20話 平等な教え
本編に入る前に少し説明を
今の六樹とエスタの状態は、例えるなら脳内でリモート会議をしているようなものです。基本的には脳内会話をしていますが資料共有のような要領で思考や記憶を共有できます。体の主導権の切り替えは割と自由が利き、体の一部だけ担当して動かすような芸当も可能です。エスタは指示されなければ六樹に体の主導権を渡しています。痛覚を感じるのは六樹だけなのでエスタが無茶しすぎると大きな反動が来ます。
倉目との戦闘から3日ほど経った。
戦闘でエスタが六樹の体を酷使した為、筋肉痛が酷すぎて、しばらくまともに動けなかった。回復魔法をかけてもらう事も可能なのだが、あの魔法は身体を元通りにしているような魔法なので、筋力の増強をしたい六樹は自然回復に任せる事にしたのだ。
そして今はやっと過不足なく動くようになったので、本を読んでこの世界の勉強をしている。
「へぇー、この世界の言語は統一されているのか」
などと呟く六樹、そこに、
身体の方はいかがです?と六樹の様子を見にアンリが部屋に入って来た。六樹の様子を見て声をかける。
「体の方はもう大丈夫そうですが……また随分と器用な真似をしていますね」
アンリがそう言ったのは、六樹が筋トレしながら読書していた為だ、腕は本を持ちつつも膝を浮かせながらかなり早いペースで腹筋をしている。なんともシュールな光景だ
「エスタに体を動かして貰ってその間に俺は本を読んで情報を仕入れる。効率的だ」
六樹は悪びれもせずそう言う。エスタはずっと単純作業をさせられているが、特に嫌がる様子はない。彼曰く、何かやる事があるだけマシとのことだ、千年近くも墓に突き刺さっていた付喪神なだけあって言葉の重みがあった。
「それにエスタに俺の身体の動かし方に慣れてもらう練習にもなる。昨日剣で素振りした時には腕の筋繊維が千切れる音がしたからな」
「あれくらいで文句言うな!理論上は可能だろ!」
「事実上は不可能なんだよ!」
と、アンリから見れば一人二役のコントが繰り広げられる。エスタには生物が持つ、体のリミッターの概念が無いので、人間が持つ本来は出せないはずの全力の力が出せてしまうのだ、前回の戦いではそれがプラスに働いたが、常に100%の力で動き続ける訳にはいかない、微調整を身につけてもらう為にも筋トレがちょうどいい。
「まぁ、あなたのそれが理にかなった行動だというのは理解出来ました。でも、本は汚さないでくださいよ?」
「あっ、はい、すみません、気をつけます。」
アンリに普通に注意され、萎んだように元気が無くなる六樹
「あれ、気のせいかな?心なしか目眩がするような……あ!?これ酸欠だ!エスタストップ!ストップ!…くはぁ〜」
運動を止めたと同時にグダっと力なく大の字に寝転がり、大きく深呼吸をする。危うくぶっ倒れる所だった。
しかし、六樹は息を整えると気を取り直してアンリにこんな質問をする。
「この世界には言語が一つしか無いの?」
先ほど本に書いていた内容だ、言語で溢れかえっていた世界から来た六樹からすればかなり衝撃的な気もする。
「はい、それなりに昔から共通語で統一されていますよ、世界中が同じ言葉を話します。学術的興味で古語を学ぶ人もいるにはいますが少数派ですよ」
「古語は存在するのか…」
「気になるならあそこの棚に本がありますよ」
そう言ってアンリが部屋の隅をさす。六樹はお言葉に甘えて古語について書かれた本を読んでみた。しかし翻訳の効果なのか全部普通に読める。
そして古語でアンリに話しかけてみる。当然の事ながら六樹が古語を覚えた訳では無い、翻訳スキルを使って古語を使う事を意識して話しかけるのだ
「こんにちは、ご機嫌いかがですか」
「えっ?もう古語を覚えたんですか!?発音も完璧ですよ?……あっ!翻訳スキルですね!!」
「正解、翻訳スキルって相手に合わせるというよりも俺が言語を選択してるのか」
いつもお世話になっているスキルの仕様を今初めて知った。すると、六樹はまた考え込み始めた。
そして、アンリにこう質問した。
「突然話が変わるが申し訳ない、魔法の詠唱ってなんで必要なんだ?」
六樹は急にそんな事を聞き始めた。
「ほんとに突然ですね、えっと……詳しい所はよく分かってないんですけど、私たち神官にはこう伝えられています。」
アンリは魔法の発動条件について説明を始めた。
「神はこの世界の生き物に魔法という奇跡を与えました。そして神はその奇跡が一部の者達に秘匿され、独占される事を恐れて、あらゆる者に対して情報を開示させるために、魔法の発動には魔力がどのように流れるのかを示す魔法陣か、魔法をどのように使うのか示す呪文詠唱を必須としたんです。」
「神様ね……」
六樹は神の存在を肯定も否定もしない、あいにくと今まで会った事が無いからだ。そんな六樹の表情を察したのかアンリは補足する。
「神を信じていないのなら、魔法の創造した人がそのような心情を持っていたとでも解釈すればいいですよ」
「神の存在は置いといて、そう言われるとしっくりくるな、なるほどね…あらゆる者に伝える為の詠唱か………」
六樹が考え込むと、アンリが心配そうに顔を覗き込んできた
「どうしましたか?何か問題でもありました?」
「いや、そういうわけじゃないんだ、でもちょっと試したい事があるから外に出るよ」
そう言って六樹は外のに出る。向かったのは魔法を練習をする場所だ、エスタが脳内で声をかける
エスタ(相棒、何を試す気だ?)
六樹(ちょっと魔法と言語で気になる事があってな、エスタ、前に倉目がブラックホールって魔法を使ったのを覚えてるよな?)
エスタ(忘れる訳がねぇ、本来なら俺を殺していた魔法だからな、それがどうした?)
六樹(俺はあの時思ったんだよ、えっ?呪文詠唱って英語もアリなの?ってな)
エスタ(お前、俺が命かけてるのを横目に何考えてやがんだ!)
六樹が習った限りでは、解毒や水生成など、日本語で詠唱する魔法ばかりだった。しかし考えてみればそれはおかしい、この世界の言語は日本語ではない。翻訳スキルの影響で日本語として認識しているだけだ。
となると、気になるのはそこだ
「この世界の言語ではない言葉で詠唱したらどうなんだ?」
倉目が、ブラックホールと叫んで魔法を放っていたが、あれは実際にはこの世界の言語で発音していて、六樹の脳内で六樹にも馴染み深い英語に変換されていただけの可能性もある。だがら、試してみる。
「まずは普通に、火球」
そう唱えると六樹の手のひらの上にから火の玉が生み出された。そして、それを消す。
次だ、今度はさっき読んだ古語の本に載っていた単語を意識して古語で魔法を唱える。
「火球(古語設定)」
ボウッという音と共に火の玉が生み出された。
成功だ、少なくともこの世界で昔は使われていた言語は詠唱に使えるらしい。
次だ、今度は常にオンになっている。翻訳スキルを止める。そして、純然たる日本語で唱える。
「火球」
ボウッと火の玉が生まれた。成功だ、日本語でも成功した。
なら次は英語だ、翻訳オフで六樹が英語で話すパターンと、翻訳スキルで英語に設定して六樹は日本語で話すパターンを試す。
「Fireball!」「火球!(英語設定)」
両方成功、英語も可能、そして自分で言っても翻訳スキルを通じても特に変わらない事も分かった。
次だ、第二外国語で習っていたスペイン語の記憶を捻り出す。
「Bola de fuego!」「火球!(スペイン語設定)」
しかし今回はどちらともうんともすんとも言わない、失敗だ
「これは無理なのか?もうちょっと試すか」
翻訳スキルを使い、六樹が元いた世界の他の言語も試した。しかし、どれも成功する事はなかった。
検証を行う六樹に対してエスタが質問する。
エスタ(相棒、さっきから何してるんだ?)
「言語によって同じ文章でも話すのに必要な時間が変わるだろ?それと同じで発音する詠唱を、言語を変える事で短縮出来るんじゃないかと思ってるんだ」
エスタ(狡いこと考えるもんだな、それでいろんな言葉で試してたのか)
「エスタ、今から2回詠唱するからどっちが早く魔法が出てたか確認してくれ」
「火球(日本語)、火球(英語)、どうだった?」
アンリは六樹が翻訳スキルで話した古語の発音は完璧だと言っていた。もし綺麗に発音した場合、「カキュウ」の方が「ファイヤーボール」よりも言い切る時間が早いはずだ。
エスタ(正確に数えてたが、1回目の方が早かったな)
六樹の目論見は当たっていた、詠唱する言語によって詠唱時間は変化するという事が分かった。
しかし
「でもなぁ、使える言語がこの世界の共通語と古語、あとは日本語と英語が何故か可能だが、少ないな」
言語選択が4択しかないのなら、そこまで大幅な短縮は期待出来ない、そんな事を考えていると、エスタがこんな提案をする
エスタ(その言語ってのは別に人間に限定する必要はないんじゃないか?)
六樹はハッとする。確かにそうだ、人間以外の言語で詠唱するのは可能だろうか?だがそもそも人間以外の言語などどうやって知るんだ?そんな六樹にエスタがアドバイスする。
エスタ(俺が耳を傾ける。翻訳スキルで声を拾え、人間としての偏見抜きに耳を傾ければなにか聞こえるかもな)
そういう訳で近くにいる環境音から生物達の声を拾う。
「ガザガサ、ザーザー、ビュービュー、ポチャン、…こっち、こっちに餌があるよ」
「見つけた!この声は………虫か?」
六樹が見つけたのは小さなキリギリスだ、そのキリギリスの声に耳を傾ける
「こっちだよ、こっちに餌が沢山あるよ」
確かに虫の声が聞こえる。そもそも、虫が発声していると言えるのか?だが、少なくともこの世界のキリギリスはコミュニケーションを取っているのは確からしい。そしてキリギリスに伝えるために言語の設定をして魔法を詠唱してみる。
「waugdmj$=#☆pj」
ボウッと六樹の手のひらから火の玉が生まれる。
成功した。まさか本当に成功するとは思わなかった。
魔法はあらゆる者に対して情報を開示すると言っていた通りだと実感する。そしてそれは人間以外の生物にも適応されるらしい。
「いろいろ試してみるか、魔法の詠唱をかなり短縮出来る可能性が出てきたな、それに対人だと相手にどんな魔法を使うのか悟らせないようにも使える」
降ってわいた翻訳スキルの斜め上の使い方が分かり、
少しばかりの感動を覚える六樹、それに対しエスタが残った疑問を口に出す。
エスタ(ところで、結局なんで日本語と英語は使えたんだ?)
「あぁ、多分だけど詠唱に使える条件は、伝わる相手がいるかどうかなんだと思う。他の言語はこの世界で使われてないから使用不可で日本語や英語はこの世界にも浸透してるって事だと思う」
エスタ(日本語や英語がこの世界で浸透してるねぇ、いったい誰がそんな事を?)
「まぁ江川歩だろうなぁ、そうじゃなくても俺のクラスメイト達含めた転移者だろうな」
六樹の予想にエスタも同意する。
エスタ(江川歩か、確かにあの男ならやりそうだな!)
「エスタ、もしかしてお前も江川さんとあった事あるのか?」
アンリに引き続きエスタも江川歩と面識のある可能性が出てきた。顔が広すぎだろあの人
エスタ(あぁ何度かあったぜ!あいつはちょうどこの近くに魔法の研究施設があるとかで、アルヒの町に来たついでにちょくちょく俺の主人様の話を聞きに来てたんだよ)
衝撃の事実がエスタの口から告げられる。江川歩が鬼道清兵衛について調べていたのはなんとなく想像がそこではない、問題はこの近くにある江川歩の研究施設とやらだ、そして六樹には心当たりがあった。
「エスタ!その江川さんの研究施設はどこにあるって言ってた!?」
エスタ(え!?……えっと確か、アルヒの町から川を登って上流域のあたりの山の中とか言ってたような…)
六樹は確信に近い答えを口に出した。
「俺がこの世界に初めて召喚されたあの不思議な小屋、あれが江川歩の研究施設だ」
神「魔法はあらゆるものにこの世界に存在する言語で公表しろ、相手がちゃんと受け取るかどうかは知らん」




