8話 病魔は人と共に
時間は経ち、かれこれ一週間以上がすぎた。
それだけ経つと生活のスケジュールも分かってくる。
1日の生活スケジュールをざっと紹介すると、朝は明け方に起きて、家の周囲の山中で走り込み、朝食を食べると、ギルドに行き、依頼を受ける。
午前中はアンリの怪我や病気の治療を手伝い、昼食の後、午後は討伐や採取の依頼、それがなかったり、時間が余れば、筋トレや基礎的な戦闘訓練をする。
夕食後の時間には魔法を教えて貰う。アンリにはこんな事を言われた。
「私が得意なのは治療系魔法ですが、今のあなたには、まだ覚えられないものが多いです」
「なので、今はこの[回復魔法:下級]と、[解毒魔法:下級]そして、[解毒魔法:特級]を覚えましょう」
前二つは分かるが最後のはなんだ?特級とは最上位ではないのか?聞いてみる事にする。
「解毒魔法:特級、略して[解毒:特]は少し特殊でして、他の解毒魔法は下級、中級、上級と効力が上がります。」
六樹は無言で頷く、これは分かる。
「これらの解毒魔法のこの際の効果は、体内で何が悪影響を及ぼしているのか分からないですけど、とりあえず毒素や雑菌などを消滅させればオッケー、みたいな大雑把な仕組みなんです。」
「それでいいのか……いや、使えてるから問題ないのか」
六樹は少し異世界の医療事情に少しだけ呆れる。科学信仰の現代人に対して、魔法は概念的に解決出来るため、詳しい事が分からなくてもなんとかなるのだろう。なんとかなってしまうと言った方が正しいかもしれない。
そして、アンリは説明を続けた。
「対して、 [解毒魔法:特級]少し違います。この魔法は他とは違い、消滅させるものを絞り込む事によって[解毒:上]よりもより高い効果を生み出すんです。」
「特定の何かを狙い撃ちするって事?」
「そういう事です。治したい相手に直接触れて呪文を唱えると発動できます。」
「俺でも使えて、そんな便利なのに何か制約が?」
「はい、この魔法はその消滅対象への知識と理解の深さが効力に直結します。つまり、条件次第で効力が天と地ほど上下します。その為、ある程度の教養が無いとまるで役に立ちません。ですので普通は特定の病に対する専門医が使っている魔法です。」
確かに効果が乱高下するのなら特級としてイレギュラー扱いされるのにも納得がいく。
「そしてあなたはこの世界だと、英才教育を受けてきた人材という訳です。」
「つまり、俺の知識があれば使える場面があるって事?」
「はい、万能とはいきませんが日本人のあなたなら役にたつ可能性がありますね」
つまり、アンリは六樹が知っている元いた世界の病気などの知識をこの魔法で生かせと言っている。確かに今から地道に上級魔法を習得するより合理的だ。
そういうわけで、魔法の基礎訓練からいくつかの魔法を教わっていく事になった。
◇◇
「魔法と能力って何が違うんだ?」
また別の日にこんな質問をしてみた。するとアンリは少し考えてからこう答えた。
「定義としては、発動するのに魔力を消費し、また、詠唱や魔法陣が必要なのが魔法で、それらが必要ないものが能力ですかね」
「そうなんだ、じゃあスキルの方が便利そうだな」
六樹はそんなことを言う。
「理論上ではそうなりますが、実際には魔法は出来る事の幅が広く、スキルを習得するよりも魔法を習得する方が遥かに楽なので、どちらも必要とされてますよ」
そう簡単なものでも無いらしい。まぁ覚えていけば、いずれ使い勝手が分かるだろう。そんなことを考えながら勉強を続けた。
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そして今日もまた、冒険者ギルドで依頼を受けるべくアルヒの町まで歩いている。
「まったく、なんで解毒魔法の練習をしていて気を失うなんて事になるんです?意味が分かりません」
「へへへ、ちょっと好奇心が抑えきれなくて」
「まったく、気をつけてくださいよ」
などとアンリに怒られながら歩いていると町に着いた。
だが、町はいつもと様子が違っていた。
「なんだか、やけに兵士が多いな」
「そうですね、どこか物々しい雰囲気を感じます。」
経験したことは無いが、戦時中のようなピリピリとした空気感を感じ取った。
ギルドに到着し今日の依頼を確認し終えると、その事について受付嬢に質問した。
「はい…、実はこのアルヒの町の近くに魔王軍の侵攻が行われると予想されてまして、郊外で国軍がそれに備えているんです。」
「一大事じゃないですか!」
六樹はそう反応した。横にいるアンリも深刻そうな顔をしている。受付嬢はさらにこう続けた。
「はい、ギルドは中立とはいえ、戦時は何が起こるか分かりません。くれぐれも気をつけてくださいね」
そう忠告してくれたが、今明らかに流せない情報が耳に入ってきた。
「えっ?ギルドって中立なんですか?!」
六樹の突然の質問に、受付嬢は少しキョトンとした様子で話し始める。
「えっ?知らなかったんですか?冒険者ギルドはあらゆる国に存在する多国籍企業であり、国家とは別組織です。」
「そのため、ガドル王国軍と魔王軍との戦いには無干渉です。」
そう受付嬢はそう言い切った。
すると横からコホンッと咳払いが聞こえる。
聞こえた方向を見ると、そこにはいつの間にか長身で黒い礼服を完璧に着こなした片眼鏡の銀髪のジェントルマンといった風貌の男性がいた。
驚いたのは受付嬢だ
「支部長!?いらしたのですね…」
どうやらこのギルドの支部長らしい。
すると支部長は受付嬢にこう言うのだった。
「魔王軍などと言ってはいけませんよ。彼らはモルガル共和国に仕える正式な兵士達です。国家同士の主張に善悪はありません。見方によっていかようにも変化するからです。今後はお気をつけてくださいね」
そう穏やかな口ぶりでかつ、間違いをしっかりと諭すのだった。
威厳に満ち溢れた支部長に六樹は質問する
「ギルドは戦時は何もしないんですか?」
「それは違いますよ、ムツキ・リョウ君、私たちの至上命題は民間人の保護です。戦時には、冒険者ギルドは避難所や野戦病院としての機能を有します。」
「もちろん冒険者が祖国を思って個人で参戦する分には問題ありません。愛国心は素晴らしいものですから」
そう優しく教えてられた。少し驚いたのは初対面の筈の六樹を知っていた事だ。
いや、登録してので知っている事は不思議では無いが、しっかりと把握されている事にこの支部長の底知れなさを感じた。
「では、私は失礼します。」
話が終わると支部長は立ち去り何処かへ出かけていった。
六樹たちもいつものように治療の依頼をまわる。2、3件まわったが、その間ずっとアンリの元気がなかった。
「どうしたんだ?魔王軍の事か?」
「それも、あります……けど、この依頼です」
アンリが取り出したのは依頼の紙だ、そこには次に行く依頼の場所が書いてあった。
「あれ?ここ数日前にも行った場所じゃなかったか?」
「私はあの時に出来ることはしたはずです。ですが、何故か病気がぶり返してしまって…」
「とりあえず行ってみよう」
症状をみないと分からないので、目的地に向かう。
到着したそこは鍛冶屋だ、一階の誰もいない販売スペースを抜け2階にある住居スペースに向かった。
「お〜アンリちゃん、ごめんな何度も、風邪がぶり返しちまってよぉ」
そう言ったのは初老の男だった。彼はここの鍛治師であり、最近風邪で寝込んで閉店している。パッと見た限りでもかなり具合が悪そうだった。
「最近の流行り病ですかね?何か体調におかしなところはありますか?」
アンリが珍しく自信が無さそうに質問する
「う〜ん、かなりの高熱で頭がクラクラする。頭痛も酷いし食欲もねぇ、それに動いてもねぇのに筋肉も関節も痛てぇ」
「やっぱり、最近の流行りの病気と同じ症状ですね。これで何人目か、でも、私には前と同じような事しか出来ないんです。だましだまし回復を待つしか…」
アンリの無力感が見て取れる。雰囲気から察するとその病は少なくはない被害をもたらしているようだ。アンリもあまり打てる手がない様子だ
それに対して、六樹は考え込んでいた。
(んっ?さっきの症状聞いた事がある。というか俺自身が体験した事がある。もしかしてこの風邪……だが待て、まずは確認が必要だ)
「アンリ、その流行り病とやらはいつ現れたのか知ってるか?」
「えっ?っと、確かこの町に来たのは最近ですけど、話が出始めたのは2年前ですかね?確か王都辺りで」
(二年前か……本格的に黒かもな、とりあえず試してみる価値はありそうだ)
「アンリ、俺がやってみる」
「えっ?何か考えが?」
「もしかしたら上手くいくかもしれない」
六樹はそう言うと鍛冶師の肩に触れ、覚えた魔法を使う
「[解毒:特]」
魔法光による淡い光が鍛治師を包んだ。
すると、気のせいかもしれないが鍛治師の顔色が少し良くなった。そして、少し時間が経つと症状が現れた。
「あれ?なんだかスッとよくなった気がする」
予想は正解だった。この世界で猛威を奮っている病気の正体はインフルエンザだ。恐らく2年前に、クラス転移した際に、クラスの誰かが感染していたのだろう。そして、この世界の人々には免疫も予防接種も無いため、暴れ回っていたという訳だ。
世界を跨ぐというのは、どうも色々な側面で反動が大きいらしい。
「ありがとなぁ!二人とも」
と鍛治師のおっさんに感謝を述べられる。
「代金はそこの棚から取ってくれ!」
と近くの棚を指さす。アンリは棚を物色するが、
「えっと、ほとんど入ってませんよ?」
そう言うと、少しの硬貨を鍛治師に見せた。
「こりゃすまねぇ、ちと待って貰うか…そうだ!代わりに店の商品を何か持ってってくれ!」
そう言って販売スペースに案内するのだった。診察代よりもここの商品の方がよほど価値が高いらしく、アンリもその提案に乗る事にした。
「二人には助かったからなぁ、気に入ったやつを持っていきな!」
そう、販売スペースまで、付いてきた鍛治師が気前よく言うのだった。どうやら本当に回復したらしい。
販売スペースには様々な種類の武器が所狭しと並んでいた。
六樹は数ある武器の中から剣を探す。中学の三年間は剣道をしていたので、達人などではないものの、最も馴染みがあるからだ。
「片刃の両手剣ってある?」
鍛治師に質問する。やはり日本人たるもの日本刀に近い武器を使いたい。
「あー、今はねぇな、だがアレなんかいいんじゃねーか?」
そう指をさした先には一本の剣があった。100cmほどのその剣の見た目は、少し変わっていた。
両刃剣なのに片刃剣のようなのだ、片方の刃の幅が広く逆に反対は狭い。
例えるならブロードソードとファルカータを足して二で割ったような剣だった。手にとってよく見てみる。
(左右非対称の両刃剣か…変わった形だな、でも……カッコいい)
六樹は直感的にそう感じた。
「どうやら、気に入ってもらえたようだな。その剣の名前はアングリッチ、大事にしてくれよ?」
こうして六樹は変則両刃剣、もといアングリッチを手に入れた。
「おじさん!二ついいですか?メリケンサックと鎖帷子が欲しいのですが?」
と、アンリの声が聞こえる。
「おぉ、構わんぞ!坊主も小物位ならもう一つ持ってっていいぞ!」
気前の良いそのお言葉に甘えて小物類を物色し始めた。
その時だった
ウウウウウウウウウウウゥゥゥゥーーーーーー!!!
と町中にけたたましい爆音が鳴り響いた。
何となく分かる。これはサイレンだ。そしてどこかにスピーカーがあるのか、町中に放送が流れた。
「現在、郊外にてガドル王国軍を打ち破った魔王軍が、このアルヒの町に進行中。民間人は直ちにに冒険者ギルドに避難してください。また、冒険者各位は一度ギルドに集合してください。繰り返します……」
六樹は放送を聞きながらアングリッチを強く握りしめる。とんでもない事になったようだ。
手に入れた剣アングリッチですが、平等を意味する言葉を無理やり日本語で読んだものです。六樹にはお似合いの名前だと思っています。次回はいよいよ魔王軍が登場します。