとばかりに畳み掛ける。
「そう、神官です!し・ん・か・ん!薬草なんか無くても魔法で治せます!分かったら他を当たってください!」
だが少女は食い下がる。
「え〜、そんな原理もよく分かってない魔法なんかに頼ってたら何かしらボロがでるよ?何かは分かんないけど」
アンリはその言葉に頭に血が昇るのを感じた。彼女にとって治癒系魔法とは両親に教えてもらった大切な思い出だからだ、それを否定された様に感じたアンリは少女に詰め寄る。
「あなたに回復魔法や解毒魔法の何が分かるんですか!?それを使う人達がどんな気持ちで覚えたか!これを見つけ出す為にどれだけの時間が掛かったか!」
周囲の人々もその剣幕に顔を向ける。そしてアンリは今度は少女の持つ薬草を指差して問いただした。
「なら聞きますけど、あなたの持っている薬草はなんて名前でどういう理屈でどういう効果があるんですか!?もちろんちゃんと知ってますよね!?」
すると少女はアンリに対してこう答えた。
「えっ?知らない」
「え?」
ガクンとアンリの肩から力が抜ける。
「名前すら知らないんですか?」
「うん、お母さんに売って来いって言われた。名前とか効能とか色々説明されたけど全部覚えてないや」
アンリは呆れた様に溜息をつき踵を返し歩き始めた。
「じゃあ頑張ってください…」
すると少女はまたしてもアンリについて来る。
「ねぇ待ってよ!どこ行くの!?」
「…………………町外れのパン屋です」
「私も行く!」
渋々答えたアンリに少女は食い気味に答えた。
「何でですか!?」
「営業だよ営業!薬草を練り込んだ健康的なパン!これは売れるね!」
どうやら本気でついて来るつもりらしい。アンリは諦めた。
「ねぇ!あなたなんて名前?私はルーナ!同い年位だよね?」
薬草売りの少女改めルーナに対してアンリも自己紹介をする事にする。
「私はアンリ……アンリ・レカルカです」
「凄い!苗字があるんだ!?…ん?………レカルカって、あの!?」
アルヒの町においてレカルカ夫妻の知名度は相当高いが、どうやらルーナの耳にも届いていたらしい。
「……はい。そうです」
アンリが少し苦しそうに答える。
「お嬢様だったんだ!レカルカ夫妻はこの町だと知らない人いないもんね」
ルーナは褒めるが、しかしアンリの頭には両親の最期がフラッシュバックした。下唇を噛み締めながらこう告げた。
「あの、あまり、その話はしないでもらえますか?」
「えっ…分かった」
その冷たい言葉にルーナは少し驚くがすぐに切り替えた。
「まぁいっか!よろしくねアンリ!!」
「付いてこないでください」
「まだ言う!連れないなー!」
アンリは諦めたのかルーナを引き連れて歩き始めた。
「でさ!酒臭いお父さんがヘロヘロになって帰ってきて、それを見たお母さんが怒って引っ叩いたら、何と口から石ころがいっぱい出てきて……」
「………」
基本的に無言を貫くアンリに対してルーナはマシンガンの様にずっと馬鹿話を語り続ける。絶妙に興味をそそられるのが何だか癪だ。
先ほどから歩いているがなかなか目的地には辿り着かない。
「遠いですね」
アンリがそう漏らすとルーナが食い付いてきた。
「私近道知ってるよ!」
「本当ですか?」
アンリは詳しく聞くことにする。
「そこの裏路地を抜ければすぐだよ。大回りしなくてすむからね」
そう言う事ならと、アンリはルーナについて行く事にした。しかしすぐさま後悔することになった。
「よぉ嬢ちゃん達、どこ行くんだ?悪い事は言わねぇ。金を置いていきな?」
運悪く輩達に絡まれた。隣のルーナもこの状況には慣れていないらしくアワアワしている。
「どうしようどうしよう!!」
ルーナの慌てる姿に気を良くしたのか畳み掛ける。
「ほら!早くしろよ!!こっちもガキを売り飛ばすほど落ちたくはねーんだよ」
弱者に対して強気に出るのか二人に詰め寄り急かす
「………やです」
「あぁん?」
「嫌です!!」
そうキッパリ断ったのはアンリだった。
輩達は明らかに不機嫌になる。しかしアンリは食い下がる。すると一番の大男がアンリに無言で圧をかける。
「………………。」
その圧迫感にアンリは腰が抜けそうになるが、弱々しく、しかしきっぱりと言い返した。
「……脅しには屈しません」
「…ふん!」 「きゃ!!」
バチンッ!!と頬に強く平手打ちされアンリが倒れ込んだ。
すると大男はかがみ込みアンリの目線の高さに合わせてこう言った。
「嬢ちゃん、勇ましいのは結構だが、力を伴わないならただの間抜けだぞ?こちとら金さえ出せば見逃すつってんだ、折れろよ?それとももっと酷い目に遭いたいのか?」
アンリの目が潤み微かに震える。するとルーナが二人の間に入った。
「わ、私のあげるから!!」
そう言っておそらくお小遣いを貯めたのであろう軽そうな財布を差し出す。だが
「当然もらう。で、お前は?」
ある意味当たり前の話だ、そもそもこいつらは二人から脅し取ろうとしていた。
「わ、私は……」
アンリが震えた手で財布を取り出そうとしたその時
「おい、何をしている」
澄んだ声が響いた。
「??」
全員が一斉に振り向いく、そこにはアンリ達よりも一回り年上、10代後半位の長い金髪の女騎士が立っていた。彼女は簡潔に告げる。
「失せろ」
「あぁん?なんでお前の指図を受けなきゃいけねーんだよ!?」
輩の一人が突っ掛かり威圧しようと近づく、すると
ゴン!! 「うわっ!!鼻が!」
女騎士は顔面を殴り飛ばした。輩の一人は鼻血を出して分かりやすく狼狽える。
他の者達がナイフを抜き取る。しかし女騎士は特に動じる素振りは無い、それどころかこう言い放つ。
「剣を抜いても構わない。別にお前達の命など惜しくないからな」
「…………ちっ、行くぞ」
その宣言に、アンリを叩いた大男は諦め、他の者達を引き連れて去って行った。
そして女騎士が二人に近づいて優しくこう言った。
「怖かっただろう?もう大丈夫だ」
「や、やったね!アンリ?」
するとルーナは緊張が解けたのかポロポロと涙を流し始めた。
「最近軍は忙しいからな、あの手の輩も増えている。気をつける様に」
そう忠告する女騎士にアンリは名を聞く。
「あなたは?」
「私はグレース・ミンタニヤ。見習い冒険者さ」
そう言ってグレースは鉄等級の冒険者プレートを見せた。
「ミンタニヤって、あの貴族家の方ですか?」
アンリがそう聞き返すと、グレースは謙遜しながらこう言った。
「ただの山間の小領主さ、その中でも私は戦争に関わらせない為に冒険者をさせられている。大した人間じゃない」
貴族が子供を冒険者にさせる事で中立を維持させ一族が全滅するリスクを回避するというのはこの世界においてよくある話だ、そしてグレースもその一人だった。
そしてグレースは親切にもこう申し出る。
「君達はどこに向かっているんだ?一応護衛しておこう」
「いいの!?パン屋に向かってるんだ!」
ルーナがその提案に飛びつく、まさに地獄に仏の様に感じたのだろう。
「町はずれのパン屋なら、こっちだ」
グレースの案内に従いルーナの案内とは逆方向に歩き始める三人、するとアンリは突然感謝の言葉をルーナに告げた。
「ありがとうございます。」
「?、何のこと?」
ルーナがその言葉に首を傾げた
「あの時、私を庇ってくれたので…」
「あ〜あれか〜、私なんであんな事したんだろうね?まぁでも感謝してるなら一つお願いを聞いてよ?」
ほんのり厚かましいルーナ、アンリは渋々了承するとルーナは元気にこう言った。
「ルーナって呼んで!アンリ!!やっぱり親しくなりたい人には名前を呼ばないと!」
アンリはその笑顔に少しばかり焦がされながら微笑んだ
「分かりしたよ、ルーナ」
そしてグレースにアンリは問う。
「どうしたら、強くなれますか?」
「強くなりたいのか?」
グレースは訝しげな表情をするが、アンリは部分的に否定した。
「望んでいる訳ではありません。でも、必要だと感じました」
アンリの真剣な眼差しにグレースは少し考え答えを出した。
「やはり実戦経験だな、その為には、まず教えを受ける事だ」
◇◇
その日の夜、アンリはある人物の家の戸を叩いていた。奥さんと子供の声が中から聞こえ、足音が近づきドアが開かれる。
「はいよ〜、どちら様って!アンリの嬢ちゃんじゃねーか!?どうしたんだこんな時間に!?」
ゲロンが突然のアンリの訪問に仰天する。するとアンリは要件を告げた。
「ゲロンさん。私を弟子にしてください」
アンリの過去は重くて、書いていて居た堪れない気持ちになりました。ですがルーナがシリアスをある程度壊してくれるのでありがたいですね。ほどほどにアホでいい子です。




