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同じ部活の二人は、仲がいい。

作者: 七瀬川むる

夏休みもあと三日だというのに、私の学校の陸上部は、今日も朝から、活発に練習をしている。

私の中学校は、陸上部が強い。だから夏休みも、お盆の三日間以外は、毎日部活がある。

今日も、学校の校門を出て柵の周りを走る、いわゆる「外周」を走る。

この炎天下の中、十五周も…。

夏休みは毎日、外周を十五周走る。

本当につらい。

つらくて、夏休みが始まってからは、毎日夜九時まで起きていられない。

だけど、私は昔から走ることが好きで、足が速い。だから、この陸上部に入ってよかったと思っているし、やり甲斐も感じている。


「今日も、頑張らなくちゃ!」

そんな独り言を呟いた、次の瞬間、後ろから声を掛けられる。

「頑張ろうな、今日、二十周だって。」

声の主は、同じクラスで四月からずっと隣の席の、乃木優吾(のぎゆうご)

乃木も、陸上部だ。しかも四月から私と同じ塾に入塾してきた。休日に出かけたりした時も、二回ほど会ったことがある。

一体なんなのだろう??

というか、独り言を聞かれていたのか……恥ずかしい。


「え、あっ、乃木?!独り言聞いてたの?!めっちゃ恥ずかしい…。」

「なんだよ、独り言か。お前そんな独り言、言うんだな。」

「ねぇ、もう、忘れて!!マジで恥ずかしい~。」

「んー、まぁその内忘れるから大丈夫。てか今日、二十周だよ?つらすぎだろー」

「え、二十周?!マジか。まぁ、大変だけど頑張ろ?」

「まぁな。陸上部入ったからには頑張らないとだよなぁ。」

「うん、だね。てかみんなもう校門の外に向かってるよ?早く行かないと。」

「あ、やばい、行こう。」


独り言を聞かれていたのは、本当に恥ずかしいが、走り出したらそんなことも忘れられるぐらい清々しい気持ちになるから、大丈夫だと自分に言い聞かせる。

校門の外に向かい、先生の笛の合図で、スタートダッシュを切る。

みんなが一斉に走り出した。

私も、走り出すが、なんだかこの日は変だった。

一周目を走り終わったあとくらいから、時々、意識が遠のいていくような感覚に襲われた。

そういえば…思い出す。

今日、三十分も寝坊をしてしまい、急いで学校に来たため、まだ水を一滴も飲んでいないということを。

しかも、水筒を用意するのを忘れたことも思い出した。


「やばいな…」

そう呟いた時には、もう遅かった。完全に意識が遠のいて行くのを感じた。

私は、二週目に突入した直後に、倒れた。

「…は?!おい、大丈夫………」

朦朧(もうろう)とする意識の中、微かに乃木の声が聞こえた気がした。


私は意識を失った。



         ★★★



「大丈夫?!廣田(ひろた)!!おい、廣田!!しっかりしろ!!先生!!先生!!廣田が、廣田が倒れました!!」

「え?!マジか、大丈夫か?!今、氷で冷やしたタオルを持ってくるから、それを首に当てろ!!いいな?!」

「はい!!」


「おい、廣田!!大丈夫か??おい!!」


廣田は、目を覚まさない。

たった三十秒前、俺が廣田の後ろを走っていた時、いきなり廣田が倒れた。

咄嗟に、声をかけた。


「…は?!おい、大丈夫か?!しっかりしろ!!」


だけど、そのまま地面に倒れ込んでしまった。


一応、大丈夫だと思うが、呼吸も確認してみる。息はしているようだ。

息をしていなかったら、冗談にならない。

恐らく、熱中症で倒れたのだろう。


二分後、顧問の先生が氷で冷やしたタオルを持って来てくれた。

慌てて、それを廣田の首に当てる。

そして、先生が保健室に連れて行けと言ったので、保健室までおんぶをして連れて行く……って……


は??


廣田をおんぶして、保健室に行くために下駄箱まで行ったときに、気づいた。

「……俺、女子をおんぶしてる…。」

今まで、意識したことはなかったけれど、廣田だって、女子だ。

それなのに、首に氷で冷やしたタオルを当てたり、おんぶをしたりして、こうして保健室まで連れて行っている。

俺は、なんてことをしているのだろう…?

これ、今もしも廣田が目覚めたら、相当やばい。嫌われてしまうかもしれないと思った。

お願いだから、今は目覚めないでと願った。


保健室に着く。

「失礼します、一年一組の乃木優吾です。」

次の瞬間、先生が驚いた表情になる。

当たり前だ。だって今俺は、女子をおんぶしているから。

「…あら!!大丈夫…?後ろの子…。」

「…部活で走っていたら、いきなり倒れてしまって…。保健室まで連れて来ました。」

「あら……そうなの…。後ろの子の名前は?ここに名前を、書いてほしい。あと、その子はベッドに寝かせておくから。」

「はい、わかりました。」

そういえば、「廣田」ってどうやって書くのかわからない。

実音(みお)」も、どう書くのかわからない。

だから、とりあえず名前は平仮名で全部書いておいた。

次の瞬間、

「ねぇ、この子の、水筒とかってある…?恐らく熱中症と、脱水症状で倒れちゃったみたいだから…」

()かれた。

「あー…ちょっと見て来ます。」

「お願いね。」


そういえば、廣田は今日、めちゃくちゃギリギリに部活に来た記憶がある。

それで、急いでて水を一滴も飲んでいないとか…?

だから、倒れてしまったのではないかという勝手な憶測を立てるが、本当のことはわからない。

とにかく今は、廣田の命がかかっているため、急いでみんなの水筒が置いてあるところに向かう。

確か…廣田の水筒は、ピンク色の、結構大きめの水筒だったはず。

そう思って探してみる。だけど、一向に見つからない。

似たような水筒を見つけたけれど、他の人の名前が書いてあり、「廣田実音」と書いてある、ピンク色で大きめの水筒は、見つからない。

十分近く探したけれど、一向に見つからないため、諦めることにした。

だけど、俺は閃いた。


「そうだ!俺、今日水筒二つ持って来たんだ。」

そう、俺は今日、二十周走ると言うことを他の友達から聞いてから、いつもよりたくさんの水を飲むかもしれないと思って、同じ水筒を二つ持っているため、二つ持って来たのだ。

それがあった。

一つ目の水筒は、もう俺が口をつけてしまったけど、二つ目の水筒はまだ口をつけていない。

今は、自分の命よりも、廣田の命が危ない。

だから、俺はその、口をつけていない方の二つ目の水筒を保健室に持って行った。


「失礼します、一年一組の乃木優吾です。」

「あら、乃木くん。水筒は、見つかった?」

「なんか、探したんですけど、全然見つからなくて…。多分、水筒を忘れたのだと思います。だから、自分の水筒を持って来ました。」

そこで俺は気がつく。

これじゃあ、自分の飲みかけの水筒を廣田に飲ますと言っているような言い方じゃないかということに。

「…えっ?」

「あぁ、えっと、俺水筒二つ持ってるので…まだ口をつけていない方を飲ませてあげようかなと思って…。」

「あぁ…そういうことね。…優しいね…。分かったわ、廣田さんに伝えておくね。」

「はい、ありがとうございます。じゃあ…失礼しました。」


俺は、部活に戻ったが、部活のときもずっと、廣田のことが頭から離れなかった。



        ★★★



ふと、目を覚ます。

辺りを見渡してみる。

上には、天井があり、周りはカーテンに覆われていて、外が見えない。そして、白いベッドに横たわっていた。首には、冷えたタオルと、ビニール袋に入った氷が巻かれていた。

恐らくここは、保健室だ。

私は、熱中症で倒れたのだろうか?

きっと、そうだ。

そして、枕の右側に、黒くて大きな水筒が置かれていた。

その水筒の蓋には、「乃木優吾」と書いてある。

「あれ…?乃木の水筒?どうしてここに…?」

何がなんだか、よく分からない状況で、頭が混乱する。

そして、保健室にいる、養護教諭の先生たちの話している会話の内容が聞こえた。


「乃木くん、偉いですよね…。わざわざ女子相手の廣田さんをおんぶして、保健室まで連れて来てあげて…。しかも首に、氷で冷やしたタオルを巻いてあげたり…。更にですよ、廣田さんの水筒がなくて、自分の水筒を二つ持っているからって言って、もう一つの方の水筒の水を分けてあげるとか…。本当に面倒見のいい子だと思いません?」

「あー…そうですね、それは本当にそう思います。私だったら、いくら熱中症だからといっても、自分の水筒の水を分けたりはしませんね…。もしかしたら、乃木くんは廣田さんのことが、好きとかいうこともありそうですよね。」

「あー、大いにあり得ますね。絶対そうですよ。そうじゃないと、そんなことはしませんよね。好きな子のために気を遣える乃木くん、かっこいい…!」

「…いいですよね、青春って感じ…!私も中学生の頃に戻れるなら戻りたいです~…!」


そんな、先生たちの会話が聞こえて来た。

私は、頭が更に混乱する。

乃木は、熱中症になって倒れてしまった私をわざわざ、おんぶして保健室まで連れて来てくれた…??

しかも、首にこの冷たいタオルを巻いてくれたのも乃木…?

この水筒も、水筒を忘れた私のために、乃木が私のためにわざわざ、分けてくれたの…??

思いがけないことを知ってしまった。

心臓の鼓動が速くなっていくのを感じた。

先生たちが話していたように、やっぱり……乃木は私のことが好きなの……?

そんな疑問が、心の中で渦を巻いていた。

だけど、「好き」ってどんな感じなのかよくわからない。

今までなんとも思っていなかった乃木のことを、初めて意識し始めた瞬間だった。

こんな感情は、今まで経験したことがない。

この、ドキドキするような、ワクワクするような気持ちをなんと言い表せばいいのかよくわからない。


次の瞬間、ベッドの周りのカーテンが開く。


「廣田さーん…?あ…廣田さん!!目覚めたのね!よかったー…!!」

「あ、さっき、目覚めました。」

「よかった…本当によかった!熱中症と脱水症状で、倒れちゃったのよ。それで、乃木くんが保健室まで連れて来てくれたの、乃木くんが、水筒二つ持ってるからって一個、分けてくれるって。」

「あ…そうなんですね。分かりました、あとでお礼言います。」

「うん、言った方がいいね。あと、もうすぐ十二時になるから、お弁当の時間かなって思って…お弁当、食べれそう?体調悪かったら、無理して食べなくても大丈夫だよ。」

「あー、食べます…。朝ごはん何も食べてないので…。」

「あら、そうなの?ちゃんと食べた方が元気が出やすいからね…。あと、その乃木くんの水筒、貸してくれたのよ。乃木くんが、その水筒まだ口をつけてないから飲んで大丈夫だって言ってたからね。」

「あ…はい、分かりました。」


そういえば、思い出すと、今日は寝坊をしたためまだ一滴も水を飲んでいない。

これが熱中症の最大の原因だと思った。

乃木の水筒を開けて、水を飲む。

でも、なんだか乃木に申し訳ないけれど。

もう十二時間以上水分を摂っていなかったため、一気にがぶ飲みをした。多分、この一.五リットルの水筒の、三分の一は飲んだと思う。

ベッドから起き上がると、激しい眩暈がして、少し立ち止まる。

眩暈が収まると、再びベッドから降り、乃木の水筒を持ってカーテンを出る。


「廣田さん、気をつけてね!」

「はい、気をつけます!失礼しました。」


そう言って、保健室を出た。少し早足で急ぎながら、下駄箱の靴を履き、外に出て、校庭に向かう。

みんな、ちょうど二十周の外周が終わり、顧問の先生のところに集まり、顧問の先生が話をしている時だった。

顧問の先生の話が終わったようで、みんな、こちらに向かって来た。

みんな、お弁当を食べに教室に戻るようだ。

その中で、走りながらこちらに来ている男子がいた。乃木だ。


「廣田!!目覚めたのか…お前、マジで大丈夫?」


真っ先に私に気がつき、走って来て、心配の言葉を掛けてくれる。

そんな乃木に、今まで経験したことない、ドキドキするような、甘い気持ちが最高潮に達する。

なんと言い表せばいいのかよくわからないが、なんだか乃木と、どう接すればいいのかわからなくなってしまった。

せっかく、心配の言葉を掛けてくれたのに、

「あ……う、うん。大丈夫だよ…。ちょっと水飲むの忘れてたんだ。あ…あとさ…その、この水筒…ありがと。明日洗って持ってくる…。じゃ、じゃあね!!」

緊張してしまって、言葉が噛み噛みになってしまう。

このよくわからない気持ちは、なんと言い表せばいいのだろう?

ドキドキする気持ちのまま、走って教室に戻るが、乃木とは同じクラスのため、同じ教室でお弁当を食べる。しかも、隣の席のため、「じゃあね!!」と言ったのに、一緒に二人きりでお弁当を食べるということになる。

この夏休みの部活では、午後も練習がある日はお弁当を持ってくる。

午後も練習がある時が、週に一回ほどある。

今日はその日だ。こんな時に限って。

そういう時は、今までだったら、乃木と二人で世間話をしながらお弁当を食べていたが、今この状況となると…ちょっと気まずい。

そんな乃木のことを考えていたら、乃木が教室に戻ってきた。


「はぁ…めっちゃ疲れたよ今日。」

「そ、そうなの?」

「うん、二十周走ったから。」

「あ…そっか。」


それで終わってしまう会話。少しの間、気まずい沈黙が流れる。乃木に言いたいことや話したいことはたくさんあるのに、緊張して、口が動いてくれない。


「なぁ、廣田」

「…ん?」

「なんか…お前口数少なくない?」

「え、あ、いや…ちょっと熱中症になってまだ体調が安定しないだけ…だから。」

「へー…マジで大丈夫?俺、本気で心配してるんだからな。」

「……ごめん。水筒まで、借りちゃって…。」

「あぁ…水筒は、別にいいけどさ。」

「……うん」


そして、また少しの間気まずい沈黙が流れ、乃木が話をしだす。

そんなやりとりを繰り返しながらお弁当を食べていた。

そんな時、乃木がこんなことを言った。


「なぁ、そういえばさ」

「ん…?」

「二学期になったら席替えするって先生言ってたよな。」

「あ……そうだね。」

「席替え楽しみ?」


私はこの、「席替え楽しみ?」という質問に戸惑った。

昨日、もしもこの質問をされたら、

「新しい友達もできそうだし、いいかもね~」と軽々しく言っていたと思う。だけど、今の私は、もっと、乃木の隣にいたいと思ってしまう。だから、正直言うと、席替えはしたくない。


「んー………別に、なんとも思わない…かな。」

「…へー。まぁ俺も、正直席替えとかどうでもいいって感じだわ。」

「…だよねー」


なんて話している内に、お弁当を食べ終わる。

そして、午後の練習に向かう。

勇気を出して、質問をする。

「…午後も走るの?」

「うん、なんか、リレーやるらしい。」

「へー…」

乃木が言った通り、午後はリレーをやった。

リレーの時、バトンを乃木に回すときがあった。

その時、一瞬だけ手が触れただけでドキドキしてしまった。


ドキドキが収まらないまま、部活が終わり、帰路に着く。時刻は、午後三時。

家に帰り、真っ先にスマホを手に取る。

Safariで、「ドキドキする 異性」と調べた。

このドキドキする不思議な気持ちがなんなのか、知りたかったから。

しばらくいろんなサイトを見ていた、そして気がついた。


私は、乃木に「恋」をしてしまったんだ。


今まで、恋愛とか恋とか、興味がなかったし、よく分からなかった。友情の感情と、恋愛感情の違いさえも。

だけど、「恋愛感情」がどんなものなのかがわかった。

こんなに甘くて切なくて、ドキドキする気持ちは生まれて初めてだ。

常に、気がつけば乃木のことを考えてしまっていた。


私の初恋は、自分が熱中症になって、助けてもらったことから始まった。


私の初恋が、幕を開けた。



         ★★★



保健室から出て、急いで部活に戻って、外周の続きを走り出す。

だけど、なんだか廣田のことがずっと頭から離れない。

なぜだろう…?俺ってもしかして…廣田が気になっているのか…?

いやしかし、それはないだろうと自分に言い聞かせる。

でも俺は、本気で廣田を心配していた。

廣田がいつ、目を覚ますのか気が気でなかった。それこそ熱中症は、命に関わることだ。だから、本気で心配していた。


外周が終わり、時刻は午前十一時半。

顧問の先生の、笛の合図で陸上部のみんなが集まる。

顧問の先生の、いつもの長い話が始まるが、今日は一段と先生の話が長かった。

それは、もちろん、廣田が熱中症で倒れたからだ。

熱中症で倒れた人が出たら、もちろん先生も、みんなの前で話すだろう。

「えー…さっき、外周のときに、熱中症で倒れた人が出ました。みなさんも、水分補給をこまめにして、くれぐれも熱中症になったりしないでください!命に関わることなのでね!」

やはり、話した。この熱中症のことについて二十分ほど必死に話していた先生。

話は長いけれど、みんなのことを思って言っているのはわかる。

先生がこの話をしている間も俺は、校庭の入り口の方を見て、廣田が来ないかチラチラ見ていた。

このまま目覚めなかったらどうしようかという不安が頭をよぎる。だけど、いや…さすがにそれはないだろうと必死に自分に言い聞かせる。

最後の方の、先生の話は上の空。だって、校庭の入り口に、廣田っぽい女子が遠くでこちらを見ていたから。

先生の話が終わった瞬間、俺は廣田のところに猛ダッシュした。


「廣田!!目覚めたのか…お前、マジで大丈夫?」


すぐに、そう声を掛ける。

だけど、なんだか廣田の様子がぎこちない気がした。

「あ……う、うん。大丈夫だよ…。ちょっと水飲むの忘れてたんだ。あ…あとさ…その、この水筒…ありがと。明日洗って持ってくる…。じゃ、じゃあね!!」

と言って、走って教室に戻ってしまった。

なんだか、廣田は顔も少し赤いし、耳も赤い。

そんな廣田のことを、少し可愛いな…と思ってしまった自分がいる。

「いや…バカ!!可愛いだなんて変態すぎる」

思わず、そう口に出す。

だけど、俺はなんだか、胸がドキドキしてしまった。

一体なんなのだろう…?こんな気持ちは、今まで経験したことがなかった。


俺も、教室に戻る。

教室に戻っている最中に、思い出したことがあった。

「そういえば、九月三日は廣田の誕生日だ」

そう、九月三日は、廣田の誕生日なのだ。つまり、あと一週間で、廣田の誕生日。

どんなふうに祝ってあげようか考えていた。

ラインの誕生日カードを書いてあげようと思っている。だけどなんて書けばいいのかわからない。

そんなことを考えているうちに、教室に着く。

廣田が、窓側の自分の席に座って、弁当を机に置き、窓の外を眺めている。

俺は、もっと廣田とたくさん話がしたくて、話しかけるけど、なんだかいつもよりも口数が少ない。

それを思わず、廣田に訊いてしまう。


「なんか…お前口数少なくない?」


そう訊いてしまった直後に、後悔が襲う。

俺…何を言っているんだ?

これじゃあ、俺が廣田を気になっていますと言っているようなものではないか。

そこで気づく。俺、やっぱり廣田が気になっているのか……??

廣田は、こう答える。


「え、あ、いや…ちょっと熱中症になってまだ体調が安定しないだけ…だから。」


こう言っていた。でも確かにまだ顔赤いし……本当にそうなのかもしれないと思った。


午後は、部活でリレーをした。

廣田にリレーのバトンを回す時に少し手が触れたのはドキッとしてしまったが、偶然のことなので、そんなに深く考えるのはやめた。


俺は、この廣田に対するよくわからない気持ちを抱いたまま、帰路に着いた。



         ★★★



いつものアラームの音で、目が覚める。

時刻は六時半。

今日は、私の誕生日。

そして、今日は土曜日だけれど、いつも通り部活がある。


「乃木、祝ってくれるのかな。」


そんな独り言を呟く。

乃木には、前話した時に、誕生日の話になり自分の誕生日を教えたのを覚えている。

だけど、祝ってほしいだなんて言えない。

祝ってくれることを願っていた。

あれから、水筒は次の日に洗って返した。

乃木に対して、どう接すればいいのかわからなくなってしまっていたけれど、あのあと家に帰って考えた結果、前みたいにいつも通りに接すればいいという考えになった。

頑張って、ぎこちない様子をなくすようにしている。いつも通り、乃木と話せばいいのだ。


昨日、ラインで友達と長い時間、通話をしてしまったせいで寝不足だ。

学校に行ってる途中も、寝不足でぼーっとして歩いていた、次の瞬間、


「よっ、廣田。お前もしかして今日誕生日?」


そう話しかけられた。ぼーっとしていて、突然のことに返事をする時に声が裏返った。

恥ずかしい。


「へぇっ…?!あぁ…なんだ乃木か。うん、誕生日だよ。」

「だよな?誕生日おめでとう。ラインのバースデーカードも家に帰ったら書くから。」

「え…マジ?ありがとう。てか乃木もあと三か月で誕生日だよね?」

「うん、でもあと三か月もあるとか待ち遠しすぎだわー、俺欲しいものあるのにあと三か月経つまで買ってもらえないし。」

「へー、ドンマイ。てか欲しいものって何?」

「スプラトゥーン3が欲しいんだよなぁ…。」


そんな会話をしながら、一緒に歩いていた。

学校まであと百メートルくらいまでのところを歩いていた時に、不意に乃木に話しかけられ、「もしかして、今日お前誕生日?」はズルすぎる。しかも、「誕生日おめでとう。家に帰ったらラインのバースデーカードも書くから。」とか、本当にドキドキしてしまうし、何より嬉しい。嬉しさで舞い上がる気持ちを必死に抑えていた。

しかも、乃木と私の誕生日は、ちょうど三か月違いなのだ。私が九月三日で、乃木が十二月三日。確認したところ、曜日も同じだった。

私は、史上最高にワクワクしていた。


部活が終わり、正午。

ワクワクした気持ちのまま、帰路に着く。

乃木のことが更に好きになってしまう…。

あれは、思わせぶりなのか?それとも本気…?よく分からないが、思わせぶりだとしても、乃木にあんなことを言われたのは嬉しかった。

家に着き、真っ先にスマホを手に取りラインを開く。その瞬間に、通知が来る。

「乃木優吾から、バースデーカードが届きました。」

心臓の鼓動が速くなるのを感じた。

慌ててそれを、見てみる。

「廣田、誕生日おめでとう!これからも一緒に部活頑張ろうな!」

動いてもいないのに、心臓の鼓動はさらに増す。全身が熱い。

乃木からの誕生日カードが嬉しかった。

そっとスクショをしておいた。

「ありがとう、大好き…。」

そう呟いて、バースデーカードに「いいね」ボタンを押した。



         ★★★



今日は、席替えのくじ引きの日だ。

今日、くじを引いて、明日席替えらしい。

二学期が始まって十日、ついに、この時が来てしまった。乃木と離れてしまう時が。

私はがっくり肩を落としながら、席替えのくじを引いた。

引いたくじには「13」と書いてあった。

正直、席替えの時のくじ引きで引いた数字の意味は、よくわからない。

乃木に、何番の数字が出たか訊いた。

「ねぇ、くじ引き何番出た?」

「何番だと思うー?結構お前と数字近いよ。」

「な…!私の見てたの?うーん…何番だろう?十五番?」

「お、正解。一回で当てられちゃうとは、悔しい。」

「マジか、ラッキー。」


乃木は、くじ引きで十五番を引いたようだ。

結構、数字が近い。

ということは、もしかしたら近くの席なのだろうか…?

そんな期待をしていた。

次の日、学活の時間に座席表が、大型テレビに映し出される。

まず最初に、自分の名前を探し、その後に乃木の名前を探した。

私の名前は、今の、一番窓側の、前からニ番目から、窓側から三番目の、前から二番目の席になった。

そんなに場所は変わっていない。一個机を跨いですぐ隣だ。

乃木はというと、なんと、斜め後ろになった。

しかも、また同じ班。

嬉しさで舞い上がっていた。

でも、できれば隣がよかったけれど、わがままは言えない。前みたいに同じ班になれただけで、幸せだと思うから。


乃木に言われる、

「廣田、お前また同じ班かー」

「そうだね、嫌だ?」

「いや…そういうわけじゃないけど、また同じ班なのかって思ってさ。決して嫌じゃないよ?」

「そうー?それならいいけどさ、正直に言って大丈夫だよ?」

「マジで嫌じゃないから!!」

「ならよかったー。」


こういうちょっとしたやりとりもドキドキしてしまう。

嫌じゃないって言ってくれたけれど、本当は嫌だったり…?

いや、でも私のことを嫌いな感じはしないし、それは多分ないだろう。

私は、また舞い上がっていた。


次の席替えは、三学期になってからだ。

それまで、乃木といられる時間を大切にしようと思った。



         ★★★



気温も下がり、だいぶ秋も深まり冬に近づいて行く今日この頃。

今日、十一月十九日はついに、ずっと待ち侘びていた市内駅伝の日だ。

この日のために、私の中学校の陸上部は、散々走って練習を重ねて来た。

期末テストももうすぐで、明後日からテスト二週間前になる。テスト二週間前からは、部活停止期間だ。

そのギリギリまで、市内駅伝に向けて練習を重ねて来た。

ここで夏休みから練習してきた市内駅伝で全力を発揮して、走ってよかったと思える駅伝にしたいと思う。


駅伝が始まる十分前、陸上部の人たちが全員集まり、みんなが肩を組み合って、

「駅伝頑張るぞ!!!」と叫んだ。

隣には、乃木がいた。

乃木が私と肩を組みながら、小声で私に言う。

「一緒に頑張ろうな。」

「…うん!」


「よーい…ドン!!」

銃声の音が響く。みんなが一斉に走り出した。

この市内駅伝は、男子は一人五キロメートル、女子は一人三キロメートル走る。

最初に全力で走りすぎると、あとで疲れて遅くなってしまうので、自分の真ん中くらいのペースで走る。

疲れるけれど、走るのは楽しいし、清々しい気持ちになる。また、走り終わったあとの爽快感や、開放感も走ることが好きな一つの理由。


次の人にタスキを渡し、走り終える。

その瞬間の達成感。それは今でも鮮明に思い出せる。

私は、三キロを十分三十一秒で走り終えた。


駅伝が終わり、みんなが元の集合場所に集まる。私は乃木に話しかける。

「疲れたねー、タイム何秒だった?」

「おう、廣田。マジで疲れたわー、でも終わった後の爽快感やばかった。十五分二秒だったよ。」

「へー、結構速いね。私は十分三十秒だよー」

「廣田の方が俺より早いじゃん。」

「いや、だって距離が私の方が短いし。」

「あ、そうだったわー」


そう言って、一緒に帰る。駅から自分の家まで。

私と乃木は、家が近い。

でも、近いと言っても私の家から、歩いて七分ぐらいだけど。

駅まで、家の方向が途中まで一緒だから、一緒に帰った。

乃木と一緒に帰れるなんて、夢みたいと舞い上がる気持ちを抑え、乃木と話していた。

だけど、次の瞬間、乃木が耳を疑うようなことを言う。


「…俺さ、実は転校することになったんだよね。」


あまりの驚きの言葉に、一瞬固まって言葉が出てこなかった。


「………廣田?」

「……え?転校…?転校しちゃうの?」

「うん…ちょっと家の都合でね。」

「……へー、そうなんだ。…どこに転校するの?」

「んー…多分、夢丘(ゆめおか)町だよ。」

「…そうなんだ、ここから結構遠いね。」

「そう?でも都道府県跨がないから、そこまで遠くないよ。」

「でも、ここから電車で二時間ぐらいはかかりそうじゃん。」

「あぁ…まぁそのぐらいかかるかも。」


私は驚きで、最初言葉が出てこなかった。

だって、まさか乃木が転校してしまうだなんて考えていなかったから。

この、乃木がいることで幸せな学校生活も、終わりを告げてしまうの?

私の初恋も、このまま告白できないで、終わりを告げてしまうの?そんな不安が頭をよぎる。

気づけば涙目になっていた。


「……お前、泣いてる?」

「え、あ…いや、泣いてないよ…。」

「でも涙目…」

「今、あくびしただけだから。」

「そう?ならいいけど。じゃあ俺、家向こうの曲がり角だから、じゃあな。」

「あ、うん。じゃあね。」


一人になった瞬間、更に涙が込み上げてきて、目から溢れる一雫の涙。

乃木とお別れするのが寂しかった。

転校してしまうなんて、信じたくない。

これはもしかしたら、夢だったりするのかな?と思い、頬をつねる。だけど、痛い。

つまり、現実だ。

夢であればよかったのにと、こんなに思ったことは初めてだった。

あれから帰ってすぐ、気になって乃木にラインをした。


〈ねぇ、転校っていつするの?〉

すぐに既読がつき、返事が来る。

〈冬休み中にするよ、三学期になったらもう俺いないと思う〉

と返って来た。

〈そうなんだ〉

そう返し、ラインを閉じたけれど、乃木からの返事がまた来た。

〈なんで?〉

〈ちょっと、さっきの話が気になっただけ。〉

〈どこの学校なのかは、まだわからないよ。〉

〈へー、わかったら、教えて。〉

そう送る。乃木とのラインは、些細なことでも嬉しい。

「了解です」のスタンプが送られて来た。


乃木が転校してしまうのは寂しいけれど、いつまでも泣いて、メソメソするのは違うと思って、泣くのはやめた。

だけど、乃木が転校してしまう前に、ずっと平行線のままの関係ではなくて、何かアクションを起こしたいと思った。

だけど、告白する勇気なんてない。

どうしたらいいのか、ずっと考えていた。



         ★★★



十二月二十三日、今日は、ついに二学期の終業式。

乃木と一緒にいられる時間も残りわずかになってきた。

明日はクリスマスだけど、乃木を遊びに誘う勇気はない。告白なんてもってのほか。


「はぁ…」


そんな溜息をついた、次の瞬間、乃木に話しかけられる。

「なぁ、廣田」

ちょうど乃木のことを考えていたので、驚いて、思わず変な声が出てしまう。

「ひぇ…?!あ、乃木か。どうした…?」

「なんだよその反応ー。まぁいいや、あのさ、明日午後も部活あるだろ?」

「あ、うん。冬休み一日目から午後も部活あるとか辛いねー…。」

「それな?マジで辛い。まぁ楽しいけどな。それよりもさ…その…」

「うん…?」

「……明日、部活終わって、その後の夕方の四時半って空いてる?」


いきなり、乃木にそんなことを言われ、戸惑ってしまう。

明日ってクリスマスだよね…?空いてる?って訊いてくるって…一体どういうことだろうか?


「んー……空いてるけど…なんで…?」

「それは……そのときのお楽しみ。まぁとにかく空いてるならよかった。」

「えー、気になる。てか四時半ってもう暗いじゃん。そんな遅い時間でいいの?」

「この時間じゃないとダメなんだ。駅前で待っててほしい。」

「まぁ…わかった。駅前で待ってるね。」


もしかして……告白?

そんなことが頭をよぎる。

だけど、乃木は、私のこと好きって感じではなさそうだし…。それは多分ないと思った。

明日の夕方、乃木と会ったときに、もう想いを伝えてしまった方がいいのかな?

だって、乃木は転校して引っ越してしまうから。想いを伝えられないで、乃木が転校してしまって、悲しい思いをするのは嫌だ。

もしかしたら、OKしてくれるかもしれないし、告白してみる価値はあるかもしれない。

でも、振られてしまった時の悲しみは大きそうだから、期待はしないでおくことにした。


明日、告白しよう。


次の日、五時半に目が覚める。

まだ、アラームの一時間前だというのに。

興奮で目が覚めてしまった。

昨日、告白の言葉を考えて、メモ帳にメモをし、何時間も練習をしていた。

寝る前、ベッドに入ってからも小声で何回も練習をしていたけど、いつの間にか眠りに着いていた。

起きて、真っ先に告白の練習をする。


「私、実は乃木のことが好きなんだ。乃木が転校する前に、想いを伝えたかったの。よかったら…私の彼氏になってほしい…!夏休みの部活で、私が倒れちゃった時に乃木が助けてくれたっていうことを聞いて、その時からずっと好きだったんだ。」


こんな台詞で、告白をする。

一時間も考えて、決めた台詞だ。

もちろん暗記をして、すらすらと言えるようにして、この台詞を乃木に言う。


学校に行く途中もずっと、小声で呟いて練習をしていた。

そんな時、背後から肩を叩かれ、声を掛けられる。


「おはよ~、実音!」

「あ、おはよー、(しずく)。」


この子は、同じクラスで、出席番号が前後で、席替えする前まで私の前の席だった、葉山(はやま)雫。

前の席ということもあり、よく話すようになって仲良くなった。

雫には、よく乃木のことで恋愛相談をしている。


「さっきまで、なんか物々言ってなかった?」

「あー、聞かれてたのか…。実はね、私、乃木に告白するんだ…。」

「ええ?!告るの?!マジか!」

「うん、それで、さっきまで告白の練習をしてたんだ。」

「なるほどね。そういうことだったんだ。まぁ、今日クリスマスだし、告るのには最適かも!」

「だよね!それでさ、”明日の夕方の四時半に駅前で待ってて“って昨日、乃木に言われたんだよね。どういうことなんだろうって思って…。」

「え…マジ?!それ、乃木も告白しようとしてるんじゃない?!」

「でもなー…私も一瞬そう思ったけど、それはないと思うんだよね。だってそんなに脈ありサインとかないし…。」

「いやいや、そんなことないよ!実音可愛いし、絶対好きになるよ乃木も!」

「可愛い?またそんな冗談を~。」

「冗談じゃないよ~~」


雫とそんな会話をしながら、学校までの道を歩いて行く。

乃木は、決して私のことを好きとかそういうことはなさそうだと思っているけど…。

雫は、「絶対乃木も実音のこと好きだよ~」と言って引かない。

でも、本当のことは乃木自身しか、わからない。


学校に着き、陸上部のみんなは、校庭に集まる。

「あれ…?」

そういえば、乃木が来ていないことに気がついた。今日は、休みなのだろうか?

今まで、学校を休んだことがない乃木が部活を休むだなんて、かなり珍しいなと思った。

前、乃木が「俺、小学校も六年間、一度も休んだことがないんだ。」と自慢をしていたこの乃木が。

帰ったら、ラインをしてみようと思う。


部活が終わり、午後三時。

少し速足で家に帰る。

なぜ速足なのかというと、早く家に帰って乃木にラインをしたいから。

だって、何があったのか気になる。

ただの風邪…?いや、でも、前に乃木が、こう言っていた。

「俺、実はインフルとかノロウイルスとかそういう系の風邪、一回もかかったことがないんだ。」と。

だから、少し風邪というのも考えにくい…。

速足で歩いて、約十分。家に着いた。

家に帰り、真っ先にスマホを手に取る。

「乃木優吾、四件の通知」

乃木からラインが来ていた。しかも四件も。心臓の鼓動が速まる。慌てて通知を開いた。


〈ごめん、今日の夕方の四時半の駅前で待ち合わせのやつはやっぱりなしでいい?本当にごめん。〉

〈だけど、そのかわりに島ヶ丘(しまがおか)市立病院に四時半に来て欲しい。〉

〈その病院の、三〇五号室に、俺がいるから病室まで来てほしい。病室に三つベッドがあるんだけど、一番左のベッドに俺がいるから。〉

〈手前が掛かるかもしれないけど、ごめん。でもどうしても来て欲しい。〉


私はこの、乃木からのメッセージを見て、頭が混乱した。だって、病院って、一体乃木に何があったのかが謎すぎる。そして何より乃木が心配だ。市立病院って、よっぽどのことがないと行かないはずだ。

四時半に来て欲しいと書いてあったが、今すぐにでも行きたいぐらい心配だった。

ラインの返事をする。

〈え、病院?!大丈夫?!〉

〈何かあったの?部活も来なかったし〉

五分後、返事が来た。

〈昨日、下校中に交通事故で頭を強く打ったんだ。だけど他の部分は無事だから大丈夫。一週間で退院するよ〉

〈マジか、そうだったんだ…お大事にね。四時半に行くね。〉

〈うん、待ってる。〉


どうやら乃木は、昨日の下校中に交通事故に遭ってしまったようだ。

それで、入院することになってしまったみたいだ。

島ヶ丘市立病院は、自転車で二十分ほど掛かる。近いけど、少し遠いところだ。

告白は、どうしようかと思った。

今日、市立病院に行ったときに、告白するべきなのだろうか?

かなり悩んだ。だけど悩んだ結果、今日告白することにした。

だって乃木が転校してしまったら、想いを伝えられないままになってしまうから。


四時になり、家を出る。

自転車を漕ぎながら、乃木のことを考えていた。告白の台詞は、あのままで、そのまま言うことにした。

病院に着き、自転車を停め、院内に入る。

心臓の鼓動が速くなり、全身が熱くなる。

寒い季節なのに、緊張で汗ばむ。

エレベーターで三階を選択し、三階で降りた。三〇五号室に入る。

左側のベッドと言っていたため、そっちに行く。

カーテンで囲まれていて、中のベッドは見えない。

深呼吸をし、カーテン越しに乃木に話しかける。

「…乃木、来たよ。廣田だよ。」

だけど、十秒経っても、乃木からの返事はない。あれ?と思い、カーテンを開けてみる。

「おーい、乃木…?」


乃木は、眠っていた。

頭に包帯を巻いていて、ベッドに横たわって、こちら側を向いて寝ている。

「あ、寝てるのか…」

乃木の寝顔をしばらく眺めて、乃木の顔の前で、小声で呟く。

「好きだよ…転校なんてしないでよ。」


次の瞬間、乃木が目を開けた。

「…うわ!目覚めた!!」

「……好きなの…?俺のこと…。」

「…え、起きてたの?全部聞いてた…?」

「うん、起きてた。」

「え……寝たふり…?」

「うん、そろそろ廣田が来る頃かなって思って、寝たふりしたらどんな反応するかなって思ってさ。それで、さっき言ってたことは…本当なの?」

「え、あ…いや、えっとさっきのは……」


どうやら乃木は、寝たふりをしていたみたいだ。なぜそんなことをするのかはよくわからないが、私がそろそろ来ると思って、寝たふりをしていたようだ。


「……俺から言いたかったんだけどな。」

「…え?」

「だから……その言葉、今日、俺から言いたかったって言ってんの!」

「……マジで?」

「俺は至って真面目だよ。まさか先に言われちゃうとは思わなかったよ、俺も廣田のことが好きなのに…。」

「え………」


そして、次の瞬間、乃木がまた耳を疑うようなことを言う。


「あとさ、俺…転校するっていうの嘘だから。」

「…へ??」

「嘘だよ。転校なんて今まで一回もしたことないし、嘘に決まってるじゃん。」

「…なんでそんな嘘つくのよ」

「…廣田の気を引きたかったんだよ。俺が転校するって言ったらどんな反応するのかなって思って。」

「…そうなの?よかった…。でも、もう二度とそんな嘘つかないでよ。マジで寂しいから…」

「…ごめん。」

「…大丈夫、私…優吾のことが好きだから…特別に許す。」

「…俺も…実音のことが好きなんだ。これからは、俺の”彼女“になって欲しい。」

「私も、優吾のことが好き…!これからは私の“彼氏”として、よろしく…。」


そう言って、私たちは抱きしめ合った。

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― 新着の感想 ―
[良い点] わ、若い、、、 まあ頑張ってね 何かの縁だと思ってちょくちょく読んで感想とか書いとくよ
[良い点] 同一作者の小説を読むってとこで2009年の作品あったんで勘違いしてました笑笑 てかそこで生まれてないってことは12歳?? 相当若いね
[良い点] いや別に大丈夫ですよ面白かったので笑笑 ちなみに駅の椅子に1人で座ってた人ですか?
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