26話 一番マシな手
六樹は支部長に事の経緯を簡潔に説明された。
そんな時、槍使いの青年、キョウがギルドに帰って来た。
「今帰りましたよ支部長、流石に竜は無理ですよ。ガチガチに対策してやっとって感じですね、要望通り森の方に誘導しておいたから、すぐに町に来ることはないと思いますけど…」
「感謝します。やはりそうですか……キョウ、あなたは休んでおいてください」
「了解!奥の部屋で仮眠してます。そこのルーキーも休める時に休んどけよ!これから大仕事になりそうだ」
報告を終えるとキョウは奥の部屋に入っていった。
気を取り直して、六樹は支部長に最も重要な質問をする。
「アンリは助かりますか?」
「分かりません。彼女にかけられている呪いに対する対策は三つ考えられます。」
「教えてください」
「まず一つ目は呪いの大元を断つこと、つまりスケルトンドラゴンの討伐です。しかしこれは今すぐには不可能です。いまあなたも聞いていたように金等級の冒険者でも討伐出来ませんでした。」
「次に二つ目は呪いの射程から外れる事です。これは可能ではあるのですが正直に言ってリスクが高い」
「何故ですか?」
「どこまで離れれば呪いの効果が失われるか定かではないからです。しかもこれほど強い呪いならそもそも距離を取ることが無意味である可能性もある。他にもこのギルド以上に医療設備が整った場所はそれほど多くないという問題もあります。」
「三つ目は呪いを解ける人材を連れてくる方法なのですが…今現在も探し回っているのですがこの時間まで朗報が無いという事はあまり期待出来ないのが現状です。」
「………彼女はあとどのくらい持ちますか?」
「現状が続くなら、プレテ様の体力が尽きた時が、アンリさんの最期である可能性が高いです。持って一晩といったところでしょうか……」
支部長のその言葉を聞き、六樹は頭をフル回転させて考える。
どうすれば助けられる?どうすればいい?考えろ!
呪いの効果は傷口を広げ続けるというもの、さらに痛みによって錯乱させる効果もある。
呪いか、魔法の一種のはずだ、魔法……魔力……!!
六樹(エスタ!呪いを切除する事はは可能か!?)
エスタ(あぁ、呪いも魔力を使った現象だ、視認することも切り取る事も出来る。うまく切り取れば可能だぜ)
エスタが六樹の考えを肯定する。しかし更にこう続ける。
エスタ(だがな相棒、体を動かすのはお前がやれ)
六樹(!?…どういう事だ?)
エスタ(俺の技術はあくまで剣術だ、お前が脳内で想像しているような治療はやった事がねぇ、それにお前が肉を綺麗に捌くのを見る限り、細かい作業は相棒の方が適任だ、お前がやった方が助かる可能性が格段に高い、もちろん補助はする。手ブレは一切起こさないし凡ミスも俺がさせない。)
六樹(………その方が、助かる可能性が高いんだな?)
エスタ(そうだ、だから腹を括れ六樹亮!助けるんだ!お前が!!)
そして、六樹は深呼吸をして支部長にこんな提案をした。
「俺がアンリの体の呪いを受けた箇所だけを切除します。」
支部長は驚いた顔でこう言った。
「リョウ君、本気ですか?確かに理論上は可能です。しかしながら、少しのミスが致命傷になりかねませんよ?」
「今待っていたとして、助かる可能性がどの位ありますか?」
その六樹の問いに支部長は黙った
「………賭けるしかないですか、何か考えがあるのですね?」
「……はい、俺は呪いが見えます。切除する事も可能です。」
「分かりました。責任は私が待ちます。可能な限りサポートしましょう」
六樹と支部長は再び医務室に入り、プレテに方針を説明した。
「………なるほど、今打てる手の中では相対的に一番マシな手ですね。ムツキさん、あなたの中の力を発揮出来れば可能ではあるでしょう。私も彼女を死なせるわけにはいきません。お願いします。」
プレテは六樹の案に賛成した。というのも、六樹に宿る精霊は魔力の扱い、ひいては魔力を断ち切る事には長けている。それに期待しての事だろう。
「私は治癒魔法をかけ続けます。呪いに対する抵抗力が下がるのであまりしたくはなかったのですが、刃物を使うのならレカルカさんの意識を飛ばす必要があります。」
「それは私が担当しましょう」
そう名乗りをあげたのは支部長だ、何か手立てがあるらしい。
「ムツキさん、気休めですがレカルカさんを安心させるために何か語りかけてください。」
「分かりました。」
プレテの言葉を受け、痛みに悶えるアンリの手を取り六樹は話しかける。
「アンリ、聞こえるか?すぐに助けてやる!今から呪いを切り離す」
「があっ!あああ!……?…りょ、リョウ?っ!があっ!!」
話しかけた成果か、一瞬の間だけ意識が戻った。六樹は続ける。
「必ず成功させるから!ちょっとの間だけ眠っててくれないか?」
「っ!……はい、あなたなら、きっと大丈夫です。お願いします、っ!…」
「じゃあ少し寝ててくれ、今日は棘獅子でシチューを作ったから後で食べよう」
「は、はい!楽しみです!……」
「支部長、お願いします」「分かりました」
次の瞬間、支部長はアンリに何本かの針を刺した。アンリは眠るように意識を手放す。おそらく気功か何かを刺激したのだろう。こんな凄技を持っている事に驚くが、支部長は明らかに只者では無さそうな覇気を纏っているので意外ではなかった。
何がともあれアンリは意識を手放した。ここからは六樹の仕事だ
「始めます」
消毒済みの小さなナイフを握り締め、六樹の仕事が始まった。
少し前まで高校生をしていた六樹には当然オペの経験は無い、だが、幸いな事にここは異世界だ、消毒や回復などは魔法に丸投げ出来る。おまけにエスタという手ブレや凡ミスなどの人災を防ぐ補助機能もついている。
「これが呪いか……」
エスタの持つ精霊としての視界を共有してもらい、呪いを可視化する。それはまるで黒い炎が傷口を絶え間なく燃やしている様だった。
六樹はナイフを使って呪いの黒い炎が燃えている場所だけを切り取っていく。内心では動揺を隠さないが、エスタの補助の恩恵で六樹の手は驚くほどにブレずに脳の指示通りに滑らかに動く。切り取った肉片は呪いを受けて焼き尽くされ、塵のように消えていく。
呪いを確認し、ナイフを入れ、切り取る。これを繰り返す。一体どれほどの時間が経ったのだろう。六樹は集中のあまり時間感覚が狂っている。1時間のようにも感じるし6時間経ったと言われても違和感がない、案外10分位しか経っていない可能すらあった。ひたすら繰り返す。アンリを助けるために慎重かつ丁寧にただひたすらに……………
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「終わりました!」
静かな医務室に六樹の合図が響き渡る。
「分かりました!治癒大!」
すぐさま動いたのはプレテだ、ずっと詠唱し続けていたとっておきの治癒魔法をアンリに放つ。その効果は絶大でアンリの胸の傷はみるみると塞がった。
「はああああー!!、…はぁ〜」
傷が治ると同時にアンリが飛び起きた、そしてすぐにまたベットに倒れ込んだ。その場の全員が無言になる。しかしすぐにプレテが歓喜の声を上げた。
「…………成功です!彼女はもう心配ありません!!」
プレテがそう宣言したと同時に六樹は糸が切れたようにずれ落ちた。終わった、何事も無く終わってくれた。アンリが無事で本当に良かった。
「ムツキさん本当に感謝します。この恩は一生忘れません。」
プレテがそんなことを言った。
「あなたが一番の立役者ですよプレテさん、俺は手伝っただけです」
そう、あくまで六樹は助力したにすぎない。彼がいなければアンリはとっくの昔に手遅れになっていた。だが、そんな言葉をプレテは否定した。
「いえ、私一人では足りなかったのは事実です。かつて何者でもなかった私の治癒魔法を評価してくれた彼女の両親が私をここまで取り立ててくださったのです。もし彼女をここで死なせてしまえば、私は天にいるあの人たちに顔負けできない。」
ゲロンといい、アンリの両親は人望のある神官だったのだと改めて実感する。今は亡き両親が残した人の縁がアンリを支えている。
「プレテ様、アンリさんはこのまま寝かせておきますか?」
支部長がプレテに今後の方針を聞く
「はい、このまま安静にしておけば大丈夫です。体力を消耗しているでしょうから起きた時にでも何か栄養のある物を食べさせてやってください。私もしばらく様子を見て、問題がなければ教会に戻ります。」
「分かりました。この度の件、感謝致します。お気をつけてお帰りください」
支部長は深々と頭を下げた。そして、次は六樹に話しかけた。
「リョウ君、君にも感謝しなければいけませんね」
「いえ、俺がやるべき事を出来る範囲でしただけです」
「謙虚ですね、それではもう一つ、アンリさんの付き添いをお願いできますか?」
「お任せください!」
こうしてアンリの呪いは解決した。支部長はそれからすぐに別の仕事に向い、プレテもしばらくした後に問題なしと判断して教会に戻って行った。その場には六樹とアンリだけが残された。もう真夜中だ
「はぁ〜、今日はいろいろあり過ぎた〜」
と、疲労を呟く六樹すると、
「同感です…とんだ厄日でした。」
そう、肯定する声が聞こえてきた、今日も聞いたはずなのに懐かしく感じる声だった。
「アンリ!!」
「はい!もう大丈夫ですよ!!リョウ!!」
「よかった、本当に心配したんだぞ」
アンリは何か言おうとするが、その前にお腹の音が鳴った。少し恥ずかしそうにした後、こう切り出した。
「棘獅子のシチューはありますか?」
「あぁもちろん!出来立てをアイテムボックスに収納してたんだ、食堂で食べようか!」
「はい!もうお腹ペコペコです!すぐに行きましょう!」
そう言って二人は食堂に向かう、先程まで命のやりとりをしていたわけだが、しかしこの一瞬は、全てを忘れて食事を楽しんだ。
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戻ってきたルーナやグレースに呪いが解決した事を伝えた。二人は泣き崩れて喜んでいた。
その後、六樹とアンリははそのままギルドの医務室に泊まる事になった。
「リョウ、まだ起きていますか?」
消灯後、隣のベッドで寝ているアンリが声をかけてくる。
「まだ起きてるよ、どうしたアンリ?暗いのが怖くなった?」
「……そうかもしれませんね」
冗談を言ったつもりだったが、アンリの予想外の反応に驚く六樹。
「リョウ、手を握ってもいいですか?」
珍しく弱々しいアンリの声に、六樹は無言で手を伸ばし、そして、その手はアンリに優しく掴まれた。
「俺なんかの手でいいの?」
「はい、この手がいいんです。……この手が一番、マシなんです」
アンリの言葉に六樹は何も返せずにいると、アンリは更に言葉を続けた。
「ありがとうございます。私を助けてくれて、ずっと体が燃えるような感覚と共に酷い悪夢を見ていて、本当に怖かったんです。」
アンリが静かに泣く、アンリの手は震えていた。先ほどまでは周囲を心配させまいと、強がっていたのだと分かった。
「俺も君に命を救われた、少しは恩返しになったかな?」
「はい!あの時あなたを拾って、本当によかった!」
アンリはしばらく雑談したのち疲れが出たのかいつの間にか眠っていた。六樹も手を握られたままなのが恥ずかしかったが、すぐに眠りについた。
スケルトンドラゴンとの前哨戦、その敗戦処理にやっと終止符が打たれたのだった。




