幻想と妄想と①
水の音が聞こえる。揺らめく水の音、波の音が。ひんやりとした空気に包まれる。重苦しい、まるで水の中に居るような。
『嗚呼… ああ、』
波の音に紛れながら、それでも聞こえてくる嘆きの声。知らないはずなのに、聞いたことも無いはずなのに、オレはその声の主を知っている。そう、確信している。
あれは、そうだ。
『オレだ』
何故だろう。女の人の、泣き疲れたようなしゃがれた声が自分の声だと思うのは。水の中を漂いながら、落ちていく。底の底へと。嘆く声が次第に怨嗟の声になっていく。
分かる。オレも、ついさっきまでは、この世の全てを恨んでいたんだ。この髪の色が、目の色が、オレの意思と関係なく変化した時から、ずっと。この世界に来て、王子も他のおっさんやじいさん達のテンションがあんまりにも変ですっかり忘れていたけど。
理由は違うけど、あの声は…
『嗚呼、嗚呼ァ… 口惜しい…』
呼んでいる、オレを。あの声は、オレを呼んでいるんだ。
「行かなきゃ…」
そう思ったのか呟いたのか、自分でもはっきりとしない中、落ちていく速度が上がったような気がした。次第に海の底のような薄暗さになっていく、ように見える。見えている? 泳ぐ訳でも無く、ただ、流されながらオレは… だんだんと自分が…
オレが消えそうになる。
消えそうになっているのに、多分、今までだったら拒絶したと思うのに、どうしてか今はこのまま消えてもいいのかもしれないとか、そんな風に何もかもを受け入れているような、不思議な感覚になっている。そう考えている間にも、色々なものが希薄になっている。体を包む冷たい水のような感じも今は、水の音もだんだん遠くなって…
そうして。…そうして。
「ダメ! そっちは□□□!」
だれかがおれによびかけた。
このこえはしらない。しらないこえだ。
「こっち、こっちよ! 貴方は竜宮に来るために…!」
すごくひっしなこエだ。アれ? なンかへんダ、
「…! 名前! 貴方の名前を…!」
ナまえ? おレの なまえ? オレの、なまえ? なまえは… ゆうと。
「悠斗、 柏木悠斗。」
バチン、と何かが弾かれる音がした。ガクンと、急ブレーキを踏んだような感じで落下が止まった。ただ、水の中に浮かんでいる状態になって、そうして。一気に体が軽くなったのが分かった。
「良かった…! 悠斗!!」
さっきの声が、オレの名前を呼んだ。とても嬉しそうに。そうして、光が辺り一面に溢れた。