馬車の中にて
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塔の中から担ぎ出され馬車に積み込まれた。
国王ウィリアムは私を座席におろすと 自分は向かい側に座った。
毛皮の厚みで座席から滑り落ちそうだ。
コートを脱ごうと胸元に手をやると、ウィリアムは
「コートを中表にしてクッション代わりに尻の下に敷くと良い」
と言った。
(そんなもったいない)
ウィリアムはフッと笑って言葉を重ねた。
「この馬車は頑丈でスピードは出るが、振動が激しい。
けつの皮がむけるのが嫌なら 素直にコートを尻にしけ。
それとも おまえは 皮のむけた尻に 俺の手で薬をぬらせ」
「黙れ! ざけるな! セクハラ野郎!」思わず叫んでしまった。
そして言われた通り、コートをサブトン代わりに使うことにした。
空腹と疲労で泣きそうな気分をこらえて 必死に言った。
「こちらの習慣は存じませんが、私の故郷では 性別を問わず肌を見られることを恥とし
死ぬほどの屈辱と考えます。
性的な当てこすりも同様です。
からかいは恥辱です。」
彼は はっとした顔をした。
そして すっと立ち上がり「すまない。知らなかったとはいえ申し訳ないことをした」と言って腰を直角に曲げた。
私は仕方なく答えた。
「どれほど深刻なことであったのか理解して頂けたのなら、頭をお上げください。
そして 私をそっとしておいてください」
彼は体を起こしたが座ろうとはせず
「本当に済まなかった。
それでは私はこれからどうすればよいのであろうか」と問うた。
「まずはお座りください。
馬車の中は揺れますし、上から話しかけられると落ち着きません」
「すまん」ウィリアムは腰掛けた。そして
「のどは 乾いておらぬか?
この水筒の中には茶を入れてきた。
携帯食でよければ 自由に食べてくれ」と
水筒と大きめの紙のおひねりを取り出して 座席の横に置いた。
おひねりというのは いわゆるミルキーのように 紙の真ん中に菓子を置いて、紙を巻いてその両端をひねった包みだ。
(そうは言っても すぐに手を出してよいものなのか?
この揺れる馬車の中で こぼさず水筒から茶を注げるだろうか?)
不安な気持ちで水筒に目をやり 思い切って頼んだ。
「お茶を頂けますでしょうか?」
「ああ わかった」ウィリアムは 水筒の中栓をぬき そのままさしだし
あわててひっこめ 外ブタに半ば茶を入れて進めてくれた。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
どうか中に睡眠薬などは言ってませんようにと祈りながら飲んだ。
冷めた緑茶の味がした。
「毛皮の上に水筒などを置くわけにはいかぬから
こちら側の座席に置いているが、おまえは遠慮せず自由に飲み食いしろ」
王はぶっきらぼうに言った。
「はい」
座席が少し高くて つま先しか床につかない状態なので、
向かいの座席に置かれた物をとりに椅子から立とうとしたら、毛皮がすべりおちそうになり
あわてて 壁につかまろうとしたら 馬車の揺れで壁に頭をぶつけてしまった。
「すみません 毛皮を落としてしまいました」
「それより お前 頭だいじょうぶか?」
「えっ?」
彼は素早く立ち上がり 毛皮を拾上げ、四つ折りにして 私が先ほどまで座っていた席に置くと
「抱えるぞ」という言葉とともに私を抱き上げ 毛皮座布団の上に座らせた。
そして 私の横のむき出しになった椅子の上に 水筒と菓子を置いた。
「これなら 席を立たずともよいだろう」
「お気遣いありがとうございます」
王はため息をつき言った。
「俺は 女の相手は苦手だ。
だから 言われなくてはわからん。
トイレに行きたいときはハッキリと言えよ」
あまりのことばに げんなりとした。
前途多難だ。
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