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68話  勇者ミネヤマ

ヴェルフ翁の過去回想、後半です。

勇者召喚から半年ほど後、恐れていた事態が起きた。


「申し上げます!つい先程、先陣を務めていたヒラサワ殿が魔王軍幹部、白虎のチグレに討ち取られました!」


遂に勇者の中に死者が現れた。勇者達の間に動揺が走る。そして、離反者が現れた。


「隊長!前線から報告です!クラメ殿が敵前逃亡したとの事!」


「……遂に出たか」


ヴェルフは苦々しい表情でそう言った。部下の一人がヴェルフに苛烈に進言する。


「追いましょう!このままでは示しがつきません!」


「……いや、追うな」


興奮する部下をヴェルフは止めた。


本来軍において敵前逃亡は極刑にされてもおかしくない重罪であるが、事はそう単純ではなかった。


勇者達に頼り切っている現状、勇者達を強く縛り付け反乱でも起こされた場合、ガドル王国は確実に敗北するからだ、言わば八方塞がりだ。

 

その為この場においては見逃すしかなかった。

これから続々と離反者が現れる事だろうとヴェルフはそう考えていた。


だが、意外にも離反者はすぐに止まった。止めた人物がいたからだ。


「峰山殿、この度は本当に感謝いたします。」


「いえ、俺は自分が正しいと思った事をしただけです。もし俺たちが逃げたらこの先にいる人達がどうなるかわかりませんから」


ヴェルフは峰山に感謝を述べた。クラスメイト達を説得し離反者を防ぐのに峰山と神宮寺が尽力したからだ。

それでも何人かは出たが、しかし彼らがいなければ勇者達は空中分解していた事だろう。


その真っ直ぐな眼差しを見せられたヴェルフは彼の立場では絶対に言ってはいけない事を口にしてしまう。


「…あなたが逃げても誰も責めないのになぜ…」


ハッと自分の呟きに我に帰るヴェルフ、だが峰山は笑って答えた。


「そうですね!確かに今俺が逃げてもヴェルフさんは許してくれると思うんですけど……」


そこで少し言葉が止まり、そして峰山は答えた。


「やっぱり!俺を誰かが求めてくれて信頼してくれてる!それに応えるのが、成り行きだったとしても勇者になった者の責任だと思うんです!」


峰山はそう言うと、静かにそして優しく微笑んだ。

ヴェルフはその顔をよく覚えている。


その後も勇者の中に死者が現れたがなんとか体裁を保ち続けた。




そんなある日、いや一年前のあの日、事件が起きた。



日が傾き始めた午後の頃、軍の駐屯地にいたヴェルフはある事に気づいた。


昼過ぎから峰山と孫のクイルも所属する勇者と追従する部隊がいなくなっていた。

出撃したとなれば一報を受けるはずなのだがそれもなく、不審に思ったヴェルフが聞いて回った所、一人の兵士からこんな答えが返ってきた。


「ここだけの話、ミネヤマ様は極秘の任務に向かったそうですよ?」


「どういう事だ?」


兵士は他言無用と言われていたらしいが、ヴェルフには話してもよいと考えたのか、人目を憚りながら説明し始めた。


「実は先週奪われたネストの町をミネヤマ様は奇襲をかけて取り戻そうとしているそうです。そしてその情報がバレない様に秘密裏に行動しているとの事で」


「ネスト、のう……」


ヴェルフはどことなく違和感を覚えた。ネストの町は確かに先週魔王軍に占領されたが、戦略的にはそこまで重要な場所ではないのだ。

特に街道があるわけでも河川があるわけでもないため、避難した地元の住民には申し訳ないものの、優先度は低い。確かに取れそうな時に奇襲で取り返すというのであれば筋が通っている様にも感じるが、ならヴェルフ率いる魔法大隊を使い援護を行わないのか、そもそも隊列を組んで強襲を行わないのかという疑問が残る。


だが現状、上層部の意向が分からない為、ヴェルフはその違和感を内に飲み込むしかなかった。


しかし、それからしばらくして軍において緊急事の連絡に使われる魔道具が、強い紫の光を放った。


「隊長!ミネヤマ様の部隊から救援要請です!!」


「総員!出撃準備を行え!!」


『はっ!!』


急報を受けたヴェルフは急いで上官の所へ向かった。


平民の出であるヴェルフは大きな権限が与えられていない為、貴族や騎士達で構成された軍の上官に出撃許可をもらう為だ。一刻も争う次第だが軍が軍として機能するには必要な事だ、ヴェルフはほとんど形式上の許可を求めた。


たが、その答えは想定していないものだった。


「!!…今なんと?」


「ヴェルフ隊長、出撃は許可しないと言ったんだ」


ヴェルフは自分より二回りも若い上官を睨みつけ叫んだ。


「血迷ったか!貴様!?」


「平民が!不敬であるぞ!!これだから上官に逆らうとは何事か!!」


上官はヴェルフをそう叱責した。ヴェルフは一度平静を装い、問う


「では何故許可しないと!?説明を要求する!!」


ヴェルフの問いを貴族の一人である上官は説明した。


「上からの意向だ、今ここから兵を動かさず有事に備えろとの通達があった。そしてこれらを厳守せよと」


「上とは……誰だ?」


ヴェルフはそう質問した。


()()()()


どうやらまともに話すつもりはないらしい。


「たった今!峰山殿が救援を求めている!!この国を守る為に戦っている勇者がだ!ここで見殺しにすれば確実にこの戦争は敗北する!!」


「何度言ったらわかるんだ!許可しないと言っただろ!!」


いつも分からずやの男であったがその時は特に異常だった。上官の様子に強い違和感を覚えたヴェルフは考える。


(なにか…何かがおかしい、何者かの思惑を感じる。だが今目の前のコイツとどれだけ話しても無駄だな)


ヴェルフは対話による試みを諦めた。


「では、儂は兵を連れて周囲の警戒と偵察を行います。あまりにも警戒をしすぎてネストの近くまで行くかもしれませんがよろしいですな?」


その言葉を聞いて上官は青筋を浮かべた。そしてヴェルフに怒鳴り立てた。


「何を聞いていた!!出撃するなと言っただろう!!我が一族の権力を使えば貴様を処罰する事など容易いのだぞ!黙って従え!!さもなくBaァ!!?


バギィッーー!!! 


その瞬間、ヴェルフがまるでバットでフルスイングする様に杖で上官の顔面を殴りつけた。


杖の勢いに上官は壁まで吹っ飛んだ。


「やかましいわーー!!この三下がァーー!!!」


突然の純粋な暴力に上官はタジタジになりながら叫んだ。


「ぐふっ…き、貴様!分かっているのか!?これは明確な軍律違反だぞ!!」


「言い訳なら断頭台で聞かせてやるわい……オラァ!!」


ボガン!  「ぐふっ!…」


ヴェルフはダメ押しで上官を殴って気絶させ駐屯地に響き渡る大声で叫んだ。


「これより勇者峰山の救援に向かう!!!総員儂に続け!!出撃じゃーー!!!」


『ウオオオォォーーーー!!!』


◇◇


一方で、ネストの町ではクイン達兵士が峰山を説得していた。


「ダイキさん!残るなんてダメです!!一緒に撤退しましょう!!」


奇襲によるネストの奪還を命じられた峰山の部隊だったが、それは完全に罠だった。


町の建物に蜘蛛の巣が張り巡らされており、退路を絶たれた。そしてそこにラネア率いる蟲人部隊の総攻撃が行われ激しい戦闘となった。


「…いや残る、俺は殿を務める…あなた達は撤退してください」


なんとか退路を確保した後、峰山はそう言ってクイルの提案を断った。クイルは尚も食い下がる。


「ダメです!!あなたは生きて帰るべき人だ!!」


「……いいから行けよ!!!……頼むから行ってくれよ…」


峰山は叫んだあと、へたり込みそして小さな声でそう呟いた。そして、改めてクイン達兵士に命令した。


「撤退して下さい。ここは俺が食い止めます。」


「ですが…」


「異議は認めません」


峰山の覚悟の様なものを感じとり、クインは最後に言葉をかけた。


「………どうかご武運を勇者様」


町の壁に開けた穴から兵士達が脱出していく。そして各々が峰山に最後の声をかけた。全員が薄々気づいていたからだ、もう会えないという事を


最後の一人が脱出すると、峰山は呟いた。


「覚悟してたつもりだけど、やっぱ怖いなぁ〜、でも向こうに行けば母さんと、あと亮ちゃんもいるのかな……かはっ!ごほっ」


峰山が咳き込むと赤黒い血が吹き出した。峰山は先の戦闘でラネアに致死量の毒を打ち込まれていた。


「ヒュー…ヒュー…」


峰山はあり得ない呼吸音を鳴らす。肺がまともに機能しているのか怪しい位だ。


すると、そんな勇者の醜態を見て勝ちを確信した様な声が聞こえてきた。


「流石にあれだけの種類の猛毒は効きましょう?ミネヤマはん?」


「ラネア…」


「でも一人で殿を務めるとは、ええ男でありんす。今から死なすのが、ほんに惜しいわ」


そこにいたのは部下を引き連れた蜘蛛人(アラクネ)だった。下半身はアシタカグモの様な雲でありその上に女性の上半身が乗っている。魔王軍幹部、女郎蜘蛛のラネア、まさにその人だった。


ドゴンッ!!ゴゴゴゴゴゴゴ……ガシャーーン!


峰山は近くの壁を殴って崩壊させ、先ほど兵達が使っていた脱出路を崩して退路を断つ。


「なんのつもりありんすか?逃げ道を自分で塞いで?」


「勘違いするなよ魔王軍、俺が今塞いだのはお前らの逃げ道だ」


峰山はフラフラと震える脚を叩き奮い立つ。ラネアが形の良い眉を顰めて問う。


「この状況でまだ戦うんでありんす?」


「…はぁ…はぁ…それが!勇者だから!」


ラネアは峰山に素朴な疑問をぶつけた。


「なんでそこまで?ミネヤマはん、そこまでする理由ないやろ?」


峰山は震える声で答えた。


「お前達が別に悪じゃない事なんて分かってる!!でもお前達は正義でも善でもない!!」


「なら、あんたの正義はなにでありんす?」


「俺の正義は人の信頼に応える事!!人を助ける事!平穏を守る事!それが勇者だ!!」


峰山は胸を張ってそう言いきった。そしてラネアに拳を構えた。


「来いよ魔王軍!!逃げられると思うなよ?」


「ほんまに惜しいわ…」


その啖呵と同時に最後の戦いが始まった。


◇◇


ヴェルフ率いる救援部隊がネストの町の郊外に到着した。途中、魔王軍の別動隊もいたがヴェルフ達の敵ではなかった。


「クイン!!」 「じいちゃん!?」


敗残兵を回収する際にクインを見つけた。ヴェルフは孫の無事を確かめホッと胸を撫で下ろす。しかしすぐに気づいた。


「峰山殿は?」


その問いにクインは俯きながら答えた。


「あの人は……一人殿を務め!…町に、残りました!」


ヴェルフの顔が青ざめる。そして部下達に指示を出した。


「第一、第二中隊は儂に続け!!即刻峰山殿の救援に…


ドオオオーーン!!!…ゴオオオオオーーーー!


ヴェルフが言い終わる前に衝撃波が巻き起こった。

ネストの町がまるでミサイルを落としたかの様に吹き飛んだのだ。


「…ダイキさん」


クインがそう呟いた。その言葉にヴェルフも理解した、今の衝撃波は峰山が死に際に最後の一撃を放ったのだと。


後にネストの戦いと呼ばれる一連の戦闘は、戦略・戦術で優位を取った筈の魔王軍が勇者の個人の武勇によって痛み分けまで持ち込まれたという衝撃の結末を迎える事となった。


この事実により、魔王軍は攻勢を緩め持久戦の構えを見せる。


対して勇者達の精神的支柱が潰えた事により勇者の大量離反を招く事となった。


両軍にとって被害は大きく全体の戦役において、大きなターニングポイントとなった。


そして、ヴェルフは内心誓う。


この無念、必ずや晴らすべしと


峰山君は掛け値なしのいい奴っていうイメージで書いてます。ですが善人から先に死んでいくのが悲しい所です。ちなみに峰山君が勇者に積極的だった理由は病気で亡くなった母親に将来多くの人を助けると約束したからです。可哀想に…


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