暗殺王女が愛されるまで~政略結婚で嫁いだ冷血皇帝になぜか溺愛されています~
短めではあります。
「ぎゃあああーーー!!!!」
「動くな」
賊の持っているナイフの刃が当たって、ひらりとその顔立ちを隠す布が垂れ下がる。
がたいのいい男と細身の少女が部屋で争っており、一人が優勢に立って押し倒した。
──と言われれば、多くの人間が男が押し倒したのだと思うだろう。
この場合、悲鳴をあげておびえているのは男の賊であり、少女はその賊に対して双剣を向けていた。
「命までは取りはしない、黙って言うことを聞いて」
そう言った少女の忠告を聞かずに彼は背を向けて走り出す。
「忠告はした」
呟いた少女は身を起こして彼を追いかけ、後ろから一太刀浴びせる。
「ぐあああーーーー!!」
断末魔の叫びが部屋にこだまする中、少女は頬についた返り血を拭う。
拭った手を見ることもなく、月の光を黙って見つめる。
「私は命じられたことをやるだけ。ただ……それだけ」
彼女の呟きを聞いたものは誰もいない──
◇◆◇
「お呼びでしょうか、父上」
「ああ、お前に頼みたいことがある」
「なんなりと」
「隣国のフィルス国の皇帝に嫁にいってほしい」
「結婚ですか」
「ああ。セリア、行ってくれるな?」
「かしこまりました」
ジュリート国王は玉座に座りながら、セリアにちらりと視線を向けながら言う。
顎に蓄えた立派な髭をさすりながら、彼女に向かってさらに言葉を続けた。
「そういえば、先日の賊も無事にやったみたいだな」
「はい、国王の寝所に忍び込もうと画策しておりました」
「まあ、お前の手にかかれば王宮の入り口で取っ捕まるだろうけどな」
「……」
彼はガハハと大きな声で笑う。
そして今度は先程までの表情と打って変わり、真剣な表情でセリアに言う。
「相手の評判は知っておるな?」
「はい、『冷血皇帝』と呼ばれるお人。私みたいな『暗殺王女』にはぴったりなお相手でございます」
「……そうだな」
セリアは最後の少し悲し気に俯く父親の姿が気になったが、そのまま謁見の間を後にすることにした──
数日後、セリアは少ない荷物をまとめて隣国へと輿入れすることになった。
フィルス国の王宮では皇帝の婚礼とあって、盛大な儀式の準備がおこなわれ、二人の婚礼の儀を行われた。
(これが、『冷血皇帝』こと、ヴィルラード・シュベリア様……)
婚礼用ドレスに着替えて彼の前に立つセリアは、ヴィルラートの様子を伺う。
王宮のステンドグラスから差し込む光が、彼のシルバーの髪を照らし出して美しい。
そして、彼の青色の瞳は真っすぐにセリアの赤い瞳を見つめている──
「お前が『暗殺王女』か。ふん、俺にぴったりだな」
「お初にお目にかかります。何卒、よろしくお願いいたします」
セリアは深々と頭を下げる。
その頭上からヴィルラートの低く艶めかしい声がした。
「俺の凄みを受けても動じないとは、お前くらいなものだ」
彼女はそれが褒められているのか、あるいは皮肉を言われているのか判断がつかなかったが、ひとまず軽く会釈をすることにした。
すると、そんなセリアに対してヴィルラートの形のいい唇が少し上がった。
「──っ!」
そのあまりにも端正で美しい表情に、セリアの心臓はドクリと一つ跳ねた。
(先程の威圧的な表情とは違った、ふとした柔らかさ……彼は人心掌握がうまいのかもしれない)
政略結婚の相手にいきなり心を許すことはないと踏んでいた彼女は、彼のいきなりの微笑みに警戒した。
セリアがそう思った矢先、部屋の大きな扉が勢いよく開かれた。
(なに!?)
勢いよく開かれた扉からは大量の兵士がなだれ込んできて、儀式を見守っていた者たちを倒しながら真っすぐに二人のもとへ向かってくる。
「セリア」
「は、はい」
突然の戦場と化した光景を見つめながら、ヴィルラートは隣にいたセリアに向かって言った。
「その”ドレスの下にあるもの”は飾りじゃないな?」
「──っ!! え、ええ……」
自国で国王の護衛、賊の暗殺を担っていた彼女は、常に隠し武器を身に着けている。
だが、それを今まで一人たりとも見破ったものはいない。
(このナイフに気づくなんて……やはりこの人は、只者じゃない)
『冷血皇帝』の名は、戦場で身内の裏切者であっても絶対に許さずに殺したという16歳であった10年前の逸話から来ている。
まだ少年でもあった彼が皇帝に立つ前の話であるが、この噂が隣国、そして大陸中へと渡って、彼は今『冷血皇帝』と恐れられていた。
(彼の噂はやはり本当なのね)
彼女がそう思っていた瞬間に、セリアに向けて長槍が飛んでくる。
「──っ!」
咄嗟に彼女は隠し武器を取って応戦しようとするが、普段よりも何十に布があり着慣れていないドレスに苦戦して一手遅れる。
(まずい……! 間に合わない)
彼女が自分の負傷を覚悟したその瞬間に、ふわりとその身体は宙に浮く。
(……え?)
腰をしっかりとつかまれて抱きかかえられた彼女が視線をあげると、なんとヴィルラートの顔があった。
「ヴィルラート様……!」
「一度だけ助ける。だが、これからは全部はお前をかばいきれない。その”武器”でやれるな?」
彼の腕の中でセリアは彼の言った言葉の意味を理解する。
この状況を抜け出すために、彼と共闘するということ──
セリアは彼の頬に手を添えて誓うように言った。
「ええ、必ず守ってみせます。あなた様のことを」
「俺にそこまで言うのはお前だけだ。三秒後に身体を離す。いいな?」
「はい、お願いします。逃走経路を開きます」
その返事にヴィルラートは満足そうに頷くと、右手に持っていた剣で敵を打ち払った瞬間にセリアを解き放つ。
彼の手を離れた彼女は、ドレスをはためかせながらナイフで相手の懐に入り込み、攻撃をする。
(負けない。私は『暗殺王女』。絶対に倒れてはならない)
「ぐああーー!!」
「ごめんなさい。でも、あなたたちにヴィルラート様を傷つけさせるわけにはいかない」
そう言って彼女はナイフを手に闘い続ける。
ヴィルラートも剣を片手に一気にセリアと共に部屋の扉のほうへと向かって歩を進めていく。
「ヴィルラート様っ!!」
「遅い」
「申し訳ございませんっ! 裏庭も固められており、少し手こずってしまいました。首謀者はやはり……」
「ああ、そこの影にいる」
ヴィルラートの側近であるフロイスが剣を携えて、ヴィルラートとセリアのもとに駆け寄って来る。
そしてヴィルラートは柱の陰に隠れていた今回の首謀者に剣を向ける。
「さあ、終わりだな」
「くっ……」
ヴィルラートに剣を向けられた彼は唇を噛みしめる。
「──っ! あなた……!」
セリアはその顔に見覚えがあった。
その顔は先日彼女の父親であるジュリート国王の寝所に忍び込もうとした彼だった。
「でも、あなたは今牢屋にいるはず……」
「ああ、あれは替え玉ですよ。この私が……この皇弟であるミザク・シュベリアが、直接手を下すわけないじゃないですか」
(皇弟……つまり、ヴィルラート様の弟君……でもどうして……)
「ふん、お前は相変わらず詰めが甘い。私とセリアに不満を抱き、殺そうとしたのだろうが、お前のお粗末な戦略では私には勝てない」
先日の賊とそっくりな金髪と紫の瞳をした彼は、顔を歪ませて叫ぶ。
「いつもいつもこの私を愚弄して……! お前も、そして暗殺王女も目障りなんだよっ! 俺は隣国を乗っ取って俺のものにする! 邪魔をするなあ!!!」
ミザクは狂気で血眼になりながら、セリアへと刃を向けて襲ってくる。
刃は真っすぐにセリアの心臓に向かう……が、その前で大きく弾かれてその力を利用されてミザクは身体を地面に倒される。
「ぐはっ!!」
ミザクの身体は大きな音と振動を起こして床に突っ伏し、両腕はセリアによって掴まれていた。
「この、『暗殺王女』セリアめ……」
その瞬間、ヴィルラートがミザクの腕をさらにひねり上げて冷酷な瞳を彼に向けながら言った。
「お前ごときが俺の妻の名を口にするな」
「ひいいっ!」
あまりの凄みと腕を縛り上げられた痛さでミザクはそのまま気絶した。
後日、ミザクは皇弟の身分を解かれ、処罰を受ける身となった。
恐らく皇帝と皇后の暗殺未遂による永久国外追放となるだろうとの見立てだ。
一方、皇帝であるヴィルラートの部屋にセリアが呼ばれていた。
「呼ばれた理由はわかるな?」
「はい。私をかばったせいで、あなたに怪我を負わせてしまった。その罪、なんなりとお受けさせていただきます」
ヴィルラートはセリアをかばった瞬間に、左腕にわずかではあったか傷を負った。
包帯が巻かれたその姿を腕を見て、セリアは深々と頭を下げる。
「違う」
「では、離婚でしょうか。このような役立たずの身など、あなた様を支える身としては不十ぶ……」
その瞬間、セリアの唇にヴィルラートの唇が押し当てられる。
「……え……」
「お前のその自己犠牲は美しいが、俺の前ではそれはするな。俺の隣にいるだけでいい。その隠し武器も外せ」
そう言って彼はセリアの腕を力強く引き寄せると、そのまま腕の中に閉じ込めてしまう
「俺の目を見ておびえないのはお前が初めてだ。その度胸、気に入った」
セリアはヴィルラートの温かい腕の中で戸惑いを隠せない。
「ですが、その……武器がなければ、あなた様をお守りできません」
「守らなくていい。俺も、それからお前も、今から俺が守ってやる。だから、俺の妻としておとなしく愛されろ」
「──っ!!」
艶めかしくそして獣のような彼の瞳に捕らわれて、彼女は何も言えずに顔を赤くして俯こうとする。
だが、彼の手が、唇が、それをさせなかった。
彼女はそっとそれに応えるように、彼の背中に腕を回した──
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