4話 彼岸花には毒がある
開始4話目にして初めて異能を使ったまともな戦闘シーンが出てきます。これって遅いのかな?
「なっちゃん、かくれんぼしよう?」
「いいよー、リョウくん」
「なっちゃん………どこ?……」
「おとーさん!!なっちゃんがみつかんない!」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「!!…………………はぁ……」
翌日の朝、六樹は目を覚ました。昨夜は疲れていたのに眠りは浅かった、そのせいか嫌な夢を観た。
寝る前に竈門にくべた生木がまだゆっくりと燃えている。ステンレスの水筒に川の水をくみ、直火で沸かして白湯を飲む。
「……問題は川を下るか上るかだな」
六樹はポツリと呟いた。
いつまでも遭難生活を続ける訳にはいかない、そのためには、民家か人か最低でも整備された道位は見つけておきたい。
そこで重要になるのは川を目印に上るか下るかだ。
一般的に山で遭難した場合、沢を降るな尾根を登れと言われる。
これは沢を降って人里を目指したとしても途中で滝などに行きつき通行不可能になったり、無理して進んで怪我をして動けなくなる可能性がある為だ。
それならば山の頂上を目指す事によって登山道を見つけるほうが良いという事らしい。
だが、それは山道が整備されている日本での話だ、この付近の山がどれだけ整備されているかは未知数、山頂を目指して体力を使いその結果得るものが何も無い可能性も決して少なく無い、高い所から遠くまで見渡せるかも知れないが、結局森に入れば方向感覚は狂う。
よって六樹が選んだ答えは
「危険を承知で川を下り人里を目指す」
そう口に出して方針を示すのだった。
荷物をアイテムボックスに収納し出発する。
川に沿ってひたすら下る。
道中で鑑定スキルの効果を検証する。目に映る物をとにかく鑑定しまくる。
鑑定結果[石、石、草、水、空、雲、木、石、土、石]
「クソッ、見たまんまの情報しか出てこないな、クソスキルか?」
いや、違う。と頭の中で否定する。
(教室のアナウンスが言うには俺たちは勇者としてこの世界に連れてこられたはずだ、わざわざ役に立たないスキルを渡すとも思えない。実際アイテムボックスや翻訳スキルの効果は絶大だった)
となると
「質問の仕方が悪いのか?」
先ほどから鑑定している石ころを見る。先ほどまでは、漠然とこれがなんなのかと?鑑定していた。
だからもう少し深く聞いてみる。これは何の種類の石なのかというふうに
鑑定結果[砂岩]
ビンゴだ!やはり漠然とした質問には漠然とした答えしか帰ってこない、質問の焦点を絞る事で鑑定の精度が上がるのだ更に試してみる。次は川の水に焦点ををあてる。
「[鑑定]この水の化学式は?」
鑑定結果[H2O]
やはりそうだ、質問を切り替えればかなりの情報が得られる可能性がある。
ついでにこの世界にも元いた世界の科学が通用しているようで少しホッとする。
そんなこんなで鑑定スキルを色々試しながら歩き続ける。体感で2〜3時間ほど歩いた、幸いにも大きな滝などには遭遇せず、なだらかな道なりが続いている。
しかし、そう全てが上手くいく訳ではなかった。
小川が合流し中規模の河川になってからしばらくした所にそれはいた。
「うっ…」
声を押し殺す。見たこともない異様な見た目だった。
第一印象はライオンである。身体のシルエットやそのサイズからそう見える。
だが、明らかにライオンよりも禍々しい。体色は全身真っ白であり、頭部には立て髪のように真っ赤な棘が無数に生えていた。それはまるでヒガンバナのようだった。
あの生物の名前を鑑定する。
鑑定結果は[棘獅子]
見たまんまだなと心の中で呟く。奴はいま川の水を飲んでいる。身体から冷や汗が噴き出る。
直感的に分かる。あれはヤバい、出会ってはいけない生き物だ。
まずはプランA、向こうに気づかれる前にそっとその場から立ち去ろうとする。だが、そう甘くはなかった。
「フンフンフン……グルル」
臭いでバレたこっちを向いた。明らかにこちらを認識し、こちらと目が合ってしまう。
ならばプランB、野生動物対する基本的な対処法だ
相手から目を離さずに刺激しないようゆっくりと立ち去る。
「ガルルル……グオ〜!」
どうもメンチ切っていると思われたらしい。
完全に怒らせた。明らかに戦闘体制に入っている。
もうヤケだプランC、威嚇だ
「!!!うおおおおおおおおおおおお!!!」
手足を最大限に伸ばし可能な限り体を大きく見せる。そして迫真の表情で声の限り叫ぶ。
(頼むから退いてくれ)
「グロロロロォォーーー!!」
だが棘獅子は交戦的な唸り声をあげる。どこか上機嫌のように感じる。
どうやら俺のことを威勢の良い見所のある敵として認識してくれたようだ、その強者の配慮に泣きそうになる。
もはや是非に及ばず、プランDを決行する。戦闘開始だ
睨み合う両者、一触即発の膠着状態となっている。
六樹と棘獅子の距離はおおよそ4〜5m
あの巨体であればあっという間に詰めてくるだろう。
しかし、距離を取ろうとしても向こうの速度も向こうが上であると考えるのが妥当、やるだけ無駄だ、となると必要なのは初撃を躱す事だ。
すると、棘獅子は突然身を屈めた。
(来る!!)
「ガロォォォッ」と棘獅子が飛び掛かった
六樹は想定した通りに横に避ける。
ギリギリだがなんとか間に合った。さながら闘牛士である。
ブシュッというまるで水の通ったホースに小さい穴が空いた様な音がなる。それは六樹の昨日までの傷口が開いた音だった。
身体に無理をさせ過ぎたのか全身から出血が始まる。
六樹は血まみれになるがそんな事には構わない。それよりも遥かな脅威が目の前にいるからだ。
互いに目線を合わせ、ふたたび睨み合いになる。
しかし、これでやっとこさ仕切り直しだ、別にさっきと何も状況が変わっていない。いやむしろ悪化している。
時間は味方してくれない、だから今度はこちらから仕掛ける。
ヒュッと棘獅子の目に小石を投げた。
小石はしっかりと命中するが、特にダメージにはならない。最初からそこに期待などしていない。
嫌がらせして挑発するのが目的だ、そしてその挑発はすぐさま効果を発揮する。
「グオオオオオオオォーー!」
と棘獅子が再び飛び掛かってきた。
(逃げるな!ここが正念場だ!この位置じゃないとダメだ!!)
そう自分に言い聞かせ、六樹は地面に触れて唱える。
「スキル!![アイテムボックス]!!!」
「グオオオオ!!」
「うおおおおーー!!」
六樹は飛びかかってきた棘獅子の股下を抜けた、またしても間一髪の所で避けられた。
次の瞬間ガシャンという大きな音が聞こえた。
六樹の目の前には正方形にくり抜かれた大きな穴が開いていた。大きさは一辺が5m程度である。
当然ながら偶然では無い、アイテムボックスで地面を可能な限り収納し即興で落とし穴を作ったのだ、その穴の下には棘獅子がいた。
「ガルルルルルルル……」
飛びかかった状態で落とし穴に落ち、頭を強く打ったようだ、しかし、まだ戦意は消えていないまだ安心する事は出来ない。
あっという間に体勢を立て直した棘獅子はすぐさま落とし穴から飛び出そうと位置を整える。
奴の跳躍力なら飛び出てもおかしくは無い、だが六樹はそれも織り込み済みだった
「残念、時間切れだ」
次の瞬間、ザバァ!!と水が穴に流れ込んだ。
落とし穴は川のすぐ隣に作っていた為だ、土砂を含んだ濁流に呑まれ棘獅子が再び体勢を崩す。六樹はその瞬間を見逃さなかった。
「スキル[アイテムボックス]!」
そう叫ぶと先程削り取った地面が棘獅子の真上に出現した。
至極当然の質量攻撃が棘獅子に迫る。一体どれだけの重さがあるのかは分からないが、これだけは言える。
「詰みだ」
血まみれの六樹はそう冷酷に告げるのだった。
グジャ!という肉と骨が潰れた嫌な音が響く。
どうやら棘獅子はちゃんと死んでくれたらしい。だがしかし、六樹は困惑の表情をしていた。
「あっ、え?」
彼は自分の右手を見ている。その手には棘獅子の特徴的な赤い棘が刺さっていた。
棘獅子は死を覚悟した最期の瞬間、置き土産として自身の棘を六樹の頭を目掛けて射出してきたのだ、咄嗟に右手で防いだが貫通している。
そして、悪い事は続く。
「あれ?…やばい、痺れてきた、身体が動かkkk…
どうやら棘には麻痺毒が、仕込まれていたらしい。
(身体が思うように動かない、立つのも難しくなってきた、これはマズい!)
別に棘獅子が一体と決まった訳じゃない、ほかにも危険な生き物がいる可能性だってある。いやいないと考える方が不自然だ
傷も塞がなければ危険だ、そうじゃなくても夜になれば低体温症で最悪死ぬ、絶対絶命だ
最後の力を振り絞って棘を抜き、右手を川の水につける。
毒が水溶性の時に使う対処法だ、効くかどうかなど分からない、やるだけやっておく。
なんだかすごく眠たくなってきた、毒の効果なのか、もしくは単純に出血が酷いからなのか、六樹にはもう判断出来ない。
薄れゆく意識の中で綺麗な声が聞こえた。
「大丈夫ですか!?」
「あっ棘獅子にやられてる!」
「ていうか全身ボロボロじゃないですか!?」
どうも六樹を心配してくれているようだ、次の瞬間意識が完全に途絶えた。
生物紹介
棘獅子
体長 約3m
体重 約250kg
食性 肉食
外見 ライオンに似ているが、一回り大きいく体毛が真っ白、立て髪がヒガンバナのような見た目の赤い棘になっている。
備考 かなり凶暴だが強者としてのプライドも待ち合わせている。普段は獲物を麻痺毒のついた棘を射出し動けなくした後仕留めるが、敵として認めた相手には肉弾戦を仕掛けようとする武士道精神の持ち主、その為、実は六樹が渾身の威嚇を行わないと敵として認めて貰えず、ひたすら棘を射出されて狩られていた可能性が高い。薄氷の上の勝利だった。