2話 捨てる神、拾う神
暗闇の中で意識を手放した六樹が目を覚ます。
「ガッ、ハッ、はぁ…はぁ…」
ゆっくりと息を吸い込み大きく吐き出す。
どうやら俺は生きているらしい。荒ぶる心臓の鼓動を落ち着かせる。少し落ち着いてきたら周囲を見回してみた。
「なんだここ?何が起こった?」
周囲は洞窟のようだった。そしてそれは地下牢として改造したような石造りの部屋になっていた。
洞窟の出入り口に鉄格子があり、牢屋のように見えるが鍵は掛かっていない、というかドッグランの扉のような金具を回せば開くような構造になっている。どうやら人間を閉じ込めるつもりは無いようだ。
そして鉄格子の先には登り階段があり、その先には光が見えた。
「うわっなんだ!骨!?」
驚くべき事に六樹の周囲には謎の骨が散乱していた。
「うーん…イノシシが多いな、それにシカやサルのもある」
骨を観察し、生物のあたりをつける。山間部で育った六樹にとって、それは難しい事ではなかった。
とりあえず人骨はなさそうなので一安心である。
「鞄も流れ着いたのか」
教室の残骸はどうやら六樹と一緒にここに来たらしい。学生鞄やロッカーに詰めていた教科書類も散乱している。
そして六樹は自身の下に目を向ける。そこには魔法陣?のようなものが怪しげな光を発していた。
「多分これに拾われたんだよな?」
と自身の考察を呟く、もしかしたら周囲の野生動物達も同じ境遇なのかもしれない。
するとポタッと六樹から雫が垂れた。
その雫は血の色をしていた。そういえば目や鼻や口や耳から何か垂れている気がする。
「やべ!俺血まみれじゃねーか、全身痛いから傷がどこかわかんねー、…カメラで確認するか」
そう言うと六樹はスマホを取り出した。幸い問題なく作動する。カメラをインカメに設定して自身の現状を確認する。
しかし、その液晶に写ったものに六樹は衝撃を受ける。
「えっ???、はっ!?何これ、なんで俺肌の色変わったんだ!?」
驚愕の事態に思考がフリーズする。無理もない、薄橙いろの肌は褐色に染まっていたのだ。
肌だけで無い、日本人らしい黒髪が完全に色素の抜けた白髪に変わっている。
その上で身体中から流血しているのだから軽いホラーである。
「とりあえず止血だ」
体の変色は一度置いて、六樹はハンカチで血を止め始める。幸いにも血が止まるにはそこまでかからなかった。
「……で、なんで俺は肌の色が変わってんだ?闇堕ちしたのか?」
褐色白髪は闇堕ちの定番だったりするが、冗談はさておき
「心当たり……しかないな」
あの海のような謎の液体に浸されたからと考えるのが妥当だ。
とてつもない苦痛に襲われたので、なんらかの後遺症が残っていても不思議では無い。
「………まぁ考えても仕方ないし、現状問題もない。放置だ放置!」
更に言えば起きたとしても対処のしようがない
「何より、カッコいいからいっか!」
褐色肌に白髪はロマンだ、そう言って無理やり自分を納得させる。大不幸中の小幸いだ
「とりあえず俺の鞄と教科書を回収するか」
そういうと六樹は周囲の教室の残骸から自分の学生鞄を探し始めた。教科書がこの状況でどれくらい役にたつのかは分からないが、あるに越したことはない。
理科や技術家庭などはもしかしたら有用かもしれない。
物色していると見覚えのない本を見つける、どうやらどこかで紛れ込んだらしい
「おっなんだこの本?[基礎から学ぶモールス信号]……まぁ最悪ただの紙としては使えるか」
エンタメ作品では大活躍のモールス信号だが、今この場では役に立ちそうに無い、そもそも電波が存在するのかもあやしい。
あったとしてもモールス信号を解読できるやつはいるのかどうか、そんなこんなで鞄に書籍を詰め込んで外を目指す。
鉄格子は想像以上にに重たく学校の防火扉のようにゆっくりとあけた
そして階段に足をかけたその時だった。
後ろの方からビュン!ドサ!という聞き馴染みのない音が聞こえる。
振り返って見るとそこには先ほどまでの六樹と同様の血まみれのイノシシが転がっていた。
サイズは大きい、明らかに成体であり牙もついている。
確かに周囲に猪の骨はあった、突然現れてもおかしくは無い、あんなふうに召喚されるんだなあーと一瞬呑気な感想が頭によぎるが、一瞬で六樹に緊張感がはしる。
ヨロヨロとイノシシが立ち上がっのだ、しかし虫の息だ。
「うわっ、マジか、まだ寝てろよ」
ところがイノシシは六樹を見ると明らかに敵意を向け唸り声を発した。
「グヒーー!!!」
六樹にはイノシシが何を言っているのか理解出来た。イノシシはこう言っている。
「あの地獄なような苦痛を与えたのはお前か!」と
「冤罪だ!」
そう弁明しながら階段を駆け登る、一瞬鉄格子を閉めようかとも考えたが、間に合わなさそうだから諦めた。
一方のイノシシは唸り声を上げながらこちらを追ってきている。刺し違える覚悟を感じる。階段を登り終えるとパッと日の当たる明るい部屋に着いた。
「書斎か?ここ」
確かにその部屋には本がずらっと並んでおり、ちょっとした椅子や机が配置されていた、よく見れば大きくはないが部屋の隅に小さなダイニングスペースのようなものもある。総じて趣味の良い隠居部屋といった雰囲気である。
が、今はそんな事どうでもいい、今大事なのはイノシシから隠れるスペースがあるのかどうかだ、結論から言えば無い!
「仕方ねー、外出て考えよう」
そう言いながら六樹は部屋にあるドアから外に飛び出る。そこには深い森というか山が広がっていた。どうやらここは山の中腹に建てられた小屋のようである。
後からイノシシが近づいてきている。山の傾斜を降りながら対処法を考える。落ち葉が滑るので気をつけながら走る。出来れば木に登ってやり過ごしたい、しかし周囲の森の成木は枝が高すぎて木登りが難しい。
「ちょい小さいけど仕方ねー」
六樹は近くにある若木に登った。
「どうだ? 登ってみろ豚足!」
すかさず野豚相手に豚足と煽る六樹、しかし、イノシシの執念は凄まじかった。
ドンッ ドンッと六樹がいる若木に突進し始めた
「やばいやばいやばいやばい」
振り落とされないように必死に耐える六樹、だがイノシシも無事ではなかった
「ガフッ、コヒュー」と吐血している。
おそらく召喚された時点で体は限界を迎えており、気力で動いているのだろう。
そんなイノシシが少し後ろに下がる、最後の力を振り絞り突進するという事だろう。しかし六樹も黙ってやられる訳にはいかなかった。
「これが置き勉の力だ!」
イノシシが突進が直撃するのと同時に手に持っていた学生鞄をイノシシに投げつけた。パンパンに中身が詰まっているので重さがそれなりにある。
ゴッと鈍い音が響きイノシシはとうとう力付き、力無く倒れ、山の傾斜て滑り落ちて行った。
「はぁ〜 、やっと一息つける。ん?、あっ、ヤバ」
イノシシはやり遂げた、若木を倒木させたのである。
六樹はそのまま地面に叩きつけられる。
「イテッ、けどまぁ平気か」
幸い積もっていた落ち葉のおかげで特に怪我もなかったのだが
「アカンアカン、めっちゃ滑る」
思わず関西弁が出る。
不幸にも落ち葉のおかげでやまの傾斜がめちゃくちゃ滑りやすくなっていた
「あっ、これダメなやつだ」
そう言うと六樹はズルズルと滑り落ちていった。
六樹はまだ知らない、自身がつい先ほどまでいた山小屋、そこに表札があった事を
そしてその表札には[江川]と漢字で書かれていた事を
まさか二話目にして主人公のビジュが様変わりするとは、六樹の一人劇場はもう少しだけ続きます。